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No.537に関するツリー

   ルリルラ・リ - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:35:59 [No.537]
時間超過のアンコール - 咲凪 - 2013/06/29(Sat) 11:42:10 [No.538]
用済みのコンダクター - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 10:13:17 [No.539]
鉄屑のモニュメント - 咲凪 - 2013/06/30(Sun) 22:38:00 [No.543]
奏甲のメモリアル(前編) - 咲凪 - 2013/07/02(Tue) 12:47:36 [No.544]
奏甲のメモリアル(後編) - 咲凪 - 2013/07/06(Sat) 14:06:39 [No.545]
Re - 咲凪 - 2013/07/07(Sun) 19:21:10 [No.546]



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ルリルラ・リ (親記事) - 咲凪

 Q.どうしてスレッドを分けた別展開にしたの?

 A.ほら、やっぱり最後まで書き切れないで途中で止まってしまうと既存の参加者に迷惑をかけてしまうじゃん?。


[No.537] 2013/06/29(Sat) 11:35:59
時間超過のアンコール (No.537への返信 / 1階層) - 咲凪

 Q.何で多くの機奏英雄(コンダクター)は召喚される時、温泉に召喚される場合が多いのか?。

 A.そこに浪漫があるからさ。


 ……実際のところは、温泉が幻糸の門(アークズアーチ)という召喚の際に通る門であるという説があるのだが、その真実は明らかにされていない。
 
 しかし、雉鳴舞子が宿縁に出会ったのは温泉であったし、彼女はアーカイアに召喚された時、そこは間違いなく温泉であった。
 舞子は16歳の華の女子高生であったが、16歳の乙女というだけで1分1秒、すべての時間が青春の輝きに満ちている訳ではもちろん無いのである。
 掃除当番であった為に友人とのスケジュールが合わず、帰宅部であった為に、部活動に精を出すでも無く、
 舞子はその鬱々とした雨の日、青春を謳歌する事なく、暮らしているマンションへと帰ると、何となく疲れた身体を癒す為にシャワーを浴びる事にしたのだ。

 洗面所で服を脱いで、裸になった舞子ががらり、と音を立てて浴室の扉を開けると、そこは間違いなく風呂ではあったのだが、見知った浴室では無かった。
 いつからウチの風呂は露天風呂になったのだろう?、舞子は唐突な視界の変化に驚くよりも先に目を丸くして呆気にとられる。

「……あれ、え、どうして、此処、何処……?」

 手が触れていたはずの浴室の扉の感触は既に無く、気が付けば膝までが露天風呂に浸かっていた。
 そこが風呂だと認識できるのは明らかに人の手が入った人工物によって整理された様子が見て取れた事で、咄嗟に振り向いた舞子の後ろには、洗面所ではなく、やはり見知らぬ露天風呂と、木々に囲まれた風景が広がっていた。
 舞子があまりに突然の事に声も出せずにいると、次第に彼女の胸の内に不安が広がっていく、その不安を振り払うように辺りを伺うと……湯気の向こうに人の姿が見えた。
 細身のシルエットは同年代程の女性のように見えた、その姿を認めると、舞子は慌ててざぶざぶとお湯を掻き分けて、その人影へと近づいて行った。

「ぁ、あの……っ!」
「…………?」

 細身のシルエットの正体は、やはり同年代程の女性であったのだが、その背まで伸びたプラチナブロンドの髪を見て、舞子は戸惑う、明らかに日本人では無い金髪の女性に言葉が通じないかもしれない。
 困ったな、と舞子が思いながら、よくよくその金髪の女性……舞子と同年代であれば少女といった方が正しい、その少女を見て、舞子はしばし息をする事を忘れた。
 美しい少女であったが、その美しさが舞子を忘我させたのではない。
 彼女は舞子が……テレビや芸能雑誌を含めて、初めて見るレベルの美少女であったが、舞子を忘我させたのはその容貌では無く、舞子自身の胸中に広がる言い様のない安堵感だった。
 満足感、といった方が正しいかもしれない、己が今まで気付きさえしていなかった心の見えざる隙間を埋められたような充足感を舞子は理由も理屈も無く感じ、忘我の次に困惑する。

「…………」
「何か用があるんじゃなかったの?」
「えっ、あ、はい、……あれ、言葉通じてる?」

 “理由がない満足”という困惑に舞子が言葉を失っていると、話しかけてきた舞子に黙られて焦れたのか、金髪の少女の側から舞子に声をかけた。
 その言葉は流暢な日本語……では無かったのだが、舞子にはその言葉が理解できた、日本語でも無ければ英語でも無い、初めて聞く言葉であるというのに。

「わ、私どうしちゃったんだろ……夢でも見てるのかな……」
「…………もしかして、貴方は現世の方?」
「ふぇっ?」
「……どうもその間抜けな面を見る限り、間違いなさそうね」

 ふぅ、とため息を吐いて金髪の少女は思案するように……いや、何か面倒事を抱えて困ったように前髪をかき上げる。
 舞子にしてみれば初めて聞く単語や、向こうは状況を完全に理解している様子にさらに困惑を深めるしか無いのだが、少女からいきなり間抜け面呼ばわりされた事にも面食らう。

(なんだってのよ、もぉ……)

 少女は舞子の内心など何処吹く風といったふうに、形の整った眉根を寄せて、思案を続けている。
 ときおり、「何で今更……」だの、「まさか、もしかして……」だのといった呟きを漏らしているのが舞子にも聞こえているのだが、どうにも独り言のようで少女の視線は宙を泳いでいる。

「あの〜……もしもし?」

 どうしよう、変な人かも、と思いながらも、再度舞子が少女に声をかけると、思案どころか苦悩していた様子の少女が呼び掛けに応えるように視線を真っ直ぐに舞子へと向ける。
 少女の意志の強そうな瞳に見つめられて、舞子は再び充足感を感じたが、舞子はその感覚を今は無視する事にした。

「あの、ですね、いきなり変な事を聞くと思うんですけれど……」
「ここが何処なのか?、という質問かしら?」
「一体此処は……え、あれ?」
「此処はハルフェアの王都ルリルラにある温泉よ、まぁ名高い王立温泉ルリルラでは無いのだけれど……たぶん貴女に言っても、まだ意味も判らないわよね」
「春フェア?……瑠璃、えっと何?」

 少女の言葉通り、彼女が話す単語の一つ一つが、舞子には意味不明で、まるで異世界の話にしか思えない。
 舞子のその困惑の様子に、少女はまた大きくため息を吐く。

「……信じられない、というよりも信じたくないわ……」

 少女は、右の手の平を自らの胸の上に置いて、何かを確かめるようにしばらく瞳を閉じた。
 心臓の鼓動を確かめるようなその仕草の後、少女はやっぱり眉を額に寄せて、何か不愉快な目にでも遭ったかのように渋い表情をした。

「あれ、なんか……怒ってる?」
「怒ってないわ、呆れ果てているだけよ…………ついていらっしゃい、大遅刻の機奏英雄(コンダクター)さん、貴女の知りたい事、全部教えてあげるわ」

 そう言うと、少女は舞子を連れて露天風呂……少女の言うには温泉をざぶざぶと掻き分けて歩いていく、その視線の先には出入口であろう扉が舞子からも見えた。
 すべてを教えてくれるという少女についていく事に舞子も異存は無かったのだが、ふとある事に気づいて、少女を呼び止める。

「あ、ちょっと待って!」
「……何?」
「わ、私……服、無いんだけど!」

 舞子が着ていた制服や下着は、舞子のマンションの洗面所に脱いだままで置いてある。
 洗面所に戻る手段が判らない舞子には、その衣類を取り戻す手段がない、というより、服がないと何処にも行けない、温泉からも出られない。

「私のを貸してあげるから、ちょっと待ってなさい」
「あ、どうも……お手間をかけます。それと、できれば今聞きたい事があるんだけれど」
「何かしら?、湯でのぼせるような長話はお断りなんだけど」
「貴女の名前を教えて、お礼が言いたいの」

 舞子がそういって微笑みかけると、少女はいよいよ苦虫を噛み潰したような顔をする。
 まだ舞子は知らない事だが、少女にとっては舞子との付き合いは、長ければ長いほど彼女の心を苛立たせ、掻き乱す事になるからだ。

「マーシャよ、でも名前で呼ばなくて良いわ」
「わかった、ありがとうマーシャ」

 おそらくマーシャは舞子の、そして舞子はマーシャの、宿縁で結ばれた存在であるからだ。


[No.538] 2013/06/29(Sat) 11:42:10
用済みのコンダクター (No.538への返信 / 2階層) - 咲凪

 Q.歌姫大戦の後ですか?

 A.英雄大戦の後ですよ

「……それじゃあ、此処は本当に異世界で、私が元々住んでいた世界では無いんだね……」
「えぇ、他に聞きたいことがあれば何でも教えてあげるわ、精神的にダメージを受ける話ばかりで良ければね」

 先に温泉からあがったマーシャから、代わりの衣類(現世でいうジャージによく似ていた)を借りた舞子が、マーシャに連れて来られたのは、彼女と出会った温泉施設の食堂だった。
 学生である舞子にとって、マーシャから借りたジャージの様な衣装はむしろ馴染む物だったが、マーシャの格好は舞子にとって見慣れない衣類だった。
 水着かレオタードのように身体にフィットした黒いアンダーウェアは肩やへそ周りを出した露出度の高いモノで、その上から赤を基調として、金の装飾の入ったブラウス……に似た上着を羽織っている。
 他にも膝丈まであるストッキングを履いていたり、ベルトを締めていたりしているが、舞子にとってはやっぱり風変りな格好だった。
 マーシャだけがそうだったら、彼女だけが変わっている、と認識したのだろうが、食堂で食事を採っている現地民の中には同様の格好が多く、それがこの地の文化なのだと舞子も理解をせざるを得ない。

「その格好って、此処では普通なんだね、日本……えと、私が居た国では見た事無かったから、ちょっとびっくりだよ」
「正確にはハルフェア……私たちが今いる国ね、ハルフェアではポピュラーな格好ね、私も初めて着るのだけど」
「えっ?」
「私は地元民じゃないの、生家はシュピルドーゼという国で……いえ、それよりも、貴女が知るべき事が沢山あるわね」

 舞子はマーシャから、この異世界アーカイアの事と、さらに己がアーカイアに召喚された機奏英雄(コンダクター)と呼ばれる存在である事を聞かされていた。
 そのすべてが信じがたいファンタジーでしか無かったのだが、己の身に起きた不条理を説明するにはマーシャの言葉を信じるしかなく、また、何故かマーシャが嘘を言っていない事が舞子には判った。
 そして聞かされた中で最も愕然とした事は、元居た世界……アーカイアでは現世と呼ぶ世界に確実に戻る手段が発見されていない事だったが、もう一つショックだったのは……やる事が無い事だ。

「それにしても、機奏英雄だっけ?、………やる事が全部終わっているなら、何で私呼ばれたの?」
「そんな事知らないわ、……英雄大戦、召喚された英雄達の最終決戦の時に、相当いろいろあったみたいだから、その時の影響なのかもしれないけれど……」

 かつて、このアーカイアは奇声蟲(ノイズ)という脅威に晒されていた。
 その脅威がもたらす滅亡の危機に立ち向かうべく、アーカイア……驚くべき事に、それまでは女性だけの世界だったアーカイアは、機奏英雄としての能力を持つ、現世の男性を召喚したのだ。
 稀に手違いか何かで、男性では無く女性が召喚されるというケースもあったが……召喚された英雄達は、奇声蟲を討伐して、アーカイアに平穏をもたらした……。

 ……というのは話のほんの入り口だった。
 それから奇声蟲の正体が、かつてこの世界に存在したという幻糸(アーク)というモノの影響で変貌を遂げた元男性であったり、戦いの因果が200年前にあったという歌姫大戦という戦いから、あるいはそれ以前から繋がっていたり……。
 英雄対英雄の血で血を洗うような戦いに発展した事や、最終決戦の時に、ノクターンという儀式によって幻糸がアーカイアから消滅して、男性が奇声蟲になる現象が無くなったという事を舞子は教えられたが……それはやっぱり、舞子の理解の範疇を大幅に超えていた。

「今理解すべき重要な点は“此処がアーカイアである事”と、“戦いが終わってもう機奏英雄がやる事が無い”って事、そして“確実に現世に行く手段が無い”事を理解すれば良いわ」
「……………」
「ショック?、……まぁ無理も無いでしょうけれど……」

 マーシャから一通りの説明を受けて、舞子は俯いて黙り込む。
 確かに、マーシャから聞いた話はとてつもなくショックな話だった、だが舞子はマーシャの話の中で、気になる点が幾つかあったのだ。

「ねぇ、マーシャ、機奏英雄っていうのは、アーカイアに宿縁で結ばれた歌姫っていうのが居るんでしょう?」
「……居ないわ」
「え?、でもさっきの話だと……」
「多くの英雄には宿縁で結ばれた歌姫が居るのでしょうけど、貴女には居ないわ」

 舞子はマーシャの機嫌が悪くなったのに気付いた。
 どうやらマーシャは、その歌姫というものが好きではないのか、もしくは機奏英雄が好きでは無いのかもしれないと、舞子は思う。

「そうなんだ……いや、あはは、実は温泉で会った時ね?、マーシャを見てビビビっと来たというか……なんだか昔馴染みの友達に会ったみたいな気分になってね?」
「…………」
「それで、さっきまで話を聞いて、もしかしたらマーシャが私の宿縁の歌姫だったりするのかな?って思ったんだけど、……あ、ごめん、厚かましいよね、会ったばっかりなのに」
「…………」
「そういえばマーシャの名前聞いたのに、私はまだ名乗って無かったね、私は雉―――」
「聞きたくないわ」
「雉鳴――――え?」

 舞子を拒絶するマーシャの声色には怒気よりも悲しみの色があった、舞子は歌姫の事を簡単にマーシャから説明を受けていたが、歌姫が歌術を行使するのに必要なチョーカーの存在までは聞き及んでいない。
 そして、マーシャはその首にチョーカーを巻いてはいない、彼女は歌姫では無いからだ。

「…………ごめん、迷惑掛けてるのに、図々しいよね」

 マーシャの拒絶に、舞子はいよいよ気持ちが落ち込んで来た。
 そうなるときまりが悪いのはマーシャだ、つい感情的になってしまい、舞子に八つ当たりをしているという自覚もまた彼女にあるからだ。
 温泉で会った時に――――舞子の肩で揺れる黒髪や、彼女の特徴的な青い瞳を見た時、……舞子という存在を認識してから、マーシャの胸中には理由もなく高揚感があった、温泉で自らの心音を確かめたのはその為だ。
 舞子の言う通りなのだ、マーシャは舞子が己の宿縁である事を感じ取り……その出会いが余りにも遅いというのに、宿縁という繋がりを得て高揚している自分に苛立ちを感じているのだ。
 マーシャは英雄大戦が始まる以前、英雄召喚の儀を切っ掛けとして大量に生まれた“即席歌姫”の一人だった。
 歌姫というものは本来、献金や審査によって厳しく査定され、ようやく名乗ることが出来る名誉ある称号であったのだが、世界の危機を前にしては名誉もなにも無く、多少の素質があれば誰でも歌姫になる事が出来た、マーシャもそうだった。

 後は、宿縁である英雄が現れてくれれば良かった、力の限り英雄を助け、奇跡を紡ぐ織歌を歌い、宿縁の人と共にアーカイアを救うんだ、という強い意志がその時のマーシャにはあった、多くの歌姫と同様にだ。
 しかし、マーシャには宿縁が現れなかった。

 宿縁たる英雄に出会えない歌姫は、それでも戦争の中でやる事や出来る事は沢山あったが…………その真たる意味で、歌姫としての責務を果たす事が出来なかった。
 そしてマーシャは、いつか宿縁が現れると、自分にも、いつか、いつか……と願いながら、宿縁を探し続けながら……いつしか、英雄大戦という戦いは、ノクターンをもってして終わりを告げたのだった。
 ノクターンはアーカイアから幻糸を消失させ、その脅威と恩恵もまた、幻糸と共に消え失せ、男性が蟲化する事も無くなった代わりに、歌姫は奇跡の織歌である“歌術”を失った。
 マーシャはその時、歌姫でも無くなった。

 元々即席歌姫であったマーシャは人生の総てを歌術に捧げてきた訳ではない、もちろん宿縁に出会えなかった無念の思いはあったが、その結末はマーシャ自身が意外に感じる程、すんなりと受け入れる事が出来た。
 もう終わった事だと納得して、受け入れて、そして諦めたのだ、結果として……アーカイアは救われたのだから、もうそれで良いではないかと、マーシャは思っていたのだ。
 それなのに……すべてが終わったというのに、マーシャは舞子と出会ってしまった、己の待ち焦がれた宿縁の存在と、探し求めた機奏英雄と、でもその時にはもう、自分は歌姫では無いというのに!。

「……あぁ……もう、悪かったわ、八つ当たりしているのよ、貴女に、意地悪をしているのはその為、貴女は悪くない」

 そう、舞子は何も悪くない、マーシャだってそれは十分に判っている。
 舞子はマーシャに、自分が迷惑を掛けていると言っていたが、本当に迷惑を被っているのは用も無いのに召喚されてしまった舞子の方だ、だからこそ、自分が舞子を助けなければいけないとマーシャは感じる。
 家族や友人と強制的に引き離されてしまった舞子に最も献身できるのは、宿縁を置いて他ならない、自分はもう歌姫では無いけれど……宿縁に尽くすと決めたあの時のマーシャの気持ちに、偽りは無い。

「八つ当たりかぁ……あはは、まぁでも、面倒掛けてるのはホントだしね、ありがと、マーシャ」
「面倒だなんて思っていないわ、それより……キジナキ、って言ってたわよね、それが名前?」
「あ、違うの、それは家の名前で……私の名前は舞子、雉鳴舞子」

 舞子の名前を知って、マーシャは……やはりまだ胸の内に澱みのようなモヤモヤを抱えていたけれど……それを飲み込んで、舞子の存在を受け入れる。

「それじゃあ舞子、とりあえず行く処が無いでしょうから、私が泊まっている宿へ来ると良いわ、質問に答える人間も必要でしょう?」
「え、良いの?」
「当たり前よ、貴女の歌姫は何処にもいないけれど貴女の宿縁は…………どうやら、この私のようだから」

 その言葉を聞いて、舞子はぱぁっと花が咲いたような朗らかな笑みを浮かべた。

「やっぱり!」

 マーシャもまた、舞子の笑顔につられて苦笑を浮かべた、そして思うのだ、出来るだけ早く……この舞子を元の世界に返してあげる為に、舞子と別れる為に、自分は頑張らなくてはいけないと。


[No.539] 2013/06/30(Sun) 10:13:17
鉄屑のモニュメント (No.539への返信 / 3階層) - 咲凪

 Q.どうしてハルフェアに?

 A.観光地だからさ

 マーシャが雉鳴舞子を現世へと帰還させようと思う理由は、舞子にはアーカイアにおいての人脈も実績も無いからだ。
 奇声蟲の大量襲来や、その後の英雄大戦の時に召喚された機奏英雄は、その時はまだ幻糸が在ったので、機奏英雄のみが動かす事の出来るロボットである絶対奏甲(アブソリュート・フォノ・クラスタ)を動かす事が出来た。
 召喚された英雄達は、その絶対奏甲を駆って戦い抜き……ある者は人脈を広げ、ある者は実績を上げて、このアーカイアで生きる術を身に着けていった。
 絶対奏甲は幻糸を動力としていた為、幻糸が消失した今のアーカイアでは、絶対奏甲は起動する事は無い(正確には一部の例外的な事例もあるが、概ね動かないという見解で正しい)。
 かくして、英雄達はアーカイアでの最大の力、絶対奏甲を失ったのだが……アーカイアに残された英雄達には、それでも身を立てる術があった。
 これまでの活躍の中で広げた人脈を頼り、ある者は歌姫の生家で世話になる事になったり、ある者は英雄として上げてきた実績と功績から領主の地位に就いた者まで居る。
 ほかにも、さまざまな現世の知識を使って開業する者、あくまで現世帰還を目指し研究や冒険を続ける者など……英雄大戦を終えた機奏英雄のその後は、千差万別なモノだった。

 だが、英雄大戦が終わり、幻糸も無いというのに今更アーカイアにやって来た舞子には、頼る人脈も、誇る実績も何もない。
 それでも、機奏英雄には援助をしてくれる国の政策等も無い事は無いのだが……舞子は女性なのだ、奏甲を動かす手段が無く、幻糸の恩恵も無い今のアーカイアで、女性が自らを現世人だと証明する事は難しい。
 少し前に、現世人を装った、現世の知識を吹き込まれたアーカイア人が、まんまと援助金を騙し取ったという事件があった事も間が悪かった。
 今、舞子がしかるべき場所で機奏英雄としての援助を求めたところで、門前払いを食らうのは目に見えて明らかだったのだ。

「問題は山積みだけど、とりあえず今日の処は私に付き合いなさい」

 温泉でマーシャに出会い、彼女の宿泊していた……マーシャは旅行でハルフェアに来ていたので、宿を利用していたのだが、その宿泊先で寝泊まりをして、食事もご馳走になった舞子にマーシャが言ったのは翌日の朝の事だった。

「アーカイアの事は右も左も判らないから任せるよ、……でも何処に行くの?」
「絶対奏甲を見に行くわよ、貴女にはもう縁がないモノでしょうけれど……アーカイアを知る上では、見ておかなければ話にならないわ」

 英雄大戦後、戦争被害からの復興の始まる中、各国を悩ませたのは起動しなくなった絶対奏甲の扱いだった。
 もはや動かない巨大な鉄クズに過ぎない絶対奏甲は、はっきり言って復興のジャマ者でしか無かったのだが……簡単に廃棄が出来るものでも、もちろん無かった。
 その巨大さが理由の一つではあるのだが、最たる理由は、それを駆って戦った英雄や歌姫たちの陳情だった。
 いかに動かぬ物置のようになってしまっても、絶対奏甲は英雄や歌姫と共に大戦を戦い抜いた、言わば英雄のもう一人の相棒なのだ、当然強い愛着を持つ者が廃棄を認める訳は無い。

 しかし、同時に絶対奏甲は戦争の象徴でもあった。
 絶対奏甲に強い愛着を持ち、大切に思う人間が居るのと同様に、絶対奏甲を憎み、見たくもない程嫌う人間も居るのだ、ましてや、今は復興が各国の最優先事項である。
 かつて英雄や歌姫であった者の意見を無視するのは、今のアーカイアの世論においては非常に心象の悪い行動であったのだが……奏甲はハッキリ言ってジャマでしかない、各国は頭を悩ませた。

 そこに解決のアイディアを出したのはハルフェアの女王、ソルジェリッタであった。
 むろん、ハルフェアとて戦争の被害が全く無い訳では無かったのだが、田舎国家と称される程の僻地である事が幸いしてか、その被害は各国の中で最も少ないと言っていい。
 前述の理由からハルフェア国民には絶対奏甲に怨嗟の声をあげる者も少なく、また、ハルフェアはリゾート地、観光地としての面が強かった為、ソルジェリッタはあるプランを提案したのだ。

 英雄大戦を記念する為の催しとして、絶対奏甲展をハルフェアにて開催する、と。

 絶対奏甲は各国が威信を賭けて開発した美術品としても優れたモノである、それがジャマ物扱いされるのはあまりにも物悲しいという理由での提案であったが、それが意外や、好評を受けた。
 もはや動かぬ絶対奏甲を後生大事に秘蔵しておく理由もない為に、各国は状態の良い絶対奏甲をハルフェアへと運び込み、来るべき絶対奏甲展の準備を進めた。
 絶対奏甲の優美さ、迫力を伝える為に、そして戦争の悲惨さを伝える為に、そのすべてを忘れぬ為にと企画された絶対奏甲展は、奏甲を憎む人々にも……無論反対の声もあったが、必要な事と受け入れられた。
 この企画がうまくいけば、後々にはハルフェア以外の国家にも、絶対奏甲を展示する展示館を建設する事で、英雄達の要望にも応えたうえで、絶対奏甲を安息の眠りに就かせる事が出来る。
 女王ソルジェリッタは企画が軌道に乗った頃、ハルフェア王家に伝わり、そして英雄大戦の時にも、ソルジェリッタとその英雄の絶対奏甲として活躍した“ミリアルデブリッツ”を展示すると発表した。
 この発表は各国の人々の関心を集め、マーシャも伝説の絶対奏甲、ミリアルデブリッツをこの眼で見たいと思い、今回ハルフェアに旅行に来ていたのだ……無論、その時はまだ、今更宿縁に会うとは思いもしなかったのだが。

「……ま、任せるとは言ったけど、服は昨日のではダメだったの?」
「何を言っているの、いつまでも借り物の服で過ごすつもり?、奢ってあげてるのだから文句を言わない」

 件の絶対奏甲展がある為か、普段以上の賑わいを見せるハルフェア王都ルリルラの街。
 その街の服屋で買い物を済ませて出てきたマーシャの格好は先日と変わらないが、連れ添って出て来た舞子の格好もまた、ハルフェア風の身軽な姿になっていた。
 舞子は断ったのだが、ジャージ(のような服)は外歩きをするような服では無いとの事で、マーシャが自腹を切って買い与えたのだ。
 赤と黒を基調としたマーシャの衣装に合わせたかのような黒いアンダーウェアに暖色のオレンジのベスト、白地に赤のラインが走った巻きスカートをベルトで固定している他、ベルトからはハルフェア特有の革ベルトのアクセサリーを垂らしてる。
 ストッキングは履いているが極短い物で、くるぶし程しかないストッキングの上からショートブーツを履くと、まるで素足の上にブーツを履いているように見える、服屋曰く、ある萌黄の歌姫が流行らせたスタイルであるらしい。
 これらはお金を出すマーシャが選んだもので、アンダーウェアは本当ならば大胆なハイレグ状の物を選んでいたのだが、舞子が何とかマーシャを説得してスパッツにチューブトップ型のトップスにして貰ったのだ。

(あの服屋さん、ズボンもあったよね……スカートも……もっと長いのあったよね……)

 マーシャ曰く、旅行の醍醐味は旅先の文化を体感する事であり、その場所の衣類を纏い、その場所の食べ物を食べ、その場所の文化に溶け込むのだという。
 話に聞く限りではマーシャの故郷はシュピルドーゼという国であるそうなので、その国の衣装も持って来ているなら見たいと思った舞子がキャリーバッグを引いて先を行くマーシャに告げると。

「何を言ってるの、故郷の衣装なんて着なれた物を旅先で着るなんて勿体ない、それに……似合うでしょ?」

 そう言うと、マーシャはくるりと振り向いて軽くポーズを決めるように腰に手をやった、確かに似合っている、決まっている。
 マーシャはとびきりの美少女であったので、道行く人々……話には聞いていたが確かに男性に比べて圧倒的に女性が多い、だというのに、道行く人々がすれ違うたびにマーシャに視線を向けてしまう。
 舞子としてもマーシャの容姿の端麗さは判っているが、どうやら本人も自分の容姿が優れている事を理解しているらしい、マーシャの自信満々の顔を見て、舞子もまた苦笑する、「仰る通りで御座います、お姫様」と胸の内で呟いて。

「さぁ、見えてきたわよ、……なるほど、確かにあれは一番最初に目に入るわよね」

 絶対奏甲展の会場に近づくと、次第に道行く人の数は増えていき、奏甲展という稼ぎ時にこぞって出店した屋台がおいしそうな食べ物の匂いを漂わせている。
 そして、入場も間近というあたりで、会場の外からもその姿が見受けられたのが、その乳白色の絶対奏甲だった、それが舞子が初めて目にする絶対奏甲、リーゼ・ミルヒヴァイスだった。

「で、でかぁぁっ!?、絶対奏甲ってあんなにでっかいの!?」
「ちょっと違うわね、あれはリーゼ・ミルヒヴァイスといって、特別巨大な奏甲なのよ、巨人機という別名があるのよ」
「へぇ〜……そういえばお台場にああいうのがあったのを思い出すなぁ」
「オダイバ?、それって現世の事?」
「うん、えっと……あれって何メートルって設定なんだっけな、ロボットが立ってたのよ」

 舞子はリーゼ・ミルヒヴァイスを見て、以前お台場で見た、有名なアニメのロボットが立っている姿を思い出す、あれはあれで、初めて見た時は驚いたものだ。
 同時に、男の子って本当にこういうのが好きなんだなぁ……と、心のどこかで呆れた程だ。

「現世にも絶対奏甲のような存在があるのね……現世人が絶対奏甲を操縦できた訳だわ」
「あはは、違う違う、ロボットって言っても歩いたりはしない作り物で……まぁでも、男の人がロボットに馴染み深いっていうのは、本当かもね」
「この絶対奏甲展も、機奏英雄の陳情に応える形で開催が決定したと聞いているものね、でも私も好きなのよね、現世の言葉でいうロボットって」
「そうなの?」
「だってシビれるじゃない、舞子も絶対奏甲が本当に動いているところを見たら驚くわよ、格好良いんだから」

 そういって語るマーシャの口調にはやや熱が籠っていた、本当に絶対奏甲が好きで、このイベントを楽しみにしていた事が舞子にも判る。
 舞子自身は、絶対奏甲というものに勿論興味はあったが……それが戦争に使われていた兵器だと聞いていたので、興味半分、おっかないのが半分といった気持ちだったのだが。

「ハルフェア絶対奏甲展へようこそ〜!」
「列に並んで、慌てずに進んでくださ〜い、走らないでくださいね〜」

 アーカイアの言葉で“スタッフ”と、その次に現世の英語で“Staff”と書かれた腕章を付けた会場係員が声を挙げている。
 その中には現世人も含まれており、大規模な同人誌即売会のスタッフをしていた経験を生かしていたりするのは余談だ、どんな経験が異世界でも役に立つのか、判らないものである。
 会場に入る前に、外に展示するしか無かったリーゼ・ミルヒヴァイスのその巨大さを間近から楽しみ……、会場入りした舞子とマーシャを最初に出迎えたのは、この言葉だった。

『このアーカイアで起きた総ての戦いを忘れぬ為に、絆を、血を、涙を、その総ての記憶を遺す為に、その戦いの生き証人達を此処に展示する』 


[No.543] 2013/06/30(Sun) 22:38:00
奏甲のメモリアル(前編) (No.543への返信 / 4階層) - 咲凪

 Q.リーゼ・リミットは?

 A.デカ過ぎて展示スペースが確保できなかった為、パーツ単位で展示してあるようです。

 絶対奏甲展の会場入りを果たした舞子が、マーシャの案内でまず向かったのはシャルラッハロートと呼ばれる……シャルラッハロート(緋色)という癖に青いカラーリングの絶対奏甲のブースだった。

「まずはやっぱりシャルラッハロートシリーズよね、初代からフィーァトまで、最も機奏英雄が奏でた奏甲だけあって、どれも素敵だわ……」
「フィーァト(4)?、えっと……1、2……5体並んでるけど?」

 シャルラッハロートは歌姫大戦と呼ばれるおよそ200年前の戦いから、英雄大戦まで、2つの戦いに渡って活躍した絶対奏甲の名機の中の名機である。
 英雄大戦の前にあった、奇声蟲討伐の頃には、すでに後継機であるシャルラッハロートU(ツヴァイ)があったのだが、便宜上T(アイン)と呼ぶ最初期型も同じ頃にオーバーホールを施されて活躍する事が出来た程だ。

「あぁ、V(ドリット)の隣に並んでいるのはシャルラッハロート・クーゲルね。あれはVの砲撃戦カスタム機なんだけれど、シャルラッハロートシリーズの中でもVは革新的な存在でね?、現世の技術を取り入れたり、工房の技術進歩もあって、新しいシステムが積んであったんだけど、それに加えてああいったカスタム機も見られるようになってね?、だから私はVがシャルラッハロートシリーズの中では一番……あぁ、でも、Uも素敵なのよ?、Uは多くの機奏英雄が初めて乗った奏甲なんだけど、その安定した性能がいぶし銀的な魅力でね?、でもでもW(フィーァト)のパワフルさもカッコいいわ……あぁ、どれも好き……」
「……あ、あの……マーシャさん?」

 うっとりとした様子で、ずらりと並んだシャルラッハロートシリーズを見るマーシャの瞳は完全に趣味人のそれだった、オタクの眼をしていた。
 マーシャがロボットが好きとは聞いたが、突如人が変わったように多弁になったマーシャに舞子は気圧されてしまう。


「ふぅ、何時間でもシャルラッハロートを見ていたいけど、時間は限られているものね……さぁ、次は突撃式よ!、麗しのケーファ様が私を待っているわ!!」
「え、ちょ、待ってよマーシャ!?、ケーファって何?、麗しいの、それ!?」

 名残惜しそうにシャルラッハロートを拝んだ(文字通りの意味である)マーシャは、こうしてはいられないとばかりに急ぎ足で次のブースへと向かう。
 舞子はマーシャを慌てて追いかけた。


「プルプァ・ケーファは突撃式奏甲と言ってね、歌姫が居なくともある程度の起動が出来る奏甲でね?、文字通り突撃に適したその装甲厚が自慢の絶対奏甲なのよ」
「はぁ……」
「そしてこっちにあるのが、キューレヘルト閣下!、なんかキューレヘルトのデザインって閣下って感じよね、このSっぽさがまた魅力的でね!?」
「う、うん……」
「あぁっ!?、すごい!、ローザリッタァまで展示してある!!、ほら見て舞子、ローザリッタァよ、すごく赤い!!」
「そうだね、……赤いね……」

 すっかりはしゃいで絶対奏甲を見るマーシャを、生暖かく舞子は見つめていた。
 舞子としても絶対奏甲はとても興味深く、また驚きに満ちたものであったので、ともすれば舞子もまたはしゃいでしまっていたのかもしれない。
 だが、興奮した様子のマーシャが良い具合に舞子の精神を現実へと引き戻し……微妙に、ちょっぴり、ちょこっとだけドン引きさせる事で、舞子ははしゃぐタイミングを逃していた。

(まぁ、でも……本当に戦争をしていたんだなぁ……)

 展示されている奏甲は、未使用の新品ではなく、実際に英雄と共に活躍した機体達だ。
 中には、大きく傷の残る機体もあったり、絶対奏甲の前で……かつての事を思い出したのか、涙ぐむ人々の姿み見受けられた。
 それらを見て、舞子は今更ながらに、この世界は戦争をしていたのだということを自覚する、その戦争が、終わったのだとも。

「舞子?、次は飛行型奏甲を見に行くわよ?、機奏英雄に最も人気があったと言われるフォイアロート・シュヴァルベが見られるわよ?」
「あ、うん、今行くよ!」

 傷ついた奏甲と、その前で思い出を振り返る人々。
 彼らの戦いには意味や、正義があったのだろうか、そしてそれがどういう結末を迎えたのか、舞子はそれを知らない。
 ……それでも、こうして思い出を振り返る事が出来るのは、その余裕がある事は、悪い事ではないのだろうと舞子は思った。
 それがどんな過去でも、過去があるからこそ、今があるのだから。

 それから幾つかの奏甲を舞子とマーシャは見て回り……会場の最深部にある、ひときわ人の多いスペースへと二人はやって来た。
 そこには一体の絶対奏甲が佇んでいる、戦いが終わった後の人々と、役目を終えた絶対奏甲達を見守るように、また己自身が身体を休めているように、展示されたその姿は悠然としていた。

「伝説の絶対奏甲……十億の稲妻、ミリアルデ・ブリッツ」

 これまでのようにはしゃいだ様子も無く、その奏甲を見上げたマーシャは呟いた。
 伝説の絶対奏甲“ミリアルデ・ブリッツ”、その赤と白の姿は伝説の名にふさわしく、他の奏甲には無い見えざるオーラを動かざる今なお放っていた。
 舞子はミリアルデの伝説を知らないし、英雄大戦での活躍を知らない、それでもその絶対奏甲が特別特殊、ただ一つのモノである事を確かに理解した。

 さながら神像のようであった、気品と共に神気すら放出するようなその姿、動かざる、音無き今でこそ此処までの威容を持つ彼が躍動し、音を奏でながら戦ったその姿は、どれほどに美しく勇壮であった事だろうかと舞子は思う。

「ミリアルデ・ブリッツ……」

 不思議と恐ろしさというものを舞子は一切感じない。
 先ほどマーシャと共に見たキューレヘルトやローザリッタァ等にはその厳ついフォルムや強面の顔つきに兵器としての恐ろしさを俄かに感じていただけに、余計に不思議なものだと舞子は思う。
 ミリアルデの顔つきは優しい、ファニーなのではない、凛々しいと称して十分な顔つきであるのに、その眼差しが包むような優しさに満ちている。

(……あぁ……良かったね……)

 舞子の胸の内から、ミリアルデを祝福する言葉があふれた。
 戦いを終えて休む彼(ミリアルデ)の、なんて安らかな事だろうか、あぁ、終わったのだ、戦いは。
 舞子にはピンと来ない話とはいえ、彼らの間ではようやく……本当にようやく、戦いは終わったのだ、やっと休める、疲れ果てた彼らが、その腕を、翼を、身体を休める事が出来た。
 ミリアルデの表情は、そういった安堵から来るものだと思えた、やるべき事を終えた顔をしていた、彼の優しい気配はその為なのかもしれない。

(ほかの絶対奏甲もそうなのかな……皆、ホッとしているのかな)

 此処までに見てきた奏甲の表情を思い浮かべて、舞子はふとそう思う。
 皆疲れ果てた身体を休めているのだ、もうこれで戦う事はないのだと安心して……人々の復興を見守っているのだと思えた、彼らは戦争兵器であったのかもしれないが……。

 彼らが悪いものだとは、舞子には到底思えない。

「……お疲れ様」

 彼らに送る言葉は、別れではなく、憎しみでもなく、ただ労いの言葉が相応しい。
 その想いがあるからこそ、この絶対奏甲展は成り立っているのだ、その想いがあるからこそ、この会場は兵器を展示しているのに、温かい気持ちが溢れているのだ。


[No.544] 2013/07/02(Tue) 12:47:36
奏甲のメモリアル(後編) (No.544への返信 / 5階層) - 咲凪

 Q.クロイツシリーズは?

 A.さすがに本物を展示する事は無理なので、クロイツイメージが参考展示されています。

「…………」

 華燭奏甲という、絶対奏甲の中でも上位機をやはりハイテンションのマーシャと共に見物していた舞子は、ある一体の奏甲の前で黙してそれを見つめる男に気づいた。
 男という事、彼はただそれだけで間違いなく元機奏英雄だった。

 舞子が男に目が止まったのは、男には片腕が無かったからだ。
 男が見ていた絶対奏甲はカルミィーンロート、舞子の様子に気づいたマーシャが、やはりハイテンションにその機体がいかに豪華かつ強力な機体であるかを説明してくれる。
 しかし、舞子としては気になるのは奏甲よりも片腕のない男の方で、彼が片腕を失った理由はおそらく戦争によるものだと舞子は思ったのだ。
 40に届こうかという位の中年の男だったが、たくましい身体つきに凛々しい顔つき、金髪も身なりも整った紳士然とした男だった、片腕が無い事がどうしても周りの目を引くが、本人が慣れているのかそれを気にした素振りもない。
 むしろ、彼の意識はじっとカルミィーンロートに注がれていた。

「………ん?」

 あまり見ていては失礼かと思い、舞子が視線を移すよりも先に男が舞子の視線に気づいた、目が合ったのだ。

「あ、ごめんなさい、……えっと、その、もしかしてこれって、貴方の奏甲なんですか?」

 男に意識が向いたのはその片腕からだが、彼が懐かしげな表情でじっとカルミィーンロートを見ていていた事で、舞子はその奏甲が男のかつての愛機であったのでは、と思ったのだ。
 片腕の男は、自分が注目されていた事に少し恥ずかしそうにしながら微笑む、気を悪くしたような様子も無く、姿に似合わず可愛い反応だと舞子は思う。

「いえ、これは知人の乗っていた絶対奏甲でね……それを思い出していたのですよ」
「ぁ……」

 そういって、片腕の男はもう一度カルミィーンロートに視線を向けて目を細めた。
 舞子もマーシャも、それを見て、また男の失われた片腕がそういう想像を促した事もあって、表情を曇らせた。
 片腕の男の語る知人が、既に故人であると思ったのだ。

「ん?、……あぁ、もしかして私の知人が故人であると思ったかな?、大丈夫、彼らは生きていますよ」
「そうなんですか、良かった……」

 少女二人の安堵の様子に、片腕の男は優しく微笑む、「もっとも、最近は顔を合わせていませんが」と前置きを述べたうえで。

「この奏甲に乗っていたのは丁度お嬢さん位の年頃の青年でね、彼は現世に帰還を望んでいたので、今もその方法を探している筈です」
「現世への帰還……!」

 その言葉に食いついたのは舞子ではなくマーシャの方だった。

「おや、興味がおありで」
「えぇ、……現世に限らず、異界に続く門といえば、蟲ヶ森の門、今はその存在くらいしか心当たりもありませんし……」
「なるほど、しかしその蟲ヶ森の門は確実性に乏しく、博打でしかない事もご存じのようだ」

 片腕の男の言葉に、マーシャは黙して頷いた。
 舞子は現世の帰還という話題にもちろん関心があったのだが、蟲ヶ森(インゼクテンバルト)だの、門(ゲート)だの、耳慣れない言葉に会話に混ざれないでいる。
 そして片腕の男もまた、まさか舞子が今更になって召喚された機奏英雄であるとは思ってはいないだろうが、男は言葉をこう続けた。

「故郷に帰りたいと思う気持ちは十二分に判るつもりですが、くれぐれも無謀な行いはしない事です、命あっての何とやらと言いますし、御二人に不幸があれば、私も悲しい」
「ありがとうございます、私も帰れれば帰りたいけど、やっぱり命が一番大事だと思ってますから」

 片腕の男はその言葉に頷くと、「失礼」と断ってから腕時計を確認する、腕時計は現世人が召喚時に所持している事が多い物品で、アーカイアでの貴重品の1つだ。

「それでは私はこれで失礼します、友人……私の歌姫をしてくれていた人との約束があるので、それでは」
「貴重なお話、ありがとうございます」
「さようなら〜」

 手を振る舞子とマーシャに、残っている片腕を上げて応えると、男は去って行った。
 その後も、舞子とマーシャは、絶対奏甲を見物して回った。
 カルミィーンロートと同じく人馬型の華燭奏甲、マリーエングランツ。
 希少品である故に、これもまさかの展示となった200年前にも活躍した遺失技術の絶対奏甲、ハイリガー・トリニテート。
 戦争末期に活躍した現世技術や新技術や資材を贅沢に利用した絶対奏甲の数々……。

 Ru……

「……うん?」
「どうしたの、舞子?」
「ううん、ちょっと……声、気の所為かな?」

 数多くの絶対奏甲、そしてそれにまつわる展示、そしてそれをハイテンションで解説するマーシャを楽しむ舞子は、頭の中に自分では無い誰かの声が聞こえた気がして、ふいに立ち止まる。
 絶対奏甲展に訪れている人の数は多い、おそらくはその中の誰かの声であろうと舞子は思う。

 Ra……Ra……

「……歌?」
「舞子?、……え、何……歌術?」

 その声は舞子だけではなく、マーシャにも聞こえているようだった。
 舞子はそれが声ではなく歌だと気づき、マーシャには、それがまるで歌術のように力を持った歌だという事に気づいた。
 しかし、この世界にはもう幻糸は無いのだ、歌術はもう、この世界からは失われている。その歌が何故今更になって聞こえるというのか、マーシャは疑問を抱いた。

「何処から……あ、もしかして、歌術の説明をしているんじゃないかな?」
「…………そう、かしら」

 舞子の予想は歌が聞こえる理由としては妥当なものだとマーシャにも思えた。
 しかし、耳をどんなに澄ましても、聞こえてくるのは来場客の話声くらいで、歌らしきものは聞こえてはこなかった。
 やはり気の所為かもしれないと、二人は思う。

「それよりマーシャ、あの……蟹みたいなのも絶対奏甲なの?」
「あぁ、あれはフォイアロートね、あれも200年前の歌姫対戦の時から活躍してきた絶対奏甲の中でも愛好家の多い名機でね、私にとっても五本の指に入る好きな奏甲で……」

 舞子の指さした赤い色の異形の奏甲を見て、マーシャの意識は微かに聞こえた歌の事など忘れて、赤い奏甲に夢中になった。
 もっと近くで見物をしようと、舞子の手を取ってマーシャは先へと進もうとする、舞子も手を引かれてマーシャに付いて歩いてい行く――――――が。

「――――えっ」
「な、何っ……?」

 世界がモノクロになった。
 二人を取り巻く、二人を除いた、世界の総てがモノクロになり停止した。
 否、世界が停止したのではない、舞子とマーシャに流れる時間だけが、他の時間から切り離された、その瞬間が引き伸ばされて、さながら世界が停止したように二人には感じられたのだ。
 驚きのあまり、二人が周りを見渡せば、あれだけ居た来場客の姿が一人も見当たらず、その事が殊更に状況の異常さを二人に伝えていた。

「マーシャ……これっ……」

 いったいこれは何なのか、アーカイアへの突然の召喚を経験した舞子だが、このような異常状態はその時には現れなかった。
 マーシャもまた舞子に答える言葉が無かった、彼女にも、今この時何が起こっているのか、まったく見当もつかない。
 やがて世界は現実感をなくし、その輪郭をおぼろげにして、溶けるように崩れていく。
 舞子やマーシャが立っていた床も無くなり、やがて二人は天も地も方向も無い、落ちているのか上っているのかも判らない空間へと投げ出された。

「マーシャ!」
「ま、舞子……っ」

 さながら宇宙のような混沌の空間の中で、視界が揺らぎ、意識を失う直前の二人に出来た事は、互いが離れ離れにならぬように、しっかりと手を繋ぐ事だけだった。


[No.545] 2013/07/06(Sat) 14:06:39
Re (No.545への返信 / 6階層) - 咲凪

 Q.これはエピローグ?

 A.いいえ、此処までがほんの、プロローグ

 ……そして、少女は旅立った。

 今一度の幻想と、幻奏と、闘争と、闘奏の、戦記を見届ける為に、雉鳴・舞子はその為に呼ばれたのだ、このアーカイアに。

 さぁ、幕を上げろ、アンコールが始まる。

 今更になって、ようやく、追想の歌劇は始まるのだ。

 その名は――――――


『追奏戦記 Ru/Li/Lu/Ra.Re』


[No.546] 2013/07/07(Sun) 19:21:10
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