C.E.74――アマゾン奥地にて。
頭上の夜空を、また一つ星が流れた。
ここ数年で、随分と流れ星が増えたという。 大気圏に突入し燃焼するならば、それは自然の天体である必要はない。原因は衛星軌道上に大量に存在する、デブリだ。 そも宇宙開発の激化以来、衛星軌道上のスペースデブリはDSSDの定める安全基準を下回ったことがないというが、加えて3年前の大戦からこっち、戦禍に見舞われ損壊したコロニーやMS、MAの残骸によって航路の安全に支障を来たすほどに増加し、地球の重力に捉まっては星屑となって降り注いでいるという。
そうしているうちに、また一つ流れた。
現在、地表に辿り着き得るサイズのデブリは事前にジャンク屋同盟によって回収されるため、幸いにしてあの輝きが地球に災厄をもたらすことはない。 とはいえ。
「こう引っ切り無しに流れるんじゃ、願い事をするありがたみもないわね」
風花=アジャーは一つため息をついて、シュラフの上にごろりと寝転んだ。 三枚重ねにしているが、敷いているのがMSの装甲の上――湿地に立膝をついたブルーフレームの肩の上だ――ではどうにも硬くて寝づらい。地面というのはあれで案外柔らかいものだったのだな、といまさらのように気づいて、風花は7mほど下の湿った大地が少し恋しくなった。 蛭さえ出ないなら今からでも喜んで下に寝床をこさえるのだが。
「コックピットに入るか?」
ハッチを開いて、中からこの青いMSの主……叢雲劾が声をかける。 視線はコックピットに繋いだコンピューターのコンソールに落としたままだ。彼は今、次のミッションに備えて愛機の設定を変更する作業に追われていた。 MSはその両の足で雪原だろうと砂漠だろうと都市部だろうと問題なく踏破するが、人間がそれらの場所で歩き方を変えるようにMSもまた脚部接地圧などの設定を変更しないと足を取られてパワーロスや故障を起こしやすくなる。 大切な作業だ。風花もそれを分かっているので、
「気にしないで続けて、次の仕事に差し支えるでしょ?」
劾は傭兵だ。 この業界で随一といっても差し支えない傭兵部隊『サーペントテール』の中心人物。 風花もまた、その一員である。 ……まだ見習い同然だが、仕事に対する誠実さは一人前のつもり……否、それ以上でなくてはならないと、自分に任じている。 であるから、劾の申し出を固辞して、敷き直してどうにか眠ろうと努力した。 劾はそれ以上何も言わなかった。もともと口数の多いほうではないし、風花を子供扱いして何くれと面倒を見るタイプではない。そして、そうした態度が風花は好きだった。 が、さりとて……誤解されがちではあるが、酷薄な人間でもない。 やがて、設定作業を続けたまま口を開いた。
「何か聞きたいことはあるか?」
「え?」
問い返す風花に、劾は表情を変えぬまま続ける。
「寝物語に付き合う程度の余裕はある」
彼は風花にとって、語らずして多くのことを教えてくれる良い教師であるが、それでも言葉で伝える教えは値千金である。 つまるところ、それは彼の優しさであるらしかった。表情は動かないし、声音は相変わらず冷えた剣のようであったが。
「私が居ない間の仕事の話、聞きたいな」
風花が半身を起こしてそういうと、劾は鷹揚に頷いた。
「いいだろう……そうだな、これは72年の、夏の話だ……」
そうして語られたのは、彼が独りで携わった幾つかのミッションの話。 歴史の中で瞬き、あるいは人知れず消え――あるいは、それを見た人の胸に残り続ける、星屑たちの話。
彼と同じく“正道を外れた者(アストレイ)”たちの――……
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機動戦士ガンダムSEED -STARDUST ASTRAYS-
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[No.563] 2013/09/28(Sat) 00:14:41 |