[ リストに戻る ]
No.624に関するツリー

   Fate/DragonSoul - アズミ - 2015/09/21(Mon) 20:26:30 [No.624]
概要(2015/11/24改訂) - アズミ - 2015/09/22(Tue) 00:23:10 [No.625]
瑠璃色の鳩 - きうい - 2015/10/12(Mon) 23:19:16 [No.626]
A.D.1877:日本 - アズミ - 2015/10/29(Thu) 22:17:06 [No.627]
Re: A.D.1877:日本 - きうい - 2015/11/23(Mon) 01:03:29 [No.628]
1日目 英国・ロンドン郊外 - アズミ - 2015/11/24(Tue) 11:50:08 [No.629]
1日目 至上海 途上 - アズミ - 2015/11/24(Tue) 20:34:05 [No.630]
幕間:川西光矢・1 - アズミ - 2015/11/24(Tue) 22:23:10 [No.631]
幕間:魔人・1 - きうい - 2015/11/24(Tue) 22:58:21 [No.632]
幕間:黒木少尉・1 - アズミ - 2015/11/27(Fri) 19:24:14 [No.633]
幕間:ロード・ルーナリア・1 - アズミ - 2015/11/27(Fri) 22:23:41 [No.634]
幕間:魔人・2 - きうい - 2015/11/29(Sun) 00:26:40 [No.635]
幕間:アンドレイ=ドラグノフ・1 - アズミ - 2015/11/30(Mon) 21:06:00 [No.636]
1日目 上海上空 - アズミ - 2015/12/01(Tue) 01:31:23 [No.637]
1日目 上海上陸 - きうい - 2015/12/01(Tue) 22:06:33 [No.638]
1日目 外灘にて - アズミ - 2015/12/01(Tue) 23:20:20 [No.639]
Re: 1日目 外灘にて - きうい - 2015/12/02(Wed) 01:15:07 [No.640]
一日目終了 - アズミ - 2015/12/09(Wed) 18:39:38 [No.641]
2日目 外灘にて - アズミ - 2015/12/09(Wed) 21:10:47 [No.642]
二日目 愛し合うために - きうい - 2015/12/11(Fri) 22:22:58 [No.643]
二日目 埠頭の夜 - きうい - 2015/12/16(Wed) 00:09:29 [No.644]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
Fate/DragonSoul (親記事) - アズミ

プロットだけ。

[No.624] 2015/09/21(Mon) 20:26:30
概要(2015/11/24改訂) (No.624への返信 / 1階層) - アズミ

時は19世紀。
極東の地からもたらされた聖杯戦争の秘儀と大陸最大の龍穴、『上海』を以って奇跡を為さんとする“瑠璃色の鳩”パティ・ガントレット。
かの魔人が開催した聖杯戦争は如何なる経緯を辿ったか、“混沌の魔都”上海を“沈黙の死都”へと変え果てた。

これを神秘漏洩の危機と捉えた時計塔のロード・ルーナリアは5人の魔術師を呼集。新にサーヴァントを召喚し、事態の収拾に乗り出した。

手札は6枚。
時計塔のロード、ラ・ルーナ・イムリス・ルーナリア。
歳若き魔術師、アンドレイ・ドラグノフ。
封印指定執行者、ソリテア・スパイト。
大日本帝国情報部員、黒木遼。
時計塔への留学歴を持つ魔術使い、川西光矢。
アトラス院が派遣したホムンクルス、ミコト=Y。
そして――“聖杯戦争潰し”、志摩康一。

向かう先は死者が闊歩し、生者を喰らう修羅の巷。

阿鼻叫喚の地獄の中、撒かれた災厄の種は3つ。
復讐者(アヴェンジャー)。来るべき破滅を負う文明の破壊者。
魔獣(ビースト)。不義と破滅を司る終焉の獣。
そして救世主(セイヴァー)。人の罪過と可能性、そのもの。

抗する鬼札は7枚。
剣士(セイバー)。神を捨て、英雄を愛した喪われた守護者。
槍兵(ランサー)。血に塗れるが故に歪まぬ赤鉄の騎士道。
弓兵(アーチャー)。孤高の人格と多大なカリスマを備えた哲人王。
騎乗兵(ライダー)。己が夢を顕現した空の伯爵。
暗殺者(アサシン)。死病の中に慈愛を見出した因果の王。
魔術師(キャスター)。神に翻弄された異形の賢獣。
狂戦士(バーサーカー)。酒精に眩んだ無双の拳。

かくて聖杯戦争は幕を開ける。

戦禍の果ての奇跡など望むべくもない。
――地獄の中の未来だけを、その手に求めて。


[No.625] 2015/09/22(Tue) 00:23:10
瑠璃色の鳩 (No.625への返信 / 2階層) - きうい

溜息を吐くには十分な有様だった。
上海は姦しく沈黙した。
策謀と悪意が跳梁する魔都ではなく、本能と暴力が跋扈する死都に変わり、戻る気配もない。
失敗だった。
パティ・ガントレットは銀の指でコツコツと座を叩いた。

彼女がもたらした聖杯戦争は、その盃に注がれた悪を存分にぶちまけて終わった。
人類の、人間の敗北に終わった。

あるものは心臓を貫かれ、あるものは頭蓋を砕かれ、またあるものは自害を強要され。

穢れた盃からあふれ出た祝福は、生きとし生けるものを飲み込み、死に果て死せるものを立たせた。

パティはコツコツと銀の指を座にぶつけた。

わたくしは生きている。
誰もわたくしを滅ぼせなかった。
誰もわたくしを滅ぼせない。
わたくしごときを。

ホムンクルス、とも座から放逐された英霊、とも称された魔人は「ヒトでは無い」というただ一点においてあらゆる組織から正しい評価を得ていた。
そんな正しさが何の意味も持たない、というだけで。

ざわめく心が無意識に魔力を泡立たせる。
皮の代わりに銀が覆った両腕を抱きすくめ、その熱を押しとどめる。



いや、終わってはいないのだ。
聖杯はまだ満ちるどころか一騎の命すら吸っていない。

聖杯戦争は始まった。
人の抗いは終わっていない。黙示の時はまだ遠いと叫びながら。
悪と正義が争うために。
上海を覆う闇を、塗り潰し返すために。


[No.626] 2015/10/12(Mon) 23:19:16
A.D.1877:日本 (No.626への返信 / 3階層) - アズミ

 幾度目かの夜明けを迎えた世界で最も早く夜明けを迎える国にて。


「――――まったく、なんたる有様か」

 謳うように、白い少女は嘆いてみせた。
 白い、少女だった。
 両側に垂らした二房の髪、作り物めいた肌、小柄な身体を覆う装い、華奢な両手を包む籠手、地に突き立つような鋭いヒール――――総てが白。
 のみならず、その精神性。
 信条、信念。アカシャの蛇の鱗に刻まれる、連綿と続く心理、その一刻一秒逃さぬ全てが、惑わじの清廉。絶対の潔白――――そう、全てが白。
 その閉じた瞼を開いたなら、両の瞳すら白亜なのではないかとすら思わせる。そんな、白い少女だった。

「コベルニルは潰えて死にました。身体、精神、情誼、遺伝子、可能性、全て」

 両腕が天を抱くように伸びた。
 人形のようなか細いが、同時に狂気の如く鋭利な両手。

「全て潰えました、この両手で。希望(わたし)を手放した者は、皆全て」

 右手が差し出される。
 彼女に利き腕の概念は無かったと記憶しているが、それには象徴的な意味があった。
 開いた利き手。友好の手。慈悲の手。
 譲歩を促す、絶対上位者の手。

「あなたもそうなるおつもりか――高橋敬治」


 相対する高橋敬治は、返事をする代わりに荒い息を吐いた。
 少女とは対照的な、黒い男だった。
 厳密には、黒一色ではない。日に褪せた黒髪。くすんだ黒瞳。チャコールグレーのスーツ。その全てに上から塗り固められた、黒ずみ乾いた血糊――――総てが、濁った黒。
 その精神性もまた然り。
 怒りと暴力性をその奥に秘めながら、秩序と倫理で堅く締め上げられた人格。矛盾に澱んだ多面性――――そう、全てが塗り重ねられたがゆえの、黒。人間の色。

「手を伸ばさなければならない。求めなければならない。欲さなければならない。奪わなければならない。憎まなければならない――――“進み続けなければならない”。それが契約であったのに」

 非難するような口ぶりではあるが、その声音は低く、冷たかった。
 咎人の罪状を並べ立てる、裁判官のそれに似ている。

「あなたはそこに“立ち止まる”というのか」

 ひどく観念的で、非人間的な糾弾。
 高橋敬治はまた一つ息を吐いて、ようやく口を開いた。

「俺は警察官だ」

 背筋を伸ばし、肩を開く。投射面積を大きくする、およそ戦闘に備えるそれではない構え。
 その遮る向こうに、小さな人影が倒れ伏していた。
 子供だ。
 まだ10を越えない、幼い少年。
 負った傷は致命には遠いが、庇護が無ければ死に沈む、そんな儚い生命。

「――――市民を、子供を守るのは。当然の仕事だ」

 ひどく実際的で、人間的な応答。
 白い少女は失望の息を漏らして、右手を翻した。

「では死ね」

 先ほどまで開かれていた右掌は、今は堅く握り締められている。
 それには象徴的な意味があった。
 握られた利き手。決別の手。憎悪の手。
 断罪を下す、絶対上位者の手。

「為すべき事(Godot)に背を向けた脱落者。聖杯(わたし)に背く最後のケイジ」

 瞼が開いた。
 思わず総身が震える。全身の疵が持つ熱を悉く駆逐する、怜悧な生命危機。

「何処にも辿り着けず、何者にも成り得ず――――無為に、無駄に、無尽に死ね」


 また一つ、息を吐いた。
 最期の吐息と、覚悟した。次に息を吸う前に、死ぬ覚悟を固めた。
 滑る右手が軍刀を掴む。
 “サムライ”であった頃さえ頼みを置いたためしがない、鉛色の暴力装置。
 魔術でも体術でもなく、最後の武器がこれだとは。
 だが、とても観念的で、かつ人間的な運命(Fate)ではあった。

「俺は警官、高橋敬治だ。他の何者でもない」

 なぜならそれは警官の武器なのだから。
 警官として死ぬ時には、握っていなければならないはずだった。


「お前が死ね、聖杯――――ッ!!」


 白が閃いて、黒が溢れ出し。

 そし て  聖杯戦争  は――――


[No.627] 2015/10/29(Thu) 22:17:06
Re: A.D.1877:日本 (No.627への返信 / 4階層) - きうい

「それが終わりで始まりだ。」

川西光矢はレポートを読み上げると、傍らに横たわるサーヴァントに視線を下した。
サーヴァントが沈黙を以て応えるので、光矢は頭を掻く。

「……面倒なことなら避けたい。
避けられないなら手早く済ませたい。
なあ、わかってくれないかな。」

サーヴァントは掛け布団を引き寄せ、後は沈黙のみで応答した。
暫く言葉を待った光矢はそれが無駄だとわかって、また頭を掻いた。


・マスター
【名称】川西光矢
【契約CLASS】?

・サーヴァント
【CLASS】?
【マスター】川西光矢




どれほど清廉な望みでも、塗り固めれば黒く染まる。
欲望とは増え加えるものであり減色混合はありえない。
如何に無色に近い色であっても、僅かな不純が無垢を汚し、無垢さは重ならぬ加色混合。

ならば果てる先は何時だって暗黒。
それが人の求める究極。何もかもとは即ち貪欲さで塗りつぶされた黒。
されど究極ゆえに輝いて見える希望。

この世全ての悪とは即ち、この世全ての希望なのだ。

パティ・ガントレットは血の如きブランデーを銀の籠手で傾ける。身の内がまた黒い穢れで満たされていくのを感じる。
いつからだろう、わたくしの瞳にあらゆる悪が集まるようになったのは。悪が正義の別名にすぎないと悟るようになったのは。遥か過去のようにも思うしずっと未来のことのようにも思う。
ならばきっとわたくしは過去でも未来でも無い場所に釘付けにされた何かなのだろう。この次元を外から見る、超次元の何かに。




ゆるせるものか




生まれた時から何者であるか決まっているなど。
たとえわたくしが何かの化身であろうとわたくしはわたくしだ。
一人ひとりの人が遺伝子の乗り物であるにもかかわらず一人の人として生き苦しみ死ぬように。

わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは
わたくしは



わたくしは


わたくしだ。


上海の底。ユーラシア大陸の欲望が地底の底で唸り、その一瞬だけ地上の全ての魂が震えあがった。


[No.628] 2015/11/23(Mon) 01:03:29
1日目 英国・ロンドン郊外 (No.628への返信 / 5階層) - アズミ

 見渡す限りの夜の草原に、それは怪物のように横たわっていた。

「随分細長い気球だな」

 実際、既知の知識で表現するならばそれは気球に似ていた。気嚢の下に乗用部が存在している構成は一目見ただけで明らかだった。
 ただ全体のシルエットがあまりに違う。気嚢は横長の弾丸のような形をしているし、乗用部は随分前方……あれが弾丸のように飛ぶとすれば、だ……に偏って配置されていた。

「Luftschiff、というのだそうだ」

 ここまで水先案内人をしてくれた隻眼の女が言う。

「るふとしっふ? 独逸語か?」
「日本から来た少尉殿は飛行船と呼んでいた」
「空気船、よりは気が利いた訳かもな」

 肩を竦めて、風圧に逆らいながらるふ……飛行船へ向かう。
 機械には明るくないが、あれは既に発進体勢に入っているようだった。

「他の連中はもう集まってるのか」
「あぁ、魔術師殿が最後だ」
「“魔術使い”だ」
「あぁ、これは失敬」

 女は謝罪こそ述べたが、明らかに自分の誤りに興味はない様子だった。
 この女とてここに呼ばれた以上、魔術の心得はあるのだろうがどうもその辺りの魔術師の慣例には頓着しない人物らしかった。
 権威主義の時計塔にはさぞ居辛い性分だろう。あるいはかの魔術協会とは普段関わりを持たない市井の魔術師なのかもしれないが、どちらにせよ時計塔がそんな輩を呼びつけていること自体が余程に逼迫した状況であることを如実に示していた。

「こっちだ。乗れ、魔術師殿」

 タラップに足をかけて先導する女が懲りずに魔術師殿と呼ぶので、俺は聊か辟易してここで名乗ることにした。

「コウイチだ」
「うん?」
「奥にいる連中だって“魔術師殿”なんだろ? 不便でしょうがないから今の内に名乗っておこうと思ってな」

 女は初めてこちらに興味らしい興味を向けた様子だった、
 鼻を鳴らして、手を差し伸べる。

「ソリテア・スパイトだ。封印指定執行者をやっている」

 名乗って女……ソリテアは、華奢な腕の割に力強く俺を飛行船に引っ張り上げた。



 飛行船の中は存外に広かった。
 揺れも絶無に等しく、途中、窓の外を見てようやく既に浮上しているのだと気づいたほどだ。

「ここだ」

 言われて立ち止まる。
 乗用部の最後部にあたると思われる、突き当りの部屋。かけられた俄か作りの札には「作戦室」という文字が見えた。

「康一殿をお連れした」
「どうぞ」

 ソリテアがノックすると、若い女の声が応じる。
 ドアを開けると、そこには果たして5人の男女が待ち受けていた。

「お待ちしておりました、志摩康一様。これで7人揃いましたね」
「アンタが俺を呼びつけたロード・ルーナリア?」
「ええ」

 一番奥で俺を出迎えた女……ロード・ルーナリアが恭しく会釈する。

「ラ・ルーナ・イムリス・ルーナリアと申します。以後お見知りおきを」

 知った名だった。
 君主(ロード)には魔術協会に存在する12の学科を統括する学部長と、協会を古くから束ねる大貴族に連なる者、2種類の意味がある。
 この女は“両方”だ。
 大貴族の末席ながら最近空席になった鉱石科のロードを一時とはいえ代行する傑物。
 それが、今回俺とソリテア、そしてこの場に集められた他4人を呼集した張本人だった。

「時間がないんだろ。前置きは無しにしてさっさと始めないか?」

 若い男……おそらく日本人だ……が胸のポケットに挿した眼鏡を弄りながら言った。
 他の3人……帝国陸軍の軍服を着た青年と、露西亜人と思しき少年、銀の義手を片手につけた少女も視線でそれを肯定する。
 ロード・ルーナリアは頷いて返す。

「ええ、確かに時間はありません。タイムリミットまではあと7日間……正確には162時間と32分。それを過ぎれば――――」
「過ぎれば?」
「……世界が滅びます」

 ロードは重々しく、しかし断言した。
 今のご時勢、最早驚愕に値するほど珍しいことではない。しかし致命的ではある。おまけにいつも以上に時間もない。……現状は、そんなところらしかった。

「こちらの手札はこの場に集まった6人の魔術師と、サーヴァントのみ。さぁ、世界を救う戦いを始めましょう」

 それは開始の宣言だったのだろう。
 数えるのも馬鹿らしいほど重ねられた、しかし確かに世界の命運を賭けた――……

 そう、聖杯戦争の。


[No.629] 2015/11/24(Tue) 11:50:08
1日目 至上海 途上 (No.629への返信 / 6階層) - アズミ

 聖杯戦争、という魔術儀礼がある。

 そも聖杯とは、最後の晩餐において、救世主が弟子たちにワインを振る舞った杯。
 それは中世騎士道物語を経て、手にした者の願いをなんでも叶える万能の願望機として定義された。
 過去、数多の人間が聖杯を求め旅立ち、争い、破滅していったが――余人に隠された神秘を司る魔術師の世界においてすら真実の聖杯を手に入れた者はいない。

 魔術師たちの自衛・管理団体たる魔術協会の有史以来、発見された聖杯の候補物は西暦2015年現在、実に800余。
 その候補物の所有権を争い行われる、財、謀、武の全てをかけた魔術師同士の闘争――……それを、俗に『聖杯戦争』と呼ぶ。

 否、呼んだのだ。……かつては。

 転機はおよそ一世紀前。
 日本の冬木において、最初の“冬木式”聖杯戦争が行われた。
 聖杯を求める7人の魔術師と、それらをマスターとして契約する7騎の使い魔(サーヴァント)を以って覇権を争う決闘儀礼。
 しかしこれが混乱の内に勝利者不在で幕を閉じる。
 この際の反省から改訂が行われ、一通りのシステムが揃ったのが1860年に開かれた第二次聖杯戦争。
、剣士(セイバー)、槍兵(ランサー)、弓兵(アーチャー)、騎乗兵(ライダー)、魔術師(キャスター)、暗殺者(アサシン)、狂戦士(バーサーカー)――……7種の英霊の鋳型(アーキタイプ)。
 それを従えるため、マスターに与えられる3画の絶対命令権――令呪。
 結局第二次聖杯戦争も勝利者不在のまま一同の全滅という形で幕を閉じるが、その際に聖杯戦争の術式が流出した。
 参加者の一人が持ち出したとも言われているし、さらに術式を洗練するため冬木の開催者が意図的に漏洩したとも言われている。

 ともあれ――現在。世界中で冬木式を模した決闘儀礼が頻発している。

 折りしも時代は列強諸国による戦乱の時代へ向かおうとしていた。
 その裏で魔術師達もまた、日々血で血を洗う争いを繰り広げていたのだ。
 地脈と、無辜の人々を傷つけながら。

 ――――明日、世界が終わるかもしれない。

 それは、この時代誰もが持っている、漠然とした不安だった。

 今は、そういう黄昏の時代だ。



 で、現在上海で起きている事案はそうした羅列するのも馬鹿馬鹿しいほどありふれた、しかし確かに致命的な“世界滅亡の危機”の一つだった。
 上海を牛耳る魔人“瑠璃色の鳩”パティ・ガントレットは大陸最大の霊地たる上海を用いて冬木式聖杯戦争の再現を試みた。
 経緯は不明。だが、結果は失敗。
 勝利者不在のまま上海全域に魔術的な“汚染”が広がり、今や、“混沌の魔都”上海は死徒の闊歩する“沈黙の死都”へと変わり果てた。

「正確な数字は不明ですが、上海市民の全てが死徒に変じたとすれば10世紀以来の大量発生となるでしょう」

 現在では想像もつかないというのが本音ではあるが。
 かつて、人が吸血種に常に怯えなければならない時代があった。そしてそれに抗う力をまだ人間が持っていた時代があった。数多の吸血種が跋扈し、英雄がそれを打ち払う。そういう時代があった。
 今の人間には無理だ。人の世は神秘を喪い過ぎた。
 かの時代ほどの死徒が世に放たれれば、人類は敗北するだろう。
 人ではなく、人だけを害するもの――死徒には、星と人の抑止力が働かない。人の力が介在しなければ、ヤツらを滅ぼすことは出来ない。

「現在、汚染は上海の霊脈に依存するため上海全域で留まってはいます。死徒は聖堂教会が派遣した異端審問騎士団の包囲で押し留められてはいますが――」
「汚染が広がる兆候がある?」
「降霊科の試算では。開催者の敷いた何らかの術式なのか、7日後には地脈を辿って上海外まで汚染が広がり始めると見られています」

 現状ですら聖堂教会の代行者を総動員したとてそも収拾可能かすら不明だというのに、タイムリミットまで加えられては絶望的と言わざるを得まい。

「しかしそんな場所にたった7人で向かって何が出来ると?」
「こちらを」

 篭手の少女――アトラス院から来たという、ミコト、と言ったか――が問うと、ロードは一抱えほどもある石版を机上に出した。
 その上に1つだけ、魔術的な輝きが灯っている。

「聖堂教会から借り受けた、今次聖杯戦争の霊基盤です。監督者が命からがら持ち帰ったものだとか」

 霊基盤とは、聖堂教会が派遣する監督感が使用する礼装の一種だ。霊脈に接続し、各サーヴァントの召喚状況を確認できるものだが――。

「ライダーが生き残っているな」
「いえ、借り受けた時点では全て消えていました。今灯っているのは先立って私が上海郊外に赴き、再召喚したサーヴァントです。……そう、サーヴァントの召喚術式はまだ生きている」

 ロードが答えに軍服の青年――日本から来た、黒木遼少尉――は我が意を得たりと頷いた。

「――成る程。生きているサーヴァントシステムを逆手に取るか。本来の英霊には遠く及ばないとはいえ、サーヴァント7騎を以ってすれば上海の死徒撃滅も絵空事ではない」
「そう上手くいくか? サーヴァントと仲違いして自滅したマスターの話はゴマンと聞いたぜ」
「否やとは言わないでしょう。彼らは本来、人類の破滅を防ぐ抑止力の一端なのだから、いわば本来の仕事と言っていいはず」

 少年――時計塔から来た、アンドレイと言ったか――がそう言うが、俺を含めて他の者は聊かの賭けであることに気づいたらしかった。
 サーヴァントは魔術師と同じく聖杯を求める理由を持つ英霊の写し身を、特定のクラスに当てはめて召喚した使い魔だ。
 その人間性をも転写するため、往々にしてマスターにはサーヴァントとの信頼構築が求められる。出来なければ――そう、先に眼鏡の男……川西光矢が指摘した通り、自滅の道を辿る。
 サーヴァントは所詮死者だ。聖杯は欲しいが、よほどに据えかねれば自滅覚悟でマスターを殺すなど躊躇いもしないし、マスターに与えられる三度の絶対命令権……令呪など彼らが本気になれば気休めにしかならない。

「此処に呼んだ7人は、つまるところ“そうした安全性”も考慮しての人選です」

 特定の陣営に偏らず。英霊を侮ることなく。この危機に二つ心なく立ち向かうことが出来る魔術師。その条件は譲れなかったのだと、ロードは言った。
 誰ともなく、息をついた。
 手札は無役(ブタ)に近く、山札は未知数。相手の役はロイヤルストレートフラッシュ。
 状況は最悪に近いが、やらないわけにはいかない。なにせ、人類全ての命運がかかっている。

「……2時間後に上海に到着。その後、12時間は上海上空を旋回して偵察を行う予定です。その間に皆さんにはサーヴァントを召喚していただくことになるでしょう。それまで、どうか万全の準備を」

 ロードがそう言って会釈すると、6人のマスターは思い思いに作戦室から退室していく。

 さて――…………


[No.630] 2015/11/24(Tue) 20:34:05
幕間:川西光矢・1 (No.630への返信 / 7階層) - アズミ

 川西光矢は童貞ではない。
 かつて、時計塔に師と仰ぐ女性がいて、“そういう手解き”も受けたからだ。
 体液には多量の魔力が含まれるため、魔術と性交渉には浅からぬ関係がある。金欠の魔術師は精液を売りに出して金策を行うほどだ。
 いざという時にヤり負けないように――というのが、手解きをした時の師の言葉だったが……ついぞ、それがどういう時なのかは教えてはくれなかった。

「こういう時……って、予想してたわけでもないよな? 師匠」

 心なしか少し黄色がかって見える電灯と天井を見上げて、光矢は独りごちた。
 と同時に、脇腹を小さな拳が小突く。

「ぐえ」

 軽く、しかし鳩尾を的確に貫く嫌らしい小突きかただった。思わず呻く。
 傍らにいる拳の主に非難の視線を送る。
 傍らに寝ているのは、少女だ。少なくとも一見すればそう見える。
 肩で揃えた黒髪に褐色の肌、翡翠を思わせる深い碧の瞳。人間であれば――15、6歳か。もっとも、髪の隙間から覗く耳は猫科を思わせる獣のそれで、まず以って外見の時点で人間ではない。
 サーヴァントだ。

「今、他の女のことを考えましたね」

 拳ばかりか指摘までもが嫌らしく、かつ鋭い。

「……驚いたな。サーヴァントってのは心が読めるのか」
「そのぐらい仮にも魔術師(キャスター)クラスなら造作もないことですが。マスターの後学の為にご教授すると、世の女性の9割9分はそのぐらい読みますよ。勘で」
「知りたくない事実だったよ」

 嘯いて肩を竦める。
 本当は知っていた。つまるところ、それも師匠の手解きだ。
 ごす、ごす、と続けて拳の追撃が鳩尾に来る。

「一度寝ただけで嫉妬するのはちょいと情が深すぎやしないか、キャスター? 抱けって言ったのはそっちだぜ」
「マスターの魔術回路の空前の腐りっぷりなのが悪いのです。キャスタークラスのマスターのクセに最低限の魔力供給も侭ならないなんて正気ですか。アホですか」

 サーヴァントは死者が蘇っているわけではなく、エーテルで構成される仮初の身体に英霊の複写を降ろしている、一種の降霊だ。
 その維持にかかる膨大な魔力の大体は聖杯(今回は上海の霊脈)が補填するのだが、マスターもイグニションキー程度の魔力は消費しなければならない。
 が、キャスターによれば光矢は魔術回路の編成に聊か問題がある(これ自体は光矢も既知のことだった。それゆえに時計塔を放校となったわけだ)ため、これが上手く機能していないらしかった。
 結果として、サーヴァントを召喚した光矢の最初の仕事はキャスターを抱くことと相成った。
 先述の通り、体液は魔力を含む。性交を通じて魔力の流れる経路(パス)を構築する程度、キャスターには造作もないことだった。

「へいへい、へっぽこなマスターでどうも悪うござんした」
「事後の話題選択も最悪です。閨に仕事を持ち込む男とかサイテーです。何が『わかってくれないかな?』ですか。『最高の夜だったよハニー』ぐらい言えないんですか」
「ハニーって呼んだほうがいいのか?」
「やめてください怖気がします」
「理不尽だ……」

 げんなりとしてベッドを降りる。ここはダメだ、自分の勝てる戦場ではない、
 いそいそと服を着ながら、問う。

「……そんでサイテーついでに聞くけど、問題は解決したのか?」
「まぁ、宝具を開帳しなければってとこです。“神殿”を構築すれば自力で魔力を調達できますけど、この空の上ではなんとも」
「第一目標は橋頭堡作り、か」

 キャスタークラスはその名の通り、魔術師の英霊だ。
 魔術師は往々にして自分の研究室たる“工房”という魔術陣地を構築して拠点とするが、キャスターはその数倍〜数十倍も強力なものを構築するスキルを備える。
 そうした魔術陣地――光矢のキャスターならば“神殿”クラスが構築可能だ――は地脈から吸い上げた魔力を術者に供給する機能も備えるため、上海に神殿を築けば現在の魔力不足程度は容易く解消されるだろう。

「よし――そろそろ時間だ、行こうぜ。敵陣に踏み込む前に他の連中と顔合わせとかないとな」

 キャスターは、掛け布団を引き寄せたまま光矢に視線を送った、
 どんな言葉を求めているのかはわからない。女の心全てを悟るには、師手解きは全く不足だった。
 なので、光矢の打てる手は一つだけ。
 悪足掻き(チェンジ)はなし。そのまま勝負(コール)だ。

「……頼りにしてるぜ、“スフィンクス”」

 真名で呼ばれて、キャスターの猫っぽい耳がぴくぴくと動く。
 一先ずは合格だったのか。キャスターはベッドをひらりと降りると、キトンを纏った姿となって床に降りる。

「えぇ! 存分に頼りにしてくださいまし、マスター」

 ふん、と鼻を鳴らして誇るように言うキャスターに、光矢は苦笑した、




【名前】川西光矢
【契約CLASS】キャスター
【魔術回路】数:15 編成:異常
【魔術系統】元素魔術(フォーマルクラフト)
【解説】
日本の既に枯れた魔術師の家系の末裔。
古い知己の魔術師に見出され、時計塔へと留学するが才能は低く知己の魔術師が時計塔を去ったのに合わせ放校となる。
以来、国内で魔術を利用し奇術師や探偵紛いの稼業で生計を立てていたところを黒木遼少尉に捕捉され、今回の呼集に応じた。
少尉曰く、魔術師としては三流だが魔術使いとしてはなかなかのもの。


Caster
MatrixLevel:1

【CLASS】キャスター
【マスター】川西光矢
【真名】スフィンクス
【性別】女性
【身長・体重】154cm 48kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷E 魔力A+ 幸運E 宝具A
【クラス別スキル】
・陣地作成:A+
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“神殿”を上回る”大神殿”を形成する事が可能。

・道具作成 D
魔力を帯びた器具を作成できる。


【保有スキル】
・高速神言:A
呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。
大魔術であろうとも一工程(シングルアクション)で起動させられる。
智慧の神ムーサの手解きを受けた神代の魔術。

・怪力:D
一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は“怪力”のランクによる。

・気配察知:B
ピキオン山の守護者としての権能。
一定範囲内への侵入者の位置を捕捉可能。
このランクならば数百mの範囲を容易にカバーする。
気配遮断で存在を隠匿していても判定次第で見破る事が出来る。

・神託:C
神のお告げにより、その状況での適切な判断ができるようになる。
ランクCの場合、キャスターにとって回避の難しい悪い情報でしか効果を発揮しない。


【宝具】
― Unkown ―


【解説】
ギリシャ神話に語られるピキオン山の怪物。
旅人を捕らえては謎かけをし、答えられなかった者、間違った者を餌食にしていた。
そのため往来が途絶え、テーバイの住民は大いに苦しんだという。
英雄オイディプスによって謎を解かれ、海に身を投げて死んだとされる。


[No.631] 2015/11/24(Tue) 22:23:10
幕間:魔人・1 (No.631への返信 / 8階層) - きうい

――――死ね、聖杯

足元が落ちるような感覚に目覚め、瞼を開いてもそこは闇だった。
夢か。
パティ・ガントレットは脳裏を去りつつある夢の残滓をかき集め、その感覚を反芻していた。
わたくしが与えた力を以てわたくしに逆らった者の夢。
わたくしが滅ぼし尽した者の夢。

「……ふふ。」

甘やかな疼きが総身に湧く。
正義の剣でわたくしを貫こうとした男。
背徳の拳でわたくしが叩きつぶした男。

想えばあれが頂点だった。

あれに焦がれ、上海に聖杯戦争を投影した。
マスター達は実に良いものだった。
正義に身を委ねた者。愛に心狂わせた者。欲望に魂を捧げた者。いずれにもなれなかった者。
もがき、挑み、足掻いた。純粋に。
サーヴァント達もとても良いものだった。
正義に身を委ねた者。愛に心狂わせた者。欲望に魂を捧げた者。いずれにもなれなかった者。
もがき、挑み、足掻いた。純粋に。

誰も彼もがわたくしの敵だった。
わたくしを憎み、愛し、蔑み、憐れみ、求めてくれた。

けれど、誰もわたくしに届かなかったのだ。
七人の魔に通ずる人間。七騎の永遠に通ずる英霊。

さらに鬼札まで加えたのに、彼らはわたくしを飲み干せなかった。




ここは闇。上海龍脈の心臓部。
あふれ出る死を我が身に蓄え、わたくしは答えを待つ。

わたくしを満たすのは何物か。
わたくしは何のために生まれ、何をして生き死ぬのか。わからないなど……。


いや、わかっている。わたくしは知っている。
何のために生まれたのか。
何をして生きるのか。
何をして死ぬのか。

未開の闇を。
不明の神秘を。
理不尽な災いを。
渦巻く欲を。
終わらぬ混沌を。
この、わたくしを。


人間が見つけ、人間が暴き、人間が征服する。
答えは人間だ。いつだって。


[No.632] 2015/11/24(Tue) 22:58:21
幕間:黒木少尉・1 (No.632への返信 / 9階層) - アズミ

「――あの男は“聖杯戦争潰し”と呼ばれている」

 他に誰もいない部屋で、黒木少尉の声と資料を捲る音だけが響く。

「出身は冬木。生家については第二次聖杯戦争の戦禍でヤツを残して全員鬼籍に入っている上に資料の散逸が激しく、不詳。……まぁ、冬木のセカンドオーナーが見逃していたのだ、かなり以前に没落した魔術師といった辺りが妥当な推測か」

 セカンドオーナーとはその霊地を管理する魔術師の家系だ。
 よく領主に喩えられるが、実際表の社会でも地元の名士で通っている場合が侭ある。彼らの“領地”に他の魔術師が居を構える場合、なんらかの繋がりは持っていることが普通だ。基本的に秘密主義である魔術師は排他的で、自身の縄張りで他の魔術師が自由にしていることを好まない。
 現在末裔たる康一が魔術使いとして活動している以上、才覚は継承していたのだろうが、既に志摩家に魔術の家系としての実態はなかったと見るのが妥当だ。

「以後、父親の知己が経営する神戸の施設に入り育つ――が、1877年の“例の”聖杯戦争に巻き込まれ、施設は全焼。その際にどういう経緯かは解らんが参加者の一人を養父とし、1年後、養父の死亡と同時に魔術刻印を移植している。立ち会ったのは時計塔の高町某。直後に、同協会を逐電。――問題はここからだ」

 次の頁には、無数の赤字が入れられた世界地図。
 まるで地球を赤く染め上げんばかりに書き込まれたそれは、聖杯戦争の勃発した都市だ。そのおよそ全てが粗悪な贋作であったが、それでも魔術師たちは奇跡と「」を求めて闘争に明け暮れ続けた。
 そしてそのうち、4つが黒く傍線を引かれている。

「ヤツはそれからたった2年の間に4つの聖杯戦争を“潰し”ている。小樽、トンキン、イスタンブール、ペトロパブロフスク・カムチャッキー……いずれも勝者不在のまま小聖杯を破壊され、続行が断念された」

 驚異的な所業と言えた。
 聖杯戦争に参加する以上、その大多数は戦闘向きの魔術師だ。本道は研究であるとはいえ、一度その秘奥を戦闘に特化させれば歩兵一個大隊でも勝利できるかは危うい。
 戦力として評価した場合の魔術師はそこまで圧倒的な存在だ。おまけに各マスターは当然サーヴァントを連れている。
 実質、それを7組敵に回して最終目標を横から掻っ攫って見せたわけだ。

「――味方であれば有難かったのだが、と言ったところか」

 不意に、男の声が背後から響く。
 黒木少尉は振り向かなかったが、背後に自分のサーヴァントが実体化したのを肌で察した。

「味方さ、アサシン。世界を救うその時まではな」

 黒木少尉の声は皮肉げだった。アサシンはフン、と鼻を鳴らす。
 ロード・ルーナリアは特定の陣営に偏らず。英霊を侮ることなく。この危機に二つ心なく立ち向かうことが出来る魔術師を選んで呼集したと言った。
 それは間違いではない。黒木遼少尉はそういう清廉な人物だった。

「聞いた限りではお前が聖杯を手にするのを黙って見過ごす類の輩には思えんぞ」
「そのためのお前だ、アサシン」
「消す――ということか。“本物の黒木遼のように”」

 アサシンの口調には聊かの棘があった。
 さもあらん。この男は間違いなくアサシンの適正も持ってはいるが、手を汚すことに慣れた暗殺者ではなく、むしろ清純の英雄の類だ。
 精神性が黒木少尉とは決定的に相容れない。本来ならばそうしたサーヴァントを召喚することは悪手だが、性能と入手可能な召喚媒体の都合上他に選択肢がなかった。手の甲に刻まれた令呪が二画しかないのはその代償だ。

「懐柔できるならばそれでいいさ。僕とて――うッ」

 咳き込む。
 たっぷり1刻ほど苦悶して、口元を押さえた手を離すと純白の手袋はドス黒い赤に染まっていた。

「――僕とて、それほど余裕のある身じゃあない」

 魔術は窮めれば不完全ではあるが死すらも退ける。かの死徒27祖の中には魔術の探求の果てに死徒に至ったものも少なくない。
 だが、それは歴史に名を刻むレベルの天稟を以って初めて成し得ることで、大方の魔術師はやはり定命の存在だ。黒木少尉も例外ではない。
 己を蝕む死病さえ、退けることができない。

「――――……フン」

 アサシンは鼻を鳴らして、再び霊体化した。
 独り部屋に残されて、黒木少尉は我が身を抱いた。
 震える。喀血に体温を奪われた為かも知れないし、鉄火場を前に武者震いしたのかもしれない。――あるいは、今更本物の黒木遼を殺した罪悪感が頭をもたげたのかもしれなかった。
 思ったよりも、覚悟していたよりも。自分は、惰弱だ。

「そうさ、余裕はないんだ――だから、この命だけ。他の何を投げ出しても、この命だけは――」

 捨てて、なるものか。
 その瞳の奥で、生への執念が炎となって揺らめいた。


[No.633] 2015/11/27(Fri) 19:24:14
幕間:ロード・ルーナリア・1 (No.633への返信 / 10階層) - アズミ

 上海上空を飛行船が往く。

「ふーん、ふーふふーん……♪」

 操縦席に響く、少し調子っ外れの鼻歌。
 歌うのは、立派なカイゼル髭を蓄えた壮年の男性だった。羽織った厚手のコートとハンチング、その下に纏った軍服は多少の改造は見られるが、いずれも“現在の”ドイツ軍正規の軍装品である。

「ワーグナーですか」

 後方のハッチから、差し入れらしき水筒を携えてロード・ルーナリアが顔を出す。
 今後の作戦を懸念してか、聊か顔色が優れない。あるいは男の鼻歌に気分を害したのかもしれなかった。

「ウム、やはり戦闘前にはこれだな。気分が高揚する」

 機嫌は、悪くなかった。
 男は既に軍人ではなかったが、その気質まで失ってはいない。鉄火場を前にすれば、その感情はどうあれ意識は高揚する。
 一種の防御反応だった。それを解っているから、ロードも声に出してそれを不謹慎と諌めはしない。

「状況はどうです? ライダー」
「異常無しだ、マスター。今のところはな」

 問われて男……ライダーはカイゼル髭を一つ撫で付ける。
 眼下の雲海、その切れ間から赤く燃え盛る街がちらりと見えた。恐らくあそこでは今も無数の人が殺し、殺され、数多の血と涙が流れているのだろう。
 だが、雲の上はまるで別世界。穏やかなものだった。
 見た目は、だ。

「ただ、現状は安全とは言い難い」
「何か兆候でも? 死徒に、よもや高度4000mを強襲する能力は無いと思いますが……」

 完全に“成った”死徒は知性を持ち、生前の技能を行使する。もし元が魔術師であれば飛行する可能性はある。
 とはいえ高空を飛行機械に匹敵する速度で飛翔するのは魔術師と言えどほんの一握りに限られるし、そもそも街に蠢くのは大半が未だ自由意志すら保たない屍喰らい(グール)のはずだ。
 高度4000mを90km/hで巡航しているこの飛行船に攻撃を仕掛けるのはおよそ不可能と断じていいはずだった。
 ライダーは「吸血鬼のことはよく知らんがね、お嬢さん」と前置いて、ロードの差し出した水筒を受け取った。

「軍事目的で行う場合、飛行船の運用とは常に電撃的であるべきものだ。適切な運用が為されていない戦力は、信用すべきではない。現状は“敵襲を受ければたちまち窮地に陥る”状況なのだ。そう考えたまえ」

 軍人の道理だった。彼らは常に実用主義者(プラグマティスト)だ。
 敵に未知の要素があり、既知の要素が不全を起こしている。この状況は十二分に警戒に値する。許されるなら退却を具申したいところだった。

「召喚は?」
「セイバーがまだ。おそらく康一様でしょう」
「急がせるわけにはいかんのかね?」
「時間帯一つで正否が覆る類の術式です。戦力の1割5分に影響する問題を軽んじたくはありません」
「了解した――」

 ライダーは水筒の紅茶を嚥下して、嘆息する。
 と、不意に。その視線が鋭くなった。

「――もっとも、向こうはそんなことはお構いなしのようだがな」
「え……?」

 それはどういう、と問い返す前に、轟音と揺れが操縦室を襲った。

「きゃあっ!?」
「しっかり掴まっていたまえ、お嬢さん(フロイライン)」

 倒れ掛かったロードを支えながらも、ライダーは舵を放さなかった。
 警報が鳴り響く。伝声管を取った。その向こうに見張りなどいないし、彼の宝具である以上この飛行船に起きた問題は我が身の如く察知できるのだが、これは一種の儀式だった。

「い、いったい何が?」
「敵襲だ」
「敵襲!?」

 事前に警告されていてすら、俄かには信じがたい事態だった。
 高度4000mを航行中の飛行船に、敵襲?

「狼狽えなくて宜しい。我輩の『飛翔機械・空走伯爵(グラーフ・ツェッペリン)』はこの程度で墜ちるヤワな機体ではない」

 ライダーは断言した。
 グラーフ・ツェッペリン。それは未だこの時代に生まれざる、しかしやがて無数の後裔を生み出す一大発明、その第一号と後継たちにつけられた名だった。
 無論、本来のそれら飛行船にそこまでの防御性能はない。硬式飛行船とはいえ、外殻は軽量なアルミ板に過ぎないのだから。
 だが、宝具と化した今は違う。
 それは人々の、そして何よりライダー自身の、空と未知の景色にかける信仰の寄り代である。
 この飛行船を撃墜することは、空の夢を墜とすことに等しい。

「し、しかし……」

 そう頭で理解していても、ロードの狼狽は消えない。こうしている最中にも、揺れと破壊音が外殻を伝わって操縦室に届いてくるからだ。
 『飛翔機械・空走伯爵(グラーフ・ツェッペリン)』の元になったLZ127には当然、武装はない。ライダーは軍事利用を構想していたが、兵員輸送用で決して空中要塞ではない。
 宝具と化した今、ある程度魔術的な艤装を追加しているが、それでも船体に取り付かれては文字通り手も足もでないはずだった。

「――ま、今しばらくは保つさ」

 少し口調を和らげて、ライダーは言った。
 被害報告を受けた時点で、既に手は打っている。

「今に味方がひっくり返す、少なくともその程度の時間は保つ」

 伝声管から声が響く。ロードにはその内容までは聞き取れなかったが、声の主自体はミコトだと察しが着いた。

「大将はどんと構えておるものだ、フロイライン――まずは紅茶のお代わりをもらえんかね?」

 そう言って、ライダーは嗤った。
 グラーフ・ツェッペリン。それは飛行船の名であると共に、彼自身の愛称でもある。
 ツェッペリン伯爵。フェルディナント・フォン・ツェッペリン。
 それが、今はライダーと呼ばれる彼の真名だった。




Rider
MatrixLevel:1

【CLASS】ライダー
【マスター】ラ・ルーナ・イムリス・ルーナリア
【真名】フェルディナント・フォン・ツェッペリン
【性別】男性
【身長・体重】182cm 67kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】
筋力D
耐久D
敏捷C
魔力D
幸運A
宝具A

【クラス別スキル】
・騎乗:-
騎乗の才能。
ライダーであるが、通常の騎乗スキルは持っていない。

・対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

【保有スキル】
・蒼空の飛翔者:A
飛行機械を駆る才能。
天候を読む知識や目の良さを要求されるため、同ランクの千里眼の効果も内包する。

・軍略:D
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

・発明:B
既知の知識から新たな概念を創出するスキル。
ライダーの場合飛行機械に特化している。


【宝具】
『飛翔機械・空走伯爵(グラーフ・ツェッペリン)』
ランク:C
種別:対軍宝具
レンジ:-
最大補促:150人
解説:
彼が開発した硬式飛行船、そのイメージと信仰の集合。
見た目はLZ127に酷似しているが、その性能や装備は彼と人々の夢とイマジネーションによって可変する。
魔術的な艤装を追加することも可能。


【解説】
ドイツの巨大飛行船事業を一代にして築き上げた稀代の発明家にして企業家。
硬式飛行船を発明し、ツェッペリン飛行船製造有限会社とツェッペリン財団を設立。のみならず、航空運輸の一時代を作り出した。硬式飛行船は現在でも慣用的に「ツェッペリン」と呼称する。
元はドイツ陸軍中将であり、飛行船の軍事利用も構想していた。
1880年現在も本人は存命であり、まだドイツ軍に籍を置いているため彼は「未来から召喚された英霊」ということになる。そのため、知名度による補正は働いておらず、また神秘が薄い時代のためサーヴァントとしての戦闘力も低い。
しかし宝具の飛行能力は侮れず、神代のサーヴァントでさえ捕捉は困難である。


[No.634] 2015/11/27(Fri) 22:23:41
幕間:魔人・2 (No.634への返信 / 11階層) - きうい

死と血に塗れた上海の姿はしかし、今でも岩倉具視の見た風景をその姿形だけは留めていた。
建物も道も台車も、汚れはしても壊されてはいない。

自分の不老を保つため文字通り必死で血をかき集めている死徒共も、暴動を起こすには至らない。

そもそも、人が死徒になるには本来数年の時を要する。
血を送りこまれた人が埋葬の後に魂が肉体から解放されるのに数年。食屍鬼(グール)として甦り肉を食らいつづけ、漸く吸血鬼となるのにさらに数年。

翻って、上海を跋扈する死徒は食屍鬼だけでなく人間らしい吸血鬼もいる。
上海の死徒は異常な存在なのだ。

そもそも死徒という異常に対し異常な存在という言い方が性格であるかどうかは怪しいところであるが。

民家の屋根の上、血と肉に赤く染まりあがった上海に異質に白く輝く者が上空を見上げていた。
白い髪、白い服、白い肌、白いヒール。背の低い、幼い少女。
その薄氷色の瞳に、確かに空を飛ぶ要塞の姿が映っていた。

「グラーフ・ツェッペリン……!!」

うふふふふふふ、ひひひひひひ、いひひひひひひひ……

喜びに全身を震わせる。
あれは、存在しないはずのものだ。
シカゴ万博で見たLZ127によく似ているが、それはまだ開催されていない。パティ・ガントレットにとって未知ではないが、未来のものだ。

存在しないはずのものが存在するのなら、それは神秘によるものだろう。
時を超える術は知り得る中ではただ一つ。全時空に通ずる英霊の座にある者の召喚。
即ちあれは聖杯戦争によって呼び出されたサーヴァントの仕業。

そうか。やる気ですか。
聖杯を奪い合い殺し合うのではなく、この聖杯足るわたくしを討ち滅ぼすという戦争を。
聖杯との戦争を。

「では、こちらも冗談の領域で応対しましょう。」

つぷり、と血濡れた道路に洋靴の底が触れた。
女は滑るように歩く。その先は上海工部局宰牲場。

屠殺されることなく腐った牛が幾頭も倒れていた。
パティはそれに一つずつ手を触れ、惨めな死骸に豊かな生を吹き込む。

骨は細く軽くなる。
空気を溜めこむ気嚢が発生する。
視神経と脳髄が微細な色彩を見分けられるように発達する。

血濡れた赤い牛は立つ。巨大な翼を携えて。
聖杯の一滴、すなわち悪意の雫を打たれて。

「行け。」

そう命ずると牛たちは海岸線めがけて一直線に走り、そしてカモメのように飛んだ。上空の神秘めがけ、どこまでも高くへと。

まずは、お手並み拝見と行こう。愛しき人間よ。


[No.635] 2015/11/29(Sun) 00:26:40
幕間:アンドレイ=ドラグノフ・1 (No.635への返信 / 12階層) - アズミ

 例外はあるが、英霊とは大方かつて人間であったものであり、その戦術は人間のそれの延長上にある。
 どれだけ乗馬に優れた英霊でも、幻想種でもない軍馬に宙を駆けさせることは出来ない。
 翻れば、そこに足場があり、そこに愛馬が居り、武具があるならば、騎士の英霊が騎馬戦をこなせない道理はない。
 たとえそこが暴風吹き荒れる高度4000mでも、たとえ戦場が90km/hで移動し続けていても、たとえ足場が湾曲するアルミ甲板であっても、だ。

「とはいえ、のっけからこれは人使いが荒すぎるのと違うか? お嬢ちゃん!」

 ぼやきはするものの、その動きにはまるでハンディを感じさせない。ランサーの馬上槍がまた一体、異形の牛を穿ち、墜とした。
 赤い騎士だった。甲冑、槍、盾、軍馬がまるで返り血で染め抜いたように全て赤い。
 髪や髭の数割に白髪の混じる老齢であったが、英霊はその享年に関わらず最盛期の姿で召喚される。問題にはならないようだった。

「敵に言ってください」

 ランサーの背に掴まりながら、マスターたるミコトは取りつく島もなく言う。
 この状況下で跳ね回る軍馬の背から落ちそうになるどころか、高空ゆえの低酸素もまるで意に介していない。一目で尋常の人間ではないと知れた。
 ゆえにこそ、ランサーの背にいる。撃墜されかねない飛行船内に留まるより、幾らかは安全だと判断しての配置だった。
 つまるところ、そうでないマスターとサーヴァントはもう少し難儀をする羽目になる。

「テェッ!!」

 ランサーの背後と側面から迫っていた牛が爆散する。
 視線を送ると、飛行船の気嚢の上。虚空から出現した大砲から硝煙が立ち昇っていた。

「少しは余裕が出てきたか、アーチャー?」
「馬鹿を言うな、次は自分で何とかしろ!」

 大砲が忙しなく移動し、回頭し、飛行船に接近する牛を撃ち払う。
 その中心に、女がいた。
 近世欧州のそれと思しき軍服は男装と言って差し支えないが、それでも女と解る程度には着崩している。
 片手に軍刀を携えており、心得はあると見えたが今のところそれは大砲の指揮にのみ使用されていた。

「敵の数は増える一方だ、このままではジリ貧だぞ! 振り切れんのかライダー!」

 アーチャーの問いに、甲板の振動を通じてライダーが応答する。

『進行方向だけ開けていただければ、何とかなりましょうな』
「対軍宝具さえ使えれば何とでもなるのが歯痒いところだな……くそっ」

 困難な作戦目標ではないが、現状はとにかく手札が足りない。
 ランサーは優れたサーヴァントだがクラス特性上、燃費が悪い宝具を持たないため対多数戦闘は不得手だ。
 他方、アーチャーは強力な宝具を持つことが多いクラスで、現に彼女の宝具も最大捕捉300人を誇る対軍宝具である。
 が、彼女ではなくマスターの側に問題があった。

「おい、アンドレイ! もっと魔力は回せんのか!」
「む、無理ですよ! 正直今でもいっぱいっぱいで……!」
「ええいっ!」

 彼女の足元にしがみつくのに手一杯のマスターに歯噛みする。
 飛行船内では有事にアーチャーが駆けつけるのが遅れるためここまで連れてきたが、先述の通り尋常な人間が戦うには、この戦場はあまりに状況が悪い。

「他のマスターは!」
『下方の敵を迎え撃っております。セイバーはまだ召喚されていないようですが』
「この面子で何とかするしかないということだな。……聞こえていたな、アンドレイ! そのまま今しばらく耐えよ!」
「が、頑張ります!」

 アンドレイ=ドラグノフは魔術師として非常に未熟だった。
 本人が歳若いのもあるが、魔術師にとってそれ以上に問題なのは家柄の未熟さだ。魔術の研鑽とはどれだけの天才鬼才でも一代で成るものではなく、重ねた代の多さが露骨にその完成度に影響する。どんな名家でも一代で没落はしうるが、逆はない。
 特に内在魔力量の乏しさがアーチャークラスのマスターとしては大問題だった。宝具が全力開放出来なければ持ち味を生かすことが出来ない。
 だが、アーチャーは殊更にそれを責めはしなかった。兵が未熟であることは常に指揮者の、つまり己の落ち度だ。彼女はそう信じて生きてきたし、だからこそ平時の調練を断固として欠かさなかった。
 そして実際のところ、四方八方から敵が迫るこの状況で生き残り続けているだけでもその未熟な魔術師にしては望外の奮闘ではあったのだ。
 なにせ、この場に生きて留まり続けるだけでも呼吸を魔術で補いながら、全身全霊で彼女の足にしがみついていなければならないのだから。

「致し方なし、ランサー!」
「おう、何か思いついたか“大王”殿!」
「一刻でよい、余とアンドレイに敵を近づけるな」

 気嚢上を駆けて戻ってきたランサーに、アーチャーは決然と言い放った。

「前方の敵だけを掃討する。ライダー、同時に全速で敵を振り切る用意をしておけ!」
『了解、指揮官殿(ヤボール、ヘルコマンダン)』

 既に準備は流々なのだろう。ライダーの返答は余裕があった。

「アンドレイ、貴様は死ぬな」
「え、は……?」

 その指示ともつかぬ言葉に、アンドレイは怪訝な声しか漏らせない。それを予想していたように、アーチャーはアンドレイに笑みを向けた。
 頼り甲斐のある笑み……としか、戦争を知らない彼には表現できない。
 それは優れた指揮者だけが持つ“才能”だった。どんな努力や鍛錬の果てにも手に入れられない、その人格と生き様だけが創出する魅力。一厘の勝機を絶対と兵に妄信させるカリスマ。

「これより宝具を16%の出力で限定開放する。貴様の魔力でもその程度ならば問題なかろうな?」
「た、たぶん……」

 不確かな返答だが、アーチャーは叱責しなかった。むしろ鷹揚に頷く。

「であれば、後は死なないことに全力を傾注せよ。貴様の仕事はそれだけだ。やり果せて見せろ」

 死ぬな、という命令は実際的ではあった。
 如何なる分野であっても、未熟な者に複数の命令を実行させるのは難しい。単純で、単一で、かつ重要なものに絞らなければならない。
 であるから、死ぬなと命じる。
 敵陣にあって味方の兵が最後まで死ななければ、それは敵の撃滅を意味する。敵陣へ向かえと指示する必要はない。指揮者たる自分が必要な地点にまっしぐらに突撃すればそれで良い。
 果たして、その単純極まる命令に傾注させたのは成功であった。

「は、は……はい!了解です!」

 初めて力強い返答を引き出して、アーチャーは満足げに頷いた。
 そして、前方に視線を向ける。

「では兵士諸君、勝利へ向けて突き進め! 鉄の意志で立ち向かえば、恐れるものなど何も無い!」

 ランサーが槍を構える。
 飛行船のプロペラが、回転数を上げる。
 アーチャーの背後に浮かぶ大砲が、その数を10以上に増やした。


 その光景をさらに上空から眇める者がいることには、その場の誰も、まだ気づいていなかった。


[No.636] 2015/11/30(Mon) 21:06:00
1日目 上海上空 (No.636への返信 / 13階層) - アズミ

 恐らく距離にすれば100mも無いだろうが、攻撃に揺れる飛行船の通路はひどく長く感じられた。
 窓の外ではサーヴァントと思しき影が飛行船に群がる牛のような異形と戦闘を続けている。マスターの姿は見えない。外に出てもろくに身動きが取れない以上、足手まといになるという判断か。
 かくいう俺はといえば、まだサーヴァントを召喚していない。
 サーヴァントの召喚はラフに行うとクセの強い英霊が呼ばれることが多いため、慎重を期したのだがそれが裏目に出た。

「志摩!」

 通路の先で、黒木少尉が俺を呼んだ。
 搭乗口に据えつけられたガトリングで接近する牛に牽制射撃を加えている。あれで怯むあたり、サーヴァントとは違い物理攻撃が通用する手合いらしい。

「状況は?」
「アサシンとバーサーカーが下方の迎撃、キャスターは二人の飛行補助。上はアーチャーとランサーが当たっているようだが状況は不明だ。お前のサーヴァントは?」
「――……5分後だ」
「なに?」
「5分後に呼ぶ」

 サーヴァントの召喚には通常、細心の注意を期する。最も魔力が高まる時間帯に行うというのもその典型で、俺にとってその時間は午前4時59分。あときっかり5分後だ。

「お前、この状況で――……!?」

 言いかけた瞬間、視線が窓の外で固まる。

 ――異形の牛が、こちらを見ていた。

 間近で見ると、牛っぽいのはシルエットだけであまり原型は留めていない。もし牛を元にした何がしかの合成獣であるならば、空を飛ぶために随分リソースを偏らせたのだろう。軽量化の果てなのか、あまりにも細い肉体は印象としては風船のついた針金細工に似ていた。
 外板に沿うようにして移動し、アサシンとバーサーカーの目を潜り抜けたのだろう。その程度には頭が働くのか。
 ともあれ、黙っているわけにもいかない。

「ふっ――!」

 ガトリングの砲身を踏み越えて、牛の眼前に躍り出る。
 牛が嘶いて、上半身を反り返らせた。俺ごと搭乗口を踏み抜く気か。

 アクセル・キー  ドライブ
「攻性設定――完了!」

 心臓を、搾るイメージ。
 血と共に流れ出した魔力が魔術回路を走り、魔術刻印に流れ込む。
 集中するのは右足と右腕。同時に、血管に焼き串を通すような痛みが走る。貰い物の刻印なので相性がいまいちなのだ。必要な代償だった。

「おォォォ――――らァッ!!!」

 右足から魔力が噴出し、それを推進力に変えて跳ね飛ぶように牛に肉迫する。
 足場にしたガトリングがもげて落ちた。
 引っかくように腕を振るえば、周囲に渦巻いた魔力が針金細工のような頭を粘土細工を崩すようにひしゃげさせる。

『剣と盾のノクターン』。

 この魔術は、本来はそういう名前であるらしい。
 サーヴァントのスキルに、魔力放出というものがある。武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。いわば魔力によるジェット噴射だ。
 性質はそれによく似ている。さすがに出力は大きく劣るが、速射性と安定性に優れるため非常に戦闘向きだ。
 サーヴァント相手ならばともかく、この程度の相手であれば――

「まぁ、ざっとこんなもんだ」

 牛の亡骸を搭乗口から引き剥がし、放り捨てる。
 振り返ると、少尉はさすがに呆けたままではいなかった。

「……それがお前の手札か」
「ん? あぁ」
「接近向きだな。ここに留まるより上を頼みたい。できるか」

 下面の戦況は幾許か余裕があるようだった。
 当然ではあるが飛行船の足を止めたい敵は進行方向に戦力を集中しているらしく、そちらを掃討しようと思えばこちらも気嚢上に上がるより他にない。

「状況は不明、なんだろ? まぁとりあえず行ってはみるさ。道は?」
「そこから登っていけ」

 少尉が指し示す先。
 搭乗口の脇には、メンテナンス用の梯子が外装沿いに気嚢の上に向けて伸びていた。

「簡単に言うけどな……」

、高度4000mで飛行中だぞこの飛行船。
 と、文句を言う暇もあらばこそ、少尉は別の銃座を探して走っていく。

「……仕様がねえ、やるか」

 梯子に手をかける。
 ちらりと見た懐中時計は、4時56分を示していた。



 全ては気嚢上に這い上がるのと、同時。
 そして、一瞬の内に起こった。

「全門斉射ァッ!!」

 アーチャーの周囲に浮かぶ無数の大砲が火を噴く。
 見た目は大砲だが、弾は高密度の魔力塊だ。直撃すればヒトの魔術で退けられる程度の敵なぞ造作もなく粉砕する。
 前方に展開していた牛の群に、まるでそこだけ抉られたように円形の突破口が開かれる。
 これぞ好機と、アーチャーは叫んだ。

「今だライダー、全速!」

 恐らく、あの場にいたアーチャーやランサーは気づいていなかった。離れて戦場を俯瞰できた俺だけが気づけたのだ。
 この飛行船のさらに遥か上空から、砲弾の如き速度で迫る巨大な影に。

「上だぁーっ!!」

 力の限り叫ぶが、警告は暴風とプロペラ音に紛れ、届かなかった。
 ギリギリになって察知したランサーが馬上槍で降ってきた影を受け止めるが、その魔力と魔力の衝突で発生した乱気流が周囲に吹き荒れ、飛行船を大きく揺らした。
 流石に英霊、流石に宝具。ランサーは衝撃を最大限和らげてみせたし、ライダーの飛行船はすぐに体勢を立て直し、墜落を免れた。
 だが、英霊でないものはそうもいかない。アーチャーの足元にいたアンドレイとランサーの背に掴まっていたミコトが、風に巻かれる落ち葉のように舞い上がった。

「お嬢ちゃん!」
「アンドレイッ!!」

 アーチャーは即座にアンドレイに向けて跳躍するだけの余裕があった。あるいは、ある程度こうなる事態を警戒していたのかもしれない。
 他方、ランサーはそうもいかなかった。抑えているものが単なる落下物ではなく、明確な敵であると理解したからだ。
 それは異形の生物だった。胴体は猫科の猛獣を思わせるが、足の先は全て蹄。かと思えば、尻尾と首は蛇のそれに見える。
 錬金術師が作る合成獣を思わせる既存の獣のパッチワーク。だがそうと断じるには違和感があった。強いて言えば、混沌に過ぎる。人為の被造物にしては合理性があまりに欠如している。
 そして、その一瞬で解ったことはもう一つ。

「こ、いつ、は……!?」

 如何に不意を打たれても、牛が相手ならばランサーは次の一瞬で造作もなく串刺しにしていただろう。
 だが、それが出来ない。己を餌食にせんと噛み付いてくる蛇の頭をかわしながら、その巨体を押し留めるのが精一杯だった。仮にも前衛クラス、仮にも三騎士の一角であるランサーが、だ。
 つまるところ、それはこの怪物が、サーヴァントと同等以上の神秘を秘めた何かであることを意味する。

「マズ、いぞこりゃ……!」

 俺が怪物を観察できたのは、結局その一瞬だけだった。
 飛ばされてきたミコトが、眼前の甲板に叩きつけられたからだ。
 常人なら全身の骨が砕けて即死だろう。だが、ミコトは明らかにまだ生きていた。あまつさえ、その篭手に覆われた右腕を振るって、外殻の端にしがみつこうとさえした。

「む――う……っ!?」

 掴めない。
 見る限り人並み外れた耐久力と膂力を持つようだが、質量の不足を補えるほどではない。気流に引っ張られて引き剥がされてしまう。
 梯子にしがみつく俺のすぐ背後を――といっても、3mほどは距離があったが――ミコトが擦過する。

「掴まれ!」

 思わず手を伸ばすが、ミコトは応じなかった。
 伸ばしても届かないと瞬時に判断したのか。あるいは、仮に掴んでも二人一緒に吹き飛ばされるだけだと理解していたのか。
 いずれにせよ、正しい把握ではあった。

「――――後、頼みます」

 淡々とした口調だった。
 まるで残った仕事を同僚に押し付けて帰るような。
 そんな、あまりにも平常の響きだった。
 目があった。
 そこにはやはり何の感情もない。恐怖はない。悲しみも、怒りもない。
 ミコトは、まるで機械のように確定した自身の死を理解していた。

「――――――、」

 再び風に翻弄されながら、今度こそ飛行船から完全に弾き飛ばされてしまう。
 彼女がどれだけ頑丈かは解らないが、高度4000mから落下すればさすがに四散以外の運命はあるまい。ランサーが追いついても望み薄だ。騎士は空を飛べない。
 絶対に避けられない死。
 であるから恐怖も足掻きもしない。確定している結果に抗うのは全て無駄なリソースの消費だ。
 だが、そんなものは。 

「掴まれって――――」

 そんなものは、そっちの都合だ。知ったことか。

「――――言ってんだろうが、この馬鹿ッ!!」

 梯子を手放し、外殻を蹴る。
 一度飛行船を離れれば、今度は俺も気流に引き剥がされる。10mに満たない距離などあっという間に埋まる。
 ミコトが目を見開いた。
 金の鎖が降りてきた、という感じではない。何を馬鹿な、と言わんばかり。
 まぁ、驚かせられただけで僥倖だ。その表情を少し小気味よく思いながら、俺は再び魔術回路に火を入れた。

      ビート・アップ
「――――炉心、回転」

 悪魔の心臓が駆動する。
 周囲の大魔力(マナ)を貪欲に食らい、小魔力(オド)に変換して吐き出した。
 今宵の汝の命、その価値如何許りに成るや。

 マニューバ・キー アクション
「機動制御――出力!」

 四肢から魔力を噴出しながら、ミコトを頭上に捉えて身体を捻る。
 ジャイロ効果で機動が安定し、弾丸さながらにミコトに接近、その腕を強引に掴んだ。

「よっす!」
「何を――――、しにきたんです、あなたは!」
「見りゃわかんだろ、助けにきたんだよ!」

 何せ乱気流の只中だ。すぐ間近ですら声がかき消されるので、自然、怒鳴りあうような会話になった。

「心中しに来たの間違いでは!?」
「そっちに皮肉を言うより建設的な案はないんだな!?」
「あなたにはあるので!?」
「応よ!」

 体勢を変える。
 足を下に向け、ミコトを抱きかかえる姿勢へ。
 あとは“出力次第”だ。

「飛行船に戻るのは無理だ、このまま上海市内に着地する!」
「そんな無茶な!」
「俺が」

 ミコトを見た。
 重要なのは、信頼だ。
 俺自身に対する俺の信頼。俺に対するミコトの信頼。俺の人生に対する、世界の信頼。
 それが、俺の出来ることを全て、全て決定する。

「俺が、なんとかする。お前は俺を“信じろ”」
「信じる?」
「それが必要なんだ」

 信じろ、としか言いようがないのだが、毎度のことながら映画スタアのような言い回しになってしまうのが悩みの種だった。
 とても実際的な問題なのだが、どうにも急場にあっては軽薄に見えて信用に欠ける。

「――いいでしょう」

 だが、そこのところミコトは物分りがよかった。

「なんとかできなかったら最高に恥ずかしい流れですね今の」

 いや分かってくれてるかなぁ?

「頼むぜオイ、傍にいる一人分で出力がだいぶ変わるんだからよ」

 ともあれ、気を取り直して再び魔術回路を叩き起こす。
 魔力と大気が、渦を描いて荒れ爆ぜた。
 
 ビート・アップ  オーバードライブ
「炉心、回転――最大……出力!!」

 眼下に雲海の切れ間。
 その向こうに、血と炎で赤く染まった死都・上海の地獄が広がっていた。


[No.637] 2015/12/01(Tue) 01:31:23
1日目 上海上陸 (No.637への返信 / 14階層) - きうい

 横風はかなり落ち着いてきた。その代わり眼下に迫る地表は段々と勢いを増し、二人を粉々にせんと口を開けるその大地に志摩は唾を飲み込んだ。
 それでも迫る地を睨む。機を見誤れば死ぬ。死なせてしまう。両腕に感じるミコトの体温と重みは、重圧より寧ろ集中を促した。何故ならば。

 「さあ踏ん張れよ。」

できるさ。
ああできる。

落下にも慣れてきた。姿勢制御に使う魔力も多少は減りが遅くなった。余裕は無いが、絶望するほどじゃない。

ならば正しい。
そうさ正しい。

視界いっぱいに赤い地面が広がる。もうすぐ、もう少し。

 「そらっ!」

肩幅より多少広く開いた両足から真下に魔力を放出。強く、しかし慎重に。バランスを崩せば噴出の勢いのまま地面にまっさかさまだ。
地面の迫るスピードが緩やかになる。このまま切らさず、真っ直ぐに。
 ミコトを左腕にゆだね、右手で懐中時計を取りだす。指し示すのは4時58分55秒。

 「捕まってろよ。」
 「何を……?」

 深呼吸をひとつ。

 「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。」
 「バカな!」

 空中で唱え始めたのはサーヴァント召喚の呪文。ミコトの抗議も無視し、志摩は詠唱を続ける。

 「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
  繰り返すつどに五度。
  ただ、満たされる刻を破却する」
 「―――――Anfang(セット)」
 「――――――告げる」
 「――――告げる。
  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
 「誓いを此処に。
  我は常世総ての善と成る者、
  我は常世総ての悪を敷く者。
  汝三大の言霊を纏う七天、
  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 懐に入れた手から懐中時計で無いものが取りだされる。
 輝くそれは、英霊の座に届き志摩(マスター)に手を差し伸べた。


[No.638] 2015/12/01(Tue) 22:06:33
1日目 外灘にて (No.638への返信 / 15階層) - アズミ

 “ふわり”と着地できるとは、毛頭思ってはいなかった。
 まぁ、いいとこ“ずどん”だ。手足の一本ぐらいはへし折れるのを覚悟。最悪、ミコトはなんとか凌げるだろう程度の衝撃までは緩和できると、そういう算段だった。

 ―――果たして、結果は“どかん”だ。

 周囲の地面が捲れ上がり、ちょっとしたクレーターと化した。
 蘇州川沿いの柔らかい砂の上だったのは不幸中の幸いだったが、それはそのまま砂袋でしこたま殴られたような衝撃となって俺たちを襲った。

「がっ……げほっ、ぐえ……!」

 悶絶して転がる。想定以上だ、死ぬほど痛い。
 だが、肉体のダメージとしては想定よりは軽かった。両手足は動く。骨は折れていない。あちこち灼熱感を伴う痛みが走っているが、どうやら出血すらないらしかった。

「み、こと――おい、生きてるか、おい! ……げほっ、げほっ」

 返答のないミコトを引き摺り起こし、脈と呼吸を確認する。
 脈と呼吸で正常を判断できる類の存在なのか疑わしいところだったが、少なくともそのあたりのバイタルサインは人間と変わらないらしい。どちらも異常なし。気を失っているだけだ。

「あぁ――くそ、くそったれ、頭がぐらぐらする」

 落下の衝撃で脳髄が揺らされたか。
 視界が回転しっぱなしで、地面が絶えず立ち上がって俺に抱きつこうとしてくる。ひどく眠気があるのに、目を閉じると不快感で意識が覚醒する。右手の甲がひどく熱い。
 酷い有様だった。そして、大人しく悶絶しているわけにもいかない状況だった。

 呻き声が聞こえる。無数に。

「まぁ、来るよな――そりゃ、来るか……ええい、くそ……!」

 周囲を屍喰らいに囲まれていた。
 知性もない、強靭さも備えていない、正しく動くだけの壊れかけの人体。怪物と称するにはあまりに脆弱な存在。だが原始的なゆえに行動は迅速で、今の俺たちは数だけ揃っていれば殺すに十分。

「はぁ――――は、はぁ……はァ――――」

 呼吸を整える。
 過呼吸を警戒し、厳密に定められた適正量だけを、適正なリズムで肺に送り続ける作業に専心する。
 視界が定まった。立ち上がる地面を蹴りつけて立ち上がる。眠気はすっかり吹き飛んだ。右手の甲だけは相変わらず熱い。

「――よし、きやがれ」

 未だ失神したままのミコトを庇って、グールの前に立ち塞がる。
 魔力の生成が落ちている。魔術回路へのダメージは未知数。正直言ってしんどいが、ここを切り抜けねば一息もつけない。
 が、次の瞬間。

「――――オレのような“ババ”を引くとは、どんな不運なヤツかと思えば」

 銀光が煌いて、グールたちが揃って横一文字に両断される。

「まったく、こんな莫迦がまだいたとはな」

 目の前に、女の背があった。
 金色の鎧を纏い、鍵をそのまま巨大化したような異形の剣を携えた、女。

「おま、えは――――」

 右手の甲の熱が、引いた。
 そこに刻まれた、歯車と剣を組み合わせた意匠の刻印。

 “令呪”。

 三画のサーヴァントに対する絶対命令権。マスターの証。

「オマエの行動は見ていた。オマエの人格は知れた。憐れで不運な小僧、オレの英雄は当代、オマエを置いて他にはいまい――ゆえに、問わん。宣言しよう」

 振り返る。青い髪が揺れた。
 海面のような青。自然の正常を象徴する色。
 瞳も青。非人間的な透明さに、人間的な感情がこれでもかと塗り加えられた視線。

「セイバー。召喚に応じここにまかり越した。オレがオマエのサーヴァントだ」

 俺のサーヴァント、セイバーは剣を赤い大地に突き立てて、堂々と名乗って見せた。



Saber
MatrixLevel:1

【CLASS】セイバー
【マスター】志摩康一
【真名】???
【性別】女性
【身長・体重】162cm・49kg
【属性】中立・善
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷B 魔力C 幸運E 宝具A
【クラス別スキル】
・対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

・騎乗:D
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。


【固有スキル】
・神性:-
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
■■の子であるが、母親は不詳。
■という神にあるまじき運命を負うため、完全に失効している。

・勇猛:C
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

・神々の加護:EX
オリュンポスの神々の加護。
拠点防衛に限り、神々による支援行使が恒常的に行われる。

・無窮の武練:A
■■■と同一視されるまでに到達した武芸の手練。
心技体の完全に近い合一により、いかなる地形・戦術状況下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

【宝具】
- Unkown -

【Weapon】
『鍵剣』
鍵を大型化したような異形の剣。

【解説】
- Unkown -


[No.639] 2015/12/01(Tue) 23:20:20
Re: 1日目 外灘にて (No.639への返信 / 16階層) - きうい

何故ならば。志摩の康一はそういう定めの者だから。

抱き合う男女の不器用な着地を見て、パティ・ガントレットは笑み、そして赤黒い闇の中へと消えた。

志摩とミコトを囲う食屍鬼の群れは、セイバーが見事に掃除して――――散らかして――――見せた。
そして何故かそれっきり、食屍鬼は姿を見せなくなった。

「……妙だな。」
「……気配は感じるが、こちらには来ないな。いや、遠ざかっている。」

鍵剣を構えるセイバーとミコトを背負う志摩は視線を巡らし、各々備えている。
知性が無いはずの食屍鬼が、まるで潮が引くように遠ざかる。あり得ない光景だ。

「……警戒を頼む。」
「了解した、マスター。」

 構えを解かないサーヴァントの背後で、志摩は大きく息を吐いた。
 休憩、とはいかないが、ひとまず気持ちを落ち着かせる。人間よりはるかに五感優れたサーヴァントならば、カナリア役には十分に過ぎる。危険な鳴き声が発せられるまでは回復に努められるだろう。
 比較的汚れの少ない地面をさがし、ミコトを横たえる。修羅場はここからだ。気絶でも何でも、回復してもらえるに越したことは無い。

 そうしてぐるりを見渡すと、志摩は妙な違和感にとらわれた。

 地面はどうしようもなく赤黒い殺戮の痕がこびりついているのに、建物や台車などの設備は比較的荒れていないのだ。
 人を食らう食屍鬼が人以外に興味を持たないのは道理だが、飛行船を襲った羽牛どもやランサーと打ちあった合成生物らしきものはそうではないだろう。

 近くの民家の窓を覗いてみると、食屍鬼がとぼとぼと裏口から出て行くのが見えた。室内は食器が落ちて割れている程度で、家具にも大した損傷は無い。掃除をすれば問題なく生活できるような有様だ。
 他の家を覗いてみても大差なく、理性を持たない死徒が暴れていたとは思えないほどに「そのまま」だ。

「んう……。」

 目を向けると、ミコトが目覚めていた。上体を起こし、辺りを見渡し、腰と頭部に手を当てて痛みを確かめている。
 こちらを見つめる志摩と背中を向けるセイバーを背中をそれぞれ見てから、もう一度志摩に首を向けた。


「……助けていただき、ありがとうございます。」
「大丈夫か。」
「おかげさまで頭蓋と骨盤が割れたかと思いましたが、どうやら生命活動に支障はないようです。流石ですね魔術師。」
「ランサーは呼べるか?」
「……レイラインで感じる限りでは、向こうの状況は読み切れません。船の防衛戦力を減らすのはリスクの高い行動と考えます。」
「そうか。」

 空中の仲間達にとっては、4000mからの墜落を避けることが目下の課題だ。一網打尽の危機にある以上、そのリスクの排除が最優先。よって志摩も問う以上のことはしなかった。

 サーヴァントが構えを解いた。

「セイバー?」
「もう、この辺りには何もいない。」

 何も?

「本当か?」
「誓って申し上げる。何も感じない。」

 何もかもがひっかかっていた。

 上空の飛行船を襲う怪生物。引きあげて行った食屍鬼。破壊されざる街。

 志摩達は上海に溢れる死徒を殲滅する為に派遣された。その作業は延々と続く殺戮地獄を想定していたのだが――――。


 「死徒にも戦術があるようですね。」

 ミコトが告げた。
 此処は地獄では無く戦場であると。
 聖杯戦争の戦場である、と。


[No.640] 2015/12/02(Wed) 01:15:07
一日目終了 (No.640への返信 / 17階層) - アズミ

 ランサーの槍捌きが乱れることは、ついぞ刹那の間たりともなかった。
 飛ばされたマスターを心配しなかったわけではないが、黒づくめの――名前は失念したが……他のマスターが飛びついたのを視界の端に見て取ったし、そもそも自分が追いついたところで落下自体をどうにか出来るわけではない。

 ――で、あれば。目の前の敵に背を向けていい理由は何処にも無い。

「Srrrrrrr……!!!」

 その頭部同様の蛇に似た威嚇音を出しながら、怪物が牙を繰り出す。

「チッ――!」

 槍で弾いた。
 すかさず今度は尾の蛇が襲い掛かる。盾で振り払った。
 前脚の蹄がランサーの頭を叩き潰さんと遅いかかる。膂力は向こうが上だ、打ち払うのは難しい。
 なので、踏み込む。

「調子に乗るなよ、ケダモノがっ!!」

 体当たりを敢行する。そのまま馬から飛び降り、怪物を気嚢に叩きつけてから蹴り放し、距離を取った。

「俺をパロミデスのように殺れるとは思わんことだな」

 ランサーはこの怪物を識っていた。
 直接遭ったことはないが、同じ時代、同じ場所に存在していた存在である以上、その特徴は聞き及んでいたし――何より、この気配。
 見ただけで察する事が出来る、膨大な魔力規模。物理的に知覚できるほどの密度のエーテルで構成された身体。
 間違いない、こいつはサーヴァントだ。何者かによって、サーヴァントとして召喚された――……

「差し詰め、魔獣(ビースト)のクラスってところか」

 呼ばれて応じたわけでもなかろうが、ビーストが首をもたげる。
 ランサーは、唐突に槍を投げつけた。

「Sr――!?」

 不意は打てたようだが、弾かれる。
 こちらが武器を失ったのを好機と見たか、弾かれるようにビーストが飛びかかってくる。

「悲しいかな、この程度に乗ってきちまうあたりが所詮ケダモノなんだよ――なっ!」

 突進を盾で受け止める。
 膂力も重量も遥かに向こうが上だ、耐えて一刻、このままなら早晩押し潰される。
 が、実際には一刻の半分も耐える必要はなかった。

「やれ、“バーサーカー”!」
「あいよ、魔力を回しなマスターッ!」

 気嚢の上を、一直線に突っ切る者がいた。
 暴風を捻じ伏せて、素早く、しかして低く。さながら虎を思わせる突進。
 ビーストが視線を向ける前に、その拳が脇腹に突き刺さる。

「『酔拳(こぶし)』――――」

 ごぼり、とビーストが赤黒い血を吐いた。

「――――『打虎(とらをくだく)』!!」

 巨体が傾ぐ。まだ四肢には力があったが、今の一撃で意識が刈り取られた。
 その隙を、ランサーは見逃さない。
 蹴りで後脚を強か打ちすえ、ビーストを船体から引き剥がした。

「Srrrrrrr――――ッ!!!」

 後方に吹き飛ばされ、みるみる小さくなっていく。
 豆粒大に見えるほどその姿が遠ざかったところで、ようやくランサーは息をついた。

「アレで仕留めたと思うか、バーサーカー?」
「手応えは薄いな」

 問われて、バーサーカーは肩を竦めた。
 隻腕の青年だった。ぼろぼろの法衣を纏っているが、頭は丸めていないし逞しい身体は明らかに武に頼みを置くもののそれだ。尋常な聖職者とはまず言い難い風体である。
 隻腕――左腕がないことを、ランサーは一瞬訝った。はて、今の一撃“左腕で放った”ように見えたが。

「臓腑を幾つか潰した感覚があったが、ああいう手合いにどれだけ効いたかは怪しいところだ。実際、一瞬前後不覚になっただけに見えたし――あれが効かないなら、地上に叩きつけられたぐらいじゃ死にはしないだろうよ」
「まァ――だろうな」

 外殻に突き刺さった槍を引き抜く。
 疲労はあったが、まだ気を抜くわけにはいかない。

「船内に戻るぞバーサーカー。速度を出して後続を振り切る、そのままだと幾らサーヴァントでも吹き飛ばされるぞ」
「そいつは勘弁だな、了解したぜマスター」

 梯子に掴まったまま言うソリテアの声に、バーサーカーは霊体化しその場から消える。
 しかし、ランサーはそれに追随しなかった。

「バーサーカーのマスター」
「ソリテアだ」
「では、ソリテア。他の連中はどうした」
「アサシンとキャスターは既に船内に戻っている」
「アーチャーは?」

 マスターが吹き飛ばされた後、すぐに飛びついたのは見て取れた。最悪、実体化したアーチャーが盾になれば地上に叩きつけられて即死――までは避けられるだろう。

「飛ばされたまま戻ってこない。霊基盤に反応が残っているからマスター共々死んではいない、と見るが」
「ふむ――――ライダー!」

 呼びかけると、外殻の震えを通じてライダーが応じる。

『なにかね?』
「この船の安全は確保できるのか?」
『あの牛の構造を見るに、高度を上げれば容易くは追ってこれまい』

 あの牛はわざわざ形態を著しく変化させてまで“飛行に適した形状”を取っていた。それは逆に言えばある程度、物理的な合理性に拠って飛行しているということだ。
 気嚢のサイズが牛の内臓のそれに制限される以上、この宝具と同等の高度と飛行速度を確保できるとは考えにくい。
 ランサーはそれだけ聞くと、身を翻して軍馬に跨った。

「では、俺はここで別行動を取る。地上の4人を拾ってから合流しよう」
『いずれにせよ斥候は出すつもりでしたが――――』

 これはロード・ルーナリア。
 ランサーの提案に否やとは言わなかった。いずれにせよ上海に上陸はせねばならないし、生存が確認できている以上、貴重な戦力を放置もできない。
 本来ならば隠密性に優れるアサシンを降ろす予定だったが……。

「こっちの存在は既に気取られているらしい。俺が引っ掻き回すぐらいのほうがよかろうよ」

 ランサーは基本7クラスの中でも敏捷に優れる傾向があり、彼も例外ではない。
 威力偵察、ということであればうってつけだ。

『……了解しました。ご武運を』
「あぁ、お嬢ちゃんたちもな!」

 ランサーが手綱を振るうと、軍馬は一つ嘶いて空に身を躍らせた。
 と同時に、その姿が霊体化して掻き消える。マスターと一緒ならともかく、サーヴァント単体ならばこれで安全に、しかもかなり正確な狙いで地上に降りられるはずだ。

「我々はどうする? ただ待っているというわけにもいくまい」

 梯子を降りながら、ソリテアはロードに問うた。
 いつまでも高空に逃げているわけにはいかない。こちらはこちらで攻勢に出る方策を探る必要がある。
 果たして、ロードもまた同意見だった。

『当初の予定通り、地上に橋頭堡を築きます――――ライダー、進路を南に。徐家匯天主堂へ向かいましょう』


[No.641] 2015/12/09(Wed) 18:39:38
2日目 外灘にて (No.641への返信 / 18階層) - アズミ

 ――――温度を、覚えている。

 身を焼く炎の熱さを覚えている。
 流れる血の冷たさを覚えている。
 触れる手の温もりを覚えている。
 取り巻く死と、それに抗い続けた女の体温を覚えている。

「――――――」

 女が、自分を抱きしめ、焼けた街を歩き続けている。
 足は半ばで折れ曲がり、最早足として機能していなかった。
 2本の支えを交互に出して、歩いているように転び続ける人形のよう。
 右腕は千切れ飛び、存在さえしていなかった。
 だから、そのぶんだけ左の腕を力強く。抱きしめた幼い命を死の世界に落としていかないように。
 臓物は零れ落ち、最早流れ出す血液さえ力ない。
 女はもう死んでいた。
 死ぬことはとうに確定していて、それでも生きることをやめなかった。

「――――――」

 名前は覚えていない。顔も。かけてくれた言葉も。
 あるいは、喉が爛れて既に言葉を紡ぐことさえ出来なくなっていたのかもしれない。
 2本の支えが、折れて潰れた。
 女の胴体が、灼けた大地に叩きつけられる。露になった臓物に、焼き鏝のようなアスファルトが押し付けられる。

「――――、――」

 悲鳴さえ、あげられない。
 それでも、左手は身を庇うことなく、我が子を抱き続けた。
 傷一つさえつけなかった。
 これが自分の命であると、信じて疑わぬように。

「―――う――イ――ち」

 最早歩くこと敵わず。女は天を仰いで、我が子に囁いた。
 声と呼ぶのもおこがましい、ささやかな吐息。
 けれど、覚えている。
 その言葉だけは、確かに。

「あい――、してる―――――」



 ――――母の温もりを、覚えている。


 それが、世界の全てだった。
 自分の全てを肯定してくれるもの。
 この世に生まれ、生きるに足る唯一にして絶対の法。
 だから、思ったのだ。

 この人が死んだとき、自分もまた死ぬのだと。

「――――…………」

 そして、志摩康一の心臓は鼓動を止めた。





「――――、む」

 窓から差し込む日の光に、目を覚ました。
 視界に入るのは、昨晩休憩地に選んだ廃屋の内装。
 心臓の鼓動を確認する。
 心拍数異常なし。どうやら、今日も眠ったまま死んだなんてことはないらしい。

「おはよう、マスター」

 セイバーが其処にいた。

「あ、あぁ――おはよう」

 おはよう、という響きは鉄火場にあってはあまりに日常的過ぎて面食らうが、別におかしな挨拶でもない。少しどもりながらも返すと、セイバーは訝った。

「どうした、よく眠れなかったか?」
「いや――――」

 起き上がって、柔軟する。体の何処にも痛みはない。可動域も正常。意識もはっきりしている。

「――――いや、よく眠れた。少し夢見が悪かっただけだ」
「ふぅん?」

 そう……夢見は、悪かった。
 あの夢を見るのは久しぶりだ。
 深呼吸を一つして、気を取り直す。
 陽の高さから推し量るに、時刻は10時過ぎと言ったところか。

「ミコトは?」
「斥候に出た。さほど遠くには行かないと言っていたが」

 黙って出した、ということは状況は昨晩のまま、差し迫った危険はないのだろう。

「寝ずの番させて悪かったな」
「サーヴァントに睡眠は必要ない。が――その気遣いは良いな、大切なことだ」
「人として、か?」

 なんとも老人臭い説教を言う。
 まぁ、サーヴァントなど実年齢から言えば大方遥かに目上ではあるが。

「いいや? 英雄として、さ」

 セイバーは笑った。
 英雄。
 そういえば召喚した直後も、この女は俺をそう呼んだ。

「セイバー、その“英雄”ってのはなんなんだ。英雄はお前だろう?」
「うん? いや、オレは英雄と呼ばれる類の存在ではないな」

 事も無げに言う。
 面食らったが、確かにサーヴァントとして呼ばれる中に英霊以外が混じることもなくはない。

「……じゃあ、その、神様の類か」

 慎重に言葉を選んだ。
 信仰の強固な英霊は人(アラヤ)よりも星(ガイア)に属するようになることがある。逆に、星(ガイア)に属していても信仰が希薄なものはサーヴァントシステムの召喚に応じるケースが侭あった。
 ……つまるところ、凋落した神霊の類だ。

「そうさなぁ、そういう類……と言えなくもないが」

 どうにも煮え切らないセイバーの様子に業を煮やし、俺は問うた。

「セイバー。お前は昨夜、俺たちに協力を約束してくれたはずだ」
「あぁ、人類が滅びるか否かの瀬戸際とあってはな。是非もない」

 そこの返答は、昨晩と変わりなし。
 どうも話した感じでは、セイバーは反英霊や怪物の類ではない。世界の危機とあっては願いもさておき協力してくれる、正純の英霊の類だ。

「であれば、お前の真名を教えておいてくれないか。相棒のことも碌に知らないんじゃ、勝てる戦いも勝てやしまい」

 聖杯戦争において、英霊の真名は大きな戦略的価値がある。敵の真名を看破すれば大雑把な相手の宝具やスキルを推察できるし、時には弱点さえ知ることが出来る。
 翻って、自分のサーヴァントの真名と能力を吟味しなければ有効な戦術は立てられない。
 敵を知り己を知れば――というヤツだ。

「真名……か」

 だが、セイバーは考え込んでしまった。

「どうした? まさか忘れたってんじゃないだろうな」
「そんな英霊がいるものかよ。ただオレは事情が少し込み入っていてな、真名は戦術の参考にならんし、その――縁起も悪い」
「縁起ぃ?」

 妙なことを言う……が、冗談という感じでもない。
 名前に呪いでもかかっている類か?

「そう――そうだな、ではこう名乗ろう。いいか、よく聞け―――」

 セイバーは納得したように一つ頷くと、咳払いした。
 胸を張り、謳いあげるように名乗りを上げる。……こういう芝居がかった所作は、なんというか“如何にも英雄っぽい”のだが。

「――――オレは、“パラディオン”だ。少なくとも民草はそう呼ぶ」


[No.642] 2015/12/09(Wed) 21:10:47
二日目 愛し合うために (No.642への返信 / 19階層) - きうい

「おいで。」

パティが指先を上に向けて軽く曲げてみせると、ビーストは低く唸りながらその足元に頭を下げた。
銀の籠手がそれに応じ、優しく蛇頭をなでる。ぐるぐると喉奥から嬉しそうな音が漏れる。

「よしよし。」

パティが差し出したもう片方の手に黒い液体が湧きだした。ビーストは蛇の舌を伸ばしそれを懸命に舐める。
目を細めながらその様を見つつ、パティは一層優しく頭を撫でる。
液体を舐めるたびビーストの肉体は白く小さくなり、やがて生まれたての子狐ほどの大きさになると、パティはそれを捕まえ懐にしまった。

そうして歩きだすと、ところどころにまだ残る血だまりがべちゃりべちゃりと音を立てた。

「斥候を出しておいたのは、正解でしたね。」

血を踏む音に混ざる僅かなノイズが、地脈を支配したパティに地上の情報を教える。
それはどのあたりにどの程度の者がいるかという程度のぼんやりしたものであったが、全く十分であった。

地上の死徒を瞬く間に打ち倒した存在。
空中の羽牛どもやビーストを退けた者たち。

それらが集結しつつある。おそらくは、死徒を滅ぼすために。

彼らならきっとやり果せるだろう。わたくしが作りだした死徒達を皆殺しにして、わたくしの目的を挫くだろう。
大陸側からの戦力も合わせれば、もしかしたらわたくしを滅ぼすこともできるかもしれない。

だがそれは、わたくしが何も知らず何もしなければの話だ。

わたくしの中の一騎の魂が蠢く。
それは聖杯戦争という名すら定まっていなかった頃の話。

今のクラスで言うアサシンが、わたくしが食べた最初の魂。

わたくしが愛した最後の人。



懺悔の時は遥か彼方に過ぎた。
赤煉瓦の大聖堂を横目に見つつ、内陸へと歩いていく。




Beast
MatrixLevel:1

【CLASS】ビースト
【マスター】パティ・ガントレット
【真名】唸る獣(Questing Beast)
【性別】不明
【身長・体重】不明(可変)
【属性】混沌・悪
【ステータス】
筋力B
耐久C
敏捷C
魔力F
幸運D
宝具C

【クラス別スキル】
・不明

・対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。


【保有スキル】


・????



【宝具】
『????』
ランク:?
種別:?
レンジ:?
最大補促:?



【解説】
蛇の頭部と尾部、豹の胴体、ライオンの臀部、鹿の足を持つという異形の獣。
アーサー王の悪夢に現れた王の衰退の象徴。
悪魔にたぶらかされた王女によって非業の死を遂げた王女の兄が今際の際に予言し、王女の胎内から生まれた憎悪の塊。
キリストの象徴ともパロミデスを殺した悪の獣とも。

唸る獣という名はその吠え声がまるで多数の猟犬を引きいて狩りをしているようであることから名づけられたもの。

現在はパティの手によって巨大な翼を携えており、空中でも戦闘が可能である。
ただし獣であるため理性は皆無であり、戦略や戦術を持たない。


[No.643] 2015/12/11(Fri) 22:22:58
二日目 埠頭の夜 (No.643への返信 / 20階層) - きうい

「壮健そうでなによりだ、マスター。」
「そちらも。」

ランサーとミコトは軽く交わし合うと、横並びに座った。

徐家匯天主堂。

カトリックの教会であるこの場所は、拠点としても最適の規模と神聖さを保っていた。

「情報を総合するに。」

ロード・ルーナリアが眉間にしわを寄せつつ、人差し指を振る。

「死徒には、一定の総意が見られる、と言うことです。」

飛行船を見定め群れを以て襲いかかった羽牛とビースト。
セイバーを襲うも不利を知るやすぐに撤退した食屍鬼達。

いずれも、無軌道と見るよりは誰かが率いていると見る方が自然な有様。

「誰かが操っていると。」

ソリテアの言葉にルーナリアは首肯した。

「誰か。誰かか。」
「誰も何もない。パティ・ガントレットだろう。」

川西の浮ついた口調に黒木が重石を置くように返した。
その言葉は正に、空気そのものの重量をましたようであった。

沈黙。

全員が共通した反応を返すことで、全員がその認識を共有した。

パティ・ガントレット。

人間の形をした人間ではない者。それ以外は何一つ明らかでない人外。
ホムンクルスとも死祖の候補とも呼ばれる異常存在であるが、その力を知る者はだれ一人としていない。
居るのはその力の結果を知る者のみだ。

曰く、死者の山で屍を貪る者。
曰く、廃墟を作る者。
曰く、魔術使いの異端の局地。

その破壊は何一つ違えられたことなく、しかしその目的は一度たりとも叶えられたことのない者。



「何が敵であろうと。」

ルーナリアの声が教会の中に反響する。

「我々は。勝つために来ました。」

マスターとサーヴァントの瞳を一つ一つ見つめ、さらに告げる。

「世界に平和をもたらすために。」


[No.644] 2015/12/16(Wed) 00:09:29
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS