[ リストに戻る ]
No.651に関するツリー

   コテパト。いち。 - アズミ - 2017/12/04(Mon) 10:31:42 [No.651]
コテパト。に。 - アズミ - 2017/12/25(Mon) 15:43:44 [No.652]
いつもの池水通洋 - アズミ - 2017/12/25(Mon) 16:02:14 [No.653]
コテパト。さん。 - アズミ - 2017/12/25(Mon) 21:10:43 [No.654]
コテパト。よん。 - アズミ - 2017/12/26(Tue) 00:05:31 [No.655]
コテパト。ご。 - アズミ - 2017/12/26(Tue) 23:31:12 [No.656]
コテパト。ろく。 - アズミ - 2017/12/28(Thu) 23:08:52 [No.657]
コテパト。なな。 - アズミ - 2017/12/30(Sat) 00:02:36 [No.658]
コテパト。はち。 - アズミ - 2018/01/02(Tue) 14:34:11 [No.659]
コテパト。きゅう。 - アズミ - 2018/01/02(Tue) 22:14:29 [No.660]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
コテパト。いち。 (親記事) - アズミ

 酒の強さは一様だが、酒の弱さは十人十色だ。
 その一時で済むもの、次の日まで続くもの、その一時は無事に見えるが後から響くもの、逆にその一時だけは酷いが後に全く残らないもの。
 性格が豹変するもの、口どころか手まで出るもの、傍目に全く酔っていないが記憶が完全に飛ぶもの。吐瀉物をぶちまけるもの、さっさと寝てしまうもの。あるいはそれらの複合。

 志摩康一は、すぐに寝てしまうタイプだった。許容量を超える酒が入るところっと寝てしまう。
 傍からすれば然程迷惑なタイプはないが、しかし程度が酷い。そこが何処だろうと爆睡し、たっぷり4時間は何をしても起きないのだ。
 そこがネットを敷いたゴミ袋の山の上であっても、無論例外ではない。

「――……きろー。起きろー」

 肩を揺さぶられて、康一の意識は徐々に覚醒の世界は浮かび上がっていく。
 酒はもう抜けていた。こうなると後に全く残らないタチで、二日酔いも酒の味を覚えてこの方一度も経験がない。
 ぱちり、と目を覚ます。

「……あ、起きた」

 目の前に女が居た。

「はよっす!」
「……おはよう」

 ぴっ、と雑な敬礼をする女に、身を起こしながら応える。
 見知らぬ女だった。……妙に気安いが、見知らぬはずだった。こんな目立つ女、知り合いならば一目でそれと気づく。
 白人である。歳は推し量りにくいが、10代後半と踏んだ。光の加減か何処か緑がかって見える金髪で、琥珀を思わせる明るいブラウン。服装はチューブネックにホットパンツと、この季節にしてはひどくラフだ。上着を羽織っているあたり寒くないわけではないようだが、何とも頓珍漢な格好だった。
 ただ、そんな格好でも似合ってしまう程度には整った容姿で、何処か子供っぽい所作は容姿以上の愛嬌がある。
 ……繰り返すが、見覚えは無かった。

「んもー、こ〜んなところでこてーん、って寝ちゃうんだもん。カラスのエサになっても知らないぞ?」

 流暢な日本語だった。ここまで“ガイジンらしくない”日本語を使う外国人は初めて見たほどだ。

「あー……?」

 周囲を見回す。
 そこは駅前の飲食店街だった。自分が寝ていたのがゴミ捨て場だと改めて認識し、顔をしかめて降りる。直下が生ゴミでなかったのが不幸中の幸いか。
 全く、前後不覚になるほどの痛飲なぞするべきではないと改めて思う。やはり独り身のクリスマスの無聊を慰めるなどという口実で飲みになど行くべきではなかったのだ。
 友達甲斐のない同僚どもは酔い潰れた康一を放置して二次会に行ったか……いや、あるいは案外同僚も同じように何処かで酔い潰れているのかもしれない。

「ちょっと臭うよ、コーイチ。シャワー浴びたほうがいいんじゃない? 早く帰ろ」
「あぁ……」

 とりあえず頷いてしまってから、女の顔を見た。
 三度繰り返すが、見覚えは無い。だというのに、彼女は康一の名を呼び、さもこれから一緒に帰るかのような口ぶりだった。
 さすがに、疑問を口に出す。

「……ところで、おたくどちらさん?」

 街中で覚えのない相手に親しげに話しかけられて、この質問が出すに出せなかった経験はないだろうか。本当に初対面で相手は訪問販売や呼び込みだったりするのが大半だが、もし本当に暫く会っていない友人であったりしたら失礼極まりない。
 果たして、案の定。女は機嫌を損ねた様子だった。

「……ひょっとして、憶えてないの?」
「あぁ、その……ごめん」

 とりあえず謝っておく。
 数年ぶりの友人ならそんなこともあるか、で済むところかもしれないが、女ははっきりと怒りだした。
 
「し……信じらんない、本当に!? 昨日の夜! 西口のホテル! 酔ってたからってなんにも!?」

 西口は此処から駅を挟んで反対側、駅周辺の飲み屋街から歓楽街へ繋がる辺りだ。有体に言うと東口より柄が悪い。
 雲行きが怪しくなってきた。とても。
 女は一瞬だけとてつもない憤怒の表情を浮かべたが、すぐに急変し今度は沈痛な表情で俯いた。

「……危ない日だから中はやめてって言ったのに」
「待って」
「今更言われてもゴム持ってないって……どうせ後で薬飲むんだろって」
「待ってくれ」
「アタシ怖くって……抵抗できなくて……何度もお願いしたのに3回も……」
「待ってください」

 嘘だ。コイツは嘘を言っている。
 確かに記憶はないが、自分が? 今日の今日まで童貞だったのにいきなりそんな? AVみたいな鬼畜ムーヴを? いや確かにゴムなんて持ち歩いてないけど待ってちょっと待って嘘じゃないならこれは何かの間違いだだっておかしい前後がおかしいこんなのありえな――

「あっははははは、うっそうそ! ジョーダンだよジョーダン」
「おい」

 はっ倒してやりたい衝動に駆られたが、あまりに肝が冷えすぎたせいか安堵でそれどころではなかった。ついさっきまで見ず知らずの他人になんて心臓に悪い嘘を吐くのだこのアマ。ともあれ助かった――と胸を
 
「ちゃんと合意の上でヤったからだいじょーぶ!」

 ……撫で下ろすのは早かったらしい。
 それが証拠に女はあっけらかんとした笑みはそのままに、氷柱の如き冷たく鋭い声音で続ける。

「――……もちろん、責任取ってくれるんだよね?」
「……はい……」

 力なく頷く以上、康一に何が出来ただろう。
 クリスマスの夜が明けた、日も昇らぬ早朝のことだった。


[No.651] 2017/12/04(Mon) 10:31:42
コテパト。に。 (No.651への返信 / 1階層) - アズミ

 女を伴って康一がアパートに着いたのは、AM4:30を回ったあたりであった。
 駅前で買ってきたファーストフードで朝食を済ませながら、ひとまず女のパスポートを検める。
 名前はAria Belcantoというらしい。

「アリア……アリアー……えーっと」
「アリア・ベルカント。国籍はイタリア、歳は18」
「そのへんは見ればわかる」

 一応、パスポートと就業ビザに問題がなさそうなこと(素人目に、ではあるが)を確認してからアリアに返す。
 受け取ったアリアは、それをそのままホットパンツのポケットに突っ込んだ。何ともぞんざいな扱いだが、金品や重要なものは直接持っておく方針とのことだった。他に荷物といえば、傍らに置いた着替えと僅かな化粧、洗面用具だけが入った小型のスーツケースが一つだけである。

「日本には出稼ぎに?」
「そそ、イタリアも南部は不況でキビシくってさー。日本は今なら多制免持ってれば就労ビザ緩いって聞いたから」
「まぁ、最近はよく聞く事情だな」

 2004年度に延長されたバビロン・プロジェクト需要のせいで、太平洋沿岸は大規模な護岸工事ラッシュの真っ只中だ。
 レイバー操縦者の人手は慢性的に不足しており、政府は打開策として外国人労働者の就労制限を緩和する方向に舵を切って久しく、沿岸の町では目に見えて外国人労働者が増加している。
 そういった手合いの大半は手近なアジア出身者だが、何らかの事情でレイバー操縦資格を持っていれば欧州出身者でも同じEU内より日本へ出稼ぎに出たほうが割がいいというのは有り得る話だった。

「っていうか、自己紹介はしたんだけどなー。居酒屋で」
「……すまんが全く憶えてない。……俺は」
「シマコウイチ、21歳。えーっと……トガミだったっけ? 警備会社で働いてるんだよね」
「十神特車警備な」

 なるほど、自己紹介は済んでいたらしい。記憶はないが、康一はアリアの言を疑うことはやめることにした。
 となると、あとはこうなるに至った経緯なのだ、が。

「……ねぇ、ホントに憶えてないの? アタシの身の上聞いて、帰る場所もないなら面倒見てやるって言ってくれたのも、全部?」
「……憶えてない」
「ひっどーい!」
「だから」

 アリアの言葉を遮って手で制する。
 実際さすがに、康一としても酷い話だという自覚はあった。酒の入った上でのこととはいえ、猛省はしていた。

「男に二言は無い。責任は取る」

 どうあれ、責任は取る覚悟はしていた。

「具体的にはー……まぁ、後で話を詰めるとして。俺に出来る限り責任は、取る」

 あったが、手段に関しては口篭らざるをえなかった。
 昨日まで童貞の拙い想像力では具体的にどう責任を取ればいいのかも正直わからなかったし、警備会社勤めの若造にはそもそも不可能なことが多い。
 例えば、一番無難であろう金で解決するにもそもそも先立つ物がない。
 そういう康一の心中を知ってか知らずか、もくもくとフライドポテトを齧っている。

「ンー……そういう大袈裟な話じゃないんだけどなァ」
「そりゃどういう……」

 聞き返す康一の懐で、携帯電話が揺れた。出しかけた言葉を引っ込めて取る。

「もしもし?」
『やほぅやほぅ康一さん、非番のところ申し訳ない』

 電話口でも間違えようが無い軽薄な口調の主は、勤務先の上司、司深(スー・シェン)であった。

『今ご自宅で?』
「あぁ……ヘルプか?」
『是(シィ)、是。17管区で緊急通報です。どうも2号車だけじゃ心許ない状況のようでして』
「3号車はバラしたままだしな。わかった、すぐ行く」
『2号車は現場に先行します。では、宜しく』

 通話を切ると、傍らに置いたままだった上着を引っ掴んで立ち上がる。

「どうしたの?」
「仕事だ」

 問うアリアにそれだけ言うと、昨日の格好のままコートを羽織って財布と鍵をポケットにねじ込む。

「え、ちょ、アタシは?」
「話の続きは帰ったらする」
「じゃなくて! ここに独りで置いてかれても困るんだけど!」
「……あー、そうだな」

 康一はがしがしと頭を搔いた。
 まさか現場に連れて行くわけにもいかないし、さりとてただ待っていろというのも不便だろう。

「仕方ない、これだけ置いてく」

 財布から5万と家の鍵だけ外し、アリアに押し付ける。

「何かあったらそれで何とかしろ。夜までには帰る!」

 それだけ言い残して、アパートを飛び出す。
 独り残されたアリアは、手の中の5枚の万札と鍵を見下ろし、嘆息した。

「……無用心だなぁ」

 5万を財布ではなく、胸のポケットに別に入れる。
 アリアはドアの鍵を閉めると、ひとまず部屋に散乱したファーストフードの袋を片付けることにした。


[No.652] 2017/12/25(Mon) 15:43:44
いつもの池水通洋 (No.652への返信 / 2階層) - アズミ

ハイパーテクノロジーの急速な発展とともに、あらゆる分野に進出した汎用人間型作業機「レイバー」。
しかし、それはレイバー犯罪と呼ばれる新たな社会的脅威をも生み出すことになった。
連続するレイバー犯罪に、警視庁は本庁警備部内に特殊車両二課を創設してこれに対抗した。

通称「パトレイバー」の誕生である。


月日は流れ、21世紀。
バビロンプロジェクトの初期目標完遂に伴い、レイバー産業は一時冷え込みを見せた。
しかし2003年、中央防災会議による「東日本大震災」の予測に基づき、関東〜東北地方沿岸一帯の大規模な津波対策、護岸整備が提唱され、合わせて延長されたバビロン・プロジェクト需要によりレイバー産業は再び息を吹き返しつつあった。
しかしそれは同時に、レイバー犯罪の再燃をも意味していた。
景気の低迷と不安定な国際情勢の後押しを受け複雑化したレイバー犯罪の多発に対し、2001年度から縮小され続けたパトロールレイバー隊の処理能力は限界に達し、この需要を埋めるためレイバーを用いた1号警備業界が俄かに活発化。

「レイバー警備」は、日本社会に確固たる地位を築きつつあった――。


[No.653] 2017/12/25(Mon) 16:02:14
コテパト。さん。 (No.653への返信 / 3階層) - アズミ

 コックピットに潜り込んで早々、康一は早すぎる朝食を済ませてきたことを後悔した。
 警備用レイバーの搭乗員は現着次第速やかに行動に移らなければならないため、キャリアで輸送する前に乗車する。当然機体が車上に寝ているのだから搭乗員も仰向けに寝そべる形で座ることになるわけだが、これが殊に胃に悪く、康一は出動前は出来るだけ食事を抜いておくよう心がけていた。
 が、まぁ今回のような緊急出動では詮無いことだ。
 胃を寝かせるように息を吐いて、コックピットのコンパネに起動用ディスケット挿入する。
 低い起動音と共にディスプレイが「Welcome to L.O.S.2000」のメッセージを表示し終えたあたりで、ヘッドギアが無線と接続したぶつ、という音を寄越した。

『こちら1号車キャリア、あと5分ほどで現着だ』
「こちら1号車、起動完了いつでもどうぞ。……向こうはどんな塩梅だ? ケイジさん」
『社長、だ』

 (株)十神特車警備は特科車両1号警備……いわゆるレイバー警備を専門に行う警備会社である。
 警備会社の労働環境というのは押し並べて良くは無く、おまけにレイバー警備などという新興分野の、さらには業界でも最零細といってよい十神特車警備の台所事情は一言でいって悪い。
 どれぐらい悪いかといえば、高橋敬治代表取締役社長が1号車キャリアの運転手、指揮の3役を兼任しなければ回らないレベルである。

『勤務中は社長、だ。一号車』

 この職種にはありがちなことだが、敬治は元神奈川県警の警部補であり、人員も彼が警官時代の伝手で集めた人材を中心としている。
 康一もまた例外ではなく、かつては生活安全課時代の彼にさんざ迷惑をかけた悪たれ小僧であり、同時に富士のレイバー隊員養成学校(通称レイバーの穴)でしごかれた警官の卵であった。
 敬治とはかれこれ10年来の付き合いがあり、どうにも気安さが抜けない。
 公私混同を咎められた康一は、さりとて大人しく従うのも癪だったので改めて事務的に問う。

「こちら1号車、キャリア現場の情報を求む」
『……緊急警報は17管区のレイバー管理システムからだ、03
59に同管区の作業用レイバー駐機場に不正起動を3つ確認。2号車が先行してるが続報はなし』
「またぞろ、レイバー盗難かね」
『たぶんな』

 前世紀まではレイバー犯罪といえば酔っ払いのケンカやバビロンプロジェクトに反対する環境テロというのがお定まりであったが、近頃圧倒的に多いのは作業用レイバーの盗難だ。
 特に北京オリンピックを控えた中国で増大したレイバー需要を見込んだチャイニーズ・マフィアの組織的な犯罪と目され、警察は検挙に血道を挙げているが抜本的な解決は遠い。
 なにせ実行犯のほとんどは現場で働く外国人労働者である。要するに小遣い稼ぎが目的の“蜥蜴の尻尾”であり、いくら検挙しても主犯まで捜査の手が伸びることは稀だ。一方で外国人労働者自体は増える一方なので予防も難しい。

「県警は?」
『通報は入れたが、増援は期待するな。忙しそうだからな』
「いつも通り、俺たちで何とかしろってことな」

 警察は養成に時間のかかるレイバー搭乗員の増員に乗り気でなく、こうしたイタチごっこに逐一投入したのでは既存の特車隊だけでは到底手が足りない。であるからして、レイバー盗難への対応は“パトレイバーの下請け”たる康一らレイバー警備にお鉢が回ってくるのがほとんどであった。 
 コックピットが揺れた。キャリアが停車したらしい。

『現着だ、1号車上げるぞ』
「了ー解、待ちわびたぜ」

 低く重い駆動音と共に、シートが垂直立ち上がっていく。胃に悪い時間はお仕舞いらしい。
 ……最も、これから待ち受けているレイバーの格闘戦とて十二分に胃に悪いのだが。



 未明の工事現場に、濃紺のレイバーが屹立する。
 SR-70 サターン。トヨハタオートがOEM生産しているが、実質的にはシャフト・エンタープライズ・ジャパン製の警備用レイバーである。
 発売から4年経つモデルだが、ここ数年は市場でもハイエンドなレイバーの開発は足踏みが続いており、警備用レイバーとしては一線級の性能を維持している、とは整備主任の言である。
 が、要するに文句なしの新型を配備するほどの余裕が十神の懐事情には無いということに他ならない。実際のところ、十神は3台のレイバーを運用しているが全車をサターンで統一することすら出来ていないのが実状だ。

 機体前面に折り畳まれていた(完働状態のレイバーを寝かせると2車線専有してしまうためだ)両腕を、胴体両脇にポジションを戻す。
 馴らしで両腕をぐるぐると動かすと、チュィィィン、という甲高いアクチュエーターの駆動音が辺りに響いた。音から判断するに、整備状態は良好。

「いつでもいいぜ、ケイジさん」
『駐機場は正面50mだ、2号車は……あー……待て、今確認を』

 入れるより先に、自動車が正面衝突したような破壊音が耳朶を打った。
 方向は正面。別件を疑う余地はない。

「……もう始まってるらしいな、1号車突入する!」

 ペダルを踏み込むと、サターンが夜闇に向けて大きく一歩を踏み出した。


[No.654] 2017/12/25(Mon) 21:10:43
コテパト。よん。 (No.654への返信 / 4階層) - アズミ

『1号車現着、ヘルプまで30びょー……うってトコですが』

 2号車のキャリアに備え付けの拡声器から、2号車指揮たるスーの間延びした声が響く。

『大丈夫ですかぁ、一真さん?』
『大丈夫に見えんのかこれがっ!?』

 両側から作業用レイバーに押さえつけられた2号車の中から、搭乗員の海道一真が悲鳴を寄越す。
 2号車の機種はAVS-98Mk.2“スタンダード”。篠原重工が開発した警備用レイバーで、かの警視庁特科車両二科第二小隊に配備されていたAV-98 イングラムの一般販売モデルだ。
 両脇から押さえつけている作業用レイバーは“タイラント2000”。菱井インダストリー製の傑作作業用レイバーである。
 さすがに警備用と作業用では純粋にトルクを比べれば大人と中学生ほども差がある。まともに1対1で殴り合えば敵ではないが、同時にがっぷりと組み付かれて力比べとなると大の大人も分が悪い。

『ぐ、ぬ、ぬ、ぬ……!』

 それでもどうにか両足の踏ん張りだけは維持する。
 人間もレイバーも駆動の基本原理は同じで、この状態で一度膝をつこうものなら立ち上がることは困難だ。
 このまま押し合いを続ければそれも時間の問題ではあったが……。

『はいそのままそのまま、もう少しの辛抱ですよ、さーん、にーい、いーち…………はい!』
『オラァッ!!』

 スーのカウント通りのタイミングで横から割って入った1号車の飛び蹴りが、片方のタイラントを強引に引き剥がす。

『やほぅやほぅ康一さん、お早いお着きで。では、一真さん』
『おうっ!』

 一真はすかさずもう片方のタイラントを引き剥が――さずに、むしろ万力を以って押さえ込み、同時に左腕を1号車に向けて突き出した。

『こーさん!』

 阿と叫べば

『あいよ!』

 吽と応ずる。
 刹那の逡巡も挟まず1号車は2号車のシールドから飛び出した電磁警棒を引っ掴み、2号車が押さえ込んだタイラントの機関部に先端をねじ込んだ。
 スパークが夜闇に走る。伝送系が沈黙し、タイラントはその場に擱座した。
 もう1機に目をやれば飛び蹴りで膝のアクチュエーターをやられたらしく、うつ伏せになったままじたばたと両腕を動かしている。あの状態では操縦席からの脱出も侭ならない。
 ひとまず、胸を撫で下ろした。

『わりぃ、助かった』
『あぁ……、おい大丈夫か、膝がすげえ音鳴ってるぞ』
『え、マジか』

 康一に言われてペダルを踏むと、なるほど膝がギュイィィン、と濁った音を立てる。過負荷でアクチュエーターが不調らしい。

『おおっと、これはパティさんがお冠ですな』
『うへぇ……』

 基本的に膝、肘、腰のアクチュエーターの交換は高くつく。
 十神の経理……厳密には社長の家の居候で社員ではないのだが……を務める幼女の長くて厳しくて理不尽な説教を想像して一真はげんなりとした。

『で、残りの1機は?』

 2号車のシールドに電磁警棒を戻しながら、康一が問う。不正起動の発報は3つだったはずだ。

『あぁ、最初に菱井のヘラクレスを1機やった。そこに――』

 2号車が示す先にカメラを向ける。
 なるほどそこには正座するように擱座した菱井製の汎用レイバー、ヘラクレス21の姿があった。が、康一はふと違和感を覚えた。
 近づいて後部ハッチを確認する。

『……搭乗員がいないな』
『っと、逃がしたか?』
『あぁ、そのままそのまま。放っておきましょう』

 慌てて周囲を見回す2号車だが、スーがそれを制する。

『捕物は警察のお仕事ですからな』

 十神はあくまで警備会社であり、盗難の阻止が目的である。
 犯人の身柄を押さえるのは業務の内に入っていない。だからこそ、事前に警察にも通報を入れたのだ。
 が。

『それに、ほら。放っておいてもうちの元警部補殿が押さえてくれそうですし?』



 さながら羆の如き圧力と速度で、高橋敬治の巨体が闇を疾駆する。
 前方を走る賊の足は鈍かった。足の速さがどうこうというより、走る方向に惑っている動きだ。夜闇に放り出されて右も左も解らないまま遁走するとなれば大概の人間はそうなるのだが。
 一方で敬治の走りには微塵もブレがない。ホシを見定めたらまっしぐら、万難を排して一直線に突き進む。
 追いかけっこというのは、追う方が圧倒的に有利なのだ。だから警官はホシを挙げられる。敬治は生安に回される前、捜査一課の先輩にそう習った。

「ふっ!」

 十分に追いついてから、鋭い呼気と共に跳躍。必殺を期したタックルがヘラクレスの搭乗員の腰に突き刺さる。

「ぐえーっ!?」

 二人でアスファルトの上を転がり、すかさず腕ひしぎで右腕を極める。

「あだだだ、ギブ、ギブギブッ!折れる、折れっ!?」
「暴れなきゃ折れん、大人しくしてろ」

 生憎と今の敬治に手錠はない。
 代わりにベルトを外して、後ろ手に両腕を拘束した。

「やや、お勤めご苦労様ですな高橋警部補」
「元、警部補だ」

 後ろから悠々と近づいてくるスーに、息を吐いて応じる。

「警察に任せておけば宜しいでしょうに」
「ホシが逃げてるのを見たら、思わず走り出してた」
「まるで犬のようなことを仰る」
「犬は喋らねえよ」

 減らず口を返すが実際、警官(イヌ)の性分というヤツなのでスーの茶化しに不快になる筋合いではない。
 それどころか、無駄な労働をした徒労感よりも自分の逮捕術が衰えていないことへの安堵と誇らしさが敬治の五体を満たしていた。
 全く、度し難いと自嘲する。

「ところでケイジさん、私日本の警察の構造には詳しくないのですが」
「あぁ?」
「犯人が未成年でも、警察に直接引き渡して構わないのでしたっけ?」
「未成年?」

 言われて改めて、犯人に向き直る。
 気を利かせてか、スーが手持ちのライトを顔に当てた。

「うわっぷ、眩し……!?」

 子供だった。
 年齢は十代半ば、か。非行に走るにしてもレイバー窃盗に手を出すには聊か若すぎる。

「……面倒なことになりそうですなぁ」

 スーの呟きに、敬治は心中でだけ同意しておく。
 東の空が、ようやく白み始めていた。


[No.655] 2017/12/26(Tue) 00:05:31
コテパト。ご。 (No.655への返信 / 5階層) - アズミ

 警備用レイバーが出動すれば、必ず何かが壊れる。
 壊れたならば直すのに当然金がかかり、当事者がそれを報告しなければ役所も会社も保険屋も金を出せない。
 なので、レイバー警備とはただ出動して暴れればいい職業ではなく、出動の後には必ずデスクワークが存在するのである。

「あ゛ー……終わった、終わった……」

 自機と確保したレイバーの破損状況、周辺の被害状況、出動状況を時間ごとに明記した業務報告、etc.
 康一が一通りの事務作業を終えた頃には、既に日が沈み始めていた。時計を見るとPM4:00ジャスト。結局半日労働である。
 しばしばする目を抑えていると、オフィスのドアが開いてぐったりとした一真が入ってきた。

「こっちも終わったー……いや、これから始まりなんだけど」

 自機の被害状況を纏めようにも、まず整備の検分に立ち会わなければならない。
 なので、一真のデスクワークはこれから始まりだった。
 まぁもともと今日は24時間勤務であるのだが、万事手の足りない十神では搭乗員とて検分の間ただ見ているだけというわけにはいかないし、破損状況によっては作業の間整備班や経理のお小言を聞き続けなければならないためこれが実に疲労感がある。
 押し合い圧し合いをやらかして膝のアクチュエーターをお釈迦にしたとあっては小言もさぞねちっこく長かったことだろう。

「レイバーの格闘戦は蝶のように舞い、蜂のように刺すを旨とすべし。っつわれてもなー」
「実際はそう上手くはいかんからな。まぁ、お疲れ」

 アウトレンジからの急所への一撃で無力化するというのは実際理想的で、整備班のお小言に頻出する決まり文句なのだが、視界の利かない夜間戦闘でそれをやってのけるのはもういっそ神業である。
 これから連中が丸一日はハンガーにカンヅメになると思えば所詮理想論と切り捨てるまではし難いが、まぁ……精進あるのみ、といったところか。

「んじゃ、こっちは片付いたしお先に失礼するわ」
「おやぁ? もうお帰りですか、康一さん」

 PCを片付けてデスクから立ち上がった康一に、茶の載ったお盆を片手に給湯室から顔を出して、スーが言う。
 なお事務仕事に精を出す若人に茶を入れてくれた……わけではない。自分で飲む分だけだ。いつものことである。

「報告書は提出したけど、なんか他にあるか?」
「いーえぇ、そういうわけじゃありませんが。いつもは仕事も無いのに無駄ーにオフィスに居座って青春を無為に消費しとる康一さんがこうもすぐお帰りになられるのは珍しいな、と思いまして?」
「ほっといてくれ。用事があるんだよ」
「ははぁ……さては」

 ず、と突き刺すように小指を突き出してくる。

「コレが出来ましたか」

 いつもの事ながら、この怪しげな中国人は妙に勘が鋭い。
 が、ここで動揺してはおちょくる隙を与えるだけだ。康一は努めてポーカーフェイスでこれを流した。

「……まぁな。んじゃ、お疲れ」

 大股開きでオフィスを出る。
 スーはしかし別段驚くでもなく、ほほうと一言漏らして茶を一啜り。
 視線を移すと。

「マジでか」

 こちらは目を点にした一真と、目があった。




 アパートに帰り着くと、部屋からもくもくと白煙が上がっていた。
 呆気に取られて立ち尽くしていると、ドアがどばん!と開いて中からのっしのっしと小柄な人影が出てくる。

「……よっす」
「よ、よっす」

 大家の娘だった。名をルーナ・セノ。若干12歳ながら、留守がちな母にかわりアパートの管理を代行している少女である。
 ルーナはけほ、けほ、と小さく咽た後、康一をじろりと見る。

「……次、彼女にフライパンを握らせたら出てってもらうから……」

 小さな声だが、明朗で鋭い宣告だった。
 今ひとつ状況が飲み込めないままこくこくと頷くと、再びルーナはのしのしと康一の横を通り抜けて管理人室に去っていく。
 ドアを開けると、換気扇が全力運転するキッチンの前で、大穴の開いたフライパンを片手に煤だらけのアリアが立っていた。

「な、なんじゃこりゃ!?」

 いや、何となく、朧気には分かる。たぶん、料理に失敗したのだ。
 そうとしか考えられないが、何をどう作ろうとしたらフライパンに大穴が開くのかがさっぱり解らない。

「コーイチ、ゴメン……夕食作ってあげようとしたんだけど……」

 アリアは大いに反省している様子だった。フライパンを片手に泣きそうな声をあげる。
 とりあえず康一は何を言っていいかわからず当惑し、

「何、作ろうとしたんだ」

 口を突いて出たのはそんな何とも間抜けな問いだった。

「パンケーキ……」
「夕食にパンケーキぃ?」

 腹持ちは、まぁいいかもしれないが。

「キキが作ってたから」
「ジブリかよ……」

 13歳の魔女見習いならともかく、21歳男性警備員の晩飯としては聊かファンシーに過ぎる。
 というかパンケーキを作ろうとして何でフライパンに穴が開くのか。そもそも失敗する時点でなかなかハードルが高いと思うのだ、パンケーキ。

「あー……とりあえず顔見せろ、顔」

 こうも反省していると責める気にもならず、ひとまずハンカチで顔の煤を拭いてやる。
 ついでにちーん、と鼻をかんできたのも、まぁ見逃すことにした。

「まず風呂入っちまえ、煤だらけだぞお前。その間に飯は用意するから」
「ん……ゴメン」

 アリアをユニットバスに追いやってから、康一は嘆息して雑巾を手に取った。


[No.656] 2017/12/26(Tue) 23:31:12
コテパト。ろく。 (No.656への返信 / 6階層) - アズミ

 冷蔵庫に残ったキノコ類、小エビ、カニカマを適当に放り込んだ溶き卵を雑にオムレツにして白飯に乗せ、白だし、みりんと片栗粉で作った餡をかければ天津飯の出来上がりである。
 別に餡を省いてオムライスでもいいのだが、中華にすることで何となく“男の料理”という体裁を整えるのが志摩康一の美学であった。

「晩飯できたぞー」

 ユニットバスに声をかける。

「今出るー」

 シャワーを浴びて気を取り直したのか、中から返ったアリアの声はもう朝の調子であった。
 安堵して適当な皿に盛り、ちゃぶ台に並べる。蛇口を捻る音からユニットバスの扉が開くまで、余りに間がなかった辺りで若干嫌な予感がした。

「ごはん、なに?……わっ!?」
「服を!着ろ!」

 全裸で出てきたアリアの顔に脇に畳んでおいたバスタオルを叩きつける。
 アリアはタオルでそのまま頭をわしわしと拭きながら(つまり身体さえ拭いていなかった)口を尖らせる。

「全部洗濯しちゃったんだもん」
「なんで全部洗濯するんだよ!」
「今までビジネスホテル住まいだったから暫く洗濯できてなくてさー。このへんコインランドリー少ないよね」

 バビロン・プロジェクトの延長で人が増えにわかに需要は増大しているが、基本的には片田舎である。確かに根無し草にはまだまだ不便な地域であった。

「とにかくなんか着ろ!」
「いまさら気にしなくてもいいじゃん、さんざん見たんだし」
「憶えてないっつってんだろ!」

 だいたいにしてセックスしたからと言って裸が恥ずかしくないというのは何か違うと思うのは童貞の浅はかさであろうか。
 いやアリアの主張を認めれば童貞ではないのだが、覚えてないのだから心は間違いなく童貞なのだ。

「じゃあ」

 そこまでは、からかうような笑みがあった。
 が、そこで恥じらいが混じったらしく、視線が逸れる。
 「えー、と」と言い澱み、首にかけたタオルをきゅ、と持って心なし胸を隠した。

「今日……えっち、する?」

 言葉に詰まる。
 志摩康一はまだ童貞なので。少なくとも心は童貞なので。

「きょ」

 一も二もなく首を縦に振りたかったというのは、間違いなく本音なのだが。

「今日は……いい」

 怖気づいてしまうのも、仕方のないことだったのだ。
 心は童貞なので。

 結局、アリアには康一の服を適当に着ていてもらうことになった。



 アリアを疑うことはやめた。
 やめたのだが、だからと言ってセックスどころか同衾するほどの踏ん切りもつかず。
 結局、同僚を泊める時に使っているソファベッドを出して、アリアにはそこで寝てもらうことになった。

 寝床に入ってどれくらいが経っただろう。
 何だか眠れないことを自覚した直後なので、30分ほど後のような気もするし、0時を既に回っていたような気もする。

「……コーイチ、起きてるー?」

 アリアが話しかけてきた。
 軽く伺うが、背を向けたままで康一からは表情が見えない。

「起きてる」
「言い忘れてたけど、お金と鍵、戸棚に入れといたから」
「ん?……んー……」

 朝渡した5万のことだと気づくのに、少しかかった。

「無用心じゃない?」
「何が」
「アタシが泥棒だったらさ、お金と鍵持って出かけてる間に逃げてたよ」
「泥棒じゃないんだろ?」
「…………まぁ、そうだけど。昨日あったばっかりなんだからさ、疑うのがフツー……じゃない?」
「疑わないことにしたんだよ。……騙されてたらその時はその時だって、もう決めたんだ」
「…………そう」

 会話が途切れた。
 実際のところ。疑うことはやめたのだが、彼女の話を全て鵜呑みにしたわけではなかった。
 康一の個人情報ぐらい寝ている間に持ち物から調べようはあっただろうし、幾ら酔っていたからといって一夜を共にしておいて相手のことを全く憶えていないというのは聊か疑わしくはある。
 だが、疑うことはやめたのだ。信じられなくても、信じることにした。
 だから。

「……あのな、眠たければそのまま寝ちまっていいんだが」

 今、朝の話の続きをすることにした。
 寝たふりを決め込んでもいい、という逃げ場を用意した上で。

「俺、どうすればいい? その……なんつーか。責任の取り方、っつーか」

 返事はない。

「何でもするからさ」

 返事はない。
 間が持たなくて、言葉を捜す。

「……でも、出来ればお前さえよければ」
「一緒に」

 出しかけた言葉の続きを、アリアが継いだ。
 思わず押し黙る。たっぷり3分は開けて、アリアが続けた。

「……一緒に、いてもいい?」

 それは康一が言いかけた言葉とは微妙に違ったものだったが。

「暫くで、いいから。ここにいさせて」

 康一が出しかけた結論よりもゆっくりで、心地の良い条件だった。

「……金と鍵さ、やっぱしばらく持ってろよ」

 息を、吐く。
 少し眠気がやってきた。懸念が一つ片付いて、気が抜けたのかもしれない。

「歳が空けたら、財布と合鍵を作りにいこう」
「……ん」

 アリアの小さい返事を聞いて、康一は意識を眠りに委ねた。


[No.657] 2017/12/28(Thu) 23:08:52
コテパト。なな。 (No.657への返信 / 7階層) - アズミ

 取調べというと刑事のイメージが強いだろうが、無論のこと交通事故ならば初動が交通課が行うし、レイバー犯罪ならば特車隊が行う。
 26日の早朝、17管区において発生したレイバー窃盗事件の容疑者3名は十神の一行に取り押さえられた後、到着した県警特車隊により逮捕。速やかに連行された。
 うち、擱座したタイラント2000から救出、確保された2名はお定まりの金に釣られた外国人労働者であった。供述から金の流れを辿っているが、恐らく教唆犯までは辿りつけまい。蜥蜴の尻尾は当然の如く切られる。
 問題は、最後の一人。
 ヘラクレス21の搭乗員であった、少年である。

「ねー、俺腹減っちゃったよ。カツ丼出ないの? カツ丼」

 今時珍しいほどステレオタイプな取調べ観でそんなことをのたまうこの少年は、どうやら単独犯であるようだった。
 他の2人は同一の手法で金が振り込まれ、示し合わせてレイバーを不正起動したわけだが、2人ともこの少年に関しては全く知らないという。
 状況的にもタイラント2機は計画性を以って逃走を図り警備用レイバーとの遭遇後も連携を取ることができたが、この少年に関してはいち早く遭遇した上、他の2名との合流を企図した様子がない。
 取調べは慎重に行わなければならなかった。無論カツ丼などもってのほかだ。
 相対する県警特車隊の2号機バックス、ソフィア・アグネート巡査部長はつれない態度で切って捨てる。

「古いドラマの見過ぎだな。調書の公平性を保つため、警察が被疑者に物品の授受を行うことはない」

 実際には武器になるものを与えない、という意図もある。丼程度の重量と硬度があれば、十分に凶器にはなり得るのだ。

「ちぇー」

 口を尖らせる少年は、10台半ば相応の幼い態度を崩さない。およそ万引き程度の軽犯罪もやらかすタイプには見えず、とてもレイバー窃盗犯には見えなかった。
 だが、現行犯である以上その事実は覆しようがない。
 むしろ、およそ犯罪と結びつかないパーソナリティを警戒すべき事項とソフィアは認識していた。

「氏名を述べなさい」
「シオン」
「……氏名、と言ったのだが」
「そんなこと言われても、苗字なんて無いしさ」
「無い?」
「いや、決めてはあるのかな? でもパスポートとかまだもらってなかったし、たぶん戸籍ー……とか? もないしなぁ。とりあえずシオンって呼ばれてたんだけど」

 突飛な告白だったが、そこはモスクワ市警からレイバー犯罪の最新事情を学ぶため研修で回されてきた才媛である。ソフィアは暫しの逡巡で一つの可能性に行き当たった。

「……貴様、密入国者か」
「あぁ、そうそう。そういう感じ」

 少年……シオンは事も無げに肯定する。

「人を探さなきゃなんなくてさ。逃げてきたんだよね、船から」

 件の現場は(護岸工事用のレイバー駐機場なのだから当然だが)港に近い。

「どの船だ、名前は」
「わかんないよそんなの」

 ソフィアは思わず舌打ちするが、シオンは気にした様子もなく続ける。

「レイバーがあればなんとでもなるって思ったんだけどなー……全然操縦方法違うんだもんさ」
「……?」

 眉をひそめる。
 レイバーは現在の主要なメーカー各社協力の下開発された「レイバー90」を元にしているため、操縦法はどのメーカーの商品でもだいたい同じだ。
 そこを詰めて質問する前に、背後のドアが開いた。

「へいへい、ソフィアちゃんそこまでだ」
「コウヤ」

 ソフィアの相方……2号機オフェンスの川西光矢巡査である。
 およそ彼女の国の基準からすると官憲らしさから大きく外れた軽薄な男であるが、レイバー搭乗員としての腕だけは彼女も信頼している。

「選手交代だってよ」

 くい、と背後を顎で示す。そこには背広の男が2人。

「捜査一課か」

 特車隊はあくまで警備業務を行う部署であり、本格的な事件捜査は刑事の領分だ。
 ソフィアも下手にごねる事はせず、大人しく刑事たちに席を譲った。
 が、最後に。

「……人を探していると言ったな、シオン」
「うん」

 察しは良いほうらしい。唐突な質問にもシオンは戸惑うことなく応えた。

「アンドレイとアリアっていうんだ。見つけたら教えてよ、お姉さん」


[No.658] 2017/12/30(Sat) 00:02:36
コテパト。はち。 (No.658への返信 / 8階層) - アズミ

 上司一つで職場の居心地というのはがらりと変わる。
 太平洋沖に浮かぶ“べるもっと号”の、底冷えのする格納庫に入るたび伊豆内はそれを再認識せずにはいられない。

「テストパイロットは3人用意していただける、という話だったはずですが」
「すまんな、“パレット”のほうで少々アクシデントがあった」

 伊豆内の言葉に、現在の上司……ジー・ラマヌジャンはバツが悪そうに肩を竦めた。

「多少遅れるが補充は来る。今はアンドレイで我慢してくれ」
「スケジュールの遅れは」
「もちろん、許容する。まだ半信半疑なようだがね、イズウチ――」

 ラマヌジャンは視線をハンガーに向けた。
 機械の巨人が、バイザー奥から無機質な眼差しを2人に向けている。

「アジアマネージャーはおたくらの玩具を高く評価しているんだ。我々は“評価して欲しければ売り物になるものを持って来い”と言ってるんじゃあない、“商品にするから売れるようにしてくれ”と言っている」
「理解しているつもりです。だから、それまで待ってはいただけるし手段は融通してもらえる」
「その通りだ」

 互いに納得は得られたと見たか、ラマヌジャンは改めて巨人に視線を向ける。

「だいぶ外見が変わったな」
「グリフォンは知られすぎていますから、さすがにそのままというわけには。中身は基本的にそのままですよ」
「今度は黄色か」
「アジアマネージャーの希望ですよ、向こうじゃ縁起がいいとか」

 伊豆内は正直なところ、この軽薄な黄色が好きではなかった。
 きっと前のパイロットや――“彼”がここにいたならば、酷評した上で即刻変えさせたに違いない。そう、埒もつかないことを考える。

「一先ずはアンドレイだけでスケジュールを進めます」
「補充が来るまで派手な工程は控えてもらいたいが」
「もちろん、こちらだってたった一人のテストパイロットに危ない橋は渡らせたくありません。……が、もう一度だけ確認します」

 ラマヌジャンを見る。相手はこちらに視線を向けない。
 
「いずれ搭乗者制限を撤廃するぶんデチューンは避けられませんから、その分は汎動作の最適化で取り返します。で、あれば実地で動かして経験値を積むのは必要不可欠です。つまり――……」
「軍事用レイバーに穴掘りをさせても意味はない。火器の扱いならアジアには幾らでも鉄火場がある。だが殴り合いならば“ココ”が一番だ」
「……いいんですね?」
「もう一度言うぞ、イズウチ」

 ラマヌジャンはそこで初めて視線を合わせた。
 底冷えのする不敵な笑み。これだけは、かつての上司を想起させる。

「コイツを売れるようにしてくれ。手段は問わん、派手にやればいい」



 黄色いレイバーの首が後方にスライドして、中からアンドレイが身を乗り出してくる。
 アンドレイ・ドラグノフ。名前の通りロシア出身だが、黒髪黒瞳で注視しなければ日本の街並みに溶け込める外見だった。
 “そういうオーダーがしてある”。

「イズウチさん、A9の初期設定、終わりました」
「ASURAの感触はどうだ」
「あまり辛くないですね。思ったほどには」

 ぐりぐりとこめかみを揉んで言う。
 間脳電流を拾ってレイバーの挙動に反映する、現行のフォーマットとは全く異なる制御系である。レイバーという機械の制御系としては理想系であると伊豆内は未だ信仰しているが、一方でパイロットから見た扱いやすさという観点からすれば甚だ問題が多い。
 以前は一度起動するごとに副腎など内分泌系への影響を調査しなければならないほどデリケートな代物だったが、技術革新とシステムの緩和を行ったことで幾らかマシにはなっているはずだった。
 適正があるとはいえ、アンドレイへの影響が思ったより少ないのはまだ医療スタッフが合流していない現状、明るい情報と言える。

「実働は当分先だ。今はゆっくり休んでくれ」
「わかりました」

 素直に頷いてA9から降りるドラグノフに、伊豆内は何処か拍子抜けを感じて頭を搔く。

「どうしました?」
「……いや、君は素直でいいな、と思ってね」
「はぁ……?」

 腕時計を見る。あと数時間で年が明ける。
 2005年。あの日々から、もう6年が経とうとしている。

「……企画7課は遠くなりにけり、だな」


[No.659] 2018/01/02(Tue) 14:34:11
コテパト。きゅう。 (No.659への返信 / 9階層) - アズミ


 電話の向こうの光矢以外は敬治一人きりの事務室に、ぱちん、と音がする。

『つーわけで、こっちで解ったのはここまでだ。後はデカのほうに当たるしかねえな』
「ふむ……、いつつ」

 思案しながら切ったせいで、深爪気味になった。
 渋面を作って爪切りを放り出し、肩に挟んだ受話器を持ち直す。

「あー……あいわかった、情報共有感謝する」

 何か気になる事件がある度、情報共有を行うのが光矢と敬治の通例であった。
 明確に捜査情報の漏洩にあたるのだが、特車隊の隊長にも黙認は取り付けている。初動で遅れる特車隊は現場の詳しい状況を把握しにくいし、一方で捜査の俎上に上がってしまえば警備会社からは手も足も出ない。
 これは事件の全貌を掴む上で必要に迫られての、官民一体の自主的な協力体制であった。

『あぁ、デカと言えばもう一つ。本庁の捜査一課からお客さんが来てる』
「なに?」
『さらに妙なのは、どういうわけだかウチのデカどもがそれを邪険にしてねえってことさ。タイミング的に今回の件がクサい……と俺は思うんだがな』

 本庁の人員が出張ってくるということは東京で起きた事件と関連があるということだろうが、警察は基本的に縦割りの組織で、管轄を飛び越えての活動は普通しないし、忌避される。
 所轄がそれに協力的というのは、余程にその事件が大規模か、あるいは所轄の手に負えない特殊性を持つかのどちらかだ。
 クサい。
 警察組織内にいた敬治であるからこそ、看過できるラインを超えるキナ臭さであった。
 これまでは多少妙なところはあるものの、単なるレイバー窃盗事件だったのだが。

「担当の刑事の名前はわかるか?」

 敬治は以前一時期、捜査一課に籍を置いていた時期がある。
 伝手がないでもないし、担当者がわかれば今回の件に関連する事案も辿ることができる。

『松井……なんつったかな、松井……』
「孝弘」
『そう、それだ。松井孝弘。知り合いか?』
「昔、世話になったことがある。……そっちから当たってみるか」
『んじゃ、そろそろ切るぜ。ソフィアちゃんあたりに知れると捜査情報の漏洩がどうのって煩いからな』
「あぁ、このお返しはいずれ、精神的にな」

 受話器を置く。
 見計らったかのようにスーが茶の乗った盆を片手に給湯室から戻ってきた。

「お電話終わりましたか?」
「終わるの待ってから出てきただろう、白々しい。喉渇いたから茶くれ」
「ご自分でどうぞ♪」

 いつも通り、盆の上には湯飲みが1つだけ。

「……あぁ、わかってたよ言ってみただけだ」

 嘆息して腰を上げる。
 事務員のフィス・ミリエラが非番なので、ポットは空のまま。舌打ちしてコンロに薬缶を乗せた。

「散らかったオフィスで茶をしばく中年2人。侘しい年越しですなぁ」
「こんな職種だ。出せるときに休みは出しとかないとならんだろう。侘しい年越しなのは同意だが」

 工事現場の交通整理など一部を除けば警備会社は年中無休であるが、レイバー警備はその中にあっては若干特殊な扱いとなる。
 というのも、商売道具であるレイバーがそれほど長時間稼働できないためである。ただ突っ立っているだけでもアクチュエーターは磨耗するし、バッテリーも消耗する。レイバーとの格闘戦など演じようものならメンテナンスを必ず挟む。
 一朝事あらば、とかく危険な職場である。人も機械も休息は極力取らせなければならない。
 バビロン・プロジェクトの護岸工事も年末は当然ストップするので、先のレイバー盗難のような突発的な事態でなければ出動はかからない。
 年末年始ぐらいは、ということで出社は敬治とスーのみとし、他の社員は休みか、最悪でも自宅待機としたのは敬治の配慮であった。

「正月くらい家に帰らなくてもよろしいので? せめて連絡の一つも寄越さないと細君がお冠でしょう」
「こういう仕事だ、嫁も子供もわかってるよ」

 正直、三行半を突きつけられてもしょうがないと半ば覚悟はしているのだが、どうにか連れ添って十余年。今のところ愛想を尽かされた様子はない。

「…………」
「なんだよ」
「あぁ、そういえば既婚者でしたねケイジさん。今ナチュラルにパティさんのこと聞いてました」
「……そっちはさっき電話入れた。紅白見てるとさ」
「そっちは連絡入れてるので?」
「わかってくれないからな」

 実のところ2時間ごとの連絡義務を課されているので、年明け直前にもう一度連絡を入れなければならない。
 新婚時代の嫁ですら此処まで束縛はしてこなかったと思うのだが。

「お熱いですなぁこのロリコン」
「会話をしろ」
「今頃一真さんはフィスさんとキャッキャウフフでしょうし康一さんもコレが出来たようですしロリコンケイジさんはロリコンゆえにロリとロリロリですし嫌ですねぇ、独り身はいよいよ私だけですか」
「だから会話をしろ。…………あ?」

 思わず間抜けな声を出す。
 ぴー、と笛を吹いた薬缶を、しばらく眺めた。

「マジで?」
「嫌ですなぁ、私が既婚者に見えます?」
「そこじゃねえ、その前」
「一真さんがフィスさんと年越しデート」
「そこでもねえ。っていうかまだその段階なのかよあの2人」

 もう付き合って2年ほどになるはずなのだがどんだけ初々しいのだ。中学生か。いや今時中学生でもたまに行くところまで行ってしまう。小学生か。

「康一に?女?」
「出来たようですよぉ、どうやらホントに。最近、勤務明けはすぐ帰りますしあれは同棲までいってるんじゃないですかねぇ」
「ほーぉ」

 安い茶葉の入った急須から愛用の湯飲みに茶を注ぎ、入れすぎてその場でひと啜り。
 いつまで経っても利かん坊のあの糞餓鬼に。女。

「奇特なヤツもいたもんだ」


[No.660] 2018/01/02(Tue) 22:14:29
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS