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No.113へ返信

all 第0回リトバス草SS大会(仮) - ひみつ - 2007/12/25(Tue) 23:04:22 [No.110]
夢、過ぎ去ったあとに - ひみつ 心弱い子 - 2007/12/29(Sat) 02:36:29 [No.119]
夢想歌 - ひ み つ - 2007/12/28(Fri) 22:00:03 [No.117]
前夜 - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 21:59:21 [No.116]
夢のデート - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 21:57:46 [No.115]
悪夢への招待状 - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 21:52:10 [No.114]
思わせぶりな話 - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 20:51:04 [No.113]
一応チャットでは名乗ったのですが - 神海心一 - 2007/12/30(Sun) 18:39:38 [No.121]
変態恭介 - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 19:13:52 [No.112]
もしも恭介がどこに出しても恥ずかしくない漢(ヲタク... - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 00:44:32 [No.111]
感想会ログとか - 主催っぽい - 2007/12/30(Sun) 01:14:54 [No.120]


思わせぶりな話 (No.110 への返信) - ひみつ

 耳元で囁かれる。その言葉に僕は何故かどきりとして、僅かに身を引いた。
 けれどそれに構わず、こちらを見下ろすような高い背が近付き、顔が触れそうな距離まで迫って――



「……さん、直枝さん」
「ん……」

 背中を小さく揺さぶられる感覚。
 ぼんやりと霞掛かっていた意識が緩やかに晴れてきて、僕は小さな呻き声と共に瞼を開いた。
 まず視界に入ったのは、見慣れた机と自分の腕。頭を上げてみれば、そこは教室だった。

(あれ、どうして僕、ここに……)

 寝起きでまだしっかり思考がまとまらないまま、眠気の残った目を擦り辺りへ視線を向ける。
 と、右側に僕を見つめる人影があった。宙に浮いた、伸ばしていたらしい手をすっと戻し、

「ようやく起きましたね」
「あ、西園さん」
「何度も揺すったんですが、全く目覚める様子がなかったので……ちょっと心配しました」

 言葉とは裏腹に、ほとんど表情を変えずそう呟く。

「ごめんね。でも大丈夫、体調が悪いわけじゃないから」
「では、普通に居眠りをしてたということですか?」
「……うん、まあ」
「珍しいですね。井ノ原さんならともかく、直枝さんが授業中にそんな不真面目な態度を取るとは」
「いや、そんなつもりはなかったんだけどね……」

 確かに真人はよく寝てるけど……。

「昨日は夜遅くまで起きてたんだ。恭介達がなかなか寝かせてくれなくて」
「そ、それはまさか……」
「僕は何度ももう止めようよって言ったんだけど、三人とも何故か乗り気だったから、仕方なく……」
「仕方なく……何ですか?」
「六時間耐久トランプ百本勝負を」
「…………期待したわたしが間違いでした」
「え?」
「いえ、何でもありません。しかし……なるほど、それで朝から眠そうにしていたんですね」
「結局四時くらいまで続いたからさ。お昼まではどうにか持ったんだけど、ご飯食べたらすごく眠くなっちゃって」

 当然、ノートは取っていない。
 後で誰かに見せてもらわなきゃなぁ……。

「……そういえば、西園さんはどうしてまだ教室にいたの?」

 ふと疑問に思い、僕はそれとなく訊ねてみた。
 黒板の上に立て掛けてある時計を見ると、ホームルームが終わったのはもう一時間以上も前のことで、教室には僕と西園さん以外誰もいない。鞄はいくつか残っているみたいだけど、部活に行った人達が戻ってくるのはしばらく後だろう。別に何か探し物をしてたわけでもないようだし。

「直枝さん、どうやらまだ寝惚けているらしいですね。今日は野球の練習ですよ?」
「……あ」
「すっかり忘れてた、という顔です。わたしが残って正解でした」
「じゃあ、西園さんはわざわざ僕にそれを伝えるために?」
「はい」
「メールで言えばよかったと思うんだけど……」
「それは未だに携帯を上手く扱えないわたしに対する嫌味ですか?」
「そ、そんな気はないって! でも、恭介辺りに言ってメール送ってもらえば……」
「直枝さんの貴重な寝顔がじっくり眺められるいい機会でしたので」
「…………」
「可愛らしかったですよ?」
「全然フォローになってないよ……」

 つまり、一時間弱もの間、僕は西園さんに無防備な姿を見られ続けてたってことで。
 うわ、恥ずかしい……! 自分じゃどんな顔してたのかとか全くわからないから余計に……!
 羞恥のあまり俯くも、それで状況が好転するはずもなく、西園さんは僕が立ち上がるまで梃子でも動きそうになかった。
 深い溜め息を一つ吐き、椅子から腰を持ち上げる。机の横に掛けてあった鞄を手に取り、

「ここでじっとしててもしょうがないし、行こうか」
「はい。そのためにわたしは待っていましたから」

 苦笑と共に告げる。
 西園さんはこくりと頷き、歩き出した僕の隣へ自然に付いた。

「寝不足の方はもう大丈夫ですか?」
「うん。不謹慎な話かもしれないけど、不真面目にぐっすり寝たから頭はすっきりしてるんだ」
「安らかな表情をしてましたしね」
「う、僕そんな顔緩んでたの……?」
「いえ、緩んでたというより、何というか、幼い印象を受けました。無垢な子供のような寝顔でした」
「どう反応すればいいのか、複雑だなぁ……」
「悪夢を見て顔を歪めるよりはよっぽどいいかと」
「そうだね。……あ、そういえば何か、妙な夢を見た気がする」
「……妙な夢、ですか」
「いまいちよく思い出せないんだけど……うーん、僕の知ってる誰かが出てきてたような」

 目覚めた瞬間ははっきり覚えていたはずなのに、夢の内容はもうおぼろげにしか脳裏に浮かばない。
 握った砂がさらさらとこぼれ落ちていくみたいで、久しぶりに見たからか、特別もどかしく感じる。
 そうして悩んでいるうちに、いつの間にかグラウンドの目の前まで来ていた。
 最初に僕達二人を見つけたのは、投球練習をしていた鈴。

「理樹! みお!」
「お、ようやく来たな」

 僕の代わりに鈴の球を受けていた恭介も振り返る。
 それを皮切りに、外野側で、内野周辺で、あるいはバッターボックスで思い思いに練習していたみんなが気付いた。
 キャッチボールをしていた小毬さんと葉留佳さん、そんな二人を眺める来ヶ谷さん、ストレルカと走り回るクド、素振り中の真人に物凄い勢いでグラウンドを全力疾走している謙吾。遅刻をしたことなんてまるで気にせず、手を振ったりして迎え入れてくれる。

「……では、わたしはマネージャーらしく控えていますので」
「僕は遅れた分も練習を頑張るね」

 向かい合い、西園さんと一緒に小さく笑って、部室まで道具を取りに走った。
 ここは本当にあたたかい場所だと、改めて思った。



「ということでだ、理樹。今回は新しい特訓を始めるぞ」
「全然前後が繋がってないよ……。で、何をするつもりなの?」
「まあその前に、怪我をすると一大事だからな。先に柔軟体操をしておこう。二人一組になるんだ」

 僕が来てから十分くらいして、恭介はいきなりみんなをマウンドに集めた。何かまた思いついたみたいなんだけど、とりあえず散々動き回っておきながら今ここで柔軟体操をする必要はあるんだろうか。
 ささやかな疑問は口に出さず、みんな近くにいる人とペアを組む。

「りんちゃん、よろしくねー」
「うん、がんばろう、こまりちゃん」

 鈴と小毬さんの組。

「ふむ、私は葉留佳君とか」
「よろしくお願いしますネ、姉御っ」

 来ヶ谷さんと葉留佳さんの組。

「……どうしてわたしも参加することになってるんでしょう」
「わふー、西園さん、お手柔らかにお願いしますっ」

 西園さんとクドの組。

「何でオレと理樹じゃねえんだよっ!」
「それはこっちの台詞だ! 何故俺が筋肉馬鹿と組まねばならん!」

 真人と謙吾の組。……ここはちょっと不安だ。色々な意味で。

「よし、みんな準備はできたな」
「あのさ、別に僕と恭介が組まなくてもよかったんじゃないかな」
「じゃあ理樹は他に誰かと組みたかったのか?」
「あ、ううん、そういうことじゃないんだけど……」

 発案者の恭介は、真っ先に僕を捕まえてペアになった。真人と謙吾があんな調子だし、たぶん波風を立てないようにするためだと思うけど……何だろう、恭介の隣にいると、妙にドキドキする。
 ちらっ、と僕がその顔を覗き見ると、恭介は凛々しい表情を浮かべた。
 今からやろうとしていることを横に置いとけば、そんな姿はすごく恰好良い。

「それじゃまず、片方が座って前に出した足を左右に広げる」
「恭介氏、キミは今ナチュラルにセクハラ発言をしているぞ」
「年頃の女性に足を開けとは、どう考えても変態の台詞です」
「ちげーよ! 言っとくがそんなつもりは全くなかったからな!」
「別に足開くくらいいいじゃねえかよ」
「うわ、真人くん最低ー! デリカシー無さ過ぎー!」
「私もちょっと今のはどうかと思うです……」
「ちょっと待て、何で俺が文句言われてんだ!?」
「自業自得だと思うよ……」

 いつの間にか矛先は真人に変わっていて、僕は少し離れた場所にいる謙吾と顔を見合わせ、苦笑した。
 結局男四人が女子六人とは反対の方を向くことで妥協し、恭介が一通り柔軟のプログラムを説明したところで、それぞれが自分達のペースで動き出す。もっとも、後ろのみんなの様子は声だけでしかわからない。振り向くわけにもいかないし。
 隣の二人はどうなんだろう、と視線を移すと、

「お、謙吾、お前身体柔らかいな」
「当然だ。前屈なら額が地面に付くぞ。ほら」
「うおっ、すげえ! じゃあもっと押してみるぜ!」
「いやこれ以上は曲がらっ、ぐああああ!」

 ……見なかったことにしよう。

「ほれ理樹、ぼんやりしてないで行くぞ」
「あ、うん」

 窘めるような言葉と同時、後ろからぐっと力が掛かった。
 僕の肩に置かれた恭介の両腕が、上半身を前に押していく。
 それを受けるこっちは余計な身体の力を抜いて、手を頭の前に投げ出し地面めがけて倒れればいい。
 四十五度に達した辺りで、股関節が軽い痛みを訴えてきた。無視してさらに続けると、グラウンドの砂が一気に近くなる。

「いい調子だな。まだ行けるか?」
「もう少しなら平気だよ」
「わかった。きつかったら言えよ?」

 不意に声が耳元で聞こえ、僕は思わずドキっとしてしまった。
 幸い背後の恭介には悟られず、顔が見えなくてよかったと心の中で安堵する。

「く、うぅ」
「あとちょっとだ、頑張れ」
「うん……っふ、う、んんっ」
「……よし、最後まで行ったぞ。よくやったな」

 足の付け根辺りがかなり痛いけど、何とか額が地面にくっついた。
 じゃりっとした砂でおでこを一瞬擦り、僕は跳ね上がるように上半身を戻す。
 深く息を吐き、しばし身動きを取らず休憩。

「昔よりも柔らかくなったな」
「正直、ここまで行くとは思わなかったよ」
「そうか? 俺は理樹ならきっとできると信じてたぞ」
「恭介……」

 あれ、僕、どうしたんだろう。何か勝手に頬が熱くなって――

「理樹、どうした? 顔が赤いぞ?」
「え、あ、ううん、何でもないよっ」
「そんなわけあるか。ほら、頭出せ」

 言うや否や、恭介は首だけで振り向いた僕の額に、こつんと自分のおでこを当てた。
 鼻先が今にも触れそうなほどの近さ。どくん、と心臓が跳ね、その時脳裏に映像が流れる。

「……っ!」

 ――思い出した。
 西園さんに教室で起こされる前、僕が見ていた夢に出てきてたのは、恭介だ。
 廊下の壁に追い詰められ、引け腰になってた僕の耳元で許可を求める言葉を囁いて。
 こっちを見下ろす顔が徐々に近付き、そして恭介の唇が、

「うわあああ! 何想像してるんだ僕は!?」
「お、おい理樹、いきなり動くな、っ!」

 鈍い音を立てて、僕達は盛大に額をぶつけ合った。
 痛みと驚きで互いの距離が広がるのと同時、後ろの方でどさっと何かの倒れる音が聞こえる。

「大変だ、みおが鼻血をふいてたおれたっ」
「に、西園さーんっ!?」
「うむ、では私が介抱するとしよう」
「……姉御、手がわきわきしてますヨ?」
「ゆいちゃんはみおちゃんに触っちゃだめえー!」

 まあ……何というか、そっちを見なくてもだいたい状況がわかるなぁ……。

「……お前、マジで大丈夫か? 熱でもあるんじゃないのか?」
「いやいやいや、本当に平気だから。それより、向こうは放っておいていいの?」
「あいつらなら俺が手貸さなくても自分達でどうにかするだろ。来ヶ谷もいるし」
「その来ヶ谷さんが一番危ない気もするけどね……」

 我慢できなくなったのか、息ぴったりな動きで振り返ろうとした真人と謙吾が来ヶ谷さんに目潰しされて絶叫する様子を眺めながら、僕は勘のいい恭介に赤い頬の理由を悟られず済んでよかった、と心から思った。



「もう寝てなくてもいいの?」
「……はい。ご心配をお掛けしました」

 結局恭介がやろうとしていた新しい特訓がいったい何だったのかわからないまま、陽が暮れた辺りで練習は終了した。
 バットやボール、グローブを片付け終え、大事はなかったものの念のためと気遣われて手持ち無沙汰な西園さんに声を掛けてみると、小さく俯いて恥ずかしげにそう呟く。そしてふっと目を閉じ、

「直枝さん、ひとつ訊きたいことがあります」
「え、なに?」
「恭介さんを見ると、胸が高鳴ったりしませんでしたか?」

 告げられた言葉に、僕は思わずびくっとしてしまった。
 遅れて取り繕うも西園さんには今の反応で充分だったらしく、返答するよりも前に、そうですか、と頷かれる。

「それで、恭介さんとはどこまで行ったんでしょう」
「どこまで……?」
「柔軟の時には、キスをしていたようですが」

 物凄い誤解が生まれていた!

「ち、違うよっ! 勢い余っておでこをぶつけただけだって!」
「ムキになって否定するところが怪しいです」
「僕と恭介は断じてそんな関係じゃないからねっ!?」

 もしそんなハプニングがあったら、西園さんより先に僕が卒倒している。
 声を荒げたことで、丁度道具を片付け戻ってきた来ヶ谷さんがこっちを見たけれど、意味深な表情を浮かべてそのまま歩いていった。……もしかして全部聞こえてたんだろうか。後で顔を合わせるのがちょっと怖い。
 そう考えて僕が軽く頭を抱えていると、隣で西園さんがくすくすと笑みを漏らし始めた。

「……ふふ、冗談ですよ。ちゃんとわかってますから」
「そっか。よかった……」
「お二人はプラトニックな関係なのですね」
「全然わかってないでしょ!?」
「冗談です」
「………………」

 普段真面目に見える人ほど冗談かどうかわかりにくいって言うけど、なるほど確かにその通りだった。
 はぁ、と重い溜め息を吐いたところで、横からお茶が差し出される。
 複雑な気分になりながら一口。ほっとするような温かさに、正直ちょっと泣きたくなった。

「……あのさ、ここに来る前、夢の話をしたのは覚えてる?」
「知ってる誰かが出てきてた、と言っていましたね」
「うん。それが恭介だったんだ」
「夢の内容はどういったものでしたか?」
「えっと……」

 言おうとして躊躇う。
 いやだって、夢の中の恭介は――

「強引な攻めの恭介さんと、嫌がりつつも抵抗できない受けの直枝さん……」
「不穏な想像しないでよ、っていうかどうして西園さんが僕の夢の内容を知ってるのさっ」
「直枝さんは、睡眠学習というものを知っていますか?」
「え、まあ、一応知ってるけど……」

 唐突な単語が出てきて僕は面食らった。
 そういえば昔、真人がどこかから睡眠学習セットなる物を貰ってきたことがあったなぁ。勉強したいところは自分で録音しなきゃいけないって気付いて、一度も使わず捨てちゃったんだったっけ。

「具体的な効果があるかは立証されていませんし、睡眠のメカニズムが解明された今ではむしろ記憶の整理を阻害するとして逆効果だと言われていますが……直枝さんが見た夢の内容は、私が耳元で囁いたものです」
「……ちょっと待って、それってつまり」
「まさか本当に夢に見るとは思いませんでした」

 どう考えても西園さんが原因だった!
 恭介の言葉や顔にドキドキしたりしたのも、全部夢の所為で……安心した途端、膝から力が抜ける。

「じゃあ、僕は正常なんだよね……。よかった……」
「……そこまで喜ばれると、少し複雑です」
「あはは、期待に添えなくてごめんね」

 むすっとした表情に、苦笑を返す余裕すらできる。
 と、不意に西園さんは真面目な顔になって、

「直枝さん。実はもうひとつ、見ていただきたかった夢があったのですが」
「え?」

 声を上げた時には、既に西園さんの顔がすぐそばまで近付いていて。
 耳に流れ込んだ微かな吐息と、その唇からこぼれた言葉に、僕の頬は一瞬で真っ赤に染まった。
 そんなこちらとは対照的に、平然とした西園さんは、それでは、と言い残して去っていく。

「…………うわぁ」

 僕はしばらく頭が真っ白になって、ぼけっと突っ立っていたのだった。
 見なくてよかったような、でもちょっとだけ惜しかったような、恥ずかしい内容を思い浮かべて。


[No.113] 2007/12/28(Fri) 20:51:04

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