第0回リトバス草SS大会(仮) - ひみつ - 2007/12/25(Tue) 23:04:22 [No.110] |
└ 夢、過ぎ去ったあとに - ひみつ 心弱い子 - 2007/12/29(Sat) 02:36:29 [No.119] |
└ 夢想歌 - ひ み つ - 2007/12/28(Fri) 22:00:03 [No.117] |
└ 前夜 - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 21:59:21 [No.116] |
└ 夢のデート - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 21:57:46 [No.115] |
└ 悪夢への招待状 - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 21:52:10 [No.114] |
└ 思わせぶりな話 - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 20:51:04 [No.113] |
└ 一応チャットでは名乗ったのですが - 神海心一 - 2007/12/30(Sun) 18:39:38 [No.121] |
└ 変態恭介 - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 19:13:52 [No.112] |
└ もしも恭介がどこに出しても恥ずかしくない漢(ヲタク... - ひみつ - 2007/12/28(Fri) 00:44:32 [No.111] |
└ 感想会ログとか - 主催っぽい - 2007/12/30(Sun) 01:14:54 [No.120] |
初めて会ったとき、理樹、おまえはあたしのことを男の子だと勘違いしていた。以来女の子らしく扱ってもらったことはあんまりない気がするけれど、それはあたしがそんなことを一切望まなかったからだし、今現在の話をするなら、十何年間かずっとそうして続いてきた理樹との間柄が、「同棲」やら「結婚」やらといった言葉をまじえながら将来について話すようになったくらいでいきなり変に互いを意識したものに変わるのも、なんだかとてもばかばかしいことだ。 理樹。今となってはおまえとはきっと体のどこかで血管でもつながって、溶け合った同じ血を体の中に循環させているんだろう。今更離れたらぶちぶちといろいろな場所の血管が千切れて血が次から次へと溢れ出し、致命傷を負って理樹もあたしもそのまま死んでしまうんだろう。 オレンジジュースを飲みながらそんなことを考えた。それから不意に、自分がずいぶんとわけわからん想像をしているのに気が付いた。きしょい。グロテスクだという意味でも、一歩間違えればストーカーであるという意味でもだ。 時刻が夜中の十二時になろうとする頃、それまで元気に喋っていた――と言うより、元気に喋るあたしの話をうんうんと聞いてくれていた理樹は、急にうつらうつらとし始めた。「もう寝たらどうだ?」とあたしは言った。よくは知らんのだが、ナルコレプシーの治療の関係で規則正しい生活をしなきゃいけないらしいからなおさらだ。「そうさせてもらおうかな。ごめんね鈴」と言って、理樹はオレンジジュースがまだ半分ほど残っているグラスをあたしに渡すと、背後のベッドに這うようにもぐりこんで、すぐに寝息をたて始めた。 飲みかけを渡されても。 その飲みかけを飲み干しながら、血管が云々という例の気持ち悪い想像をした。こと、と音をたててグラスを床に置くと、微かに聞こえる寝息以外、音という音がまったく絶えて、代わりにまどろむような静かさが下りてきた。ずっと座っていたので腰が痛かった。立ち上がって背伸びをすると、肘の関節がばきばき鳴った。これって運動不足か? 二年生の春に野球をやって以来、運動らしい運動をしていない。なんとなく思い立って、球を投げる動作を腕だけでしてみたが、一年半以上も前になるあの感触が掌の中に甦ることはなかった。それになにより、バットを持つべきひとはいても、打った球をキャッチするべき連中が、ただの一人もいやしない。ピッチャーとバッターだけでどうやって野球やれって言うんだ、ばーか。 あの夏以降の日々は、決して受け入れたくはないことを、ひとつひとつ受け入れていくための時間だったようにも思う。理樹がいてくれたから、理樹だけはいなくならないでくれたから、たぶんあたしは今もこうして生きている。 あたしがいくら泣こうとわめこうと、あたしと理樹の退院したその日から、日常はつつがなく進行した。それはもうびっくりするぐらいなんの問題もなく進行して、ただあたしたちだけが中州みたく、その流れの真ん中に取り残されていた。いつ頃から流れに乗るようになったのかはわからない。乗らざるをえなかったのかもしれない――生きていく限りは。ともかくあたしたちはだんだんと受け入れていった。馬鹿兄貴とか真人とか謙吾とか、こまりちゃんとかはるかとかくるがやとかみおとかクドとか、まあそんなひとたちがいないことをだ。ひとが一度にそんなにたくさん死ぬとかわけわからんが。 だけどそれでも、この学校や寮を――みんなと野球やらバトルやらといったばかなことをして過ごしたこの場所を、去らなきゃいけない日が来るとは、ちょっと前までは想像してもみなかった。昨日が卒業式で今日が卒寮式。そして明日、あたしたちはこの寮を出る。まるでみんなとの思い出そのものを取り上げられるような気分だ。しかも三年に上がったらあれよあれよと言う間に受験勉強が始まり、理樹に付き合ってたらなんかそれなりに成績上がってて、先月おんなじ大学に受かったはいいけどそれは東京の大学だった。学校どころかこの町まで離れなきゃいけないのか。 なあ理樹。どうして大事なものに限ってなくなってしまうんだろう。なんでなにひとつ思いどおりにならないんだろう。いつまでも明るく楽しく幸せにやっていけないのはなぜなんだろう。 眠っている理樹が答えてくれるはずもない。質問に答えて欲しいのに。どうして肝心なときに寝てるんだ、おまえ。 「お疲れさま会でもしようか」 「お疲れ? 理樹は疲れてるのか?」 「別にそうじゃないけど――ほら、明日もう出てかなきゃいけないからさ」 卒寮式の始まる前、そんな会話を交わして、なるほど打ち上げみたいなもんかとあたしは納得した。すぐにお菓子とか飲み物とかを買いに出かけ、夕食を兼ねた食堂での卒業式の後、理樹の部屋に集まって二人でお喋りを始めた。前は理樹と真人の二人部屋だった部屋は今では理樹一人の部屋になっていて、あたしは、今日もそうするつもりだけど、たまに泊まりに来る。二人部屋を一人で使うことも、あたしが出入りすることも、どういうわけか黙認されている。ただ二人生き残った生徒の扱いには、学校側も困ってるんだろう。 夜になってからも同じ部屋にいて、あまつさえ同じベッドで寝ていて、そういうことがまったく起こらないのもどうかしている、とちょっと顔を赤らめながらあるときあたしに言ったのは、ざざざざざざざみ(言いやすさを追求したらこうなった)だ。でも、まったく起きないとまでは言わないが、あたしたちはいつもそんなものである。周りからは変に見えるらしいんだが、どうする、理樹? 寝ている理樹の代わりに答えておいてやろう――別にどうでもいいんじゃないの。 残ったポテトチップスをぱりぱりと食べていると、カーテンの隙間から、窓の外の暗さが垣間見えた。 それにしてもなにもない部屋だ。本棚の中も机の上もまっさら。カーペットもない。蜜柑の箱すらない。小さなストーブだけが、内側で赤々と炎を灯しながら、部屋を控えめに暖めている。殺風景にもほどがある。もっとも、あたしの部屋もほとんどおんなじだった。二人とも、ここ何日かで荷物は全部実家に送るか捨てるかしてしまったのだ。 あたしたちがもう既に、跡を濁さずに立つべき鳥なのだと、嫌でも感じざるをえない光景だ。 そんな中、備品でもないのに、一昔前のラジカセが二つの机の間に置かれていた。その脇にはCDが何枚か積み上げられている。明日持ち出す最後の荷物なんだろう。理樹が寝てしまって寂しいので、一番上のをセットして、小さく、本当に小さく再生してみた。クラシックっぽい音楽だった。理樹は最近よくこういうのを聞いている。 からっぽの部屋に、夜のようにやわらかく、どこか寂しげな旋律が満ちていく。 CDをかけっぱなしにして窓を開け、小さな前庭に素足で下りた。冬枯れした芝草が足の裏につんつんと当たった。空にはまん丸に近い月がよく見えた。窓から漏れ出した音楽が、夜気の中に溶けていくようだった。 以前は外に出ると自然と猫が後をついてきたものだったけど、いつの頃からか一匹ずつどこかへ行ってしまって、最近ではときどき草むらで姿を見かけはしても、昔のように親しく近寄ってきてはくれなくなった。原因はわからない。そのことを受け入れている自分もいた。今も猫はどこにもいない。誰もいない。寝てる理樹はいる。それで十分だ。 ゆるやかな旋律だけが澄んだ空気を振るわせる、静かな夜。 絞られた灯に幻のように照らされて、渡り廊下の屋根と、北校舎と、中庭の端の芝生が、暗がりの中にうずくまっているのが見えた。校舎の三階の左から五番目が、二年のときの教室の窓だった。前の日に野球のメンバー集めだとか言ってひと通りばかをやって、翌朝寝坊して遅刻しかけて、あの窓に向かって謙吾と真人に投げ飛ばされた、忘れがたい体験を思い出す。見事に外れて、あたしは渡り廊下の脇の植木に突っ込んだ。――遠い、遠い昔の話。 「夢」 「夢?」 なにが。明後日の方向へぶん投げられたことや、神なるノーコン呼ばわりされたことや、屋上でこまりちゃんと甘い甘いお菓子を食べたことや、クドと和室で向かい合って書道しながらお茶飲んだことや、それ以外にもいっぱいあった、ささやかだけど大切な記憶が? そんなことはない。 「この曲の名前。ドビュッシーの「夢」」 「すまん、起こしたか」 「いや、トイレに行ってきただけ」 いつの間に起きたのか、理樹が窓から足を踏み出して、隣に立った。空を見上げて、「あ、星が凄いね」と言った。夜空には月と一緒に、水晶を掻き砕いたような光が散らばっている。ドビュッシーのピアノ曲は一瞬途切れたかと思うとまた滑らかにつながって、月夜の天球にその曲名どおりの夢のような音色を刻んでいく。 あたしは思わず言った。 「もう日付も変わったのに、まだ全然実感湧かない。ここを離れるなんて」 「僕も」 それから少しの間、黙って星空を見上げた。 実感が湧かなくとも、朝起きて夢から覚めるように、明日の朝、あたしたちはもうこの寮を出なければならない。一晩だけうちの実家に二人で泊まって、それから東京に向かうことになる。馬鹿兄貴は馬鹿なので歩いて行ってたが、あたしたちは電車でだ。広々とした河岸段丘の真ん中をまっすぐに突っ切る線路の上を、物凄いスピードで走っていく電車に揺られて、あたしたちはこの学校から、この町から、たくさんの大切なものに満ちたこの場所から、どうしようもなく、取り返しのつかないくらい遠く離れ去る。――泣きたかった。さっき口にしかけた質問も今理樹の前で吐き出してしまいたかった。けれど、やめた。泣くのは弱さとおんなじことだし、あの質問は質問ではなくて、文句とか愚痴とか、その類のものだと思ったからだ。 理樹、おまえは優しいから、あたしが泣きたいって言えば、我慢できないなら泣いてもいいんじゃないかな、とかなんとか言ってくれるんだろうし、あたしが愚痴を言い出せば、嫌な顔ひとつせずに聞いてくれて、慰めてくれもするんだろう。でも肝心の理樹は、なにがあっても泣かないし、愚痴もひとつも言わないに違いないんだ。だからあたしも、泣いたりなんかはしないことにしようと思う。ひょっとしたら理樹もいつかどこかで決心したかもしれないように、あたしも強くなるって決めたんだ。理樹と一緒なら、こんななにもない、誰もいない世界でもたぶんなんとかなるんだ――なんとかしてみせるんだ。 沈黙を破ったのは、理樹の「僕はそろそろ本当に寝るね」という言葉だった。「ああ。おやすみ」と返した。あくびをしながら小さく手を振って、理樹は部屋に帰っていった。その後姿を見送ってから、またしばらく空を眺めていた。理樹がとめたのか、月の夜によく似合っていたドビュッシーの「夢」が途切れて、質量でも持ってそうな静かさが暗くのしかかってくる。ねむねむ。そろそろあたしも眠い。この学校の生徒として、この寮の住人として過ごせる最後の夜なのだから、中庭でも散歩してこようかなとも思ったけれど、もう寝ることにして部屋に引き返した。 理樹。今となってはおまえとはきっと体のどこかで血管でもつながっているんじゃないか、とそう思い描いたのは、きしょくてもやっぱりあたしにとっては正しかったのかもしれない。こんなあたしでも昔に比べればきっと少しは成長していて、他人ともちょっとはまともに付き合えるようになっているはずで、理樹の助けの要る機会は減ってはいる。でもそれとこれとは別問題で、理樹のことはやっぱりどうしても必要なのだ。この際諦めて、同じ血を体の中に流してでもいるみたいに、これからもずーっとあたしと一緒にいろ。 元から狭いベッドは、理樹に半分占領されているから更に狭い。理樹の体を押し退けるようにしてもぐりこむ。ベッドは上下ふたつあるのにいつもこうやって寝る。もう少し詰めてくれないか。無理か。というかもう寝てるのか。うー、となにを言ってるのかわからない寝言が掛布団の中から聞こえて、少し笑った。それから急速に眠気が下りてくる。すぐ近くに理樹の吐息を感じる。静かだ。暖かい。おやすみなさい。また明日。 今日まで理樹と一緒に生きてきたように、明日からも、あたしは理樹と生きていく。 [No.116] 2007/12/28(Fri) 21:59:21 |
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