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そこに○○○○がある限り (No.124 への返信) - ひみつ

 今、僕の目の前には、おっぱいがある。
 けれど、揉むべきか揉まざるべきか――それが問題だった。










 そこに○○○○がある限り










「リキ、後で手伝ってほしいことがあるのですが……」

 朝、教室で顔を合わせたクドにそう言われ、僕は「いいよ」と頷いた。
 話によれば、古くなったテーブルやら何やらを取り換えたいけれど、どうしても一人じゃ運べそうにないから人手が必要らしく。ルームメイトの佳奈多さんは風紀委員会の活動で忙しいだろうし、なるべく早いうちにやっておきたいから僕に白羽の矢を立てたようだ。女子寮から校舎の旧家具部の倉庫まではかなり距離がある。確かに女の子の細腕では、捨てに行くのも一苦労だろう。クドなら尚更。
 ということで、放課後に僕がクドの部屋まで足を運ぶことになった。
 何だか当たり前のように女子寮に入ることに対して、クドも含め誰も言及しないってところは正直どうなのかなと思うけど、信頼されてると考えれば、それは喜ぶべきなのかもしれない。いやまあ、男として見られてない可能性もあるけどね……。
 とにかく授業が終わってすぐ、一旦自分の部屋に荷物を置いてから、僕はクドの部屋に向かった。
 相変わらずというか、懲りずに突撃しようとしては竹箒やトンボの柄でドスドスと突かれている男子生徒を横目に玄関へ踏み入る。今回は誰と一緒ってわけでもないのに、やっぱりすんなり通してくれた。見当違いな恨みがましい視線を背中に感じながら、僕は苦笑する。入口の女子生徒に軽く会釈をし、少しだけ早足で急いだ。
 何度か来たことのある部屋の前に差し掛かり、一応礼儀として軽く二回ノック。頻繁とは言わないまでも、人の行き交う廊下に立って、ドアが内側から開かれるのを待つ。
 でも、しばらく待ったのにもかかわらず、開かないどころか返事の一つもなかった。

「……あれ、おかしいな」

 クドは部屋にいる、って自分で言ってたはずなんだけど。
 もう一度ノックを繰り返してみる。それでも返事はなし。
 首を傾げ、ちょっと迷って、僕はノブに手を掛けた。……鍵が掛かってない。

「入るよ、いいね?」

 念のため最後に確認の言葉を投げかけ、ノブを握る手に力を込める。前に押したドアは呆気なく動いた。
 躊躇いを覚えつつも中に入ると、部屋のどこにもクドが見つからないことに気付く。
 代わりに目に留まったのは、視界の左側に並ぶ二つのベッド、その奥の方だった。

「佳奈多さん……?」

 何故か、風紀委員長として校内を忙しなく見回っているはずの佳奈多さんがここにいた。
 入口先に立つ僕に背を向ける形で、掛け布団も被らず横になっている。起きる様子がないから、たぶん眠ってるんだろう。寝息は全く聞こえないけれど、特にうなされたりしているわけでもなく、割と深く寝てるのかな、と思った。
 現に、僕が近付いても一向に目覚める雰囲気がない。そろそろと正面に回ると、佳奈多さんの顔が目に入る。普段よく見せているものとは違う、どこか無垢で穏やかな表情だ。
 長い睫毛がぴくりと動いて、佳奈多さんは小さく、ん、と声を漏らした。

「………………」

 しばし、その姿に見惚れる。
 理由はわからないけど、クドは戻ってきてないみたいだからどれを運べばいいのかわからないし、とりあえずここで待つのがいいように思えた。何より、佳奈多さんの珍しい寝顔を眺められるというのは、またとない機会だ。
 机の椅子を失敬し、腰を落ち着ける。きぃっ、と僅かに軋む音が響いたけど、佳奈多さんはまだまだ起きそうになかった。
 ……でも、どうしてここで寝てるんだろうか。考えられる可能性を頭の中で一つ一つ挙げてみるも、勿論それは推測にしか為り得ない。一番もっともらしいのは、疲れが溜まってたから仮眠を取りに来た、なんてところだけど、絶対そうかと言われると微妙な気もする。

「……それにしても」

 佳奈多さんの寝顔は、本当に無防備だった。普段堅物な、隙のないイメージが強い分、余計にそう感じる。
 膝を微かに曲げ、胸の前に手を置き丸まるような姿勢で横になった姿は色々と隙だらけで、もし手元にカメラの類があったら迷わずシャッターを切りたくなるほど貴重な状況。正直に言って、不謹慎ながら僕はクドが部屋を空けていたことに感謝していた。
 ふと、無意識のうちに右手が佳奈多さんの頬に伸びていて、それに気付き慌てて引っ込める。
 さすがに触ったら起きてしまうだろう。心中で冷や汗を掻いていると、

「うぅん……」

 悩ましげな声を上げて、佳奈多さんが寝返りを打った。
 といっても反対側に身体が動いたわけじゃなく、横向きが仰向けになっただけのことだけど、重要なのはそこじゃない。
 胸の辺りにあった手が左右に投げ出され、今、僕の目の前で二つの膨らみが存在を主張している。
 しどけなく組まれた足、僅かにスカートがめくれて露わになった太腿、それらは勿論素晴らしい。
 でも、僕はどうしても――おっぱいから目を離せなかった。

 来ヶ谷さんに隠れていまいち目立ってないけれど、実は葉留佳さんもかなりおっぱいが大きい。となると双子であり、体型がほとんど変わらない佳奈多さんも同じくらい大きいという図式が成り立つ。制服越しにその輝かしいまでの質量を見せつけてくる双丘は、地球の重力に晒されても醜く潰れることなく、美しい曲線を維持していた。
 視線を逸らせなくなったのと同時、僕の心に耐え難い衝動が湧き上がってくる。
 それは、悲しい男の性だ。あまりにも当然で単純な、原初の欲求だ。

 ……あのおっぱいを揉みたい。

 何故そんな気持ちになったのかは自分でもよくわからない。けれど何が何でもそうしなければならないような、一種の強迫観念を僕は感じていた。まるで目に見えない高位の存在に操られているかの如く、突如胸の中に生まれた得体の知れない感情を持て余していた。
 僕の、男としての本能が告げる。佳奈多さんのおっぱいは、間違いなく柔らかい――と。

「……いやいやいやいや」

 何を考えてるんだろう、僕は。
 一瞬ぴくりと動きかけた腕を下ろし、深呼吸する。
 じっとしてるからいけないんだ、という考えに至り、立ち上がって静かに歩き回り始めた。
 二人部屋とはいえ、家具が置かれているため決して広くはない空間をぐるぐると何周もしながら、さっきの煩悩を洗い流そうと他のことを脳裏に思い浮かべる。……それにしてもクドは遅い。どこに行ってるんだろうか。

「………………うぅ」

 けれども考え事の数には限度があって、結局僕は誘惑に抗えず、再び佳奈多さんの前に座るのだった。
 ああ、見れば見るほど惹かれてしまう。静寂が支配する中、佳奈多さんが時折微かに身じろぎするたびにおっぱいは揺れ、その光景が僕の脳髄を痺れさせる。音はせずとも、ぷるるんと柔らかな音色が聞こえてくるような気がした。制服に押さえつけられていてもなお、震える胸。
 思わず僕は手を合わせて祈った。今この瞬間、佳奈多さんのおっぱいには神が宿っていた。
 ……もし触れることができたら、どれだけ幸せなことか。あまつさえ揉んだのなら、僕は涅槃を垣間見られるのか。
 抗い難い、もうほとんど飢えにも似た心の訴えに、また腕が動きかける。――だめだ、まずい、自制しなきゃ。ここは最後の境界線だ。仮に僕が佳奈多さんのおっぱいに手を出したとして、その後どんな展開が待っているかは想像に難くない。瞬く間に変態の烙印を押されるだろう。おっぱいとは、わざわざそんな危険な橋を渡ってまで揉むべきものなのか。

「耐えろ、耐えるんだ僕……」

 呟き目を閉じてみるも、いつの間にか瞳の裏に焼きついて離れなくなっていた。
 決して遠い場所にあるのではなく、立ち上がり、身体を前に傾け手を伸ばせば届く距離だ。その事実が、僕の心に迷いを生み出している。ごくり、と生唾を飲む自分の喉の音が、殊更よく響いた。

「んふ……ぅ」

 二度目の、鼻に掛かった悩ましげな寝言とも取れない声。
 しかし実に寝相が綺麗な人だった。寝返りに近い動きはしたものの、ベッドの中心からはまるでズレることがない。だからこそ仰向けの姿勢も保たれているわけで、僕は眠っていてもきっちりしている佳奈多さんに頭の中だけで称賛を贈った。
 それと共に、僅かな優越感も覚える。厳格な風紀委員長として、おそらくは大半の生徒に認識されている佳奈多さんの新たな――ルームメイトのクドくらいしか知らないであろう一面を目の当たりにしていることに、正直言えば、興奮を隠し切れなかった。
 あまりにも隙だらけの姿を、佳奈多さんは僕に晒している。そう考えると自然に心臓が激しく高鳴り、尋常でない鼓動が右手にも伝播したのか、小さく震え始めた。慌てて左手で押さえるも、一度身体に宿った熱は到底誤魔化せるものじゃない。

「く、ぅ……」

 最早これは、戦いだ。自分自身との孤独な戦い。
 他の誰にも止められることのない現状において、僕の理性を持たせられるのは僕だけだ。獣のように暴れる本能を叩き潰し、己に勝って初めて、僕はいずれ目覚めるであろう佳奈多さんに爽やかな挨拶の言葉を述べられる。
 けれどもし己に屈してしまえば……予想し得る結果は、想像するまでもない。
 落ち着け、落ち着くんだ……。深い呼吸を繰り返し、荒れ狂う胸の弾みを徐々に鎮め、いつもの自分を取り戻せばいい。
 そう言い聞かせ、目を閉じ考えた通りの行動を現実でなぞり、ゆっくりと瞼を開いた時、

「ん……ふふ」

 佳奈多さんが再度、僕の方へ寝返りを打った。夢を見ているのか、花咲くように頬が緩み、信じられないほど優しい笑みを浮かべる。が、僕が視線を外せないのはそこではなかった。
 ――天井側の腕、つまり右腕が、ベッドに挟む形でおっぱいを押し潰している。
 絶妙なバランスを保っていた双丘は、今やその美しくすらあった形を歪めていた。細い腕は重力に従っておっぱいに埋没し、さらにベッドの方へ押しつけているため、制服の上からではわからなかった谷間を強調するのに一役買っている。僕にはそれが、まるで揉んでくださいと哀願しているようにさえ思えた。
 どうにか平常に戻したはずの心臓がどくんと強く跳ね、あっという間に喉が渇く。
 理性の糸は、気付かないうちに音もなく千切れていて、僕を突き動かすのは、ただ、佳奈多さんのおっぱいを揉みたいという純化した衝動だった。
 あと十センチ。五センチ。四センチ。三、二、一……。

 ふにゃり、と。
 片胸を鷲掴みにした五指に、手のひらに、布の生地の存在を忘れるほど柔らかい、脳がとろけそうになる感触。


 ああ、本当に、生きててよかった――


「……何を、やっているのかしら。直枝理樹」
「あ、…………えっと、その」
「遺言を聞いてあげるわ。三秒以内に述べなさい」
「最高のおっぱいでした。できればまた揉ませてくだs」
「死ねこの変態があああああああああああああああああああああっ!」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」



 そして、女子寮に佳奈多さんの怒号と僕の絶叫が響き渡った。





 直枝理樹 ×(地獄の九所封じ→地獄の断頭台 三秒)○ 二木佳奈多





 ちなみに、クドは家庭科部の件で寮長さんに呼び止められていたらしい。
 ……もっとも、それを僕が聞くことができたのは次の日のことだけど。朝までずっと起きられなかったし。
 あと、何故か佳奈多さんは部屋でのことを誰にも言わなかったようだった。代わりにしばらく口を利いてくれなくて、みんな(特に葉留佳さん)に何かあったのかと勘ぐられたけれど、何でもないと嘘を吐いておいた。勿論公言できるはずもない。

 うん。また次回、機会があったらチャレンジしよう。
 おっぱいとは、全ての男が等しく抱く、夢と浪漫を内包するものなのだから――。


[No.128] 2008/01/12(Sat) 02:35:57

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