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No.144へ返信

all 第2回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/01/22(Tue) 19:48:59 [No.135]
君の手 - ひみつ@激遅刻 - 2008/01/26(Sat) 01:47:47 [No.146]
普通よりも優しくない、他人よりも小さな世界の中で。 - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 22:04:40 [No.145]
We've been there - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 20:33:22 [No.144]
キャッチボール日和 - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 15:01:42 [No.143]
冬休み - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 05:47:08 [No.142]
えとらんぜ - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 01:30:24 [No.141]
幸せへ向けて - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 00:45:23 [No.140]
責任転嫁は止めましょう - ひみつ - 2008/01/24(Thu) 22:58:31 [No.139]
[削除] - - 2008/01/24(Thu) 05:55:13 [No.138]
[削除] - - 2008/01/23(Wed) 03:12:18 [No.137]
感想会ログとか次回とか - 主催 - 2008/01/27(Sun) 01:02:50 [No.147]


We've been there (No.135 への返信) - ひみつ

「歌を覚えるといい」
「……わふ? 歌、ですか?」

 十二月、期末テストが終わって次の週。帰ってきた英語の答案を見て、クドが嘆いたことが全ての始まりだった。
 毎日ちゃんと勉強はしてるし、小毬さんや来ヶ谷さん、ルームメイトの佳奈多さんにもよく教わってるらしいから、成果が少しも身に付いてないってことはないんだろうけど……僕も見せてもらったその点数は、正直言って中間テストの結果に毛が生えたくらい。
 特に、リスニングが壊滅的だ。記述問題は割とできてるのに、聞き取りの部分はほとんど真っ赤な字で手直しされている。

「本当に、どうして私はこんなにもだめだめワンコなのでしょう……」
「そんなことないよ。クドは頑張ってるじゃないか」
「でも……」

 クドが努力を怠っていないことは、僕が一番よく知っている。
 どうにかならないか、そう考えて考えて、結局誰かに相談することくらいしか思いつかなかった。
 そうして来ヶ谷さんに声を掛けてみたところ、おもむろにさっきのひとことが出てきたのだ。

「勉学に限った話ではないが、人間は基本的に、興味のある物に対しては相当な集中力を発揮する。好きな物こそ上手なれ、というやつだな」
「だから歌なの?」
「無意味に英文の羅列を丸暗記するよりは遙かに有意義だろう。クドリャフカ君は、歌は好きかね?」
「はい、よくおじい様にも故郷の歌を教わりましたし、楽しいものだと思いますっ」
「そうか、なら丁度良い。明日にでも一曲持ってこよう。もちろん、理樹君もやるんだぞ」

 僕は一瞬口篭もったけど、クドの期待の視線を受けて、頷く以外の選択肢を持てなかった。
 満足そうにうむ、と呟いた来ヶ谷さんが話を切り上げ、その時はまあ、明日になればわかる程度の考えでいたんだけど。



 次の日。
 何故か、僕達はクリスマスの日に、小毬さんがよくボランティアに行く老人ホームで合唱をすることになっていた。





 We've been there





「ちょっと来ヶ谷さんっ」
「どうした少年、私のおっぱいでも揉みたくなったか」
「ならないよっ! というか、何でこんなことになってるの!?」

 朝、幼馴染四人を置いて教室にダッシュで向かい、来ヶ谷さんを見つけてすぐに問い詰めた。
 周りは何事かとこっちを見るけれど、今は構ってられない。足を組んで座っている来ヶ谷さんの正面に立ち、机を挟んで僕は対峙する。飄々としたその表情の裏は、全然読めない。

「それは、私が恭介氏に連絡したからだ」
「合唱をしてみるのはどうだろうか、って?」
「期末が近い所為で野球の練習も長らくしていなかったしな。何かをしたかったんだろう、軽く話を持ちかけたらすぐに色良い返事が来たぞ。明日にでも早速全員に伝えておく、と」

 確かに、すごく恭介らしくはある。おそらく来ヶ谷さんの思惑も理解した上で乗ったんだと思うし、これだけ手回しが早いってことは、元々クリスマス用の企画を練っていたのかもしれない。細かい内容を決めていたのかはともかく、狙い澄ましたかのようなタイミングで来た発案だ。僕が恭介の立場なら、採用しない手はない。

『なんで合唱なんだ?』
『みんなで力を合わせる代表的なものだろう? 最近身体を使う遊びや競技ばっかりやってたしな、たまにはリトルバスターズも文化的な活動をしてみるべきじゃないかと思ったのさ』
『文化的、か……。そこの馬鹿にはまるで似合わない言葉だな』
『何だとぅ? お前こそ合唱なんてできんのかよ?』
『自慢じゃないが、剣道で鍛えた俺の声はかなり良く通るぞ』
『オレだって、全身の筋肉を駆使した大声なら得意だぜ』
『ほう……ではどっちの声が大きいか、勝負だ』
『望むところだっ!』
『お前ら騒がしい、迷惑になるだろうがーっ!』

 あ、さっきのこと思い出したらちょっと頭痛くなってきた……。
 結局食堂で張り合おうとした二人は鈴の蹴りで強制的に大人しくなり、今頃首の辺りを押さえながら教室を目指してるはずだ。他のメンバーにも連絡が行ってるのかどうかはわからないけど、来ヶ谷さんが既に知ってるってことは、たぶん恭介がメールで伝えてるのかな、と当たりをつける。そうでなかったとしてもここで言うんだろうし。
 僕は深く溜め息を吐き、あれこれ悩むのを止めた。恭介がやる気になった以上、頑張るしかない。
 それに、

「……何だかんだで、クドのためにやってくれてるんだよね」
「舌足らずで棒読みなクドリャフカ君も素敵だが……困っている子を眺めて嘲笑うような趣味は、私にはないさ」
「うん。ありがとう」
「何、礼は要らんよ。これで手取り足取り腰取り、じっくりと指導できるからな」
「いやいや、変なことだけはしないでよ……」

 仲間と一緒に頑張れるなら。
 勉強だって、合唱だって、きっと楽しいものになる。
 予鈴の時間が近くなり、詳しい話を聞くために、誰からともなくこっちへ集まってきたみんなの顔を目にして。
 僕はそこに混ざったクドと、隠れて小さく笑い合った。



 放課後を使って会議した結果、おおまかなパート分けが決まった。恭介と来ヶ谷さん、クドは勿論、鈴に真人に謙吾、小毬さん、葉留佳さん、西園さんも今回の件については概ね好意的で、中でも小毬さんはすごく嬉しそうだった。
 僕達が合唱を披露する予定の老人ホームでは、毎年クリスマスにボランティアの有志がパーティを催すらしく、要するにちょっとした余興だ。何か賞がもらえるわけでもない、ただ純粋に喜ぶ顔を見るためだけの出し物。
 けれど、おじいさんやおばあさん達にとってはそれで充分なんだよ、と小毬さんは言った。

「みんな寂しい思いをしてるから。だから、私達がちょっとでも楽しくできるといいよね」
「そうですね。人前で歌うのは恥ずかしいですが……頑張ってみましょう」
「ここはエンターテイナーはるちんの出番だねっ!」
「三枝さんは当日椅子に縛り付けておいた方がいいかもしれません」
「みおちん酷っ!? えー、私そんなに信用ないー?」
「皆無ですね」
「ないな」
「鈴ちゃんまでっ!?」
「普段の行いが物を言うのだよ」
「三枝も来ヶ谷にだけは言われたくないと思うが……」
「何か言ったか、謙吾少年」
「……なあ、さっきから全然話が進んでないように見えるのはオレの気のせいか?」
「そうか? みんな息ぴったりじゃないか」
「恭介、冷や汗掻いてるよ……」

 相変わらずびっくりするほどまとまりがないメンバーだけど、何とかその日のうちにパート分けはできた。
 指揮は恭介で、伴奏が来ヶ谷さん。ここは本人の申し出にみんなが賛成した形だ。
 女性陣は、ソプラノが小毬さん、葉留佳さん、鈴、あとはクド。自己申告で、声の高さを考えてこうなった。とはいえ、葉留佳さんと鈴は、下手に難しいアルトパートをやらせても釣られそうだから、って理由が大半なんだけど。クドはまた少し違っていて、一応今回の主役みたいなものだし、と来ヶ谷さんが強く推した。
 人数比の少ないアルトは、西園さんと伴奏を兼ねて来ヶ谷さんの二人。恥ずかしい、なんて言っていながらも西園さんは楽譜を見てそつなく歌ってみせたし、来ヶ谷さんは言わずもがな。自分で選んできた歌というのもあり、完全に暗記しているみたいだった。
 僕達はまとめてテノールパート。メインのソプラノパートとほとんど同じだけど、微妙に違う箇所もあって、結構難しい。
 ほぼ全員楽譜が読めないから、各パートのピアノサンプルを来ヶ谷さんが作ってきてくれた。メロディはそれを覚えればよく、となると問題は歌詞。当然ながら全部英語で、とりあえず読みを頭に入れても、発音に気を付ける必要が出てくる。
 案の定、そこはクドが一番苦戦していた。

「あーいわーんす、わーずろーすと……」
「クーちゃん、そこはもっとこう、流れるように、だよ。私に続いてみてー」
「は、はいっ」

 拙い英語の歌声を聴きながら、僕は本当に間に合うのだろうか、と思った。
 元々練習に充てられる時間はあまり多くない。始めてからクリスマスまで二週間弱、クドには少し、厳しいかもしれない。

「浮かない顔をしているな」

 離れた場所からクドを見つめていると、不意に横から声が掛かった。
 振り向けばそこには、楽譜を片手に持った来ヶ谷さんの姿。

「恋人の様子が心配か?」
「いや、その……ちょっと」
「フフフ、照れる必要はないだろう。誰に責められるわけでもないのだから、胸を張って言えばいいと思うぞ」
「それはどうかなぁ……」
「もっとも、恥ずかしそうにする少年も嫌いではないがな」

 そんな言い回しに、僕は苦笑で返すしかなかった。

「……ほら、クドって、英語ができないのをコンプレックスに感じてるところがあるでしょ?」
「うむ」
「どうにかしたいっていっつも考えてるのに、なかなか努力が実らないところを見てると……不安にもなるんだ」
「その気持ちは察せないでもない――が、理樹君、ひとつ大事なことを忘れていないか?」
「え?」

 思わず間抜けな声を上げる。
 向かい合った来ヶ谷さんは、うっすらと口元を緩めながらも、真剣な色を瞳に灯していた。

「キミは不安がらず、ただ、クドリャフカ君を信じていればいい。恥ずべきことがないのなら、後ろ向きな気持ちのままでいるのはむしろ、信頼をしていない証左になるぞ」
「……うん、そっか、そうだよね。ごめん、変なこと言っちゃって」
「構わんよ。悩める若者を導くのはおねーさんの務めだ」
「来ヶ谷さん、僕と同い年だからね……」
「はっはっは、気にするな。さあ少年、練習の続きをするとしよう」

 華奢な、でも頼れる背中を追って、僕は思う。
 目に見えなくても、頑張った分は必ず結果に出るのだと――
 そう信じてさえいれば、例え口にはしなくたって、クドの力になるのかもしれない、と。



 本番直前。僕達は会場の外で呼ばれるのを待ちながら、次第に緊張を募らせていた。
 恭介と来ヶ谷さん、それに謙吾と西園さんも涼しい顔をしているけれど、他のみんなはいつも通りとはいかないようだった。

「さすがに、いざ本番! となるとドキドキしますネ」
「ここまで心臓がバクバク言いやがるのは、カツ丼のカツが一枚抜けているのを見つけた時以来だぜ……」
「心底どうでもいい話だな……」
「馬鹿はほうっておこう。こまりちゃんは大丈夫か?」
「こういう時は、深呼吸だよ〜。さあみなさん御一緒に、すぅー、はぁー」
「小毬君、次は二回短く息を吸ってから吐いてみるといい」
「ひっ、ひっ、ふぅー」
「……それは出産時によく使われる、ラマーズ法の呼吸法ですよ」
「ほわぁっ!?」
「おいおい来ヶ谷、あんまり小毬で遊ぶなよ」
「あんまりにも小毬君が愛らしかったものでな。だが、今のでだいぶ緊張はほぐれてきただろう」

 確かに、一連のやりとりを見ていたらかなり気が緩んだ。
 でも絶対本気で遊んでたよね、と思っていると、右腕に何かが触れる感覚。
 見れば、浮かない表情をしたクドが小さく僕の裾を摘まんでいた。

「……リキ」
「どうしたの?」
「たくさん練習してきました、けど……私は、ちゃんと、歌えるでしょうか」

 俯き呟くクドの手は微かに震えていて、それが服を通し伝わってくる。
 不安を胸に抱える姿は、本当に弱々しくて――だから僕は、ぽん、と帽子の上に手のひらを置いた。
 そのままそっと、頭を撫でる。むずがるように身じろぎしたけど、クドはこちらの動きを受け入れてくれた。

「大丈夫。みんなが、僕がここにいるから」
「わふっ……あの、もうちょっとこのままでいてくれますか?」
「いいよ」
「さんきゅー、です」

 ……いつの間にか、全員の視線が僕達二人へ向いていた。
 途端恥ずかしくなり、でも我慢して、クドが落ち着くまではずっと撫で続ける。
 見守られてる、という実感。少しだけむずがゆくて、嬉しい。

「次、お願いします!」

 出番だ。
 僕達は揃って歩き出し、すぐ舞台に立つ。といっても、急拵えの簡易ステージだ。立派さなんてどこにもない。
 けれど、そこには確かに、歌を待ち望む人がいた。僕らを待ち望む人の、笑みがあった。
 恭介が代表者として曲名を述べる。来ヶ谷さんがピアノの前に座り、恭介は並ぶ僕達の前に立つ。
 がんばって、と、観客席側から優しい声が飛んできた。みんなで顔を見合わせ、頷く。

 指揮棒が、振り上げられた。



『Amazing grace。直訳すれば、驚くほどの神の恵み、という意味だ』
『賛美歌なんだったか?』
『うむ。クリスマスの時期にはよく巷で流れる曲だが、元々はイギリスで奴隷貿易船の船長だった男が作詞したのだよ』
『……ですが、一度乗っていた船が嵐に遭い沈みかけたそうです。人生で初めて、心の底から神に祈ったためかどうかはわかりませんが、結果的に難を逃れ、船員や奴隷共々生還しました。以来、彼はそれまで人間として扱っていなかった奴隷達への待遇を改善し、後に牧師となり、奴隷貿易に関わっていた過去の自分に対する、悔恨と贖罪の念を込めて書いた詞が、この曲のものです』
『注釈感謝しよう、美魚君。さて、人数分の原詞と訳詞を用意しておいた。意味を知れば、英詞がわからずとも理解は深められるだろう』

 そうして渡された紙を眺めていると、ふと僕の目にひとつの言葉が留まった。


“When we've been there ten thousand years”


 何万年経ったとしても、僕達はここにいる。
 かけがえない絆を、いつまでも残る思い出を感じさせる、そんな一文。
 ――ああ、来ヶ谷さんがどうしてこの曲を選んできたのかわかった。
 驚くほどの恵みがあったからこそ、多くの過酷を乗り越えて、今、誰一人欠けることなくこんなことができるんだ。

 祈りの果てに、立てる舞台。
 そこに響く合唱は、どこかちぐはぐで、調子外れで、おまけにちょっと歌詞も間違えてるけど。
 拙い発音で懸命に歌う、クドと、みんなの楽しげな声に、僕もその喜びを讃えていた。

 ……歌が終わり、ピアノの音色もふっと消えて。
 僕らに背を見せ観客に向けて恭介が礼をした瞬間、全ての人から拍手が贈られた。

「リキっ! やりましたっ!」

 揃った礼の後、舞台を下りようとした僕に、小さな身体が飛び掛かってくる。
 それを少し仰け反りながらも受け止め、胸に顔を埋めるクドのことを、囃し立てられるのは承知で抱きしめる。

 祝福の音は、しばらく鳴り止まなかった。


[No.144] 2008/01/25(Fri) 20:33:22

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