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No.145へ返信

all 第2回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/01/22(Tue) 19:48:59 [No.135]
君の手 - ひみつ@激遅刻 - 2008/01/26(Sat) 01:47:47 [No.146]
普通よりも優しくない、他人よりも小さな世界の中で。 - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 22:04:40 [No.145]
We've been there - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 20:33:22 [No.144]
キャッチボール日和 - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 15:01:42 [No.143]
冬休み - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 05:47:08 [No.142]
えとらんぜ - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 01:30:24 [No.141]
幸せへ向けて - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 00:45:23 [No.140]
責任転嫁は止めましょう - ひみつ - 2008/01/24(Thu) 22:58:31 [No.139]
[削除] - - 2008/01/24(Thu) 05:55:13 [No.138]
[削除] - - 2008/01/23(Wed) 03:12:18 [No.137]
感想会ログとか次回とか - 主催 - 2008/01/27(Sun) 01:02:50 [No.147]


普通よりも優しくない、他人よりも小さな世界の中で。 (No.135 への返信) - ひみつ

 ふと目が覚めた。
 カーテン越しの淡い光に気づいた僕は、枕もとの携帯電話を開いて時刻を確認する。五時三十四分。布団に入ったのは確か一時も過ぎた頃だったか。思い出すと、途端に眠気が強くなった。
 昨夜は結構な量のお酒を飲んだ。だからだろう、すごくトイレに行きたいのだけれど、でも僕はなかなかそれを実行に移すことができなかった。今朝は特に冷え込んでいるように思う。温かい布団の中から外に飛び出すのには相当な勇気が必要だ。
 三分ぐらいの間、僕は勇気を溜め続けた。そうして、何とか布団からの脱出に成功した。
 震えそうになりながら事を済ませ、床へと戻る。布団の中から、何となくカーテンを少しだけ開けて、曇った窓ガラスを手でこする。
 普段とは違う、白く染まった風景が僕の目に飛び込んでくる。そういえば、週末に雪が降るという予報をテレビか何かで見たような気がする。
 鈴も、起きたらびっくりするだろうな。
 僕は隣の布団に目をやる。うすぼんやりとした部屋の中でも、気持ちよさそうな鈴の寝顔は僕の目にはっきりと映る。すーすーと静かな寝息。たったそれだけのことに、何か心が満たされるような気持ちになる。
 今日は特に予定も無い。ゆっくりと眠ろう。
 おやすみ、鈴。心の中で声をかけて、僕は再び眠りにつく。


「おい理樹、そろそろ起きろ」
 そんな声に目蓋を開けると、目の前に鈴の顔があった。お腹の辺りに感じる重み。どうやら、鈴は僕の上に乗っかっているらしい。
 何て言うか無防備だよなあ、相変わらず。僕はそんなことを思う。もちろん僕と鈴はそういう関係をとっくに持ってはいるのだけれど、普段の様子は昔と何も変わらない。
「おはよう、鈴」と、僕は言った。幸い、二日酔いにはなっていないようだ。
「うん。理樹、おはよう」
「今、何時?」
「十時だ」
「そっか」眠気はまだ多分にあった。でも、僕は素直に鈴の言葉に従うことにする。「うん、起きるよ」
 鈴が僕の上から降りる。僕は上半身を起こして、うーん、と大きく伸びをした。
「雪が降ってる。外は積もってるぞ」
 窓ガラスを手で拭いて、鈴はその景色を僕に見せてくれる。
「ほんとだ」
 朝方起きた時にそのことは既に知っていたけれど、僕はそう言った。
「雪だるまでも作る?」
「やだ。こんなに寒いのに、外になんか出てられるか」
 猫はこたつで丸くなる。
 鈴の言葉にそんな言葉を思い出して、僕はくつくつと笑う。
「何だ、どうかしたのか?」と、鈴は怪訝そうに言う。
「何でもない」僕は話題を変えることにした。「それより、何か食べようか」
 休日の午前はこうやって始まることが多い。どちらかがどちらかを起こして、食事。平日は朝、昼、晩と三食きっちり取っているけれど、休みの日には朝と昼を兼用で済ませることがほとんどだった。
「お腹ぺこぺこか?」と、鈴は僕に聞いた。
「そうでもないかも」まだぼんやりとする頭で僕はそう答える。起き抜けであることを考慮しても、そんなにお腹は空いていないように思えた。
 まあ、それはそうだよな。僕は思う。昨日は二人でハンバーグを焼いて、力いっぱい食べて飲んだのだった。「どうせならいっぱい作ろう。ハンバーグ、お腹いっぱい食べたことないんだ」という鈴の言葉に乗せられたのだった。丁度、合挽き肉が安くなっていたことがそれに拍車を掛けた。グラム78円。1キロ買っても780円。かといって、本当にそれだけ買ってしまうのもどうかと思うけれど。
 二人で暮らしていると、たまにそういう無茶をやってしまう。昔はそれを止めるのが僕の役目だったのだけれど、最近はそのまま流れに乗ってしまうことも少なくない。
「鈴はお腹減ってるの?」
「うん、少し。でも、肉はもういいな」言って、鈴は小さく笑う。
「そうだね」僕も笑って、言う。「あっさりしたものが食べたいな」
「昨日の食パンが残ってる。サンドイッチでも作るか?」
 僕も鈴も基本はご飯だから普段は家にパンを置いていない。が、昨日はハンバーグを作るために食パンを買っていたのだった。三枚入りの一番安いのでいいと僕は言ったのに、鈴は六枚入りを二つも買い物籠の中に入れていた。レジの前で僕がそれに気づいた時には手遅れだった。
「いいね、それ。コーヒーも淹れようか」
「決まりだ。ほら、理樹、さっさと布団を片づけろ」
 未だ下半身を布団に突っ込んだままの僕に鈴はそう言う。
 そうして、僕が立ち上がるのを見送ってから、コーヒーメーカーの準備を始めた。
「コーヒーは任せろ」と、鈴は言った。「だからサンドイッチを頼む」
「ちょ、ちょっと、鈴」
「ほら、理樹、急げ」
 はぁ、と僕はため息をつく。もしかすると、このために食パンをたくさん買っていたのかもしれない。
「サンドイッチ、食べたかったの?」
「……実は、少し」
 ちょっと照れるに鈴は言った。「昨日、パンを買う時に、ぱっと思い浮かんだんだ。何でかわからんが」
 そんな鈴を可愛く思う僕は、多分、もうどうしようもなく鈴に入れ込んでいるのだろう。
 まあそれもしょうがないか、と僕は思う。
 あの時から、僕らは二人になってしまったから。
「ダメか?」と、鈴が言う。
 悪戯のばれた子供みたいに、許しを請うような上目遣い。僕はこれに弱い。
「うー」と、恥ずかしそうに鈴は続けた。「あたしが初めて作る料理はだいたい失敗する。理樹も知ってるだろ?」
 サンドイッチは、料理なんて大したものでもないけど。口には出さず、思う。
 僕はまた小さくため息をついてから、言った。
「分かったよ。鈴はコーヒーをよろしくね」
「うんっ」喜びを隠そうとせずに鈴は言った。「やっぱり、理樹はいいやつだな」
 鈴の声を聞きながら、サンドイッチの準備に取り掛かる。


 昼を過ぎて、少し勢いを弱めながらも雪はまだ降り続いていた。
 白銀世界というのは少し格好つけ過ぎだろうか、見慣れた窓からの景色は白い雪を纏うことで全く違ったものになる。それを奇麗だと感じるのは僕も鈴も同じようだったけれど、窓から来る冷気に二人とも耐えられず、結局カーテンは閉めてしまった。
「こたつでも買う?」と、僕は言った。何の気なしの、適当な話題振りだった。
 食事をしてから、僕らはだらだらと時間を過ごしていた。僕は文庫本を、鈴は漫画をそれぞれ読んでいる。どちらも、先々週、中古で買ったものだった。
「それはいいな。うん、買いに行こう」
「そうだね」と、言ってから、僕は鈴の言葉をもう一度思い返した。「って、鈴、もしかして今から行くつもり?」
「善は急いで回れ、だ」
「善は急げ、だよ」
 それじゃあまるで真人だ。もちろん、声には出さなかった。
「とにかく行くぞ、理樹」
「え、本当に?」
「こたつは待ってくれないんだ」
「普通に待ってくれると思うけど」
「ほら、理樹」
 立ち上がって、鈴は僕に手を伸ばす。
 それを、僕が拒否できるはずなんてなかった。当たり前のことだった。
「よし、目指すはこたつだ」
 僕の手を引いて、鈴は歩き出す。


「やっぱり止めだ」
 玄関のドアを開けた瞬間、鈴はそう言った。
「諦めるのはやっ」
 僕がそう言うのよりも早く、鈴はドアを閉めた。
「何だこれは」と、鈴は言った。「めちゃくちゃ寒いじゃないか。いや、もうこれはくちゃくちゃだ。くちゃくちゃ寒いぞ」
「しょうがないよ、だって雪降ってるんだし」
 寒いから絶対に外に出たくないって言ったのは鈴なのに。きっと、自分がそう言ったことなんて覚えていないのだろう。
「うー」鈴は悔しそうに口を尖らせる。「でもこたつは欲しい」
 そんな鈴に僕は苦笑する。
 そうして、思う。やっぱり僕は鈴に甘いみたいだ。自覚していながらそれを治す気がないんだから、全く、仕方がない男だ、僕は。
「いいよ、鈴。僕が行って、買ってくるから」
「ホントかっ」
 と、一瞬、鈴は嬉しそうな顔を見せて。
「……うー、それは凄く嬉しいけど、でもダメだ。理樹だけが寒いなんて、そんなのダメだ」
 僕はもう一度苦笑して、言う。
「大丈夫だよ。僕は鈴よりも寒さに強いからね」
 鈴はうーうーと唸りながら、僕を見て、それから何かを決意するように目を瞑って頷いた。
「あたしも行く。理樹が一緒なら、寒くてもがんばれる」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だ」
「外、寒いよ?」
「うん」
「くちゃくちゃ寒いよ?」
「う……だ、大丈夫。大丈夫だ」
 決意は固いらしい。
 二人一緒の方が嬉しいのは、もちろん僕だってそうだった。僕は鈴の手を取って、言った。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
 鈴は頷いて、僕の手を握り返した。


 雪の降る中、僕たちは二人で歩いていた。僕はこたつの入った大きな段ボールを背負って、鈴はそんな僕に雪が当たらないよう傘を差してくれている。
 無計画に思いつきのまま家を飛び出した僕たちだったけれど、こたつを売っていそうな店には心当たりがあった。バスで三十分程揺られたところにある、小さなショッピングセンター。近くのスーパーなどではできない買い物をする時、いつもお世話になっている場所だった。
 降雪によるバスの運休の可能性に気づいたのは、バス停に着いてからのことだった。何とも間抜けな話だと思う。幸い、バスは問題なく動いていたようで、僕らがバス停に着いてすぐに来てくれた。
 更に大きな問題に気づいたのは、当該の店に着いてからのことだった。こたつのような大きな荷となるものを買う時、普通は家までの配送を頼むか、あるいは自家用車でそれを運ぶだろう。僕らはそういったことを全く考えていなかった。鈴とあれこれ言いながらこたつを選んで、レジに並んだ時にそのことに気づいたのだった。
 結局、こたつ布団は配送で、こたつ本体は気合で持って帰ることにした。折りたたみ式を選んでいたのがせめてもの救いだった。こたつ布団が届くまでは、家にある布団で何とかなる。きっと。バスの中で少し注目を集めていたのは、ちょっと恥ずかしかったけれど。
「理樹、大丈夫か?」
 傘を差したまま、僕の顔を覗き込むようにして鈴は言った。
「うん、大丈夫」と、僕は言う。多分に強がりが入っていた。
「代わるか?」
 下手をすれば僕よりも鈴の方が力があるのかもしれなかった。でも、やっぱり僕だって男だから、こんな重いものを鈴に持たせるわけにはいかなかった。
「平気だよ」と、僕は言った。「それより、鈴こそ大丈夫? 寒くない?」
「寒い。くちゃくちゃ寒い」
 鈴は正直にそう言ってから、続けた。「でも、理樹と一緒だから、大丈夫だ」
「そうだね」と、僕は言った。「僕も、鈴が傘を差してくれてるから、大丈夫だよ」
「そうか」
「うん」
 バス停から家まで、普段なら五分ぐらい。荷物を背負っている今なら、その倍ぐらいはかかるだろうか。
 さすがに雪の日に外を出歩く人はそう多くないらしい。普段よりもずっと静かな町並みを僕たちは二人歩く。雪は音を吸収するという。そういえば、色々な店などから聞こえるはずの音楽も普段より小さいような気がした。
 世界に僕たちは二人きりだなんて、そんな大それたものではないけれど、でも、僕たちの世界がある日を境にとても小さなものになってしまったのは間違いのないことだった。それはとても悲しいことだった。とても寂しいことだった。
 それでも僕たちは生きていかなければならなかった。仲間たちが救ってくれたこの命で、僕たちは精一杯生きていかなければならなかった。彼らの想いを、精一杯受け止めなければならなかった。
 今ではこうして、二人、そこそこに楽しく、幸せに生活できている。
 僕も鈴もあまり交友関係が広いとは言えないけれど、それでも大学に通い、バイトをして、ちょっとした楽しみを拾い集めるようにして、二人、暮らし続けている。他の人よりもきっと小さな世界の中だけれど、僕らは確かに現実の中で、生きている。
「帰ったら、お風呂入れようか」
「うん。あたしも理樹も、くちゃくちゃ冷えちゃったからな」
「久しぶりに一緒に入る?」
「う」
「鈴?」
 僕は隣に視線をやる。
 予想した通り、そこには頬を赤く染めた鈴の顔がある。
「うー」鈴は僕の顔を一度見て、それから俯いて、言った。「理樹がどーしてもって言うなら、入ってやらんこともない」
「じゃあ、どうしても」
「……分かった」と、鈴は言った。「理樹はがんばってくれたからな。背中ぐらい、流してやる」
「うん、期待してるよ」
 僕は、よいしょ、と背中の荷物を一度背負いなおす。
「……理樹」
「うん?」
「ありがとう、な」
 今度は俯かずに、前を向いたまま鈴は言った。
「サンドイッチも作ってくれたし、こたつ運んでくれてるし。……はっ」鈴は驚いたように、息をのむ。「もしかして、あたし、凄くわがままなやつか?」
「あれ、今気づいたの?」
 僕は小さく笑う。
「うー」
「まあ、鈴のためならね」
「う……そ、そうか」照れたのか、やっぱり鈴は俯いてしまう。
「僕も」
 と、僕は言う。
「僕も、鈴に感謝してる」
 もしも――
 考えたくもない、もしも、だけれど。
 あの事故で鈴までいなくなってしまっていたら。僕一人が、鈴を含むリトルバスターズのみんなの力で助かっていたのだとしたら。
 きっと、僕は、こうして笑ってなんていられなかっただろう。そう思うから。
「ありがとう、鈴」
「……理樹は、ずるい」
「ずるい?」
「だって、あたしの方が絶対くちゃくちゃありがとうなのに、そんな風に言われたら、もうどうしたらいいかわけわからんくなる。理樹はずるい。ずるっ子だ」
 ずるっ子って言われてもなあ。
 相変わらずな鈴に、僕はくつくつと笑った。
「別に何もしなくていいよ。今まで通りにいてくれれば」
「うー」
 世界は決して優しくない。
 僕たちは一度にたくさんの大切なものを失って、多分、今でも僕たちはそれの大きささえ理解できていない。大切なものが収まっていた場所はとても大きくて、きっと、それがこの先埋まることもない。
 幸福と不幸を天秤に乗せれば、幸福なんて何処かに飛んでいくのだろう。それらは平等ではない。少なくとも、僕らには、絶対に。
 でも。
 それでも。
「分かった。よくわからんが、今まで通りだな?」
「うん」
「じゃあ、理樹、お前も今まで通りか?」
「そうだね。二人で、今まで通り」
「そうか。それはいいな」
「うん」
 僕たちは、これからも生きていく。
 二人一緒なら、大丈夫だから。
 ちょっとした幸せを拾い集めながら、生きていけるから。
 この、普通よりも優しくない、他人よりも小さな世界の中で。


[No.145] 2008/01/25(Fri) 22:04:40

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