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No.146へ返信

all 第2回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/01/22(Tue) 19:48:59 [No.135]
君の手 - ひみつ@激遅刻 - 2008/01/26(Sat) 01:47:47 [No.146]
普通よりも優しくない、他人よりも小さな世界の中で。 - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 22:04:40 [No.145]
We've been there - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 20:33:22 [No.144]
キャッチボール日和 - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 15:01:42 [No.143]
冬休み - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 05:47:08 [No.142]
えとらんぜ - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 01:30:24 [No.141]
幸せへ向けて - ひみつ - 2008/01/25(Fri) 00:45:23 [No.140]
責任転嫁は止めましょう - ひみつ - 2008/01/24(Thu) 22:58:31 [No.139]
[削除] - - 2008/01/24(Thu) 05:55:13 [No.138]
[削除] - - 2008/01/23(Wed) 03:12:18 [No.137]
感想会ログとか次回とか - 主催 - 2008/01/27(Sun) 01:02:50 [No.147]


君の手 (No.135 への返信) - ひみつ@激遅刻

 今、ふと思い出したあの日も雪が降っていた。もう何年前のことになるんだろう。少なくとも、思い出そうとしてもすぐには思い出せない白い記憶の海にその日は浮かんで、こうして時たまにぽつりと僕の記憶に蘇る。
 リトルバスターズがまだ五人で、僕が輪の中に飛び込んだ頃のことだ。僕らは今にも雪の降り出しそうな寒空の下でかくれんぼをしていた。雪のよく降る町だったせいもあって、暇があればしていた体力をやたらに使う雪合戦や、無駄に大きな雪だるま作りに飽きてのことだった。
 いや、かくれんぼをするきっかけを作ってしまった僕自身は飽きていなかったのだから、決して飽きての結果ではなかったのかもしれない。ほとんど毎回、恭介が何かしらの新しいルールや遊び方を思い付いたから、何だかんだでやり始めてしまえば面白かったのだ。
 ただ、その日は妙に真人が「飽きちまった」とうるさくて、僕が「かくれんぼとか、普通のことすると案外面白いかもね」と言ってしまっていた。あくまでそれは真人に調子を合わせていっただけのものであり、僕にその気など全くなかった。
「いいな、それ」
 目を光らせ、僕の発言を拾い上げたのは恭介だった。
「よし。今日はかくれんぼをしよう」
「ちょっと待って恭介。言い出したのは僕だけど、面白くはないと思うよ」
「そんなの、まだやってもないんだからわからないだろ?」
「それはそうだけどさ」
 じゃあいいじゃないか、と恭介は言い、周りにも一応といった感じに確認を始めた。僕だって試しに反論してみただけであって、みんなも恭介が言い始めたら決して意見を変えないことは十分に承知していたから、「いいんじゃないか」と鈴は答え、「俺は別にかまわん」と謙吾も簡単に頷いた。
 なりゆき言い出しっぺになってしまった僕が、妙に不敵な笑顔で振り返る恭介に、引きつった笑いを返すこと以外の何ができただろう。
「今回も、何かルールはあるのか?」
 ぽつりと、謙吾が背中越しに恭介に尋ねた。嫌々と言うよりは、どうにも普通に出た質問だったようで、案外に謙吾は乗り気らしかった。
「そりゃもちろん」
 どんと右手で胸を叩いて、誇らしそうに恭介は応えた。
「ややこしいのは勘弁してくれよ。筋肉がこんがらがっちまう」
「大丈夫。ルールは簡単だ」
 な、と同意でも求めるかのように恭介は僕の方を見るが、僕には何の予想も出来なかった。恭介の思考を予想できる人なんて、この世にいはしないだろう。
「ルールは一つ。何もかもを『普通に』かくれんぼすること」
「それって、ルール?」
 つい口から疑問が飛び出た。
「俺たちの間なら十分ルールになるだろ? 毎回俺が変なルールとか作ってるからな」
 恭介自身にも、あれがおかしなものであることはわかっていたらしかった。
「ま、たまには普通に遊ぶのも、逆に刺激があっていいはずさ」
 僕、鈴、謙吾の三人には、端から恭介に反する気はなく、恭介の妙に力の入った説明に真人が納得して、かくれんぼは始まった。
 ひとまずは提案者がやるということで頷かせられて、鬼は僕がやることになった。「ないと雰囲気が出ないだろ」と、絶対にやるように言われた大きな声での三十秒の数え上げが妙に辺りに響いた。もういいかいと訊いても返事は帰ってこず、みんなの全力具合にはため息をつくしかなかった。
 空からは始めてから五分と経たないうちに、ちらちらと雪が降り始めていた。僕の頭上からは寒さのかたまりが降り注ぎ、目前ではむさ苦しさの化身がいた。今でも思うが、何でだったのだろう。どうしてかくれんぼなのに、隠れもせずに堂々と腕立て伏せだったのだろう。
「真人」
 あまりの熱心さに気は引けたけれど、名前は呼んだ。熱心すぎてその周りだけ雪がとけていた。
「へ?」
「へ、じゃないよ。へ、じゃ。何してるのさ」
「筋トレ?」
「疑問系にされても困るんだけどね……。いや、とりあえず筋トレは止めて」
 ロスタイムでもあったのか、もう十数回腕立てを繰り返してから、真人はゆっくりと立ち上がった。とても見つけたとは言えないのかもしれないが、四人中一人はこれで確保した。
「探しに来たらちゃんと隠れようと思ってたんだけどなあ」
「おとなしく隠れてようよ……かくれんぼなんだからさ」
「性に合わねえんだ。筋肉はいつだって流動してるんだぜ?」
 真人の骨格筋は一般の人たちとは完全に種類を別としているらしかった。正直、どうでもいい。
「ん、ちょっと待てよ」
 待ちたくなかったけれど、梃子でも動かなそうな真人を待ち、数十秒ほど。真人は急に顔を振り上げた。
「もしかして俺は、これから一人でぼーっとしてなきゃならないのか!?」
 真人内部での驚愕の新事実に、あっさりと僕は頷いた。
「やっぱ、ちょっと待て。今から気合い入れて隠れるから」
「もう見つけたって。あと、筋肉での取引は不可能だから」
 おもむろに上着を脱ぎ始めた真人に釘を刺し、次の目標を探そうと歩こうとした時だった。歩けない。後ろを見ると、何故か真人に肩をがっちり押さえられていた。意図の掴めない僕を横目に追い越し、真人は自分が筋トレをしていた近くにあった木に近づいた。
 割に驚いたシーンだったこともあり、衝撃は感覚が覚えている気がする。真人はゆっくりと足を振り上げ――そのまま、思いっきりその木を蹴った。凄い勢いで積もっていた雪が降り、ついでに……ついでにと言っていいのかはわからないけれど、謙吾も降ってきた。頭から。落ちる最中に一瞬、目が合ってしまった。
「……真人?」
「カブトムシはいねえなあ」
「謙吾は見つけたことになるからさ、早いとこ雪から引き抜いて二人で大人しくしててね……」
 おうよ、と元気よく応える真人の声を背に僕はその場を後にした。後で聞いた話だと、流石の謙吾も雪で辺りがよく見えなくなって、体勢を取り直す前に地面に着いてしまっていたらしい。



 残すは二人。ある意味この二人だけが最初からターゲットだったのかもしれないと、そんなことを思えるほどに、探し出す困難は予想がついた。
 ただ、その時の僕は、スタート地点から二人の雪上の足跡を辿り、『森』と僕らが呼んでいた、木々の密集していた場所へと足を踏み入れることしかできなかった。
 足元を確かめながら進んで数十歩ほどだったろう。僕の記憶はそこで一度途切れる。思えばこの日の記憶で心の底から楽しさだけがあったのは、数分前までの真人達との一時だけだったのかもしれない。
 ナルコレプシー。僕がどれだけ望んで思い出そうとしようと、彼の現れた一時は記憶の海に飲み込まれ、決して見ることのかなわない暗い海中を彷徨ってしまう。
 崩れる視界の最後は、雪に阻まれた真っ白な世界だった。倒れたはずの雪の感触は覚えていない。
 ナルコレプシーの目覚め方は、夜に寝て朝に起きる、あの感覚とほとんど変わらない。だから寝覚めはいい時もあるし、悪い時もある。この時の寝覚めはいいでも悪いでもどちらでもなく、驚きに近かったかもしれない。
 呼び声が聞こえた気がする、というのが記憶の内にはいるなら、僕の記憶はここから蘇る。段々とその声は僕の耳に鮮明に届き、大きさを増した。
 目を開けると鈴の顔が見えた。イマイチ頭がぼんやりとしていたけれど、鈴の顔を見て、すぐに自分がナルコレプシーで倒れたということを理解した。
 鈴の泣き顔を見たのはその時が初めてだった。鈴の口癖を借りれば、本当にくちゃくちゃな顔をしていた。
「鈴?」
「……理樹?」
「その、ごめん。驚かせちゃったみたいだ……よね?」
 一つだけこくりと頷いた鈴に対して、次に掛ける言葉が僕には皆目見当が付かなかった。僕の中で、鈴へのスタンスが決まっていなかったということもある。恭介と大概一緒にいるかと思えば、真人へ首が直角を描いてしまうような蹴りを入れることもあるのだ。仕方のない反応だったように思う。
「だから、寝てるだけだって言っただろ?」
 聞こえたのは恭介の声だった。鈴の肩の上に顔を覗かせ、片手を上げて僕にスマンのポーズをよこしていた。この時、僕はまだナルコレプシーのことを恭介にしか教えていなかったのだ。
「雪に俯せでぶっ倒れる奴が、『寝てるだけ』なんて、信じられるわけ、ないだろ、ばかやろー」
 今になって気になることなのだけれど、涙を拭いながらの「ばかやろー」の言葉の行き先が、果たして僕に向けられたものだったのか、恭介に向けられたものだったのか、今でもその答えはわからない。言葉と同時に僕の胸に振り下ろされた、鈴の右拳にでも訊けばわかるのだろうか。



 視界ギリギリのうんと遠くに、走っている鈴の姿が映り込んでいた。携帯を開くと待ち合わせ時間から三十分。僕は五分前に到着して記憶の海を泳いでいたのだから、合計では三十五分だ。雪だって頭や肩に積もってる。
 さっき記憶を漁っていた時に、またふと思い出したことがある。感覚に薄く蘇った心臓の鼓動が確かなら、たぶん、僕が鈴を女の子としてみたのは、くちゃくちゃの泣きっ面で、あの右手で叩かれたのが最初の時だ。
 こうなると気になるのは、鈴の右手に訊かなければならない問いのことなのだけれど、その右手をつないで歩ける今の僕なら、少しは答えに近づけるかもしれない。
 ちらりと鈴を窺うと、視線が合い、あちらもこっちを発見したらしいことがわかった。毎度毎度「男を待たせるのは女の特権」云々といった何かしらの受け売りらしい言い訳をしてくる鈴は、今日はどんな言い訳をするつもりなのだろう。
 りーきーという呼び声が遠くから聞こえて、一瞬デジャブを感じる。遠くから僕を呼んでくれるのはいつもこの声だ。ふにゃあ、と全力で走った足が雪に取られてすっ転ぶ、あの頃と変わらないお姫様を、僕は右手を伸ばして受け止めた。


[No.146] 2008/01/26(Sat) 01:47:47

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