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all 第3回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/02/05(Tue) 21:24:01 [No.150]
バレンタイン IN リトルバスターズ! - ひみつ@激遅刻 - 2008/02/09(Sat) 06:36:52 [No.160]
水に流す - ひみつ - 2008/02/08(Fri) 23:02:13 [No.159]
Rainymagic - ひみつ - 2008/02/08(Fri) 21:59:05 [No.158]
亡きコウモリからの手紙 - ひみつ - 2008/02/08(Fri) 21:38:30 [No.157]
- ひみつ - 2008/02/08(Fri) 20:46:07 [No.156]
水辺の彼女 - ひみつ - 2008/02/08(Fri) 20:29:41 [No.155]
2ぶんの1 - ひみつ - 2008/02/08(Fri) 03:23:18 [No.153]
水符「河童のポロロッカ」 - ひみつ - 2008/02/08(Fri) 02:20:40 [No.152]
感想会ログとか次回とか - 主催 - 2008/02/10(Sun) 19:10:46 [No.164]


Rainymagic (No.150 への返信) - ひみつ

 イメージするのは水面に映る大好きな顔。その表情。澄ましていたかと思うと、赤くなったりもして意外と忙しない。
 けれど、今日はきっと雨が降る。
 イメージされたのは、飛び込んだ雨粒の波紋と、揺れるその表情。どうしてか、波紋は消えてもその表情は揺れている。
 たぶん、当人は意識していないのだろう。きっと、雨は何故だか嫌いなんだよ、と呟いて、それからようやく笑ってみせてくれる。
 ほんの一瞬。でも大切なものが、消え去った一瞬。雨粒が連れてくる、奪っていく、その一瞬。
 ほとんど変わらない歩調で聞こえる隣の足音に耳を傾けながら、ぽつぽつと歩きつつ、頭上に広がった薄い曇の冬空を理樹は見上げる。



 朝から行動し始めて、今はもう三時過ぎ。今まで何をしていたかと考えて、少し前の自分たちの姿を想像してみる。
 とりあえず、集合。町に出て、ぷらぷらとウィンドウショッピング。本屋に立ち寄ったのが少し時間がかかっただろうかというくらいで、特に何をしたというわけでもない。それから昼食をとって、食後の運動ということでふと目にとまったボーリング。「玉でもどうだい?」なんていう、妙に似合った口調の誘いに乗って、ついでにビリヤード。
 その時間の中にいる間は、随分とゆっくり時が動いている気がしたのに、気がつけば三時過ぎ。楽しさと時間の速さの比例はやっぱり正しいらしいなどと思いつつ、左をちらりと窺う。偶然か、それとも気配でも読んだのか、ばっちりと視線が合う。
「来ヶ谷さん?」
「なんだい、理樹君」
「どうしよっか」と言ってから、言葉が足りなさすぎたことに気がつく。「結構動き回ったから、すること思いつかないよね」
「なんだ」とまずは返して「そんなことか」とつまらなそうに来ヶ谷は続けて言った。
「悩ましげな顔をしてるから、おねーさんが一つ、助け船でも出して上げようかと思っていたのに」
「いや、ただ、今日は何してたんだろなーて思い出してただけだよ」
「真っ昼間だというのに、一緒に突き合ったりしてたじゃないか。玉を」
「妙に聞こえるから、わざわざ倒置して、しかも最後だけ小声で言うのはよそうよ」
 ちょうどすれ違ったおばちゃんが、今後ろを振り向いたらこちらを見ているかもしれない。
「それが若いということだよ、少年」
「いや、もう、なにがなんだか」
 ふふ、と含み気味に笑って、来ヶ谷は理樹を見る。理樹も慣れてきたのか、以前のように対応が慌てたり、少々照れ気味に頬を染めたりもしていなかった。
「では、ちょうど二人まで貸し出し可能な私のおっぱいで、もう一度ボーリングでもするかい?」
「それが事実だったら、たぶん僕腰が抜けるよ……」
 声を拾ったらしいお兄さんが、振り返るまでもなく、通り過ぎざまに驚いた視線を投げてよこしていた。
 それもそうだ。世界の何処におっぱいが貸し出し可能な人がいるのだろう。そもそもいたとして、借りなければならない状況が思い浮かばない。
 美術の授業の写生に使うとか? 高校の授業でヌード? まさか。
 まあ、私のおっぱいはともかくだ、と問題を振ったはずの本人が話題を仕切り直す。
「いいか理樹君。人生で大切なことは、為すがままになることができること、だ。そして、本当に大切な一瞬で流れに逆らえることが出来れば、それでいいのだよ」
「じゃあ」と言って、理樹は視界の端に見慣れた喫茶店を認める。言うまでもなく、来ヶ谷の視線も同じものを捉えていた。
「今のところ、僕らは何もしないでのんびりしてよっか」
「うむ。それでいいのだよ、少年」
 ご褒美に手を繋いであげようと言い放って、するっと来ヶ谷は理樹の手を掴む。触れた一瞬のひんやりとした心地は、すぐに体温に上塗りされる。ぬくぬくとして、少しくすぐったいくらいの感覚。縫うように通り抜ける風が、これほどじゃまに思えることも珍しい。
 それならと、理樹はふと思い付いたように、その手を自分のポケットに連れて行く。風が通り抜ける隙間も、これなら有りはしない。雪が降るほどではないが、それでも着実に寒さを増してきた冬の空気の何倍も、二つの手の入ったポケットは温かかった。
「女性の手を服の中に引っ張り込むなんて、理樹君は実は随分と積極的なんだな」
「来ヶ谷さん」思わず、ため息が零れる。「どんだけ僕をからかうの好きなのさ」
「『好き』の量なんて、わかるはずがないだろう?」
 気のせいかどうか、ポケットの中の手を握る力が、少しだけ強くなった気がした。
「明確な理由なら一つだけだ。今、その時、そこに少年がいるから、だよ」
 何ら普段と変わらない、ある意味の真顔で言われては、やっぱり理樹にはため息をつくより他はない。
「……それもさ、妙な発言に聞こえるから、あんま力強く言うのはよそう」
 神経がもう今更だと諦めているのか、隣を過ぎ去ったおばちゃんが、今どんな反応をしているか何て気にならなくなってきた。くふくふと楽しそうに笑う声を聞きながら、変わらないテンポで歩き続ける。
 外も寒いせいか、喫茶店はいつもよりも賑わっていた。店の硝子越しに、今まで歩いてきた道が見える。雪や雨の様子はなく、視界に映ったのは過ぎ去る人の白い吐息だけで、生きる力でも失ったように宙を漂って、空へと昇る。まるで、そこから先の全てを一分の光も与えずに遮るように、追いかけた先は曇っている。
 繁盛しているとは言っても、二人分くらいの席は空いていたのか、すぐに中へ通される。座った席の硝子越しにも、重そうな曇り空が覗えた。
 昼食は済ましていたから、別段お腹はすいていない。ボーリングやビリヤード分の空きはあるだろうけれど、食べ物は頼まず、理樹も来ヶ谷もコーヒーだけを注文した。
 特に何も入れず、ブラックのまま。一口分含んで、テーブルに戻す。コーヒーに真っ黒に塗りつぶされた自分の顔が、薄らながら揺れるコーヒーの中に映り込んでいた。少し覗いてみても、ゆらり、ゆれて、あまりしっかりと反射はされず、表情までは掴めそうにない。もう一口飲もうとして、その前に一つ、ふうと息で表面を冷ます。広がった波紋に、映し出されていた顔は歪にそよいだ。
 ふと顔を上げて、思わず目をこする。ほんの一瞬、波紋が未だ自分の目に残っているように思われて、けれどすぐにその感覚は消えた。雨の日、何度も見てきたその横顔を数秒眺めてから、同じ物を探して、視線の先を追いかける。ふらふら揺れる視線の先で、見つかるのはやはり曇り空だけだ。
 視線に気づいたのか、戻ってきた来ヶ谷の視線と、理樹の視線が混ざり合う。
「雨」と理樹は言った。「降るかもしれないね」
「ああ、そうだな。降ってくる前に帰ってしまおうか」
「来ヶ谷さん」
 一拍、言葉を選んでから、理樹は言う。
「嫌い、だよね。雨」
「確かに、あまり好きではないな。何故だか、好きにはなれないんだよ」
 やっぱり、と思うけれど、口には出さず、その言葉を飲み込む。
「僕は雨の音とか好きだけど」
「私も嫌いではないよ。不規則な雨の出す音はなかなかに面白い」
「でも、嫌いなんだよね。雨」
 理樹に小さく頷いて返して、来ヶ谷は再び窓の外へ視線を投げる。曇り空はますます重みを増しているようにも見えた。
「雨ぐらい、傘があればなんとなかなるよ。きっと」
「理樹君。そういう君の持ち物に、傘らしきものは見受けられないんだが」
「来ヶ谷さん。さっきの言葉」
 不意に言われてわからなかったのか、小さく笑ってから理樹が言葉を続ける。
「大切なのは、為すがままになれること、でしょ? 降ってきたら、僕がコンビニで買ってくるよ」
 ほとんど、そう言ったのと同じだろう。小さな音が聞こえた気がして、硝子を見てみると、水滴が細く揺れる線を引いて、下へ下へと流れてゆく。小さな音はどんどんと数を増して、こつこつと硝子をノックした。
「さっそく」来ヶ谷を一瞥してから、理樹は言う。
「降ってきちゃったね」



 ちょうど近くにコンビニがあり、そこで買ってくるからちょっと待っていてと言われ、来ヶ谷は一人、まだ喫茶店の中でコーヒーを飲んでいた。
 実際は飲み終わってしまっていて、おかわりでもすればいいのかもしれないが、長居するわけでもないのでそういうわけにもいかない。店も空いてきているからその必要もないのだろうけれど、何となくたまに空のカップを持ち上げては、飲む振りを繰り返す。
 外と中を隔てるガラスには、幾つもの水の足跡が残っていた。するすると垂れてきて、いつの間にか消える。どうやら小雨だったようで、これなら傘がなくとも帰れたかもしれない。もう少し、視線を上げると、そこにはより黒々と厚みを増した雲が待っていて、何処か一つにでも穴が開きようものなら、風呂の水を逆さにしたような土砂降りになりそうだった。
 コツコツと、雨とは違う叩く音が聞こえて、視線を空から戻してくる。頭にぱらぱらと小さな水滴を乗せた、理樹がそこには立っていた。
「お待たせ」
 店の入り口の屋根の下、そこから見える道には、時たまにしか雨の姿は見つからなかった。
「なあ、理樹君。これだけ小雨なら傘はいらないらなかったんじゃないか?」
「冬だし、雨に濡れたらきっと風邪引くよ」
「君はもう濡れてしまっているぞ」
「そこは、その、根性でなんとか」
 言っておいて、なんて自分に似合わない言葉だろうと理樹は思う。自然に表情も苦いものになってしまっていた。
「確かにあまり似合う言葉ではないが、それは決して、理樹君にないわけではないよ」
「手に取るように読まれてるし」
「理樹君のことなら何でもござれ、だ。自分に迷った時は、このおねーさんを訪ねるといい」
「すっごい」白いため息を一つ。「情けないよね、それ」
 来ヶ谷は笑いながら、理樹の頭についたままでいた水滴を払ってやる。温かい喫茶店の中にいたためか、外は来たときよりも酷く寒く感じた。僅かながらあった空気の温度を、雨がこそこそと持って行ってしまったのかもしれない。
 もう一度、来ヶ谷は空を見上げる。タイミングばっちりに、頬に水滴が飛び込んでくる。
 曇り空の雰囲気でも乗り移るのだろうか。やはり気分はあまり晴れず、理樹の言うとおり、雨は嫌いなのかもしれないとも思う。けれど、嫌いというのとは少し違う気もしていた。雨が降ってくるといつの間にか気分が晴れなくなる、ただそれだけのことで、理由もなく嫌いになるようには思えなかった。
 何か、理由があるのだろうか。でも、思いつこうとしている時点で、きっとそれはもう理由ではないんだろう。少なくとも、今の自分には、雨を嫌う理由がない。
「ねえ、来ヶ谷さん」
 空を見上げる来ヶ谷の見つめながら、理樹は言う。
「やっぱり、雨は好きじゃない、みたいだね」
「私にもよくわからないんだが、確かにそう、なのかもしれないな」
 空を見上げたまま返事してくる来ヶ谷の顔を、理樹もそのまま見つめる。
「それ、本当?」
「ん? 本当とは、どういうことだ?」
「来ヶ谷さんはさ、本当に、雨が嫌いなの?」
「少なくとも好きではないようだから、雨は嫌いなんだろうね、私は」
「そっか」
「うむ」
「でもさ」
 空を見上げていた来ヶ谷の視線が、こちらを向いてきたのを見てから、理樹は言った。
「僕にはさ、嫌いじゃなくて、悲しそうに見えるよ」
「悲しそう?」
「雨が降るとさ、来ヶ谷さん、なんか悲しそうで」
 ふと下げた視線の先で、出来たばかりらしい水溜まりに、幾つも雨粒が飛び込んでゆくのが見えた。どんどんと重なる波紋は、通り過ぎた自転車の車輪に裂かれ、ばらばらに散った。反射して映っていた全ても、飛んで散る。どうしてか、息が詰まりそうになって、無理矢理に言葉を続ける。
「たぶん、来ヶ谷さんは、そんなこと気づいてなかったと思うけど」
「……どうした、理樹君?」
 驚いたような来ヶ谷に、何でもないと手を振ってから、熱くなりかけていた目頭を抑え込む。雨が降ると悲しくなるなんていうのは、自分自身のことでもあった。よくわからないけれど、雨は、好きじゃない。本当に。
 そして、雨の日に、やっぱり――悲しそうに見上げるその横顔を見るのは、もっと嫌なのだ。
 雨の日に、いつか何かあったのかもしれない。覚えは、ない。だけど、もしこれが偶然じゃないとしたら、本当に心から雨を憎らしく思った日があったのかもしれない。雨上がりにあんなにもほっとしてしまうのは、いつの日にか、雨上がりを待ちこがれた日々があったからなのかもしれない。
 でも、このままされるがままになるわけにはいかなかった。必要なのは、大切な一瞬に、確かに流れに抗えること。よくもわかりもしない理由に為すがままにされて、悲しい気持ちになるなんて、そのままでいいはずがない。
「流れに逆らわなきゃいけないのは、本当に大切な一瞬、だったよね」
「ああ。さっき、私はそう言ったよ」
「だったらさ。悲しい、に逆らえるのは、きっと、嬉しいこととか、幸せなことだけだよね」
「ふむ」逡巡してから、頷いて答える。「きっとそうなのだろうね」
「ならさ、僕は来ヶ谷さんと居られれば、それで嬉しいし、幸せ」
 来ヶ谷さんは? と理樹が尋ねてみるが、しばらくたっても相づちすら返ってこず、隣を見てみると、その顔は赤く染まっていた。
「君は、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞を、たまにすらすらと並べてくれるな」
 俯き気味に、赤い顔を隠しながら言葉を漏らす。ごめんごめんと、謝りどころでないのだろうけれど、そう返しておいた。
 ため息にも聞こえる深呼吸をして、来ヶ谷は言った。
「理樹君が、私と居てくれて幸せなら、私も理樹君と居られれば、幸せだよ」
 何かをごまかすかのように、そのまま一気に言葉を続ける。
「それでいて、理樹君と密着できればなおいい。理樹君もそっちの方が幸せだろう?」
「それなら」
 からかうつもりの発言だったのに、平然と答えをしてくる理樹に逆に驚いてしまう。
「雨も降ってるし、出来るだけ密着して、ゆっくり帰ろっか」
 そう言った理樹が差し出した手には、つい先ほど買ってきた、一本の傘が握られていた。もう片方の手に、更にもう一本傘を持っているような様子もなく、それ一本きり。来ヶ谷がそれを察するのとほぼ同時に、雨脚は少し駆け足になった。
「案外」
 理樹の差す傘の中に身を滑り込ませながら、来ヶ谷は言う。
「理樹君は大胆なんだな」
「別に狙ったわけじゃなくて、コンビニにこれ一本と、後は折りたたみ傘しかなかったんだよ」
「なんだ。それじゃあ、もう一本あったなら理樹君はそれを買ってきたんだな?」
「いや、それは、まあ……」
 理樹が返事を詰まらせると、隣からはくつくつと笑い声が聞こえてくる。
「やっぱり来ヶ谷さん、僕のことからかうの好きだよね」
「ふふ。否定はしない」
「それと」一度、傘の天井を見上げ、笑いながら来ヶ谷の方を向いた。
「今、来ヶ谷さん、すごい楽しそうだね」
 雨降ってるけど、と呟きが続き、同じように一度見上げてから、笑い返す。
「こんな気持ちになれるなら」ちらりと、横目で理樹を見る。「私は、雨の日も好きだよ」
「そっか」
「ああ」
 今度は傘から顔を覗かし、二人揃って空を見上げてみる。一瞬、目を疑う。ほんの少し前まで降っていたはずの雨の姿は、何も見えない。少し視界をずらしてみると、あまつさえそこには日の光さえ差し込んできていた。
「なあ、理樹君。私たちはおちょくられているようだ」
「そうみたいだね」
 思わず笑って頷きながら、理樹はゆっくりと傘を閉じる。
「うーん。どうしようか」
 ちょうど真正面。歩いていく先の雲はどんどんと分かれ、代わりばんことでも言うように、虹が姿を見せていた。まるで誰かに上手く作り込まれた展開のように思えてくる。
「なんか、虹があるよ?」
「よし。行こうか」
 理樹の返事は待たず、手を取って来ヶ谷はゆっくりと走り出す。
 証拠も何もないのだけど、感覚が、間違いじゃないことを二人に教えてくれていた。きっとではなく確かに、いつか、雨を嫌いになって、雨上がりがどうしようもなく待ち遠しかった日はあったと。どうしようもなく、青空に届かなかった日も、間違いなくあったのだと。
 でも、今は、雨上がりを待って、雨の中を超えて、吹き始めの虹の風に乗って、二人で歩いていける。
 今なら虹の向こうにだって行けそうな、そんな気さえしていた。


[No.158] 2008/02/08(Fri) 21:59:05

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