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バレンタイン IN リトルバスターズ! - ひみつ@激遅刻 - 2008/02/09(Sat) 06:36:52 [No.160]
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水に流す (No.150 への返信) - ひみつ

『水に流す』







 彼女は今日も日傘を差している。
 朝の登校風景に、ひとつだけぼんやりと満月のように浮かび上がる白。くるくると回る。彼女の存在をよりはっきりと認識できる。
 相変わらず、彼女は今日も一人だった。
 ふむん、とひとつ頷き、僕は歩みを速めた。彼女といえば、その風貌に似つかわしい速度で歩いているので、追いつくことは容易かった。段々と近づく白い日傘。
 心臓の鼓動が早まる。毎朝のことだと言うのに、どうしてこう僕は興奮してしまうのだろう? 変態なのだろうか? 胸の内のもやもやが加速する。彼女の後方二メートルをキープしながら歩いていると、なんだか彼女の香りに包まれているようで……。
 ああ、僕はやっぱり変態なのだろうか? 僕は、毎朝これを繰り返している。彼女と着かず離れずの距離を保ちつつの登校を。これは俗に言うストーカーというものではないのか。いや、でも教室で会えば普通に話すし、一緒に野球をしたりもする。最近、一緒に登校しない理樹は怪しいと、恭介達にも言われるが、怪しいの意味が違う意味に聞こえてきて最近の僕は若干ノイローゼ気味だ。
 いやいや、そういう変態的なこととは無関係に僕はきっと彼女のことを真剣に「おはようございます、直枝さん」唐突に僕の苦悩を見透かすかのように正面から声がした。見るとスカートをひらり翻した西園さんが、こちらを無表情で見つめていた。
「……おはよう」
 挨拶をされたのだから、挨拶を返すのが道理というもので。人間挨拶を出来なくなったら終わりだよね。最近の若者は挨拶が出来ないと言われているけども、僕と西園さんは決してそんなことはないね。
「毎朝ストーキングご苦労様です」
 そんなくだらない現実逃避をしていると、西園さんの容赦無い言葉のナイフが僕をめった刺しにしてくれた。身体はこちらを向いているが、視線は決して僕のほうを向かない。それはそれで彼女らしいと思う。
 というか、彼女は僕の日課に気づいていたようだ。いつからだろうか。
「最初からです。尾行をするならあまり鼻息を荒くしないほうがいいと思いますよ」
 それは、君からいい匂いがするから。とも言えずに、僕は「はい」と頷き項垂れた。ついでに両手で頭を抱え、うわー、という感じを体現してみた。最悪だもの。今の状況。
「まあ、今までは見逃してきたのですが、今日は少し……」
 何かを言い淀む。見た目とは裏腹にはっきりと物を言う彼女には珍しい。生理だろうか?
「違います。まあ、そんなあなただから……」
 またしても言い淀む。間違いなく生理だな。
「違います」
 今度は少し怒気を含んだ言い方だった。生理じゃないとすればなんなんだろう?
「はあ。少しはそこから離れてください」
「そんなこと言われても……」
 僕には西園さんがイライラする理由が生理以外考えられなかった。聡明で、純粋無垢な彼女だ。そうそう何が起きたって怒るはずも無い。じゃあ、やっぱり生理しかないじゃないかと思うが、これ以上言っても違うと否定されるだけなので、心の内に『西園さんは生理の時苛つく』と覚えておくことだけに留めておこう。
「いいですか、直枝さん。一度しか言わないですからね」
「あ、うん」
 改まってどうしたというのだ? 西園さんは深呼吸を何回かした後、拳を握り、傘の柄をぎしりと軋らせ、意を決するように言い放った。
「付き合ってください」
「悦こんで」
 即答した。
「……少しは考えたらどうですか? というか、発音おかしくなかったですか?」
 わたしの勇気を返してくださいと言わんばかりにため息を吐く。
「西園さんからの申し出なら大歓迎さ!」
「……変態」
 なんとでも言ってくれ。いつの間にやら打たれ強くなってる僕がいた。野球で鈴にデッドボールばかりされてるからだろうか。あれも段々気持ちよくなってきているから困る。
「で、付き合うっていうのはどこに?」
「ああ、そこはちゃんと理解してるんですね」
「まあ」
「変に勘違いするようにわざわざあんな言い回しにしたと言うのに……。なんだかつまらないですね」
「そこまで馬鹿じゃないから」
「まだ、間に合いそうですね……」
 なにが? もう、彼女の言ってることがよく分からない。
「……で、どこ行くの?」
「海です」





***





 バスでの移動は何故か気が引けたので、徒歩と言う伝統的な移動手段を僕達はとった。幸い海はそれほど遠い場所ではなかった。歩いて一時間。それなりに距離はあるが、体育の時間と考えればそんなに苦痛ではない。
「一時間目は体育でしたね」
「十分、体育してるでしょ」
 さぼっているという自覚があるが故に、罪悪感があったが、運動したという事実がそれを少しだけ和らげてくれた。
 それよりも、息一つ乱さず、汗もかいていない西園さんに感服です。
 汗を出してくれたほうが僕としては嬉しいのだが。
「呼吸法を変えるだけで疲れないものですよ」
 そうは言うが、西園さんは異常だった。
「寧ろ、わたしからしたら直枝さんのほうが異常ですが」
 僕はというと汗をこれでもかと言うほどにかいていた。それは西園さんと二人で歩くという素敵行為により僕の興奮度がマックスまで高まったせいなのだが。
「西園さんは運動苦手だと思ってた」
「苦手ですよ」
 やっぱりね、と僕が笑うと、西園さんはふっと表情を緩めて「でも」と笑顔を作った。
「でも、歩くのは好きですよ」
 西園さんの笑顔が好きです。





***





 海に着いた僕達は無言だった。
 ただただ、無言で立ち尽くしていた。それでも不思議と悪い気はしない。
 それに何故だろう。以前にもこんなことがあった気がする。
「気持ちいいですね」
 沈黙を破ったのは西園さんだった。確かに彼女の言うとおり風が気持ちいい。
 まだ夏にも満たない季節。春が一歩だけ脚を踏み出した季節に、僕達は海を訪れた。
 周りには誰も居ない。海と風と空。僕と西園さん。なんだか嬉しかった。
 僕は、思った。
 彼女が好きだなって。
 唐突に思ったんだ。だから、素直にこの気持ちを伝えようと思った。
「あの、西園さん」
「直枝さん、この世界の秘密を知っていますか?」
 だけど、彼女は僕の話をシャットアウトするかのように話始めた。
「え?」
 この世界の秘密。どこかで聞いたことのある言葉だった。どこでだろうか?
「あなたは努力してきました。強くなるために」
「いや、そんなことはないと思うけど」
 僕の言葉を強く否定するため、西園さんは大きく首を横に振った。
 らしくない。そう感じるのが精一杯だった。
「いいえ、以前のあなたは努力していました。一生懸命に。強さとは何かと自分に問い、世界に問い。そして、少しずつですが、あなたは強くなっていった」
 ふと、彼女の頬が緩む。郷愁の念を抱いているのか。小さく波打つ海を見る。
「わたしたちは寂しくもありましたが、嬉しかった。喜ばしかった。あなたと、鈴さんの成長を願っていたから」
 鈴? なんでここで鈴が出てくるの? 今は僕と西園さん、二人の話をしているはずなのに。
 動悸が止まらない。うるさいくらいに聞こえる心臓の音。きっと彼女の耳にも届いているはずだ。
「だけど、あなたは間違えた。いえ、わたしたちが間違えたのかもしれない。それは分かりません」
「何を言ってるの?」
「最初に言いましたよね? この世界の秘密」
「うん」
「またやり直すだけなので、ここで全てをお話します。そうすれば、世界のシステムに従って、また始まりに戻るだけですから」
「え? いや、ダメだ!」
 ダメだ。まだ、僕は伝えていない。君に想いを。
 というか、何を焦っているんだ? でも、何かに追い立てられている。そんな気が……。
「焦っているのですか? 少しは気づいたようですね。まあ、もう何回目かも、わたしたちですら分からなくなっているんですから。あなたもデジャヴを感じてもしょうがないことなのでしょう」
 彼女の言うとおり、幾つものデジャヴを感じていた。さっきだって……。でも。
「待ってよ!」
「待ちません。聞いてください」
「い、いや……っ!」
 突然息苦しくなる。意識が……飛ぶ!
「恭介さんですか。お節介です。相変わらず、直枝さんには甘い。見せるべきです。今からわたしが……」
 恭介?

――ドックン!

「かはっ!」

――無重力の世界。

――覚えているのはガソリンの匂いと鉄の味。

――霞む眼球が捉えた映像は、真っ赤で真っ黒な世界。

――こんな地獄がこの世界にはあるのだ。
 
「今の……は?」
「見えましたか? それが現実です」
「げんじつ?」
 僕の疑問に西園さんは一切答えない。ただ空を見ていた。そして、誰とも分からない相手に話しかける。
「一度現実を見せてあげないとダメなんです。わたしは何度も言いました。挫折から学び、人は成長すると。こんな箱庭の中ではもう歪んだ成長しかありえない。だからこんなことになったんです。この役目は、わたしにしか出来ないものですから。みなさんあなたたちに甘いですから……」
「さっきから誰に話しかけてるの? ねえ!」
 僕の声に反応したのか、思い出したかのように僕に向き直る。
「直枝さん。この世界には秘密があります。それは、とても温かくて優しい秘密です」
「いやだ! 聞きたくない!」
「あなたは成長した。強くなった。ただ……変態になってしまった。そんなあなたでは、鈴さんと二人で生きていくことは難しい。だから、全てを終わらせます。また最初から。全ては無かったことに」
「いやだ! いや……だ……」
 くる。また、こんな時にばかり僕は……。
「さあ、そろそろ来る頃じゃないですか? ナルコレプシーでしたっけ? 眠いでしょ? 全て仕組まれているんです。さあ、委ねて」
 風が吹いた。日傘が空へと舞い踊る。ふわりと僕を何かが包む。
 西園さんが僕を抱きしめていた。いや。
「みんな?」
『わたしたちはみんなあなたのことが、あなたたちのことが大好きなんですよ』
「い、いやだ! 僕はまだ……っ!」
 瞬間、訪れる闇の世界。
 ああ、この世界は、こんなにも優しくて温かかったのか。





****





 目が覚める。
 カーテンの向こう側はまだ暗い。こんな時間に目が覚めてしまうなんて、持病のせいだろうか?
「ぐごー」
 きっと真人のいびきのせいだろう。
 まあ、なんにしても……。
「寝よう」





→start,again.


[No.159] 2008/02/08(Fri) 23:02:13

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