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2008年5月11日 (No.166 への返信) - ひみつ

 普通の家の母の日はどんなのだろう。
 私にはお母さんもお父さんもずっといなかった。
 周りにいたのはただ私を競争の道具としか見ない大人たち。
 だから競争に使うために時々通っていた学校で、母の日だからお母さんについて作文を書くよう言われた時は何一つ書けなかった。
 その作文はあいつも何も書けなかったらしく、あいつの顔にもはっきりわかるほど叩かれた跡があった。
 自分の痛みも忘れて、あいつが痛い目を見ていることが少し笑えた。
 そんなあいつからの陰湿なプレゼントなのだろうか。
 高校に入って初めてお母さんとお父さんに会えた頃は、あいつが優越感に浸りたいだけと分かっていても少し嬉しかった。
 去年の母の日はお母さんに喜んでもらおうとカーネーションを買って、マフィンを焼いたりもした。
 けれど無駄だった。
 あの日あったのはいつもと同じ報告を聞くことだけ。
 その時私はこの人たちは決して三枝家に逆らえないただの道具だとわかった。
 私には私を生んだ道具はいてもお母さんはいなかった。



 並べられた食事は豪勢でいかにもお祝いの時の風景だと思う。
 でもそんなのどうでもよかった。
 こんな人の母の日を祝う気にはなれないのにこんな食事出されても気持ち悪くなってくる。

「さあ、食べようか母さん。葉留佳もお祝いして」
「……」
「葉留佳あなたと一緒にこんな時間を過ごせて本当にうれしいわ」
「……」
「葉留佳学校の方はどうだい」
「しっかりと勉強しなさいね」
「勉強ばかりでなくクラスの子と仲良くすることも忘れないように」
「ねえ、去年もそんなことしか言ってなかったよね。カーネーションやマフィンのことよりも私の様子を聞くことばかり気にして」

 少しだけ二人の顔がひきつったように顔に変わった。
 そんな顔を見ていると余計に苛立ってくる。
 何かに脅えたように周りをうかがっている顔をすると、余計に私の顔に似てくるから。
 そんな顔をしていると私がこの人の娘だってこと嫌でも認めないといけないじゃない。

「母親が娘のことを気にしたらおかしい」
「気にしているのは佳奈多や三枝の家だけでしょ」

 バタン、ガシャーン

 立ち上がって皿を全部払いのけても二人の様子は全然変わらない。
 お母さんは「大丈夫」と私に声をかけ、お父さんは淡々と破片の後片付けをする。
 こんなの絶対親子じゃない。
 私を叩いたりしたら三枝の家に何されるかわからないとでも思ってるの。
 別にあの家の人間は私が叩かれても何とも思わないわ。
 だって、あいつらが一番私を叩いているんだから。
 そんなの気にせず私を叱ってよ、少しは母親らしいところ見せてよ。

「葉留佳あなたが私のことを嫌っていることはわかるわ。でもこれだけは信じて。私はね、あなたが……あなた達が健康に暮らしていくことが何よりも喜びなのよ」
「そうだね、私たちがケガでもしたら、お家の連中に何されるかわからないからね」

 ダダダ

 家を飛び出した私に後ろから何か言っているみたいだけど立ち止まる気にはなれなかった。
 もうどうでもいいや。
 私が死んでも悲しむ人より、きっと喜ぶ人の方が多いだろうしてもう死んでもいいかな。





 あの日から私は報告の日を無視し続けた。
 お姉ちゃんに色々と言われたけれどそれもどうでもよくなっていた。
 あの事故がなければ私はずっとそのままだったと思う。
 死んでもいいと思っていた。
 でも血がどんどん流れていくのを感じていると急にそれがつらくなった。
 そんなことを考えていると声が聞こえた。
 生き残った理樹くんと鈴ちゃんが強くなれるよう力を貸してほしいと。
 二人は私が死んだとき悲しんでくれる数少ない人、そう思ったから私は自分の想いをぶつけてみた。
 学校が街が人が次々と作られていく中で私はなぜかお姉ちゃんたちのことを考えた。
 私が死んでもきっとお姉ちゃんたちは悲しまない。
 もし世界を作り出せることができるのなら、私を大切に思ってくれる人が現実より多い世界になって欲しいと願った。
 私は心のどこかでお姉ちゃんたちに愛されていたかったんだと気づいた。



 あの不思議な世界が5月13日から始まったのは多分私の想いが強かったからだと思う。
 謙吾くんは古式って子が生きていたころに戻りたかった。
 恭介さんや真人くんは理樹くんと鈴ちゃんが強くなることを願っていただけだから日付はこだわってなかった。
 姉御や小毬ちゃんやみおちんは特に何も望む日はなかった。
 クド公はあの日嬉しそうにお母さんが宇宙に行くこと話してたから、ひょっとしたらクド公ももう一度母の日からやり直すことにこだわってたのかな。
 けど私はやり直すことができるのならあの日しか考えられなかった。
 でも結局戻りたいと願っただけで何をやったらいいのかはわからなかったから、同じことの繰り返しだったけど。
 そんな私を理樹くんが支えてくれた。
 そして初めて私は誰かが救ってくれるのを待つんじゃなく、自分の方が動こうとしなければ何も始まらないことを知った。





 ガンッ

「何するんですか!」
「何ってフライパン叩いただけよ。準備が進まないでしょ。はい、ぼうっとしてない」
「あんなに強く叩いといて何もなし。ひどいひどすぎる。きっとこれからも理樹くんとラブラブな私をねたんで、行かず後家になってネチネチといじめてくるんだ」
「もうちょっとお塩足した方がいいかも」
「えっ! スルー」



 三度目の母の日は初めてお姉ちゃんと一緒に祝う母の日だ。
 理樹くんも来てくれるようお願いしたのに、「今日は家族だけでお祝いした方がいい」と断られた。
 いずれ理樹くんのお母さんになるのだから遠慮しなくていいのに。



 事故の後私の世界はすべて変わった。
 目を覚ましたときお母さんたちは泣き疲れた顔をしてベッドのそばに付いていてくれた。
 あの地獄のような家の中で死にたいと思ったことは数え切れないほどあったけれど、私の命をこんなに心配してくれているとわかったら、頑張って生きようと思うようになった。
 私はお母さんたちに愛されていると初めてわかった。
 欲望の道具にされていてもそれでもお母さんは二人の父親を愛し、そして二人の娘を愛しているとわかった。
 私は愛されて生まれてきた、だから私も一番愛している人とずっと一緒に生きたいと考えるようになった。
 だから私は恭介さんが戻ってすぐに理樹くんに告白した。
 リトルバスターズの他の女の子はどの子もとってもかわいいから、告白受け取ってもらえないだろうなと思っていた。
 それでも私は最初からあきらめたくはなかった。
 そしてそんな私を理樹くんは受け入れてくれた。
 鈴ちゃんたちもきっと理樹くんのことを好きだったと思うけれど、それでも私の告白がOKされたことを喜んでくれた。
 ひょっとしてお姉ちゃんも好きなのじゃないかと聞いてみたら、馬鹿なこと言わないでと怒られた。
 赤い顔して言われても説得力ないのに。



「さてできたわね」
「お母さん、お父さん席について」

 二人で作ったごちそうメニュー、ところどころ失敗したかもって思う部分があるけれど喜んでくれるといいな。
 二人の父親、その父親の血をひく双子が並んで祝う母の日は、間違いなく普通じゃない母の日の姿だと思う。
 それでも私たちは今間違いなく幸せだ・
 だからお姉ちゃんと声を重ねて一つの言葉を言う。

「「お母さん、私達を生んでくれてありがとう」」


[No.172] 2008/02/23(Sat) 20:40:16

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