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all 第4回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/02/20(Wed) 22:28:34 [No.166]
ダイブ - ひみつ@遅刻 - 2008/02/23(Sat) 23:17:44 [No.178]
小鳥と子犬の恋愛模様 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:11:45 [No.175]
Step forward - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:11:29 [No.174]
散歩の途中 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:03:14 [No.173]
2008年5月11日 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 20:40:16 [No.172]
2月のクリスマス - ひ・み・つ - 2008/02/23(Sat) 18:31:36 [No.171]
真夜中の内緒話 - ひみつ ちょっぴり優しくして - 2008/02/23(Sat) 17:46:56 [No.170]
時をかけちゃった少女 - ひみつ - 2008/02/21(Thu) 02:58:00 [No.168]
感想会ログとか次回とか - 主催 - 2008/02/24(Sun) 23:06:52 [No.180]


散歩の途中 (No.166 への返信) - ひみつ

 幾つもの大通りを横切る形で長々と設けられた、川沿いの公園を散歩しているときのことだ。蝉の声のやかましい遊歩道の真ん中で突然鈴が立ちどまり、「この川って公園を作るときにわざわざ通したのか?」と訊いてきた。理樹は鈴と一緒に住んでいるアパートの近所に時々散歩に来るおじさんと、以前立ち話した折に仕入れた知識を総動員して答えた。
「いや、元は材木を運ぶための運河で、二十年くらい前に川を半分埋め立てて、上に公園を作ったみたいだよ」
 ふうん、と鈴は、自分から話を振っておきながら興味なさそうに頷いた。
「奥のほうまで歩いていくと昔材木を浮かべて保存してた池が残ってるらしいけど、見に行く?」
「別にいい」
 案の定素気なく返された。かと思ったら本当はちょっと気になるのか、「材木を貯める池――」と呟きながら、遊歩道のすぐ脇を流れる川を覗き込むような仕草を見せたりもして、何がしたいのかよくわからない。不機嫌一歩手前の鈴に特有の仕草だった。理樹は思い切って「電話、なんだったの?」と訊いた。
「お母さんだった」と鈴はなんでもないことのように言った。
「え? そうなの?」
「ん? どうしてそんな意外そうな顔するんだ?」
 目を丸くして訊ね返してきて、理樹は答えに窮した。不機嫌そうにしてたから、と素直に答えると、そんなことない、とそれこそ不機嫌に言われてしまいそうな気がしたのだ。とはいえ家を出る直前に電話が鳴って鈴が受話器を取り、毛を逆立たせた猫みたいにして短く受け答えをして受話器を置いた後、理樹に何を言うでもなく靴を履いて外に出て行ってしまったのは事実で、だからこそ今まで電話が誰からのものだったのか訊ねることができなかったのだが、鈴は理樹が何か言う前に「あー」と目を泳がせた。それからぽつりと言った。
「理樹の想像通り、たぶんちょっと不機嫌だ」
「ひょっとしてあの話?」
 小さく頷いて、鈴は歩き始めた。辺りに響くのは、水音、蝉の声、遠くを走る車の音。


 陽射しが強くて夏真っ盛りという感じでとても暑い。アスファルト舗装の遊歩道は川に沿って途切れることなくどこまでも続いているように見えるけれど、目を凝らしてみれば視界の奥で一度途切れて横断歩道になり、その先にまた同じ造りの遊歩道が伸びている。右側にはかろうじて底を見ることができるくらいの深さの川が流れていて、左側には太い枝に賑やかに葉を繁らせた染井吉野の木が点々と植えられていて、幹に札がぶら下がっていなければ理樹にも鈴にもそれが染井吉野だとわからないのは言うまでもないが、その木の向こう側には遊具とか小さな野球場とか林とか丘とか沼めいた池とかそういったものが道に沿って並んでいる。端的に言って無秩序だ。周囲をぐるりと見回して鈴は言った。
「変な公園だな。なんのためにあるのかよくわからない」
「なんのためにあるのかわからないためにあるんだよ」
「意味わからん」
「特に目的もなくのんびりと散歩してる僕たちみたいなひとが歩くには、厳密な目的を持った場所よりも、なんのためにあるのかよくわからない場所のほうがいい。――そういう場としてここはあるんだよ、きっと」
「理樹の言うことは時々抽象的すぎる」
 そうやって会話を交わしながら並んで歩いている。周りを木々に囲まれて、緑のにおいが濃密だった。木漏れ日が川面に降り注いで、その模様が一瞬ごとに変容していくのがよく見えた。ばさり、と鳥の羽ばたきがどこかから聞こえた。
「子供の話」
 鈴が突然ぽつりとそう言って、理樹にはなんのことか一瞬わからなかったけれど、お母さんからかかってきた電話の話だと気が付いて頷いた。船の形をした大きな遊具の前で子連れの女のひととすれ違って、喫煙所で囲碁を打っているおじさん二人組みの横を通り過ぎて、喫煙所の常として辺りが煙草臭くて、そのにおいは川面から立ち昇る水の香りと混ざり合っていた。
 鈴の言う子供の話というのは、一ヶ月前の命日に鈴の実家に帰ったとき、いずれ孫の顔が云々、ということを鈴のお母さんが遠回しに言ったら、鈴が鬱陶しがるのを取り越していきなりぶち切れたことに端を発するもので、どこにでもありそうな話ではあるにせよ鈴の怒りようは普通ではない。理樹はと言えば、息子を事故で早くに亡くし、娘は子供産まない宣言で、孫の顔を見る見込みをほぼ断たれた鈴の両親がかわいそうだとは感じなくもないが、意見は鈴と同じだ。春頃に後一年で大学も卒業だからということで将来についての真剣な話し合いの場を設け、真剣な話し合いの場とは思えぬほど短時間で、子供を作ることはしない、と結論が出ていた。
 遊歩道が途切れて普通の歩道に出ると、陽が照り付けて肌がじわりと焼かれるようだった。掌で顔を扇ぐ鈴の表情はぐったりとしていた。横断歩道を渡ってまた遊歩道に足を踏み入れて、木陰の涼しさに少し感動した。
「まあ、不機嫌になるのはわからないでもないかな」
「当然だ」と鈴は本当に当然だと思っている口調で言った。「理樹なんだから、あたしのことはだいたいわかるだろ」
「えーと」判断に困って訊いた。「それって喜ぶべきところ?」
「え? どうしてだ?」
 真顔で問われたので、「いや、聞かなかったことにして」と返してうやむやにした。鈴はしばらく首をひねっていたけれど、やがて気にしないことにしたらしく、「どうしてあたしが子供産むことになってるのかわからん。なんでだ?」と訊いた。素朴だが尤もな疑問ではあった。
「よく聞くのは、生物として本能的で自然なことだからとか、人間の義務や責任であるからとか、大人になるとはそういうことなのだとか――。まあどう聞いても胡散臭いけどね」
「胡散臭いというか気持ち悪い」
「気持ち悪いといえばむしろ、少子化の時代云々とかその手の物言いかな。あとは、幸せの形とか愛の結晶とか家族が増える喜びとかいうのがあるけど、いまいちよくわからないし、これが意外に一番暴力的だとも思うんだけど――。あ、でも、こうやって並べてみると、自然でもなんでもないことを自然なことのように偽装するのが、制度であり言説なんだなあって実感するよね」
 鈴が顔をしかめた。
「理樹の言うことはやっぱり抽象的すぎる」
「ときには抽象性の高い言葉も大事だよ」
「うーん?」
 またもや首を傾げる鈴を見ながら理樹は、色々言ってみたけど、そもそも疑問なのは、理樹と鈴の二人の関係の果てにどうしてもう一人別の人間が必要とされるのかという点だ、と思った。たぶん鈴も同じことを思っているのだろう。ひとの内心を勝手に推測するのも暴力的なおこないだけど、あたしのことはだいたいわかるだろ、という鈴の言葉を信じることにした。


 同じ大きさの石を地面の高さまで積み上げて金網で縛り上げた謎の物体が、川の流れを塞きとめるようにして置かれていた。その前で足をとめ、ざらざらした手触りの白い金属製の柵にもたれかかった。
「これなんだ?」
「わからない。濾過装置かな?」
「ふーん」
 石の間を流れる水のさらさらとした音がとても涼しげで、でも実際は全然涼しくなかった。並木の向こうの広場に、コンクリートの壁に向かって一人でボールを投げる小学生くらいの男の子がいて、ボールのぶつかる音がぽーんぽーんと、蝉の合唱に混じって一定の間隔で響いていた。全力でボールを投げたり打ったりしていた日々が懐かしかった。
「そういえば」と鈴は言った。「世の中は結構複雑なんだって、高校出てからは特に思うようになったな」
「いきなりどうしたの?」
「一応さっきの話の続き」
「それはつまり、学校を出て子供産んで家庭を作って、というのだけが生き方じゃない、っていう話?」
「ちょっと違う。――いや、ちょっとどころじゃなくて全然違う」
 そんなに力強く言い直さなくてもいいじゃないか、と落ち込んだ。鈴は柵から手を離してゆっくりと歩き出した。行く先は大振りの枝が空に何本も懸かっているせいでトンネルのようになっていて、木漏れ日がまだらな模様を道に落としていて、ざわざわと音を立てながら枝葉が風に揺れていて、それにあわせて光の模様もゆらゆらと揺らめいている、そんな様子がとても綺麗だった。
「木漏れ日のことを綺麗だと考えるのは」と立ちどまったまま理樹は思わず言った。「自分の本当の気持ちなのかな。それとも、住んだことどころか実際に見たこともない絵葉書的な田舎の風景に懐かしさを感じてしまうみたいな、類型としてのノスタルジーの一種なのかな」
 鈴は肩越しに振り返って、顔に木漏れ日を浴びて眩しそうに目を細めながら、そんなの簡単だと言わんばかりに答えた。
「両方じゃないか? どっちかに限定する必要もないだろ」
 成程、と素直に納得して、理樹は鈴の斜め後ろを付いていった。飼い主に連れられた大型犬が、暑がっている犬特有の荒い呼吸の音を響かせながら脇を通り過ぎた。黒くてふさふさの毛が暑そうだった。木漏れ日の話題などなかったかのように鈴は先程の続きを話し始めた。
「あたしが言いたいのは、「前」ってどこだ、ってことだ」
「どこなの?」
「知らん」
 わけがわからなかった。しかし二人はさしあたり、川に沿って、前へ向かって歩いてはいる。空気の緩やかな流れが肌に感じられた。しばらく歩くと左手に林のように連なっていた木々が途切れて、代わりに現れたのはなぜか土俵で、左側の川はいつの間にか水遊びができる浅さになっていて、実際に水遊びのためのものらしい浮島や、イルカの形をした噴水が水の中に据えられていた。今川に素足を浸けたら水は冷たいだろうか、それとも陽を浴びてぬるんでいるだろうかと不意に考え、柔らかい布に包まれるようなその肌触りを思わず想像したが、ところで今の鈴の言葉は、わけがわからないなりに言いたとえてみるとこういうことだろうか。
「自分の生をつくづくと省みるとき、わたしはそれが曖昧な形をしているのに驚く」
「きしょい」
「えー」
「いきなり変な一人称使うな。なんだそれ」
「あるローマ皇帝の一生を描いた小説に出てくる文章」
「成程」鈴は腕を組んで尤もらしい口調で言った。「さすが仏文学専攻だな」
「フランスの小説だってよくわかったね」
「ああ。まぐれ」
「ええー」
 鈴はその言葉をさらりと無視して、「まあ「曖昧な形をしている」っていうのは、たぶんその通りだ」と言い、少しだけ躊躇って、「あの事故の後で――」と滅多に話題に上らない事故のことを口にした。「事故の後で、気を使いすぎるひととか、逆に無神経すぎるひととかに色々言われて、むかついたってわけじゃないけど、なんかもやもやした」
「ああ、そっか」
 今度こそわかった気がした。引用をする必要なんて全然なくて、それはたぶん理樹も、鈴とまったく同じようにではないにせよ感じていたことだった。鈴の言葉を引き継いで理樹は言った。
「前向きに生きるだとか、悲しみを乗り越えてだとか、みんなのぶんも幸せにだとか――。確かにそんなことを言うひとはいたし、別にそう言うひとは悪いひとではないんだけど、前向きって言うときの「前」はどっちなんだというのは謎だね」
 鈴はこくこくと頷いた。話し込んでいたせいでしばらく気が付かなかったけれど、さっき見たのと同じ濾過装置と思しき物体を挟んで川はまた普通の川に戻っていて、その畔には小さな水車小屋が建っていた。一瞬水に浮かんでいるように見えた。建物の土台が、護岸から川面へ突き出るように組まれていたからだ。中を見たいと思ったけれど、建っているのは柵の向こう側にだったし、扉に鍵がかかってもいて入れそうになかった。鈴が残念そうな顔をした。
「見れないのか、これ」
「そうみたいだね」
 仕方ないので柵から身を乗り出した。水の香りを強く感じた。窓の奥に複雑に噛み合わされた歯車や石臼が見えて、小屋はちゃんと水車小屋としての機能を果たしているらしいとわかって、それはいいのだが、二人揃ってこうして腕で体を柵の向こうに押しやっているのは、傍から見ると凄く間抜けな光景かもしれない。着地してから辺りを見回した。誰も見ていなかったので安心した。蝉の声は知らぬ間に途切れていて、代わりに踏み切りの音が遠く微かに聞こえた。
「それで続きだけど」と理樹は砂で汚れた手を払って言った。「悲しみを乗り越えてだとか言われても、乗り越えられるような実体的な悲しみなんてないし、「前」と一緒で「越える」っていうのもどこからどこへなのかとても謎ではある。物語じゃあるまいし、どこかを「前」と見定めてそこへ向かって歩いていったり、何かを単に「幸せ」と言い表してそれを追い求めたりするような、そんな単純な世の中に僕らはきっと生きてはいない。世界はもっと複雑で豊かだ――。よくわからないけど、こんなところかな」
「やっぱり理樹の言うことは抽象的すぎる」
「だから言ったじゃないか。抽象性は必要だよ」
「うー、あたしはいじめられてるようにしか感じないぞ」
 そんなふうに拗ねる鈴の姿を見て理樹は、長い間抱えていた疑問が少しだけ解消されたと感じた。事故後初めて目覚めたとき、理樹は鈴に、何があろうとも僕がいる、一緒に生きよう、という内容のことを言って、それはプロポーズかと鈴に問われて、いやそんな大層なものではない、と返したのだった。どうして頷かなかったのか、自分のことなのに不思議に思っていたけれど、それはたぶん、そのとき心の中に渦巻いていたさまざまな感情を、プロポーズというただ一つの言葉に置き換え、まとめてしまうのが酷く嫌だったからだ。どこかが「前」で、何かが「幸せ」であるということが成り立たないように、あの気持ちも「プロポーズ」であるということにはならない。


 水車小屋を通り過ぎたところでまた横断歩道に突き当たり、そこで公園を出ることにした。土や緑のにおいが急速に遠ざかって、皮膚に感じる光の圧力が強まった。すぐ隣のコンビニでアクエリアスを買って二人で回し飲みすると、その冷たさが掌や喉にとても心地よくて、炎天下を散歩するのも悪くないなと内心で呟いたけれど、そこでそもそもどうしてこんな暑い日に散歩に出かけようとしたのかわからなくなって、まあ別にわからなくてもいいかと思った。店の前の駐車場では灰色の車止めが陽射しに熱く焼かれていた。
「で、そもそもあたしたちはなんの話をしてたんだ?」
「子供の話」
 そうだっけ? という顔を鈴はした。そうなんだよ、と理樹が頷き返すと、鈴は、そうだったか、と納得した表情になって口を開いた。
「子供の話で思い出したけど、さっき理樹が言ってた制度とか言説って結局なんなんだ?」
「うーん、なんて言うか、男と女の自由恋愛はあらゆる人間関係の中で至上のものであり、それはいずれ結婚に至って家族や子供をなすことにつながるっていうのは、別に根拠ないけどみんな信じてるし、信じてなくてもそうあるべきだと思ってる、ってところかな。――そろそろ行こうか」
 空き缶をコンビニの入り口脇のゴミ箱に捨てて出発した。
「じゃあそういうのはみんな嘘なのか?」
「それはわからない。何かが擬制であることは必ずしも悪くないしね。けどそこのところに対する問いを含んでいない場合、実在のひとにせよ虚構の物語にせよ、あんまり本当っぽくは見えないんじゃないかなあ」
 神社の先を右に曲がると、古い家並みの中を縫う裏路地に入り込んだ。ぐねぐねと曲がって先を見通せない狭い道を歩くのは、先に何が現れるのかわからなくてちょっと楽しい。八百屋、小さな駐車場、無数の丸い刻印のある細い坂道、その脇に建つ木造の家、軒先にぶら下がった沢山の風鈴、ちりんちりんと音を重ねる。二人ともしばらく無言で、周囲をきょろきょろと見回しながら歩く。焼けたアスファルトと湿った土のにおいが混ざって流れてくる。
「少なくとも僕は――」と理樹は何事もなかったように続けた。「小説とかで、男女が結ばれてめでたしめでたしで終わって、後日談でさらりと子供が出てきたりするのを見ると、ああそこに疑問を差し挟むことはしないんだなあとか思う。でも、これは好みの問題かな」
「なんか話が」抽象的だ、と言うとまた反論されると思ったのか、鈴は言いかけて少し考えて言い直した。「大きくなりすぎてないか。あたしたちの問題だったはずだぞ」
「うん。だけど改めて話し合うことなんてあったっけ?」
「お母さんの追及をどうやって回避するか」
 そういう現実的な問題があったかと理樹は思って、お母さんもかわいそうに、とはやっぱり感じたが、口に出すと蹴られそうなのでやめた。剪定をサボっているとしか思えない繁りすぎの生垣を越えて、洞のある巨木が道路に大きく飛び出していた。
「こういうときは、まさにその抽象性故に抽象的な言葉は役に立たないね」
「その言い方自体が抽象的でわけわからん」
 足場が組まれてネットに覆われた、工事中の小学校の前を通り過ぎた。やや下り勾配になった道を辿り、家と家の間の数十センチしかない隙間を体を横にして抜けるとようやく大通りに出た。大きな音を響かせて、色々な種類の車がせわしなく行ったり来たりしていた。上に遮るもののないせいで陽光がやけに眩しい。理樹は特に考えもなしに歩道を左に曲がろうとした。すると鈴が理樹の服の裾を引っ張った。
「理樹、ここどこだ? あたしはこんな場所知らんぞ」
「――鈴、ごめん」
「ん? どうした?」
「僕も知らない」
 理樹と鈴は顔を見合わせてとりあえず笑い、それから責任の擦り付け合いを一通り済ませると、知らない道を歩き出した。歩けば歩くほど「うー、あたしたちはこのまま街中で遭難してしまうんだ。人混みの藻屑と化すんだ」と想像力を豊かにしていく鈴が面白い。適当に歩いていけばどこかの駅にでも着くだろうし、そうすれば知ってる駅まで電車で行けるはずだけど、さしあたり二人は道に迷っていて、家に帰れなくて、だからまだ散歩の途中だ。


[No.173] 2008/02/23(Sat) 22:03:14

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