第4回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/02/20(Wed) 22:28:34 [No.166] |
└ ダイブ - ひみつ@遅刻 - 2008/02/23(Sat) 23:17:44 [No.178] |
└ 小鳥と子犬の恋愛模様 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:11:45 [No.175] |
└ Step forward - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:11:29 [No.174] |
└ 散歩の途中 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:03:14 [No.173] |
└ 2008年5月11日 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 20:40:16 [No.172] |
└ 2月のクリスマス - ひ・み・つ - 2008/02/23(Sat) 18:31:36 [No.171] |
└ 真夜中の内緒話 - ひみつ ちょっぴり優しくして - 2008/02/23(Sat) 17:46:56 [No.170] |
└ 時をかけちゃった少女 - ひみつ - 2008/02/21(Thu) 02:58:00 [No.168] |
└ 感想会ログとか次回とか - 主催 - 2008/02/24(Sun) 23:06:52 [No.180] |
世界を全て失ったと、古式みゆきはようやく自覚することができた。 視界の先に映る電信柱が自分から近いのか遠いのか、ひとつの瞳でははっきりと判別できない。距離感を掴むことのできないお前はもはや無意味なんだ、彼女は暗闇の奥からそう誰かに突きつけられた気がした。 「む」 難しい顔で目の前の同級生が考え込む。剣道と弓道、道は違えども武道に打ち込むその姿勢は、以前の彼女から見ても自分と似ているように思えた。 だけど、今はもう違う。自分はすべて失ってしまった。持ち合わせている時間のほとんどを鍛錬に費やしていた彼女は、やることがなくなってしまったのだ。ひとつのことに集中しすぎた彼女には他にやりたいことなんて思いつくはずがない。だから、なんでもいいから誰かに道を示してもらいたかった。 それなのに。 「古式、今のお前は突然の出来事に混乱してしまっている。時間を置いて改めて考えるべきだろう」 何を? 彼女は聞き返したい気分だった。それでも、こうして話を聞いてくれるだけましだった。他の生徒は彼女に同情の視線を向けるだけで、彼女と目が合ったとたんにさっと視線を逸らしてしまう。ついこの間まで、一緒に腕を磨いていた部員たちもそうだ。同情という生ぬるい世界に包まれていた彼女に対して、先を照らしてくれる人間なんていなかった。 「ん?」 ただ一人を除いては。それは敵意と呼ぶほどはっきりとしているわけではないが、確かに他の皆とは一線を画していた。しかし今のみゆきに直接問いただす余裕があるわけもなく、その場は疑問を残したままでいるしかなかった。 「え、笹瀬川さんのこと?」 クラスメートに話を聞くと、すぐにその名前が返ってくる。ソフトボール部に所属している彼女がなぜ自分にあんな感情をぶつけてくるのか、みゆきには分からなかった。それよりも彼女を苛むのは相変わらず自分を包む生ぬるい空気。かつての自分であれば気に留めることのなかったその空気に、押しつぶされてしまいそうになる。 助けて。 助けて。 彼女は心の中で何度叫んだことだろう。 けれども、彼女の声に気がつく人はひとりもいない。ずっと暮らしている家族でさえも腫れ物を扱うかのように対応される。 陰鬱な気持ちを抱えたまま教室に彼女が入ると、とたんにぎこちなくなる空気。もうどこにも彼女の居場所はない。 失った瞳の奥が酷く疼く。 逃れたい。 どうやって。 まだ未練が残っているのか、部活が終了して誰もいなくなった道場にみゆきは一人たたずむ。慣れ親しんだ匂いも風にさらわれて、ひんやりとした空気だけがみゆきの体を取り巻いている。 よろよろと、壁際まで移動するとみゆきは床に腰を下ろした。直に触れる部分から熱をゆっくりと奪われていく。緩慢な死が迫っている気がした。 思い出がありすぎた。顧問の教師からは別にやめなくてもいいといわれている。マネージャーとして他の子のサポートをしてくれるとすごくありがたいなんてことも言われた。でも、弓を引かない自分がここにいる意味なんてない。どうあがいても以前の自分に戻ることなんてできない。 ぽたりぽたりと雫が床に落ちていく。しゃくりあげるみゆきの体が小刻みに震えて辺りの空気をも揺らしていく。 そして、彼女は飛び降りた。 世界が闇に閉ざされている。 必死に両の目を開けようとしても得体の知れない力で上から押さえつけられている。外に向かえず逆流する激しい感情が内に向かって渦巻いている。 苦しみ、悲しみ、怒り。すべて負の感情で満たされており、それが彼女自身を傷つけていく。喘ぐように胸をかきむしっても救われることはなく、永遠と続く苦しさに気が狂いそうになる。 必死に手を伸ばすその先に見えるものを掴みたくて、精一杯身体を伸ばす。それでも届かなくて、届かなくて。喉から振り絞った声をあげて、みっともなく涙を流して、それでも届かないと分かった時に、ようやく力を抜いた。闇の中に沈んでいく身体を何かを取り込んでいく。 彼女が意識を取り戻した時、まるで世界に戻る代償のように片方の目を奪われていた。 「…………?」 失ったのは本当に片目だけなのか? 何か間違っていないだろうか。 何が起こったのだろう、彼女は混濁する意識を必死に呼び起こそうとするが、隅っこに追いやられる違和感がどんどんと小さくなってくる。考えなければならない、その思考さえも奪われて、黒一色に染まっていく。 やがて違和感すら消え去って、彼女は外の世界に放り投げだされた。野生の草食動物はすぐに立ち上がり走ることができる。同じ子どもでも人間とは大違いなのだ。 相変わらず彼女を取り巻く世界は同情に満たされている。みゆきはずっと水に顔をつけていたように苦しげに空を仰ぐ。流れていくすじ状の雲が世界の果てへと向かっていくように感じられる。 そっと左腕を伸ばし、そのまま肩の高さまで上げた。顔を伸ばした腕の方に向けると遠くの看板に狙いをつける。 「ああ……」 絶望だけがみゆきの心を満たしていく。真剣勝負の場では少しのミスも命取りになってしまう。彼女の抱える障害は集中力や経験ではカバーしきれないほど致命的であった。 果たして自分の人生は何だったのだろう、みゆきは自問する。物心つく頃には弓を手にしていた。周りの大人たちに混じって、はるかに大きな弓を引いてみせると、皆が褒めてくれた。それがうれしくてみゆきは――――。 「気をしっかり持て。お前ももっと芯の強い人間だと思っていたんだがな」 憔悴しきって、どこか諦めた感じのみゆきを見かねたのだろう。宮沢謙吾は校舎裏まで付き添ってくれる。 でも彼女に話したいことはない。話したところで何が解決するというのだろう。埒があかないみゆきの様子に、彼はいつまでも困り顔でいて、それでもみゆきを置いて帰ろうとはしなかった。 「私は、どうすればいいのでしょう」 「俺が言えるのは……」 慰めの言葉もみゆきの耳には入らなかった。淡々と時間が流れていくだけ、そこに意味があるのだろうかという問いに対して、答えることを誰もが避ける。 「いつもありがとうございます。私のために」 「いや、お前がな」 謙吾が言葉を切る、それは終わりの合図となった。一礼してさっと振り向くみゆきに横顔に暗い影が覆う。校門に向かう彼女からは、嘆息する彼の表情は見ることはできなかった。 「私はどうして……」 屋上まで来てしまっていた。 なぜなのか、よく分からない。 けれど彼女の運命がここへ来るべきだと強く訴えかけている。金網越しの風景が、まるで自分を閉じ込める檻のように彼女には感じられた。 「誰か教えてください」 当然、答えてくれる存在などここにはない。夢に浮かされたように現実味がない空間にみゆきはずっと立ち尽くしていた。 私は ここで 何を。 空気がびりびりと震えて、それは世界が望まない闖入者に対する警告のように、ノイズが走る。教師という名のイレギュラーたちは口々に響かない言葉を彼女に対して投げかけながら、ゆっくりとその距離を縮めていく。それは、哀れな獲物に群がる肉食獣だ。 狙いをつけられた獲物ができることはひとつだけしかない。 逃げること。 どこへ? 混乱するみゆきに追い討ちをかけるように。 風が吹いた。 「ちょっといいかしら?」 呼び止める声に振り向くと、不機嫌な表情を隠さずに女生徒が自分を睨んでいる。その顔に見覚えはあるが、名前はなんだったか、喉の奥まで出かかっているのに、何かが足りない。 「あなたね、見ているといらいらしてくるのよ」 「え?」 わけが分からない。 「確かにあなたが気の毒なことは認めるけど、ひとりで悲劇のヒロインぶって周りを巻き込まないでくれないかしら?」 「別に、そんなことをした覚えなんて」 ない、と言おうとしたその上から声を被せられる。 「あなたね、ひとつの道がなくなったからってすべてに絶望しましたって顔をするのはやめてくださらない。お気に入りのおもちゃを取り上げられた子どものようにピーピー泣くのはやめなさい」 「なっ」 何で、ろくに話したこともないような人に悪し様に言われないといけないのか、彼女の心に怒りの感情が芽生えてくる。 「あら、もしかして怒ったの?」 彼女が薄く笑った。 「でも、今のあなたに怒る資格なんてあるのかしら?」 「それはどういう」 「分からないのっ、あなたのわがままで宮沢様の将来をだめにしてしまったんじゃない」 「あ……」 目の前の少女の言葉が重くのしかかっていく。それはみゆきにも分かっていたことだけにこうして他者に突きつけられると改めてその重さに気づく。 「……まったく、宮沢様に相談を受けていただいただけでも羨ましいというのに……」 「え、何?」 あまりにも小さな声にみゆきが聞き返すと、少女ははっとしたように目を見開いた。 「な、なんでもありませんわ」 そしてなぜか少女の頬が赤くなった。 「とにかく、その陰気臭い顔をしゃんとしなさい」 「え、あ、うん」 気がそがれてしまったとでも言うのか、今のやり取りでみゆきの怒りとかそういう感情が消えてしまっている。 「まったく、本当に分かっているのかしら……」 腕組みをして大仰にため息。でも目の前の辛辣な言葉は、それだけにみゆきの心に強く響いていく。今まで彼女に投げかけられた言葉は優しさだけで中身が空虚なものだった。そうではなかったのかもしれないが、みゆき自身に受け止める余裕がなかった。 「でも、もしあなたが私と同じ立場だったら」 「そんなの決まっているじゃありませんか」 少女が誇らしげに胸を張った。 「わたくしが諦めるなんてありえませんわ」 後ろめたさなどかけらもない自信に満ちた言葉には、眩しげに目を細めるしかない。 「ああもう、何でわたくしがこんな役回りにっ、ともかく、もう小さな子どもでないんですからっ」 「ありがとうございます」 「へ、そう素直になられると調子が狂っちゃうのですけれど……でもまあ、分かっていただけたようで何よりですわ」 何でわたくしが、ぶつぶつ言いながら去っていく彼女はいったいなんだったのだろう、まるで嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。それだけ強い印象をみゆきに与えていった。 言われたことは分かるが、納得はできない。それでも、少女が自分のために力づけようとしてくれたことは分かる。わざわざ自分のために労力を割いてくれたことに感謝しながらも、みゆきはなかなか動き出すことができなかった。 その原因は、もちろんみゆきの心にある思い。 「会わないといけないのに」 ため息も重い。みゆきのために怪我を負った宮沢謙吾に会わなければならないと思っているのに勇気が出てこない。 「あ……」 いつしかみゆきはグラウンドに足を運んでいた。ここは確か、いぶかしげに首を捻るみゆきの耳に威勢のよい声が飛び込んでくる。その中に聞き慣れた声があったような気がしてみゆきは目をそちらに向けた。 みゆきはぽかんと口を開けた。 彼が手にしているのは、竹刀ではなくバットだった。いつから知り合ったのだろうか、仲間たちに囲まれて笑顔でいる彼の姿を眺めているうちに、彼の強さが羨ましくなってきた。どこが自分と違うのだろう。 それでも参考になるだろう。みゆきは汗を流す彼を一瞬たりとも見逃さないようずっと眺めていた。 私もあんなふうになれるだろうか、憧れが彼女を確実に変えていく。思いのほか単純な人間だったらしい、それでも構わないとみゆきは思い直した。 人間は成長するものだ。 でも、これですべてが解決というわけではない。 ひとつだけ、たったひとつだけ心残りが。 もし戻れるならば。 それは――――。 再び意識が閉ざされる。しかし今度は不思議と、彼女は絶望も焦燥感も抱くことはなかった。今までと何が違っているのか分からないが、世界は自分を見捨ててはいないとだけは分かる。 まるで夢から覚めたかのような気分だった。布団から身体を起こすと、何度も瞼を瞬かせる。気のせいか今日という日が初めてではない気がする。きっと寝ぼけているせいだろうと、彼女は結論付けた。 「まるでではなくて、本当に夢から覚めたんですね」 朝を告げる鳥のさえずりが優しく染み込んでみゆきの覚醒を促した。何の変わりもない自分が過ごしていた部屋。何の飾り気もなく自室は今まで歩んできた歴史を雄弁に物語っている。なんとも思わなかったはずなのに、少し寂しく感じるのはどんな心境の変化であったのか。 「あはは」 なぜだか、笑いがこぼれてきた。顔をうつむかせて声を押しとどめようとしても感情をコントロールできない。しばらくひとりで笑っていると、いつしか気分はすっきりとしていた。 「おはようございます」 「あら、何かいいことでもあったの?」 両親の驚く顔を眺めながら、何でもありませんよ、と答える。みゆきにはまだまだたくさんの時間が残されている。だからなんだってできるはずだ。そう気づかせてくれたのは誰か。分からない誰かに感謝をする、そうした気持ちこそが今の彼女に必要なことなのだろう。 「いいことはこれから見つけるんです」 向かう先はもちろん決まっている。 「おはよー」 「おはよう」 挨拶が飛び交う教室に足を踏み入れる。一瞬ぎくしゃくする空気。みゆきはそ知らぬふりをすると、わだかまったものを吹き飛ばすように息を吸い込んだ。 「おはようございます」 彼女が微笑みかけると、クラスの皆が驚いた表情で固まってしまった。 「…………?」 失った景色を取り戻すには、まず自分から変わっていかないといけない。そのための時間をみゆきは手にしている。以前よりも明るくなったと、友人が不思議そうに首を捻るのを軽く受け流しながら、みゆきはクラスの輪に溶け込んでいった。 「実は古式さんって、もっと怖い人かと思った」 「怖いですか……?」 「うん、なんかこう他人を寄せ付けない感じとでも言うのかなぁ。でもなんだか今の古式さんって可愛いな」 「なっ、可愛いってどういう意味ですかっ」 「わー、顔が赤いよ。もしかして照れてる?」 「照れてませんっ」 こんなふうに他愛もない会話でじゃれあうのも悪くないと、思えるようになった。こうした無駄を楽しめる余裕が前の自分には足りなかったのだろうとみゆきは思う。 不意に誰かの笑顔が脳裏に浮かんできた。すぐにそれも一瞬のことで、すぐに周りの会話に引き戻される。 それは移動教室のことだった。休み時間屋上へ上がる階段が目に入る。通り過ぎる時にかすかに後ろ髪を引かれる想いが浮かんでくる。 みゆきは衝動をたやすく押さえつけることができた。 「もう、用はないのです」 「古式さん、急がないと授業始まっちゃうよー」 「はい」 迷わず歩き出すことができる。 「あれは―――――笹瀬川さん」 聞いたことがないはずなのに、まるで初めから知っていたかのようにその名前が浮かんでくる。既視感と呼べるかは分からないが、みゆきは一言発しないといけない気がしてきた。 「ありがとう」 すれ違いざまにそっと呟くと、みゆきは前を見据えて歩き始める。死角から声をかけた少女の戸惑いが感じられて、なぜだか笑い出しそうになってきた。 [No.174] 2008/02/23(Sat) 22:11:29 |
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