[ リストに戻る ]
No.175へ返信

all 第4回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/02/20(Wed) 22:28:34 [No.166]
ダイブ - ひみつ@遅刻 - 2008/02/23(Sat) 23:17:44 [No.178]
小鳥と子犬の恋愛模様 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:11:45 [No.175]
Step forward - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:11:29 [No.174]
散歩の途中 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 22:03:14 [No.173]
2008年5月11日 - ひみつ - 2008/02/23(Sat) 20:40:16 [No.172]
2月のクリスマス - ひ・み・つ - 2008/02/23(Sat) 18:31:36 [No.171]
真夜中の内緒話 - ひみつ ちょっぴり優しくして - 2008/02/23(Sat) 17:46:56 [No.170]
時をかけちゃった少女 - ひみつ - 2008/02/21(Thu) 02:58:00 [No.168]
感想会ログとか次回とか - 主催 - 2008/02/24(Sun) 23:06:52 [No.180]


小鳥と子犬の恋愛模様 (No.166 への返信) - ひみつ

 ふと横目に見た先で、小さな鳥が二羽、じゃれ合うように澄んだ青空を飛んでいた。窓枠に切り取られた小さな空の中、くるくると二羽は旋回する。つつくように一羽が近づけば、もう一羽はそれをひらりと避けてみせる。何度も繰り返しては離れて、また近づく。決して追いつくことのない時計の針のように、時々歪みながらも、円を描きながら二羽は羽ばたき続ける。
 二羽はその鳥が訪れるのを待っていたのかもしれない。やがてもう一羽、小鳥が窓枠の空に飛び込み、三羽は鳥らしい鳴き声としか言いようのない風情の音色を残して、窓枠から完全に飛び立った。
 そのまま追いかけようとした視線は窓枠をはみ出し、かわってそこに映り込んだのは、部屋を共にして生活しているわふーと鳴く不思議な小鳥。一瞬その姿を想像してから、いや、と考え直し、もう一度窓枠から空へと視線を投げる。
 鳥、というよりは、どう考えても子犬だろう。
 青空を飛び回るよりも、野原からそれを見上げ、何処までも走り回る絵の方がずっと楽に想像ができる。もしそこにグラブと空を切る白球を描き込んだのならば、そのまま絵日記にだってなってしまう。
 様子を窺って見ると、どうやら探し物ついでに、棚の中のものを盛大に床にばらまいてしまったらしかった。今日だけですでに三回目。一回目は運んでいる途中に躓いて、二回目は引っ張り出すときに勢い余り、三回目の今回は分からないが、そう前の二つと理由はそう違わないだろう。例の鳴き声はもちろん一緒に、あたふたと撒いたものを集めている。
 そんな今まで何度も見た光景に、今更あきれられるはずもなく、何故だかほっとしたような心持ちで二木佳奈多は口を開いた。
「どうしたのよ、クドリャフカ」
「あ」とクドリャフカは佳奈多の方を視線だけで見てから、小さな声でわふーと鳴いた。
「これはまた、思い切った探し方ね?」
「いえ、その、これは捜索中の事故で、そんな理由のある行動ではないというかもしかしたらあるということもないということもないわけではないかも……」
 もはや意味の分からなくなった弁明をごにょごにょとクドリャフカは続け、そんな様子に堪えきれなかったのか、佳奈多は思い切りクドリャフカに両腕を伸ばす。状況が掴めず、やはり子犬のようにクドリャフカは目をぱちくりとさせる。
「あのぉ、佳奈多さん?」
 無言を貫いて、抱きしめてしまいたい衝動を何とか抑え込む。折角出してもらったミルクを思い切りひっくり返し、焦りながら困る子犬の姿とどうしてかクドリャフカが重なって見えた。たぶん、直前に子犬だのなんだのと想像していたせいだろう。
 深呼吸を一つ、落ち着きを取り戻す。なんでもないように伸ばしていた腕を戻して、一応は「何?」と訊き返しつつ、返答の届くより先に床に落ちた物を集め始める。クドリャフカもつられたのか、言葉を飲み込んで佳奈多と同じように手を伸ばした。
 シャープペン、消しゴムなどの文房具や、リング形式に閉じられた、まだ何も書き込まれていない単語帳などいろいろな物が姿を現していた。何本も新品の筆が混ざっていたりもして、ふと手にとった一つが存外に高い値段で驚いてしまう。
「これ、使わないの?」
「ああ、えっと、見ての通り」
 そう言いながら、落ちていた他の筆を拾い上げる。そのどれも新品だった。
「使い切れていない筆がほんっとーにたくさんあるんです。これとは別に今使っている筆だって何本もありますし……。おじい様がことあるごとに送ってくださるからなんですけれど」
 手に取っていた筆をくるりと一回転させながら、なるほどと頷いて返す。詳しく話を聞いたことはなかったが、壁に掛けられているタペストリーなどからでも、その「おじい様」の日本に対する熱の入れようが半端物ではないことは十分に分かっていた。正直なところを言えば、熱意空回りで間違った視点を持っているようにも思われる。
「それで、探してる物は見つかったの?」
 一拍間をとって、咄嗟に出てこなかった言葉を思い出してから話を続ける。
「犬のキーホルダー、よね?」
「はい」とクドリャフカは答えた後に、ちっちゃいせいかなかなか見つからないんですよね、と拗ねと諦めの入り混じったような子供っぽい言葉を漏らした。一瞬、ちっちゃいの言葉が、フィギュアのことを形容しているのか、それとも本人のことを言っているのか分からなくなる。
「何か、探すのにいい手段ってないんでしょうか」
「置いた場所とか、少しは覚えていたりしないの?」
 思案げに目を瞑ったクドリャフカの表情は、すぐに軽い泣きっ面へと変わる。「ごめんなさいですー」
「まあ、仕方ないわね」
 落とした場所やら置いた場所を覚えていたら、それはそもそもなくしものの内には入らないのかもしれない。
「佳奈多さんは、なくしものした時とか、場所を思い出せたりするんですか?」
「どうかしら」視線を落として、少し記憶を漁ってみる。「……第一、そんなになくしものをしないのよ」
 元も子もない返事だったが、漁ってみても出てくるものは特に何もなく、実際これ以外の答えは見つかりそうになかった。
「私、記憶が下手なせいで、実はかなりなくしものがあるんですよねぇ……」
 とっくの昔に知っていると、開きかけた口を抑え込み、何とか別の言葉を口にする。
「棚とかの引き出しに分け入れるのを意識して、記憶を整理したらどう? 少しは記憶がはっきりして、なくしものとかも少なくなるかもしれないじゃない」
「引き出し、ですかぁ」
「何か思い出したいと考えた時に、それを入れた引き出しを開ければそれでいいでしょう?」
 思いつきで言ったことだったが、それにしてもむちゃくちゃに過ぎるなと、説明しながら少し反省する。クドリャフカの視線が一度、部屋に置いてある棚へと向けられ、数秒後、また苦い表情へと変わる。
「うー、何だか、私の中には大きな引き出しが一つだけあって、その中に今までの記憶とか思い出とかみんなごちゃごちゃに入ってるみたいです……」
 クドリャフカの言ったとおりの絵はあまりにも想像しやすく、それでいて妙にしっかりとした説得力があった。
 よし、と一つ声を出してから、クドリャフカの方を見る。
「それじゃあ、気合いを入れて、部屋中をくまなく探すしかなさそうね」
 何か名案が佳奈多の口から飛び出るとでも思っていたのか、妙に間の抜けた調子で「そーですよね」とクドリャフカは答えた。



 記憶の引き出し。同じものを佳奈多が想像してみて描かれたのは、引き出しを二つだけ持ったものだった。一つではなくて二つ。思い出し、漁ろうとしたのは漠然とした過去。たぶん、引き出しが分かれた基準は明と暗。見たわけでも確かめたわけでもないが、きっとそうだった。自分のことなのだから、間違いはない。
 手は伸びもせず、その引き出しを引こうとしなかった。ただ、何をするでもなく立ちつくし、いつ頃からこんな風に分けたのだろうと考えてみる。目を瞑ってたどり着いた世界の中で更に目を瞑る。
 ――子供の頃から。その答えに行き着くのは簡単だった。そもそも選べるほど、永くは生きてきていない。瞼を一度開ける。目を瞑った先の世界が姿を現す。変わらず、そこには二つの引き出しがあった。
 明と、暗。昔の自分を哀れむわけでもないし、蔑むわけでもないが、それは、仕方のないことのように思えた。ため息を一つ、手を伸ばそうとした途端――世界は白く、霧散した。
 ふいに、窓から飛び込んできた厚い光の束が、閉じていた視界中を埋めた。唐突に映っていた世界が消えて変わる。呼び戻しに来た陽の光は邪魔くさくもあったが、近づいた窓から飛び込んでくる風は気持ちがよく、カーテンを閉める気は起きなかった。
 今頃は何をしているんだろうかと、違いといえば髪の結びぐらいしかない、自分とよく似た姿を今度は想像してみる。昔は、すぐに何処にいるかも、何をしているかも、ある程度は想像できた気がする。けれども今は、ほとんどその姿を描くことはできなかった。むしろ、その隣にいるはずの彼の姿の方が、色濃く想像することができた。
 ぴゅうと少し強めの風が外から吹き込んできたのと、「ありましたっ」とクドリャフカが叫んだのはほとんど同じタイミングだった。聞いてみれば在りかは何てことはなく、制服の内ポッケ、ということだった。何処にしまったというわけでもなかったのだから、棚とかをひっくり返しても見つかるはずがない。
 見つかったのなら少し休憩しましょうと提案すると、クドリャフカは元気よく頷いて答えてきた。探し物が見つかったせいか、動きも言葉の調子も跳ねるように軽い。
「お茶、お願いできる?」
「ラジャーッ!」
 テーブルに向かい合って座り、ひとまずお茶を一口。心底おいしそうに飲んで和むクドリャフカに、思わずもらって和んでしまう。お茶とともに、これから何かすることがあるかと考えても特には何も思い浮かばず、クドリャフカとお茶で和み続けることに決定する。
 窓の外からはまた鳥の鳴き声が聞こえていた。姿が見えないからあの小鳥たちではないのかもしれないが、その声は同じように聞こえる。薄ら覚えで、はっきりとは断定できそうにない。曖昧な記憶の鳴き声だけ含んだ空が、窓枠に囲われ広がっている。
 意識と視線を窓の外から戻してくると、ちょうどクドリャフカと視線が重なった。上目遣いに覗き込むように。クドリャフカはあまりに気持ちが表情に出やすい。何か、聞きたいことがあるようだった。
「何?」と佳奈多は言った。「私に何かついてるの?」
「そうではないんですけれど」
 一瞬、反応に遅れながら、恐る恐るといった感じにクドリャフカは言う。
「佳奈多さん。今日はリキや葉留佳さんと一緒のはずではなかったんですか?」
「今、彼の隣にいるのは葉留佳だけよ」
 それがどうかしたの、と口には出さず、お茶を口に運びながら目だけで伝える。
「今日は、葉留佳さんのバースデイ、なんですよね?」
「ええ、そうよ」
 誕生日なんだからと強引に彼を連れさり、今頃は何をしているだろう。ウィンドウショッピングついでに誕生日プレゼントでもねだっているだろうか。いろいろと姿を想像してみるが、しっくり来る二人の姿はやはり思い浮かばない。
 かわりに思い浮かんだのは葉留佳一人の姿だった。一緒に行こうと、持ち前のハイテンションで誘ってくるのを、用事があると言って断った自分の姿も一緒に思い出す。嘘で答える時のこの上ない常套文句。この返事をした時に、今日、クドリャフカの探し物をすることになるなんて事が分かるはずもない。
 ふと見ると、また上目遣いで覗き込むような視線を発見する。今度はさっきよりも聞きにくいことであるらしい。口元までもがあわあわとして忙しない。
 下手なことは言わず、目だけ合わせて言葉を促す。
「その、私なんかがこんなこというのも変だとは思うんですけれど」
 その、と自分自身を落ち着かせるように、クドリャフカは一つ間をとった。
「それで、いいんですか?」
「それで、って?」
「葉留佳さんが誕生日なら、佳奈多さんも、今日は誕生日ですよね」
 頷き、「ええ」と一言返す。
「でしたらなおさら、葉留佳さんと」
 そう言ってから、いいえ、と似つかわしくないほど強い口調で、クドリャフカは言葉を選びなおした。
「リキと、一緒にいなくていいですか?」
 静かに、手に持っていたコップを佳奈多は戻す。佳奈多さんも、と続けて言いかけたクドリャフカの声は、言葉半分に止められる。
「クドリャフカ」
 鋭く、それでいて強くない口調を選んで、佳奈多は言った。
「私はね、おじゃまむしになるつもりはないわ」
「おじゃまむし、ですかぁ」
「そう。おじゃまむし」
 少しでも知っている人から見れば、葉留佳が彼を好いていることは明らかだった。気持ちの問題に証拠も何もありはしないのだが、それでもそうだと思えるのは、たぶん、女の勘というやつのおかげなんだろう。
 ただ、普段の様子を鑑みると、クドリャフカも彼のことが好きなように感じる。本当に勘、何となくの話をしてしまえば、あの草野球チーム――リトルバスターズというらしい――の女性陣は皆少なからず彼を好んでいるのではないかとさえ思える。使った試しのない勘だから、たいした当てにはならないのかもしれないが。
「いいのよ、クドリャフカ」と呟くように佳奈多は言った。「私には、今で十分なのよ」
「十分、ですか」
「ええ」
 目を閉じ、もう一度あの記憶の引き出しの前へ。分けられた記憶や思い出が子供の頃のものなら、分けたのも間違いなく子供の頃の自分。仕方がないと、そう、思う。だからこそ、考えて嫌になる。自分ですら分けてしまっている子供の頃の記憶を、あの子はどうしたのだろう。自分と同じように分けたか、いや、分けることすら出来なかったのではないか。
 いくら想像してみても、そこがどうなっているかなんてわかりはしない。けれど、少なくとも今は、大好きな彼と二人でいるだろう今の時間は、きっと明るいものに違いはないと思えた。やはり、そんなところについて行くべきではないし、権利だって、ない。
「あの」とまた恐る恐るといったように、クドリャフカは言う。
「佳奈多さんは、何をそんなに遠慮しているんですか?」
「遠慮?」
 予想外の言葉に、自分を指さしながら思わず聞き返してしまう。
「あなたには遠慮しているように見えるの?」
 控えめながら、クドリャフカは確かに頷いて答える。
「遠慮なんてしてないわよ。本当に、十分なの。十分すぎるし、それに、やっぱりおじゃまむしなんて言われたくはないから」
「それですけど……葉留佳さんは、おじゃまむしなんて言わないと思います」
 私がいたら言われてしまうかもしれませんが、と頬をかきながらクドリャフカは言う。
「ね、クドリャフカ。きっと、葉留佳は今、幸せでしょう?」
「それは、たぶんですけれど、そうだと思います」
「好きな人と二人でいて、幸せじゃないわけがないでしょうしね」
 うんと、自分に聞かせるように一度頷く。
「それならやっぱり、私はそこにいなくていいのよ。私は彼のことが好きなわけでもないし」
 二人で幸せなんだから。そう言うと、わふ、となにやら鳴き声が返ってきて、ばっちりとクドリャフカと目が合う。変わらず、上目遣い。どうにも納得がいかないらしい。
「佳奈多さんは、今日、葉留佳さんに誘われたりしなかったんですか?」
「さあ、どうかしら」
 はっきりと返事は返さず、文字通りにしらばっくれる。
「……もし、ですよ」とクドリャフカは呟いた。「もし、私が葉留佳さんでしたら、特別な日には、大好きな人たちみんなと一緒にいたいと思います。もし葉留佳さんが佳奈多さんを誘っていたんでしたら、それは大好きなリキと佳奈多さんの二人と、一緒にいたかったからじゃないんでしょうか」
 クドリャフカの口調は、今日、葉留佳に誘われていたことを知っているような、はっきりとしたものだった。訊いてみれば「ちょっとだけ聞きました」と、予想通りの答えが返ってくる。
 葉留佳がクドリャフカになんと言ったのかはわからない。しかし何にしろ、今となってはどうしようもない。
「クドリャフカ。あなたこそ、彼と葉留佳を一緒にいさせてよかったの?」
 彼を好いているようだけれどと、何となしに思いついたような口ぶりで切り出し、根拠は勘だけれどね、と笑いながら付け足す。
「それは、女の勘、というやつですか?」
 クドリャフカの予想外すぎる反応に思わず目を開く。照れたりなんだりとしてわふわふ言っている内に話を煙に巻いてしまうつもりだったのに、くふくふ笑われてしまってはどうしようもない。
「かーなたさん」と、今度は妙に明るいテンポで、クドリャフカは言う。
「女の子の勘、っていうのは、好きな人のことにしかよく働いてくれないらしいですよ? それと、葉留佳さんが言うには、『お姉ちゃんと一緒に、理樹くん二人占めってのがいいデスネ』だそうです」
 あまり似てもいない声まねをした後、目だけで訴えかけてくるクドリャフカは作戦だったのか、それとも天然なのか。どちらにしろ、一本勝負でありながら、出し抜けに一本とられてしまったことには変わりなかった。真っ直ぐすぎる程の視線に目を合わせてから、やれやれといった具合に両手を上げる。
 仕方がない。そう心の中で呟いて、携帯を取り出す。クドリャフカの視線が不思議そうなものに変わる。
 数回の呼び出し音の後に返事が返ってくる。本人からおじゃむしと言われては面倒なので、かけた相手は葉留佳ではなくて直枝理樹の方。夕飯とか食事は控えてお腹を空かせて帰ってくるようにとだけ伝えて、電話を切る。
「クドリャフカ」と佳奈多は言った。「あなた、暇よね?」
 自分の誕生日に自分で料理をするというのも妙な話だと思ったが、あまり気にはしないことにする。
 普段の行いがある分、適当な理由を作れば調理場は簡単に借りることができそうだった。問題となるのは、たぶん、食材と人手。
「ラジャー!」
 何をして欲しいかを伝えるよりも早く、クドリャフカは敬礼の構えをとって、携帯を取りだした。
「恭介さんですか? えと、佳奈多さんがお誕生日のパーティを開くそうなので、私たちも一緒に――はい、了解、しましたっ」
 電話を切り、晴れ渡った笑顔を向けてくる。
「すぐに皆さんを呼び集めるそうですよっ」
 佳奈多はため息をつこうとしたが、それすら上手くすることができなかった。息をつく暇すらないという状況を、現実で味わったのは初めてだった。
「どうしてこうなるのかしら」
「佳奈多さん。佳奈多さん」
 呼びかけてくるクドリャフカは、両手の人差し指で頬の場所を指し示していた。その指に従うままに自分の頬に佳奈多は触れる。自分でも気づかない内、いつの間にやら浮かんでいた笑顔が、そこにはあった。
「佳奈多さんは、もっと素直になった方がいいと思います」
「あなたは真っ直ぐすぎるわよ」
「私の言ったこと、全部勘だったんですよねぇ」
 あははと一度笑い、見当違いならどうしようかと思ってましたと、クドリャフカは大きくため息をわふーと漏らす。
「その勘も、女の勘?」
 逡巡してから、「はいー」とクドリャフカは頷いた。
「クドリャフカ」
 笑えばいいのかため息をつけばいいのかもわからないまま、佳奈多は言った。
「女の勘が、好きな人のことにしかよく働かないって言ったのは誰だったかしら?」
「ですから」と携帯をとりだして指さす。「佳奈多さんと葉留佳さんでの二人占めは阻止させていただきましたっ」
 なるほどと思い、我慢できずに笑いあっていると、窓の方からまた鳥の鳴き声が聞こえてきた。歩いて近づき、窓枠から身を乗り出す。
 記憶の引き出しは大きいのが一個だけだなんていうクドリャフカの台詞を、ふと思い出す。もう一度、自分の中に引き出しを描いて、さっきは手を伸ばそうとも思わなかった記憶の引き出しを、今度はゆっくりと引っ張ってみる。片方だけ開いても、暗すぎて中は何も見ることができなかった。もう片方を開いても、今度は眩しすぎて見ることができない。
 両方同時に引き出し、二つをまぜこぜに、一つに移動させる。明かりが陰をつくって、陰の中からまた光が飛び出ていた。まるで、子供のおもちゃ箱のように、中はごちゃごちゃとして見えた。
 そしてこれから、更に加えられるはずのにぎやかすぎる記憶。
 ふと、どうして、葉留佳が今何をしているかを上手く想像できなかったのか、その理由がわかった気がした。可能性は二つ。一つは主観的に、もう一つは客観的に自分をとらえて。
 一つは、葉留佳が好きな人とどこに行くか何をするかなんていう色恋沙汰は、姉妹だって知り得ないということ。子供ではないのだ。恋の関係がなかった子供の頃は葉留佳のことがわかっても、今のことはわかるはずがない。
 もう一つは、その彼が、慕われている異性と二人きりでいるところを考えたくなかったからではないか、ということ。
 二つに一つと考えて、なんだかさっきとよく似ているなと佳奈多は思う。答えの出るものでもないだろう。後者は認められそうにないが、二つに一つでなくて、二つともが理由なのかもしれない。
 ――素直じゃない。
 そんな声が蘇り、行きましょーと呼ぶクドリャフカの声に、堪えきれず瞼を思い切り開いた佳奈多の視界へ、透き通る鳴き声を含んだ広すぎるほどの青空が飛び込んでくる。


[No.175] 2008/02/23(Sat) 22:11:45

この記事への返信は締め切られています。
返信は投稿後 30 日間のみ可能に設定されています。


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS