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No.191へ返信

all 第5回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/03/13(Thu) 20:57:40 [No.182]
音信 - ひみつ@リリカル☆遅刻 - 2008/03/15(Sat) 04:31:04 [No.192]
それは呪いにも等しくあり - ひみつ@マジカル☆遅刻 - 2008/03/15(Sat) 00:45:12 [No.191]
ヒット - ひみつ - 2008/03/15(Sat) 00:05:15 [No.190]
騒がし乙女の憂愁 - ひみつ - 2008/03/14(Fri) 21:50:34 [No.189]
二人きりの僕らに雨の音は聞こえない。 - ひみつ - 2008/03/14(Fri) 21:49:19 [No.188]
下弦の月 - ひみつ - 2008/03/14(Fri) 21:02:12 [No.187]
しあわせのおと - ひみつ - 2008/03/14(Fri) 01:52:21 [No.186]
ギロチン - ひみつ - 2008/03/13(Thu) 23:38:38 [No.185]
感想会ログとか次回とかですよ - 主催 - 2008/03/17(Mon) 00:47:13 [No.198]


それは呪いにも等しくあり (No.182 への返信) - ひみつ@マジカル☆遅刻



 逢魔ヶ刻。
 夕と夜の境界で揺れる陽が淡く照らす廊下を、理樹は歩いていた。
 理由は大したことではない。
 教室へ忘れ物を取りに行くためである。

 引き戸を開け、教室に入る。

「あ……」

 まず最初に目に入ったのは、自分の席に座り、腕を枕に寝入っている鈴だった。
 呼吸に合わせて肩が動き、長い髪が揺れる。穏やかな寝息が、静まった教室では心地よく聞こえた。
 一瞬、魅入る。
 僅かに開いた唇、閉じた目、綺麗な睫毛、沈み行く夕陽に照らされた艶やかな茶の髪。
 それらが、理樹の動きを止め、その視線を釘付けにさせた。
 忘れ物の事など、既に頭の中には無かった。
 普段意識しなかった鈴の可愛さが、可憐さが――ともすると、触れただけで壊れてしまいそうな儚さが、頭を埋め尽くす。

 聞こえる音は鈴の寝息だけ。
 外からの音はなく、理樹はその音を聞いていたいがために音を出さない。
 そうして、数十秒が過ぎただろうか。

 にゃう、とベランダから猫の鳴き声。

「……!」

 そこでやっと理樹は動き……そして、気付いた。
 鈴が枕にしている左腕。
 その手に握られているものに。
 そう言えば、と思う。
 小学校の頃は、今、鈴の小さな白い手に握られているものひとつで、騒がしくしていた連中も居たものだった。
 ふと、疑問。
 鈴は何故、それを握っているのかと言う。恐らく練習していたのだろう。
 だが、高校では中学までと違い、それを使う授業は無いはずだ。中学の頃のものを引っ張り出してきた、と言う事。
 では、何故わざわざ――

 考えかけるが、そんな疑問は今の理樹にとってはどうでも良い事だった。
 触れたい、と思う。
 どこで、どこに、と自ら疑問を抱く。
 そんなの、決まっている。鈴が握っているそれに、異性の持つそれに触れたいと思ったのであれば、必然と触れるべき箇所は決まっている。
 いや……自分の物でも、そうするしか用途のない道具なのだ。そのために生まれた道具だ。
 それは扱う者の技量によっては多くの人々を魅了しうる道具。主役となる事もあれば主役を引き立てるために使われる事も、そもそも使われない場合も。

「すぅー」
「!」

 理樹が身体を強張らせる。
 知らず知らずのうちに鈴へと近付いていたらしい。
 音も立てず静かに。無意識のうちの行動だったというのに。

「鈴……」

 名を呟き、改めてその姿を見る。
 陽はほとんどが沈み、髪を照らしていた朱はなく、闇に染まり始めていた。
 ……ソフト部かサッカー部あたりが練習を続けているのだろうか。
 校庭では照明が使われ、その白い光が夕陽の朱に変わって教室をほんの少しだけ、足元が見えるくらい照らす。
 歩ける。触れられる。

「でも」

 思い直す。無理だ。鈴の手に握られているのだから、それに触れれば、理樹が手にすれば――間違いなく、鈴は起きる。

「ん……」

 夢の中で何かあったのだろう。
 僅かに鈴が動き、手に握られていたものが、机の上で小さく音を立てる。
 鈴は、起きなかった。不思議と、目を閉じ小さく息を吐いて安堵する。

「あれ?」

 理樹が目を逸らしたその間に、鈴の手から、それは離れていた。

「そんな……」

 逡巡する。これなら、触れられる。手に出来る。
 ダメだ、と思うのに、その魅力に引き込まれる。ある種呪いにも等しい。
 また、鈴を見る。
 穏やかな寝顔。可愛い寝顔。
 出会った時は男の子だと思っていた。
 けれど、今の鈴は。
 近くに居すぎて、日頃意識する事は無かったけれど。
 クラスの男子にだってモテる。普段の行動と相俟って、それが一部の女子からの不評を買ってしまうくらいには。
 それくらい、鈴は可愛くなった。……或いは、鈴が可愛い事に、理樹が気付いた。
 それでも、普段から意識する事は無く。隣に居て、近くて、だから。

 そんな単純な見方だけではない、中学高校と経て、鈴は成長した。
 女の子らしく、他の子と同じように、年相応に。
 呼吸とともに上下する小さな肩。
 呼吸とともに上下する胸の膨らみ。
 唇。整った鼻。細い腰を覆う長くて綺麗な髪。
 こんなに可愛い女の子の持つ、その道具に、触れられたなら、きっと。

 男として。

「すごく、」

 幸せな事なんじゃ、ないかと。
 恭介はどう思うだろう。謙吾はどう感じるだろう。真人は……どうでもいいか。
 では、他の皆は。
 きっと、笑い飛ばす。それだけだ。大した事は無い。いつもと同じだ。少なくとも許されざる行為というわけではないだろう。
 いや、そもそも知られる事が無いのだ――鈴にさえ、気付かれなければ。
 近付く。手が届く範囲まで来た。

「鈴」

 また、名を呟き。

「ごめん」

 罪悪感から、事前の謝罪を行う。
 聞こえないのだから、意味のない行為。
 理樹の優しさゆえの言葉。けれど、そんなものを軽く越える、男としての欲望が、今の理樹を突き動かしていた。

 小さな寝息。可愛い寝顔。
 その手から離れ、危ういバランスで机の上に乗っていたそれを、理樹は手に取った。
 そして静かに握り、動かし、見る。『棗 鈴』と名前が彫られている。
 そこにあったはずの白い塗料はほとんどが禿げてしまっていたが。
 ああ、と思う。
 これは間違いなく、鈴の物だ。
 ならこれは、鈴しか使った事がないのだろう。
 誰にだって触れられていないはずだ。そこに踏み込ませないくらいには、鈴は堅かったような気がする。
 意識的にせよ、無意識的にせよ、だ。

 それを、理樹は、自らの口に、唇に、近付け……そして。

「………………」

 確かに、触れた。
 感無量だった。理由は説明出来そうもない。
 なのに無性に嬉しかった。達成感があった。


 ――――ぴゅるぴっ!


「え」

 あれ?
 息を吹いてしまったらしい。
 理樹が手に持った鈴のそれが――アルトリコーダーが、澄んだ音を奏でたのである。
 結構な音量だった。鈴が、その音に反応して目を開いた。

「んう……」
「え、ぁ」

 ただ元に戻せばよかった。だが、理樹は動揺していた。
 その事に思い至る前に、どうすればいいか悩みあたふたとし、そして。
 鈴が完全に眠りから覚め目を擦りながら顔を上げ。
 隣に立つ理樹と目が合った。その鈴の視界の隅には、理樹の手に握られたアルトリコーダー。
 少し、濡れているようにも見える。
 覚醒すると同時、状況を認識した。

「……理樹……」
「お、おはよう、鈴」
「……なにをしている?」
「えっと、」

 何を? そうだ、理樹は教室に何をしに来たのだったか。

「わ」
「わ?」
「WAWAWA、わすれもの〜♪」
「…………」
「…………」
「…………」

 外した。滑った。と言うかそもそも意味が無かった。
 鈴の疑問に対する答えには、決してなりえていない。

「それ」

 アルトリコーダーを指差す。

「ぅ」
「あたしの、だな?」
「……はい」
「なんで理樹が持ってる?」
「……はい」
「変態」
「……はい」

 否定のしようが無かった。





 その後。
 恭介たちには冷やかされからかわれ、リトルバスターズ女子メンバーには距離を取られたり弄られたり。
 鈴は一週間、口を聞いてくれず、

 杉並には「なんで私のじゃないの!?」と泣かれた。
 意味が分からなかった。


[No.191] 2008/03/15(Sat) 00:45:12

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