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No.224へ返信

all 第7回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/04/09(Wed) 22:56:46 [No.217]
猫は笑顔を求める - ひみつ 初、甘、遅刻 - 2008/04/12(Sat) 16:48:51 [No.235]
ある現実。 - ひみつ@初 - 2008/04/12(Sat) 14:30:58 [No.233]
私の幸せ - ひみつ@ちょいダーク - 2008/04/12(Sat) 05:43:01 [No.232]
幸薄い - ひみつ@ぢごく - 2008/04/12(Sat) 05:20:04 [No.230]
願い事ひとつだけ - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 23:01:20 [No.229]
儚桜抄 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 22:15:05 [No.228]
幸多き妄想の海にて少女はかく語りき。 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 21:52:10 [No.227]
ただ「生きる」ということ - ひみつ@容量越えのため厳しくお願いします - 2008/04/11(Fri) 21:48:46 [No.226]
幸福論 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 21:05:59 [No.225]
恭介の一問一答 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 03:53:14 [No.224]
[削除] - - 2008/04/11(Fri) 03:51:42 [No.223]
個人の力は無力に近し - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 23:03:31 [No.222]
棗家スタイル - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 19:19:51 [No.221]
シアワセの在り方 - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 11:56:52 [No.220]
[削除] - - 2008/04/10(Thu) 11:49:33 [No.219]
感想ログと次回と - 主催 - 2008/04/13(Sun) 02:33:14 [No.236]


恭介の一問一答 (No.217 への返信) - ひみつ

 どうにもやりきれない時、あの場所に行く。それは学校の中にありながら、僕にとって、僕だけの秘密の場所のようなものだ。
 それはなんてことない普通の教室で、僕がこうして秘密の場所として使い出す前はどこか名前も知らないような文化部が使ってたらしいということだけは聞いている。校舎の最上階、それも一番端っこの方にある表示もない教室だ。まあ、学校の中にあるというだけで、僕だけの秘密の場所というには程遠いのだけれど、それはそれなりに僕以外の人間が足を踏み入れることは考えにくい場所ではあったわけだ。
 授業が終わり何をするでもない放課後に、どうにもやる気が出ない授業の合間の小休止に、窓際の机に腰掛けて、机に突っ伏したまま横目で窓の外を眺める。窓から見えるのは校庭の隅に立っている背の高い木と、空、白い雲。時折視界の端を小鳥が飛んでいく。木の葉の揺れ方で風の強さがわかる。これからのことを思ってため息をつこうと、買ってきた雑誌を読んで腹を抱えて笑おうと、何をしても何を見ても誰からも干渉されない、自分しかいない空間。

 その日、いつもの通りに教室に行くと、そこには先客がいた。男子生徒。よりによって、僕のお気に入りの窓際の席に座って漫画雑誌なんぞ読んでいやがる。おかしそうに、時折肩を小刻みに揺らして。よくよく考えてみれば自分だって何の断りもなく使っていたのだが、そんなことはお構いなしにちょっとムッとした気持ちになり、勢いのままに教室のドアをがらっと開く。
 扉の音に顔を上げた男子生徒を見た僕は「あっ」と、思わず小さな声を上げてしまう。見知った顔、いや、正確には、僕が彼の顔を一方的に知っていたと言うべきだろう。
 彼の名前は棗恭介。この学校に在籍している人間で校長の顔は知らない奴はいても、棗恭介の顔を知らない奴はいない。この春三年に上がる、学園指定名物お祭り男だ。
 当の本人は初対面だというのに、僕を一瞥して「よう」と、まるで十年来の友に会ったように笑った。その笑みにすっかり毒気を抜かれた僕は、ふらふらと吸い寄せられるようにすぐ隣の席に座ってしまう。
「悪い。邪魔してるな」
「は、はい」
「ちょっとワケありで教室にいられなかったから来てみたんだが、いやいや、どうしてどうして、いい場所じゃないか」
 漫画雑誌を手に、本当は屋上に行けたらいいんだけどなー、などとのたまう棗恭介。屋上は確か年中鍵がかかっていて入れなくなってるんだとどこかで聞いたような覚えがある。なるほど、そう言われてみれば、だ。ここは学校内では屋上に次いで空に近い場所だと言えるかもしれない。
「よし、田中。今度から俺にもこの場所使わせてくれよ。見た感じ誰も来ないみたいだし、サボタージュにはもってこいだ」
「ええ、構わないですけど」
「よっしゃ、次は田中の分の雑誌も調達してきてやるからな」
 次の瞬間、棗恭介はもう視線を漫画雑誌に戻している。眺めているだけでこっちまで楽しくなってくるような笑み。
「……あれ?」
「んー?」
 何かが変だ。おかしい。
 僕以外誰も来ることがなかった教室に学園の人気者がいて、漫画を読んで笑い転げている。そこまではいい。そんなこともあるかもしれない。そんな台詞で片付けられる程度の珍事だ。
 だが、今目の前にいる学園きっての変人が、ご丁寧に僕の名前を知っているのはなぜだ? 僕と棗恭介が口を聞くのは誓って今日が初めてで、この学園における僕の知名度など、棗恭介に比べたらミジンコのようなものなのだ。それに、僕がよくここに来ていることを知っているような彼の口ぶり。この場所のことは、けして多いとは言えない友人にすら話したことはない。ましてその他ならば尚更だ。
「棗さん、ちょっと聞いていいですか」
「おう、なんでも聞いてくれ」
「どうして僕の名前、知ってるんですか?」
 ふむ、と少し考え込む動作をして俯く棗恭介。その端正な横顔にサングラスをかけて、ダークのスーツを着せてBGMを鳴らせばもうそれで立派なスパイの出来上がりだ。煙草を持たせて煙でも燻らせるのも悪くない。
 棗恭介はちらっとこっちを見ると、意味ありげに笑ってこう言った。
「職員室にある生徒名簿で見たのさ」
「めちゃくちゃ普通じゃないですか」
「はぁ? どんなのを想像してたんだよ」
「そりゃあれですよ! ショーンコネリーで007にミッションインポッシブルな感じですよ!」
 自分で言っててわけがわからなかった。軽く混乱している。なぜか乱れた呼吸を落ち着ける。このわけのわからない状況に、脳が焼き付けを起こしたみたいだ。
「まあ、ショーンコネリーはともかくだ、それは結構いいな」
「何がですか?」
「その、ミッションインポッシブルってやつ」
 そして棗先輩は、はっはっと笑った。本当に子供のように。
「ミッションとは等しくインポッシブルであるべきなのさ。だがそれは不可能って意味じゃない。誰もやったことがないことだから、可能か不可能かなんてそもそもわからないんだ。前代未聞とか、前人未踏とか、聞いててすごくワクワクしてこないか? そういうものを、俺は等しくミッションと呼ぶ」
 僕はわけもわからずに「はぁ、そうですねぇ」と相槌を打った。その反応が棗恭介のお気に召さなかったようで、そこからたっぷり一時間、スリルだの、冒険だの、燃えだの萌えだの、その他諸々についての講義を延々と拝聴する羽目になった。もう黙って漫画読めよ、とその間に十三回は思った。結局僕が彼のお勧めの蔵書(もちろん漫画だ)を七泊八日でレンタルすることになり、その日はお開きとなった。帰る所は同じなくせに、僕らは別々に教室を出た。空はすっかり茜色に染まり、運動部の掛け声が遠くに聞こえていた。
 小さな疑問など、もうどこかに飛んでしまっていた。





「田中は誰か好きな奴とかいないのか」
「なんですか急に」
「いや、なんとなく」
 教室に男が二人、ひっそりと恋バナなんて、考えただけでも背筋が凍る。いくらこの空間に慣れたからと言って、越えられない一線はあるのだ。恭介さんはそんなことお構いなしに、楽しそうに窓の外を指差す。
「ほら、見てみろよ。あの子なんかどうだよ。あれ、あの髪の長いツインテールの」
「ソフトの笹瀬川さんじゃないですか」
「なんだ、知り合いか?」
「いえ。全然」
 そんな他愛もない話をしながらも恭介さんの指は猛スピードで携帯を操作している。何をしてるのかはわからない。どこかにメールしてるのか、はたまたゲームでもしてるのか。恭介さんの行動を僕ら凡人の脳みそで量ろうとすること自体がそもそも無駄な行為なのだと最近ようやくわかり始めたところだ。
 恭介さんは大体週に一、二回の割合でこの教室に顔を見せる。僕だってそんなに暇じゃないので、いつもかもここにいるとは限らない。そう考えると、週に一、二回とはいえ結構な確率でバッティングしているような気がする。
 そんなこんなの全く自然な流れで、僕は彼のことを恭介さんと呼ぶようになった。漫画の貸し借りもかなりのハイペースで進んだ。だが、不思議なもので、この教室以外で僕らが会話するようなことはなかった。僕らの関係はこの教室の中でだけのこと。そんな暗黙の了解が形成されつつあった。まぁ、恭介さんの仲間同士で行われる喧嘩の武器調達(?)に呼び出されることはたまにあるんだけど。
「そういえば恭介さん、それ。何してるんですか?」
 恭介さんは「これか?」右手の携帯をくいっと持ち上げる。
「ふっふっふっ、知りたければここにアクセスしてみろ」
 ポケットから小さな紙を投げてよこす。見ると、それはQRコードとかいう奴だった。確か携帯のカメラで読み込むと良かったんだっけ。恭介さんのことだからきっとろくでもないことなのだろうと、おっかなびっくり読み込んでみる。
「…………」
「どうだ? 面白いだろう」
 恭介さんは言葉を失っている僕を見て満足そうに踏ん反り返る。
「一体なんなんですかこれは」
「見てわからないか? 結構でっかく『棗恭介の一問一答』って書いてあると思うんだが……そうか、これじゃ小さすぎるか。帰ったらもっと文字でっかくしといてやるよ」
「いや、そんなことしなくても十分見えますから。十分でっかいですから」
「そうかぁ?」
「僕が言いたいのは、いきなりこんなコーナー設立して、一体恭介さんは何がしたいんだよってことですよ」
「どれも等しくミッションさ!」
「いやいやいや! そんなわざとらしく歯光らせてスマイルったって騙されませんから! 騙されませんから!」
「ちぇ、理樹はこれでころっと騙されてくれたのになぁ。そのおかげで、たまに更新手伝ったりしてくれんだぜ? 田中、お前スレすぎだぞ」
 誰のせいだ、誰の。ていうか理樹って、あの直枝理樹か。あんなに純真そうな奴と並べられたら誰だって多少はスレて見えるんじゃないか。不公平だ。
「何がしたいか、かー。んな大層な理由があるわけじゃないんだがなあ」
「僕だってそんな大層な想像はしてませんて」
「つまんない奴だなぁ、田中は。夢はもっとでっかく持とうぜ」
 別に大きな夢を持っているわけではないが、この話題に夢関係ねぇよと思う奴はきっと僕だけじゃないはずだ。
「んー、まあ単純にだ。この学校にいる連中の質問に答えてみようかと思ってな」
「と、言いますと?」
「考えてもみろよ。俺は見ての通り三年だ。留年でもしなけりゃこの学校にいられるのは今年限りだろ」
「まぁ、そうですね」
「それなのに、だ。俺はこの学校にいる生徒大多数と親密な交流を持てずにいるわけだ。このままじゃ俺は同じ学校で学んだそいつらと何の関わりも持たずに卒業することになる。そういうのって、結構寂しいことだとは思わないか」
「まあ確かに……でもそれって普通のことじゃないですか。三年間っていう制限時間があるのに、すれちがった全員と友達になんてなれっこないですよ」
 言いながら、それは僕だって同じことだと思った。恭介さんが偶然この教室に来ようと思い、これまた偶然僕もその日にこの教室に来たという二重の偶然があったからこそ、僕とこの変人の交流が生まれたのだ。彼と何の関わりもないその他大勢の一人の僕は、三年の卒業に際して何の感慨も持たなかったに違いない。きっかけ。あの、些細なきっかけがなかったなら。
 恭介さんはそんな僕の思考を読み切ったように「そこで、これさ」おもむろに携帯のディスプレイを突き付けてくる。
「これなら手軽に誰でもコンタクトが取れるし、俺も気軽にレスポンス出来る。技術の進歩は有効に使わないとな」
「携帯持ってない人だって結構いますけど」
「それはおいといてだ」
 あ、額に冷や汗。
「ともかく! やらないよりはやったほうが面白いじゃないか! ほら見てみろよ。もう百はメッセージが届いてるんだぜ! どうだ!」
「いや、どうだ!と言われましても」
 確かにすごいことはすごいけど、一般の人々に言わせれば「だから何?」の一言で済まされてしまうような気がしないでもない。世間ってやつは、何の役にも立たない非生産的なことを嫌うものだと思うし。大抵の人間は常識とか、良識なんかに縛られながら生きている。そういう様々なしがらみから自由になりたくて、僕は誰もいないこの場所に来るようになったのかもしれないとも思う。
「……ん? どうしたよ田中」
「別に」
 非生産性の権化のような男が、よりにもよってこの教室で、こんな僕の目の前で小首を傾げている。人生わからないものだ、と思った。
「そうだ、田中も何か投稿してくれよ。何か俺に聞きたいこと、ネタでも何でもいいからさ」
 恭介さんに聞きたいこと、か。たくさんあるような気もするし、何もないような気もする。まぁ――
「また今度何か考えてみますよ。今色々やることあるから」
 そういうと、恭介さんは残念なような、納得したような、後が楽しみなような、何とも言えない複雑な表情をした。

「まぁ、修学旅行終わった後――ですね」





 そして、僕は今日もこうしてこの教室にいる。窓からは衰えることを知らない初夏の日差しが降り注ぐ。時折吹く風に白いカーテンが舞い上がり、僕は相も変わらず一人だ。
「――――」
 机に足を舟漕ぎをすると椅子の金属がきしんできぃきぃと嫌な音を立てる。何度も、飽きるまで何度も繰り返し、視線はいつだって扉の方に向かっている。その扉を開ける誰かを、僕はずっと待ち続けている。

 凄惨な事故だった。修学旅行中のバスが転落、そして炎上。死傷者は数知れず、楽しいはずの修学旅行は一瞬の内に血に染まった。幸い、というかなんというか、事故にあったバスとは別のバスに乗っていた僕は、休憩のために入ったサービスエリアでその一報を受けた。当然、修学旅行は中断、事なきを得た残りの生徒たちはすぐさま寮に帰された。学園は一時休校状態となり、寮に暮らす生徒も何人かは実家に帰っていった。
 ただ呆然としていた僕の耳に、事故を起こしたバスの中に三年の棗恭介が乗っていたという信じられない事実が飛び込んできたのは事故が起こってから一週間後のことだ。バスが炎上する直前にその場を離れることが出来た直枝理樹と、棗恭介の妹である棗鈴の証言が得られたためだ。確かに棗恭介はそのバスに乗っていた、と。二年の修学旅行の朝に姿を消しそのまま行方不
明になっていた矢先、誰よりも彼の近くにいたあの二人の証言だ。あの事故の犠牲者、身元不明の死体の山の中に、彼の身体が積まれているということはほぼ確定的になった。そんな知ら
せを、僕は休校中に暇をもてあました級友の口から聞いた。

 休校中も実家には帰らなかった僕は、足しげくこの教室に通った。事故以前よりも確実にその回数は増えていた。休校が解け、学園全体があの事故を忘れようとしていた時も同じだ。授業が終われば毎日この教室に来て、日が暮れるまでの時間を潰す。漫画を読んだり、ゲームをしたり、机の上に突っ伏したり。
 誰かを待っているのかもしれない。あの扉を開ける、来るはずのない誰かを。
 僕には彼が死んだなんて、とても信じられなかった。あんな、殺しても死なないような人間が、バスの事故なんかでくたばるわけはない。口に出すことはなかったが、無神経な級友が彼のことを話題にするたび、心の中でそう叫んでいた。
 そうさ、恭介さんが、死ぬはずなんかない。あんな事故なんかで。そう、あんな誰かも分からないような奴の証言一つで死んだことにされるなんて、不条理じゃないか。まったく、不条理じゃないか――
 だけど、本当はわかっていた。正しいのは周りの人々の方なんだって。恭介さんは、本当に死んだんだって。わかっていたけど認めたくなかった。認めたくないから、僕は何度もここに来て、来るはずのない恭介さんを待ち続けた。無駄なことだとはわかっていた。まったくの非生産性の極みだ。誰の役にも立たない、何を生み出すこともない、繰り返す日々の浪費だ。

『そうだ、田中も何か投稿してくれよ。何か俺に聞きたいこと、ネタでも何でもいいからさ』

 あの日恭介さんは確かにそう言った。僕は『修学旅行が終わってから』と答えた。
 僕は結果的に恭介さんに嘘をついた形になった。実を言うと、修学旅行に行く前にもう投稿は済ませてしまっていた。
 修学旅行に行く前日のことだ。兼ねてから恭介さんに聞きたかったことを書いてメールにした。他はふざけた内容の質問ばかりだったので、空気読めない奴みたいになりそうな気がしたが、そんなのでも恭介さんなら上手くさばいてくれるに違いないと、構わず送った。修学旅行から帰ってきた時にその答えを読むつもりだった。メールを送ってからサイトに掲載されるまでのタイムラグを計算すると、大体そのくらいが妥当なように思えた。そして、短すぎた修学旅行の後、その答えはもう二度と手に入れることは出来なくなってしまった。
 僕はあの時質問を出したことを後悔さえしていた。答えが返って来ないのなら、最初から質問など出したりはしなかった。サイトを覗いたのは恭介さんに教えてもらった時と、投稿した時の二回きりだ。もういない恭介さんの言葉を読むことに、僕はきっと耐えられないと思った。
 眠ってしまおう。僕はまた腕の中に顔をうずめる。恭介さんがいた時と同じように、グラウンドからは金属バットがソフトボールを叩く音がしている。

 携帯が震えた。

 僕は気だるくメールを開く。知らないメアドからのメール。少し苛つきながらメールを開く。書かれていたのは短い一文。

『田中さんへ。更新しました。見てください』

 咄嗟にあのサイトのことが頭に浮かんだ。メールにはそれ以外何も書かれていない。誰が送ってきたのかもわからない。でも、まさか。もしかして。震える手で、履歴に残されたURLを選択する。
 そこにあったのは、あるはずのない114番目の質問。



  いつでも脳天気に悩みのない毎日を過ごしておられる棗先輩に質問です。
  棗先輩のように毎日を楽しく、幸せな気持ちで過ごすにはどうしたらいいのですか?

                                               HN:田中



 僕は窓を開け放ち、叫んだ。

「ああああぁぁぁあぁぁああぁぁ――――――――――――――――っっ!!!!」

 肺活量の限界まで行く。
 グラウンドにいる連中が何事かとこちらを振り向く。

「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁ――――――――――――――――っっ!!!! あああああああああぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――っっ!! ぁぁぁぁああああぁぁあぁぁ―――――――っっ!!!」

 空は青く、夏の雲が風に流れていた。
 叫びは遠くまで届いたようでもあり、雫になって階下に零れたようでもあった。どちらにしても僕の内から溢れたものであることに違いはなかった。
 数分と持たず僕の喉は枯れ、後には空だけが残された。ここから見えるのは校庭の隅に立っている背の高い木、時折小鳥が視界を横切っていく。木の葉の揺れ方で風の強さがわかる。これからのことを思ってため息をつこうと、買ってきた雑誌を読んで腹を抱えて笑おうと、何をしても何を見ても誰からも干渉されない、自分しかいない空間だった。
 先生が数人、こっちの校舎に走ってくるのが見える。とりあえず、捕まる前に逃げなくちゃいけない。この場所を離れなくちゃいけない。しばらくこの場所は使えなくなるかもしれない。それでも構わないと思った。僕はこれからもしばらくはこの場所に居続けるだろうけど、扉の向こうにいる現れない誰かを待ち続ける必要はもうないような気がした。これが彼の言葉である保証はどこにもないけれど、僕がそう感じたのだからそれでいいのだと思う。理屈を考えるのは、現実的な連中に任せておけばいい。嘘ならば嘘でもいい。僕がそう思えたものが真実なのだから。
 だが、これを僕に見せた人間の名前だけは分かる。
 とりあえず、僕はそいつに会って、礼の代わりにこの教室のことを教えてやらなくちゃいけない。恭介さんと過ごしたような時間を過ごせるようになるかもしれないと、僕の心は久しぶりに躍る。そういうものをミッションと呼ぶのだと、僕に教えてくれた彼のお気に入りの場所にしばしの別れを告げて、僕は教室の扉を開いた。









  恭介からの返答

 まず言おう。
 田中……お前はぶっちゃけ鬱入っている。
 だからまたお前が元気にポポペプ語をぶちまけられるようになるために、一つ棗家に伝わる秘伝の方法を伝授しよう。本当だ。嘘だと思ったら我が妹に確認してみるといい。まぁ、あいつはシャイだから、素直に肯定はしないと思うがな。

 まず、部屋の窓を開く。
 息を腹に思い切り吸い込んだら準備完了だ。
 声の限りに思い切り叫べ。
 手加減するなよ。手加減したらこの方法は失敗だ。第一工程からもう一度やりなおすこと。窓閉めなおしってことだな。
 叫び始めたら、もう振り返るな。何も考えずにただただ叫び続けろ。
 喉が枯れてまともにしゃべれなくなったらOK。お前はもう脳天気なことしか考えられない、どこに出しても恥ずかしくない脳天気人間になっているはずだ。
 ちなみに俺も何回かやったことがあるが、「なんで俺こんなことしてんだろ……」と、やってる最中は逆に鬱入ったりもしたが、終われば必ず爽快な気分になる。おそらく声を出している最中の羞恥心とか、呼吸困難な感じから解放された感じが重要なんだろうな。

 まぁ、色々あるかもしれんが、頑張れよな、田中。


[No.224] 2008/04/11(Fri) 03:53:14

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