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all 第7回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/04/09(Wed) 22:56:46 [No.217]
猫は笑顔を求める - ひみつ 初、甘、遅刻 - 2008/04/12(Sat) 16:48:51 [No.235]
ある現実。 - ひみつ@初 - 2008/04/12(Sat) 14:30:58 [No.233]
私の幸せ - ひみつ@ちょいダーク - 2008/04/12(Sat) 05:43:01 [No.232]
幸薄い - ひみつ@ぢごく - 2008/04/12(Sat) 05:20:04 [No.230]
願い事ひとつだけ - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 23:01:20 [No.229]
儚桜抄 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 22:15:05 [No.228]
幸多き妄想の海にて少女はかく語りき。 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 21:52:10 [No.227]
ただ「生きる」ということ - ひみつ@容量越えのため厳しくお願いします - 2008/04/11(Fri) 21:48:46 [No.226]
幸福論 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 21:05:59 [No.225]
恭介の一問一答 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 03:53:14 [No.224]
[削除] - - 2008/04/11(Fri) 03:51:42 [No.223]
個人の力は無力に近し - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 23:03:31 [No.222]
棗家スタイル - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 19:19:51 [No.221]
シアワセの在り方 - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 11:56:52 [No.220]
[削除] - - 2008/04/10(Thu) 11:49:33 [No.219]
感想ログと次回と - 主催 - 2008/04/13(Sun) 02:33:14 [No.236]


幸福論 (No.217 への返信) - ひみつ

『幸福論』





 見事に盛り上がりに欠けた入学式は、淡々とスケージュールを消化していき、そのまま山場も無く終了した。大学といってもやることは今までと大して変わらないようで、安心したというか失望したというか。僕は席を立った。出口に向かいながら、早速ネクタイを緩める。息苦しい。この短い時間でこれだ。将来が少し不安になった。
 ふう、と息を吐く。式場の外はサークルの勧誘で一杯だった。それはもう。これは帰るのも一苦労だな、とそう思い落ち着くまでこの場に居ることにした。
 運良く空いていた傍のベンチに腰を落とす。行き交う人々を見て、とりあえず四年間よろしくと心の中で告げた。皆、笑顔で返してくれた、気がした。
 誰も知らない。そんな街で僕は大学生になった。逃げるように勉強をした。必死というのは、つまり、あの時の僕を指すのだろう。そのおかげで随分ランクの高い大学に入学することが出来た。ある種の強さを手に入れたんだ。未だに根強い学力社会の中を生き抜くためには必要なことだから。
 グッと両手を伸ばしストレッチをする。だるいだけの式で疲労感は一杯なのだ。順番に身体をほぐしていく。肩、肘、手首。
 ごちゃごちゃと動いていると、隣からの視線を感じた。鬱陶しかったんだろうか? そっとここから離れようと思い腰を上げた。
「ねえ」
 ふと、掛けられたその声に懐かしさを感じた。
 振り返ることに心が抵抗した。それでも身体は本能に従うように、反対に向き直る。そうした先で見た姿は、やはり心が拒否しただけはあるなと感じさせる人物だった。
 神様の悪戯、にしてはこの人選はどうかと思う。少し笑ってしまった。
「やっぱり」
 はあ、とため息を吐かれた。気の強そうなその目は健在だ。真っ黒なパンツスーツに身を包んでいて、パッと見では分からなかっただろうに。化粧も少しだけどしているみたいだ。大人っぽくてびっくりした。
「なんでいるのよ」
 ため息混じりにそんなことを言われた。
 それはこっちの台詞だ、と思ったけど、口には出せず「なんでだろうねぇ」と目を逸らしながら言うのが精一杯だった。
「まあいいわ。あなたもこの大学だったのね」
 頑なに無表情で淡々と喋る彼女は、少し大人っぽくなっていても、やっぱり二木佳奈多なのだろう。
「まあ」
「ふーん」
 じろじろと値踏みするように僕の身体を頭からつま先まで一通り見てくる。少し恥ずかしい。
「な、なに?」
「ああ。思ってたよりも悪くないわね」
 何がだ。
「あぁ、頭じゃなくてその格好よ」
 それはそれで失礼じゃないかな。
「褒めてるのよ。素直に受け取りなさい」
「……ありがとう」
「それでいいのよ」
 ふっ、息を漏らす。その仕草は学生時代に見せたそれとなんら変わらないものだった。
 服装だけで違う印象を受けたが、中身は相変わらずのようだ。皮肉ったらしい彼女の言い草に安心感を覚えてしまった僕は決してマゾヒストという訳ではない。久しぶりに知り合いに会った時、変わらないなぁって感じたら誰でも郷愁の念を抱くはずだ。つまり、そういうことだね、うん。決してマゾヒストという訳ではない。本当に。
「ああそうだ」
 僕が自分に言い訳をしていると「あなたの飼い猫は元気?」と思い出しように問いかけてきた。
「鈴のこと?」
「そうね」
「うん。元気だよ」
「そう、それはよかった」
「うん。まあ」
 ふと思い浮かぶのは家でごろごろしている鈴。きっと今もごろごろしているだろう。フカーとか、うにゃーだとか、うがーなんて叫びながら。微笑ましいというか何と言うか。
「元気すぎて困ってるぐらいなんだけど」
「ふふふ。何となく想像できるところが、あなたらしいわね」
 クスクスと笑う。初めてかもしれない、と思う。彼女の笑顔を見たのは。
 僕は馬鹿みたいに口を開けてその顔を見ていた。
「ん? どうしたの?」
「いや、二木さんも笑うんだなって……」
「はあ?」
 高校時代、彼女は風紀委員だった。だからだろうか。厳格でいようとしていたのか、彼女の笑顔を僕は見たことが無かった。笑えない人だと思っていた。
「なるほどね。あなたが私のことをどういう風に見ていたかは分かった」
「えーと、いやいや」
「まあ、そう思われても仕様が無かったんだろうけど」
 そう言って、彼女は視線をこちらに移した。二人で喋っていたのに今までお互いに目すら合わせていなかったことに今更気づく。見つめる彼女の目は、まるで僕自身じゃなくて、僕の中に何かを探してるような、そんな目だった。
「そろそろお昼ね」
「そうだね」
 さてと、と彼女が立ち上がる。
 久しぶりに会ったというのに淡白だ。それが、らしい、と言えば彼女らしい。
 そんなことを考えていると、くるりと彼女が振り返った。
「早く帰ってあげなさい。待ってるんでしょ?」
 何を言っているのか分からなかった。少し考えて、鈴のことを言っていると理解した。
「うん。早く行かないと怒られそうだ」
 ニヘラと笑う僕。呆れたような表情で見る彼女。相変わらずな関係。変わらないこと。それがひどく切なかった。
 じゃあ、と僕。
 じゃあ、と彼女。踵を返す。長い髪が、僕の前を横切る。ふわりとシャンプーのいい匂いがした。
 彼女の後姿が人ごみに消えるまで、僕はそれを眺めた。彼女の姿が見えなくなった後も僕はベンチに縛り付けられたように動かなかった。余韻に浸っていたかったんだ。久しぶりにあの頃を知っている人に会えたことが嬉しかった。
 周りに誰も居なくなって、やっと僕は立ち上がった。
 家に帰った後、鈴に容赦無く引っ掻かれた。





***





「直枝理樹」
「人違いです」
 まあ、彼女と入学式で会った時から薄々そんな予感はしていた。僕も彼女も文系の専攻で、彼女が文系学部で選ぶとすればこの学部しかないだろう。
「あなたも法学部だったなんて、意外ね」
「そうかな?」
 自然に僕の横に着席し、荷物を机の上に置く。バッグではなくクリアケースというところが彼女らしい。透けて見える中身は、筆記用具とノートだけ。不必要なものは一切持ち歩かない主義なんだろう。たぶん。そういう僕も、今日は大して荷物を持ってきていない。まだ授業は始まっていないからだけど。今日はカリキュラムの説明を学部ごとにするだけで、明日から授業が始まるそうな。実際、授業が始まったところで、この荷物が増えるかどうかは疑問だけど。
「二木さんは似合ってるよ」
「ありがとう」
 皮肉のつもりで言った言葉は軽く受け流された。
 それから僕たちは特に話すこともなかったので黙っていた。別段、無言が続くからといって気まずいと言うこともなかった。彼女と話をしていることのほうが事態としては異常だったんじゃないかと思うくらい、この沈黙は自然なものに思えた。
 と、説明員らしき人が講義室に入ってきた。周りの喧騒もシンと静まる。教壇に立ち、とつとつと説明を始める。
 隣の存在が気になり、ちらりと横目で覗き見すると、彼女は説明を聞く素振りも無く、つまらなそうな顔で窓の外を見ていた。つられて僕も外を見ると、特に変わらない、見ていてもおもしろくもない日常風景が広がっていた。
 というわけで、説明の内容は何も聞いていなかった。覚えていることは、最後に配られた冊子に今日話したことが全部書いてある、ということだけだった。それなら最初にこれ配ってくれたらよかったのにね、と僕が言ったら、彼女は、日本人は無駄に美徳を感じるのよ、とそれらしいことを言って帰っていった。
 僕は無気力感に苛まれながら家路に着いた。
 家に帰ると鈴は寝ていた。そっと、布団を掛けた。





***





 学校では基本的に二木さんと一緒に居た。
 特に話をする訳ではない。一緒に居て面白い訳でもない。ただ、たまたま顔見知りがお互いにしかいなかったことで、そういう関係になっていった。
 朝、最初の講義を一緒に受け、その次の講義も一緒に受け、学食で一緒に食事をとり、図書室で隣同士で本を読んだ。その間交わした会話は、挨拶とノートの貸し借り(主に僕が借りるだけ)についてだけだった。
 僕は、この関係を不思議に思いながらも、嫌という感情は浮かんでこなかった。どちらかといえば、心地よいとさえ思えるほどだった。
 そんな風に時は過ぎていく。満開だった桜は、緑色に芽吹き、長袖だった服装は半袖になり、昼間は汗が出るほどの。
 季節は夏になっていた。





***





 僕は学校を休んだ。
 天気予報を見ると今日は晴れだそうだ。降水確率0パーセント。この梅雨時に大胆な数字である。
 簡単に身支度を整える。日差しが強いということで、帽子を被った。タオルも2枚バックに詰め込む。ペットボトルを2本取り出し、そこに昨晩作り置いていたお茶を入れる。まあ、腐らないでしょう。こういう小さな節約が下宿生活では重要なのだ。
 鈴はまだ寝ていた。しょうがないので叩き起こすと、フカーッと引っ掻かれた。ねむい。いやいや。そして、二度寝を始めた。もう一度身体を揺すると、しょうがないなぁという風に欠伸をしながらも朝ごはんを食べた。
 家を出て、最初に僕を歓迎してくれたのは半端無い紫外線を撒き散らす日光だった。目を細め、空を仰ぐ。半端無かった。
 駅までは歩くことにした。バスが少ないこともあるが、こういう小さな節約が下宿生活では重要なのだ。暑さに弱い鈴はへたれていた。しょうがないなぁ。駅まで背負っていくことにした。
 駅に着いて切符を2枚買う。それをそのまま通し、ホームへと向かう。平日ど真ん中ということもあり、田舎へと向かう電車を待つ人々はまばらだった。これなら確実に座れそうだ。五月蝿いサイレントともに電車が到着した。僕らはそれに乗り込み、席を確保するや否や、眠りに落ちた。
 目を覚ますと丁度良く目的地の駅だった。慌てて立ち上がる。鈴も起こそうとするが、全くといっていいほど起きる気配が無い。しょうがなく担いで、滑り込みセーフとばかりに駆け込み降車を決めた。
 ホームに降り立ち、最初に深呼吸をする。荒くなっている息を整えるために。懐かしい匂いがした。
 鈴も目を覚ましたようで、自分の足で地面に立つ。ふぁ、と欠伸をひとつ。
 改札を抜け、駅前の花屋に寄った。予約をしておいた花がある。墓参りにどういった花がいいか分からなかったので、僕はイメージだけで菊を頼んでいた。それを受け取り、僕らはバスに乗った。また、席に着くとすぐに眠りに落ちた。でも、今回は安心だ。行き先は終点だから。





***
 




 バスを降りる。
 快適に冷房が掛かっていた車内に比べ、外は猛暑と言っても過言ではない暑さだった。帽子を被ってきて良かったと一安心。バッグからタオルを出し首に掛ける。おっさん臭いな。うるさいよ。
 この墓地にいるのはリトルバスターズのメンバー全員ではない。それぞれの家でお墓を持っているのだ。当然、違う霊園もある訳で。順番に回る上で、最初になるべく遠くのお墓から行こうと決めた。
 三枝葉留佳。
 最初は、彼女のお墓の場所すら分からなかった。何故だか、理由は分からない。担任に必死で懇願した結果、担任も必死で保護者の方に聞いてくれたようで、やっとその場所は分かった。
 墓標に刻まれた、『三枝葉留佳』の文字。ここには家族ではなく、彼女一人で眠っていることを示していた。そういえば、僕は葉留佳さんの家庭の事情とかを何一つ知らない。ただ学校で会って、一緒に遊んで、馬鹿みたいに笑っていただけだった。
 ふと、違和感を覚える。墓標が濡れている?
 だが、梅雨だといっても今日は雲ひとつ無い晴天である。昨日、雨が降っていたとは言え、乾いていないはずがない。まあ、ご家族の人が来ていたのかもしれない。なんせ、今日は彼女の、彼女達の命日なのだから。
 濡れた形跡を見ると、まだ近くにいるような。いや、それどころかついさっきまで居たのだろう。周囲を見渡す。人影は無い。
 お線香は上げていないようで、まるで僕の姿を見て逃げたような。そんな気がした。気のせいだろ。そうかな?
 一輪、花を供える。先ほど、売店で買ったお線香に火を点ける。白い煙が空へとゆらゆら舞い上がる。
 僕は目を閉じて手を合わせた。瞼の裏では、楽しかったあの頃が再生されていた。笑顔、笑い声、拗ねた顔。周りを驚かしたり、悪戯には定評のある葉留佳さん。僕は思わず笑ってしまった。楽しかったんだ。やっぱり、あの頃は、本当に、楽しかった。
 もう戻れない。
「うっうっ」
 そう思うと、涙が止まらなかった。一人目でこれでは先が思いやられる。でも、思う存分泣こうと思った。今日だけはいいよね。後は、笑って過ごすから。僕は笑って生きるから。皆が笑えなかった分、全部全部、僕が笑ってあげるから。
 ジャリ。
 後ろから音がした。涙も拭かずに、僕は後ろを振り向いた。
 そこには、最近では馴染みの顔になった彼女が立っていた。
「情けない顔」
 そう言って、彼女はハンカチを差し出した。僕はそれを受け取らず、肩に掛けたタオルで涙を拭いた。
 鈴がフカーッと彼女を威嚇する。僕はそれをドウドウと宥める。
「私のこと嫌いなのかしら?」
「いや、人見知りしてるだけどだよ」
「どちらにしても少しショックね……」
 はあ、とため息。その仕草は余りにも彼女に似つかわしすぎる。少しだけ、現実に引き戻された。そんな気分になった。
 だからだろうか。僕は不躾過ぎる質問を彼女に投げかけた。
「なんで?」
「何が?」
「なんで二木さんがここにいるの?」
 僕の質問に、彼女は答えない。ただ、僕の後ろの墓標を見つめていた。見たくないけど、見ないといけない。そんな目で。
 僕たちは、こんなところで会ってもいつものように沈黙している。蝉の声だけが五月蝿く響く。
 そっと彼女が屈んだ。そして、手を合わせる。僕ももう一度手を合わせて、目を閉じた。
「クイズ」
「え?」
「つまらないクイズを出してもいい?」
「どうぞ」
 目を開けずに僕は返事をした。
「私には妹がいた」
 初耳だった。
「その妹は私を憎んでいた。だから、私も憎まれる対象でいようとした」
「……」
「その内に妹は死んだ」
「……」
「さて、私達は幸せだったでしょうか?」
 どう答えればいいんだろうか。僕には分からない。だから、僕はヒントを貰おうと思った。
「その関係は辛かった?」
「そうね」
「二木さんは、その妹のことが嫌いだった?」
「嫌いじゃなかった」
「好きだった?」
「……好きだったわ」
「じゃあ、幸せだよ」
 僕は彼女の方に笑顔を向けてそう答えた。二木さんは粟を食ったような顔をしていた。
 そして、「そんなことあなたに分かる訳無いでしょ」と怒っていた。じゃあ、そんなクイズを出すなと思う。思うだけで口には出さないけど。
 彼女がため息を吐く。最近、聞きなれたその声。「帰るわ」と一言呟いた。その後、小さく「ありがとう」という声が聞こえた、気がした。
「ああ、そうだ」
「なに?」
「クイズ」
 まだあるのか。
 それよりも、今度の民法のノートを貸してください、と僕は言いたかった。
「あなたは今幸せ?」
 即答出来なかった。
 彼女は、じゃあ、と去っていった。去り際に、民法のノートは今度学校で貸してあげるわ、と一言付け加えてくれた。
「ありがとう!」
 僕の声に、手をひらひらするだけで答えた。
 僕は考える。彼女のクイズ。僕は、今、幸せだろうか?
 答えが分からず、僕は土に眠る葉留佳さんに聞いてみた。返事は無かった。あるはず無いよ。
「ねえ、鈴」
 隣に座る鈴に、僕は問いかけた。
「僕は今幸せ?」
 未だ眠そうな顔でいる鈴は、首を傾けた後、欠伸交じりに答えた。
「ふにゃー」
 それ以上の返事なんてあるはず無いのに。僕は太陽が真上に昇るまで、その場に立ち尽くしていた。
 答えが欲しくて待っていた。


[No.225] 2008/04/11(Fri) 21:05:59

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