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No.227へ返信

all 第7回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/04/09(Wed) 22:56:46 [No.217]
猫は笑顔を求める - ひみつ 初、甘、遅刻 - 2008/04/12(Sat) 16:48:51 [No.235]
ある現実。 - ひみつ@初 - 2008/04/12(Sat) 14:30:58 [No.233]
私の幸せ - ひみつ@ちょいダーク - 2008/04/12(Sat) 05:43:01 [No.232]
幸薄い - ひみつ@ぢごく - 2008/04/12(Sat) 05:20:04 [No.230]
願い事ひとつだけ - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 23:01:20 [No.229]
儚桜抄 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 22:15:05 [No.228]
幸多き妄想の海にて少女はかく語りき。 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 21:52:10 [No.227]
ただ「生きる」ということ - ひみつ@容量越えのため厳しくお願いします - 2008/04/11(Fri) 21:48:46 [No.226]
幸福論 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 21:05:59 [No.225]
恭介の一問一答 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 03:53:14 [No.224]
[削除] - - 2008/04/11(Fri) 03:51:42 [No.223]
個人の力は無力に近し - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 23:03:31 [No.222]
棗家スタイル - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 19:19:51 [No.221]
シアワセの在り方 - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 11:56:52 [No.220]
[削除] - - 2008/04/10(Thu) 11:49:33 [No.219]
感想ログと次回と - 主催 - 2008/04/13(Sun) 02:33:14 [No.236]


幸多き妄想の海にて少女はかく語りき。 (No.217 への返信) - ひみつ

 幸多き妄想の海にて少女はかく語りき。
 ―ある一般行為において百聞は一見に勝らぬ事を体感した私の記録―







 これはある澄み渡った夕暮れ時の出来事を、家政婦が如く垣間見、聞き耳立ててしまった私の記録でございます。徒然のままに書き込むべきである雑記帳を切り離し、こうしてみょうちくりんな勢いを持って記すのも、偏に私の持ち合わせる精神力が脆弱に過ぎ、とても平素のままに書いては文章が地で暴れふためく大根ミミズのようになってしまうと危惧したからなのです。とはいえ、人伝に知った最終的事実として、当時の私のか弱き心情の荒波は、私が妄想幻想を目を瞑ったままにいきおい走り抜けてしまったせいに他ならないらしいのですが。
 私が彼らを「偶然」にもこの眼に納めてしまったように、この文章をもしや誰かが目にとめててしまうのも、大変酷く困りはしますが世の必定というものでしょう。
 うっかり目にとめてしまわれた、貴方。
 願わくは自己想像以上に心打たれ弱くも、流血沙汰まで納豆よろしく粘り続けた私に声援を。そして彼らには、目を瞑る私の言葉に惑わされることなく正しき見解を。 



   ○



 ぱたりと、私が携帯していた文庫本を閉じた時でありました。暑苦しいまでの太陽の熱視線を受け、長くマウンドに伸びる影二つ。姿をはっきりと見ることは出来ませんでしたが、私がマネージャーを務めている野球チーム「リトルバスターズ」において、マウンドで練習をしているのは鈴さん以外に思いあたりはありません。そうなれば、もう一つの影はバッテリーとして共に練習を繰り返す直枝さんと私が決定づけるに問題は全くなかったのです。
 二人はなにやら話し込んでいる様子で、鈴さんが耳に手を当てたり頭を忙しげに振り回すのが覗えました。しばらく反復して行っていたようですが、直枝さんが何事かを提案したようで、二人はぽつりぽつり歩いてグラウンドを横切り、部室の中へと吸い込まれてゆきました。
 思案した私が辿り着いたのは、鈴さんが何処かお体の調子が芳しくないのではという想像でした。そうであるならば、このチームのマネージャーである私が行動を見せるのはあまりに当然であり、鈴さんが心地よく練習する手助けをすることもやぶさかではございません。
 そこで私は、ひょいひょいと二人の後について部室に向かったのです。
 しかし、のらりと歩いて着いた部室の扉を前にして私の手は虚空に澱み、その扉を開くことが出来ずにいました。無論、手足同じく思考も絶賛停止中。嘆かわしき我が弱き心。
 即効性の麻痺毒でも注入したかのように私の全てを止めたのは、室内から零れてきたか細い、私にとってはしかし雷鳴が如く轟々とした破壊力を持った、鈴さんの切ない声だったのです。
「あっ――いたっ……。り、理樹、いきなりそんな奥までいれちゃ、だ、だめだろぉ……」



   ○



 えっと、こんにちは。あれ、こういう時って挨拶するものなのかな?
 まぁ、いいか。
 ともかく、目玉が飛び出てしまいそうな驚きを伴うとんでもない何かの本のページを「このエロエロ少年め」という一言と共に渡されてしまったので、物語の途中のようだけれど少ないスペースに無理矢理でも割り込みさせてもらうことにします。
 正しき事実をこの文章に。


 あの時、太陽光線のど真ん中に立っていた鈴が不思議そうに首をかしげ、マウンドの上から僕を手招きして呼びました。耳に手を当てたり、僕の目の前で耳から頭の中の何かを振り出すように髪を振り回したりします。
「どうしたの?」
「理樹。少し離れてあたしのことを呼んでみてくれ」
 返答としては五十点がつくことすらかなわないであろう意味不明な言葉に従い、僕は少し離れて鈴を呼んでみました。改めて名を呼ぶのはどうにも恥ずかしいなんて思っている僕をよそに、不可解といった様子でやはり鈴は首をかしげます。
「どうしたの?」
 再度、僕は鈴に同じ言葉を訊ねてみました。
「何か、耳の調子が悪くてよく聞こえてない気がするんだ」



   ○



 私は、自分の耳の調子がどうかしてしまったのではないかという不安に襲われました。幻聴を聞き届けるなど、この年端、若さにおいてあってはいけませんし、ましてその相手が友人ともなれば尚更のことです。
 深呼吸を一つ二つ、三つ四つ五つ。何とかして荒ぶる心拍を宥めようとする私でしたが、その努力全てが無に帰す追撃が入ったのはすぐのことでした。
「り、りき。こら。ただでさえ恥ずかしいんだから、そんなに見るな」
「無茶言わないでよ。……万が一、傷つけちゃったらどうするのさ」
 私の深呼吸二回分の理性が吹っ飛んだ気が致しました。
「――あっ。理樹、そこ、そんなに押しつけられると痛い」
「ちょ、ちょっと待って。……動かないで。も、もう少しだから」
 な、何が「もう少し」だというのでしょう! 深呼吸三、四回分の理性も為す術もなく散りゆきます。
「うん。後はこれでいいかな」
「あ、それ気持ちいいな……」
「しっかり濡らしたから痛くもないでしょ?」
「ああ。最初からそれでやればよかったのに、全く、理樹は」
「これだけじゃ、する意味あんまりないからね」
 純情咲き誇る乙女である私には、壁一つ向こうの桃色を考えれば、とてもそのドアを開くことなどできません。一体、直枝さんは何を用いたというのでしょうか。しかもたっぷりと濡らしたようでもあります。しかしそれだけでは「する」意味がない……。その用いたものの方が「気持ちいい」といわれてしまった直枝さんへ、かける言葉は私には到底見つかりません。
 ――こうして、深呼吸五回分の私の理性は見事、雲散霧消と相成ってしまったのです。



   ○



 再びこんにちは。物語を断ち切ってまた僕が割り込ませて頂きます。何だか読者諸賢の方々の怒りを向けられているような気がして恐怖を感じますが、この誤解道中を走る皆様を正しき道に僕は誘わなければなりません。
 もちろん、僕と鈴の名誉のために。


「耳のせいで、理樹の声とか聞こえ難い気がする」と不満を満面に押し出した鈴に、僕はとある提案をし――これこそが誤解の根本です――僕たちは部室へと向かいました。
 なければ諦める。そしておそらくはないだろう、と思っていた必要な道具が意外にもあっさり見つかり、僕は不思議を感じずにはいられませんでした。現状、こんな妙な事態に発展しているくらいですから、この時きっと運命の神様とやらが酷く退屈だったのやもしれません。
 多くの方々が耳の調子が悪い時、耳の病気か何かであると考えるよりも先に、まず耳掃除を実行しようと思うのではないでしょうか。僕が鈴に提案したのもまさにそれでした。探していたのは耳掻きだけでしたが、誰かしらの用意周到なおかげで綿棒と耳用ローションまでもを発見することに成功しました。
「何でこんなのあるんだろ……」
「まあ、ないよりいいだろ?」
 気楽な口調で鈴が言い、そういわれればそうだと僕も思わざるを得ません。
 そして「じゃあ、理樹、頼む」と鈴が言ったところで、僕ら二人は漸くその行為の気恥ずかしさを覚えました。
 ――膝枕?
 十中八九、二人揃ってこの言葉が頭をよぎったように思います。しかしここまで来て断念するわけにもいきません。僕は余計なことで頭が膨らみ過ぎた風船のようになるのを阻止するため直ぐさま床に正座し、鈴はおずおずを十回重ねた程の緩慢な動きで僕の太ももに頭を乗せました。
「だ、誰かに見られたら恥ずかしすぎるぞ」と鈴は言いました。「理樹、出来る限り早くだ」
「う、うん」
 鈴に急かされるがまま僕は耳掻きを手に取り、鈴の耳掃除に取りかかりました。僕には耳掻きをされた記憶はあっても、耳掻きをしたことなんて一度たりともありません。そのくせ急かされるままあたふたし、鈴の体温が太ももの上になんていう幸福の権化のような情景にテンパっていたこともあり、僕の耳掻き捌きは粗悪に過ぎたようで、「あっ――いたっ……。り、理樹、いきなりそんな奥までいれちゃ、だ、だめだろぉ……」と鈴が文句をたれるのも仕方のないことだったのです。



   ○



 仕方がないもへったくれもなく、私の理性の小舟は荒れる心の海に転覆寸前、ライフポイントというものが存在しうるならばほとほとゼロ、舵捌きなど今更しても意味がないという趣でありました。けれど、私の置かれた瀕死の状況をお二人がわかるはずもありません。この後五分としない内に、私は物語の舞台から消え去ります。
 それでは、私を七転八倒させ退場に追いやった、記憶の断片に残る最後の言葉たちを。
「理樹が早かったおかげでまだ時間あるな」
「そうだね。鈴、そんなに溜まってなかったし」
「よし。じゃあ、ほら」
「え、鈴。もう一回するの?」
「今度はあたしじゃなくて理樹がされる番だ」
「いや、僕は遠慮しとくよ」
「あたしがしてやるって言ってるんだから、素直に喜べばいいじゃないか。理樹だってきっと溜まっているだろ?」
 残念ながら私の記憶にある会話はここまでです。なぜなら私は倒れてしまったらしいのです。
 私に残された最後の情報をまとめると、直枝さんのプレイスタイルは早さを武器とする速攻の体術であり(誰でも体術なのだとは思いますが)、どうやら速さで攻めを積み重ねるのか、回復力は抜群。そしてすぐに二回戦へ! しかも誘いは鈴さんから。
 ――私の心にこれらの衝撃の負担は重過ぎたようです。嗚呼、重要な時になんと弱き私の心!
 後に目を覚ました時、近くにいた神北さんや能美さん、三枝さんに聞いたところお二人は「耳掃除」をしていただけとのことでしたが、私の耳に残る二人の言辞はそれをそうそうと信じさせてくれません。
 あの時、ほんの僅かでも扉を開いて中を見ていれば。
 そんな私が、最後に記せる言葉は一つだけ。

 百聞は一見に如かず。



   ○



 そんなことを言われても、信じてもらわなければ僕らは困るので、こうして少しでも書き連ねます。僕の耳がじんじんする理由と、物語の方では描かれていない結末までも。
 鈴に文句を言われてから、僕はまじまじと鈴を見つめ失敗しないようにしようとしました。するとちらりといった具合の鈴の視線と重なりました。
「り、りき。こら。ただでさえ恥ずかしいんだから、そんなに見るな」
「無茶言わないでよ。……万が一、傷つけちゃったらどうするのさ」
 先ほどの失敗のこともあり、鈴も渋々頷いてくれました。僕は耳掃除を再開しますが、鈴の耳にこれといって汚れは見あたりません。しばらく探り、ほんの少々の汚れを発見し掬い取りにかかりました。
「――あっ。理樹、そこ、そんなに押しつけられると痛い」
「ちょ、ちょっと待って。……動かないで。も、もう少しだから」
 危うく零れるところだった汚れを何とか耳の外に出し、綿棒に耳用ローションを垂らして僕は最後の仕上げにかかりました。
「うん。後はこれでいいかな」
「あ、それ気持ちいいな……」
「しっかり濡らしたから痛くもないでしょ?」
「ああ。最初からそれでやればよかったのに、全く、理樹は」
「これだけじゃ、する意味あんまりないからね」
 濡らすだけ濡らしてもゴミはあんまり取れません。
「理樹が早かったおかげでまだ時間あるな」
「そうだね。鈴、そんなに溜まってなかったし」
 というか、汚れなど殆ど皆無でした。
「よし。じゃあ、ほら」
 鈴がなぜか先の僕と同じように正座し、太ももをぽんぽんと叩いています。
「え、鈴。もう一回するの?」
「今度はあたしじゃなくて理樹がされる番だ」
「いや、僕は遠慮しとくよ」
「あたしがしてやるって言ってるんだから、素直に喜べばいいじゃないか。理樹だってきっと溜まっているだろ?」
 妙な自信と剣幕を持って言う鈴の意志は梃子でも動きそうになく困ったものでしたが、さりとて、僕も健康的であり健全な趣向を持った男性です。鈴に膝枕してもらえ挙げ句に耳掻きなど、先ほどの幸福の権化を通り越して身に余る至福の顕現。僕が幸多き山の天辺にずんずんと登りつめ、有頂天になるのも容易なことなのは、皆さんにもきっとわかっていただけるだろうと思います。
 そうして僕が大人しく鈴に膝枕され、幸福絶倒とでも言うべき耳掃除開始のちょうどその時でした。部室の入り口で大きな物音がし、続いて小毬さんや葉留佳さん、クドの声が聞こえてきました。
 僕ですら驚いたのですから恨むことはしませんが、鈴は驚いた拍子に耳掻きの捌きを誤り――僕の耳がじんじんじんじんとする結果に至るわけです。今でもじんじんじんじんとしています。
 僕らが部室の扉を開けると、みんなに支えられる西園さんがいました。その鼻からは、綺麗な一筋の鼻血が垂れていました。その時はともかく、今となっては勘弁してほしい気持ちでいっぱいです。
 僕らが一緒に出てきたことを怪しんだ葉留佳さんやついでみんなにも、適当にテーピングやロージンパックを探していたとでも言えばいいのに、鈴が「理樹に耳掃除してもらってただけだ」と言い放ってしまったので、妙に冷やかされることになりました。


 これで物語は締めくくりですが、その当日何か用事でいなかった来ヶ谷さんがこの物語の紙を持ち、どうしてかコピーの方を僕に手渡してきたのが非常に気がかりです。嫌な笑みが、僕の勘の警鐘を酷く打ち鳴らします。
 たぶん、持ち合わせる面白いことセンサーのようなもので来ヶ谷さんはこの紙を手に入れたんだろうと思います。もしこれがあの人の当日いなかった事への憂さ晴らしだとしたら、ちょっとシャレで済まな事態が待っていそうです。僕もこれから全力で来ヶ谷さんを追いかけようと思いますが。
 うっかりこれを目にとめてしまった、貴方。
 願わくは、惑わされることなく正しき見解を。


[No.227] 2008/04/11(Fri) 21:52:10

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