第7回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/04/09(Wed) 22:56:46 [No.217] |
└ 猫は笑顔を求める - ひみつ 初、甘、遅刻 - 2008/04/12(Sat) 16:48:51 [No.235] |
└ ある現実。 - ひみつ@初 - 2008/04/12(Sat) 14:30:58 [No.233] |
└ 私の幸せ - ひみつ@ちょいダーク - 2008/04/12(Sat) 05:43:01 [No.232] |
└ 幸薄い - ひみつ@ぢごく - 2008/04/12(Sat) 05:20:04 [No.230] |
└ 願い事ひとつだけ - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 23:01:20 [No.229] |
└ 儚桜抄 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 22:15:05 [No.228] |
└ 幸多き妄想の海にて少女はかく語りき。 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 21:52:10 [No.227] |
└ ただ「生きる」ということ - ひみつ@容量越えのため厳しくお願いします - 2008/04/11(Fri) 21:48:46 [No.226] |
└ 幸福論 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 21:05:59 [No.225] |
└ 恭介の一問一答 - ひみつ - 2008/04/11(Fri) 03:53:14 [No.224] |
└ [削除] - - 2008/04/11(Fri) 03:51:42 [No.223] |
└ 個人の力は無力に近し - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 23:03:31 [No.222] |
└ 棗家スタイル - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 19:19:51 [No.221] |
└ シアワセの在り方 - ひみつ - 2008/04/10(Thu) 11:56:52 [No.220] |
└ [削除] - - 2008/04/10(Thu) 11:49:33 [No.219] |
└ 感想ログと次回と - 主催 - 2008/04/13(Sun) 02:33:14 [No.236] |
天高くから撫でるような優柔な風の旋律に乗せて、雲雀の鳴き声が二人の耳に届いた。顔を見合わせふいと見上げた晴れ空に、現れては消える羽ばたきの軌跡が描かれていく。それがまるで雲雀が鳴き声のメロディーを五線譜にして残していっているように思われ、むやみに楽しくなってしまった少女、神北小毬。ボールを投げようとした腕を止め、向かいで未だ空を見上げたままでいる相方へと声をかける。 「クーちゃん」 夢の境界でも渡ってしまったように呆けっとし尽くす能美クドリャフカの視線が、自分へと確かに向けられたのを認めてから、小毬は言葉を紡いだ。 「綺麗な鳴き声だねぇ」 「本当に、そうですねぇ」 のほほんここに極まれりといった口調でクドリャフカが言う。キャッチボールのため開いていた距離――会話をするには些か離れすぎだった――を埋めていく最中「ふぃーる、るっきんぐ、どりーむ」と、風音にすら隠れる声でクドリャフカが呟いたのをちゃっかり聞いた小毬は、夢見心地とでもいいたいのだろうかと見当をつけながら更に歩みを進める。 直訳すれば「夢に見えている感じ」といったところ。妙な具合に意味の枠の中に言葉が飛び込み、あながち間違いとも言い切れない。いや、間違いだろうか。 一歩ごとにうんうん頭を捻るも、結局は訂正は入れないことにし、小毬の頭に思い浮かんだ「dreamily」という単語も再び記憶の隅へとしまわれる。 「さて、クーちゃん」 「はい。なんでしょう?」 「突然ですが、問題でーす」 わふーと身構えるあまりに愛らしいクドリャフカに、はからずも笑顔が零れる。 「雲雀は、どーして、雲雀というのでしょう?」 回答選択肢の提示もなし。ヒントは聞かれれば答えるつもりでいたが、おそらくはわからないだろうと思っていた小毬の瞳に、思いがけないクドリャフカの笑みが映った。 ――べりーべりーべりー、いーじーなのです。 気のせいかもしれなかったが、そんな訴えをする微笑みに見えた。 「晴れた日にさえずるから、ひばり、ですっ」 「すごーい、クーちゃん。大正解」 えっへんと胸を張るクドリャフカだったが、しばらくして照れ隠しのようにぽりぽりと頬を掻く。 「……実は、つい先日のおじい様の手紙に書かれていたから分かっただけなんですけれど」 ちょっぴり反則なのですーと囁く姿は何故だか幼く見えて、淡い不思議に包まれる小毬の頭上で再び雲雀が鳴き、また二人の気は空へと捕らわれる。見上げれば雲雀は先ほどよりも遠く翳み、鳴き声だけが二人の耳に擦りつけられるように響いた。二度三度と旋回し、天蓋の縫い目を思わせる雲間に姿は飲み込まれ、もとよりぼんやりとしていた影が視界からすっと消える。残された鳴き声だけが届くが、それもやがてゆっくりと消えていった。 一足先に視線を戻した小毬の目に、クドリャフカ以外の人影は映らない。いつもならばグラウンドを走り回るのは自分たちだけではないのだが、今日は休日、さすがに休み返上の練習まではそうそう行う人はいない。二人とて、決して本来の狙いは練習にはない。 気づくとクドリャフカの視線も戻ってきていて、舞い散る春の日差しが薄らに陰の化粧をクドリャフカにかけていた。 「そろそろ、行きましょうか」と小毬は言った。 「行きましょう」とクドリャフカも頷く。 「それでは、出発進行ー」 ◇ 高く澄んだ音色で、立ち止まる足音が鳴った。人波の溢れかえる景色こそが普通の場所で、息づかいすら聞こえる二人きりの景色に、一瞬、小毬は圧倒されるような心持ちになる。ずるずると椅子を引く音が響く。知らず息を止めていたのか、浅く吐息をつきながらクドリャフカが向かいへと座る。 「まずは、食堂に来てみましたー」 「誰もいないと、何だか不思議な感じなのです」 「おばさんたちもいないねぇ」 厨房の中にも人のいる気配はなかった。口を閉じれば瞬く間に染み渡る静寂に、自分たちの声だけが不格好に浮かび上がる。 「ここはどっちかっていうと、みんなでいたイメージの方が強いね」 「そうですねぇ」 「ホットケーキパーティとかしたよね」 「是非是非、また小毬さん主催で開いてくださいー」 「えへへ、おっけーおっけー。きっとね」 笑い声と共に会話が途切れ、聞こえてきた足音に耳を傾ける。現れたのは調理師のおばさんで、不思議そうに二人を見つめた後、厨房の中へと入ってゆく。機会とするにはそれで十分で、これ以上いたところで何の変化が望めるというわけでもない。二人も立ち上がり、食堂を後にした。 次に訪れたのは教室だった。誰か先に人がいたのか、ちょうど入り口の真正面に位置する窓が全開にされ、煽られたクドリャフカの長い髪が小毬の鼻先に春めいた甘い薫りを残した。空は変わらず澄んだ青空のままだ。 「ここも、みんなでいたイメージの方が強いですねぇ」 「そうだねぇ」 吹き入る風を背に、窓枠へ並んでもたれかかる。舞い上がるチョークの匂いが淡々しく届く。 「あーっ」 と小毬は突然に声を上げた。とてとてと走って机に近づき、一冊のノートと英語の教科書を取り出す。 「英語、週末課題出てるの今思い出しちゃったよぉ」 「それ、範囲が広くて大変だったのです……」 苦々しい表情でクドリャフカが呟く。 「うーん、どうしよ」 「こればっかりは、やるしかないと思うのです。……提出しないと評価下がってしまいますし」 「……そうだ」と何か名案でも思いついた雰囲気で、明るい口調になる。 ノートと教科書を押しだし、クドリャフカを指さし、一言。 「見なかったことにしよう」 今度は自分を指さし、 「思い出さなかったことにしよう」 おっけー? と訊ねられるも、流石に頷けないクドリャフカ。「往生際が悪いです、小毬さん」とむしろ一言窘める。「うー、教室、こなければよかったかも」と顰め面で言い放って、ノートと教科書を片手にそのまま教室を後にする。しかし三歩進んだところで窓を閉め忘れたことを思い出したクドリャフカが、律儀に窓を閉めに戻った。全ての窓の施錠まで確認し、そして今度こそ教室を後にした。 かつりかつりと足音が波音となって反復するノリウムの廊下。窓から誘い込まれた陽光が床の色と混ざり合い、歪んだ輝きとなって然も海にあるかのように歩く先へ先へと連なる。階段を上る音は不思議なほどに隅々へと響き渡った。数回繰り返して、もうこれ以上進むところのない行き止まりへ。 小毬さん鍵が――、ドアを数度引っ張り、やはり開かないことを確認した上でのクドリャフカの言葉は、けれど発せられることなく噤まれる。見えたのは翻ったスカートから覗いたアリクイの姿。無造作に放置されたドライバーを見つけ、これで開けたのかと驚きながらも納得する。「こっちだよー」と自分を呼ぶ声に従って、クドリャフカもその穴をくぐった。 「ここは、私の秘密のスポットでありまーす」 得意げに胸を反らせ、小毬は言う。 「というわけで、クーちゃんもここのことは心の中でこっそりの秘密にしてください。じゃないとかなちゃんに怒られちゃうよ?」 小毬の言うかなちゃんとは、風気委員長の二木佳奈多のことだ。妹の葉留佳がはるちゃんであるから、姉の佳奈多はかなちゃん。安直さの権化が如き名付け親だ。 クドリャフカはその同居人に怒られる様を想像したのか、わふーわふーと数回鳴き、「ラジャー!!」と勢いのよい返事を返した。 「でもここは」くるりと辺りを見回してから、クドリャフカは言った。「みんなで一緒にいたって言うイメージはないのです」 「ここはね、クーちゃん。私の、始まりの場所なのです」 「始まり、ですか?」 「うん。ぜーんぶ、ここからだったんだよ」 それだけ話すと、小毬はごろりと横になった。クドリャフカも倣って横になり、それ以上何か訊こうとはしない。二人にとって、そんなことは訊く必要も訊かれる必要もなかったのだ。 グラウンドで見ていた時よりも確かに距離は縮まっているはずなのに、近づくほど瞳に納めきれなくなる空の大きさは、埋まることのないその久遠を二人に教えた。目を瞑れば瞼越しにも光が届き、薄紅色の世界が茫洋と広がる。陽を浴び続けたコンクリートの熱を感じる。うとうとと瞼は重くなるが、その重みもいつの間にか意識から忘れ去られる。光がそこにあって、空は隣にいて、自分たちは寝ころんでいた。不思議なほどに乾いた世界を感じていた。 ◇ 目覚めると、屋上には夕暮れの気配が近づいていた。頭上には昼が名残惜しむように残っているが、遠くの空の際にはやはり夕色が滲み始めている。 上体を起こし、そのままの勢いで一気に立ち上がる。不意に感じた目尻から頬にかけての違和感を、人差し指で拭い去る。予期していたほどの冷たさはなく、ぱらぱらと罅割れた砂色の音が聞こえた。 「よーし。クーちゃん、行くよー」 振り向き声をかけると、クドリャフカもすでにそこに立ち上がっていた。 「あれれ、起きてたの?」 「少しだけお先、だったのですー」 「起こしてくれてもよかったのに」 「いえ、その、何だか起こし難かったので」 困ったように呟くクドリャフカに、小毬もまた、似たような笑顔を返すことしかできなかった。 今までいた場所とは違い、部活帰りらしい数人のグループの姿が、寮へと続く道には見て取れた。春とはいっても夕方になればまだまだ寒い日が多かったが、今日はいつもよりも日中の暖かさが多く残っていた。 足音と風の音と見慣れた景色を肴に会話もなく歩いていると、「小毬さん」とクドリャフカが小さく口を開いた。小毬は声で返事はせず、視線を向けることで先を促す。 「そのですね」一呼吸置いて、クドリャフカは言った。「私の始まりは、この道なのです」 「……そっか」 あの日、前も見えぬほどの荷物を持ってこの道を歩いていた自分の姿が、クドリャフカの脳裏に鋭く蘇る。思い出してみればあの時もちょうど夕暮れ時で、出来過ぎな景色が目の前には広がっていた。色褪せた夕焼けの記憶が目の前にゆっくりと帳を降ろし、にわかに今と過去の境界線が曖昧になる。隣を歩く小毬の気配に振り返ると、景色は明滅するように今に戻った。 門限は近かったが、二人は寮を過ぎ、道を曲がって更に歩いた。目的地は決まっている。夕暮れの光がどんどんと濃くなり、二人の影もその背を伸ばす。昼時よりもざわめいて聞こえた草の擦れる音の中に、やがて質の違う、重量感を持ちながらも涼やかな音色が混ざり始める。いつもより暖かいこともあり、人がいてもおかしくはないとも思ったが、目的地に二人以外の人はいなかった。川の流れる音がすぐ傍で響く。川面に映る夕日と共に、紅色の陽を帯びた桃色の姿が揺らめいていた。 河原に一本だけある、知る人ぞ知るという文句の似合う可憐な桜の木。昨日も訪れていたその根元まで二人は近づき、ゆっくりと腰を下ろした。見上げたそばから花弁が舞い散り、風の吹くたび休みなく二人へ降り積もる。桜が散って降りてきているというよりも、自分たちの方が昇っているような奇妙な感覚に襲われる。 「クーちゃん。やっぱり、桜は綺麗だねぇ」 「ちょっと、綺麗すぎるくらいなのです」 「昨日も見たばっかりなのにね」 「そう、ですね」 「今頃、二人とも何してるかなぁ」 小毬のその一言に自然と言葉が止まり、知らぬ顔の桜だけがただひたすらに舞い落ちる。 昨日この場所に肩を並べ座っていたのは、決して小毬とクドリャフカではなかった。夕暮れ時にあの二人がこの桜に辿り着くよう、二人を除くみんなで綿密に練った計画。周りの男性が逞しすぎるせいか、普段は少し優柔そうに見えた彼も、ここまで条件が揃えば告白することに問題なんて何もなかった。 「でも、あの後キスしちゃうのは予想外だったなあ」 「飛び出すタイミングがわからなくなってしまいましたからね」 その後、固まった全員から先駆けて来ヶ谷が飛び出し、魔法が解けたようにみんなもその後に続き、二人の元へ雪崩込んだ。目を見開いたあの時の二人――理樹と鈴の表情は、きっと誰も忘れることはできないだろう。 「今思うと、ちょっとお邪魔だったかもしれないのです」 「うーん、幸せそうだったから、おっけーにしよう」 おっけーおっけー、繰り返し呟きながら小毬は後ろへと仰向けに倒れ込む。覆う桜の所々の隙間に、紅く焼けた空を望む。どさり、と音が聞こえて、クドリャフカも隣に倒れ込んだのが知れた。 「そういえばクーちゃん」 「なんでしょうか?」 「桜の木の下で死にたいって思って、本当にその通りになった人って何ていう人だったかなぁ?」 「あー、えと……誰だったでしょうか」 「覚えてないよねぇ」 「申し訳ないのです……」 「ううん、いいよ。――あ、花弁が口の中に入った」 「私の口の中にも入りましたぁ」 「ね、クーちゃん。桜って、結構落ちるスピード速いね」 「あ、それはですね、確か秒速五センチメートルって、誰かから聞いたことがあるような気がします」 「クーちゃん」と、クドリャフカの方に顔を向けてから、小毬は言った。 「それはきっと、理樹くんから教えてもらったんだと思うよ」 私も理樹くんから教えてもらったから。そう呟いて、また視線をただ真っ直ぐに空中に向ける。 ―― 一瞬、ほんの僅か視線をずらした間に、違う桜の元に移ってしまったのかと思ったが、それは違った。濡れたレンズ越しのように、ぼやけた薄紅が視界中に満開になる。そうする意外に思いつかなくて、腕を自分の視界に押しつけた。 「こ、小毬さん。どうかしたのですか?」 「……えへへ。何だか、目にゴミがはいちゃったみたいだよ。しみるよー」 安っぽい嘘が飛び出る。でも、これ以外の上手い嘘なんてとてもじゃないが考えられそうになかった。 「そ、そうですか。私も、今気をとられたら桜が目に入っちゃったみたいです」 「そっか。また、おそろいだね」 ですね、とでも返事をしようとしたのだろう。クドリャフカの言葉はしかし声にならなくて、霞むような一筋の噛み締めた声だけが届いた。張り詰めていた糸がつられて解け、ほころびから溢れそうになるあらゆるものを、小毬も何とか噛み締める。 昨日、あの時、飛び出すのが遅れた、あの一瞬。確かに驚きで遅れたが、二人の行動に驚いたわけではなかった。ただ、気づくのが遅すぎた。その事実に、驚いて、呆れて、足が動かなかった。自分自身も蕾だったのだと、咲いた花を――自分たちで咲かせた花を見て漸く気づき、今更のように自分も咲こうとしたところで、花弁は散っていくだけだ。 幸せな景色は、あの時、確かに目の前にあった。二人の幸福。そこに自分がいないだけ。今更のように追いかけても、決して追いつかず、仮に追いついたとしても、それはその幸せの崩壊だ。 腕を払い、滲んだ視界に全てを委ねる。滴る桜色の中を彷徨い歩く。入り口。出口。今はまだ、森の中。 やがてこの桜の根元から立ち上がる時、動くことのない時の箱に、二人はそっと蕾を押し込めるだろう。夕焼けの朱色と桜の桃色の中に埋もれたこの時を、きっと、忘れはしない。 さくら、舞い散る。 [No.228] 2008/04/11(Fri) 22:15:05 |
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