第8回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/04/23(Wed) 20:37:59 [No.239] |
└ さいぐさはるかが大学でぼっちになっているようです。 - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 22:04:52 [No.250] |
└ Invitation to Hell(原題) - ひみつ グロ注意 - 2008/04/25(Fri) 22:00:53 [No.249] |
└ 虚構世界理論 - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 21:55:39 [No.248] |
└ 誰かが何かを望むと誰かがそれを叶えるゲーム - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 21:12:18 [No.247] |
└ Engel Smile - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 18:30:18 [No.246] |
└ 笑顔(SSのタイトルはこちらで) - ひみつ - 2008/04/26(Sat) 08:41:43 [No.251] |
└ 夏祭りトーク - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 18:30:17 [No.245] |
└ 小さな頃の大切な想い出 - ひみつ - 2008/04/24(Thu) 20:17:47 [No.244] |
└ 笑う、ということ - ひみつ@初 - 2008/04/24(Thu) 18:57:03 [No.243] |
└ 笑顔の先に - ひみつ@甘 - 2008/04/24(Thu) 10:56:09 [No.242] |
└ 遥か彼方にある笑顔 - ひみつ@長いですスミマセンorz 初めてなので優しくしてもらえると嬉しいかも - 2008/04/24(Thu) 02:49:25 [No.241] |
└ 感想会ログー次回ー - 主催 - 2008/04/27(Sun) 01:58:36 [No.253] |
放課後のグラウンド。手負いの謙吾、そしてマネージャーに美魚を加え、野球チームとしてようやく一応の体裁を整えたリトルバスターズ、その練習中のことであった。 「よーし、バッチこーい!」 センターの深い所で、葉留佳は無駄に気合いの入った声をあげた。 日々の練習の成果か、最近の理樹は腕力がついてきたらしく、けっこうな飛ばし屋である。主として内野を守っていることの多い恭介はそのことをどこか寂しく思っているような節があり、その一方で鈴は猫への被害が減って満足気だったりする。 どうせやるなら捕ったり投げたりした方が楽しいに決まっている、そんなわけで、ここ最近の葉留佳はこの辺りが定位置となっていた。 が、しかし。 「む〜……今日は飛んでこないなぁ。理樹くん、調子でも悪いんですかネ」 恭介の切なげな視線に耐え切れなくなった理樹がゴロを連発しているだけなのだが、その辺りの事情は距離の離れた葉留佳に分かるべくもない。 どちらにせよ、理樹と鈴を徹底的に鍛え上げるという恭介発案のこの練習方式は、ボールが飛んでこないと暇でしょうがない。喋る相手もいない。前に出ようか、そう考え始めた時だった。 「わふーっ、三枝さーんっ!!」 声のした方を向けば、さっきまでストレルカと戯れていたはずのクドリャフカが、こちらに駆けて来るところだった。 「ありゃ、クド公。おっきいワンコはどしたの?」 「ストレルカは、これから風紀委員の方達と一緒にお仕事だそうです」 「……ふぅん」 脳裏に、過ぎるものがあった。顔を顰めそうになって、思い直す。 「三枝さん……?」 「……ん、なんでもないですヨ。で、なんか用?」 「はっ、そうでした。大事な用があるんでしたっ」 あっさりとごまかせて、葉留佳は拍子抜けしつつもとりあえず安堵した。 「実はですね、来々谷さんの発案で、お泊り会を開くことになったのです。それで、お誘いに来ました」 「お泊り会?」 「はいっ、チームの女子メンバーも全員揃ったことだし親睦を深めようではないか、と」 ああ姉御の意図が透けて見えるッスよエロエロだぁー、などと思いつつも、葉留佳はすでに参加する気満々だった。こんな楽しそうなイベント、見逃せるだろうか。いや、見逃せるはずがない。 「うん、おっけおっけ。で、誰の部屋に泊まるの? こまりん? 鈴ちゃん? はっ、それとも、ついにベールに包まれていた姉御の私生活が暴露されてしまうのかーッ!?」 「わふー、ご期待に添えなくて申し訳ないのですが……私の部屋です」 「へ?」 しょんぼりと肩を落とすクドリャフカと、その彼女の思わぬ理由で硬直する葉留佳。 先に口を開いたのは、葉留佳だった。 「あ、あのさ、クド公。クド公の部屋って、最近新しくルームメイトが入ったんじゃなかったっけ? その人に迷惑なんじゃ……」 柄にもないことを言っているという自覚があった。普段の自分なら、そんなものお構いなしで騒いでいるだろうに。 「二木さんなら、今日は何かご用事だとかで、おうちのほうに戻ると言ってました。明日まで帰ってこないそうです」 「へ、へぇ」 タイミングが良いのか悪いのか、判断がつかなかった。 あいつがいないなら問題ないと思う一方で、行きたくない、そうも思い始める。 「あー、クド公。やっぱ私――」 「おっと、一度了承した以上、今さら逃げることは許さんぞ」 「うひゃあっ!?」 突然の背後からの声に、葉留佳は飛び上がった。 声の主は見ずとも分かる。分かるのだが――。 いやでも。だって。さっきまでいつもみたく、ショート辺りでビシュバシュと瞬間移動しまくってたはずじゃん――って、いないし。 恐る恐る振り返ってみれば、そこにいたのはやはり、来々谷唯湖その人であった。 「どうしたね、葉留佳君。そんな狐にでも化かされたような顔をして」 「あー、姉御ってキツネミミ似合いそうですネ」 「ふむ、褒め言葉として受け取っておこう。クドリャフカ君はもちろん、イヌミミだな」 「わふーっ! あいあむ・どっぐいやー! なのですっ」 よーし上手い具合に話題が逸れたぞーこのままクド公で遊んでうやむやにしてしまえー、などと短絡的な策を講じようとする葉留佳だったが、うまくいくはずもなく。がっしと肩を掴まれる。 「さて葉留佳君。君も女なら、二言はあるまい? それとも君は実は男だったのか? なんなら確かめてやってもいいが……」 男にだって二言はないんじゃないデスカとか、手をワキワキさせながら下に持ってくるのは何故デスカとか、色々とツッコミどころはあったのだが。 「……ハイ、行かせていただきマス」 結局のところ、葉留佳は頷くしかないのだった。 遥か彼方にある笑顔 その日の夜。 クドリャフカの部屋で行われるお泊り会は、葉留佳の懸念を他所に、実に――葉留佳自身にとっても――楽しい時間となっていた。 なぜか強制参加となっていた理樹を縛ったり目隠ししたり唯湖の制服を着せたりと、主に彼をおちょくって遊ぶ。 楽しいなぁ。ほんっと、楽しいなぁ。やっぱり理樹くんは弄られキャラですネ。いちいち反応が面白いというか、可愛いというか。ああ、姉御が輝いていらっしゃるっ。 女装理樹と唯湖による百合の花が似合いそうな撮影会を、葉留佳は笑いながら見物する。 笑っているのは、葉留佳だけではない。小毬、鈴、クドリャフカの三人は、まあ意味が分かっているのかは定かではないものの楽しそうだし、唯湖は言うに及ばず、デジカメを手にしている美魚は「百合は専門外なのですが……これは、なかなか……」などと呟いているし、理樹は――さめざめと涙を流してはいるが、満更でもないはずである。多分。 皆が笑っている。笑顔でいる。葉留佳には、それが楽しくて、嬉しくて――幸せだった。 何かが足りないと、彼女自身気付いていない心の奥底で、そう思いながら。 そんな時間も、小毬とクドリャフカの2人がうとうとし始めた頃を皮切りに、終わりを告げようとしていた。 全員パジャマに着替えた後、布団を引っ張り出して寝床の準備をする。 「さて、誰がどこで寝るかだが」 唯湖が言った。無論、その瞳の奥では、怪しげな光がキランと輝きを放っている。 「とりあえず、ベッドはクドでいいでしょ。ここクドの部屋なんだし」 当然そのことには気付いている理樹が、余計なことは言わすまいと提案する。唯湖を含め、全員異論はないようだった。 「わふー、すいませんです、皆さん……あ、でも、このベッド私には大きすぎるので、もう一人くらいなら入れますけど」 クドリャフカの言葉に真っ先に反応したのは、唯湖である。 「ふむ。実はおねーさん、ベッドでないと眠れないんだ。というわけで」 「じゃあ来々谷さんは空いてる方のベッドを使いなよ。みんな、いいよね?」 理樹のカウンター。今度も異論は出なかった。 理樹の言っていることは正論であるが、いつもの唯湖なら強引にクドリャフカのベッドにルパンダイブを決行してもおかしくはない。しかし、今回に限っては様子が違っていた。 「ふふ……なかなか言うようになったじゃないか、少年」 「それほどでもないよ」 何やら、二人の間にはバトル的雰囲気が漂い始めている。真剣勝負にルール無視の強硬策は無粋、ということらしい。どんなルールかは不明である。 「さて、じゃあクドのベッドに入るもう一人だけど」 「私は布団で構いません」 「あたしもだ」 控えめな美魚と、恥ずかしがりやの鈴、両者からの申し出は理樹、唯湖双方にとって予想の範疇であっただろう。と、なると――。 「じゃ、小毬さんで」 「ふぁい〜」 半覚醒状態の小毬が、よたよた歩きの末にクドリャフカのベッドの上へ倒れこみ、くかーすぴーと寝息を立て始めた。こうなると、その安らかな眠りを邪魔するのにも気が引けてくるというもので、小毬を自分のベッドに引き込むために練っていた唯湖の策は全てパーとなる。 ついでに、クドリャフカもその隣で眠りに落ちた。わふーわふーという寝息が実に可愛らしい。 「…………あれ? 理樹くん、私は?」 華麗にスルーされていた葉留佳が、ちょっぴり不満の色が混じった声をあげる。確かに、小毬でなく葉留佳という選択肢もあったはずである。 理樹は少し考えた後、答えた。 「いや、葉留佳さんって寝相悪そうだし。一緒のベッドで寝かせたら、クドが下敷きにされちゃうでしょ」 「あー、理樹くんってばひどーい! ひっどーい!」 「今のは、相手が三枝さんとはいえ随分と失礼な発言だと思いますよ、直枝さん」 「よくわからんが、理樹が悪いな」 当事者の葉留佳に加え、唯湖を除いた二人の援護も加わり、理樹は思わずたじろいだ。 その風向きの変化を、唯湖が見逃すはずもなく。 「なあ理樹君、私実は抱き枕がないとぐっすり眠れないんだ」 「くっ……」 ここまで、唯湖の思惑通りにさせまいと場の進行役を担っていたことが災いした。こう言われては、理樹は唯湖の安眠のため、抱き枕を提供しなければならなくなる。ちなみに、抱き枕になりそうなクッションの類はこの部屋にはない。こんなこともあろうかと、という無駄に鋭い唯湖の先読みにより、お泊り会の準備段階ですでに排除されていたのである。 つまり、抱き枕候補は3人。 「そういうわけだから少年、私の抱き枕になってくれ」 「ええっ!? そっち!?」 訂正。4人。 「む。ダメなのか?」 「ダメも何もないよっ! というか、どうして来々谷さんはそういうことをそんな軽々しく言えるのさ!?」 「どうして、と言われてもな……その、なんだ。困る」 「え? そこ照れるとこなの!?」 「仕方がない、理樹君は諦めるとしよう。では、そうだな。美魚く――」 「すぅ、すぅ」 美魚はすでに布団に潜り込んで寝入っていた。逃げたと言った方が正しいかもしれない。これで、残る候補は2人。 「ちっ」 「そこ、舌打ちしない」 「したくもなる。西園女史はあれでなかなかガードが固くてな……あんなことやこんなことする絶好の機会だったというのに」 「なに堂々と危ないことを口走ってるのさ……」 「よし鈴君、おねーさんと一緒にあんなことやこんなことをしよう」 なんとも素早い切り替えであった。 「いやじゃぼけーっ!」 そして同様に素早い鈴の斬り返し。 「抱き枕っていう建前はすっかりどこかに行っちゃったみたいだね……まあ、どっちにせよ却下だけど」 「む……俺の鈴に手ェ出そうなんざいい度胸じゃねぇかファッキンこのクサレアマ、とでも言いたげだな、少年」 「いやいやいや」 「なにぃ……あたしはいつの間に理樹のモノになっていたんだ?」 「わー、理樹くんってばおとなしい顔して、実はオトナだったんですネー」 「そこの2人もノラないでよ……」 理樹は大きな溜息を一つついた。随分と疲れているようである。まあ、いきなり女子寮まで引っ張り込まれた上、散々な仕打ちを受け、さらに今のこの状況とくれば、それも当然と言えるかもしれない。 「で、鈴君。話を戻すが……どうしても嫌なのか?」 「くるがやは変なことしそうだからいやだ。……こまりちゃんなら、いい」 「くっ、コマリマックスめ……! 私と彼女とで、一体何が違うというのだ!?」 「とりあえず来々谷さんはその下心丸出しの態度を改めた方がいいと思うよ」 理樹の的確なツッコミを受け流しつつ、唯湖は最後に一人残った候補者へと視線を向ける。それは、獲物を追い詰める狩人の眼であった。 「ぐーぐー」 「狸寝入りはよせ」 「うわぁーバレたぁーっ!?」 掛け布団を引っぺがされ、ずるずると引き摺り出される葉留佳。 「ふふ……そういえばこんな言葉があるな。残り物には福がある、と」 「い、いやぁ……私はどちらかというと、不幸が常に付き纏っている女だと思いますヨ?」 「私はそんなこと、気にしないさ」 「うひゃー!? 理樹くんたすけてー!」 「…………」 理樹は無言で、目を逸らした。 「ええっ!? 私だけ扱いひどっ!?」 「いやまあ、一緒にお風呂にも入る仲だし、大丈夫かなーって」 「そりゃさっきは姉御と一緒だったけどそれとこれとは話が別というかうわーっ!?」 「ええい、つべこべ言わずおとなしく私のモノになれ」 唯湖が理不尽極まりないことを口にしながら、葉留佳をベッドに押し倒す。 それを横目に、理樹は部屋の隅にひかれた布団に潜り込んでいた。 「じゃ、来々谷さん、あんまりうるさくしないようにね。おやすみ」 「うむ。良い夢を」 「うわーん理樹くんの薄情者―! 冷たいぞーっ!」 葉留佳の叫びが虚しく響く中、部屋の電気は消され、暗闇に包まれた。 どれくらいの時間が経っただろうか。 唯湖は色々危ないことを言ってはいたものの、葉留佳を背中側から抱き締めたまま、それ以上のことをしようとはしなかった。建前であったはずの要求通り、抱き枕にされているだけである。包み込むような優しさに溢れ、同時に、決して逃がすまいとする、柔らかいんだか硬いんだかよく分からない抱擁だった。 葉留佳は、なかなか寝付けなかった。唯湖の腕の中だから、というのも理由の一つではあるが、それは然したる問題ではない。 思い出してしまったのだ。自分が今横になっているこのベッドが、誰のものであるかを。 どうして忘れていたのかと問われれば……皆で過ごす時間が、あまりに楽しかったからだと、そう答えるだろう。あの笑顔の中では、嫌なことから目を背けられていた。思い出さずにいられた。 「それは“逃げ”でしかないな」 「っ!」 耳元の声に、葉留佳は身体を強張らせた。 「あ、姉御……まだ、起きてたんですか」 「うむ、まあな」 さっきの言葉は、なんだったのだろう。考えを読まれた? いや、まさか、そんな。きっと……偶然だ。 「そ、それにしても。残念でしたネ、姉御。ホントは私なんかより、小毬ちゃんとかクド公とかの方が良かったでしょ?」 「いや……実を言うと、今日は最初から君が目当てだった。話したいことがあったからな」 話を逸らそうと、苦し紛れで口にした言葉に返ってきたのは、意外な答えだった。 「まあ……ふふ。理樹君の成長ぶりを見たら、少しばかり遊びたくなってしまったがな。我ながら熱くなりすぎたよ」 唯湖の言っていることに、葉留佳は一抹の違和感を覚える。理樹の成長ぶり。彼は、成長している? いつ? なにが? その違和感が、自分の中でじわりじわりと広がっていくのを感じる。恐い。何が恐いのかは分からない。それでも、恐い。 「あ、あの、姉御。それで、話って? 別に、こんな場所じゃなくても」 「まあ、確かに。ここでなければならない、ということはない」 言いかけた言葉の先を引き継いで、唯湖が答えた。 彼女は今、どんな顔をしているのだろう。振り返りたい衝動に駆られたが、できなかった。 「ここを選んだのは……“ここ”なら、私が何を言いたいのか、嫌でも分かると思ったからだ」 ドクン、と心臓が一際大きく鳴ったような、そんな気がした。 ここ。この場所。そこを選んだ理由。葉留佳には思い当たることが一つあって――いや、むしろ、“それ”に違いないと確信できる――、だが、それを否定したかった。 今まで、姉御と慕う彼女には、色々なことを相談してきた。だが、あのことについては一切話していないはずだ。知っているわけがない。 でも――。鼻腔をくすぐる微かなミントの匂いが、答えを教えていた。 「さて、葉留佳君。君は、いつまで逃げ回っているつもりだ?」 「……っ!」 今度は間違いなく、心臓の音が聞こえてきた。 なんで。どうして。 「本当なら、こんなことを言うのはルール違反なのだろうがな。しかし、理樹君と鈴君の与り知らぬ所で問題が停滞してしまっているのでは、仕方ないだろう」 「え?」 確信が、わずかに揺らいだ。 なぜそこで、理樹と鈴の名前が出てくるのか、理解できない。もしかしてこの人は、私が考えているのとは全く別のことを言っているのではないか? だが、そうすると……理樹と鈴、逃げ回る自分、そしてこの場所。それを繋ぐものに、全く見当がつかなかった。 「まあ、逃げたくなる気持ちも分からないでもない。何度も繰り返して、その度に失敗して――理樹君や鈴君のように、君もどこかで覚えているのだろうな」 何を言っているのか、分からない。今自分を背中から抱き締めているこの人は、本当に来々谷唯湖なのだろうか……? 「葉留佳君、今日、いやもう昨日か、その昼休み、君はどこにいた?」 あまりに唐突な話題の転換。それでも、葉留佳は記憶を手繰って答える。 「……何か面白いことはないかなー、って色々歩き回ってたような……」 「ふむ。学食には?」 「えと……行って、ない」 「なるほど。それは……それは、よくないことだ。理樹君達は行ったんだ。そして、君も行くはずだった。そこで会うはずだった」 ますます意味が分からなくなる。混乱する葉留佳を他所に、唯湖は訥々と言葉を連ねていく。 「君は無意識の内に彼を避けているのだろうな。だが、それでは……彼らは、前に進むことができない」 進む? 誰が? どこに? 前へ。前とは、どこのことだ? 頭の奥に、何か引っかかるものがあった。 「……姉御、その」 耐え切れなくなって、口を開いた。このまま黙っていたら、頭がどうにかなりそうだった。 「さっきからいったい、何言ってるんですか? 全然、何が何だか、ワケ分かんないッスよ。ねえ、姉御――」 「分からなくてもいい。君は眠っている。そして、これは夢だ。朝目覚めれば忘れている――君は、聞いてくれるだけでいい」 返事は、随分と勝手なものだった。 一方的にワケの分からない話を聞かされて、何の説明もなく、ただ混乱しろと言うのか。冗談じゃない、そう言おうとして、 「葉留佳君」 強い声に、それを止められた。すべてを包み込むような、あたたかな強さだった。 「君が最後だ。前向きに立ち向かってくれることを祈るよ」 意識はそこで唐突に途切れて……闇の只中に、沈んでいった。 「……ん」 カーテンの隙間から差し込む光が、目に痛かった。 今、何時だろうか。視界に時計が無いから分からないが、まあ、もう少しぐらい寝ていてもいいだろう。そんなことを寝惚け頭で考えながら、寝返りをうとうとして――身動きが取れないことに気付く。 (へ……? あれ? まさか、これが噂の金縛りってやつデスカ!? うひょーっ!) 眠気は一気に吹き飛んだ。だって、金縛りである。こんな不思議体験、一生に一度あるかないかぐらいだろう、多分。これでテンション上がらないのは、三枝葉留佳の常識からすればおかしいとしか言いようがないのだ。 しかし。眠気が消え去ってしっかりと見開かれた瞳には、早速現実が突きつけられることになる。 隣のベッドでは、小毬とクドリャフカが安らかに寝息を立てていた。 (あーそっか、お泊り会か……で、確か姉御に抱き枕にされて……) なーんだ金縛りじゃなかったのかー、と落胆する葉留佳である。 しかしまあ、この様子ではずっと抱き締められていたようだが、不思議と寝苦しさを感じることはなかったように思う。むしろ、そちらも――。 (んー……なんか妙な気分だなぁ。夢見でも悪かったかな) 永い……永い夢だったような気がする。その夢の中で何があったかは、もう思い出すことはできない。あるのは、先の見えない暗闇の只中で迷っているような、そんな辛く悲しい絶望的なイメージだけ。 でもそれは、決して悪夢ではなかった。覚えていないのに、なぜかそう確信できる。 ああ、そうだ。夢の中、最後に見たのは――光だった。 (……うーん。これ以上は思い出せないですネ) まあいいや、と葉留佳は思考を切り替えた。さて、相変わらず身動きできないけれど、どうしようか。 (そういや、さっきからなんだか変な感じが……) 葉留佳は、背後から抱き締められている格好である。必然的に、唯湖の豊満な胸はその背中に押し付けられ、エロティックな感じに押し潰されたりしているはずなのだが。 足りない。背中には、確かに柔らかな感触がある。だがしかし、圧倒的にボリュームが足りないのである。 「……はっ!? ま、まさか姉御って実はパッ――」 「朝っぱらから随分と失礼な物言いだな、葉留佳君」 唯湖の声がした。耳元ではなく、頭上から。 「へ? あれ? 姉御?」 唯湖……だと思っていた人物の片腕が首に回されているため、声のした方を向くのも多少不自由をしたが、そうやって巡らした視線の先には、確かに唯湖がいた。その隣には、美魚も立っている。 「なんなら直に触って確かめてみるかね? ん?」 「いや、女として自信無くしそうだから遠慮しときますケド……あれ、おかしいな。はるちんは姉御の抱き枕にされてたのでは?」 葉留佳の言葉に、唯湖と美魚は顔を見合わせて、すぐに葉留佳へと向き直った。 「寝惚けてますね」 「寝惚けてるな」 二人タイミングをピッタリ揃えて溜息をつかれ、さらにジト目で見られた。 「ええっ、なんデスカその扱い!? はるちんショーック!!」 「まったく……もう少ししっかりしてもらわなくては困るな。今日は我々リトルバスターズの復活試合なのだから」 「中堅手が腑抜けていては、点を取られ放題です」 「え……あー、そういやそうでしたネ」 そう、それで改めてチームメンバーの絆を深めようということで、昨夜はここ、クドリャフカの部屋でお泊り会を開いたのだった。理樹をおちょくって遊ぶのは、実に楽しかった。 「……しかし、まあ。先ほどの言葉から察するに、葉留佳君は本心では私の抱き枕になりたかったようだが」 「へ? あ、いやー、そのー、さっきのはですネ……」 抱き枕、というワードで思い出す。唯湖は目の前にいる。では、自分を抱き締めて枕代わりにしているのは誰なのだろう……? 「……別に私は動揺なんてしてませんよ、来々谷さん。ええ、してませんとも」 「うひゃあっ!?」 今度こそ耳元で声がして、葉留佳は飛び上がりそうになった。 抱擁は解かれないままなので、相変わらず振り返ることができないものの、その声の主が誰なのかはすぐに分かった。 「……お、お姉ちゃん?」 「おはよう、葉留佳」 「あ、うん、おはよー」 背中越しに朝の挨拶を交わす。心なしか、抱擁がキツくなったような気がしたが、葉留佳はとりあえず、気にしないことにした。 (……ということは、お姉ちゃんが……) そういえば、ミントの匂いがする。最近ではその爽やかな香りにもすっかり慣れてしまって、だから気付かなかったのだろう。 「ふふ……しかし残念だったな、佳奈多君。どうやら君の片想いのようだぞ?」 「……な、何を言っているのか、さっぱりです」 心底楽しそうに、笑いながら言う唯湖に対して、佳奈多の表情は葉留佳の位置からは見えない。が、なんとなく想像はできるような気がした。 「ほう、シラを切るか……美魚君」 「はい」 美魚が、どこからともなくデジカメ……いや、ビデオカメラを取り出した。その画面を葉留佳の目の前まで持ってくる。そうすれば、その後ろにいる佳奈多にも見えるというわけだ。 美魚は唯湖の指示通りビデオカメラを操作し、やがて録画されている映像が再生される。 「こ、これは……」 佳奈多が困惑の声をあげる。 映されていたのは、葉留佳と佳奈多、二人の寝姿であった。早くに起きて隠し撮りしていたらしい。 「うわー……は、はずかしー」 葉留佳の寝顔は、どこかマヌケであった。それだけ安心しきっているのだとも言える。とにかく、実に気持ち良さそうに眠っていた。 そして、その葉留佳を抱き枕にしている佳奈多はと言えば。 「うっ……!」 ゆるゆるだった。 思わず誰だアンタ、とか言ってしまいたくなるほど、ゆるゆるだった。鈴が見たら「こわっ」だとか「めちゃくちゃだ。いやもーくちゃくちゃだ」だとか言い出しそうなほどにゆるゆるだった。それはもう、ものすごーく幸せそうなゆるゆるであった。 そして、トドメの一撃。 『……んぅ……はるかぁ……』 「ぐっはぁ! いやもう、反則だろソレ。これでおねーさん、一ヶ月は戦えるよ!」 かつてないほどのテンションを見せる唯湖に、佳奈多も羞恥心がマックスに達したのか、抱擁を解いてバッと起き上がる。 「西園さん、それ消して! 早く消しなさい!」 「……惚れた弱みという言葉もありますから、二木さんが受け、ということでしょうか。葉留佳×佳奈多……アリです。語感的にもバッチリです。そんなタイトルのBGMがありそうなほどです」 「何を言っているのあなた!?」 データを消去する気は更々無いどころか、素晴らしい具合に昇華されていた。 「ああ、もうダメだ、辛抱たまらん。佳奈多君、おねーさんと一緒に朝シャンでもどうかね?」 「って、いや、ちょ、来々谷さん!?」 いつの間にか佳奈多の背後に回っていた唯湖が、部屋に備え付けのバスルームへと獲物を強引に引っ張っていく。元々の身体能力の差に加え、佳奈多は寝起きであるため、為す術がない。 「なに、君にとっても悪い話ではないはずだ。どうやら葉留佳君は大きなおっぱいが好みのようだからな、私が責任をもって育てあげてみせよう」 「け、結構ですっ! ちょっと葉留佳、見てないで助けなさい!!」 「へ?」 ポカンと、ただ成り行きを見守っていた葉留佳だが、貞操の危機に晒されている姉からの助けを求める声に、しばし考える素振りを見せて、 「あーうん、ごめんネお姉ちゃん。下手なこと言って姉妹丼とか言い出されたらたまらないのデスヨ」 「葉留佳ぁああぁああああっ!!」 実にあっさりと、見捨てた。 そのまま佳奈多は脱衣所に連れ込まれ、しばらくの間は騒がしいのが続いていたが……やがて、静かになった。 表情一つ変えない美魚が、ぽつりと言う。 「意外です」 「え? 何が?」 「三枝さんは、どちらかというとMっ気が強いと思っていたのですが」 「ぶっ! みおちん、いきなり何言い出すんデスカ!?」 「最近のあなたは、二木さんに叱られたいがために騒ぎを起こしているような節がありますから」 「や、やはは。なぁにを言っているのカナ? カナ?」 「つまり……どちらもこなせる、と」 「…………」 唯湖は言うまでもないが、美魚の暴走っぷりも酷いものだった。 これ以上余計なことを言わせる前に話題を変えるのが得策ではないか、と考える葉留佳の目先に、美魚が持つビデオカメラが留まった。 「あ、えーと。ねーねーみおちん、それ見せて」 「いいですよ。どうぞ」 ビデオカメラを受け取ると、適当に巻き戻してみる。 撮っていたのは葉留佳と佳奈多だけではなく、唯湖と美魚を除いた全員の寝顔のようだった。当然、理樹のものもある。寝顔もまた、女の子みたいで可愛かった。 そうやって順々に見ていく内、画面に再び葉留佳と佳奈多が現れる。 自分の寝顔を見るのは恥ずかしかったが、普段は絶対に見られない、姉のあの寝顔をもう一度じっくり見たくなった。 画面に映る寝顔は何度見てもゆるゆるで、葉留佳はそれを微笑ましいとさえ思う。 『……んぅ……はるかぁ……』 「はは。お姉ちゃん、笑ってますネ」 「……それ、笑ってるんですか?」 「うん。良い笑顔」 答える葉留佳も、また笑っていて。 いつかの日に、足りないと感じたものが、そこにあった。 Fin [No.241] 2008/04/24(Thu) 02:49:25 |
この記事への返信は締め切られています。
返信は投稿後 30 日間のみ可能に設定されています。