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all 第8回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/04/23(Wed) 20:37:59 [No.239]
さいぐさはるかが大学でぼっちになっているようです。 - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 22:04:52 [No.250]
Invitation to Hell(原題) - ひみつ   グロ注意 - 2008/04/25(Fri) 22:00:53 [No.249]
虚構世界理論 - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 21:55:39 [No.248]
誰かが何かを望むと誰かがそれを叶えるゲーム - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 21:12:18 [No.247]
Engel Smile - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 18:30:18 [No.246]
笑顔(SSのタイトルはこちらで) - ひみつ - 2008/04/26(Sat) 08:41:43 [No.251]
夏祭りトーク - ひみつ - 2008/04/25(Fri) 18:30:17 [No.245]
小さな頃の大切な想い出 - ひみつ - 2008/04/24(Thu) 20:17:47 [No.244]
笑う、ということ - ひみつ@初 - 2008/04/24(Thu) 18:57:03 [No.243]
笑顔の先に - ひみつ@甘 - 2008/04/24(Thu) 10:56:09 [No.242]
遥か彼方にある笑顔 - ひみつ@長いですスミマセンorz 初めてなので優しくしてもらえると嬉しいかも - 2008/04/24(Thu) 02:49:25 [No.241]
感想会ログー次回ー - 主催 - 2008/04/27(Sun) 01:58:36 [No.253]


笑顔の先に (No.239 への返信) - ひみつ@甘



 色んなものを奪われてきた。
 生きるために、傷つかないために、手放してきた。
 そして。

 あいつらから、人間のふりをした醜い生き物から、全てを、もしかしたら、取り戻せる知れない。守れるかも知れない。
 私の大切なひとを。私が大切にしたかったひとを。
 そんな時に。
 完全に、取り戻す事など出来なくなった。
 それはまるで、信じてもいない神が奪い去ったかのように思えるほどあっさりと、抗いようも無く、変えようも無く。
 世界はただただ無慈悲で、壊れていて。

 でも、簡単だった。奪われないようにするためには。
 私たちにとって壊れていたこの世界で、大切なものを守り続けるには。
 私が――

  □  ▼  □

 広い和室に酒の匂いが充満する。
 瓶から漂う酒が本来持ちうる芳醇な香りと、人の口から吐き出される鼻を塞ぎたくなるような異臭。
 華やかな料理の香りなど感じられないほどに、空気の淀んだ空間で、二木佳奈多はひとり、興味もなさげに冷めた目でその場に集まった大人たちを見る。
 一言で言って、醜い。……否、
 ――それですら、生温い。
 内心で罵倒する。目の前の人の姿をした魑魅魍魎の状態を、人の言葉で言い表す事など不可能だとすら思った。
 酔いつぶれた者は無く、一定の礼儀は守られているように見えるが――非常識な会話の内容、汚らわしく歪んだ口元、耳障りな高笑い。
 いつかに見た、夜の住宅街の道路に倒れ伏していた酔っ払いサラリーマンの方が、まだ人間らしくすらある。
 或いは、仮にも血縁のある人の死を酒の肴に歓喜する連中と、仕事に忙殺されて少々節度に欠けた飲酒をしてしまっただけの人間を比べる事すら、失礼極まりない思考か。
「本当に……」
 くだらない。茶の入ったグラスを握り、思う。
 こいつらは、歪んだ存在。だから、価値観も歪んでいるのだと。
 血を崇める一族。きっと、血からして腐っているのだろう。
 同じ血が流れていると思うだけで、反吐を吐きたくなるほどに気分が悪くなり、堪えるかのように歯を軋ませた。
「どうしたの、佳奈多さん」
 歯軋りの音でも聞こえたのだろうか。声がかかる。
 視線を上げる。そこには……誰だったか、忘れてしまったが、二木家の女性だ。
 歳の頃は、佳奈多の母親よりも僅かに上と言った程度だったか。名前も含め、大した事は記憶していなかった。
 佳奈多にとって記憶する価値も無かったと言う事もあるが、……やたらと血に、本家――三枝の家――の力を手に入れたい連中が多い中、影が薄かった事もある。
 本家の三枝や二木を含めた分家とも血の関わりもなく、ただ余所から嫁いできただけの女だったから、大人しくしていただけかも知れないが。
「どうしたって、なにが?」
「暗い顔をしているわ」
「呆れているのよ、この空気に」
「仕方のない事でしょう。……佳奈多さんが選ばれる事が決まったのだから」
「そんなもの、とうの昔に」
 葉留佳との比べられ、争わされ、そしてもう何年も前に自分は勝ったのだと。
 佳奈多は無表情のまま、半ば威圧するかのような声色で食って掛かろうとする。
 だが、その佳奈多の言葉を遮り。
「いいえ? ……あの疫病神が生きている限り、『ほぼ決まり』だった。けれど、その死を以って『当確』となった。
 選ばれる可能性を残した、ゴクツブシでしかなかった出来損ないがこの世界から消え去った……退場した事でね。邪魔者はいなくなったのよ」
「…………」
「これは喜ぶべき事でしょう、わたしたち二木家にとって。三枝からすればあなたに継がせ、子を産ませるしか選択肢がなくなっただけでしょうけれど」
 佳奈多が不機嫌さを隠そうともせず表情に出し、睨み付けた。
 余所から二木に嫁いできただけの貴様だってゴクツブシだと言うのに、と思う。
 だと言うのに、二木が手に入れる、既にほぼ取り仕切っている三枝の家の力の『お零れ』だけは欲しがっているのだ。
 三枝の家を乗っ取ろうと言う気概があるわけでもなく、ただ贅沢な暮らしや名声、そんな下らないものを欲しているだけ。そしてそんなもののために、人の死を祝っている。
 佳奈多にとっては、それだけではない。
 その程度の、見下している葉留佳にも格段に劣る屑の癖に、佳奈多の事を直系の血を維持させるための道具であるかのように見ている。
 ――道具にすらなれない下等生物の分際で。
 気に入らなかった。何より、それ以上に。
 ――本当に。
「どいつも、こいつも」
 ――穢れている。腐っている。
 胸中で吐き捨てた後で、葉留佳を貶め追い詰めた私も同じ穴の狢か、と佳奈多は自嘲した。
 感情任せに酒瓶を掴み、茶の残ったグラスに混ぜ、喉の奥に流し込む。
 不味かった。
 葉留佳の死を心の底から喜べるようになれば、この部屋に集った腐った連中と同じように、この不味い酒を美酒として味わえるのだろうか。
 考えるが、そんな事は真っ平ごめんだった。嫌う振りはしても嫌いたくはないし、たったひとりの妹を嫌えるはずも無かった。
「…………」
 全て飲んだ後でグラスを荒々しくテーブルに叩き付け、立ち上がる。
「あら、どこへ行くの?」
「外の空気を吸ってくるだけ…………人の死すら祝い事にするなんて、気分が悪いわ」
「…………そう」
 見下し、座ったままのゴクツブシを威圧する。
 その自覚すらない、佳奈多から見れば害虫にも劣る下劣で醜悪な生き物。
 穏やかなようで、本心が見え透いた薄汚い笑みを向ける愚か者。
 出来る事なら、殺してやりたかった。
 葉留佳のため、自らのため。
 そしてそんな私的な感情以上に。
 この歪みきった世界を、なるべくならこれ以上歪めてしまう事の無いように、殺してやりたかった。

  □  ▼  □

 空は暗く、月は無い。
 敷地の外の、外灯の光だけを頼りに、二木家の広い庭を目的もなく佳奈多は歩く。
 それこそ二木の姓を持つ者の他に、今や本家の多くを取り仕切るその力にハエのように群がる親戚連中が全て集まっても余裕のあるくらいには大きな家屋、広い敷地。
 だが、三枝の家の比べれば何もかもが劣る家。
 広さも内装や清潔さも……周囲の家から向けられる羨望の眼差しも、頭を下げに来る役人や議員の数も増えてきたとは言え、まだ何もかもが劣る。
 ああ、そうだ、群がる連中が病原菌を撒き散らす事もあるハエのような存在であるのなら。
「この家はさしずめ…………」
 建物の中から聞こえる笑い声と、未だに吐き続けられているであろう死した葉留佳を罵倒、愚弄する言葉を思い浮かべ思う。
「巨大な汚物、か」
 これほどに相応しい比喩はあるまいと思う。
 自分もいつかは、それにまみれて慣れ切ってしまうのかも知れない。
 人間と言う生き物はそうやって見下している環境にも慣れてしまう生き物であり……そうして、人間以下の生き物へと成り下がって行くのだろう。
 だからこそ奴らは神を信じ、泥水が酒に変わるとのたまいながら狂気をも帯びた濁りきった瞳で、子供の頭を容赦なく踏みつけ、あらゆるものを奪い去る事が出来たのだ。
 葉留佳だけではない。それに比べれば大したことのない仕打ちでも、佳奈多自身も似たような経験が全く無いわけではなかった。
 覚えている。憎しみでもなく、意思でもなく、ただただ恐怖から逃れるために鋭い物で突き刺したくなるほどに狂った、大人たちの目を、視線を。
 非力な子供の力では出来ず、逃れられず、いつの間にか葉留佳に勝ち、その目は全て葉留佳に向けられていたのだが。
「ああ……」
 何も無い夜空を見上げ、思う。
 周りがそう見たように、本家に選ばれたように、私は葉留佳に比べれば何もかもが優秀で、劣るものなど無かったのだろう、と。
 ただ、だから、この世界の誰よりも劣っているものがあるのだと。
「この世界で一番、不出来な姉ね、私は」
 奪われた妹を取り戻そうと救おうと足掻き、けれどすれ違いもあって救えず、いつの間にか、たったひとりの妹は死んでしまった。
 覆す事の出来無い事実に、その命は、見たかったその笑顔は、完全に奪われてしまった。
 そして佳奈多は今、死んでしまった妹すら、救えずにいる。
 霞んでしまった、遠い昔に自分に向けられたはずのその笑顔でさえ、自分の中に留める事も出来ず、奪われ続けている。
 苦しかった。いつかのように、葉留佳が罵ってくれれば、どんなに楽だろうか。もしこの壊れた世界が滅びてしまえば、どんなに楽だろうか。
 立っているのも億劫になって、物置の影に座り込む。
「葉留佳」
 ごめんなさい、と謝る事すら出来ない。許されない。
「はる……、かっ……」
 情けなさに、嗚咽が混じる。
 視線の先の光の漏れる部屋で、これ以上ないほどに妹の事を馬鹿にされているのに、何も出来ない自分に腹が立って、泣き出してしまいたくなる。
 けれど、そんな当たり前の事ですらきっと、許されはしない。
 葉留佳のために泣く資格など、有していないと。

「随分と無様だなァ……えぇ? 佳奈多」

 不意に耳障りな足音と、声が聞こえた。
 頭ごと叩き割りたくなるくらいに酒臭い息を吐きながら、右手に酒瓶を持ったまま近づいてくる男。
 今の『二木家の』当主、三枝にも影響力を持つおじだ。
 無意識に、身体が萎縮する。幼い頃に叩き込まれた恐怖が呪縛のように佳奈多の身体を締め付ける。
「……なんのことです?」
「わからんか? あぁ、そうか……わからんか、なら教えてやろう」
 一歩だけ。意思ではなく、本能によって後ろに下がった佳奈多に。
 まずい、と思った時にはもう遅かった。本能の鳴らし続けていた警鐘に、理性による状況判断が追いついていない。
「ぉ、っぐ!?」
 容赦の無い膝蹴り。か細い悲鳴は出ない。
 ただ、腹の奥から音が漏れただけだ。
 脳が衝撃で軋むかのように揺れ、状況を把握するのに時間がかかる。
 ああ蹴られたのか、と分かった時に理解した。
 あの女だ、と。
 自覚も無いゴクツブシの癖に、こんなどうでもいい事は伝えたのだ。
 佳奈多が、葉留佳の死を哀しんでいる。そう知って、葉留佳を忌み嫌う連中が黙っているわけが無かった。
 迂闊だった、とは思う。
「俺たちも、葉留佳の死は哀しいさ、ああ哀しいさ。だがな……喜んでいるのは他でもない、佳奈多、お前のためなんだよ」
「なにを……がっ!?」
 酒瓶が地面に置かれ、腹を殴られる。
 脳漿ごと揺れた視線の先に、意地悪く笑んでいるあのゴクツブシがいた。
 憎々しげに睨み付けた佳奈多の前髪をおじが掴み持ち上げ、汚物そのものでしかない臭い息を漏らす。
「本家のジジババに求められる役割を果たせ、自分が勝ち得た義務を全うしろ」
「そして、あなたたちの私腹を満たせと? 冗談じゃ、うあっ!?」
 頭が引き千切れてしまいそうなほどの鋭い痛みに耐えられず呻く佳奈多に平手を食らわせた後で、おじは投げ捨てるように手を離した。
 そして、頭を踏みつけ唾を吐きかけ、たしなめるように言う。
「素直に喜んでいいんだよ、お前は。そうじゃないと愛しの妹があの世で悲しむぞ?」
「……そんなわけ」
「あのロクデナシの疫病神はきっと、楽に死ねて嬉しかったろうよ」
「…………は、ぁ?」
「なぁ、苦しんで苦しんで、姉には敵わず虐げられ惨めな思いをして育てた奴らには事業失敗の責任を押し付けられ……あぁ、もしも俺だったなら死んでしまいたい気分だよ」
 足の裏を動かされ、佳奈多の頬が砂利に塗れていく。
「反省するといい。明日には、ゴクツブシの死を祝えるようにしていろ。奴のために……な。
 それが出来なかった時には、少々きつい仕置きが必要かも知れんな」
 やはり、思考が遅れる。しかし、今までよりは確かに、動いている。
 今、こいつは何と言った? 死ねて嬉しかった?
「行くぞ」
「はい」
 最後に肩を蹴り上げた後で、おじは女に声をかけて背を向け今尚宴会騒ぎをしている部屋へ戻って行こうとする。
 あんな中で、それでも、葉留佳は、自分よりは、よほど生きたがっていただろうに。
 怒りで、頭が沸騰するのではないかと感じた。骨が溶けてしまいそうに身体が熱く、血が滾っている。
 体温が上がる。シナプスが茹だる。
 モシモオレダッタナラシンデシマイタイキブンダヨ?
「ああ、そう」
 死ねて、嬉しかっただろうか。
 ここに来て、祝うだけでなく。
 葉留佳自身の心まで陵辱し、我が物であるかのように言い、そして。
 それを、佳奈多のためだと。
「ああ、そうか」
 そうだ。
「そんなに、……そうなら」
 シオキガヒツヨウ?
 佳奈多から見れば人にすらなれていない屑ごときが、人に仕置きをすると、そう言ったのだ。
 しんでしまいたいきぶんだよ。
「く、はは、あっはははははっはっはは!!!!」
 笑う。哂う。嗤う
 ああ、なんて簡単なことだったのだろう。
 ここまで奪われて、何もかも奪われて、ようやく気付く。
 だから佳奈多は立ち上がる。

 ―― な ら 、 死 ね よ 。

 試してやる、と思う。本当に死ねるかどうか。この私が、と。
 その方法はある。哀しみに暮れて思いつきもしなかった。簡単な事なのに。
 頭が良くても役に立たないものだ。けれど、今、頭は動いた。
「アハハハハハハハ!!!!」
 佳奈多の狂いかけた笑い声を訝しく思ったのか、おじが振り向く。
「どうした? やっとわか」
 ったのか、そう言おうとした思考は、肩口に叩き込まれた一撃によって封じられた。
 おじの目には、佳奈多が、物置に立てかけられていた、鉄パイプを手にしている姿が映る。
 その姿を目に捉えたのと同時に、腹に佳奈多の飛び蹴りが入り、無様に仰向けに倒れこむ。
 先に立ち上がったのは上に乗った佳奈多の方。そのまま、おじが起き上がってくる前に顔面を足の裏で踏みつけ、胸元に鉄パイプを突き立てた。
 靴底と唇の隙間から、怒気を含んだ叫びにはならない声が漏れる。
「き、さま……」
「どうしたの? 何が言いたいのかサッパリねぇ」
 口を歪め、右目を前髪の奥に伏せて佳奈多が笑う。まるで、目覚めた悪魔みたいに。
「ころっ……!」
「殺す? 出来るわけがないわよね。傷つける事だって……もう、私しかいないんだから」
「づ!?」
「ねぇ、私に何かあった時に代わりに出来た葉留佳はもういない。何かしたら、三枝のお爺様やお婆様我がさぞやお怒りになるんじゃないかしら?」
 おじが、言葉を詰まらせる。佳奈多に言われて初めて気付いたらしい。どうしようもなく愚かだった。
 女はただ離れたところで腰を抜かしているだけだ。誰かに知らせる事も出来ない。
 害虫にも劣る生き物が何も出来ない事くらい、想定の範囲内だ。
「何かしたとして……。私が正式に本家に入って、色々引き継いだらどうしようかしら…………そうね、望みどおり殺してさしあげましょうか、おじ様?
 簡単よ、虐げる必要も敵わない誰かを用意する必要も無い。ただその力と権限を使って、社会的に抹殺してあげればいいだけだもの。
 私を育てた事で取り仕切っているだけで、たいした能力も持たない駄犬の一匹や二匹失ったところで、私や三枝の家にとってはなーんの痛手にもならないのよ?
 貴様の言葉通りなら、辛くて辛くて、自らその命を断ち切ってしまうはずよね? 貴様の言う葉留佳がそうであったように、喜びと共に」
 何かしら言おうとしたのだろうその口に踵を捻じ込み、強く押さえつけて言葉を封じる。
 これで、人の言葉も失った、正真正銘の駄犬だ。否、鳴き声を発する事も出来ない生き物にすらなれない、ただのモノだ。
「ねぇ、そこのあなた」
 顔を伏せ、口元の笑みだけを見せ、佳奈多は女に声をかける。
 脅えきった表情。死の恐怖に竦む姿。遠かりし日の、葉留佳の姿。自らのなりかけ。
 そうだ、こんなにも簡単だったのだ。
 佳奈多は、葉留佳は、この壊れた世界で何もかもを奪われてきた。
 抵抗し、取り戻そうと足掻き、そして2人して全てを失った。
 けれどせめて。心の中で笑んでくれる、幼い頃の妹の姿だけは奪わせまいと。
 でも、守ろうとするだけでは無駄。駄目。では、奪わせないためにはどうすべきか。
 守り続けるにはどうすればいいのか。やっぱり、考えれば考えるほどその方法は簡単で。

 自分自身が、奪う立場に立てばいいのだ。

 奪えば、それ以上のものを奪われる。
 下種どもの腐った脳と血にその事をしっかりと覚えさせてやって、奪い続ければいい。
 奪われる恐怖を常に隣に置いてやればいい。その恐ろしさは、佳奈多自身が身を以って知っている。
 だから、効果的である事も分かる。
「余計なことをしたあなたの処遇はどうしようかしら? 二木から追い出しても生きていけるわよね、汚物にたかる虫ごときなら」
「ひ、ぁ……」
「……まったく。許して欲しければどうすればいいか。それすらもわからないの? 葉留佳なんてわけにならないほどのゴクツブシのロクデナシね。
 いいえ……葉留佳と比べるなんて、葉留佳に悪いわね。許しの請い方もわからないなんて、葉留佳どころか猿や犬にも劣る存在よ。やっぱり虫だったのね、あなた」
 くすくすと、佳奈多は口元に手をあて、悦楽に浸るように淑やかな笑い声を真っ暗な夜空に響かせる。
 暴力に訴えれば、間違いなくこの2人に佳奈多は勝てないだろう。
 今は押さえつけていても、それは酒を飲んで酔っているからでもある。
 だから、今の内に、すべてを叩き込んでやるのだ。教えてやるのだ。奪われる側の、惨めで哀れな生き方を。
「も、申し訳、ありませんでした」
「はぁ……」
「っ!?」
 佳奈多の溜め息ひとつにも、身を竦ませる。
「言葉だけ? 本当に物分りが悪いのね。行動で示しなさいよ、奪われたくなければね」
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
 さすがに理解したのか、すぐさま土下座をする。
 この2人の状態を見せれば、他は言い聞かせるだけで済むかも知れない。
 そう考えてから佳奈多は足を離し、近くに落ちていた酒瓶を拾い上げ、地面に叩き付ける。
 割れ、あたりには破片と半分以上残っていた酒が広がった。
「飲みなさい、儀式よ」
「ふざけっ……!」
「ふざけ? 泥にまみれた酒なんて、ただの泥水を酒になると飲まされた私や葉留佳よりよっぽど幸せじゃなくて?」
 2人して、地面を舐め始める。
 ああ、そうだ、それでいい。
「ふふ。そうそう、次期本家当主様の命令は素直に聞くものよ……そうすれば、死なない程度には可愛がってあげる」
 ぴちゃぴちゃと耳に届く音を掻き消すかのように、佳奈多は笑う。
 笑い続ける。
 幼い頃の、確かに自分に向けられた愛する妹の笑顔を、佳奈多は守り抜いた。
 そして、きっと、今も葉留佳は笑ってくれているだろう。
 不出来な姉が、やっと、妹のために何か出来たのだから。
 ああ、そうだ、もう誰にも、何も奪わせない。
 奪う側の人間だけに与えられる罪悪感など、
「ふふ、あはは、あははははははははっ!!!!!!!!」

 とびっきりの狂気に染まった笑いで、こうも容易に掻き消せるのだから。


[No.242] 2008/04/24(Thu) 10:56:09

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