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朝。 「わふーーーっ」 クドリャフカの寝顔をみることで私の一日は始まる。本当にいい笑顔をクドリャフカは浮かべていた。天使の笑顔なんて、もちろんみたことはないがもし天使の笑顔があるとしたら、きっと今、クドリャフカが浮かべている笑顔と同じものだろうと思う。寝言がわふーっということは、今までの経験上、クドリャフカは今、本当にいい夢をみているみたいだ。 クドリャフカと暮らし始めてだいぶたつが、クドリャフカの笑顔には本当に癒されっぱなしだった。 私はぼんやりと、昔のことを思い出していった。 ☆ 彼女のことをはじめて知ったのは、先生から渡された写真つきの文書だった。 「明日より、この学園に外国人が転校してきます、名前は能美クドリャフカ。日本語は十分、話せるようですが、不慣れなことや日本の習慣にとまどったりすることもあるでしょうから、風紀委員として、彼女が困っているのを見かけたときは、彼女の手助けをしてあげてください」 先生からわたされた文書を、風紀委員の前でよみあげながら、犬みたいな名前の、かわいらしい子だな、とおもった。それがクドリャフカに対する第一印象だった。それから、なんとなく校内の見回りのときに、彼女のことを気にするようになっていた。 「わふーーーっ」 彼女はみると、いつも笑っていた。彼女の笑顔は、なんというか昏い(くらい)ところがなかった。言い方は悪いが、本当に子どもが浮かべるような笑顔で、心の底から楽しく、純粋に、無邪気に笑っている。彼女はいつも、笑顔だった。本当に、この世につらいことなど、ないとおもっているくらいに。 もちろん、彼女だって辛いことがあることはしっている。 私が現場にいあわせたことはないが、外国人のクドリャフカが英語をはなせなくてからかわれていることは聞いていたし、他にも外国暮らしが長かったから、きっと、彼女なりに悩みがあるのではないか、ということは容易に想像がつく。 ――でも、彼女は笑っているのだ。一点の、曇りもなく。彼女の笑顔をみるだけで、自分の卑近さをどうしても感じてしまうくらい、彼女の笑顔は私にとって――笑った記憶がほとんどない私にとって――本当にまぶしかった。 私はそんな彼女の笑顔を遠めで見ているだけだった。 ☆ 転機がおとずれたのは5月18日のことだった。 「わふ…」 「?」 珍しく私は落ち込んでいるクドリャフカをみかけた。落ち込んでいるクドリャフカを見かけることは本当に珍しい、というか初体験だった。私が彼女とであうときは、彼女はものすごい笑顔をうかべているか、笑顔を浮かべているか、どちらかしかなかったから。 その姿をみていると、心が痛んだ。彼女は私にとって、いつも笑っていなければいけない存在だから。そこまで考えて、顔が赤くなったのを自分でも自覚できた。何を言っているのだろうか。私は――かなり恥ずかしいことを思っていたような気がする。 「やっぱり、無理なのでしょうか」 クドリャフカのその声に、聞き耳を、たてる。いったい何がクドリャフカを悩ませているのか。もし、私に出来ることがあるのなら、おこがましいかもしれないが、彼女の手助けをしてあげたい。そう、おもった。 「ルームメイト、見つかるでしょうか…一人で夜を過ごすのは寂しいこともあるので見つかってほしいのですが」 なるほど、ルームメイトになってくれる人がいないので悩んでいるらしい。 「ま、悩んでいてもしょうがないです」 そういって、笑顔をうかべて、犬と戯れ始めた。やっぱり、彼女には笑顔がよく似合う。 できれば、彼女にはずっと笑っていてほしい。こんなこと思うのは、妹を除いては、初めてだった。 だから。 「うん、そうしよう」 ちょうど私が一人で暮らしていたことも幸いした。 私みたいな堅苦しい相手と一緒にいたい、という物好きはいないみたいで、私は一人で暮らしていた。 大丈夫、きっとうまくやれる。 それから、彼女とルームメイトになれたときは、本当にうれしかった。 ☆ 「今思えば本当に大胆なことをしたものね」 自分で自分がしたことが信じられない。でももちろん後悔はしていない。後悔なんかするはずがない。 クドリャフカと暮らしていて、何度救われたかしらない。「佳奈多さんルームメイトになってくださりほんとうにありがとうございました」そう、クドリャフカは、同じ部屋で暮らすときにいっていたが、自分がなんど私を救ったのかきっと彼女はしらないだろう。 感謝してもしきれないくらい、彼女の笑顔に救われてきた。実家で嫌なことがあっても、しょうがないとはいえ、妹にとても酷いことをした自分に嫌気がさしても、彼女の笑顔をみるだけでだいぶ心が軽くなった。 そこまで考えたとき、彼女の顔がぴくり、と動いた。 「おはようございますーーっ」 天使が、目覚めた。 「おはよう、クドリャフカ」 私は、できるだけ笑顔で彼女につげる。――今の私は少しは昔と比べて、笑えているのだろうか。そんなことをぼんやりと考える。 「おはようございます、佳奈多さん」 クドリャフカもまた、私に笑顔でこういった。いつもどおり、本当に無邪気な笑顔で。 こうして今日も私の一日が、はじまる。 きっと彼女の笑顔がある限り、私はきっと、がんばれる。そうおもった。 [No.246] 2008/04/25(Fri) 18:30:18 |
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