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No.300へ返信

all 第10回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/05/21(Wed) 21:45:27 [No.290]
[削除] - - 2008/05/25(Sun) 19:02:41 [No.316]
たまにはこんなのも - ひみつ@ふはははは! 見ろ! まるで遅刻のようだ! - 2008/05/24(Sat) 02:52:33 [No.309]
ライアー - ひみつ@4時間遅刻 - 2008/05/24(Sat) 02:06:34 [No.308]
ひとつの友情 - ひみつ@2時間遅刻 - 2008/05/24(Sat) 00:46:43 [No.306]
つかれた笑顔 - ひみつ@遅刻orz - 2008/05/23(Fri) 23:59:57 [No.305]
二人のクリスマス - ひみつ@ちこく - 2008/05/23(Fri) 23:14:31 [No.304]
改行訂正しましたorz - ひみつ@ちこく - 2008/05/25(Sun) 13:42:56 [No.313]
真人の馬鹿 - ひみつ@遅刻… - 2008/05/23(Fri) 22:32:21 [No.303]
筋肉を止める手だてなし - ひみつ - 2008/05/23(Fri) 22:19:19 [No.302]
筋肉を止める手だてなし(加筆版) - ひみつ - 2008/05/25(Sun) 19:59:19 [No.318]
筋肉と巫女、どっちがいい? - ひみつ - 2008/05/23(Fri) 21:56:25 [No.301]
世界の果ての野球 - ひみつ - 2008/05/23(Fri) 21:51:14 [No.300]
Muscle of friendship - ひみつ@普 - 2008/05/23(Fri) 21:07:58 [No.299]
理由があるからそこにある。 - ひみつ - 2008/05/23(Fri) 18:33:18 [No.298]
例えばこんな筋肉の使い方 - ひみつ@全年齢対象仕様でお送りいたします - 2008/05/23(Fri) 17:12:03 [No.297]
女王ネコの憂鬱 - ひみつ - 2008/05/22(Thu) 23:40:53 [No.296]
幻想《筋肉》小説 - ひみつ - 2008/05/22(Thu) 05:16:09 [No.295]
嗚呼素晴らしき筋肉様 - ひみつ - 2008/05/22(Thu) 04:18:07 [No.294]
代償 - ひみつ - 2008/05/21(Wed) 23:03:12 [No.293]
筋肉候〜それは偉大なる筋肉志〜 - ひみつ - 2008/05/21(Wed) 22:03:16 [No.292]
前半戦ログですね - 主催 - 2008/05/25(Sun) 02:04:23 [No.312]
大切な何かに気付くため - ひみつ@暑苦しい筋肉が通ります。 - 2008/05/25(Sun) 19:03:53 [No.317]
『筋肉バグ』 - ひみつ@日曜投稿…アリです。 - 2008/05/25(Sun) 16:27:24 [No.314]
後半戦ログ+最強SS結果発表中ログ+次回日程 - 主催 - 2008/05/26(Mon) 00:20:14 [No.319]


世界の果ての野球 (No.290 への返信) - ひみつ

 世界の果てで野球を続けている。どれ程の間こうしているのか、記憶は最早定かではない。一説によれば二〇〇七年の七月二十七日かららしいけれど、その日付の正しさがどのように保障されるのかは全く不明だ。しかし世界の果てで野球を始めることになった経緯についてなら、僕は僅かなりとも語ることが出来る。今こうしてこの文章を書き起こしているように。
 或いはまた、僕達の至った一つの結論について僕は書く。それはこれから訪れる未来の話でもなければ、既に訪れた過去の話でもない、この一瞬を生きる僕達のこと。「虚構」と「現実」とを巡る、僕達の生き方と幸せについて。だから僕は直枝理樹であり、物語の主人公であり、直枝理樹でなく、物語の主人公でない。要するにこれは僕の物語であると同時に、僕という鏡に写し出されたあなた自身の物語なのだ。僕達のお話を最初から規定していたメタフィクショナルな性質を鑑みれば、それは当然のこととして理解されると僕は信じている。
 僕は何処にも行かない。僕はここにいる。
 恐ろしく前向きとも馬鹿みたいに後向きとも見える、しかし実のところ前にも後ろにも碌なものが存在しないからこそのこの言葉を、僕が吐き出すまでのお話として以下を読んで頂ければ幸いだ。


 手始めにこの世界の起源を書き記すとすれば、それは修学旅行へ向かう最中に起きたバス事故ということになる。既に忘却の彼方に遠ざかりつつある事柄ではあるけれど、折に触れて思い出すようにはしている。なんと言ってもそれは今の僕達の起源だからだ。あの瞬間、恭介の手によってこの「虚構」の世界は形作られ、僕達は永遠の一学期を幾度となく繰り返し、無数の物語を体験し、真の強さを身に付け、遂には「虚構」を脱して「現実」へと帰還出来ない。
 ええー。
 ええーと僕は何度も言ったけれど、事実なのだから仕方ない。恭介との感動的な別れを感動的に演じ、手を繋いで感動的に走り出し、「虚構」の世界を感動的に去ろうとした僕と鈴の眼前に立ちはだかったのは、感動的なまでに固く閉ざされた校門だった。押しても引いても叩いても爆破しても開かなかった。世界の崩れ去る前兆たる揺れが治まっていることに気付いたのはその直後のことだ。「なんか急がなくても大丈夫っぽいな」と鈴が言った。その通りだった。僕達はグラウンドに引き返した。門を開く為に恭介の協力を仰ごうとしたのである。恭介は校舎に入ろうとしているところだった。その背に声をかけるとゆっくりと振り返り、台無しだよお前ら、という顔を露骨にした。感動的な別れから僅か十分後の、それは感動的も糞もない再会だった。
 その後の展開は凄惨を極めたと言ってよい。待ち草臥れた真人と謙吾が戻って来た。屋上で待機していたものの一向に出番のやって来ない小毬さんが涙目で姿を現した。向こうの世界に帰った筈のクドが空から落下してきて鈴の頭部を直撃し、日傘を差した西園さんが空中を悠々と歩いて再登場し、倒れて縺れ合っている鈴とクドを見て「ロリに百合、眼福眼福」と呟く来ヶ谷さんはいつ帰って来たのかさえ判然とせず、余りの惨状に呆然としている恭介の目を葉留佳さんが「えーいはるちんエターナルフォース目潰しー!」「ぎゃああああああああああ!!」。そうして一頻り騒ぎ回った後、一堂を正座させて恭介は言ったものだ。
「お前ら台無しだ。何もかもが台無しだ。それと目痛え」
 誠に遺憾ながら全面的に同意せざるをえない意見である。勿論目の痛みは別にしてだ。


 そうして僕達は「虚構」の中に閉じ込められた。如何なる手段を用いても門を破ることは叶わなかった。乗り越える、地面に穴を掘ってくぐり抜ける、ハリアーで空へ飛び立つ、などの迂回も一切通用しなかった。では別の出口はないのか、との疑問に対しては、「最初は屋上にあったんだが、こそこそと別の出口を用意するなんて卑怯だから俺が埋め立てた」という、前髪を風に躍らせながら恭介が爽やかに言い放った言葉を引用することで、その回答とさせて貰いたいと思う。発言の直後、恭介がフルボッコにされたのは言うまでもない。
 翌日より四十日と四十夜に渡って繰り広げられた校門突破作戦は悉く失敗に終わった。その無数の脱出の試みを詳細に書き記すことは――とりわけ、思い付く限りの常識的な試みが全て挫折した後の、傍目にはギャグにしか見えない阿鼻叫喚の試行錯誤について詳説することは、紙幅の節約の為にも僕達の名誉の為にも絶対に避けたい。気になるので是非とも書いて欲しいとする向きには、例えば頑なに閉じる門扉の前で漫才を披露して、門を大いに笑わせ、誤魔化し、有耶無耶の内に通して貰おうといった作戦であると答えることでなんとか満足して頂きたい。その立案および実行の際、果たして門は笑うものなのだろうかという疑問を誰も呈さなかった事実をもって、当時の僕達の大変な錯乱振りを窺うことが出来るとする意見は概ね正しい。一言で言えばこうだ――大丈夫かお前ら。
「駄目だ」
「堂々と答えないでよ、鈴」
 一つ付け加えると、こんな試行錯誤の末に脳自体が錯誤をきたしているような状況にあっても、作戦の立案および実行に際しての作戦会議は一応存在した。前夜の会議において提出された第百二十一次校門突破作戦の候補案は次の三つであったと会議録は記録している。一、とても馬鹿馬鹿しい作戦。二、凄く馬鹿馬鹿しい作戦。三、余りにも馬鹿馬鹿しい作戦。提案者はそれぞれクド、西園さん、小毬さんである。採用に至った件の漫才作戦がどれに当たるのかはご想像にお任せするが、他の二つとて、トンネル効果で門を難なくすり抜ける、真人のもみあげを半分献上することで門との和解を試みる、という内容だった為、どれを選んだところで大差はなかった筈であるとは指摘しておきたい。


 ところで「虚構」の中に閉じ込められるという謎すぎる事件に見舞われたせいですっかり忘れていた疑問が一つある。この世界は崩壊するのではなかったのか。僕がそれを恭介に訊ねたのは二十日目が過ぎた頃のことだ。回答は以下の通りだった。
「ん? ああ、お前と鈴を追い出す為に壊れる振りしてただけ。本当はアンインストールでもしない限り壊れないんだ、この世界は」
 アンインストールという不用意な言葉が出てくるのは致し方ない。登場人物の心理を再現的に描写する類のフィクションにおいて第四の壁を破るのはご法度であることを、歩く非常識たる恭介が理解している訳は当然ないからだ。ともあれこの世界が壊れないものであるとの発言は、現にびくともしていない以上まあそんなところじゃないかなあと考えたことはあったにせよ、実際に恭介の口から聞くと実に身も蓋もなさ過ぎた。しかし僕が、正直あんまり訊きたくないかなあという本心を宥めつつ続けて発した、ではバス事故はどうなるのか、との質問に寄越された返答に比べれば、これはまだ生温い発言ではある。第二の質問に恭介は自信満々にこう答えたのだ。
「ああ、あれは大したことないな。俺以外皆軽傷だし、お前と鈴が少しやる気になればすぐに皆助かって万々歳で、ついでに次元階梯が一個上の連中も一緒に万歳するくらいだから、どうにでもなるだろ」
 幾らなんでもぶっちゃけすぎだよ、恭介。
 おまけに、どうしてもやる気が出ない時にはこれを使うといい、と言って恭介が僕に手渡した紙切れには、次のような文字列が記されていた。

よくない
冷静になる
枝を折る
後回しにする
荷物を調べてもらう
何かを考える
恭介を助ける

 ルール違反にも程がありすぎるだろと僕は思った。恭介は「ここを出た後その選択肢選べば皆助かるから。簡単だろ?」と絶望的な説明を付け加えてくれた。ありがとう恭介。


 そんな狂騒とぶっちゃけ話の只中にあって唯一冷静を保っていたのが来々谷さんである。来々谷さんは僕達とは別行動を取り、戦車の砲撃による測量でこの世界の広さを割り出していた訳では無論なく、計測機器をかついで門を調査したり、図書室に篭って資料を漁ったりして、なぜ校門が閉ざされたのか、その原因を探っていた。閉ざされた門に関しての重大な発表があると言って来々谷さんが僕達全員を図書室に呼び出したのは、作戦開始から四十日が経過した朝になる。だが集まったのは僕、鈴、謙吾、小毬さんの四人のみだった。残りの五人は門の前で踊念仏をおこなうのに余念がなかったのだ。人数の少なさに来々谷さんは一瞬眉を顰めたけれど、まあいつものことだと納得した、或いは諦めたらしい――畏まって着席した僕達の前で、何処から調達してきたのかよく判らない演壇に登った。重大発表と聞かされていたので僕は少なからず緊張していた。
「筋肉だ」と来々谷さんは言った。
 大丈夫かこいつ、と僕は思った。
 なお来々谷さんの第一声に対する各人の反応を記しておくとこうなる――鈴は「筋肉言うな、きしょい」と切り捨て、小毬さんは「ほえっ!? 筋肉??」と呆気に取られ、謙吾は「成程筋肉か!」と無駄に納得した。ここから差し当たりはっきりするのが謙吾はもう駄目だという事実であることは論を待たないが、そもそも筋肉発言の主である来々谷さんは正気なのか。正気だった。極めて正常かつ真面目だった。来々谷さんによれば校門が閉ざされた理由は次の通りであるという。
 かつてこの世界が筋肉に包まれたことがあった。それも繰り返しだ。そう言えばそんなこともあった、つい物理ではなく筋肉を選んでしまった、今は反省している、と僕は心の中で呟いた。直枝理樹――より正確に言えば、その背後にひそむ次元階梯における上位存在が、面白がって何度も何度も物理ではなく筋肉を選択しまくった結果、この世界が部分的に異様な筋力をつけることになってしまった、と説明は続いた。つまり校門はその筋力によって頑なに開閉を拒んでいる訳だ。校門に筋肉なんてあるのだろうかという当然の疑問がここで浮上するが、無論存在する、名を括約筋と言う、という定番過ぎるボケの後、調査の結果、門の材質であるスチールに筋原繊維が認められたし、付着した錆からはアデノシン三リン酸も検出された為、些か信じ難いことではあるが筋収縮は問題なく可能だと来々谷さんは述べた。
 絶望的な結論だったと言ってよい。何せ相手は真人の筋肉だ。そんなもの、どうしようもないではないか。
 重大発表が終わり、皆で改めて校門の前に集まった。その時の光景はよく覚えている。鈴が顔を合わせるなり真人を全力で蹴り飛ばした。「来々谷から聞いたぞ。原因は真人の筋肉だってな」と僕に肩を並べて言ったのは恭介だった。僕は頷いて、高く聳える門を見上げ、「どうしようか」と小さく言った。それは酷く漠然とした問いかけだ。本当にどうしていいか判らなかったのだ。恭介は何か吹っ切れたような表情で、都合よく足元に落ちていた白球を拾い上げ、僕の眼前に突き出した。突然、何処からとも知れぬ緑色の逆光が差した。まるで夏のように蝉時雨が響き出した。恭介は力強く言った。
「野球チームを作ろう」
「え?」
「チーム名は――リトルバスターズだ!」


 一人がーつらいから二つのー手を繋いだー二人じゃー寂しいから以下略。
 と言う訳で再びの野球やる宣言である。早い話が門の開かないのはなかったことにして野球をやろうということだ。現実逃避にも程がある。しかし見るも無惨に疲弊していた一堂は、とりあえず門と関係ないことならなんでもよいと言わんばかりに、門を離れて野球の準備を開始した。
 こうして始まったのだ――終わりがなく、始まりも忘却され、ただ無限に、永久に続く僕達の野球が。「現実」から遥かに隔たった「虚構」で繰り返される、無窮の日常が。些かの凡庸な詩情を込めてこれを「世界の果て」或いは「世界の果ての野球」とありふれた言葉で表現しても、ありふれているが故に生じる他のテクストへの参照のし易さを鑑みれば、褒められはしないにせよ、許しては貰えるだろう。
 僕達の日常は以前と同じように続いた。驚く程に昔の日々と変わりなく続いた。数え切れないくらいの季節が過ぎ去った。寮で寝泊りし、食堂で食事をし、グラウンドで野球をした。鈴の球は相変わらず恐ろしく速かったり、変なふうに捻じ曲がったりした。恭介の安定感は抜群で、来々谷さんの動きは常軌を逸していて、猫が邪魔だった。別に野球でなくても良かった。すべきことは山のようにある。永遠に続くこの世界においてさえ時間が足りない程、無限に存在する。
 それでもやはりこの世界の果てには野球が似合うと僕は思う。
 バッターボックスに立つ。風が強い。夏だった。真上から射し込む陽が熱かった。バットを構える。鈴が振りかぶる。ライジングニャットボール。振り抜いた。カキン!と気持ちのいい金属音が響いた。ボールは空の青の中を何処までも、僕達の望みうる地平を遥かに越えて飛び、彼方へと消え去った。この世界に――ひとの手によって作られた「虚構」の中に、こうして無限に留まり続けることとは一体何かと僕は稀に考える。ボールの消えたあの地平からエンドロールが昇り、物語が完結する日は来るのだろうかと夢想する。そんな終焉を、僕達はやはり迎えなくてはならないのかと思い悩む。しかしそれはどういった理由によってか、と考えて、思考が同じ場所に戻っていることに、驚く。


 メールで恭介に呼び出された。冬のように冷え込んだ夜半の出来事だ。鈴も同じく呼ばれたらしかった。女子寮の前で合流して二人で校門に向かった。恭介は既に門の前にいた――ポケットに手を突っ込んで、物憂げな顔で独り立ち尽くし、月の明るい夜空へと白い息を立ち昇らせていた。その如何にも絵になっていますという感じの立ち居を見て、しまったと僕は思った。メールなぞ無視してさっさと寝るべきだったのだ。油断していた。即刻引き返さねばならない。屋上にある出口の掘り起こしに成功したとか、そんな碌でもない話が始まるに違いない。
「来たか」と恭介がこちらに気付いて言った。「なんだ、こんな時間に」と鈴が眠たげに悪態をつくと、すまないと小さく、素直に言った。この世界に閉じ込められて以来殆ど初めてと言っていいシリアスな雰囲気だ。僕はああこんなところで会うなんて奇遇だね恭介それじゃあおやすみ良い夢をと言って帰る気満々だったけれど、「門の閉ざされた原因は、筋肉だった」と逃げ道を封じるように、シリアスな空気を纏ったまま恭介が口を開いた。諦めて聞くことにした。
「原因が筋肉だったら仕方ないと一度は思って、俺は野球を始めた。だが俺は今日ある発見をした。原因が筋肉であるが故に、門を突破する手段はまだ残されていた。それが、これだ」
 そう言ってポケットから薄い銀紙のようなものを取り出し、僕に手渡した。鈴が横から覗き込んだ。錠剤だった。銀色の硬いシートに十粒が封入されていた。
「筋弛緩剤。これを校門に投与すれば、門は開く」
 これは酷いと僕は思った。屋上にある出口などと生温い予想を立てていた僕は甘かった。永久に甘いままでいいなあと心の底から思う。筋肉が原因で門が開かなくなっただけでもギャグなのに、言うに事欠いて門に筋弛緩剤を投与するとは一体どれだけ馬鹿馬鹿しい事態なのか。相手は悪の看護師に密殺されかかっている入院患者でもなければ胃痙攣の患者でもない――門なのだ。口も消化器官も持たぬ門に如何に錠剤を飲ませるのかがそもそも謎だ。そして謎であるにも拘らず、実際にやればなんだかんだで出来てしまいそうないい加減さが更に頭痛の種だ。
「こんなん何処で手に入れたんだ」と鈴が訊いた。
「寮の部屋に転がってた。胃痙攣の持病を持つ生徒がいたらしい」
 入手方法までいい加減である。僕達の物語を吊り支えている創作法について言いたいことは日頃から山のようにあるけれど、伏線もなしに必殺アイテム或いはそれに類する事物を持ち出して全てを解決するのはやめてくれ、とはその最たるものだ。他にも序盤の長々とした人物同士の掛け合いを少しでいいから短くして欲しい、唐突に過去のトラウマを告白し出さないで欲しい、などと色々ある。
「理樹、鈴」とシリアスな口調のまま恭介は言った。「この筋弛緩剤で、外に出られる」
「なんかあんまり真面目な話に聞こえないな」と鈴は首をひねり、僕の服の裾を引っ張って訊いた。「これはひょっとしてギャグなのか?」
「ギャグにしか見えなくても真面目に聞くところなんだと思うよ、多分」
「なんだ、そうなのか」
 なら先にそう言え、とでも言いたげに鈴は頷いた。空気を読まない妹にめげることもなく、「この物語は、この「虚構」の世界は、もう終わる時なんだろうと思う。少し、長居しすぎた」と恭介は語り出した。


「これで物語は元通りになる。俺達とお前達はこの「虚構」の世界で別れ、お前達は「現実」へと脱出し、「現実」を強く生きていく。今なら、その通りになる」
 もしかしたらこのままシリアスを装ったギャグで終了し、ああこんなところで会うなんて奇遇だね恭介それじゃあおやすみ良い夢をと言って帰れるのではないかと一寸期待していたのだけれど、無駄だった訳だ。いやまあ期待していたとは言い過ぎで、そうだったらいいなあ、でも無理かなあ、くらいの気持ちだったと言うのが正しくて、つまり筋弛緩剤が出てきた辺りで覚悟は出来ているつもりだった。しかし実際にこの手の話を聞かされるとなるとやはり勘弁願いたかった。馬鹿馬鹿しいし、下らないし、聞き飽きた。
「お前達二人だけで、決定的な喪失を引き受けながら、それでも生きていく。「虚構」ではない「現実」を。つらく厳しい、「現実」を」
 恭介、その選択肢は駄目だ。この物語の全てを「虚構」と弾劾し、厳しく過酷な「現実」へ旅立つなんて御免に決まってる――そんなことを強引にしたところで、僕達は「現実」の何もかもに耐え切れず自壊していくだけで、幸せに生きることなど少しも出来やしないからだ。僕達の目的が幸せに生きることならば、だって「虚構」なんだから「現実」に帰らなきゃ駄目だろ、とするその単純な意見は、「虚構」を「弱さ」や「幼さ」と短絡するその論法ごと、徹底的に退けておく必要がある。
「或いはもう一つの物語がありうる。俺達をも救い出して、今この「虚構」で野球を続けているのと同じ「現実」を実現する。そんなこともまた、お前らには可能だ」
 恭介、それも駄目だ。この物語を僕のビルドゥングスロマンとして完結させ、「虚構」を「現実」にそのまま持ち帰るなんておぞましいにも程がある――その時には多分、一つ上の次元階梯に住むそんなこと到底出来っこない人びとに、束の間の逃避の道を与える多幸症的な幻想としてしか、僕達の物語は機能しないからだ。僕はきっと幸せになれるだろう。僕は満足だ。しかしそれでは肝心の彼らが、「虚構」を「現実」であると嘯き、「現実」へ脱出出来ると勘違いし、少しも本当でない幸せを握り締めて離さない、欺瞞と怠惰に陥ると僕は思う。
 だから僕は「ばーか」と言って、恭介に筋弛緩剤を投げ返した。


 恭介は黙り込んだ。申し合わせた訳でもないのに鈴が声を合わせて「ばーか」と言ったのは意外ではなかった。捕り損ねた筋弛緩剤を拾い上げて、説明を求める表情を恭介はした。勿論ここはこの文章のクライマックスに当たるのだけれど、やり取りされるものが筋弛緩剤なので緊張感に欠けることこの上なかった。僕は静かに告げた。
「僕は何処にも行かない。僕はここにいる」
 僕達には――そして冒頭でも述べたように、僕という鏡に写し出された次元階梯における上位存在たるあなたには、最早多大なる倫理をもってこの永遠の「虚構」を選ぶしか道はないのだ。「現実」へ旅立つことも「現実」と「虚構」をすり替えることもせずに、この「虚構」が「虚構」でしかないという事実を――「現実」とは似ても似つかぬ「虚構」の中でしか今や僕達は生きられないのだという事実を、その苦難と孤独ごと認め、引き受け、そして誇るしかないのだ。
 だから僕は何処にも行かない。僕は、ここにいる。
 僕は「虚構」にしか生きることの出来ない今の自分の生を、全力で肯定してみせる。
「そうか」と逡巡の末に頷いた恭介の声に含まれていたのが、納得なのか諦めなのか、或いはもっと別の何かだったのか、それは僕には知りようもないことだ。


 そんな訳で僕達は今日もまた野球をする。「虚構」という名の世界の果てで。
 実際のところ、これから先どうなるのか僕には判らない。恭介の手の内にある筋弛緩剤を使って、ある日ふらりと「現実」に帰ることになるかもしれない。それはそれで構わないと思う。未来の僕達の自由だ。
「そうだよね、鈴」
「うーん、まあそうだな」
 けれども差し当たり僕の目の前にあり、僕の守りたいと思うのは、僕がカキン!と球を飛ばし、鈴がふかーっ!と悔しがり、センターを守る恭介が高く飛んで捕球する、そんな光景だ。来々谷さんがレフトで遠景を望み、葉留佳さんは無意味にスライディングを繰り返し、クドは犬と遊んで、西園さんは木陰で本を読み、小毬さんが何もないところで転んでいる。グラウンドの隅で筋トレを繰り返す謙吾と真人は気にしないことにしよう。季節は夏。風はなく、空は晴れている。遥か彼方へ飛翔するボールのやがて消えた地平から、エンドロールが昇ることは今はない。


[No.300] 2008/05/23(Fri) 21:51:14

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