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all 第11回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/06/04(Wed) 23:49:05 [No.321]
変態理樹 EX Edition - ひみつ@投稿規程大丈夫かな、これ - 2008/06/08(Sun) 15:05:29 [No.356]
セット - ひみつ 全SS作家にすみません - 2008/06/07(Sat) 21:15:19 [No.352]
僕は妹に恋をする - ひみつ@超遅刻 でも不戦敗とか冗談じゃねぇよ - 2008/06/07(Sat) 16:24:51 [No.347]
一人の妹、二人の姉 - ひみつ@微妙にエロ?・大遅刻 - 2008/06/07(Sat) 04:50:36 [No.341]
インスト - いくみ - 2008/06/07(Sat) 01:09:52 [No.340]
はるかな昔話 - ひみつ@原作との関連性ほぼなし…多分 あと遅刻 - 2008/06/06(Fri) 23:43:06 [No.339]
- ひみつ - 2008/06/06(Fri) 22:16:32 [No.338]
二人の妹、一人の姉 - ひみつ@微妙に鬱? - 2008/06/06(Fri) 22:15:33 [No.337]
私と彼女 - ひみつ@というかスルー推奨 - 2008/06/06(Fri) 22:02:18 [No.336]
遠回りして - ひみつ - 2008/06/06(Fri) 21:56:52 [No.335]
[削除] - - 2008/06/06(Fri) 21:49:40 [No.334]
Re: [削除] - ひみつ? なにそれおいしいの? - 2008/06/07(Sat) 13:12:19 [No.344]
[削除] - - 2008/06/06(Fri) 21:47:17 [No.333]
Re: [削除] - ひみちゅ - 2008/06/07(Sat) 14:50:38 [No.345]
LOG - ひみつ - 2008/06/06(Fri) 19:07:54 [No.332]
氷の仮面 - ひみつ@修羅場を書きたかった - 2008/06/06(Fri) 16:08:21 [No.331]
パーキング サイクリング - ひみつ - 2008/06/06(Fri) 15:19:40 [No.330]
Re: 第11回リトバス草SS大会(仮別にたいしたことで... - ひみつ@はっちゃけてません。 - 2008/06/06(Fri) 14:58:43 [No.328]
別にたいしたことでもない、ただの日常について。 - 題名入れ間違えました。 - 2008/06/06(Fri) 15:00:44 [No.329]
もしも代われるのなら - ひみつ@ごめんなさいごめんなさい(ry - 2008/06/06(Fri) 03:50:00 [No.327]
[削除] - - 2008/06/06(Fri) 03:21:37 [No.326]
水面の向こう側 - ひみつ - 2008/06/06(Fri) 03:00:43 [No.325]
Tomorrow - ひみつだよ - 2008/06/06(Fri) 02:05:09 [No.324]
[削除] - - 2008/06/05(Thu) 20:00:44 [No.323]
前半戦ログ - 主催 - 2008/06/08(Sun) 19:46:09 [No.357]
後半戦ログとか次回とか - 主催 - 2008/06/08(Sun) 23:44:24 [No.359]


Tomorrow (No.321 への返信) - ひみつだよ



 荒れ果てた地を臨み、直枝理樹は一歩だけ踏み込む。
 この地面に何か飲み物でも垂らせば雰囲気が出るだろうか、とも考えたが、今になって風紀委員の世話になるのはごめんだった。
 なにより、そんなものをわざわざ買いに行くのが面倒くさい。
 歩く。たぶん、すべてがはじまった場所へ。

「……みんな。いろいろ大変な事もあったけど……みんなのおかげで、卒業出来たよ」

 マウンドに卒業証書の入った黒い筒を置く。
 荒れた土の上には素直に立ってはくれなくて、だから少しだけ埋め込むように。
 1年半もの期間、ほとんど誰も使わず整備もせずで草は生え放題だ。さほど長くはなかったが本来の目的では――野球をするには――到底使えそうになかった。
 三塁側へ向かって歩き出す。木の下に座り込み、遠くからマウンドを眺める。

「卒業……か」

 それだけを口にすると、どうにも現実味のない薄っぺらい言葉のように思えてくる。
 進学先も決まり、アパートも決め、荷物を送る準備も終わった。
 しばらくは鈴の実家に世話になる予定だが、それも3月末まで。
 そして今日の夕方には、3年間過ごした寮を出て行く。
 だと言うのに。
 ……現実味がないのはきっとそのためだろうと気付く。
 真人と過ごした部屋。リトルバスターズで過ごした空間。
 それら失ってしまったものへの未練だけではない。3年もの間暮らした場所から離れる事に、妙に喪失感を抱いている。

「あら、珍しいですわね……ひとりで居るなんて」

 理樹が声のしたほうに顔を向ける。
 視線の先にはフリルのついた白いブラウスに空色のスカートの少女が居た。

「さしゅ……笹瀬川さん。卒業、おめでとう」
「そちらこそ。……と、そんなことで誤魔化せると思いまして?」
「駄目?」
「駄目に決まっていますわ……と、言いたいところですけど」

 言いながら佐々美は階段を下りる。
 風ではためくツインテールを抑えながら近付き、理樹の隣に座った。

「言ったところでどうにかなるなら、もうとっくに噛まなくなっていますわね」
「素敵な名前だと思うよ」
「わたくしもそう思いますわ」

 理樹が恥ずかしい台詞を冗談混じりの口調で、けれど真顔で言い、佐々美はそれに不敵な笑みで以って返した。

「ところで、棗さんはどうしましたの?」
「あぁ、寮母さんとか先生とかにお礼の挨拶。ひとりで回ってくるって」
「随分と変わりましたわね。事故の後なんて、直枝さんなしには外に出ませんでしたのに」
「……笹瀬川さんのおかげだよ」
「まさか。わたくしは、それまでと同じように張り合っていただけですもの」
「うん、だから笹瀬川さんのおかげ。二木さんとか他にも気を遣ってくれた人は居たけど、僕も、多分鈴も一番笹瀬川さんに感謝してるよ」

 理樹と鈴の周りにあった日常は事故を境に忽然と姿を消した。
 それはあの幾多の世界の終末の刹那に理解した事で、けれどどうしようもなくて。
 理樹は比較的早くに何の取っ掛かりもなく過ごしていける程度には馴染み、無理にでも受け入れたが、鈴は本当に危うかった。
 ギリギリの所で踏みとどまっている感じで、一歩踏み外せば底のない闇に堕ちてしまいそうなほどに、強制的に挿げ変わる、そうせざるをえない日常に馴染めずにいた。
 そんな中にあった。ぽつりと佇むように残った、リトルバスターズの外の日常。
 それが、笹瀬川佐々美という存在。

「ま、まあ……あなたがそう思うのは勝手ですけれど。棗さんがそう思っていらっしゃるかは……」
「思ってるよ。口には出さないけど、たまに態度に出すもん。それに、僕は鈴の恋人だからね」
「2つ目は確実に理由になっていませんわね……」

 呆れ気味に半眼で理樹を見た後、佐々美は溜め息を吐きつつ笑った。
 理樹に笑顔を向けながら佐々美は思い出す。あれは、いつだったか。

/

 とん、と肩がぶつかり、佐々美は反射的に謝罪の言葉を漏らした。
 そのまま、ぶつかった人物……鈴は歩き続ける。
 ――ちょっと、棗鈴!

/

 そんな些細な事。
 けれど何も言わず通り過ぎようとした鈴に、佐々美は強く声をかけた。
 事故から2ヶ月と少しがたった日の女子寮での出来事。
 これが事故後初めての、2人の会話。

「ま、我ながらあの時は大人気なかったと反省していますわ」
「そうかな? 笹瀬川さんは謝ったのに鈴は謝らなかったんだから、悪いのは鈴だよ」
「あら、こんな時、直枝さんは棗さんを擁護するべきでは?」
「過保護じゃないだけだよ」
「へぇー」

 事故前には見た事もなかった、3年になってからは何十回も見せられた、佐々美のにやにやとした意地の悪い笑み。
 普段は過保護なのに、とでも言いたげだった。
 なんとなくその笑顔から目を逸らす事が出来ず、理樹は気まずそうな笑みを返す。
 笑いあったまま、ふたりの視線は離れない。

/

 ――お前に、お前なんかに、あたしのなにがわかる!
 どこからか、喧嘩は発端とは関係のない言い争いに発展していて。
 ――わかりますわよ! 不幸なのも悲しんでいるのも自分だけじゃないのに、勝手に人の分まで背負い込んだ気になっている大馬鹿者ですわ!

/

 あの時。佐々美は、想いを寄せた人が――宮沢謙吾が――死んで、彼の生前に近付く事も出来なかった自分が悔しくて、悲しかったのだ。
 それだけではない。騒がしく楽しませていた彼らが、それどころかほぼひとクラスがこの世界から消えて泣いていたのは、理樹と鈴だけではなかったのに。
 なのに、周りの気遣いも無視して虚ろな表情をしていて、理樹が横にいなければ碌に喋りもしない鈴が、佐々美を常日頃から苛立たせていて。

「それにしても、まさか噛みつかれるとは思いませんでした」
「鈴も、まさか引掻かれるとは思わなかった、って言ってたよ」

 その苛立ちが爆発したのだ。鈴も、溜め込んでいたものを解放するみたいに暴れた。
 髪を引っ張って頬をつねって殴って蹴って涙を流しての大喧嘩。
 佐々美の取り巻きも過剰に鈴の事を気にかけていた女生徒たちもおろおろするばかりで、結局寮長と二木佳奈多が呼ばれて割って入るまで、2人は罵倒しあいながら廊下を転げ回っていたらしい。
 今になって理樹は思う。
 もし僕がその場に居たらどうしていただろうか、と。
 考えてもどうしようもない事だ。――あの事故がなかったら――そんな考えと同じくらいに。
 世間に与えた影響にどんなに差があろうともIfはIf。その思考の意味のなさは同じものでしかありえない。

 とにかく、きっかけはたったそれだけ。

 そこから少しずつ、鈴は距離を詰めていった。
 佐々美と、ではない。生きる事と理樹以外の全てを拒絶していた、現実の世界との距離を、だ。
 世界から離れて生きるのではなく、世界の中で生き始めた。そんな、当たり前のこと。

「でも、鈴も笹瀬川さんも傷が残らなくてよかったよ」
「……そうですわね」

 言い、軽く左手首――鈴に噛まれたところ――をさすった。
 同時、咆哮にも思える喧しいエンジン音が空から降りてきて、2人は話すのをやめた。
 高い空を横切っていく旅客機が置いていった一時の沈黙は、その後も流れ続ける。
 理樹が何気なく目をやったマウンド。そこに立てていた筒は風の所為だろうか、横たわり、転げていた。
 その理樹の横顔を見ながら、佐々美がゆっくりと口を開く。

「……ねぇ、直枝さん」
「うん?」
「……お願いしますわね、棗さんのこと」
「言われなくとも」

 鈴のために何かしようとしてしたわけではない。
 けれど間違いなくきっかけを与えた佐々美は、

「ソフトボールでの推薦だったよね。日本代表も視野に入ってるとかどうとか」
「その大学から過去に何人か選ばれているというだけで勝手に噂に尾ひれがつきまくっただけですわ。実際は、候補ですらありませんのに」
「それでも凄いよ」

 ここで、ふたりとは道を分かつ。
 目指すべきものを、目指したいものを、しっかりとその瞳に捉えて。
 伸ばした手の先にある夢の欠片を掴みかけている。

/

 ――なぁ。
 佐々美の進学先と経緯を知った鈴は、一言だけ。
 ――がんばれ。
 それきりで、以後その話をする事はなかった。

/

 生きているから、一生会えないわけではないだろうけれど。
 距離だって、悲観するほど離れてしまうわけではないけれど。
 でも、会う機会は確実に少なくなる。

「あと、ありがとう。鈴の事を気にしてくれて」
「……あんなでも、一応は大切な友人ですから。それに、直枝さんには何かを任せないと、潰れかねませんわ」
「確かに、ね。……それとさ」
「なんでしょう?」
「さっきの……『大切な友人』って、鈴に直接言ってあげると喜ぶと思うんだけど」
「嫌ですわ、恥ずかしい。棗さんも同じだと思っていますし……親しくしても、基本的には何かしらぶつかり合っているくらいが、わたくしたちらしいですもの」

 佐々美は頬を朱に染めて、ぷい、とグラウンドの外へ顔を向ける。
 そんな佐々美を見て、理樹は苦笑するしかなかった。

「難しいなぁ、女の子って」
「そう思うなら……棗さん以外の方とも付き合ってみてはいかがでしょうか?」
「うーん……考えた事もなかったなぁ、そういうの」
「棗さん一筋ですものね、直枝さんは」
「ん、まぁ」
「けど、……」
「ん?」

 佐々美が顔を向け、少し近付いた。
 風が頭上の枝葉を騒がせながら通り過ぎ、佐々美の髪から仄かに香水の香りが漂う。
 長い髪が風に舞い、理樹の視界に華麗で繊細な線を幾本も引いていく。
 理樹は動きを止めてしまい、佐々美もまた動こうとはしなかった。

「そうですわね。……例えば、」
「ぇ、と」
「わたくしとか、よろしいとは思わなくて?」
「ちょ、」

 先に動いた佐々美の顔がさらに近くなる。
 吐息がかかるほどに、その温度を感ぜられるほどに、綺麗な睫毛の長さがわかるほどに。
 体温が急激に上昇するのを感じて、しかし理樹は動けない。
 押さえつけられているわけでもない。ただ、地面に触れている左手に重ねられた佐々美の右手が、無性に心地よい。
 動きが封じられたのは、佐々美の細く白い指に絡めとられた指だけ。
 なのに、身体が動く事を拒絶しているみたいに、全てを佐々美の好きなようにさせて受け入れてしまおうとしているみたいに重い。
 佐々美が左手で、理樹の右頬に触れる。柔らかな感触が、理樹の火照った顔を撫ぜてゆく。少しひんやりとした指が気持ちよかった。
 ここまで来て鈴の顔が浮かんでなお、不思議と拒絶する事を躊躇う。その選択肢を選べない。
 佐々美の醸し出す色香に惑う。

「……なぁんて、冗談ですわよ」
「はぁー……!」

 ふふ、と淑やかに笑いながら佐々美は理樹から離れる。
 その頬はいくらか赤らんではいたが、理樹に比べれば余裕はあった。
 吹き続ける柔らかい風が体温を下げて行くが、まだまだ熱は残っている。ちょっとやそっとでは、抜けそうにもない。

「と、ところで、笹瀬川さんはどうしてここに?」

 話を逸らすべく、どうでもいい事を聞いてみる。
 偶然だとか、ソフトボール部の練習を見に行ったら見つけただとか、そんなところだろうと理樹は思っていた。
 だからこんな質問。

「偶然直枝さんを見かけたから……と言おうと思いましたけど。実は、探していましたの。色々、伝えておきたい事がありまして」
「伝えておきたいこと? ……さっきの、鈴のこと?」
「それもありますわ。ただ、それだけではなくて……」

 ふぅ、と息を吐いて一呼吸分の間を作り、佐々美は今度は真剣な目をして、理樹を見る。
 理樹はただ、ぼーっと見返すことしか出来なかった。
 その真剣な目を細め、表情も――まるで想い人を見る少女のような――笑顔に変えて、佐々美は口は開く。

「わたくし、結構」
「…………結構、なに?」
「直枝さんのこと、好きですわよ」
「あの、それ、は……」

 言葉だけを聞くと、若干遠回しな告白。
 理樹はおどおどしながら、緊張を隠せず、上がった心拍数によくわからない恐怖心と妙な期待を抱く。
 先ほどの熱も引いていないのに、こんな言葉。
 身体は自分のものかどうかも不確かなほどに熱くなり、気温は高くないのに汗が流れる。
 間違いなく、嬉しいと思っている自分がいる事を、理樹は否定出来なかった。

「もちろん、変な意味でとってもらって構いませんわ」
「……あんまりからかわないで欲しいんだけど」
「あら、心外ですわね? 先ほどのは冗談ですけれど……これは、本気でしてよ?」
「で、でも笹瀬川さんは謙吾のこと……」
「今はもう亡き人……なんて言えないほどに好きでしたし、今でもその想いは変わっていませんわ。
 ただ……直枝さんは、少しずつ宮沢さんとの差を詰めていますわね。こう言ってしまうのはなんだか悲しいのですけれど、生きている方の中で一番好きなのは、あなたです」
「で、でもさっきのはちゃんと冗談なんだよね?」
「えぇ。もっとも……もし直枝さんからも近付いていたら、冗談では済まなかったかも知れませんわね」

 「残念ですわ」と続け、なのにどこか楽しそうな佐々美の笑顔を見て、理樹は気付く。
 ――あぁ、僕は。
 この娘に惹かれていたんだ、と。
 だから近付かれると自分でもわけがわからないほどに緊張した。告白を聞くと嬉しく思った。
 鈴ほどではないのだろう。鈴がいるから、鈴がたまらなく好きだからなのかもしれない。
 だから気付かなかっただけで、心のどこかでこの威風堂々とした少女に、少なからず惹かれていたのだ。

 Ifを思考する行為にはやはり意味はない。
 けれどどうしても思ってしまう。もしもあの事故がなく、鈴への想いにも気付かずいたら……どこかで、いつの間にか、笹瀬川佐々美と言う少女と想いを交わらせる事があったかも知れない、と。

「…………もしかしたら」
「え?」

 思考の最中、佐々美の独り言にも近い呟きが理樹の耳を突く。
 目をやると、何かを絞り出すみたいに握り拳を胸に置いていて。

「あなたの事が気になったのは、想う人が側に居てくれる棗さんへの、嫉妬が始まりだったのかも知れません……けれど、今あるこの感情は紛れもなくわたくしの、直枝さんだけに対するものです」
「うん……」
「直枝さん」
「……なにかな」

 呼んできた佐々美は立ち上がり、右手を差し出していた。
 一瞬だけ、頭を過ぎる光景があった。
 ――……。
 その姿はいつの日か、手を差し出してきた誰かに似ていて。

「握手、しませんか?」
「なんで、また」
「なんとなくそうしたいと思っただけですわ」

 その言葉に笑みで返す。
 立ち上がり、佐々美の小さな手を握った。

「いつかまた進む道に交わる場所があったなら、その時はよろしくお願いします」
「うん、こちらこそ」

 互いに笑い、左手で照れくさそうに頬をかく。
 手を離し、静かな風の下りるグラウンドの隅で、相手の目を見て2人は立ち尽くす。
 端から見れば示し合わせたようにも見える行動、仲睦まじく見える少年少女――

「そこまでじゃぼけっー!!」

 に、まさに端から見ていた鈴が声を張り上げ、遊歩道から猛然と駆けて来る。

「あら、棗さん」
「り、りん!? えと、い、いつからここに……」
「『直枝さんのこと、好きですわよ』のあたりからだ」

 お約束通りとは行かず、また微妙なところだった。
 そうならず、佐々美が急接近して抵抗出来なかった所を見られなかったのは、理樹にとって幸いだったが。
 内心安堵した理樹の隣、佐々美は何やら瘴気でも吐き出しそうな面持ちで仁王立ちする鈴を見、頬に手を当ててほう、と微妙に色気さえ感じさせる息を吐いた。

「残念ですわ……折角これから、『理樹さん』と永遠の契りを交わすところでしたのに」
「ちょ、ささせが」
「り・き?」
「いやいやいや、嘘だからね冗談だからね、そういうのはないからねっ!?」

 焦って立ち上がり、あたふたと手を振って否定する。
 両の拳を握り顔を伏せた鈴の纏う威圧感はゴゴゴゴゴゴと擬音でも聞こえてきそうな勢いだった。
 だいたい聞いていたならわかるだろうに、鈴はどうにも熱くなっているらしかった。
 理樹としてはヤキモチを焼いてくれるのは嬉しいと言えば嬉しかったが、このまま突き進めば行く先は修羅場以外の何物でもない。

「握手くらいで嫉妬だなんて……付き合っているのは棗さんなんですから、もっと余裕を持ってはいかがかしら?」
「繰上げみたいなものでも、ささみにとって今は理樹が一番なんだろ。なら、さささはあたしの恋敵だ」

 だから余裕なんて持てないと。口にはしなかったが、そう言う事なのだろうと佐々美は思った。
 あっさりしているのにどうにも、この上なく一途で素直な想いの吐露だった。
 鈴に小さく笑いかけると、佐々美はすぐさま理樹の方を向く。

「…………どうですかしら直枝さん。こんな嫉妬深いうえに人の名前を間違えるような女よりもわたくしと」
「うっさい! 嫉妬から恋になるようなさささよりマシだ!」

 ギャーギャーと言い争いを始める。
 これからはあまり見られなくなるのかな、と考えるとこんな瞬間も特別に思えてくるから、不思議なものだった。
 でもやっぱり、止めには入る。こうやって止めに入るのだって、このちょっとだけ素直じゃない2人の関係には大事なものだから。
 自惚れかも知れないけれど、理樹はそう思う。

 止めに入った後、頭を撫でて鈴を落ち着かせた(怒ったが大人しくはなった)後で、ポケットから携帯電話を取り出す。
 2人の目が自らに向いたのに気付き、笑顔を作るとそのまま、

「写真、撮ろっか?」

 何の前触れもなく提案した。
 未来はどうなるか分からなくても、過去の悲しみが同居したままであっても、今この瞬間は疑いようもなく大切な一瞬で。
 だから、時を留める事は出来なくても、決して忘れはしないけども、今をわかりやすい形で残しておきたかった。
 ここに居る彼女とは違う『笹瀬川佐々美』が撮ってくれた、リトルバスターズ全員が揃った写真は崩れ去った世界のひとつに埋もれてしまったけれど。
 崩れはしないこの世界では、大切にさえすれば3人で撮った写真は残り続けるはずだ。

「構いませんけれど……わたくしたちの他には、ここには誰も居ませんわよ?」
「じゃあ、誰か呼んでくるよ」
「いやまて、理樹」
「え?」
「こっちこい」

 鈴は三角座りをして木に背を預けると、右側をポンポンと叩く。

「……えっと、どうするの?」
「いいから、座る。そんで、しゃしゃみはこっちだ」
「……こんな時くらいちゃんと呼べませんの、あなたは」

 佐々美が文句を垂れる間に理樹は鈴の右側に座り、佐々美も溜め息をひとつ吐いてからそれに倣うように左側に座った。

「うん、これでよし」

 かなり密着していた。満足したのか笑って頷くと、理樹に視線を投げる。
 鈴の言葉を待たず、理樹は理解した。このまま写真を撮ろうとしているのだ、鈴は。

「理樹、カメラ」
「これだとどう映ってるかわからないから、何度も撮り直さなくちゃダメかもしれないよ」
「じゃあ、なんども撮り直せ」
「はいはい、わかりましたよお姫様」

 呆れたのか佐々美が溜め息を吐く姿が見えた。理樹はその衝動を抑え携帯のカメラを起動して、持った右腕を空に向かって伸ばした。
 その状態からレンズを見て「このへんかなー」などと呟きながら腕を動かしている理樹を佐々美が数秒見つめ、何かに気付いたように口を開いた。

「ちょ、ちょっとお待ち下さい。さっきの話の後で棗さんが真ん中で、そ、その、わたくしと直枝さんが離れているのは、何か意図的なものを感じますわよ?」
「意図なんてない。ただ単にあたしが真ん中がよかっただけだ。なんか文句あるか」
「ああ……なんていうか……物凄く納得しましたわ……」

 やたらと偉そうに言った鈴の顔を見てその言葉が嘘ではない事を確信し、それはそれでげんなりして肩を落とす。
 そんなやり取りを耳にして笑ってから、未来にこの写真を見た僕はどう思うだろうか、と理樹は考える。
 懐かしむだろうか、悲しむだろうか。或いは、この幸せな瞬間に嫉妬してしまうかも知れない。今の自分が、リトルバスターズでの思い出を悲しみながらも、羨望を覚えてしまっているように。
 今の自分に、未来の自分自身の事などわかるはずもない。
 けれど、その時の自分がどうであれ、今左肩に感じる愛しい人の温もりと、その先で微笑む、愛しい人が世界の中で生きるきっかけを与えてくれた友人と。その未来には今と同じ幸福な時間がありますように、と心密かに願いながら、理樹は腕の動きを止めた。

「とりあえず、1枚目とるよー」

 理樹の合図に、鈴も佐々美もレンズを覗き込んだ。
 たったひとつの小さな透明の目が、3人を見下ろしている。


 それから十数分の間、荒れ果てたグラウンドの隅で無機質なシャッター音と賑やかな声が響き続けていた。


[No.324] 2008/06/06(Fri) 02:05:09

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