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No.367へ返信

all 第12回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/06/19(Thu) 20:18:18 [No.363]
のぞめない七色 - ひみつ@出来れば日付が変わる前に上げたかった・・・ - 2008/06/21(Sat) 01:03:09 [No.380]
この手に抱けぬ、遥か彼方の宝物 - ひみつ - 2008/06/21(Sat) 00:15:49 [No.379]
一番の宝物 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 23:30:23 [No.378]
宝者 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 22:54:03 [No.377]
宝はついに見つからず - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 21:55:43 [No.376]
宝物 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 19:37:51 [No.375]
ものがたりはつづいていった。 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 19:18:10 [No.374]
似た者○○ - ひみつ@今回一番の萌えキャラを目指してみた - 2008/06/20(Fri) 19:07:28 [No.373]
直球勝負 - ひみつったらひみつと言い張る六月の夜 - 2008/06/20(Fri) 18:13:23 [No.372]
子宝 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 17:50:25 [No.371]
覚醒杉並 - ひみつ@しょうじきすまんかった - 2008/06/20(Fri) 16:39:42 [No.370]
Lunch - ひみつ@EX資金が溜まったぜっ! こ、これで、佳奈多を(ry 爆 - 2008/06/20(Fri) 16:13:30 [No.369]
その境界を越えて - ひみつ@Ex記念に初書きしてみました - 2008/06/20(Fri) 10:43:04 [No.368]
海の話 - ひみつ@一度参加してみたかったんです - 2008/06/20(Fri) 01:13:44 [No.367]
宝の山に見えて、ついカッとなってやった。反省してい... - ひみつ - 2008/06/19(Thu) 22:19:59 [No.366]
そんなあなたが宝物 - ひみつ - 2008/06/19(Thu) 20:33:17 [No.365]
ログとか次回なのですよ - 主催 - 2008/06/22(Sun) 23:45:36 [No.383]


海の話 (No.363 への返信) - ひみつ@一度参加してみたかったんです

 そこは暗い、暗い水の底の世界の話。
 十歳になったあの日、王様は僕にこう言った。
「あのコ達はずっと、本当のお前を知らないよ。……それでも、お前は行くのかい」
 問いかける王様の響きに、僕は少しだけ顔を上げ、王様の顔を見る。
 すると王様の目には少しだけ僕を心配している色が含まれていて、その向けられた優しさが嬉しくて、僕はゆっくりと微笑んだ。
「はい」
「決意は、変わらんのだね」
 僕は再びしっかりと、頷く。しかし王様はなおも言った。
「……人間以外のモノが、ヒトに好意を持っても、良いことは無いよ」
「はい……それでも僕は、ずっと仲間になりたかったんです」
 僕は、今度はそんな王様の言葉に決意を見せるよう、はっきりと言い切る。
 そして絶句した王様に向かって、僕は再びゆっくりと笑った。すると、王様は苦笑いをしながらこう続ける。
「そこまで決意が固いのなら、もう止めはしない。そして掟にしたがって、人間になるお前からは、ここでの人魚であった頃の記憶は、全部消させてもらう。そして……」
 王様が言葉を濁したその続きを、僕は心の中で受け止めた。
 人魚は、想う人間の心を手に入れることができなければ、泡となって消える……それは、僕も例外じゃない。
 でも、後悔はしない、たとえ泡となって、消えることになってしまっても。
 たとえ一時でも……あの繋がりを手に入れられるなら。
 遠くからいつもずっと眺めていた。暖かそうな、あの交わりの中に、僕が入っていけるのなら。
 僕はどんなことでもしようと、その時心に誓っていた。
 そして、これはやっと巡ってきた一世一代の大勝負のチャンスなのだと、僕は分かっていた。


 僕の心の中で消えない光が、勇気をくれる。光というのは、僕の仲間との思い出。
 そして、彼らと本当に仲間になるために、僕は一歩を踏み出す。
 ……僕が彼らと出会ったのは、五月のことだった。
 僕は王様の目を盗んで地上へ行った。
(盗んできた人間に化けるクスリ、三つぜんぶ呑んだから、あと三時間は大丈夫だよね……)
 僕は、その頃まだ人魚だった。雌のイメージに違和感があるなら魚人といってもいいけど、要するにヒトとは別の種族だ。
 もちろん、人魚にだって雄はいる。但し、生まれながらに性別が決まっているヒトとは違うのは、人魚は子どもの頃に性別を選ぶことだった。
 僕は水の中からぽちゃりと顔を出すと、周りに人がいないのを確かめて川岸に腰掛けて、ほうっと深く息を吐く。
(水の中はみんな早く決めろ、決めろって言う……イヤになる)
 その日、僕が禁を破って地上に出てきた理由は、ただ安息の場が欲しかった、それだけだった。
 僕の種族は、十歳の誕生日に今後の自分の性別を決めるのが掟になっている。そして、僕にとって、その日は一ヶ月後だった。
 そして次々と好みで性別を決めていく同世代の仲間達を横目に、僕自身は自分の性別をまだ決めかねていた。
(だって僕は、僕がまだなにをしたいか、よく分かんないのに)
 男になってどうしたいのか。
 女になってどうなりたいのか。
 まだそれすらも、よく分かっていないのに。
 そこまで考えて、再び気分がブルーになって、再びため息が出る。その時だった。
 小さな女の子の、切り裂くような鋭い声が周囲に響いた。
「ホラ、あそこ!ネコが流されてる!」
 思わず見遣った女の子の指の先が示すほうをたどると、向こうから文字通り箱にのせられて、流されてくる子猫の姿が見える。
 子猫はやせ細った様子で、か細い声で、にー、にー、と鳴いている。箱はゆらゆらと頼りなさげで、今にも沈みそうだ。
(……ひどい)
 イタズラだろうか。
 命を命とも思わないひどい行為に、思わず僕も眉根が寄る。しかし、更に次の瞬間、予想外の出来事が起きた。
「ええ!?」
 見つけたその女の子が、飛び込んだのだった。
(ええ、ちょっと!!)
 この川は、思ったより中流の流れが速い。人間の子どもが泳ぎきれるスピードじゃない。
(無理だ……この川の流れじゃ……)
 案の定、女の子は足をとられ、バランスを崩した。バシャリッと水面が大きく波打つ、
 そしてさらに橋の上から、女の子に向かって叫ぶ男の子の声がした。
「鈴!!」
 その子の友達か、兄さんなんだろうか。緊迫した状況に少し青ざめた様子で、橋の上から身を乗り出さんばかりにしている。
(いけない!)
 それを見た僕は、咄嗟に叫んだ。
「来ちゃダメ!」
 僕はその女の子に向かって川岸の岩をキックし、泳ぎ始めた。そしてそのままネコの入った箱をしっかり抱えたまま、今にも沈みそうな女の子に向かって、手を伸ばす。
(僕の力じゃ、二人は運べない)
 女の子が、苦しい息の下、僕を見た。
(でも、一人なら……!!)
 人間の子どもなら無理でも、「僕」ならなんとかなるかもしれない。そう思った僕は、手を伸ばす。
 すると溺れかけている女の子は、必死に僕の服にしがみついて来た。
(嘘!?)
 ドボンッと女の子の体重を支えきれずに、ネコもろとも沈む。
「鈴!!」
 再び、川岸からさきほどの男の子どもの声があがる。
(……)
 女の子はそれで気を失ったらしく、ぐったりとなった。僕はそんな女の子を後ろから抱え、ネコの首の後ろを捕まえると、そのまま昔ボートが停泊してあったと思われる船着場のロープをたぐりよせ、そのまま女の子は後ろから引っ張るように、一匹を頭にのせ、川岸へ届けた。
 するとさっき橋で叫んでいた男の子が、いつの間にか川岸へ移動してきていて、駆け寄ってくる。
「鈴!」
 そして男の子が差し出してきた手をとり、女の子と一匹を陸へあげ、自分自身もあがると、僕は荒い息のまま倒れこんだ。
「鈴!鈴!」
(……つ、疲れた)
 全力を出しつくし、ハアハア言いながらぶっ倒れて天を見上げる僕の横で、濡れるのも構わず、男の子は必死に女の子の頬を叩いている。
 女の子は幸いほとんど水を飲んでいなかったらしく、すぐに気がついた。
「……はれ?ここは」
「鈴!」
 男の子が嬉しそうな声を上げる。鈴と呼ばれた女の子はきょときょと、と周囲を見渡した後、僕に視線を向ける。
「誰……?」
 女の子の問いかけに、僕はドキリとした。
「え……僕?」
 僕がドギマギしながら答えると、鈴はそうだといわんばかりに、コクリと頷く。
(え……えーと、えーと、えーと)
 頭の中がぐるぐるする。緊急事態だったから、後先考えず助けちゃったけど、本当は僕は人間に姿を晒しちゃいけないんだった。
 だから当然のこと、人間への自己紹介なんて、慣れてない。
(……どうしよう。ごまかす?でもどうやって)
 それに、迷う僕から一向に視線を外さない彼女の瞳は、そんな僕の逃げを許してくれそうに無かった。
「直枝……理樹」
 苦し紛れに僕の口から咄嗟に出てきたのは、まるで男のような名前だった。
「男、なのか?」
 鈴と呼ばれた女の子が、首をかしげる。性別化していない僕は、彼女には曖昧に見えるらしい。
「えっと……」
 返答に困って口ごもる僕。するとそんな僕に向かって、鈴は無邪気ににぱっと笑った。
「理樹、助けてくれてありがとう」
 それは、とてもシンプルな感謝の台詞だった。
「あ……うん」
 素直な彼女の言葉。だからだろうか、意外なほど僕の心にストレートに入ってきた。
 ヒトと対峙している戸惑いも忘れるほど……なんだか、嬉しかった。
(こんなふうに女の子を守れるなら)
 頬が熱い。そして、彼女の笑顔は、まぶしかった。
 彼女を守れた自分も、少しだけ誇らしい。
 そしてあんなに性別に迷っていたのに僕は、その瞬間、初めて自然にこう思えた。
(……男もいいかもしれない)
 そんなことを僕がぼんやり考えていると、今度は男の子のほうが快活に、にかっと笑いかけてきた。
「いい名前だな」
 名前を褒められて、僕は思わず微笑む。
 咄嗟に作った名前だったけれど、意味の無い名前ではなかったから。
 あの時僕が思わず口にしたのは、僕が好きな伝説の世界樹の名前。
 理(ことわり)の樹。
 僕達が住む海の底よりも、ずっと深い海の底にあって、だけどそのまっすぐに伸びる枝は、いつか天に続くとさえ言われていた。
(……あ、そっか)
 そして僕は、突然自覚する。
 僕が、この名前をつけたのは。
 僕はさっさと性別を決めて、誰にも知られぬようひっそりと生きるオトナの人魚に、まだ選びたくなかったから。
 暗い水の底だけじゃなくて、水の上も、天さえも、まだ見ていない世界はたくさんある。
 まだ子どもの僕は……冒険がしたかったんだ。
(空に向かってまっすぐのびる枝みたいに、もっともっと先の世界を知りたかった)
「そうだな……ならやれそうだ」
 僕がぼうっとそんなことを考えていると、不意に男の子が声をかけてきた。
「え……?」
 彼にかけられた言葉の意味がよく分からなくて、僕はきょとんとする。しかしそんな僕に構わず、少年はこう続ける。
「俺は、棗恭介。そこにいるのは、妹の鈴」
「……。どうも」
「理樹、俺達の仲間にならないか」
「え?」
 突拍子も無い申し出に、思わず口をぱかっと開けてしまう。すると恭介は立ち上がり、何か楽しいことでも企んでいそうな表情で、俺にかがんで俺の顔を覗き込んだ。
「聞こえなかったのか?……仲間に、ならないかって言ったんだ」
「なんていうか……何の仲間?それに、えらく急だね」
 唖然とする僕に、恭介は更に笑って手を差し出してくる。すると同意するかのように、鈴もすっくと立ち上がり、僕のほうをじっとみてきた。
「理樹、君の力が必要なんだ」
 その日、恭介の後ろから差し込んでくる、夕陽はとても綺麗だった。子どもだけの河原。運命の出会い。
 忘れられない、忘れようも無い光景。
 そこに手を差し伸べてくる恭介、そして後ろに立つ鈴がいた
「……うんっ!」
 気がつくと、僕は自然にその手をとっていた。それが始まりになると予感しながら。
 そして、僕はリトルバスターズの仲間になり、何度も馬鹿な遊びを重ねた。そして。
 僕はその楽しい居心地をもっと本物にしたくて、「直枝理樹」として生まれ変わる決意をし、全ての過去を捨てた。
 そう、あの時捨てた、……はずだった。
 
 
 しかし、あの運命のバス事故。再び僕の運命は動く。
 事故の現場で僕は倒れ、そしてどんどん遡っていく原始の記憶の中で、僕は僕がこの世に生まれてきた意味を思い出した。
(―ボクハ、ボクガウマレテキタノハ……!!)
 皆に会うため。僕はみんなに会いたくて、生まれてきた。
 忘れていた。否、正確には忘れさせられていた。……全てを忘れて、彼らの元に行くこと。それが約束だったから。
 だけど、今僕が頑張らなければ、本当にリトルバスターズを失ってしまう。その瀬戸際、封印されていた記憶の扉が開いた。
(今こそ)
 そして、浮上する意識。
(僕は、リトルバスターズを取り戻す!)
 そう決意した次の瞬間、不意に背後から声をかけられた。
『そうか、理樹が鍵だったんだな』
 その呼びかけられた声が、あまりにも馴染んだ声で、僕は自然に振り向く。
『恭介……』
 振り向いて、気がついた。
 僕達は右も左も、上下すら分からない漆黒の空間にいた。周囲の様子も全然分からないほど真っ暗なのに、なぜか恭介の周囲だけはぼんやりと光っていて、それが恭介だと認識させた。恭介は僕の視線を受けながら、淡々と続ける。
『さすがに俺も気がつかなかったよ。俺達が出会ったこと、仲間になったこと、理樹がナルコプレシーだったこと……全部、繋がっていたんだな』
『そうだった、みたいだね。僕もさっき、記憶を取り戻したばかりだから……』
『そっか』
 恭介がやられた、とても言いたげに苦笑する。そんな恭介につられて、僕も苦笑した。
『出会ったのは、本当に偶然。だけど、僕は恭介達の本当の仲間になるために、人間になったんだ。でもそのためには条件があって、一つは元の自分の記憶を捨てること。そしてもう一つは、自分が望む人間に、必要とされ続けること』
『それが、俺達だったってわけか』
『そうだよ』
 僕は頷く。
『人魚が人間になるっていうのは、もともと無理に変化した存在だから。元に戻れない割りに、その姿を維持し続けるためには、「存在の力」がいるんだ』
『存在の力?』
『うん、分かりやすく言うと「ここに在り続けていられる力」と、「ここにいてほしい」と望まれる力のこと。存在の力って、本当は二つの力で成り立っていて、「ここに在り続けていられる力」は「望まれる力」がないと、その力を維持できない。だから比較的常に「ここにいてほしい」という力を供給してもらってた僕でさえ、弾みでその力が一瞬途切れると、簡単に意識が落ちてしまう。それがナルコプレシーになって、現れちゃったんだけどね』
 僕の答えに、恭介はこめかみに手を当て、考え込むように言う。
『ええと……結局我思うゆえに我あり、の逆バージョンみたいなもんか』
 恭介の答えに、僕は苦笑いをした。
『だいたいそんな感じ。……しかも面倒なことに僕達人魚だった人間は、人間になるときに、力を供給してもらう対象、自分を必要としてくれる対象の人間を指定しなきゃいけない。僕達にとって、絆は唯一無二の宝。逆に言うと種族の違う人間になるには、それぐらいの繋がりがないと、もともと僕達は人間になれないんだ』
『……』
『だから、たとえなれても人間との関係を維持しきれずに、消えてしまった仲間はたくさんいる。……御伽噺の人魚姫のようにね。王子様に愛してもらえずに、泡になって消えた女の子の話。あれも、ただのフィクションじゃない。あれは僕たちにとっては、本当は限りなく現実の話なんだ』
『理樹は』
『……?』
 気がつくと、恭介がまるで泣くのをガマンしている子どものような複雑な表情で、僕を見ていた。
『怖くなかったのか、俺達に一生を託すことに』
『え?』
『……たとえ今は一緒でも、でも卒業して、社会に出てそれからもずっと俺達と一緒にいられる保障なんてない。それとも、その当時は子ども過ぎて、そこまで想像できなかったか』
 皮肉めいた発言とは裏腹に、恭介の表情は不安に満ちていて、それがとても幼く見えた僕は、軽く肩をすくめてみせる。
『怖かったよ。でも信じられたから。たとえ離れてしまっても、僕がリトルバスターズを必要としていたように、僕も必要としてもらえる。そういう関係がここにあるって、あの時の僕は信じられたんだ』
『そっか』
『……うん』
 僕が笑って見せると、恭介がつられたようにふっと笑う。
『理樹……お前は、強いな』
『恭介だって強いよ。だって、僕達をずっとここまで、引っ張ってきてくれた』
 そうして僕は、恭介に手を差し出す。
『だから、行こう。僕達がこのミッションをクリアするのを、みんな待ってる』
『そうだな』
 恭介が僕の手を取った。途端、恭介の輪郭が、ぐらりと歪んだ。
『恭介!?」
 驚いて僕が声を上げると、恭介はいつものように快活に笑った。
『心配するな、先に行ってるだけだ。俺も俺の後始末をしなくちゃいけないらしい。……必ず、戻ってくる』
 そして恭介はただの光になり、それからぱちん、とはじけるように消えた。
『……あ』
 そうして、再び誰もいない空間に、僕は只一人残された。
 でも、僕はもう一人じゃない。
『……そうだね。僕は、僕のするべきことをするよ』
 そうして目を瞑り、そして、そこで僕の意識は途切れた。
 
 
「……たっ、いたたた……」
 バス事故に遭ったクラスのメンバーの中で、僕は軽傷のほうだったらしい。リトルバスターズのメンバーの中でも、僕が一番目覚めるのが早かったと聞いた(ちなみに僕は腕に広い擦り傷を負っていて、その痛みで目が覚めたらしい)。
 しかしそれも僕が目覚めてから一週間と経たないうちにみんな次々と目覚め、それなりに打撲だの、骨折だのはあったものの、もともと体力のあるメンバーだったから、半月後には動き回るようになっていた。
 目覚めるのが一番遅かったのは、恭介だった。背後から破片が刺さっていた恭介の傷は深く、ただ幸い臓器からは外れていたこともあって、あとは意識の回復を待つだけだった。
 
 
 そして、バス事故から一ヵ月後。
「……ここは」
「恭介!」
 恭介が目を覚ました。お見舞いのお花の水を替えに行っていた、僕と鈴はすぐに駆け寄る。
「馬鹿兄貴!」
「ちょっと待って鈴。怪我人、怪我人」
 鈴は嬉し泣きをせんばかりに恭介に飛び掛ろうとするのを、僕は慌てて止める。そしてそんな僕らを見て、恭介がふっと笑う。
「約束どおり、戻ったぜ」
「うん、おかえり……て、約束?」
「……覚えてないのか?」
 意外な表情をする恭介に対し、僕は恭介の約束に思い当たるものが無かった。
「ごめん……覚えてない」
 しかし申し訳なくて謝る僕に、恭介は気にする様子も無く、さらに笑いかけてくる。
「それならそれでいい」
「……?」
「分からないか、そうだろうな。これもミッションだからな」
「言ってる意味が分からん、頭も打ったか、恭介」
 するとそんな鈴の毒舌にも、構うことなく恭介は続ける。その眼には、いつもの何かを企むような、楽しげな色があった。
「さて、次なるミッションだ。いいか大事な任務だ、よく聞け」
 ごくり、と僕らは生唾を飲む。
 
 
 かくして、恭介が僕らに与えたミッションは、「レンタカーを借りて来い」というものだった。
 それどころか退院してすぐ姿が見えなくなったと思ったら、一ヶ月ほど山奥の自動車教習所に入り、いつの間にやら免許まで取ってきた。仕事も速い。
 そしていつの間にか僕達も巻き込まれて、ミッションと称し、ピクニックの準備なんてしている。
「あれほどひどい車の事故に遭っておきながらすぐ免許なんて、本当は恭介、トラウマ知らず?」
「うーむ。きょーすけの事は、あたしも時々、よくわからん」
「……まあ、でも。あれだよね、嫌な記憶も、後からすっぱり楽しい記憶で上書きしちゃえば、いつかはそれが意味を持つものになるかもしれないし」
「あたしは、理樹が言っていることも、時々分からん」
 すると鈴がきょとんとした顔で、僕の顔を覗き込んでくる。
「分からなくても、いいよ」
 そんな鈴の表情がとても可愛らしくて、僕は思わず鈴の頭をなでる。
 昔の鈴は、まるで本当の猫みたいに頭を触られるのを嫌がったけれど、今はそうでもない。触れた髪の先で、鈴の髪飾りがちりりと鳴った。なんて平穏な時間。でも、それも長くは続かない。
 だって今は、いつもの午後の、けだるい時間。晴れた空。仲間の声がいつでもすぐに追いかけてきて。
「鈴ちゃん!、直枝君!」
 ……ホラもう、見つかってしまった。


 そしてその次の週の日曜日。すっきりと晴れた空と風を感じながら、僕達は海へ向かった。
 それはまるで自分の生まれ故郷に向かって、手に入れた宝物を見せびらかすような旅行であることを、僕自身は知らないまま。
 だけどそれは、一生忘れることのできない、大切な、大切な記憶になった。


[No.367] 2008/06/20(Fri) 01:13:44

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