第12回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/06/19(Thu) 20:18:18 [No.363] |
└ のぞめない七色 - ひみつ@出来れば日付が変わる前に上げたかった・・・ - 2008/06/21(Sat) 01:03:09 [No.380] |
└ この手に抱けぬ、遥か彼方の宝物 - ひみつ - 2008/06/21(Sat) 00:15:49 [No.379] |
└ 一番の宝物 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 23:30:23 [No.378] |
└ 宝者 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 22:54:03 [No.377] |
└ 宝はついに見つからず - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 21:55:43 [No.376] |
└ 宝物 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 19:37:51 [No.375] |
└ ものがたりはつづいていった。 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 19:18:10 [No.374] |
└ 似た者○○ - ひみつ@今回一番の萌えキャラを目指してみた - 2008/06/20(Fri) 19:07:28 [No.373] |
└ 直球勝負 - ひみつったらひみつと言い張る六月の夜 - 2008/06/20(Fri) 18:13:23 [No.372] |
└ 子宝 - ひみつ - 2008/06/20(Fri) 17:50:25 [No.371] |
└ 覚醒杉並 - ひみつ@しょうじきすまんかった - 2008/06/20(Fri) 16:39:42 [No.370] |
└ Lunch - ひみつ@EX資金が溜まったぜっ! こ、これで、佳奈多を(ry 爆 - 2008/06/20(Fri) 16:13:30 [No.369] |
└ その境界を越えて - ひみつ@Ex記念に初書きしてみました - 2008/06/20(Fri) 10:43:04 [No.368] |
└ 海の話 - ひみつ@一度参加してみたかったんです - 2008/06/20(Fri) 01:13:44 [No.367] |
└ 宝の山に見えて、ついカッとなってやった。反省してい... - ひみつ - 2008/06/19(Thu) 22:19:59 [No.366] |
└ そんなあなたが宝物 - ひみつ - 2008/06/19(Thu) 20:33:17 [No.365] |
└ ログとか次回なのですよ - 主催 - 2008/06/22(Sun) 23:45:36 [No.383] |
そんなわけで、私はこうして今日もまた犬の着ぐるみの中で死にそうになっていた。具体的に言うと熱中症と脱水症状だ。重く分厚い着ぐるみの内部環境について語り始めたなら、きっと月まで届くほどの厚みになるだろう。 しつこく纏わり付きキックにパンチに忙しないクソガキ共から逃れ、客の眼の届かない裏手の芝生に腰を下ろす。頭部を外すと生温い風が肌を撫でる。蒸発した汗が不愉快指数を際限なく上昇させていく、そんな夏の午後。 遠くからは賑やかしい嬌声が響いていた。日常の枠を超えたドラマティックな時間を保証する……という煽り文句が正しいのか大げさなのかは分からないが、とにかく広大な敷地の中で多くの人が楽しんでいるらしい、とあるテーマパークだった。 マスコットキャラの親友の叔父の隣人の飼い犬という意味不明な立ち位置居る私は、当然ながら当テーマパーク随一の不人気キャラだ。おかげで三十分ほど神隠しにあったとしてもバレやしないだろう。 だが、そんな私のささやかな休憩時間を邪魔する足音が一つ。 慌てて頭部パーツを被り立ち上がった。上司だったとしたら最悪だ。 別の意味でも汗が噴き出してくる私の前に現れたのは、しかし人を小馬鹿にしたようなニヤニヤ顔のハゲではなく、一人の少年だった。 彼は私に気づくと迷いもなく近づき、そして言った。 「おじちゃん」 「…………」 何やら信じ難い呼称があったような気もしたが、きっと軽い幻聴だろう。 いや、そうではないか。 少年の指先は真っ直ぐに私の胸の、比較的近辺を大まかに指し示していた。なるほど、夢見がちな少年の瞳にはきっと蝶々の羽を生やしたおじちゃんなる不可解な妖精が見えているのかもしれない。これくらいの年頃には良く在ることだ。 そのような微笑ましい幻想を破壊する事には忍びないが、仕方がない。 「ここにおじちゃんは居ないよ」 「おじちゃんっ!」 しかし少年はなおも私の居る方向へを指し示す。しかも今度は私の額の付近に向って、だ。 なんと面妖な。これは如何なる事態なのだろうか。 だが、私は気づいた。 「そうかっ! 後ろかっ!」 なんたる不覚。この私がまさか背後を取られようとは。だが先ほどまでの隙を見逃すとはなんと情けない。素早く振り返った今の私はイージス艦に匹敵する索敵能力を保有し、迎撃する108の手段を脳内量子演算コンピュータがそれとなく導き出してくれる、最強の犬さんなのだ。 「犬のいは勢い良く噛み付くぞのいっ! 犬のぬはヌルッと湿っているぞのぬっ!」 軽く自分の不快感を口に出しつつ、敵を威嚇する。だがそこには既におじさんなる凶悪な存在は居なかった。ビュウと吹いた風に無名の雑草が舞い上がるのみ。どうやら、私の強さに恐れをなして逃げ出したらしい。 「さぁ、もう大丈夫だよ。私が悪のおじちゃんを追い払ってあげたからね」 「……お前だよ、お・じ・ちゃ・ん」 「がぶーっ!」 勢い良く噛み付いてやった。 尤も、この着ぐるみに口はないので、本当はただのヘッドバットだったが。 なんといけ好かないガキなのだろうか。それとなく美少年っぽい顔立ちは自信に満ち溢れていて、周囲の人間を丸ごと引っ張っていきそうなカリスマ性があって、見ているだけで……笑顔になってしまう。 「ったく、なんだよ。まさかまた悪人と戦えって言うつもりじゃないだろうね」 「いいや。そうじゃない。今度は宝物を無くしてしまったんだ。だから一緒に探して欲しい」 「落し物につきましてはサービスセンターにお問い合わせください」 お役所仕事をしてみた。 「…………」 白けられた。 「ノってよ、お願いだから」 「……強くなったな、理樹」 「いや、ごめん。ここでそういう誉められ方をしてもあんまり嬉しくない」 まったく、これはいったいどういう冗談なのだろうか。 目の前に立つこのクソガキの顔を私は良く知っていた。 忘れるはずがないし、忘れようもない。 何故なら私にとっての始まりの瞬間、最初に手を伸ばしてくれた、あの日と同じ少年だったのだから。 「で、何で恭介がここに居るわけさ」 「サラっとしてるな……もう少し驚いてくれないと悲しいぞ」 恭介と真人は何をしても驚かないさ。 幽霊として帰って来たくらい、彼の普段の言動に比べれば幾分かマシなほどだろう。 「ま、これは霊界通信のちょっとした応用だ」 「霊界通信って。しかもどう応用するのさ」 本当に何でもありだが、それが逆に恭介らしいとさえ感じてしまう。 「で? いったい何の用なの?」 「だから言っただろう。宝物をなくしたから探して欲しいんだよ」 「宝物ね……それはいったいどういうの? 机の奥でカピカピに固まった給食のロールパンとか?」 「俺はどれだけ悲しい子なんだっ!?」 「じゃあ、原型を保ったまま取り出せた異常に大きい耳くそ?」 「ちがっ……あ、いや。それは確かにちょっと取っておきたいな」 「うん、あれって微妙に嬉しいよね」 ネタのつもりが自分でも納得してしまった。 ごそっと取れた時の妙な感動はなかなかどうして、捨てるには惜しいものである。 「だが、残念ながら俺の宝物はそれじゃない」 「残念なんだ?」 「俺の宝物が何なのか、それは言葉じゃ説明できない。というか、説明したくない」 もったいぶったような恭介の姿に、私は凡その予想がついてしまい少しだけ呆れた。 いや、この感情はそうではないのかもしれない。呆れに良く似た納得だ。 やっぱり、と思うのはそれを予想していたからだ。予感があったからだ。 だから私は何も答えず、息を吐いて芝生に腰を下ろした。相手が恭介なら構わないだろう。再度頭部を外し、脇に置く。 「老けたな、理樹」 「そういう事を言わないでよ。本格的に気になる年頃になったんだから」 「だが本当に変わったよ。まさかお前の一人称が『私』になるだなんて思いもしなかったぞ」 「あのね、恭介。いったい幾つになったと思ってるのさ。この歳で僕なんて言ってたらドン引きだよ」 「それは分かるが、違和感が酷いぞ」 自分でも分かっていた。こうして恭介と話していて、妙な違和感が自分自身の内側にも生まれていたのだ。彼が子供の姿をしている事もそれを加速させている気がする。身長差から私の瞳には恭介の旋毛を見下ろす事が出来た。それを見たのはこれが初めてだった。 「俺達の別れからもう三百年か……」 「うん。本当に、過ぎてしまった今にさえ感じるほどに長かったよ」 「まさかコーヒーカップがビームマニューバを描くとは、あの頃には想像も出来なかったな」 「サザエさんが火星に移住する時代なんだから当然だよ」 「…………」 「…………」 「強くなったな、理樹」 「いや、だから全然嬉しくないから」 とは言え、昔の自分ならどう対応していたかを思い出してみれば、きっと今のような返答は考えられなかっただろう。もちろん、昔といっても三百年前ではない。そのおよそ二十分の一だ。だがそれはやはり短くはない時間だった。 僅かな間があった。恐らく、お互いにその間の記憶が巡っていたのだろう。 天国にいた恭介がどんな時間を過ごしてきたのかは、分からないけれど。 「宝物、か。恭介にとってそれは大切なものだったの?」 「もちろんだ。命よりも、大切に思っている」 「それをなくして、悲しい?」 「そうだな、悲しいというより寂しいのかもしれない。ずっと、遠くからだって見続けていられると信じていたからな」 「そっか。ならやっぱり、恭介は叱りに来たつもりなんだ」 「何故、そう思うんだ?」 「鈴と別れたから」 彼女とは大学卒業して数年間共に暮らしていたが、つい一年ほど前に別れた。原因は……まぁ、平々凡々としたものなので多くは語るまい。さほど揉める事もなく協議離婚が成立した事だけハッキリさせておこう。支払う事になった慰謝料については、愚痴にしかならない事だし。 相変わらずコーヒーカップは平面的な点円軌道を描いているし、サザエさんの住居にも変更はないが、変わらないものはそういった固定された物体か虚像のみであり、四次元世界を等速直線運動的に滑っていく私のような人間にはあり得ない話だ。 「まだ、やり直す事が出来るだろう」 恭介の真剣な口調に、私は小さく笑ってしまった。 「やり直す、か……」 「なんだ?」 「ううん、確かにその通りなのかもしれない。やり直す事は出来るだろうね。不可能じゃないとは思うよ」 だが、恭介。それは無理なんだ。 不可能じゃないだけで実現される事のない現実。 意地を張っているわけではなく。 変わっていく、始まっていく、終わっていく。 表現はどれだって同じで、つまりそれが生と呼ばれる現状の意味であり、生命の動的平衡は人生のそれとたぶん同じなのだろう。遺伝子を操作するように、何かをもし意図的に排除する事が可能だとして、それが致命的な介入ではない限り別の何かによって速やかに補完される。 鈴との別れは、私にとってきっと致命的とはなり得なかったのだろう。 「お前にとって、鈴はその程度の存在だったという事か」 「違うよ、恭介。恭介は勘違いしているんだ」 「勘違いだって?」 「そう。私は今でも恭介の『宝物』だよ」 十五年の月日が様々な記憶を洗い流し、直枝理樹という人物像を大きく変化し、そして何より隣に鈴は居ない。あの日、彼の前で輝かしい光を発していた私はもう何処にも居ない。 「確かに私は恭介が思い描いた未来には居ないかもしれない。その意味で、失望されたとしても仕方がないんだろうと思う。だけど、ここに居る私は、恭介や直人や謙吾や、小鞠さんやクドや葉留佳さんや来々谷やさんや西園さん、もしかしたらもっと他の沢山の人達が助けてくれたあの日の直枝理樹の延長線上に生きている『僕』なんだ。だから私は、絶対に謝らない。何の後悔も迷いもなく、断言できるんだよ。恭介の宝物はちゃんここに在るって」 あの日差し伸ばされた手も、あの日背中を押してくれた手も、私の中に確かに残されている。そうして与えられた生で十分なのだ。 繰り返された世界。自覚のない無数の時間。成長のために与えられた猶予。 彼が指し示すまま私は過ごし、望みどおり夢を飛び出した。背中に隠れ守られ安穏とした日々から一歩踏み出し―――生まれた。産まれたのだ。その時ようやく、一己の人格を得た。恭介や他のみんなから産み落とされた。 その事を、誇りに思っている。たぶん、鈴もそう思っている。 「だから恭介。私はもう、大人なんだよ」 「……もう、良いのか」 「うん。もう、良いんだ」 泣き出しそうな寂しげな瞳の少年に向って、私は力強く頷いた。 後はただ、見ていて欲しい。 自分が導いた命の行く末を。 「諭すつもりが諭されてしまったんじゃ、笑い話にもならないな」 「まったく、恭介は心配性が過ぎるよ。大丈夫だと思ったから、背中を押してくれたんじゃないの?」 「馬鹿やろう、俺はなぁ! 俺は……俺にとっては、何時まで経っても、鈴もお前も危なっかしいガキなんだからな」 「それが心配性なんだよ。子離れできない親ほど性質の悪いものはないよ」 わざわざ天国から降りてくるくらいなんだから、本当にどうしようもない。 もっとも、それはかつての私がいかに頼りない存在だったかの証でもあるのだろう。 「心配してなにが悪い……」 「そんな拗ねなくても。心配させちゃうのは申し訳ないけど、もうちょっと信じて欲しい」 「……そうだな。信じるさ、お前らの事を」 「うん、ありがとう」 私は少しだけどうすれば良いのかを迷って、それから恭介に手を伸ばした。 恭介もまた、同じように。着ぐるみ越しではあったが、握手した。 「じゃあな、俺の宝物!」 十五年ぶりの再会は終わった。 恭介はあの日のままの笑顔で消えた。私も笑顔で別れる事が出来た。 あとには変わらず生温い風と、遠くからの喧騒がある。 とりあえず……このテーマパークの『日常の枠を超えたドラマティックな時間を保証する』という煽り文句について、これからは事実として評価しようと思う。 間違いなく、その言葉のとおりなのだから。 たぶん、考えた担当者の思惑を遥かに超えて。 私はそれから、一頻り笑った。 [No.375] 2008/06/20(Fri) 19:37:51 |
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