第13回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/07/03(Thu) 21:27:45 [No.388] |
└ Re: ただ気の赴くままに…(直し) - 明神 - 2008/07/06(Sun) 02:17:58 [No.410] |
└ Re: 第13回リトバス草SS大会(仮) - ひみつ@PC熱暴走で遅刻。せっかく書いたのでのせてみた - 2008/07/05(Sat) 22:57:21 [No.408] |
└ タイトルは「線路」です - ひみつ@PC熱暴走で遅刻。せっかく書いたのでのせてみた - 2008/07/05(Sat) 22:59:29 [No.409] |
└ 二人の途中下車 - ひみつ@orz - 2008/07/05(Sat) 20:01:09 [No.405] |
└ 夏の始まり、借り物の自転車で目指したどこか。 - ひみつ@何時間遅刻したか……作者はやがて考えることをやめた。 - 2008/07/05(Sat) 11:40:04 [No.404] |
└ 壊されたレール - ひみつ@リトバスを変わった(ありがちな?)角度でみてみた - 2008/07/05(Sat) 05:00:43 [No.403] |
└ 旅路(ちょっと修正) - ひみつ@遅刻したのですが『甘』でどうかorz - 2008/07/05(Sat) 02:20:19 [No.402] |
└ Re: ただ気の赴くままに… - 明神 - 2008/07/04(Fri) 23:17:23 [No.401] |
└ 途中でレールが無くなったのに気づかずに突っ走った感... - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 22:15:36 [No.400] |
└ 海上列車 - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 22:06:20 [No.399] |
└ Jumpers - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 21:00:54 [No.397] |
└ 終電の行方 - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 21:00:42 [No.396] |
└ その声が、聞こえた気がしたから - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 18:34:07 [No.395] |
└ モノレール - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 16:13:30 [No.394] |
└ それは夢である - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 13:42:43 [No.393] |
└ ひとつめの不幸 - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 13:03:45 [No.392] |
└ 線路って立てると梯子に似てるよね - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 01:12:49 [No.391] |
└ 線路の先 - ひみつ - 2008/07/03(Thu) 21:41:36 [No.390] |
└ 感想ログや次回など - 主催 - 2008/07/08(Tue) 01:41:56 [No.414] |
開け放った窓から入り込んでくる鈴虫の声に紛れて、鈴の相槌が聞こえる。 耳に当てられた携帯電話からは何も聞こえず、相手の声が小さい事がわかった。 鈴が自ら電話をしてきた事に驚いたのか、その目的に意表をつかれたのか、或いはそのどちらともなのか。 僕に出来たのはそこまで推察するくらいで、彼ら――鈴の両親――とは幼馴染の親だと言う以外に接点のない僕には知る事は出来ないだろう。 鈴の声は、平坦だ。 それは無感情だからではなくて、たぶん、悲しみを堪えるために。 近付いて覗き込んだ横顔は少し沈んでいたけど、目の当たりにした事実をしっかりと受け入れているように窺えた。 「そっか……いや、怒ってないぞ。……むしろ、ありがとう」 久しぶりに出てきた相槌以外の反応。 話は終わったようだ。 立ち上がり一歩踏み出して、そのまま身体をベッドの上に倒し、鈴の小さな後姿を眺める。 鈴の、解かれた髪の端からちらりと見えた両の肩はほんの僅かだけど、震えているように見えた。 「うん、じゃあまた。って、まだ話がある? なに? 理樹と…………ぅ、ぁ、そ、そんなん知るかぼけっー!!」 「?」 いや、親に向かってぼけって。鈴らしいと言えばらしいけど。 怒声の後、意図的に強く携帯を閉じる音がして、僕の方を向いた鈴の顔は何故だか紅潮していた。 鈴は寝転んだままの僕の前に正座すると、そのまま上半身だけを倒して布団の上に顎を乗せ、鼻先が触れ合いそうな、吐息は触れ合う距離で困ったようにうみゅーと鳴く。 「……最後の、なんだったの?」 「理樹と……どこまで進んだのかって……あたしの勝手じゃぼけー」 「ああ」 でもそれは、付き合う事になった時に両親へと第一声、「理樹にプロポーズされた」などと口走った鈴が悪い気もする。 いやまあ、そうとられる告白をした僕が悪かったかも知れないけど。もっとこう、両親に報告する時はソフトでもいいと思う。 と言うか鈴の両親もこんな時にそんな話を吹っかけなくても。恭介の親でもあると言ってしまえばそれまでに思えてしまうけど。 「……」 鈴に手を伸ばし、触れ、少し動かす。 「ふみゃー……」 鈴は目を閉じてされるがまま……と言ってもまぁ、頭を撫でているだけ。 鈴の柔らかな髪を指先に絡める。 ……どこまでも何も、前よりほんの少し距離が近くなっただけでしかない。ちょっと情けないけどしょうがないでしょ意識すると恥ずかしいんだもん。 手を握ったり繋いだりなんて、逆に今までよりぎこちなくなったくらいだ。なんか悔しかったから撫でてみたけどこれだって結構無茶してる。 鈴が目を開けて、僕を直視する。虹彩と大きく開いた瞳孔、その境目に飲み込まれてしまいそうな、そんな錯覚を抱いた。 髪から手を離す。 普段からわかっていたことではあるけれど。こうして息の感ぜられる距離で見ると、鈴は余計に可愛い。 赤くなった頬が近く、肌と肌が触れ合っているわけではないのにその滑らかさがわかるようで、体温が伝わりそうなほどに温もりが感じられて。 ――そうか、こんなに可愛い娘が僕の…… …………って、うわあぁ、ダメだ。意識しすぎるとまた恥ずかしくなる、それどころか目が合って離れないこの状況この瞬間も物凄く緊張する。 視線を逸らそうとしたけど、そうすると鈴を不安にさせてしまわないかなんて自惚れた思考が脳から滲み出てきてしまって、鈴も動かず、だから結局僕らは目を合わせたままでいた。 鈴虫の合唱だけが部屋にある音になって数秒、鈴が、ゆっくりと口を開く。 「……なぁ、理樹」 「なにかな、鈴」 神妙な声色に、僕らの周囲に流れていた一種恋人同士らしい緊張は僅か薄れた。 ……らしかった、と思いたい。思わせてください。 鈴が上半身を起こし、僕もそれに倣う。 「理樹、墓参りに行こう」 ――ああ、そうか。 さっき見た横顔もあって、やっぱり、とは思ったけど。 これが何よりも、先ほどの電話からえられた結果をわかりやすく示した。 修学旅行での事故から数ヶ月、ある程度落ち着きを取り戻した世間を横目で眺めるだけになっていた夏休み。 曖昧に過ぎる虚構世界の記憶の中で、一部の色濃く残った記憶は、皆のいない世界で僅かずつ僕らを苛み続けていた事は確かだったから。 それは多分、優しさであふれた世界から生還した僕と……何よりも鈴が、初めに向き合わなければならない、避けられない”不幸”で。 「……いつにしよっか」 「明日でいい」 僕に断る理由はなかった。 もともとその事実の確認も受け入れる事も、鈴が全て自分で行ってきたのだ。 僕はただ、鈴が挫けてしまわないように傍にいただけ。 暇ならある。時間をかけて、鈍行でゆっくりと行く事にしよう。 そう思った。 ―― ひとつめの不幸 ―― 見上げた空が、雲の形を記憶に留める暇もなく流れて行く。天上近くに陣取る太陽が撒き散らす光が青と白の境界線を曖昧にしていて、それはいっそう記憶に留まりにくいものになっている。 わかるのはただ、その雲の形が昨日のものとは違い、明日のものもまた今日のものとは違う事だけ。 では。 あの、同じように流れていた日々の中で。雲の形は。変わっていたのだろうか。 調べるすべもない繰り返し続ける虚構の世界。あの世界は、空までも繰り返し続けていたのだろうか。 今となってはそれすらもわからず、曖昧にしか残っていない記憶は人と人の繋がりに関するものばかりで、思考を解決する手段にはなりえない。 がたん、と少し大きな揺れ。 電車の速度が落ちて、空の流れが遅くなって。 ホームに止まった時、広い空はちっぽけな屋根に隠れてしまった。 「あつい……」 「あついね」 冷房の効いていた電車から出ると、待ち構えていたかのように熱気が僕らを含む下車した人々に襲い掛かってくる。 と言っても、僕と鈴以外に降りたのは、3つ前の駅で乗ってきた老夫婦だけだったのだけど。持っている袋からしてショッピングモール(と言ってもさほど大きくはないけど)での買い物帰りだろう。 「理樹、うちわ」 「はい」 「あおいでくれ……」 ぱたぱた、ぽす。 少し仰いでから、鈴の手の上に乗せた。 「理樹、タオル」 「はい」 「ふいてくれ……」 ぬぐぬぐ、ひょい。 鈴の額を少し拭いてから、肩にかけた。 「中途半端なんていじわるだ……」 「鈴が横着しすぎなの」 いじけた鈴に背を向けて、愚痴を聞き流しながら改札口へ向かって歩き出す。 事務室から流れ出す冷気を一瞬だけ腕に受け、改札口を抜けると、構内の外に華やいだ雰囲気があった。 花屋だ。線香やお供え物はあらかじめ買ってあったけど……あった方が、いいか。 こんな所だから、と言うと偏見になってしまうけど、意外に若かった……多分少し年上くらいの花屋の店員と二言三言言葉を交わし、花を買ってから、民家も疎らな田舎道を歩き始める。 後ろで鈴が少し不服そうに見てたけど、顔がにやけてたとかそういうのはないはずだ。……可愛かった、とは思う。僕だって男の子だもの。 そこから50mほど歩いたところで、鈴が話しかけてきた。 「なんで花なんか買ったんだ?」 「そりゃ、お墓参りだし……ないよりはあった方がいいでしょ?」 「あたしにはあいつが花もらって喜ぶ姿なんて想像できないな」 「気持ちの問題だよ」 そんな風に話をしながら、時々2人して道を確認するために足を止めつつ、目的地へと歩を進める。 容赦なく肌を差す夏の陽光に茹だる僕らの横を虫捕り網を持った小学生くらいの男の子が元気に駆けて行く。 どこを見ても背の伸びた稲がある光景は壮観でいて、どこか懐かしい。 昔、僕は一度だけ、鈴は何度も、この景色の中を走り抜けたんだ。 今通り過ぎた麦藁帽子を被った兄妹らしき子供たちと同じように、こんな暑さを煩わしいと思うこともなく。 でも、 「あつい……理樹……あつい」 「もう少しだから、……僕と鈴の記憶が正しければ」 「そう言われると自信なくなってきた」 僕だって口には出さないけど、きつい。 ……まぁ多分、歳をとったんだと思う。 体力的には兎も角、この暑さを煩わしく感じるくらいには。 「理樹。なんかしよう。暑さがまぎれるようなこと」 「じゃあさ、鈴」 「お、早速なにか思いついたのか!」 楽しげな鈴の声の後、僕はふぅ、と浅く息を吐いた。 心臓が奇妙なくらいに脈打つ。肌の外からじわりじわりと攻めてくる熱気だけではなく、身体の中からも熱が出てきて、嫌な汗が出る。 人口の少ない田舎とは言え、夏の昼間となれば多少人目もあるから、恥ずかしい。 蝉の鳴き声でさえも気になる。少しは静かにして欲しい。 でも僕は、提案してみた。そして、実行に移す。 「手でも繋ごうか」 そう言う前に、既に手を取っていたんだけど。 決して冷たくない鈴の手は、けれど緊張していた僕からすればかなり心地よかった。 好きな人の手を握っているから、と言う喜びも勿論ある。 「…………」 「鈴?」 鈴はと言えば、立ち止まり、しばし僕が無理矢理繋いだ手を眺めていた。 何かを考えているのだろう。僕の言葉の意味。それよりも前に握られた手。 近くで、ヒューヒューなんて冷やかしてくるマセガキの声がする。 恥ずかしくて、しばし視線をさ迷わせる。 その声は当然のように鈴にも聞こえていて、だから、それで瞬時に状況を理解したのか。 「ば、ばかっ! よけいに暑くなるだろっ!」 大きな声と共に振り払われた。顔を真っ赤にした鈴は可愛くて、でもちょっと残念だ。 僕だって勇気を振り絞ったんだから、鈴だって少しくらい歩み寄ってくれないと困るんだけど……。 二度目を敢行する勇気はちょっとなかった。鈴からしてくれれば、なんて思ったけどしょうもない願望か。 まぁ、多少暑さが紛れるくらいには楽しかった。こうやって飽きが来ない関係を続けていれば僕らは多分、もうちょっと、恋人らしくなれるかも知れない。 だいじょうぶ。僕らは生きてる。だから、時間はある。 結局その後も、吹き付ける風にタオルを飛ばされて不機嫌になる鈴を宥めたり、飛ばされて用水路に着地した僕のタオルを見て鈴が笑ったり、ただ道を歩くだけなのに飽きなかった。 なんでもない日常を感じながらも、僕らは確かに”不幸”へと向かって道を進む。 * それなりに多い石段を登ると、その先には墓地がある。 と言っても僕らの住むところにあるような集合墓地とは違う、山の入り口付近のちょっと開かれたところに、いくつかの家の墓を集めただけのものだ。 墓石やその土台はしっかりしているけど、周りは土だらけで、お世辞にも綺麗とは言えない。 探し、すぐに見つける。比較的新しい石。そしてそこに彫られた文字は……はっきりと、棗家のものである事を示していた。 この中に、数ヶ月前にこの世界から旅去った人が眠っている。 僕らが、あの世界で逃げ出した時に、頼ろうとした人がいる。 すなわち……鈴と、恭介の、おじいさんが。 「久しぶりだな……じいちゃん」 鈴が、墓の前に棒立ちになる。 僕は少し下で線香に火をつけてから坂を上り、鈴の右隣で屈み、線香を立てた。細い煙はさほど高くへは行けず、すぐに夏の陽射しに歪められるようにして消えて行く。 立ち上がり、覗き見た鈴の横顔は心なしか……悲しみよりも、怒りの方が勝っているように見えた。 ……あの優しさであふれた世界の、比較的色濃く残った記憶。僕らが逃げ出し、頼ったその先に、会いたかった人は居なかった。その世界での顛末は僕も鈴も覚えていなかったけれど、その一点は覚えていた。 曖昧な記憶の欠片を拾うだけでも、あの世界が、基本的にはこの世界と同じもので構築されていたのは理解出来る。加えて。 ギプスはつけながらもいち早く、夏休みが始まってすぐに退院した小毬さんが知る限り、虚構世界では現実世界に居ない人は存在していなかったそうだ。 その小毬さんだって覚えている事なんて殆どなくて、何も知らなくて、それは僕らと同様に薄っすらと残る記憶と些細な情報から拾い上げた不確かなものでしかない。 生死の境からようやく抜け出て、しかし未だに意識は戻らない恭介。彼ですら全ては知らないかもしれないし、きっと、知らないのだろう。 けれど、この欠片は可能性として。虚構の世界に鈴のおじいさんが居なかったのは、恭介が”存在させなかった”のではなく、”死んでいた”からである事を、示唆していた。 それを鈴の両親に確認する事に踏み込めたのが昨日で、曖昧でどうしようもなく細かい情報や記憶ばかりを掻き集めて構築したその結果は、今の僕と鈴の行動に繋がる。 あの世界の事はまだまるでわからないし、きっとわかる必要もなく、わかる事は出来ないのだろうけど。 少なくとも。事故前までの弱かった鈴が知らされていなかったこの事実は、皆が生還した現実で、一番最初に向き合い、受け入れなければならない不幸だった。 「…………」 「…………」 無言。蝉の鳴き声とがさがさと揺れる枝葉の音は、沈黙をくれない。 ふたり、言葉なく。燃えて灰になった上の部分を軽く叩いて落とし、真ん中の当たりを持って鈴に渡そうとする。 けれど鈴は、目を細め眉を吊り上げ……今度は気のせいでもなんでもなく、怒りの方を前に前に押し出していた。 何故だろう。……知らぬ間に逝ったからか。ただ単に止め処ない悲しみが、別の感情へ変換されているだけなのか。 好きな女の子のことなのに僕には分からなくて、だから悔しくて。もしかしたらこれが、恥ずかしくて手を繋ぐだけで顔を赤らめてしまう僕らの距離なのかもしれないと、そんな事を思う。 結局何も言えなくて、とりあえず火をつけた分は、全て立てておく。 「……ばか」 「え?」 ひとこと、鈴が呟いた。 その『ばか』は呆れた時に真人や謙吾に向かって放つものとも、蔑むように恭介へ投げるものとも、違っていた。 本当に、心の底から罵倒するような。そんな……失ってしまったものへ対する未練のようなものを感じる。 「っ!」 浅く鋭く息を吐くと同時に僕が左手首にかけていた袋からお供え物の饅頭を引っ張り出し、 「うあぁ――!!」 上半身の動きだけで、多分出来る限りの強さで墓石に向かって投げつけた。 跳ね返った饅頭がほんの数歩しかない坂を転げ落ち、包装紙から投げ出される。 「鈴!?」 僕はその行動に拍子を抜かれ対応が遅れたけど、それでも、今にも暴れ出しそうな鈴の肩をちゃんと掴んだ。 でも、どう言葉をかければいいのかがわからない。死者への冒涜ともとれる行為に怒るべきなのか、今にも泣き出しそうな鈴を……それこそ、抱きしめてやればいいのか。 鈴は暴れ出すでもなく、泣き出すでもなく、顔を伏せて前髪で目を隠した。そのまま。必死に、搾り出すように、何かを紡ぐ。 「お前、あたしに言ったよな? ……『鈴なんかに恋人が出来るのか』って。意地になって出来るって言ったら、『ならその時は見せてみろ』って」 それは、いつの事だったのだろうか。 僕が彼に会ったのは、リトルバスターズの合宿できた時と、たまたま鈴の家で出くわした時の、二度だけで。 恐らく僕が、そして他の誰も知らない、2人だけの約束だったんだと思う。 「……出来たぞ、ちゃんと。こんなにかっこいい彼氏が、あたしにも。なのに、なんで死んじゃうんだ……約束だって言っただろ、あたしはちゃんと約束守ったのに、なんでじいちゃんは約束破ったんだ!! これから、絶対、理樹と一緒に幸せになって結婚して、子供だって作ってやる。お前は、ひ孫の顔を見るまでは死なないって笑ってたのに!! なんで、……なんで死んだんだ馬鹿ぁ!!!!」 ここに来るまで、鈴は感情を抑え付けていたのだろうか。 昨日電話で両親に問うた時点で知った事実を、耐えるのが強さだと思って、堪えていたのだろうか。 ……もしかしたら、鈴の両親が僕らの事を冷やかしたのは、荒れ狂うかもしれない鈴を抑え付けるためだったのかもしれない。 「く、ぅ、っ、あぁっ……!!」 泣くのを我慢しているかのような、か細い声が喉から漏れている。 その理由はすぐにわかった。みんなから貰った強さを、信じているから。 みんながちゃんと生きていても、そのみんなを救った強さを、いつまでも持ち続けようとしているのだ、鈴は。 違う、と僕は思う。……それは絶対に、違う。そんなのは、強さなんかじゃない。 躊躇う事なんてないし、そんな事を考える暇も必要も無かった。 僕はただ、初めて鈴を、愛しくて守りたい女の子を抱きしめて、頭を撫でていた。 たった、それだけ。 「り……き?」 「鈴、多分ね……こんな時は、泣いてもいいんだよ」 「でも、だってあたし……きょーすけとか、謙吾とか真人とかこまりちゃんとか、」 「大切だった人がいなくなった時に泣けないなんて…………僕はそんなの、嫌だよ」 もしそれが、強さだと言うのなら。僕なら、そんな冷酷で無慈悲な強さはいらない。 みんな生きている今、それを明確に知る事は出来ないけど。恭介たちが僕と鈴にくれたのは、生きるための強さだったと僕は信じたい。決して、死んでしまった人を涙もなく醒め切った目で諦めて先に進み続ける、そんなくだらない強さじゃないはずだ。 こんな時にくらい立ち止まる事が許される、そんな強さであって欲しい。そのくらいの弱さは残したまま生きて行きたい。 だから、 「だから、ね」 ほっそりとした腰に手を回して、少し痛むかも知れない事も構わず、引き寄せる。 夏の暑さなんてわけのない温もりが全身に行き渡る。 ……こうやったからには、僕はまだ泣いちゃダメだ。せめて、鈴が泣き出すまでは堪えなくちゃいけない。 鈴が、縋るように僕の肩を掴んでくる。頭を、身体を、全てを預けてくれる。頼ってきてくれるのが素直に嬉しかった。 ちゃんと、僕は鈴を好きでいられて。鈴は、僕を好きでいてくれている。今更だけど、その証明であるような気がして。 「ひっ、く……じい、ちゃん…………ひっ、うわあああぁああぁぁぁぁ!!!!」 綺麗な双眸から涙が溢れ出し、止め処もなく頬を伝う。 咆哮にも似た嘆きの声が、空へと昇って行く。僕も、ここが限界だった。 まだまだ下がらない気温の中、太陽は確かに、西へ向かって傾き始めていた。 * 山の稜線に半分ほど身を沈めた太陽は赤く染まり、僕と鈴の影を長く伸ばす。 けん、と鈴が石を蹴る音がして、それはコンクリートの上をしばらく転げて止まった。 すぐ横に目をやればそこには、朝、僕らが乗っていた電車が走っていた線路がある。 ふたり、何気なし、どちらがそんな提案をしたでもなく線路沿いに歩いて帰路についていた。 かなり朝早くに出て昼も大分過ぎた頃に着いたのだから、歩いて帰ると一体どれくらいかかるのか、考えるのも馬鹿らしかった。 だから考えない事にして、僕と鈴はせめて道に迷わないように線路だけはちゃんと見て、歩いていた。 「ねぇ、鈴」 「手、繋がない?」 「うみゅ……どうしても、繋ぎたいのか?」 「うん、どうしても」 「なら、繋ごう。あたしも繋ぎたいと思ったところだから、丁度いい」 「気が合うね、僕たち」 「理樹はあたしの彼氏で、あたしは理樹の彼女だからな」 楽しそうに言って、鈴は笑顔を向けてくる。 その顔は夕陽なんて関係ないほどに真っ赤で、僕も、鏡もないのに真っ赤になっているんだろう、ってわかる。 ふたり、歩き続ける。 僕らは、あの世界で、恭介やみんなが必死になって敷いてくれた線路の上を、それを道しるべとして何も知らずに歩き続けて、そして少しずつ強くなった。 見えきった行き先へ、いくつかの進路変更をして、線路の上を進み続けたのだと思う。 けれど。 おぼろげな記憶に残るのは、最後の最後、駅へと向かう線路がなくなってからも僕と鈴は先に進めたと言う事。 なくなった道しるべを、見えなくなった行き先を、それでも探して作り出し、取り戻した事。 何をしたのか、どうやったのかはどんなに考えても頭を捻っても思い出せないけど、そうやって確かに歩き続けていた事だけは、覚えている。 「なぁ、理樹」 「なぁに?」 「浮気とかしちゃだめだぞ」 「しないよ、僕には鈴以上に可愛いと思える女の子なんて今までも、これからもずっといないもん」 「本当に?」 「本当に。なんなら、ここで証明して見せてもいいよ」 「そっか、じゃあ証明してくれ」 でも、この現実では、恭介たちでも、例え恭介やリトルバスターズを越える凄い人でも、いつだって苦もなく生きていける未来への線路を作る事は出来ない。 今、帰路を道に迷わないように線路沿いに歩いているけれど、時間の流れの中には線路なんてありはしない。 一秒一秒動き続ける時の流れの中では、僕と鈴が、そしてリトルバスターズ全員が、生ける人々全てが、それぞれ線路も地図も道しるべも看板も目印のひとつすらもない行き先も見えない道の上を歩き続ける。 歩き続けなきゃ、いけないんだと思う。強くても弱くても何かを得るために。誰かと触れ合うために。 「鈴、そこで止まって」 「? ……これでいいのか?」 「うん、それでいいよ」 僕と鈴は今日、少しだけ、立ち止まった。 以前ならば挫けて、こけたまま立ち上がらなかったかもしれない、それほどの過酷を前にして、立ったまま止まっていられた。 鈴の顔が近付く。 西日を受け光を反射する潤んだ瞳が、僕を吸い込むみたいに見てくる。 手は繋いだまま、空いたほうの手を小さな肩に当てて。 僕はぴったりとあった視線から、少しだけ下に視線を逸らして。 「ん!?」 ゆっくりと、けど、鈴が動くより早く、鈴の小さな可愛らしい唇に自身の唇を重ね合わせた。 鈴は不意打ちに驚いたようだけど……すぐに、目を閉じる。 柔らかな感触が僕を支配して、ああ、僕は本当にこの娘が好きなんだと強く想った。 僕も目を閉じて、本当に触れ合っただけの、拙い初めてのキスは数秒間。 やっぱり恥ずかしいけれど、これから共に歩んで行く鈴とほんのちょっとでも溶け合いたくて。 離れてから、上目遣いで僕を見て鈴が拗ねたみたいに呟く。 「……ばか」 「ばかでいいよ、鈴が好きでいてくれるなら」 「……ばか」 じゃあまた、歩き始めようか。 [No.392] 2008/07/04(Fri) 13:03:45 |
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