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all 第13回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/07/03(Thu) 21:27:45 [No.388]
Re: ただ気の赴くままに…(直し) - 明神 - 2008/07/06(Sun) 02:17:58 [No.410]
Re: 第13回リトバス草SS大会(仮) - ひみつ@PC熱暴走で遅刻。せっかく書いたのでのせてみた - 2008/07/05(Sat) 22:57:21 [No.408]
タイトルは「線路」です - ひみつ@PC熱暴走で遅刻。せっかく書いたのでのせてみた - 2008/07/05(Sat) 22:59:29 [No.409]
二人の途中下車 - ひみつ@orz - 2008/07/05(Sat) 20:01:09 [No.405]
夏の始まり、借り物の自転車で目指したどこか。 - ひみつ@何時間遅刻したか……作者はやがて考えることをやめた。 - 2008/07/05(Sat) 11:40:04 [No.404]
壊されたレール - ひみつ@リトバスを変わった(ありがちな?)角度でみてみた - 2008/07/05(Sat) 05:00:43 [No.403]
旅路(ちょっと修正) - ひみつ@遅刻したのですが『甘』でどうかorz - 2008/07/05(Sat) 02:20:19 [No.402]
Re: ただ気の赴くままに… - 明神 - 2008/07/04(Fri) 23:17:23 [No.401]
途中でレールが無くなったのに気づかずに突っ走った感... - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 22:15:36 [No.400]
海上列車 - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 22:06:20 [No.399]
Jumpers - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 21:00:54 [No.397]
終電の行方 - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 21:00:42 [No.396]
その声が、聞こえた気がしたから - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 18:34:07 [No.395]
モノレール - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 16:13:30 [No.394]
それは夢である - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 13:42:43 [No.393]
ひとつめの不幸 - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 13:03:45 [No.392]
線路って立てると梯子に似てるよね - ひみつ - 2008/07/04(Fri) 01:12:49 [No.391]
線路の先 - ひみつ - 2008/07/03(Thu) 21:41:36 [No.390]
感想ログや次回など - 主催 - 2008/07/08(Tue) 01:41:56 [No.414]


その声が、聞こえた気がしたから (No.388 への返信) - ひみつ

「なあ、ささみ」
「なにかしら、棗さん」
「急に腐敗堂の焼きみかんまんじゅうが食べたくなったから、買ってきてくれ」

 とりあえず、最近発売されて世間的にブームになりつつある携帯用伸縮式ハリセンでスパーンと一発。うん、今日も快音ですこと。

「痛いじゃないか」
「お黙りなさい。まったく、真剣な顔で何を言い出すかと思ったら……」
「あたしはいつだってしんけんだ」
「はいはいそうでしたわね」

 まあ、いつものことであるのは確かだ。そしてあのまま喋らせていたら、いつもどおりに「もちろんおまえのおごりで」とかなんとか付け足していたに違いない。棗さんと一緒に過ごす上でハリセンが必須アイテムと化してきている自分が悲しい。
 当の棗さんはと言えば、呑気に大欠伸してゴロゴロと、これまたいつもどおりに怠惰な時間の過ごし方をしているようだった。髪はボサボサになるし服は際どい感じでめくれているし、はしたないったらありはしない。女性同士とはいえ、少しはそういう所にも気を遣ってほしいのだけど、言って聞いてくれるようなら私も苦労はしないわけで、要するにもう諦めているのでわざわざ注意しようとは思わなかった。

「うーみゅ。しょうがない、役立たずなささみに代わってあたしが買ってきてやろう」
「い、言うに事欠いてこの子は……」
「というわけだから金よこせ」
「居候の分際で何様ですの、あなたは!?」
「ちゃんと家賃プラスあるふぁは払ってるじゃないか」
「そういう問題じゃありません!」

 棗さんはまたうーみゅと唸ると、顎に手を当てて何か考えるような素振りを見せ、きっかり五秒後――要するに、ろくに考えていない――、こう提案した。

「じゃあ割り勘でどーだ?」
「別にわたくし、焼きみかんまんじゅうなんて食べたくないのですけど……」





 結局、二人で散歩がてら買いに行くことになった。

「なんだかんだでおごってくれるあたり、ささみはいいやつだな。もとい、お人好しだな」

 スパーン。

「痛いじゃないか」
「あなたがお馬鹿なことを言っているのがいけないんです。そもそも、誰が奢るだなんて言ったのかしら?」
「ささみの中の人」
「着ぐるみじゃあるまいし、中に人なんていませんっ!」
「じゃあ、あたしが言った」
「じゃあってなんですか、じゃあって! しかも“あたし”!?」

 そうやってボケとツッコミの応酬をしている内、ふいに複数の視線を感じる。まあ、それなりに人通りのある往来でこんなことをしていれば注目を集めることになるのは当然であり、今さらそれに気付いた私は急に恥ずかしくなってしまった。

「ん、どうした」
「……な、なんでもありませんわ」

 そもそもの元凶である棗さんは、そんなものどこ吹く風よといった感じでまったく気にしていないらしかった。彼女が人目を気にしない……というより他人に興味を持たないのは昔からのことで、別段おかしくはないのだけれど、私だけが損をしているようで無性に腹立たしい。
 どちらにせよ、いつまでもこんな所で漫才をやっているべきではないと思う。やるなら帰ってから、徹底的に、だ。

「もう、止めにしません?」
「ささみがおごってくれるなら、それでもいい」
「……どうでもいいですわ、もう。好きになさって」
「やっぱりささみはいいやつだ。もとい、お人好しだ」

 なんだか、本当に彼女の言うとおりではないだろうか、などと自分でもそんなことを思い始めていた。
 何を言われても、何をされても彼女を追い出せないのも、今みたく、結局は彼女の都合がいいように妥協してしまうのも、自分がお人好しだからだ。それで損をするのはわかっているのに、どうして改めることができないのだろう。





 大学に進学する折に移り住んだこの街は、その真ん中を鉄道が通っている。そのため街には踏切が多く存在しており、私たちが住むアパートから目的地である腐敗堂への道程にも、その一つが設置されていた。
 別にどの踏切も“開かずの”といった形容がされるほど待つ時間が長いというわけでもないけれど、日に何回か、上りが通過した数十秒後に下りが通る(その逆パターンもある)時がある。上りが通り過ぎてから下りが来るまでの数十秒の間もバーが下りたままになるため、そのぶん待たなければならなくなる。
 私たちはちょうど、その“日に何回か”に鉢合わせてしまった。
 行く道の少し先で、カンカンと甲高い音を立てながら、バーが下がっていく。走ればまだ間に合うだろうけど、別に急ぐ必要があるわけでもないし、待つ時間も棗さんと一緒なら退屈することはないだろう。
 バーが下りきった頃、私たちはその前で足を止めた。だんだんと大きく聞こえてくる轟音で、電車が近付いてきているのがわかる。
 ふいに、棗さんが口を開いた。

「昔、理樹と二人で電車に乗ったことがある」

 それが誰だったか思い出すのに二秒、その名をあまりにも唐突に、そして何気なく口にした棗さんにドキリとするのに、さらに二秒かかった。
 その存在を忘れていたわけでは決してない。ただ、その名前が彼のものであるということが、記憶からすっぽりと抜け落ちていた。

「……なおえ、さん……と……?」

 苗字がそれで合っていたか自信がなかったけれど、棗さんがゆっくりと頷くのを見て、間違いではないことは分かった。でも、それはどのような字で書いたのだろう。

「いつ、どうして、なんのために、どこへ……それはわからないけど」

 それは、私でも棗さん自身でもない誰か、いや、何かに向けられた言葉であるように思えた。

「確かに、二人で乗ったんだ」

 棗さんの独り言は、それで終わりのようだった。ゴオッと風を切る音、そして車輪がレールを蹴る音、ただ騒がしいばかりのそれらを響かせて、赤い車体が私たちの目の前を通り過ぎていく。

「……待ってるの、面倒になった」
「え?」

 そんな中で、棗さんが小さく零した言葉は、聞き間違いでないのならそれで合っているはずで。だから、赤い電車がすっかり過ぎ去った後、棗さんが下りたままのバーをくぐって線路に足を踏み入れたのも、せっかちな彼女の横着なのだとしか思わなかった。

「棗さん、危ないですわよ」

 嗜めるように、言う。
 下り路線の車両はすぐに来るわけではないし、そのタイムラグは向こう側まで渡るには十分すぎるほどのものだった。実際、今の棗さんのようにバーをくぐって行ってしまう人は度々いるらしい。私が知っている限りで一度、それで死にかけた人がいて騒ぎになったことがあったが、猫みたいにすばしっこい棗さんに限ってはそんな心配もないはずで――そう、私は安心しきっていた。

「……え?」

 棗さんが、線路の上で。ほんの数十秒後には電車が通る、下り路線の上で立ち止まったりしなければ、彼女が向こうに渡るまで、ずっと安心しきったままだっただろう。

「棗さん……? なにを」

 背を向けたままの棗さんに、私の声が届いているのかどうかは分からない。分かるのは、棗さんが立ち止まったままだということ、周囲がにわかに騒がしくなってきたこと、さっきと同じ車輪がレールの上を走る音が近付いてきていること、それだけだった。
 気付いた時には、バーから身を乗り出して叫んでいた。

「棗さん! 聞こえないんですの!? 棗さんッ!!」

 聞こえないはずがないのに、彼女は振り返ろうともせず、ただそこに立つままで。引き摺りでもしなければ、動かないのではないか。そう思った時には、もう身体が動いていた。

「この、馬鹿――!」

 なのに、その身体はどこの誰とも知らない男に引き留められた。

「離してっ! 棗さんが……っ!」
「よ、よすんだ! 今行ったら君まで……」

 なら、誰が棗さんを引っ張ってくるというのか。誰も彼も、騒ぎはしても実際に動こうとはしない。この男だってそうだ。私を引き留めているような暇があるなら、どうして棗さんを助けに行こうとしない?
 ブレーキがかかる時の、あの耳障りな甲高い金属音が聞こえてくる。
 私は、叫ぶしかなかった。

「棗さん! 棗さんッ! 向こうでもこっちでもいいから、早く! 棗さぁんッ!!」

 何を言っても、何を叫んでも、何を喚いても。棗さんは、動こうとはしてくれなかった。馬鹿の一つ覚えのようにそれしかできないことへの、どうしようもない無力感。でも、私は――彼女を、諦めたくなかった。

「棗さん、お願いだから! 棗さん、棗さん、棗さんッ!! ダメですわ、そんな、こんなの、絶対!! 死んじゃダメ、死なないで!! ――鈴っ!!」

 私の視界は、赤い車体で埋め尽くされた。






























 結論から言ってしまえば――棗さんは、無事だった。
 向こう側まで渡っていた彼女の姿を確認して、私は真っ先に、

「……痛いじゃないか」

 その頬を、思いっきりひっぱたいてやった。

「……この、馬鹿! 大馬鹿! なにを、いったい、考えて……!」
「落ち着けささみ。とても嫁に行けそうにはない顔になってるぞ」
「誰のせいですかッ!!」

 一頻り怒鳴りつけてやった後、涙を拭う。手のひらがジンジンと痛むのが、棗さんが生きてここにいることの証明であるように思えて……張り詰めていた心が、ようやく緩んだような気がした。

「……どこか、怪我はないですか?」
「さっきおまえに叩かれたせいで口の中切った。いたい」

 いつもの小生意気な物言いすら、今は愛おしく思える。人目さえなければ、形振り構わず抱きしめてしまっていたかもしれない。
 だから、聞かずにはいられなかった。

「……どうして、あんな」
「…………」

 棗さんは、口を噤んだまま何も話そうとはしない。
 改めて聞かなくとも、彼女にあんなことをするだけの理由があることを、私は知っている。でも、それなら……この穏やかだった数年はなんだったのか。それとも、私が知らないだけで彼女は今までに何度もこんなことをしていたのだろうか。そう思うと、急に、彼女のほっそりした白い手首に無数の傷痕があるように見えて――私はかぶりを振った。そんな傷痕は、無い。あるはずがない。毎晩、一緒にお風呂に入っているじゃないか。それが現実だ。

「……んー、気まぐれだ」

 だから私は、そんな異常でしかない言葉を、信じるしかなかった。
 同時に、ゾッとする。これからも、気まぐれにこんなことが繰り返されるのか、と。

「でも、もうやらない」

 でも、その心配は、棗さん自身が否定してくれた。

「やっぱり、恐いからな。あたしには無理だ」

 その言葉に安心するべきかせざるべきか、わからない。今の棗さんは、ひどく儚げに見えた。
 私をこれだけ悩ませ、そして悲しませている張本人は、何とはなしに、それこそ世間話でもするかのように、ポツリと言う。

「なぁ、ささみ」
「あ……な、なんですの?」

 一呼吸の間を置いてから、ほんの少しか細くなったような声が、私の耳に届けられた。

「さっきあたしの名前呼んだの、おまえか?」
「え、ええ。まあ……」

 思えば……もうだいぶ長い付き合いだというのに、彼女を名前で、それも呼び捨てで呼んだのは、初めてのことだった。無我夢中だったから、あまり覚えてはいないけれど――確かに、鈴、と彼女を呼んだ。こんなことがきっかけというのも複雑だけれど、それを当の本人から指摘されることが、妙に気恥すかしい。

「ふぅん、そうか」

 その声音は、何か落胆したかのような色を含んでいた。嫌だったのだろうか。それならそれで仕方のないことだが、悲しくもある。ほんの少し覚悟をしてから、棗さんの言葉を待つ。

「きしょいからもうあんな呼び方しないでくれ」
「あ、あなたって人はっ! よりにもよってそんな言い方はないんじゃなくて!?」

 それは、棗さんなりの、私への気遣いだったのだろうか。
 少なくとも、それきりいつもの私たちに戻れていたのは、確かだった。










 その日あったことの意味を考えているうちに、気付いたことがある。私が、彼女に甘い理由。
 構ってもらいたがっているのは、わがままな子猫ではなく、飼い主の方だった。


[No.395] 2008/07/04(Fri) 18:34:07

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