第14回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/07/15(Tue) 20:52:50 [No.415] |
└ 魂の牢獄 - ひみつ@【規定時間外投稿】【MVP投票対象外】 5639 byte - 2008/07/19(Sat) 06:42:33 [No.434] |
└ ―MVP候補ここまで― - 主催 - 2008/07/19(Sat) 00:10:59 [No.433] |
└ 別れの季節 - ひみつ 9738 byte - 2008/07/19(Sat) 00:00:39 [No.431] |
└ 夏空の向こう - ひみつ@ギリギリすぎる 10710 byte - 2008/07/18(Fri) 23:54:35 [No.430] |
└ 夢の彼方 - ひみつ 5576 byte - 2008/07/18(Fri) 23:18:32 [No.429] |
└ 夏とのお別れの日にすごした暖かな日 - ひみつ@初なのです 19314 byte - 2008/07/18(Fri) 21:40:47 [No.427] |
└ 未完の恋心 - ひみつ 8824 byte - 2008/07/18(Fri) 21:31:52 [No.426] |
└ 吾輩は夏である - ひみつ@なんかまにあった 9877 byte - 2008/07/18(Fri) 16:02:46 [No.425] |
└ 暑い日のこと - ひみつ - 2008/07/18(Fri) 15:06:00 [No.424] |
└ 9232 byteでした - ひみつ - 2008/07/18(Fri) 22:30:25 [No.428] |
└ 百ある一つの物語 - ひみつ 12073byte - 2008/07/18(Fri) 01:57:20 [No.423] |
└ 8月8日のデーゲーム - ひみつ 16838 byte - 2008/07/18(Fri) 01:51:34 [No.422] |
└ なつめりんのえにっき - ひみつ 13162 byte - 2008/07/17(Thu) 16:00:32 [No.421] |
└ 私と彼女とカキ氷とキムチともずく - ひみつ 7099 byte - 2008/07/17(Thu) 01:28:50 [No.420] |
└ 夏色少女買物小咄 - ひみつ 18379 byte - 2008/07/16(Wed) 23:52:32 [No.419] |
└ 夏の隙間 - ひみつ 13724byte - 2008/07/16(Wed) 22:29:11 [No.418] |
└ 夏は人を開放的にさせるよね、というようなそうでもな... - ひみつ 9875byte - 2008/07/16(Wed) 20:32:19 [No.417] |
└ ログ次回 - 主催 - 2008/07/20(Sun) 23:45:40 [No.441] |
『お姉ちゃん、今……幸せ?』 これは誰から聞いた言葉だったでしょうか? 懐かしいような… でもいつも聞いているような… 酷く曖昧な言葉。 ぼんやりと霞がかったかのようなわたしの記憶。何か、とても大切な何かを忘れていくような感覚。 ある時フと、その事を思い出します。 自分がとても大切な事を忘れてしまいそうになっていた事に。 忘れたくない事を忘れてしまいそうになったら、わたしはいったいどうすればいいのか? 今はもう、その答えを持っています。 夏とのお別れの日にすごした暖かな日 夏が過ぎ去り、秋へと空気が変わり続ける今日という日の休日、わたしはいつものように朝から木陰で本を読んでいました。 本当は部屋の中で読んでいてもよかったのですが、今日は外がとても暖かく、夏の残り香を感じられる貴重な日だったのでなんとなく外で読むことにしました。 まあ、夏とのお別れ、といったところでしょうか。 ―――ペラペラと本をめくる音と優しげな風の音だけがわたしの耳に届きます。 とても心地よい時間が過ぎ、気づくと太陽が真上に上がっていました。 わたしは読んでいた本を閉じ、作っておいたサンドイッチを口に運びます。わたしはたくさん食べる方ではないので食事はすぐに終わり、用意しておいた紅茶すすりほっと一息いれました。 食休みとしてしばらくぼうっとしていると、むこうから見知った顔が2人、わたしの目に入ってきました。 1人はわたしのルームメイトの能美さん。 もう1人は……筋肉しか取り柄のない筋肉だけが生き甲斐の筋肉ザ筋肉の井ノ原筋肉(?)さんでした。 辺りを見渡しますがお2人以外には誰もいないようですね。どうやら2人きりのようです。お2人が一緒なのは珍しいとまでは言いませんが、2人きりなのは初めて見るかもしれません。 ま、まさかあんな関係やこんな関係なのでしょうか?そ、そんな事はないとは思いますが…… い、いえ、ですがどんな事でも絶対という事はあり得ないわけで─── 「…さん?……ぞのさん!…………西園さん!」 「あひあゃ!」 突然の声に思わず発音不能の奇声をあげてしまいました。気づけば能美さんと井ノ原さんがわたしの目の前までやってきていました。 「よう西園」 「こんにちわ〜なのです西園さん!」 「あ、あ…こんにちわ」 わたしは慌てて、しかし冷静な振りをして挨拶を返します。まったく、考え込むと辺りが見えなくなる癖はどうにかしないといけませんね。 「西園さんは読書をしていたのですか〜?」 「はい、外に出て読む本は悪くないです」 「んだよ、せっかく外に出てんなら体を動かさねぇともったいないぜ?筋トレとかどうだ?こう……ふっ!ふっ!ふっ!」 「体を動かす、という部分は否定はしませんが筋トレをするならわたしの半径1キロ以内ではしないでくださいね。正直目障りですから」 「なにぃぃぃ!つーか1キロっつったら校内じゃもう出来ねぇぇぇぇ!オレはいったいどこで筋トレすりゃいーんだぁぁぁぁぁ!?」 頭を抱えながら激しく悶える井ノ原さんを放置してわたしは能美さんに話しかけます。 「ところで、能美さん達はどこかへお出かけですか?」 「はいっ、井ノ原さんと海に行ってこようと思ってるんです」 「海…ですか?時季外れ、とは言いませんが、行くには少々遅い時季ではないでしょうか?」 「あぁ、それはな」 わたしの疑問に答えたのはさっきまで悶えていた井ノ原さんでした。どういう経緯があったかは知りませんが、どうやらショック状態からは抜け出したようです。 「一言で言えば来年のためだ」 「……要約しすぎです」 「つ、つまりですねっ!今年は…あのその、いろいろあって海に行けなかったじゃないですか。それでですね、『それなら来年は今年の分も含めて二倍遊んでやろうじゃないか!』って恭助さんが宣言したらしくて…」 「それでオレに今から下見に行ってこいとか言いだしやがってな。まぁ、ちょうど筋トレも区切りがよかったから行ってこようかと思ってよ」 はあ、なんとなくここに至るまでの経緯は伝わりました。と言うか恭助さんは来年も遊ぶ気なんでしょうか?……遊ぶつもりのようですね。 それはさておき、気になった事が1つ。 「下見に行くのは分かりましたが、どうして能美さんが一緒なのですか?」 「あぁ、最初は1人で行こうと思ってたんだけどな、なんか1人で行くのも馬鹿らしかったからさっきそこでクー公が暇そうにしてたんで拾ってきた」 さすが井ノ原さん。ロマンのロも字さえありませんね。 「わふー…拾われました〜」 「それでご一緒に海に行こうと?」 「はい〜、そうなのです……あっ、そうです!」 頭の上に電灯が点った能美さんを見て、わたしは次の言葉が簡単に予想できました。 「よかったら西園さんもご一緒にどぞどぞ、なのですよ〜」 すごく予想通りの言葉です。正直に言えばあまり出歩きたくはないのですが… 能美さんの期待に満ちた目を見ていると断るのが非常に申し訳ない気がしてきます。 チラッと井ノ原さんの方を見ると、『お前も一緒に浜辺で筋肉しようぜ』みたいな笑顔でわたしを見ていました。 筋肉にまったく興味はありませんが、お2人の好意を無為にするわけにもいきません。わたしは了承の代わりに小さく首を縦に振ります。 「わふー!たびはみちづれよはなさけっ!なのです!」 ニコニコと嬉しそうに笑う能美さんを見ていると、それだけでわたしも嬉しくなってしまいます。 「よーし、それじゃあ20分後に校門前で待ち合わせだ。オレは調達してくるもんがあっから、お前達はその間に着替えてきたらどうだ?」 「わふっ、そう言えば私と西園さんは制服のままでした!」 「ふふ、そうでした。では着替えて校門に行きましょうか」 「はいっ!そうしましょう!れっつおきがえた〜いむ!なのです!」 相変わらず棒読みな能美さんの言葉にわたしは苦笑しながら、元気よく歩き出す能美さんに続いて着替えに戻ることにしまた。 20分後、校門前で能美さんと井ノ原さんを待っています。 数分遅れで井ノ原さんの大きな体が目に入りました。 「悪い悪い、こいつを調達してたら遅くなっちまったぜ」 そう言って井ノ原さんがバンバン叩いているのは一台の自転車と大きなリュックサック。 リュックサックは分かるのですが… 「……井ノ原さん、その自転車は?」 「ん?移動用に決まってんだろ?」 「……一台しか見あたりませんが…」 「1台ありゃ充分だろ。3人乗りで行こうぜ」 「わふー、3人乗りですか〜?やったことはありませんが、なんだか楽しそうです」 …楽しくはないと思いますが、ここで茶々を入れるほどわたしは無粋というわけではありません。 こう見えて空気をよむのは得意なのですから……おそらく。 「おっしゃー、西園は後ろに座れ。クー公は間に入って立ってろ」 「わ、わふっ?い、井ノ原さん、気のせいか私はかなりつらいような気がするのですが…」 「……わたしは全然平気です」 「よっしゃぁぁぁ!行くぜ筋肉号!今!オレは伝説の筋肉となるのだぁぁぁぁぁぁ!!!」 「わ、わふぅぅぅぅぅ〜〜〜!!!!」 わたしが後部席の7割を占拠しているので能美さんが使えるスペースが足りず苦労している事に気づいているのかいないのか、井ノ原さんは鍛えぬいた筋肉を見せつけるかのようにペダルをこぎ続け、3人乗りとは思えない速度で町中を走り抜けて行きます。 もの凄く注目され恥ずかしい事この上ない羞恥プレイになっていますが、こいでる本人はまったく気にせず一心不乱にこぎ続けています。 能美さんはというと、走り出した当初はあたふたとしていましたが、今は落ち着いたのか笑顔で井ノ原さんに声援を送っていました。 気づけば町中を抜け、海岸沿いの道を走っていました。 海の香りがします。 井ノ原さんはさすがに疲れたのか、今はペースを落としゆっくりとこいでいます。 能美さんは相変わらずニコニコと笑って井ノ原さんに声援を送っていました。 そんな光景を見ていると、不思議とわたしの口元に笑みが浮かんでしまいます。 「どうだ西園!楽しんでるか!?」 「西園さん!あーゆーはっぴー!?」 笑っていられるのを見られたのか、井ノ原さんと能美さんは揃ってわたしに笑顔を向けてきました。 ……早々に自分自身の言葉を撤回するようで恐縮くなのですが… 「……悪くはないです」 ぼそりと小さな声で返してしまいましたがお2人にはしっかり聞こえていたらしく、意味深に笑いながら「「筋肉いぇいいぇーい!」」と大声で叫びながら拳を振りあげ始めました。 わたしはそんなお2人を見ていると羞恥心よりも先に…不覚ながら笑ってしまいました。 ───小さく、だけど心からの本当の笑顔で。 あれから少しして、わたし達は無事に海へと着く事ができました。 さすがに季節外れの海、わたし達以外には誰もいません。まあ、のんびり出来てかえってよいのかもしれませんね。 「……そう言えば井ノ原さんはどこに行ったのでしょう?」 フと気づけば井ノ原さんがいませんでした。 「井ノ原さんはどの辺りでなにをするのがべすとなのかを調べに行くと言ってましたよ〜」 なる程、言われてみればここには下見に来ていたのでしたね。わたしとしたことがすっかり失念していました。反省しなくてはいけません。 さて、それはそれとして、井ノ原さんがいない間わたし達は何をしていればいいのでしょうか? 「能美さんはこれからどうしますか?」 「わふー、ちょっとまわりをぐるーっとまわってきたいと思います」 「そうですか。ではわたしはここで荷物番をしていますね」 「い、いいのですか?」 「少し疲れてしまいましたから……わたしに構わずゆっくりまわって来てくださいね」 能美さんは少し迷ったようだったが元気よく頷いて駆けだしていきました。 元気なのはいいのですが、転ばないで……あっ、もう転んでしまいましたね。 能美さんは照れたように笑ってまた駆けだしていきました。わたしは小さく手を振って能美さんを見送ります。 ……これでしばらくは1人ぼっちという事でしょうか?……そうなってしまうんでしょうね。 わたしはぼんやりと海と空の境界線を見ながら思います。 少し前までは1人でいる事になにも感じる事はなかったのですが…最近は1人でいる事が少なくなったせいか、少しでも1人でいると人恋しくなってしまいます。 それくらい毎日が楽しいという事でしょうか? リトルバスターズの皆さんといる事が楽し過ぎて… 気づくとわたしはなにか、とても大切ななにかを忘れている気がしてなりません。 忘れてはいけない大切な事。 だけど、この海と空を見ているとそれがなんなのか思い出せそうな気がします。 『───お姉ちゃん』 その時、誰かの声が聞こえた気がしました。 とても懐かしく、とても暖かい声。いつもすぐ側にいてくれた声。 誰の声か思い出せないままわたしは辺りを慌てて見渡します。 ですがその誰かは見つけることが出来ませんでした。 その代わり… 「西園さん、どうかしましたか?」 「なんだ西園そんなにキョロキョロして、探しもんでもあんのか?」 いつの間に戻ってきていたのか、能美さんと井ノ原さんがわたしに声をかけてくれました。 わたしは「なんでもありません」と返して海へと歩き出します。 波が届かないギリギリのところに立ち、海と空の境界に手を伸ばしました。 もちろんそれでなにかを掴めるわけもありません。ただ手を伸ばしただけです。 ですが、もしもこの手がなにかを掴めたとしたら、それは誰か───わたしにとって掛け替えのない大切な誰かの手ではないかという気がしました。 なんとなく、ですけどね。 2人の場所に戻り、わたし達は3人でとりとめのない会話をしました。これからの日々の事。来年の夏の事。さらにその後の事。話題が尽きる事はありません。 気づけば太陽は傾き、夕暮れ時になっています。そろそろ帰るべきかと井ノ原さんに声をかけようとすると、井ノ原さんはなにやら持ってきたリュックサックの中をあさり始め、中身を地面にばらまきました。 地面に落ちたものを確認すると、そこには多種多様な花火がありました。さらに井ノ原さんはリュックサックの中からバケツを取り出します。どうやらあのリュックサックの中にはこの花火セットが詰められていたようですね。 「やっぱ夏の海と言えばこれをやんなきゃしまんねぇよな」 そう言って井ノ原さんはバケツを持って海へと向かって行きます。 あえて言うなら今は秋なのですが……まあ、わざわざつっこむのも野暮というものでしょう。 花火を手にニコニコとしている能美さん、バケツいっぱいに水をくんで満足げな井ノ原さんを見ていると、やはりと言いますか自然と口元に笑みが浮かんでしまいます。 「よっしゃー!たくさんあるからな、ジャンジャンやろうぜ!」 「はいっ!じゃんじゃんやりましょ〜!」 お2人はハイテンションをキープし続けたまま花火を消化していきます。 わたしはと言うと、マイペースにやらせていただいてます。さすがにお2人のテンションにはついていけませんからね。 チラリとお2人を確認すると、いまだハイテンションのまま花火を振り回していました。危ないのでちゃんと周りを確認してくださいと注意しておかなくてはいけませんね。 夕日が完全に沈む頃までかかり、わたし達は花火の全消化を完了させました。 「ひゅ〜、楽しかったな」 「そうですね、あいもあはっぴー、というやつです」 相変わらす棒読みですね。 「……それではそろそろ片づけて帰りましょうか。もう真っ暗です」 実は先ほどから辺り一面真っ暗です。井ノ原さんが用意しておいたライトだけが唯一の光源なので、あまりのんびりしているわけにはいきません。 「おう、そうだな。それじゃあ花火はこの袋に……ん?」 井ノ原さんがリュックサックの中をあさりながら妙な声を出しました。 なにか忘れ物でもしたんでしょうか? 「どうかしたのですか?」 「あ、いや、別になんでもねぇよ。ただな、花火のやり残しがあってな」 そう言って取り出したのは3本の線香花火でした。 「今から火つけんのもなんだし…これお前らにやるわ。気が向いたら使ってくれ」 井ノ原さんがわたしと能美さんに一本ずつ渡してくれました。 さて、これをいったいどうすればいいのでしょうか? 「わふー…なんだか火をつけるのがもったいない気がしますね…」 「そうか?なら今日の締めくくりっつーことで寮に戻ったらやればいいんじゃね?」 「わふー!名案ですよ、井ノ原さん!」 「そうですね、悪くはないです」 「そ、そうか?なんか照れるじゃねーか」 まあ、普段は褒められる事が少ないですからね。 ……と、これはいささか言い過ぎでした。反省しましょう。 「片づけ終わりっと。帰ろうぜクー公、西園」 気づけば後片付けは終わっていたようです。 わたしと能美さんは井ノ原さんの言葉に返事をして、海岸を後にしました。 『お姉ちゃん』 その時、また誰かの声が聞こえたような気がしましたが、辺りを見渡しても誰もいません。 いったいこの声は誰の声なのでしょうか? わたし達3人は真っ暗な空の下をのんびりと歩いています。 自転車は暗い中での運転は危ないだろうと井ノ原さんが言い出したので、現在は井ノ原さんが押しています。 その自転車の後ろを能美さんが押して歩いていますが……おそらく意味はありません。ですが楽しそうに笑っているので良い事なのでしょう。 「そう言えば、西園さん」 会話の沈黙の合間をぬって能美さんがわたしに話しかけてきました。 「はい、どうしました?」 「あの、その〜…な、なにか悩みごとでもあるのですか?」 「……そんなふうに、見えますか?」 「は、はい。なんだか今日は朝から考えごとをしているように見えました」 正直驚きました。わたしはあまり感情が表に出ないと思っていましたから。まさかお見通しとは……能美さんも侮れませんね。 「あの、私でよければお力になりますよ?…大したお力にはなれませんが…」 「なんだぁ?西園はなんか悩みでもあんのか?」 わたしと能美さんの会話を聞いて井ノ原さんも話に加わります。 「あれだろ、どうせ筋肉関係のことだろ。それならオレに任せときな!おぉ!考えただけで筋肉が唸りやがるぜ!ひゃっほぉぉぉぉ!!」 ハイテンションになり過ぎな井ノ原さんはひとまず放置するとして、わたしは能美さんに返事を返します。 「……能美さん、確かにわたしは悩んでいることがあります。でもそれはわたし自身にも分からないことなんです。ただ、大事ななにかを忘れているような……ただ漠然とそんな気がしているだけなんですから」 「西園さん…」 わたしの言葉に泣きそうな表情を浮かべる能美さん。 これでは完全にわたしが悪者ですね。可愛いというのはそれだけで反則というものです。まったくもって不公平を感じずにはいられません。 「だから能美さん、なにも気に病むことはないんです。きっと忘れるべくして忘れた。ただそれだけなんだと思います」 「西園さん……忘れてしまうのは悲しいことなのです」 「そうかもしれません。ですがわたしはそれ以上のものを皆さんから頂いています。だから悲しくなんてないんですよ」 わたしは精一杯能美さんに笑いかけます。上手く笑えているかなんて分かりません。ですが、きっと笑わなくてはいけないのです。 わたしはたくさんの人達の笑顔を頂きました。そしてわたし自身に笑顔を与えてくれました。 これはそんなわたしに出来る精一杯の恩返しなのですから。 「……西園さん、いつか思い出せますよ。今は忘れていても、本当に大事なことなら…いつか思い出せますよ」 わたしの笑みが届いたかどうかは分かりませんが、能美さんも笑顔を返してくれました。 「お〜い、チンタラしてっとおいてくぞ〜」 少し離れたところから井ノ原さんの声が響きました。さっきまで筋肉筋肉と叫んで若干トリップ気味でしたが、いつの間にか正気に戻っていたようですね。 「行きましょうか、能美さん」 「はいっ!ごーとぅーほーむ、なのです!」 そう言って手を差し出す能美さん。握れという事なのでしょうが、正直気恥ずかしいですね。 「わふー!れっつごー!なのです!」 対応を決めかねているわたしの手を握り走り出す能美さん。急な事で転びそうになりますが、なんとか体勢を立て直して小走りについていきます。 『お姉ちゃん』 そんなわたしの背中にかけられる声。能美さんでも井ノ原さんでもない誰かの声。 今はまだ、誰の声か思い出す事ができません。 わたしはその声を背に受けたまま、能美さんと共に井ノ原さんのところへと駆けていきました。 それから少しして、わたし達は見慣れた校舎に帰ってきました。 すぐに解散かと思いきや、井ノ原さんがライターを取り出しました。なにをするのでしょうか? 「さて、今日の締めくくりにいっちょ派手にやろうぜ」 ……締めくくり。あっ、すっかり忘れていましたが寮に戻ったら受け取った線香花火をするんでしたね。 まあ、線香花火を派手にやる事はなかなか難しいとは思いますが。 パチパチパチッ 「わふ〜、綺麗ですね〜」 「……確かに、悪くないです」 「まぁ、ちっと面白味にはかけっけどな」 わたし達は輪になって小さくなっていく線香花火を見ていました。 線香花火を見ていると今が秋なんだと忘れてしまいそうになります。 ……来年の夏は、どうなるのでしょうか?……なんて、少し気が早かったですね。 「わふっ!」 「……あ」 「うぉ!」 3人共ほぼ同時にさきっぽが落ちてしまいました。線香花火が落ちるのを見るのは何度見てもあまりいいものではありませんね。 「……」 わたしは手に持った線香花火をぼんやりと見続けます。 ……あっ、閃きました。 「ここで一句」 「わふっ!いきなり一句なのですか!?」 本当にいきなりです。自分でもびっくりですね。 「秋の宵 月光照らす 空の下 手に抱きしは 夏の残り香…」 「わふ〜、今の私達を表しているのですね!」 「ど、どういう意味なんだ?さっばりわからねぇぞ」 「……知りたいのですか?」 「い、いや、止めておくぜ……考えただけであ、頭が割れそうだ…」 いつも通りの井ノ原さんにわたしと能美さんは声を出して笑ってしまいました。 ですが、楽しい時間というのはいつか終わりが来るもの。 締めくくりの線香花火が終わるという事は今日という日が終わりを告げるという事。 わたしと能美さんは女子寮へ、井ノ原さんは男子寮へと向かいます。 その途中――― 「そういや西園」 井ノ原さんが思い出したかのように声を出しました。 「はい、なんでしょうか?」 「確か、忘れてることがあるって言ってたよな?」 わたしは小さく首を縦に振りました。 「それなんだけどよ、もしかしてもう分かってんじゃねぇか?」 井ノ原さんがなにを言いたいのか理解出来ず、わたしは首をひねります。 「えっとな、オレは馬鹿だからうまく言葉にできねぇんだけどよ……その忘れてることってのはいつも西園の近くにあることとかなんじゃねぇのかなってことだ」 「……わたしの近くに、ですか」 「あーえー、まぁ、その、なんだ……悪い、やっぱうまく言葉にできねぇや」 井ノ原さんの言葉にわたしはなにかを思い出しそうになりましたが、どうしてもあと少しが思い出せません。 答えは、本当にあと少しで手に入りそうなのに…… 「あの、西園さん。もしかして、なのですが…」 切れかけた井ノ原さんの言葉を引き継ぐように、今度は能美さんが言葉を紡ぎました。 「井ノ原さんは『すぐ傍にあり過ぎて気づけない』と、言いたかったのではないでしょうか?」 わたし達はあの後すぐに別れ、今は能美さんと女子寮へと戻ってきています。 それからはいつも通り、ご飯を食べ、お風呂へ入り、軽く予習などをしてお布団に入る時間になりました。 能美さんに「お休みなさい」と告げ、能美さんからは「ぐっどないと〜、なのです」と返され目を瞑ります。 闇の中でわたしは今日という日を振り返ってみました。 いつも通りの朝を過ごし、昼からは急遽海へと向かい、花火をして寮へと戻ってきた1日。 少し前までの自分では考えられないような日。それは不快な日ではなく、とても暖かな日。 今日は来年のための下見と言っていたのを思い出します。 3人だけでもこんなに暖かな日を、来年はリトルバスターズのメンバー全員で過ごすのですか…… 来年の夏は、熱くなりそうですね。 そんな事を思いながら、わたしは眠りにつきます。明日が今日と同じくらい暖かな日であると信じて――― あっ、そうそう、わたしに呼びかける誰かの声が誰のものなのか、能美さんと井ノ原さんのおかげで思い出す事が出来ました。 思い出す事は出来ましたが、きっとわたしはまた忘れてしまうのでしょう。 記憶とは段々と薄れていってしまうもの。 それは仕方のない事なのでしょう。 人が人として生きていく限りは。 でも、今だけでも思い出す事が出来ました。 能美さんと井ノ原さんのおかげ……いえ、リトルバスターズ全員のおかげで。 だからわたしは眠りにつく間際、その人にこう呟くんです。 「私は今かけがえのない仲間達に囲まれて、本当に幸せなんですよ。心配はしなくても大丈夫です――――愛しい美鳥」 わたしの声が届いたのか、眠りにつくわたしの耳に優しい声が響きました。 『うん!なら良しっ!』 [No.427] 2008/07/18(Fri) 21:40:47 |
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