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No.430へ返信

all 第14回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/07/15(Tue) 20:52:50 [No.415]
魂の牢獄 - ひみつ@【規定時間外投稿】【MVP投票対象外】 5639 byte - 2008/07/19(Sat) 06:42:33 [No.434]
―MVP候補ここまで― - 主催 - 2008/07/19(Sat) 00:10:59 [No.433]
別れの季節 - ひみつ 9738 byte - 2008/07/19(Sat) 00:00:39 [No.431]
夏空の向こう - ひみつ@ギリギリすぎる 10710 byte - 2008/07/18(Fri) 23:54:35 [No.430]
夢の彼方 - ひみつ  5576 byte - 2008/07/18(Fri) 23:18:32 [No.429]
夏とのお別れの日にすごした暖かな日 - ひみつ@初なのです 19314 byte - 2008/07/18(Fri) 21:40:47 [No.427]
未完の恋心 - ひみつ 8824 byte - 2008/07/18(Fri) 21:31:52 [No.426]
吾輩は夏である - ひみつ@なんかまにあった 9877 byte - 2008/07/18(Fri) 16:02:46 [No.425]
暑い日のこと - ひみつ - 2008/07/18(Fri) 15:06:00 [No.424]
9232 byteでした - ひみつ - 2008/07/18(Fri) 22:30:25 [No.428]
百ある一つの物語 - ひみつ 12073byte - 2008/07/18(Fri) 01:57:20 [No.423]
8月8日のデーゲーム - ひみつ 16838 byte - 2008/07/18(Fri) 01:51:34 [No.422]
なつめりんのえにっき - ひみつ 13162 byte - 2008/07/17(Thu) 16:00:32 [No.421]
私と彼女とカキ氷とキムチともずく - ひみつ 7099 byte - 2008/07/17(Thu) 01:28:50 [No.420]
夏色少女買物小咄 - ひみつ 18379 byte - 2008/07/16(Wed) 23:52:32 [No.419]
夏の隙間 - ひみつ 13724byte - 2008/07/16(Wed) 22:29:11 [No.418]
夏は人を開放的にさせるよね、というようなそうでもな... - ひみつ 9875byte - 2008/07/16(Wed) 20:32:19 [No.417]
ログ次回 - 主催 - 2008/07/20(Sun) 23:45:40 [No.441]


夏空の向こう (No.415 への返信) - ひみつ@ギリギリすぎる 10710 byte

 美魚はふと、空を見上げてみたくなった。
 雲一つ無い空を、白い鳥が、たった一羽だけ飛んでいる。群れからはぐれてしまったのか、それとも、もともと一人旅だったのか。
 そうやって他愛ないことを考えているうちに、ほんの少し先を歩く理樹が、同じように空を仰ぎ見ているのに気付く。

「ねえ、西園さん」

 立ち止まることもせず、世間話でもしようかというくらいに軽い声がかかってくる。

「あの、たった一羽だけで飛んでる白い鳥だけどさ。あれを見て、僕にはなにかこう、思わずにはいられないことがあるんだ」

 その気軽さとは裏腹(であるように美魚には思えた)の内容に、思わずドキリとする。年頃の男女らしくほんの少しの甘酸っぱさを伴っていてもおかしくないそれは、しかし今の美魚には鋭く尖った針でブスブスと突かれるような、小さな痛みを感じるのみだった。

「なんなのか、聞きたい?」
「……いえ、別に」
「よし、じゃあ教えてあげるよ」
「無視ですか」

 正直言ってしまえば、聞きたくない。聞いてしまえば、この目的地も知れない二人での散歩が、終始気まずい雰囲気になってしまうような気がしてならない。向こうから誘っておいてそれはないだろう、というか理樹は何を意図してそんなことを言い出したのか。
 なんにせよ、今にも口を開こうとしている理樹の様子に、美魚は仕方なく気構えだけは整えておくことにする。










「夏って、どうしてこんなに暑いんだろうね?」
「……それだけですか?」
「うん。他に何があるっていうのさ」

 さも当然であるかのように言ってのける理樹に、美魚は表面に出すことこそしなかったが脱力するほかなかった。そもそも、元は青空と一羽の白い鳥云々の話だったはずではないのか。前後のつながりがメチャクチャだ……とまあ、そこまで考えたところで、自分にとっては避けたい話題だったのだから、一向に構いはしないはずであることに気付く。どうにも思考がまとまらない。この茹だるような熱気が原因ですね、と美魚は自覚なく理樹と同レベルの結論に達した。

「ところで西園さん、なんでまた日傘なんて差してるのさ?」
「乙女の柔肌を容赦なく撃ち貫く夏の日差しが燦々と降り注ぐ中、私が日傘というひどく平々凡々な日用品を持ち出すことに、どのような不自然さが介在する余地があるというのでしょうか?」
「ないね、うん」
「ええ、ありませんとも」
「それにしても涼しそうだね」
「別段、そんなことはありません。日除けになっているだけで、それで肝心の気温が下がるわけではないですから」
「でも、炎天下に直接晒されてる僕よりかはマシでしょ?」
「それはまあ」

 それにしたって私はどうして日傘なんて差そうと思ったのだろう、と美魚はつい先ほど理樹から問われたばかりの疑問を改めて抱く。そもそもこの日傘はどこから出てきたのか。こんなもの、部屋にあっただろうか。あったにはあったがそれは一年ほど前までの話であって、当時持っていたそれはもうこの世には存在し得ない。
 まあこうしてその恩恵を受けている以上はあったということなのだろう、と美魚は結論付ける。
 理樹が図々しさを欠片も感じさせぬ爽やかな笑顔を見せつつ言った。

「ねえ西園さん、僕もご相伴に預かってもいいかな?」
「……! それはなんですか。相合傘がしたいということですか。ただでさえ暑いというのにそれは暑苦しいこと極まりないのではないでしょうか。だいたい、鈴さんに見られでもしたら――」

 言っている間に、理樹は日傘の下に潜り込んでいた。

「あ」

 ついでに、美魚の手からひょいと日傘を奪い取る。背丈の合わない二人が並んで日傘を差すには、美魚が持っていたのでは理樹が窮屈なのだった。

「あー、やっぱり日差しがないだけでもだいぶ違うねぇ」
「……なんでしょうか、これは。新手の羞恥プレイでしょうか。道行く人が言っています――ヘイ、ハニー、見てごらん。このクソ暑い中、日傘で相合傘なんてムカつくほどに小洒落たことしてるアツアツカップルがいやがるぜベイベー。まあ、なんてこと。でもアツアツお似合いっぷりならワタシたちの方が断然上よねダーリン。オウ、モチのロンさ。それこそ放っておいたら練馬区一帯がメルトダウンしちまうぐらいさHAHAHA! ……だからこそ、オレたちは一緒に居ちゃいけないんだ。え? いきなり何を言い出すのダーリン。ハニーだって分かってるんだろう? 練馬区を守るには、こうするしかないのさ。いや、いやよワタシこんなの。ずっと一緒にいるって言ってくれたじゃない、ダーリン! すまないハニー、ここでお別れだ……。ダーリィーンッ!!」
「西園さーん、置いてっちゃうよー」
「ああ、待ってください。痛いです。紫外線が痛いです。ブスブスと突き刺さってます。待ってください直枝さん」

 美魚は小走りに理樹の背中を追った。





「それで話を真面目な方向に戻しますが、こんなところを鈴さんに見つかりでもしたらどうするのですか」

 隙を見て日傘を取り戻そうとする美魚と、それを苦もなくひょいひょいとかわし続ける理樹、傍から見れば微笑ましいばかりの攻防を繰り広げつつ、美魚は理樹にとって痛いであろう点を確実に突く。

「鈴さんでなくても、誰か私たちのことを知っている人に見られるのも問題でしょう。別に直枝さんが浮気は文化だの甲斐性だのとのたまう女の敵と認識され余生を独り寂しく過ごすことになろうと一向に構いはしませんが、私までが悪女扱いされるのは我慢なりません」
「……いいんだよ、鈴のことなんか」

 かき氷でキーンとなった時のような、もとい、苦虫を噛み潰したような顔をして言う理樹の様子に、美魚にはピンとくるものがあった。

「鈴さんと喧嘩でもしているのですか?」
「うわっ!? 心を読まれた!?」
「NYPをもってすれば造作もないことです」

 一応胸を張っておいた。

「それでまさか、今日私を誘ったのはそれを相談するためですか?」
「いやまあ、別に相談する気なんてなかったけどさ」

 観念したかのように溜息をつくと、理樹はぽつぽつと事の経緯を話し始めた。

「昨日の夜、鈴から急に、明日プールに行くって言われたんだ」
「それはいいですね。涼しげなこと極まりないです。……でも、それならどうして直枝さんがここにいるのですか?」
「鈴は僕に、行こう、なんて言ってない。行く、って言ったんだよ」
「……ああ、なるほど」

 理樹の言わんとしていることを理解して、美魚はほんの少し同情する。同時に、要するに拗ねているのであろう彼が妙に微笑ましくて、隣を歩く理樹に気取られないよう小さく笑った。

「では、誰と?」
「小毬さんと二人で、だってさ」

 ムスッとした理樹から得られた返答はまあ予想通りのもので、美魚はこれも小さく、本当に小さく笑ってやった。
 恋人よりも親友を取るあたりが鈴らしさとも言えるような気がしないでもなく、単に理樹に水着姿を見られるのが恥ずかしかっただけなのかもしれなければ、もしくはそれが彼氏持ちの余裕というやつなのかもしれなかった。友は増えてもそちらには全く無縁である美魚には分りかねる問題である。となれば、疑問がひとつ。

「事情はわかりましたが、どうして私に白羽の矢を立てたのですか」
「白羽の矢を立てるってあまりいい意味じゃないってしばらく前のバラエティ番組でやけに偉そうに言ってたことがあったけど、辞書引けば一発でわかることなのにバカバカしいったらないよね」
「それはまあその通りかもしれませんが、それで理由は?」
「あー、うん。恭介は仕事でしょ? 謙吾は最後の大会で忙しいし、そもそもこういう話には疎い。真人はほら、筋肉が恋人だから役に立たない。女性陣だと、まず今回の場合小毬さんは論外だし、クドと葉留佳さんにはなんだか二木さんが近付けさせてくれないし、来々谷さんに頼んだら散々弄ばれた挙句にポイ捨てされるのがオチだし」

 つまりは消去法であったことに、美魚はわずかばかり落胆した。
 しかし、要するにリトルバスターズの面々の中では常識人であると思われているということでもある。それを喜ぶべきか、はたまたつまらない人間であると思われているのだと解釈して嘆くべきなのか、どうにも判断がつかない。
 とりあえずそれは置いておくとして、話を進めることにする。

「それで直枝さんは、どうしたいのですか」
「……どうしたいんだろうねぇ」

 持ったままの日傘をくるくると回しながら、理樹はどうでもよさそうな風に言った。そのまま、なんの前触れもなく立ち止まった。反応が遅れた美魚は、自然と傘の影から外れて日に晒されることになる。

「直枝さん……?」
「ねえ西園さん」

 その口調は変わらずどうでもよさそうな風のままなのに、日傘の影の下から向けられる視線だけは、ひどく真剣だった。

「浮気、しちゃおっか」















 バァン、と静けさを保っていた部屋に、突如としてそんな音が響く。
 美魚は自分の綴った言葉に顔を真っ赤に染めて、非力な細い腕で、けれど力一杯、手に持ったシャーペンを机に叩きつけていた。

(な……何を書いているのですか、私は……!?)

 美魚は急いで問題の“理樹”の台詞を消しゴムで消去する。そこから別の繋げ方を考えても、さきほどのどう考えたってありえないような台詞しか浮かんでこない。それがまたさらに美魚の白い肌を赤くさせる。
 夏休み、受験勉強の間の息抜きに小説もどきを書いてみようと思い立ったのは、単なる気まぐれだった。自分の身の回りのことに脚色を加えて書いていく形を取ったのも、また気まぐれである。強いて言えば、周りにいる友人たちは誰も彼も創作の世界から飛び出てきたかのようなおおよそ現実的でない人物ばかりだったので、話のネタには困らないだろう、と考えたのもある。別に人に見せる気もないし、一人部屋なので無断で誰かに見られる可能性も低く、なら問題はないだろうということで美魚は執筆を始めた。
 実際書き始めてみれば、驚くほどスラスラと筆は進み、しかし問題の部分であっさりと全く動かなくなってしまった。

「こんなはずでは……」

 本当なら、“理樹”が何か言う前に“美魚”が的確なアドバイスを与え、すごいよ西園さん! な流れになるはずだったのである。いったい何がいけなかったというのか。今一度全編を読みなおしてみれば、書いている途中は気付かなかった不可解な点がいくつも見えてくる。
 そもそも日傘で相合傘って。自分はなぜこれに何とも思わなかったのか。それにどうして“理樹”と“鈴”が付き合っているという設定になっているのかも分からない。確かにお似合いだとは思うが、それにしたって。
 そして、完全に消し去ったはずのあの台詞が、なぜかそこに浮き上がってきているように見えた。

「要するにさ、そういう願望があるってことじゃない?」

 自分以外には誰もいないはずの部屋、背後からの声に美魚は振り返った。
 そこに立っていたのは、美魚と同じ姿形の、けれども美魚ではない少女。

「美鳥」
「理樹くんと鈴ちゃんはお似合いで、私なんか敵いっこない。でも理樹くんが好き。そーゆーオトメゴコロが滲み出ちゃってるね」

 美魚は言い返すことができなかった。自分の気持ちは自分が一番よく知っているし、それは否定するものでもない。だが、美鳥の言うことが正しいとするならば、美魚は無自覚にそんなことをしていた自分を情けないと思った。

「さて問題です」

 何がそんなに楽しいのか、美鳥はニヤニヤとしながら言う。

「冒頭、“理樹くん”が青い空に白い鳥云々と言った時、“美魚”はどうしてドキリとしたのでしょーか?」

 その問いの意味を尋ねる間も、答える間もないままに、そこで美魚の視界は暗転した。











 遠くから、やかましい蝉の鳴き声が聞こえてくる。

「ん……」

 自室、机の上に突っ伏していた美魚は、身を起こすと辺りをキョロキョロと見回す。しばらくそんなことをしていると、机の上に広がったままの参考書に気付いた。それと同時に思い出す。

「……寝てしまっていたようですね」

 勉強中の居眠りなんて滅多にしない美魚であるが、まあたまにはそんなこともあるだろうと結論付け、とりあえず時計を確認する。どうやら一時間ほで眠っていたらしい。窓の外は、眠りに落ちる前と変わらずどんよりとした曇り空だった。
 その曇り空を眺めて何を思ったか、美魚は携帯電話を取り出した。最近ようやく扱いに慣れてきたそれを操作し、電話帳から一人の名前を選択して電話をかける。
 幸いにも、相手はすぐに電話に出てくれた。

「もしもし、直枝さんですか。はい、西園です。突然なんですが、来月の中頃はお暇でしょうか? え? そんなことはないでしょう、彼女の一人もいないのに。ええ、ええ、はい。それで、暇ということでいいんですね? ああ、よかった。では、その……」

 窓の外を見やる。雲の向こうに広がっているはずの青空、もしかしたらそこを飛んでいるかもしれない白い鳥に思いを馳せながら。

「私と、常夏の島にでも行きませんか?」


[No.430] 2008/07/18(Fri) 23:54:35

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