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No.450へ返信

all 第15回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/07/28(Mon) 21:23:02 [No.444]
月世界 - ひみつ 1419byte - 2008/08/02(Sat) 00:12:50 [No.462]
――MVP候補ここまで―― - 主催 - 2008/08/02(Sat) 00:11:39 [No.461]
ありのままに - ひみつ 4213 byte - 2008/08/02(Sat) 00:07:56 [No.460]
わんこと私 - ひみつ 10155 byte - 2008/08/01(Fri) 23:59:10 [No.459]
残響 - ひみつ 9602 byte - 2008/08/01(Fri) 23:55:48 [No.458]
それが本能だというのなら。 - ひみつ@9338 byte - 2008/08/01(Fri) 23:49:58 [No.457]
生の刻印 - ひみつ@4267byte - 2008/08/01(Fri) 23:30:13 [No.456]
NIKU ROCK FESTIVAL 2008 - ひみつ 2,036マッスル - 2008/08/01(Fri) 22:52:42 [No.455]
ある新聞部員による実態レポート『聞いてみた』 - ひみつ 8210 byte - 2008/08/01(Fri) 21:50:03 [No.454]
白紙に空はない - ひみつ 4609 byte - 2008/08/01(Fri) 17:31:14 [No.453]
ぜんぶこわれてた - ひみつ@だーく? 6561 byte - 2008/08/01(Fri) 16:46:30 [No.452]
ただし二次元限定 - ひみつ@6427 byte - 2008/08/01(Fri) 11:11:32 [No.451]
小次郎と夏の日 - ひみつ@5871 byte - 2008/08/01(Fri) 00:36:00 [No.450]
死というものと、となり合わせになったとき。 - ひみつ - 2008/07/31(Thu) 14:50:37 [No.448]
3,318 byteでした。 - ひみつ@ごめんなさい - 2008/07/31(Thu) 14:54:04 [No.449]
蒐集癖 - ひみつ4760 byteです - 2008/07/31(Thu) 00:34:44 [No.447]
抑えつける - ひみつ -1593 byte- - 2008/07/29(Tue) 07:30:50 [No.446]
前半戦ログとか - 主催 - 2008/08/03(Sun) 02:05:33 [No.467]
後半戦ログと次回以降について - かき - 2008/08/03(Sun) 23:53:59 [No.471]
小大会MVPについて - かき - 2008/08/04(Mon) 01:02:14 [No.475]


小次郎と夏の日 (No.444 への返信) - ひみつ@5871 byte

「こ、こんにち……」
「かあああああああっ!!」
「ほわぁぁああああっ!?」

 扉からおずおずと顔を出した小娘を一喝する。そやつは、間の抜けた叫び声を上げて逃げ出していった。
 気だるい昼下がりに、景気づけの一発。これでここのじじばばどもも、少しは暇を潰せるだろう。何人か驚いたままあの世逝きになった所で、そんな根性なしどもの事は知らん。
 館内にごみ箱や小娘が転がる音が響き渡り、笑いや気遣いが混じった声が聞こえたが、やがてそれも消え、ここは静かになる。





「……夏風が心地いいわい」
 しばらくして、独りごちた。
 ずいぶんとやかましい蝉時雨や、遠慮会釈のない日射しの中を、山からの風が吹き抜ける。ゆっくりとカーテンが揺れる。思わず頬が緩んだ。
 この辺りは街から離れ、夏の匂いがしっかりとして気持ちよい。木と、土と、生き物と……一緒くたにした匂いを嗅いでこその夏じゃ。 
 クーラーとかいうものもついているらしいが、涼しい夏など風情もなにもあるものか。たたき壊してやったわ。
 代わりにつけた風鈴は、涼しげに鳴る。からからと鳴る音を聞き、夏を感じるのは実に風流、騒がしいモーロクじじいどもと一緒に、芸能番組だのを見るのは性に合わん。
 


「ふん」
 たった独りの部屋の中を、静かに風が吹いていく。
 山の匂いは鮮烈で、蝉時雨は止むことがなく、日射しが肌を刺す。太陽は中天を過ぎ、転がり始めたが、未だ暑い……ただ暑い。
 昔、こまりと共に過ごした夏はどうだったか……ここよりももっと暑く、もっと心地よかった記憶がある。
 暑くなると、縁側に座り、こまりと二人西瓜を食べていた。ここのようなしみったれた部屋ではない、広い広い畳の上を、夏風が過ぎていった。
 あの時の西瓜は大層うまかった。近くの川で冷やし、頃合いを見て二人でとりにいったものだ。こまりはとろく、幾度もずぶぬれになっておったが……
 じゃが、兄の名を呼び、わしに西瓜を食わせるこまりは幸せそうだった。わしも、きっと幸せだっただろう。例え、我が名を呼んでくれなくとも、それでも……
 今は独り、部屋にいる。



「ふん……」
 外を見れば山の景色は昔と変わらず、緑が空へと昇っておる。こまりがおった頃と変わらぬ、拓也や、小毬がまだ外で駆け回っていた頃となんら変わらぬ。
 届かぬ幸せに手を伸ばそうとし、押しとどめた。いかん、わしはここまで耐えたのだ、これは、墓場まで持って行かねばならん腕だ。
 あの小僧っこは、わしをあと80年は生きるとかほざいておったが、それはあるまい。人は老い、死ぬ、それが定めじゃ。
 そして、そのあと数年か、十数年の幸せの為に、きゃつらの幸せを奪う事はできん。
 おそらく、小毬と小僧を呼べば、あの頃のような幸せを感じる事ができるかもしれん、いやできるじゃろう。
 だが、どうしてもわしはそれを恐れる。
 たった一人のわしの希望を、兄の希望を、拓也の希望を……そしてこまりの希望を傷つける事は怖い。
 妙な小僧が現れ、あの事故があり、そして現在がある。
 あの小気味よい小僧が言うには、小毬はもうだいじょおぶ、おっけいですよとの事だ。いまいち安心できない口調じゃったが、まぁきゃつは嘘はつかぬだろう。騙される事はあっても、騙す事はできそうにない、今時珍しい小僧じゃ。
 だが……危険は冒すまい。小毬は、わしの側に寄らせるわけにはいかぬ。

 もう、失うのも、失わせるのも十分だ。
 老いさばらえた果てに、ようやく安心できたのだ。こまりが……小毬の楽しげな声が聞こえるだけで、この老骨は満足すべきなのだろう。
 わしは、そこらの連中とは違う。独りで生き、独りで死んでいったところで無念に思うまい。それどころか、最後の最後で不安が消えたのだ、感謝せねばなるまいな。
 じゃから、最期まで傲岸不遜でいたいものだ。奴らが同情などせぬように。
 皆から受け取った想いを渡す、幸せを渡す、自らの幸せより、孫の幸せを願おう。それが、神北小次郎としての役目、親として、祖父としての役目……そして、人としての本能なのじゃ。
 


 向こうからは、小毬の声が聞こえる、じじばばの楽しげな声も聞こえる。
 わしは、それを一言たりとも聞き逃さぬように耳をそばだてた。間抜けな自分の姿が、たまらなく惨めに思えた。
 昔は街に出るたび、こまりに寄りつくたわけどもを一喝し、ちびらせておったというに……墜ちたものだ。
 
 人は孤独を恐れる。誰かに自分を理解して貰いたい、共に笑い、泣きたいというのは、それは人としての当然の心。
 そしてまた、孤独を求めるのも、それと全く同じじゃ。
 人を好き、ぬくもりを求めるという事は、それを傷つけ、傷つけられる可能性をも求める事、人に好かれたいというのは、嫌われる事を恐れるということ。
 人を遠ざける連中は、結局の所、嫌われ、嫌うことを恐れているのか。愚かな話だ。そんなわしが言うのだ、間違いはあるまい。





「結局、わしはただの臆病者か……」
 時間が過ぎ、独語した。
 小毬の声はもう聞こえぬ、帰ったのじゃろう。昔は帰りがけにも寄っておったものだが……毎度毎度追っ払われる内に、たまに覗くだけになりおった。
 小僧も最近は愛想を尽かしたのか、寄りつかなくなっている。

「それでいいんじゃ、小毬、小僧」
 寂しさを払うように言った。風が吹き、風鈴が揺れる、風はそろそろ温い。
 偏屈で臆病者のじじいは、勇敢な若者に後事を託す。
 そうだ、それでいい、幸せスパイラル……とか言っておったか、小毬や小僧ならばできよう。まして、奴らには仲間がおる、話に聞くだけで、この老体の血が沸き立つような、愉快で強い仲間達が。
 わしにはできぬ、できなかった。スパイラルどころか、たった一つの幸せすら守れなんだ。わしができるのは、せめてわしがなしえなかった幸せを託す事だけじゃ。

 毛布を被り、寝る。さすがにまだ暑いが、なに、寝ている内に丁度良くなるじゃろう。
 小毬が去ったのなら、あとは晩飯までなす事など何もない。
 独り眠り、飯を喰い、風を浴び、やがて死ぬ。孤独に最期を迎えようが、それはさだめか。好いた女一人幸せにしてやれなかったわしには、それでも贅沢すぎるやもしれんがな……
















「りりり理樹くん、おっけーですか?」
「うん、今日こそおっけー。いびきかいてるよ、このじーさん……寝てるときまで騒がしいんだから」
「じゃあ……ごーしていい?」
「うん、遠慮なく。ぼくの部屋じゃないけど」
「ほわぁあっ! 緊張するよ〜黙って入って怒られないかな?」
「きっと大丈夫だよ……多分」
「そっかー理樹くんが言うならだいじょーぶ……?」
「怒られる前に近づいちゃえばもう大丈夫。結局、近寄らせないのなんて近寄らせたらおしまいだから、孫が嫌いなじいさんなんていないしね」
「ほぇ?」
「何でもない何でもない、ほら、早くご飯の準備しよう。折角作ってきたんだから」
「う、うん、じゃあおっけーなことにしよう。おっけー?」
「おっけー。まったく、手間かけさせるところは変わらないんだから……でも、ぼくと小毬さんがもらった分の幸せは返さないとね」


[No.450] 2008/08/01(Fri) 00:36:00

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