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「ねえねえ、理樹くんのこと、おにいちゃんって呼んでもいい?」 事の発端は、相も変わらず清々しいまでに脈絡のない葉留佳さんの言葉だった。 まあ要するに妹萌えについての話。 「いやいやいや、いきなりなんなのさ。わけわかんないよ」 おにいちゃんかぁ、いいなぁ、などと内心思っていることは億尾にも出さず――出てないよね? まあとにかく、僕はつっこみを入れておいた。葉留佳さんは邪気のない笑顔で何やら無性に楽しそうだ。 「えー、だって理樹くんはおねえちゃんの将来の旦那サマじゃないデスカー」 「ぶっ」 思わず飲み途中のどろり濃厚カルピス原液ソーダを噴き出してしまったが、幸か不幸か葉留佳さんにはかからずに済んだ。 それにしても、体育館脇の自販機のラインナップは相変わらず謎だ。どろり濃厚な原液と銘打っているだけあって、その味は喉がいがいがするほどだ。ついでに炭酸の爽快さが混じり合って最早わけがわからない。こんなものいったい誰が何に使うんだよまったく。 と、まあ軽く現実から目を逸らしていると。 「うひゃー。もう、ばっちぃなぁおにいちゃんはっ」 なんかもう、どう考えたって不幸だったと思えてくる。それでも僕は、それが義務であるかのようにつっこみを入れる。入れなきゃもうどうしようもなかった。 「だからなんでナチュラルにおにいちゃんなんて呼んでるのさ」 「はっ! まさかおにいちゃん、おねえちゃんを捨てる気デスカ!?」 「そんなことをするぐらいなら僕はむしろ自分の命を捨てるっ!」 「ひゃはあっ、オトコらすぃおにいちゃんってステキっ」 なんかもうわけがわからない。いくら脈絡のなさと話の噛み合わなさが葉留佳さんの美点だとは言っても、これはないだろう。あれ、美点だっけ? いやまあどうでもいいけど。 「まあとにかくそういうわけなのデスヨ」 「いや、いきなりまとめにかかられても……」 「むー、まったくしょうがないおにいちゃんですな。こうなったら、あの方の出番だァーッ! カモーン!」 葉留佳さんは脈絡なく指をパチンと鳴らす。同時に、影。それはちょうど、僕らの頭上から舞い降り、いや、飛び降りてきた。 「俺を呼んだかい? はりゃほれうまうー」 マスク・ザ・斎藤が現れた。 「呼びましたともアニキ! さあ、このわからず屋なおにいちゃんをどうにかしてやってくださいアニキ!」 相変わらず子分キャラだった。というか、もう三下でいい。 しかし斎藤は本気だった。ずん、と力強く前へと――僕へと、一歩を踏み出す。 「任せときな。うまうー」 「アニキー、カッコいいぞー!」 さっきの状況からさらに輪にかけてわけがわからなくなっているが、僕はもうつっこむ気さえ起らなかった。いや違う。あれはもう、完全につっこみ待ちなんだ。つまりつっこんだら負け、向こうの思う壺。だから僕は耐えなければならない。はりゃほれうまうー。 「小僧」 「……なにさ」 威圧的な斎藤の声。僕は踏ん張った。 「おまえ……おにいちゃん、と呼ばれて何を感じた」 「何って……」 ちょっといいかもなぁ、と思った。それを葉留佳さんに聞かれないよう、斎藤に耳打ちして伝える。僕はいったい何をしてるんだろうなぁ、と思った。 「それだけか? うまうー」 「うーん……」 何かこう、胸の奥底から湧き上がってくるものがあったよ、とまた耳打ちする。すると斎藤は豪快な笑い声をあげ、僕の肩の上に、力強くその手を置いた。ちょっと痛かった。 「はりゃほれ! ちゃんとわかってるじゃないか、うまうー。つまりそれが……妹萌えだ」 「妹萌えだって!?」 雷が落ちたかのような衝撃を受ける。身体がわなわなと震え始めた。止まらない。僕は恐怖していた。 「い、いもうと……もえ……だなんて……。そんな、そんな馬鹿な! 恭介じゃあるまいし! そんな変態チックな! うわあああああああっ」 「……なに、恥じることはないさうまうー。妹萌えってのは男女関係なく、それどころか妹がいなくたって感じ得るものだからな」 ほんのかすかな……小さな光が、射した気がした。 「そ、そうなの……? つまり、妹に萌えるのが普通……? むしろおかしかったのは、今までの僕……?」 その光は、少しずつ、少しずつ大きく、強くなっていき、そして。 「ああ、その通りだうまうー。妹萌えとはつまり……人類普遍の……本☆能なんだよ! はーりゃほーれうっまうー!!」 「本☆能……!」 それは、僕を照らす太陽となった。 直後、「きしょいんじゃボケーッ!!」と叫びながら200メートルほど助走をつけて駆け込んできた鈴の飛び膝蹴り――ハイキックにはあったパンチラという慈悲すら存在しない、容赦皆無必殺必倒の一撃によって斎藤は沈んだ。 「お騒がせした。あとはしっぽりむふふといってくれ」 鈴はそう言って斎藤の仮面を剥ぎ取ると、それを装着して恭介を引き摺り何処かへと姿を消した。しばらくして、遠くから「はりゃほれうまうー」と雄叫びが聞こえてきた。 「やはは。どうなってんですかねー、コレ」 僕が聞きたい。 「まあそんなわけで、はるちんは妹としての立場を利用して理樹くんに甘えたくなっちゃったのデスヨ」 「利用とは、また露骨なこというね」 脈絡がないことについては、最早つっこむ意味を見出せなかった。 「というわけだからー。えいっ」 「わ、わ」 いきなり、右腕に抱きつかれた。なんかこう柔らかいものが押し付けられるくらいに密着している。 「えへへー。おにいちゃん♪」 さらに上目遣いでそんなことを言われてしまっては、もう降参するしかなかった。空いている左手で、頭を撫でてあげる。僕の可愛い妹は、くすぐったそうに目を細めた。 「甘えん坊だね、葉留佳さんは」 「んー、おねえちゃんにも同じこと言われますヨ」 やはり斎藤の言葉は正しい。妹萌えとは、男女の違いもなく誰もが持つ感情。二木さんとまたひとつ通じ合えた気がして、僕にはそれが嬉しかった。 「ところでおにいちゃん」 「ん? どうしたの?」 「はるちんはそろそろ、おねむの時間のようデス。ふわ」 口元に手を当てて、小さく欠伸する。寝不足なのだろうか。 「それで、そのぅ……ちょっと、枕が欲しいかなー、って」 どこか恥ずかしそうなその様子に、僕は得心がいった。辺りを見回す。中庭にあってちょうどよさそうなのは、芝生といくつかのベンチ。……まあ、ベンチかなぁ。最近芝生の生育状況がよくないって二木さんが言ってた気がするし、できるだけ怒らせたくない。 「じゃ、向こうのベンチ行こうか」 「んー、それはいいケド……枕はー?」 不満げなのか不安げなのかよくわからない表情の葉留佳さんに、僕は笑顔で答えてやった。 「いやー、なかなか寝心地のいい枕ですな」 「そりゃよかった」 木陰のベンチで、僕は膝を提供していた。つまり、膝枕である。僕が、葉留佳さんに。 葉留佳さんの長い髪を、指でゆっくりと梳いていく。ふわりと、柑橘類の良い匂いがした。 「あー、やば……ほんとに寝ちゃうかも……」 「いいよ、寝ても。眠いんでしょ?」 「でも、そうするとおにいちゃんがしばらく身動き取れなくなっちゃいますヨ?」 ここにきてやけに遠慮深い妹だった。普段からもっとそうしていれば、二木さんに叱られることもないだろうに。いや、あれは構ってほしいという意思表示だから無理か。 なんにせよ、すでに僕の心は決まっていた。 「構わないよ、そんなの」 「……じゃあ、お言葉に甘えて」 ようやく素直になった葉留佳さんは、ゆっくり瞼を閉じていく。 「おやすみ」 相当な眠気だったのか、返事もないままに葉留佳さんは寝息を立て始める。失礼かな、と思いながらも、その寝顔を覗き込んでみる。実に安らかだった。何人からも何事からも守ってあげたくなる、そんな寝顔。 また、髪を梳いた。 [No.451] 2008/08/01(Fri) 11:11:32 |
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