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No.458へ返信

all 第15回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/07/28(Mon) 21:23:02 [No.444]
月世界 - ひみつ 1419byte - 2008/08/02(Sat) 00:12:50 [No.462]
――MVP候補ここまで―― - 主催 - 2008/08/02(Sat) 00:11:39 [No.461]
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それが本能だというのなら。 - ひみつ@9338 byte - 2008/08/01(Fri) 23:49:58 [No.457]
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白紙に空はない - ひみつ 4609 byte - 2008/08/01(Fri) 17:31:14 [No.453]
ぜんぶこわれてた - ひみつ@だーく? 6561 byte - 2008/08/01(Fri) 16:46:30 [No.452]
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3,318 byteでした。 - ひみつ@ごめんなさい - 2008/07/31(Thu) 14:54:04 [No.449]
蒐集癖 - ひみつ4760 byteです - 2008/07/31(Thu) 00:34:44 [No.447]
抑えつける - ひみつ -1593 byte- - 2008/07/29(Tue) 07:30:50 [No.446]
前半戦ログとか - 主催 - 2008/08/03(Sun) 02:05:33 [No.467]
後半戦ログと次回以降について - かき - 2008/08/03(Sun) 23:53:59 [No.471]
小大会MVPについて - かき - 2008/08/04(Mon) 01:02:14 [No.475]


残響 (No.444 への返信) - ひみつ 9602 byte

キィン!!

鋭い音。
痛烈なライナー性の当たり。

ボールは僕の横。

その打球を掴むため、僕は手を伸ばす。
だが、描く軌道はグラブのわずか先。

無理か?
いや、捕る。捕ってみせる。
例え不恰好でもいい。誰に笑われたとしても。
やり遂げなきゃいけない時は今。

足に力を込める。地を蹴る。
―――届け!


・・・白球の行方は、わからない。
夢は、いつもそこで終わる。





残響





だらだらと続いた茹だるような暑さも今は影を潜め、秋を感じる陽気も増えてきた。
それでも時折、思い出したかのように照り付けてくる晩夏の日差し。

それはまるで、僕の記憶のように。
突如として襲い掛かっては、また僕を振り回す。

『修学旅行時の悲劇 生存者2名』
そんな記事が新聞の一面に載った日から、まだ僅か数ヶ月。
図らずも、奇跡とも呼べるたった2人の生存者となった僕ら。それでも当然、無傷というわけではなかったが。

幸い、鈴は小さな切り傷や打撲等で済んでいた。
目に見える怪我は問題ない。
いつかは癒えるから。いずれは跡形もなくなるから。

ただ、心に負った傷は大きい。
兄を失った。仲間を失った。
それは、目に見えるものに換算すればどれくらいだろう?
切り傷?打撲?骨折?・・・それとも、回復が不可能なほどの損傷?

わからないからこそ、僕は思う。
その傷も、目に見えるものなら良いのに。
そうしたらもっと、適切な処置が出来るかもしれないのに。
見えないものだからこそ計り知れない。いずれは消えゆくものなんだろうか。

結局のところ鈴に関しては、表面上は問題ない、と言わざるを得ない。
目に見える怪我は癒えてきている。もうふさがった傷もある。

そして僕はと言えば。
身体は問題ない。それでも、鈴より深刻に、はっきりとした傷が残ってしまった。
どこにいってしまったのだろう。
今年の一学期の記憶が、すっぽりと抜け落ちてしまっていた。



「防衛本能、というらしい」

混乱する僕よりは話が通ると思ったようだ。医者は鈴に全ての説明をしてくれていた。

「自分が耐え切れない苦痛を受けた時に、自分を守るために忘れる、と言っていたな」
「自分を守るために・・・?」
「ああ。格闘技の選手が攻撃されて気を失ったあと、目覚めた時には攻撃された事を忘れてることがあるらしい。その状況と同じだと聞いた」

鈴なりに真剣に聞いて、要約してくれたのだろう。
いつものごとく「よくわからんが」と言っている鈴に「ありがとう」とだけ伝える。

つまりは。
みんな―――恭介や真人、謙吾を失った痛みに耐えるために記憶が抜け落ちた、とそういうことか。

でも、それにしては少し変だ。
鈴の説明からすると、僕は事故自体を忘れてなければいけないのではないだろうか。
でも、それは確かに記憶の中に存在する。

あの凄惨な光景の中、鈴の手を引いた。
僕らを救ってくれた真人や謙吾、どこかに隠れて乗っていたであろう恭介、それに2年からのクラスメイト。僕たちが生き残るために、彼らさえ見捨てて。
その延長線上に、今はある。

そうなると、何故‘今年の1学期だけ’なのか。

極端な話、恭介たちとの出会いを忘れる事が、最も傷が浅くて済むだろう。
もちろん、今隣にいる鈴をも忘れる事となってしまうだろうから、歓迎は出来ないが。
でも、僕らでやったミッションのうち印象に残っているものから消えていくとか、―――それも決して僕は受け入れはしないが―――もう少し良い方法があったんじゃないだろうか。自分のことながら、それでもままならない本能に、そう提案してやりたい。

それは悩むほどの事じゃないのだろう。違和感を感じるほどの事でも。
単純に、一番最近あった楽しかった事を忘れただけなのかもしれない。

それでも。
もっと大切な何かが、誰かが、零れ落ちた時間の中にいたのではないだろうか?



「理樹。探しに行こう」
「何を?」
「失くしもの」
「失くしもの?」

考え込む僕の手を取る鈴。

解ってる。でも解らない振り。
僕は怖いんだ。失くしたものを知る事が。
それは深い悲しみとともにある。多分、僕自身を引き裂いてしまうほど大きな。

「あたしは答えを持ってる。理樹が、あたしが、失くしたもの。何だったかを理樹に教える事はできる。でも」

握られた手。暖かくて、でも少し震えてた。

「それは、理樹にとっての答えじゃない・・・と思う」

僕は頷けなかった。
知りたくはない。怖い。
それでも、鈴の手を拒絶する事は、もっと出来ない。

この手を繋いで歩くと決めた。
共に生きる事。弱い‘僕ら’が、前に進む方法。
でも。

「一緒に、行こう。理樹にはそれを見つけて欲しい。取り戻して欲しいんだ。・・・大丈夫だ、あたしがついてる」

弱いと形容されるのは、はたして‘僕ら’なのだろうか。



鈴は前向きだった。
他人にだって、積極的に声を掛けた。
あの鈴が。
僕らの後ろに隠れてばかりだった、あの人見知りの鈴が。
自発的に話しかけるどころか、話しかけられても逃げてばかりだった、鈴が。



「先生に、借りてきた」

僕らの間には一冊のノート。

「何、これは?」

尋ねては見たものの、何となくは察知していた。
鈴の瞳にある色。それからは深い哀しみが見て取れたから。

「・・・あの事故で、亡くなった人たちの名簿だ」

怖い。知りたくなんてない。もう取り戻せないのなら。
鈴と目が合う。重なりあう手。やっぱり暖かくて、震えていた。

「あたしと、一緒に見よう」

それは傷口に塩を塗りこむような行為。鈴にだって解ってる。
失ったものは、形だけはきっと僕と同じ。でも、記憶の有無の観点から見ると、どっちの傷が大きいかなんて明白だ。
それでも、鈴に迷いはなかった。目を背けなかった。

強くなった、と思う。僕がなくした時間の中で、成長した鈴。
それはやはり、大切なものだったんだ。僕自身を守るためには、捨てなければいけなかったほどに。

だからこそ、見たくない。
それでも、逃げられない。

鈴と共に目を通す。今は亡き人たちの名前。
痛い。どの名前も、僕の胸を貫くようだ。だって彼らは、もういないから。
その中にあって、恭介たちの名前を見たときと同様の、強い痛みを訴えてくる文字列があった。

『神北 小毬』
『来ヶ谷 唯湖』
『三枝 葉留佳』
『西園 美魚』
『能美 クドリャフカ』

震えが止まらない。
鈍器で全身を殴りつけられるような感覚。

「う・・・うぅ・・・くっ・・・」

走る激痛。痛いなんてもんじゃない。耐えられない。
割れそうな頭。軋みをあげる心。呼吸すら覚束ない。
誰かが叫んでいる。―――思い出すな、と。
開いてはいけない、それはパンドラの箱。その蓋が、鈍い音を立てた気がした。
一面の白。目を開けているはずなのに、なにも、みえない。

「りき!?」

僕を呼ぶ鈴の声。意識は闇へと落ちていく。





キィン!!

鋭い音。
最近良く見る夢。夢を見ないはずの僕が見る、悪夢。

グローブをつけている僕。
野球なんてした事のないはずの僕。
それでも身体は動く。
覚えている、その感覚。

痛烈なライナー性の当たりが飛んでくる。
ボールは僕の横。

打ったのは誰だ?それはわからないけど。
僕はこのボールを捕らなくちゃいけない。
それだけは理解できる。

捕る。捕ってみせる。
僕は地を蹴る。手を伸ばす。




―――届かない。
グラブの僅か先を抜けていく。

振り返る。
何処までも、何処までも転がっていく。

見送る白球の先、遙か遠くに。

輝く星型の髪飾りを。
響くピアノの音色を。
転がるビー玉を。
真っ白な日傘を。
描かれた世界樹を。

僕は確かに感じ取れたんだ。

―――待って!!行かないで!!

飲み込まれていく。それらのすぐ背後に迫った、深い深い闇へ。
声にならない叫びすら、飲み込まれて消える。

残されたのは、立ち尽くす僕だけ。





「ん・・・?」
「起きたか、理樹。大丈夫か?」

寮の部屋。見慣れた室内。
事故や病気の件での特例として、同室を認められている僕ら。
忌々しいナルコレプシーは、僕を依然として苦しめる。
それでも大丈夫だ。僕には鈴がいる。
この病気特有の痛みは消えないが、「大丈夫」とだけ小さく答える。

「・・・名簿、見てて倒れちゃったんだね。今何時くらい?」
「日付が変わりそうな時間だ。続きは明日にしてもう寝よう、理樹」

目を閉じる。再びの暗闇。
恐ろしいほど早い動悸は、さっきの夢のせいだ。
脳に刻み込まれた記憶、そのリプレイ。

闇が襲ってくる。
さっき僅かに感じ取れた、僕の失くしものもまた―――。

「・・・鈴」
「どうした、理樹?・・・んぅっ!?ふぁ・・・」

僕はまだ震えている。怖いんだ。
失くしものは見つからない。見つかっちゃいけない。
僕は潰れてしまう。おそらく、その空白が補完された瞬間に。

だけど、その空白すら悲しい。・・・哀しいんだ。
埋めるために、僕は鈴を求める。
失くしものに潰されないように。失くした事実に潰されないために。

僕には、鈴しか。
鈴にも、僕しか。
だから大丈夫。僕ら二人なら。
いつまでも、どこまでも。
手を繋いで歩いていけるさ。
そうしてまた、次の夜明けを迎える事が出来るんだ。





小さな嗚咽を聞いた気がした。

「・・・りき・・・」

泣いていた。あの日以降、涙なんか見せたことも無かった鈴が。
さすがに突然に、しかも強引過ぎたかもしれない。

「ごめん。痛かった?」
「ちがう・・・ちがうんだ・・・」

雫が零れ落ちる瞳。哀しい色。
それは今、僕を映している。

「・・・理樹、あたしを・・・ひとりに、しないでくれ・・・」
「大丈夫だよ。僕はここに居る」

誓った。‘傍にいる’と。‘守り続ける’と。

「そうじゃない。ちがうんだ・・・」

それは静かな叫び。零れ落ちる涙に呼応するように。

「あたしは、一人じゃ支えきれない。・・・強くない。同じ想いを、哀しみを、苦しみを持ってる理樹なら、わかるはずだ。あたしたちは一緒に歩けるんだ。どこまでだっていけるはずなんだっ!」

僕らの、だけど今は鈴だけが持つ痛み。

「だから・・・早くあたしのとこまで来てくれ・・・。手を繋いでくれ・・・。あたし一人じゃ、この荷物は重すぎる・・・。はやく・・・朝が来てくれ・・・っ」

派生した傷をつけたのは、僕。溢れた雫は、僕のせい。
・・・弱いのは、‘僕ら’じゃなく、‘僕’だけ。

鈴には、僕と、それ以外の誰かが。
それでも、僕には、鈴しか。



泣きつかれて眠ってしまった鈴の手を握る。

僕はここに居るよ。
鈴の隣に。僕だけは、いつまでも。

繋いだ手に力を込める。
言葉にしたら叶わなくなりそうで。でも伝えたい気持ちがあるんだ。

離さない。このまま歩いていこう。
いつまでも、どこまでも。
それ以外なんて、捨ててしまってもいいじゃないか。





キィン!!

また、あの鋭い音が聞こえる。

痛烈なライナー性の当たりが飛んでくる。
ボールは僕の横。

でも。
僕はもう、この手は伸ばさない。

白球は抜けていく。
それでも、振り返らない。

守れるのは僕だけだ。
鈴も、そして僕自身も。
そのために、僕は捨てる。
それでいいじゃないか。

生きる事は、失う事。
喜びの分だけ、哀しみもある。それが理なんだ。
だから。
失うよりは、いっそ、目を閉ざして。





目が覚める。
目に入るのは、白んできた空。起き出すにはまだ早い時間。
それでも、世界の夜明けは近い。

隣には、丸くなって眠っている鈴。まるで猫みたいだ。
その口から、子猫が鳴くような小さな寝言。

「・・・ん・・・、こまり・・・ちゃん・・・」

新たな雫が、鈴の頬を濡らす。





―――キィン!!

またどこかから聞こえる、あの音。
耳に残る、その響き。
消えない、消せない、目に見えないもの。

僕らの夜明けは、未だ遠い。


[No.458] 2008/08/01(Fri) 23:55:48

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