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「うな〜」 と、鳴きながら棗鈴は床の上を転がっている。 狭苦しい室内の一角を占有し、しつこく転がっている。 その光景に彼女は頭を抱えていた。これが成人女性の姿かと呆れているのだろうが、そんな事を言ったって成人していようが女性だろうが、だらける事はあるものだ。ましてここは鈴の自宅なのだから、少しばかり気の抜けた格好をしていたとしても問題はないだろう。電車の中でメイクを直すのとはわけが違う。 「……酷い状態ですわね」 それでも、彼女、佐々美はそう口にせずにはいられなかった。 季節は夏だというのに、室温は寒いほどだった。恐らくエアコンの設定を18度にしているのだろう。ごぅごぅと余りの重労働に悲鳴を上げているようだったが、暴君は知らぬ存ぜぬといった様子で、ベッドから搾取したらしい布団を腕に抱いていた。 布団を被るくらいなら設定温度を上げれば良いのに、とは思うものの、寒いほどにエアコンを効かせた環境でのそれがどれほど心地よいものなのか知っていた。炬燵に足をつっこみながら食べるアイスのような、ささやかな贅沢だ。 その気持ちは分かる。確かに気持ちいい。 だが、大人として、女として如何なものか。 「なつ……ではなく、直枝鈴! 貴女はどれだけだらけているつもりですか!」 「さしすせそーす!」 「さ・さ・せ・が・わ、ささみ! ですわ!」 最早最初の「さ」しか合っていないし、そもそも字数が違うが、恒例行事なので問題にしない。高校時代から繰り返された噛みネタは、ここ最近に至ってはいよいよネタ切れの様相を呈し、新ジャンルの開拓が望まれる昨今なのであった。 「何時の間に現れたっ!?」 「ちゃんとチャイムを鳴らしましたわ、返事がありましたわ、勝手に入って来いと言われましたわ!!!」 女一人、余りにも無用心な事に、玄関の鍵は開いていた。 もちろん、事前に連絡を入れていたので、佐々美のために開けていたのだろう。玄関まで迎えに出て時候だったりお決まりの挨拶をするようなタイプではないし、間柄でもない。あたかも半野良の猫相手のように、勝手に入って来いという態度だ。 しかし、やはり無用心は無用心だ。 格好からして酷い。 「相手が分かっているからとは言え、あなたどうしてそんな格好なんですの?」 「ぐちゃぐちゃ涼しいぞ」 「それは分かりますが……」 そりゃあ、上はタンクトップ、下はショーツのみなら涼しいだろう。しかも若干サイズの大きいタンクトップらしく、ゴロゴロと転がる度に、その艶かしく誘う腋はもちろんの事、なだらかな胸肉の上にぽつりと慎ましく浮かんでいるさくらんぼさえも丸見えだった。 佐々美は自然と溢れ出す唾を飲み込んでいた。 彼女の手には近所のスーパーで買ってきた食料品があったが、何故その中に練乳が無いのか、激しく憤った。佐々美がではなく、これを書いている人が憤っている。 こう、あれですよ。練乳をですね、どぷどぷとぶっかけてですね、舐め回すのです。淡く色付いた胸元に散らばる白濁液を敏感な腋の辺りから舐め上げ、丘陵地帯の周囲をぐるりと一周し、その形を神経に、魂に刻み込むように幾度となくなぞりながらやがて頂点へ。そこに実る薄桃色のエデンの果実は慎重にも丁重に扱うべき国家安寧の至宝であり、震え立つその雄姿に感涙咽び泣き祝賀祝辞の雨霰。金剛となりし一本槍の穂先を押し当てるもまた一興なれど、今はただこの浅ましき口腔にて御身を御隠しする事を望めば、心中の歓喜は三千世界に轟く雷音となりて狂おしく、舌に広がる味は高級ワインさえもどぶ水へと変えるほどであり、何がなんだか分かりませんが、兎にも角にも飛車にも超サイコーなわけであり、ノリノリで書きまくりたい気持ちで一杯だがそれをやっちゃうと流石に引かれそうな今日この頃であれば、いい加減このあたりでやめておこうと思う次第であり、ってか改めて読むとこの文ひでーな、酒ってこえーな、と思う佐々美であった。 「って、私の一人称のように捏造されてますわよ!?」 「お前は何を言ってるんだ?」 「いえ……何か私のキャラクターに対して不当な印象を与える発言があったような気がしたので……あと、ちなみに言っておきますが、料理の『さしすせそ』のそはソースではなくお味噌ですわよ」 「知ってるわボケ! 私だって料理出来るんだからな。理樹も『鈴の料理は独善的だよね♪』って誉めてくれるんだぞ!」 「それ、絶対誉めてませんわよ」 失笑。普通に料理が出来る事は知っていたので、独創的ではなく、恐らく本当に言葉どおり独善的なのだろう。 「うっさい。愛情てんこ盛りだから良いんだ」 「はいはい、そういう事にしておいてさしあげますわ」 最初から……付き合い始めた事を知った時からお似合いだとは思っていたが、結婚して数年経つ今でもそれは変わっていないらしい。その事実が無性に嬉しくて佐々美は微笑んだ。 「む〜、じゃあお前は夜の『さしすせそ』は知ってるか?」 「は? ええ、夜っ!?」 顔を真っ赤にする佐々美さん。ささみ可愛いよ、ささみ! 「そ、そんなの、知ってるわけないでしょう、はしたない!」 ウブでオボコな彼女にはまだ早かったらしい。 だがそれでも興味津々な佐々美さん。ささみ超可愛いよ、ささみ!! 「『最近ご無沙汰だね』『仕方ないわよ、忙しいから』『直ぐに済ませるからどうだい?』『セック○!セッ○ス!』『この早漏!』だ」 「最後『こ』から始まってますわよ!?」 つっこむの、そこなんだ? 無数の突っ込みポイントから、どうやら一番無難そうなのを選んだらしい。 「ちなみに理樹は早漏じゃないぞ!」 「知りません聞いてませんっ!」 「理樹はテクニシャンだからな。さらだみっくすなんて一ころだ」 たぶん、笹瀬川佐々美さんの事だろう。 鈴は自慢げに何度も頷いて、それから思い出したように唇を尖らせた。 「……なんかお前と理樹がしてるのを想像したら腹立ってきた」 言葉は厳しいものだったが、口調も表情も、今にも泣き出しそうだった。 彼女の事だ、きっと本当に想像してしまったのだろう。 「安心してください。そんな事、あり得ませんわ」 「なんだと! 理樹に魅力がないって言いたいのかっ」 「違いますわよ! ああ、もう面倒くさいですわね!」 高校時代ならそのままバトルに入っていそうな空気だったが、今の彼女達にはその意思は無かった。怒鳴りあい、時には罵りあいながらも、それ以上に傷つけ合う事はない。 自然と、怒りは収縮し佐々美は笑っていた。 苦笑。相手の事がよく見えるからだった。 「これは、本格的に情緒不安定ですわね」 「二日目だからだ」 「それはご愁傷さまですわ」 二日目なのが本当かどうか、佐々美には知りようがなかったが、原因が別にある事は知っていた。そしてそちらの方は二日目どころか、今日で一週間になる事も。 「旦那様が出張だからって、そこまで落ち込む事もないでしょうに」 「別に落ち込んでない。こうやって自由を満喫してるぞ」 「確かに……少々自由すぎる気はしますが」 「夫の不在を満喫するのは妻の特権だからな!」 いったい何処で仕入れてきた知識なのか。 しかし、それにしたって満喫している自由がこれでは余りにも情けない。 不貞を働くような性格でない事は分かっていたが、一人きり自宅に篭っている姿は滑稽でさえあった。 「誰かを誘って旅行にでも行けば良いでしょう」 「理樹が居ないんじゃつまんない」 「では、スポーツはどうですの? 運動して汗を流せばすっきりしますわよ」 「理樹との運動ですっきりしたい」 「何か趣味でも持ってみたらどうです? お茶でもお花でも。ああ、刺繍とかいいですわね」 「趣味は理樹と一緒に居る事」 布団を頭から被り再びごろごろと転がり始めた鈴の姿に、流石の佐々美も「これは、重症ですわね」と匙を投げるしかなかった。諦めて台所へと向かい、買ってきたものを冷蔵庫に入れる。 何時の間にやら勝手知ったる他人の家になってしまっていた。勝手に冷蔵庫を開けることに抵抗はなく、その中身から食生活を推測できるほどになっている。何がどうなってこれほど親しくなったのか、これほど長い付き合いになったのか分からないが、不思議なほど悪い気分ではなかった。恐らく『ここ』が余りにも心地良い場所だったからだろう。 冷蔵庫の片隅に置かれている『絶倫無双 サソリ』の存在を軽くスルーしつつ、食材を確認してみるが案の定悲惨な状態だった。 「やっぱり、まともに食べてないようですわね」 「……う〜」 「仕方の無い人ですわね。良いです、今日は私がご馳走してさしあげますわ」 最初からそのつもりだった。 「サドルたかすぎ」 「……って、もしかして私の事ですか!? せめて名詞にしていただけませんこと!?」 よく自分の名前だと気づけた事に、言った本人さえも驚きつつ、鈴は言葉を続けた。 「……ありがと、う」 声は小さく擦れていて、何処まで届いたのかは分からない。不思議そうに振り返った佐々美の表情からは、恐らく届かなかったのだろうが、彼女の場合届いていたとしても同じ顔をするだろう。 だから鈴は構わず次の言葉を吐き出した。 「やっぱり、私は誰かが居ないと駄目だ。理樹が居ないと、生きていけないんだ」 声には明らかな自虐の色が含まれていた。彼女も彼女なりに今の自分の姿が情けないと感じていた。甘えている、依存している。分かっていても自立できない自分が悔しかった。 けれど佐々美は、 「それって、そんなに悪い事でしょうか?」 「え……?」 「好きな人に傍に居て欲しい。そう思うのは当然の事で、居ないと寂しく思うのも当たり前だと思いますけど?」 他者から見れば滑稽に思えるほど、無様にも思えるほど。 自分から見ても滑稽で情けなく思えるほど。 「けど、それが本気で人を愛するという事でしょう。他の何も見えなくなって興味もなくなって、その人が居ないと何もできなくなるくらいの感情は、私は綺麗だと思いますわ」 「…………」 「ま、まぁ、確かに今の貴女は間抜けでしょうけどね」 そう言い捨てて、佐々美は背を向けた。その頬は真っ赤に染まっている。いったい何を口にしているのやら、改めて考えると非常に恥ずかしかった。ただ、本当にそう思ったのだから仕方が無い。 それに、 「ありがとう」 背中に届いた声が暖かかったのだから、彼女は満足だった。 「でもお前、肝心の相手は見つかったのか?」 「うううううううううううわわわあああああああああああああああんっ!」 [No.484] 2008/08/08(Fri) 16:09:14 |
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