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「そういえば」 杏が思い出したかのように呟いた。 あのよく分からない同盟結成の翌日、杏、椋、風子の三人は、最初の会議をしたレストランに再び集まっていた。ことみと智代は何かと忙しい身であったので、この暇人三人で時間を潰す、もとい作戦会議をしていた。 「なんで朋也って記憶喪失になったの?」 「検査によると強い衝撃を頭に与えられたようなんですが……はっきりとした原因は、よく分かっていません」 「風子知ってますよ」 「はあ? なんで、あんたが知ってるのよ?」 「それは……」 その日、風子は汐ちゃんと遊ぶ約束をしていたので公園で待っていました。そこで秋生さんが、いつもの如く仕事を放棄して少年達と野球を楽しんでいる姿を発見しました。 「よくあのパン屋潰れないわよね」 風子もそう思います。 それで、暇だったので風子はその野球の試合をベンチに座って観戦することにしたんです。場面は九回裏、ツーアウト、ニ塁三塁。バッターボックスには四番の秋生。 「あんた口調が変わってるわよ」 気にしないで下さい。雰囲気って大事だと思うんです。空気読んでください。 その時、秋生さんのチームは7−6で負けていました。つまり一打逆転のチャンスです。ここで打てれば目立ちます。しかし、一塁が空いていました。賢い投手であるならば、この場面では秋生は敬遠するでしょう。そう思って見ていたら、案の定捕手が立ち上がりました。やはり敬遠することにしたようです。 「あんた野球詳しいわね」 普通です。これぐらい常識です。むしろ知らないとヤバイです。 秋生さんとしてはおもしろくないことです。どうやってクソボールを打ってやろうかと考えていたことでしょう。 しかし、投手の子が振りかぶり投げたボールは、秋生さんの予想外の場所へと投げ放たれました。それはど真ん中。誰もが不意を突かれていました。捕手も、もちろんバッターである秋生さんも、そしてこの風子も。 「知らんがな」 慌てた捕手が辛うじて腕を伸ばし捕球することが出来ましたが、もし後ろに逸らしていたら同点は間違いなかっでしょう。 捕手が文句を言いながら投手の子へと返球しましたが、それでも投手の子は何も言いませんでした。何も言わずに秋生さんを睨みつけていました。これぞ男って感じです。 まさかのど真ん中。絶好球を見逃した自分。睨みつけてくる少年。秋生の中で何か忘れていた熱いものがこみ上げてきた。それと同時に堪らなくおかしくなった。こいつは正真正銘の馬鹿だ。しかし、自分はそんな馬鹿が嫌いではなかった。どちらかといえば好きな部類である。ふと、自分の娘を掻っ攫っていった小僧のことが思い浮かんだ。 「あんた誰よ。キャラ変わってるわよ。まあ、いいわ。続けて」 やれやれという風に捕手が腰を落としました。言っても聞かないことが分かったのでしょう。伊達にバッテリーは組んでいないようです。それを見て投手の子が満足そうに笑いました。爽やかでした。風子一瞬キュンときてしまいました。ちなみに投手の子は小学生です。 「あんたの趣味が分からないわ……」 きっと彼には結果が見えていたはずです。古河秋生と勝負するということ。自分の力量。全て分かった上でも、尚逃げることは出来なかったのです。ちっぽけですが、それが彼のプライド。風子、思わず抱きしめてしまいました。 「邪魔してんじゃないわよっ!」 続く二投目。投手の子は力んでしまったのか、ボールは秋生さんの顔面目掛けて飛んでいきました。 そのボールを秋生さんは避けようとしませんでした。彼ならば簡単に避けれるようなボールです。しかし、彼は敢えてそれを受け入れました。そして一言。 ――これはお前のことを信じられなかった俺への罰だ。 風子思わず秋生さんに抱きついてしまいました。 「だから、邪魔してんじゃないわよっ! ていうか、顔面にくらったらデッドボールじゃないの?」 そんなこと気にしてたらこの先に生きていけませんよ。 そして、秋生さんに抱きつきながら風子も一言。 ――これ以上風子のために争わないでくださいっ! 「間違ってるから」 風子という女の子を賭けた勝負。 「だから違うって」 投手の子が目を閉じ、瞑想を始めました。きっと今までのことを思い出しているのでしょう。 双子の弟の事故死。あの相撲部での日々。壊してしまった右肩。タッちゃん、風子を甲子園に連れてって。 「あ、仁科さん。コーヒーのお代わり頂戴」 全ての想いを込めた第三球。球種は勿論ストレート。コースも当然ど真ん中。力対力。 秋生さんが大きく左足を上げました。それは秋生さんが本気を出した時にのみだす一本足打法っ! 風子、腰が浮きました。 「ずずず。……で?」 まあ、慌てないで下さい。 秋生さんの左足が地に着くと同時に甲高い音が、その公園に鳴り響きました。 「結果は?」 逆転サヨナラスリーランホームラン。 「投手の子、負けちゃったのね……」 はい。結果は秋生さんの勝ちです。投手の子は顔を伏せていました。 「当然よね。負けちゃったんだもん」 守備陣が投手の周りに集まりました。皆なんて言葉を掛けていいか分からないようでした。そんな暗い沈黙を破ったのは、意外にも投手の子でした。 ――わりぃ。打たれちまった。 そう言った彼の顔には弾けるような笑顔が張り付いていました。 それを見て風子、思わずジュンッってきちゃいました。 「いや、意味分かんないから」 「これが、風子が見た話の全てです」 「なるほどね。いい話聞かせてもらったわ。ありがとね」 「礼には及びません。風子も話せて満足です」 壮大な少年の成長物語を聞いた杏は、満足気にコーヒーを啜っていた。そして、もし自分に男の子が出来たら野球をさせようという決心を密かにした。 風子もまた、満足気にデラックススーパージャンボパフェを口に運んでいた。想像以上の大きさに注文したことを後悔したが、今度はお姉ちゃんと食べよう、そう密かに決心した。 「あのー」 「あれ? 椋いたの?」 「気付きませんでした」 「ひどっ」 これまで一言も喋らなかったので、忘れられてもしょうがない。もともと存在感薄いし。ドンマイ。 「ま、まあ、それは別にいいんです。それで、岡崎くんの記憶喪失の原因はなんだったんですか? 今の話で一回も岡崎くん出てきてないんだけど」 「「あ」」 「ち、ちょっと、ちゃんとしてよねっ! もう天然なんだからっ!」 「すいません。記憶の中の投手の子に夢中になってしまいました」 「お姉ちゃん?」 「な、何よ?」 「忘れてた?」 「そ、そんな訳ないでしょっ! 馬鹿っ! 椋の馬鹿っ! 巨乳淫乱ナースっ!」 「ち、ちょっと落ち着いて、お姉ちゃんっ! こんな所で何言ってるの!」 「うるさい、うるさいっ! 朋也のことを私が忘れるわけないでしょ!」 「風子忘れてました」 「風子は正直すぎっ!」 「お姉ちゃん?」 「そ、それで、風子っ! さっきの話と朋也の記憶喪失、一体何の関係があるの?」 誤魔化すかのように、ていうか、誤魔化すために大声で風子に問いかける杏。 「秋生さんの打ったホームランボールが、偶然近くの電柱で仕事をしていた岡崎さんの頭を直撃していました」 「あのおっさんの所為かいっ!」 「大丈夫です」 「何がっ!」 「目撃者は風子だけです」 「そうねっ! 大丈夫ねっ!」 「お姉ちゃん、落ち着いてっ!」 「落ち着いてるわっ! すいません、モンブランとトイレットペーパーひとつくださいっ!」 「風子、ヘルシア緑茶を所望します」 「あーん、誰か助けてー」 相変わらず意味不明な風子。 朋也のことをすっかり忘れていたことを誤魔化すために妙なテンションの杏。 そんな二人に振り回される椋。 そして欠席したことみと智代。 こんなメンバーで大丈夫なのか? 朋也との素敵な日々を掴み取ることが出来るのか? そして何も進展しなかった第五話。 あと、春原は一体どうなったのか! 次回きっと急展開の六話! 仰ご期待! [No.49] 2006/04/22(Sat) 20:30:43 |
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