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all 第15.5回リトバス草SS大会(仮) - かき - 2008/08/06(Wed) 22:57:13 [No.478]
第零種接近遭遇 - ひみつ@呆れるほどに遅刻。 8516 byte - 2008/08/09(Sat) 05:44:35 [No.495]
――MVPコウホココマデ―― - 主催 - 2008/08/09(Sat) 00:22:55 [No.493]
野郎どものクリスマス 3700byte - ひみつ - 2008/08/09(Sat) 00:11:06 [No.491]
野郎どものクリスマス - 雪蛙@5010byte 暇だったのでちょっと加筆・修正してみた - 2008/08/14(Thu) 02:19:01 [No.504]
二人、一緒に - ひみつ@まったく自重しない - 2008/08/08(Fri) 23:59:46 [No.490]
Re: 二人、一緒に - ひみつ@まったく自重しない 7104byte - 2008/08/09(Sat) 00:11:09 [No.492]
七人の直枝理樹 - ひみつ 10112 byte - 2008/08/08(Fri) 23:55:38 [No.489]
兄として思うこと - ひみつ 7531 byte - 2008/08/08(Fri) 23:49:39 [No.488]
円舞曲 - ひみつ 5331 byte - 2008/08/08(Fri) 23:26:58 [No.487]
とある夜 2852byte - ひみつ@初 - 2008/08/08(Fri) 22:34:32 [No.486]
彼が居ないと - ひみつ 10233byte - 2008/08/08(Fri) 19:25:47 [No.485]
寂寥は熱情の常 - ひみつ 8656 byte - 2008/08/08(Fri) 16:09:14 [No.484]
ガチ魔法少女なつめりん - ひみつ 9211byte - 2008/08/08(Fri) 02:12:04 [No.483]
ふぁみりー - ひみつ 10236 byte - 2008/08/08(Fri) 01:04:45 [No.482]
家族 - ひみつ@いまさら 7162 byte - 2008/08/10(Sun) 17:02:56 [No.500]
『そして誰もいなくなった』starringエクスタシー三人... - ひみつ 9912 byte - 2008/08/07(Thu) 23:50:04 [No.481]
宮沢謙吾の休日 - ひみつ 9673 byte - 2008/08/07(Thu) 23:00:22 [No.480]
ログとか次回とか - 主催 - 2008/08/11(Mon) 00:01:38 [No.501]


第零種接近遭遇 (No.478 への返信) - ひみつ@呆れるほどに遅刻。 8516 byte

 第零種接近遭遇。





 何やっているんだろう。ここに来てやっとそう思った。手遅れだった。
 確かな重みを感じる熱気を押しのけ、夜の薄闇にたゆたう水面を見つめる。すぐそこに水気があるというのに暑さはまるで消えず、熱にあてられて夢でも見ているのかと不安になり、試しに片足を突っ込んでみる。じゃぼんと予想外に音が大きく響いたことに驚きながらも、水はひんやりとして気持ちがよかった。うひゃー、と何だかよくわからない声で心地よさそうに囁いてみる。嗚呼、夢じゃない。
 右手に持っていた鞄をすとんと落とす。中身は今日干し終えたばかりのバスタオルが二枚、帰りに問題の起こらないよう下着から何まで着替えを一応一式、ゴーグルは忘れた、浮き輪など押し入れに存在しなかった、水着はすでに着込んでいる。
 ぼんやりとしたまま視線を動かす。ゆらゆらと反射しているおぼろな星々の輝き、光源を辿って夜空に視界を移して月を見つけ、もう一度揺れる水面に視線を戻して空と地上を一往復。そうしてようやく、うひゃーとしか言っていなかった棗鈴は、「泳ぐんだった」と、二五メートルプールを前にして決意を新たにした。



 ほんの、一昨日の事。
 クーラーは可能な限り稼働させないことが暗黙の了解になっている部屋で、首を振っていた扇風機を止めて自分にだけあてていると、「泳ぐぞ」と、出し抜けにそんな言葉が口をついて出た。投げやりに目を向けていた窓の外では、プール帰りらしい三人の小学生が小うるさくも楽しそうに会話しながら歩いていた。涼しげな水気を纏った体が夕日を吸い込み、長く濃い影をはき出している。
「おーよーぐーぞー」
 もう一度言う。言葉がぶるぶる震える。
 扇風機の風で空気が歪み、日本語なまりの外国語のような聞こえになっていた。妙に面白いような気がして繰り返し「泳ぐぞ」と言ってみる。ぶるぶる震える。
 これを極めればいつかは宇宙人とでもコンタクトを取れる気がした。だが残念なことに同じ人間相手ではこの言葉の響きは複雑すぎるのか、返事はなかった。この分だと宇宙人にも警戒されて、最初からエンゲージになってしまう気もしないでもない。
 繰り返し、繰り返し、繰り返し、そんなことをだらだらとしていると、ふと疑問に思い至った。
 ――泳げたっけ?
 逡巡してすぐに「泳げる」という答えに辿り着く。泳げた。確か。高校の時は水泳の授業なんてない。中学の時は水泳と器械体操が選択で、プール上がりに目に水を噴射せねばならないあれが嫌で選んでないからわからない。しかし、小学校の時は泳げていた。水中缶蹴りとか意味のわからないことばかりして怒られていたから、何メートルを何泳ぎで泳ぎ切ることができるとか、そういうことは結局わからないのだが。
 なら、確かめればいい。
 そう思いつくと、ちょうど涼しくてよさそうだった。一人で行くのもどうかと思ったけれど、泳げなかったらそれこそ恥ずかしい。
 取り敢えずは水泳技術の有無の確認だけを目標に、一人でやってみることにした。



 急がば直球。
 鈴の気に入っている小学生でも思いつきそうな自作慣用句の一つであり、意味は『阿呆は道を間違え、凡人は近道を探し、猫は昼寝して、君子は回り道をするが、そこであたしは真っ直ぐ道を行く』である。いつだったか、猫と球は関係ないんじゃないかとつっこまれたことはもう忘れた。要するには機敏に反応して迅速に行動を取ることだろうと、考えた鈴自信いい加減に位置づけているのだから、細かいことはどうでもよいのだ。
 ともあれ「泳ぐ」と思いついてからの鈴の行動はさながら直球だった。押し入れから眠っていた水泳道具を引っ張り出し、風呂場で片足まで突っ込んだところで、大学生にもなってこんなもの着ていられるかとゴミ箱にスクール水着を投げつけ、迷うこともなく今日の大学の帰りに水着を買って帰ってきたのだ。ちなみに水着は、店員に「ビキニは嫌だ」という旨を告げてショートパンツタイプのものを選んだ。
 何しているんだろう、とプールに辿り着くまでの間に一度でも思ったならば、この勝負はきっと敗北だったのだろう。残念ながら、鈴はプールを目の前にして立ち惚けるその時まで、そんな疑問は露ほども頭に浮かばない。
 風呂上がりに下着ではなく水着を着込み、慣れない妙な感触に苛まれながら寝たふりをして、寝静まった頃にこっそりと家を出た。十二時は軽く回っていた。
 家からそこそこに離れた場所にある中学校のプールに、鈴はもちろんこちらもこっそりと忍び込んだ。ばれるはずはないと最初から思っていたが、いざ学校を前にして進入を考えると「ばれたら怒られる」という台詞がどこからともなく現れて頭の中を駆けめぐった。深呼吸を三つ。二秒の間を置いて「いけっ」と自分自身を鼓舞し、無駄に強い意志を見せて敏速に突破した。
 ここまで来ればもはや障害はなく、引き返すこともできない。前門後門、共に手遅れである。
 かくして現在に至り、棗鈴はプールサイドに立つ。
「泳ぐぞ」と仁王立ちしながらもう一度言う。
 いざ飛び込もうと思って覗き込むと、夜の水は底が見えず、表面ばかり月光を反射しているのが罠のようにも思えた。チョウチンアンコウのような感じだ。このプール全部が口で、月明かりを使って誘い、あたしが飛び込むのを今か今かと待ちかまえている。
「なんじゃそりゃ」
 あり得ない、と頭では思う。それなのに同じ頭の中では、何だか嫌な想像がどんどんと蔓延る。意を決して飛び込んだのはいいが、いくら探してもすぐ下にあるはずの底が見つからず、足すらつかない。慌ててひとまず外に出ようと陸を見ると、今度はその陸すら見あたらない。見えるのはただただ一面の水、飛び込んだ自分を中心に接近と離脱を機械的に繰り返す水の波紋、一切の音がかき消えたプール。
 呆然としたその一瞬、右の足首が強い力で引っ張られて――
「あほかっ」
 まず自分自身に一喝。
「こ、怖くなんかないぞ」
 こっちは無意識に口から飛び出た。
 何だか無性に恥ずかしくなった鈴の目の前には、穴はなくとも馬鹿でかい水溜まりならあった。勢いに任せるがまま、今度こそ思いきりプールへと飛び込む。洒落にならない水の炸裂音が響き、そういえばバレてはいけないだったと肝を冷やしたが、結局誰の近づく気配もなかった。足は当然のように底を捉えている。
「……寒い」
 勢いに任せて突入したせいで寒くて仕方がなかった。水面から上は蒸した夜がのしかかり、足下からは水の気配がゼリーのようにくまなく全身を包む。片足だけ浸かした時とはわけが違う。温度差があり過ぎ、気持ちいいどころかむしろ気色が悪かった。
 振り払うように壁に手をつく。ここはプールだ。体の内が温まっていないのなら動けばいい。
 よーい、と頭の中で声をかけ「どん」は口に出した。
 クロールで二五メートルを全力で泳ぐ。バタ足はできる限り水の中で音が立たないように。なんだ。泳げる。息継ぎだってお茶の子だった。
「ぷはっ」
 二五メートルでほんの少しの息切れ。もう一泳ぎくらいは続けても大丈夫そうな気がした。
 再び頭の中でよーいと声をかけ、今度は「どん」より先に泳ぎ出す。振り上げた腕に群がるように、ざばざばと音を立てて水が割れる。明らかなフライング。けれど、文句をつけてくる相手もいない。
「ぷはっ」
 合わせて五十メートル。流石に息も上がっていた。水際の少し段が高くなっている所に腰を掛け、はあはあ言いながら上半身を目一杯に反らせて視線を夜空に投げ出す。けれどすぐにみしみしと首周りが痛くなって、普通に見上げる体勢をとった。
「……何やってんだ、あたしは」
 一人しかいないプールサイドで、そんな言葉を呟いた。さっきまであんなに五月蝿かった水面はすっかり静まりかえっている。当たり前か。自分一人しか泳いでいないのだから。
 自分の声が、ため息が、他人のささやきみたいに聞こえた。
 だから、「何やってんだ」なんていう阿呆な問いには、泳いでるんだろぼけー、と心の中でつっこみをいれた。
 返答は早かった。
「一人で泳いで楽しいわけあるか、ぼけー」
 ぼけーなどと言われて黙っているわけにはいかないわぼけーと、更に言葉を続けようとした鈴の口は、けれど開くことはなかった。
 その瞬間――奇妙な光が、鈴の見上げる夜空に現れていた。星よりもずっと紅い。最初は飛行機か何かの灯のようにも思えたが、それが直角に宙を泳ぎ、その度に緑や青の光を帯状に引いたせいで、そんな考えはすぐに消え去った。相も変わらずひしめき輝く星々、たいした風でもないのにきしきし声を上げるフェンスの音、夜の隙間を縫うように重力法則やら諸々の縛りをぶった切って飛ぶそれ。
 咄嗟に出てこない言葉を、あれだあれだ、と連呼して探している内に、その姿は視界の内から消え去っていた。
「――UFO」
 ぽつりと、探り当てて今更に呟く。
 夏、プール、UFO。
 小さな綻びはいつだってあって、UFOはほんの少しばかり強烈な一撃を加えたに過ぎなかった。しかし壁はそこから一気にひび割れ、決壊したダムのような奔流が起こった。プールに飛び込んだ時よりも遙かに激しく、記憶の波に飲み込まれる。
 そもそも何でプールなんて来てる。泳げるかどうか確かめるため? 馬鹿かぼけー。違うだろ。言ってたんだろーが。夏と言えばプールだ。プールといえば第三種接近遭遇ですね。何だそれ。プールといえばスウィミングですー。UFOの話か。はい。俺もちょうどはまってた所だ。泳ぐこととまるで関係ないじゃないか。いえ、夜こっそりと忍び込んで泳ぐプールは、凄まじく気持ちがいいらしいですよ。……そこで第何種の接近遭遇が起こるかは、その人次第でしょうが――
 ちゃぽんと、音がした。それを切っ掛けにして、意識の方向が自分の内から外へと舞い戻る。目をこらしてみると蝉が一匹、その命を終えてゆらゆらと波紋を広げていた。
 ふらりとまた見上げた視界に、緑色の光が見えた気がした。遠すぎる接近遭遇。
「UFOなんてしるか。接近だとか遭遇だとか意味わからん」
 UFOなんてどうでもよかった。UFOより接近したいことも、遭遇したいことも、今は、いくらでもあった。ありすぎて困る。
「ふん」
 立ち上がり、夜空から視線を切り離す。
「……理樹んとこ、かえろ」
 そして寝てるところを叩き起こして、UFO自慢をしてやろう。そうしよう。
 プールにゆらゆら浮かんだ夏の終わりを見つめながら、呟いた。


[No.495] 2008/08/09(Sat) 05:44:35

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