「きょーすけ。いい仕事は見つかったか?」 退院後、恭介はブランクを埋めようと時間の許す限り就職活動に励むようになった。 始めはいつものように飄々としていた彼だったが、成果のないまま2ヶ月が過ぎ、暮れも差し迫ってくると焦りを隠しきれなくなってきた。 寮の食堂で、“旅”から帰ってきて早々に座り込んだ恭介に、愛する妹が声を掛けてきたのはそんなある日のこと。 「いや」 いつもの彼なら「ああ、旅先で知り合った炭焼き職人の所での修行に夢中になって、すっかり忘れていたぜ」などと嘯くところだが、そんな余裕は失われて久しい。 短い一言だけで兄の焦りと苛立ちを感じ取った鈴は、ここしばらく考えていたことを口にした。 「いいぞ、無理しなくて」 「あ?」 言われている意味が解らないわけでは無かったが、何故そんなことを言われるのかが分からずに、恭介は訊き返した。 「収入とか、安定とか、そういうのは考えないで、きょーすけがやりたいことをすればいい」 「鈴……」 心配するな、自分はちゃんとやりたいことをやっている、そう言いたいのに言えなかった。 自分ではやりたい仕事に就くために頑張っているつもりだった。だが、高卒での就職、しかも安定した収入が見込める職業となるとやはり選択肢は限られる。入院中に運転免許を取得したのも、少しでも有利に働けば、という考えが少なからずあった。 だから、自分が本当にやりたいことについては考えないようにしていた。 「おまえ、あたしを守るために自分は早く一人前にならなくちゃいけないとか思ってるんだろ」 図星をさされ、喉に詰まった言葉が呻きに変わる。鈴はいつも見上げるばかりだった兄の目を正面から見据える。 背中に守られてばかりいた、人に怯えていた頃の揺らいだ瞳ではなく、隣にいる誰かと手を繋ぎ、支えあうことのできる強い瞳で。 「おまえはばかだ。あ、じゃない、あたしはばかだ。でもない。うーみゅ、何て言ったらいいんだ?」 まだ強さは長続きしないけれど、何とか頑張れるから。支えてくれるみんなもいるから。 「あたしは、大丈夫だから。あたしを守るための力を、もっと自分のために使ってくれ。じゃないと、あたしも嬉しくない」 彼女が強くなったくらいで守る手を離してもいいと思えるほど、世の中は甘くないだろう。いや、もし甘かったとしても、完全に手放す気も無い。それは肉親である自分の特権だ。 だが、両手でしっかりと抱え込むのではなく、片手で別のものを掴めるのなら。 「……やりたいことが、ある」 そのためには、大学に行かなければならない。自分の学費は何とかして奨学金をもぎ取り、さらにアルバイトで収入を得るとしても、かなり厳しいだろう。 「それでも、いいのか?お前もくちゃくちゃ大変になるぞ」 「いい」 迷いなく頷く。鈴の音も誇らしげに。 ならば、甘えてしまってもいいのだろうか。兄が、妹に。 「……すまん」 「ありがとう、だ」 「……ありがとう」 ところで。 「きょーすけのやりたいことって何だ?」 「小学校の先生だ」 「……兄妹の縁を切らせてもらう」 「何でだよっ!?」 [No.505] 2008/08/22(Fri) 23:09:17 |
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