[ リストに戻る ]
No.513へ返信

all 第16回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/08/28(Thu) 00:07:52 [No.506]
そのボールをど真ん中ストレートで投げ込む - ひみつ@5064 byte EXネタだけどシナリオのバレは無し - 2008/08/31(Sun) 11:31:29 [No.539]
銀玉 - ひみつ@13291 byte 遅刻 ネタバレしようがない。そしてごめんなさい。 - 2008/08/30(Sat) 05:41:46 [No.530]
――えむぶいぴーらいん―― - 主催 - 2008/08/30(Sat) 00:11:15 [No.529]
願いの叶うボール - ひみつ@5505 byte ネタバレなし 頭カラッポにして読んでください - 2008/08/30(Sat) 00:04:20 [No.528]
左目で見据えるもの - ひみつ 19283 byte EX要素若干あり - 2008/08/30(Sat) 00:01:47 [No.527]
そーろんぐ・ぐっどばい - ひみつ・10928byte EXネタありだけどバレはほぼなし - 2008/08/29(Fri) 23:59:17 [No.526]
熱闘・草野球 - ひみつ@3342byte - 2008/08/29(Fri) 23:55:12 [No.525]
[削除] - - 2008/08/29(Fri) 23:48:26 [No.524]
Refrain - ひみつ@12911 byte EX微バレ - 2008/08/29(Fri) 23:42:50 [No.522]
Primal Light - ひみつ@8341 byte 多分ネタバレなし - 2008/08/29(Fri) 23:15:20 [No.521]
居眠り少年は空の隙間に極彩色の夢を見る - He Meets You"ひみつ"@17347byte - 2008/08/29(Fri) 22:49:03 [No.520]
一日だけの仲間入り - ひみつ@EXネタバレ有り 11411 byte - 2008/08/29(Fri) 22:43:01 [No.519]
それは白く柔らかくボールのようで - ひみつ@12791 byteEXネタバレなし - 2008/08/29(Fri) 22:37:21 [No.518]
解説&あとがき - ひみつ@orz - 2008/08/31(Sun) 12:04:34 [No.540]
生き抜いたその先に - ひみつ@7580byte EXネタバレ有 初 - 2008/08/29(Fri) 20:34:12 [No.517]
生き抜いたその先に 加筆修正 - ひみつ@7580byte EXネタバレ有 初 - 2008/09/01(Mon) 20:45:54 [No.544]
Re: 生き抜いたその先に 加筆修正 - ひみつ - 2008/09/11(Thu) 23:49:55 [No.551]
ぼくのいやなこと - ひみつ@バレない程度にEXネタ微 15891 byte - 2008/08/29(Fri) 01:12:43 [No.515]
八月三十一日。夏休みの終わり - ひみつ@8442 byte - 2008/08/28(Thu) 23:21:27 [No.514]
ネタバレなし - ひみつ@8442 byte - 2008/08/29(Fri) 08:57:24 [No.516]
独り言 - ひみつ・初・EX捏造似非ネタ微混入…申し訳ない…・19434 byte - 2008/08/28(Thu) 21:41:54 [No.513]
誰にもみとられなかった白 - ひみつ@8047 byte - 2008/08/28(Thu) 21:00:47 [No.511]
[削除] - - 2008/08/28(Thu) 21:02:38 [No.512]
目の前にある、やみ。 - ひみつ@8,968byte - 2008/08/28(Thu) 18:21:03 [No.510]
はるか遠くに転がっていくボールを追いかける犬のよう... - ひみつ@EXちょこっとだけネタバレ・お手柔らかにお願いします - 2008/08/28(Thu) 15:05:02 [No.508]
容量:14914byte - ひみつ - 2008/08/28(Thu) 15:12:17 [No.509]
ログと次回と感想会後半戦のご案内なのよ - 主催 - 2008/08/31(Sun) 01:53:24 [No.536]


独り言 (No.506 への返信) - ひみつ・初・EX捏造似非ネタ微混入…申し訳ない…・19434 byte

”――探している…”
 その言葉が聞こえても、決して応えてはいけない。それは彼女の独り言。
 だから、それに言葉を返してはいけないのだ。





 白いボールが、壁を跳ねる。
 返ったボールが古ぼけたグローブに収まる。キャッチした硬球を無表情に見下ろした鈴は、もう一度振りかぶってそれを投げた。
 手から離れた硬球は、己の投げた強さと同じ強さで再びグローブへと収まる。白いボールが白い壁へと一瞬掻き消えて、戻ってくるのは予想した位置へ予想した強さ。
 何度も何度も繰り返す。
「探してるのにっ…」
 寸分狂わぬホームと、正確なコントロール。
 投げるたび、ちりんと涼やかな音が鳴り響く。
「こんなに探してるのにっ……――何で、見つからないんだっ」
 ボールを返してくる白い壁を睨み付け、鈴は強く呟いた。
 ここは”出る”と噂の場所で、人は滅多に近づかない。だから鈴は、周りを気にせず力一杯投げられる。
 何もかも忘れる程一心不乱に投げ続ける。違うそうじゃない、と鈴は考える。
 何もかも忘れるために、投げ続けているのだ、と。
 会話がキャッチボールだと言うなら、壁を相手に独りで投球するこの行為は、独り言と同じなのだろう。
 投げてはキャッチする。――たった独りで。
 ちりんとスズが鳴るたび、一緒に結んでいる赤いリボンもひらりと揺れる。
 誰もいない。
 鈴以外、誰も。
 当たり前だった。リトルバスターズは、いまや彼女独りきりなのだから。
 息が上がってくる。手の平が痛い。
 こんな時、無性に叫びだしたくなる。
 鈴は、一度唇を噛み締めて、それから力一杯ボールを投げた。


「こまりちゃんなんかいなくたって寂しくない!」
「理樹となんか一緒じゃなくても平気だっ!」
「真人の筋肉なんか見たくない!」
「謙吾なんか頼りにしてないっ!」
「みおと本読んだって面白くないっ」
「クドの料理なんて美味しくないっ!」
「はるかと一緒にいたって楽しくないっ!」
「くるがやになんか構って欲しくないっ!」


 連続投球に肩で息をしながら、鈴はボールを握り締める。
「あたしは……もう、ノーコンなんかじゃないぞ。教えてもらう事なんか何もないんだ」
 最後に、一際大きく振りかぶる。


「だから、お前なんか…いなくたって全然大丈夫だ!この――馬鹿兄貴っ!」


 シュッと空気を切る音。
 鋭い投球が壁を叩き、次の瞬間、予想もしない方向へと跳ね飛んだ。
「!」
 しまったと思いながら、鈴は視線だけでボールを追いかける。雲一つない蒼穹へと吸い込まれ、やがて落ちていく白いボール。青い中に一つきりの、孤独な白だった。
 やがて弧を描いたそれが――パシリ、と誰かの手に収まる。



”誰が馬鹿兄貴だ、ノーコン”



 きっとそこには、少しばかり澄ました顔の兄がいて。

 ボールを指先でクルリと回し、目を細めて笑う。

 青い空を背後に、そうしていつでも人気者だった彼の周りには、皆が。

 ああ――やっと……やっと見つけたっ……!


「きょーすけっ…!」



 ――ぜったい、理樹もいる。真人も謙吾も、こまりちゃんだっている。はるかが手を振って、クドが飛び跳ねて、その横でみおが静かに目を伏せて、くるがやが小さく微笑んでいて。


 こまりちゃんと話してると凄く幸せだった。
 理樹とずっと一緒にいたかった。
 真人の筋肉に突っ込むのホントは好きだった。
 謙吾はいざという時必ず助けてくれた。
 みおの選んでくれた本はホントに面白かった。
 クドの料理は頬っぺたが落ちそうに美味しかった。
 はるかといるといつの間にか笑い続けていられた。
 くるがやに頭撫でられるの、実は嬉しかった。


 それから、きょーすけがいないと、ホントは全然駄目で。全然大丈夫じゃなくて。


 ずっとずっと探してた。みんなをずっと探してた。
 いつかどこかで会えるんじゃないかとそんな事を願ってた。

 手が痛い。もうボールなんて投げたくない。あたしホントはまだまだ下手なんだ。
 だって返ってくるボールは痛いばっかりで。
 すごく、痛いばっかりで。
 もう……独りで投げるのなんて、嫌だよ…。


 ボールを掴んだその手を見失わぬよう、ただそこに収まる白いボールだけを見つめて、鈴は腕を伸ばす。何も考えずに飛びついた。
 途端に響く、甲高い少女の悲鳴。
「な、何ですのいきなりっ!?」
 聞いた事のある声音に顔を上げれば、そこに恭介の姿はなかった。代わりに、舌を噛みそうになる程ややこしい名前の知人の少女がいた。
「さしすせそると!」
「どこの塩の商品名ですのっ!?わたくしは、さ・さ・せ・が・わ・さ・さ・み!ですわっ」
 もはや挨拶代わりとなってしまった佐々美との遣り取り。気の抜けた顔で、鈴は佐々美から手を離す。
 佐々美は相変わらず偉そうに腰に手を当てている。そして、自分のキャッチしたボールと鈴、壁を順番に見ると、フンと鼻を鳴らした。
「日曜日も壁で練習ですの?暇ですわねぇ」
「……」
「まぁ、貴方には壁での練習がお似合いかもしれませんけれど。おーっほっほっほっほ!」
「……」
「………。ええ、まぁ、か、壁もいいですけれど…」
 なにやら自分の台詞が空気にそぐわなかった事を自覚して、佐々美は決まり悪げに視線を彷徨わせる。
 それから、気を取り直すようにツンと顎を上げた。
「ですけれど、実際一人で壁に投げるだけでは、つまらないんじゃありませんこと?」
「つまらない事を考えるよりはいい」
 ぽつりと落ちる台詞に、佐々美が言葉を失くす。沈黙の中、鈴がグローブをぼんやり見つめる。もう擦り切れた、けれど丁寧に手入れされたそれは、もともとはソフトボール部で、佐々美が使っていたものだ。
 光沢も失くしボロボロになっても、それは大事に使われている。二人無言で、大切にされ続ける、擦り切れた古い思い出を見つめる。
 やがて、コホンとわざとらしく佐々美が咳払いをした。無意味に髪を掻きあげながら、佐々美はまだ手に持っていたボールを鈴に差し出す。
「ま、まぁ……中々、筋はいいと思いましてよ?」
「そーか」
 短く答えて鈴はボールを受け取った。グローブに収まる硬球と伏目がちの鈴とを交互に見遣り、佐々美はやがて大きく息を吸う。
 眉根を寄せ、そっぽを向きながら彼女は口を開いた。
「貴方、――軟球では、投げてみませんの?」
「なんきゅー?」
「…ソ、ソフトボールですわ」
「そふとぼーる」
 佐々美の言葉を鸚鵡返しに呟いて、鈴はぱちくりと目を瞬かせる。それは、どういう意味だろうか。
 鈴は考える。以前ならきっと、相手の意図を汲み取ろうともせず否定を返していただろうけれど。
 だがやはり、他人との広い交友関係が希薄だった鈴には、相手の考えはよく分からなかった。だから仕方なく無難な答えを選ぶことにする。
「別にあたしは、投げられるならどっちでもかまわない」
「でしたら、明日の放課後にでもグラウンドに来るといいですわ」
「…ソフトボール部の練習で使ってるんじゃないのか?」
「だからですわ」
「だから、なのか?」
 まだ首を傾げている鈴に、佐々美が業を煮やしたように告げる。
「一人よりは、誰かがいた方が練習にもなるでしょう、と言っているんですわっ!」
 居丈高に言い放つ佐々美を、鈴は茫漠と見つめる。
 まだ少し頭が追いついて行かなかった。
 明日?
 練習を?
 一人じゃなく?
 誰かと?
「な、何ですの…!?」
「そると」
「わたくし塩じゃありませんわっ」
「すまん、なると」
「更に離れましたわよっ!?」
「ええと、…さささ」
「――」
 溜息をついて、佐々美はあきらめた様に口を閉ざす。鈴に悪気がないのは、もう彼女も知っている。
 鈴は、食い入るように佐々美を見上げる。
「一人じゃなくて、練習できるのか?」
「ええ、ただしソフトボール部ですから、軟球になりますけれどね」
 こくりと了承して、鈴はじっとグローブ中のボールを見下ろす。そして佐々美に視線を向けた。
 いつも何かと突っかかってくる彼女は、鈴の中では友人というより、知人のレベルだった。
 けれど、そういえばと鈴は不意に気付く。事故の前と後で、彼女だけは変わらなかったという事実に。
 修学旅行の事故で、鈴のクラスメイトは全員、帰らぬ人となった。
 同乗していた恭介も含め、バスに乗っていた人間は、鈴を除いては誰も助からなかった。
 鈴一人だけが助かった。
 以後、転校の話もあったが、いきなり環境を激変させるのは良くないという意見もあって、鈴はまだ同じ学校にいる。席が隣のクラスに移っただけだ。
 事故から後、誰もが鈴を敬遠し、面倒ごとを避けるかのように寄り付かなくなった。元々人付合いの苦手だった鈴は益々孤立して、けれど、佐々美だけは以前と変わらず接してきた。
 廊下で出会えば声高にフルネームで呼びかけてきたし、なぜかバトルに発展することもあった。
 さすがに”宮沢様”とは口にしなくなったけれど、腫れ物を扱うように鈴と接する周りとは、一線を画している。
 今だって、こうやって普通に話しかけてくる。
 ――もしかして、と思った。
 もしかして、彼女なら。
「あたしが投げたら、投げ返してくれるのか…?」
「当たり前ですわ」
 即座に、返答。
 そうして鈴は漸く理解した。今までだって、いつだって彼女は、鈴に言葉を投げかけてくれていたのだ、と。
 自分に応じる気さえあれば、こんなにも簡単に話が続く。
 これが――会話だ。
 忘れていた、忘れようとしていた人としての日常。当たり前の行為。
 鈴は、ちりんと頷く。
「そうか。投げたら、投げ返してくれるのか」
「ええ。…何ですの、そんな当たり前の事を何度も」
「うん。当たり前の事だったんだ」
「?」
 今度首を傾げるのは佐々美の方だった。鈴はボールを握り締めて、小さく小さく呟く。
「…あたしは、ホントにノーコンだ」
 今まで、一体どこにボールを投げていたのだろう。
 こんなに近くにいてくれたのに、――気付かず、自分自身に投げてばかりで。
 けれどそれも、本当はどこにも投げられてはいなくて、どこにも返ってきてはいなかった。結局自分にすら、だ。
 どこまでも無知で、果てしなく独り善がりで、本当に、神なるノーコンだ。
 何も見えていなかった。
 ボールを握り締める鈴をどう思ったのか、佐々美は「気楽に来ればいいんですわ」と言った。彼女なりの、精一杯の気遣いだろうという事は鈴にも分かる。
 鈴が無言で頷くと、佐々美はほっとしたように表情を緩め、だが直ぐにそんな自分に照れたのか赤くなる。
「で、ではわたくし休日練習がありますから、これで失礼しますわっ」
 まるで誤魔化すようにそう言ってから、佐々美は少しばかり逡巡したあと、口早に小さく付け足した。
「明日…待っていますわよ」
 幽かな、ともすれば聞き逃してしまいそうな声。
 佐々美はさっと踵を返して鈴の元から去っていく。言わなければ良かったと思っていそうなその背中へ、鈴は咄嗟に叫んだ。
「――また、明日だ!」
 佐々美が振り返る。それを見た鈴は、思わず手に持っていたボールを佐々美に向って投げた。
 見事にキャッチした佐々美は、眉をひそめる。
「な、なんですのっ…!?」
「――それ、預けておくっ。明日取りに行くから」
 絶対に行くからと、強い視線を向ければ、佐々美は、頬を染めながらも偉そうに腰に手を当てた。
「遅刻したら許しませんわ!」
 そうして、硬球を手に佐々美は休日練習へと向かっていった。
 一人になった鈴もその場を離れ、寮へと帰る道を辿り始める。
 いつも、寮への帰り道は独りだった。今日も一人だ。けれど――それは独りとは違う。
 だから足取りは軽い。
 明日――明日だ。待ち遠しい、なんて感覚はいつ以来だろう。
 それから、そういえばまだ佐々美の名前を呼んでいなかった、と気付く。
「――さ、さささ……ささ、…み…だ」
 あれ程言い難く覚え難かったはずの名前が、思ったよりすんなり口から滑り出る。
 ああ、そうか。今までは、単に興味がなかっただけなんだ。
 自分が覚えようとしなかっただけだ、と知った。
「ささみ…ささみか、うん」
 明日会ったら、間違えずに呼んでやろう。きっとびっくりするぞ、あいつ。
 早く――明日にならないかな…。


          *


 翌日は快晴だった。
 授業はあったが、鈴は何となく出席しなかった。事故以来、時折こうした自由気儘な日を過ごしている。
 教師は何も言わない。下手に刺激して何か問題でも起こるのを避けているのだろう。好都合だった。
 今日の放課後は、佐々美とキャッチボールをするのだ。体力は温存しておかないといけない。
 久しく感じていなかった、楽しいような嬉しいような――つまりは幸せな心地で、鈴はうとうと枕を抱きしめた。



 見たのは、青い夢だった。
 細い飛行機雲。
 澄み切った空に、白いボールが突き抜けてゆく。
 周りには沢山人がいて。
 鈴は、佐々美とキャッチボールをする。
 鈴の投げたボールを佐々美がキャッチし、そして投げ返してくる。
 思ったより、ずっと高くボールが上がった。
 キャッチしようと、鈴はグローブを前に翳しながら後ろに下がる。
 白いボールはどこまでも高く飛んだ。
 高く――高く、空の彼方へ突き抜けて。

 ボールが、グローブに収まる事は無かった。



「――っ…」
 はっと目を見開くと、もう夕方だった。鈴は額を抑えながら起き上る。
 少し頭が重い。寝過ぎただろうか。
 窓の外は赤く染まり、そろそろ部屋を出てもいい時間になっている。
 一つしか持っていない練習用のボールは佐々美に預けてしまったから、持ち物は愛用のグローブだけにして、鈴はグラウンドへ向かう。
 きっともう誰かいるはずだと思ったのに、グラウンドに人影はなかった。
 ならばと、鈴はソフトボール部の部室に足を向ける。
 少し緊張する。
 どう切り出そうか。ドアを開けての第一声は――。
「ささみ…だ」
 うん、それがいい。第一声は決まった。ちゃんと、名前を呼んでやるんだ。
 あいつは、いつもちゃんとあたしの名前を呼んでくれていた。だからあたしも呼ぶ。
 驚く佐々美の顔を思い浮かべながら、鈴はドアの前に立つ。
 大きく深呼吸をして、それから鈴は、ドアノブを回した。

「さ―――」

 ガランと真っ暗な室内。
 誰もいない。
 鈴は目を瞬かせる。
 時間が早すぎたのだろうか…。そんなはずはない。では何故誰もいない?
「どうして…」
 呟いたのは、しかし鈴ではなかった。背後から聞こえた声に鈴が振り向くと、そこに、一人の見知らぬ女生徒が立っていた。
 ソフトボール部の部員だろう。手には小さなボールを一つ持っている。
「…あ、――あのっ……」
 鈴は、勇気を振り絞って口を開く。
 だが次の瞬間、それを叩き潰すように女生徒が叫んだ。
「どうしてアンタがここにいるのっ!!」
「っ…」
 突然突き付けられる怒声。悪意の視線に怯えて、鈴は一歩下がる。
 女生徒は、手にしていたボールを鈴へと投げつけた。
 どん、と胸に当たって地面に落ちる、――硬球。
 馴染んだ重みと硬さ。
「アンタのでしょうっ…!」
 憎々しい声。
 どうして彼女が持っているのか分からなかったが、佐々美に預けたはずのそれを拾おうと、鈴は身を屈めた。
 そして、凍りついた。
 ボールへと伸ばした指先が震える。
 夕陽の中、ボールは…赤黒く――どす黒く染まっていた。
 どうして――…一体何が。
「アンタのせいよっ…アンタがそんな物佐々美先輩に渡すからっ…!」
「さ、…ささみ、は…どうし…」
「全部…全部アンタのせいじゃないっ!そんなどうでもいいボールをっ…拾おうとしたのよ佐々美先輩は!」
「ひろ、おうと、した…」
「そうよっ…そのせいで車にっ…!」
「っ!」

 ――車に、撥ねられたのよっ……!

 女生徒は、悲痛な声で絶叫した。


 休日練習の帰り道。
 部員みんなでの、楽しい会話。
 新しい部員が増えると佐々美は言った。
 そうして彼女が大事そうに取り出したのは、小さな硬球。
 増える部員が誰かは、みんなすぐ分かった。
 佐々美は嬉しそうで、だから多少の不満不平は、誰も口にしなかった。
 やがて、通行人とぶつかった佐々美の手から、ボールが零れ落ちる。
 佐々美は――躊躇すらせず、ボールを追った。
 たかがボールだ。それがどれほど大事な物だというのか。
 だが佐々美は、車も見えない程に、そのボールを拾うのに一生懸命だったのだ。


「返してよ…」
 女生徒が、引き攣るほどの憎しみも露わに、鈴をねめつける。
「返してよ、佐々美先輩返してよっ!」
「あ、あたし、は…」
「アンタが死ねば良かったのにっ!」
 ザクリと憎悪が突き刺さる。
「そうだアンタが死ねば良かったんだっ。修学旅行の事故だってきっとアンタのせいだ!」


 流れ出る悪意は止むことなく。


「この――死に神っ…!」


 ――死  に  神  。


 そうか、そうだったんだ。
 あたしのせいだ。
 あたしがころした。
 ささみの事も、みんなの事も。
 全部あたしのせいだ。
 みんなあたしが悪かったんだ。

 全部全部、みんなみんな、何もかもあたしが―――!



「うあぁぁぁぁああああぁぁぁぁ―――っ!」



 叫んだ。叫んで鈴は走り出す。
 目の前の女生徒を押しのけ、走ってその場から逃げだした。



 なんで。どうして。
 あたしだけが生き残った。
 どうしてだ。

 ――あたしが………ねば、良かったのにっ…!。

 投げなきゃよかったんだ。あたしが――ボールなんか投げたから。
 それを、受け取ってくれたりしたから、だからささみは――。
 ささみ、痛かったか?苦しかったか?
 ごめん。ごめんごめんごめん…ごめんなさいっ…!


 こんなに苦しい想いをするなら、こんなに辛いなら、――もう、いい。
 辛いばっかりだ。痛いばっかりだ。
 もう、独りでキャッチボールなんてできない。
 投げ返してくれる相手を探していたのに、探しても探しても、見つからない。
 あたしの探してるものは、この世界にはきっともう、ないんだ。
 だったら、もう――いい…。



”――探している”



 不意に、声がした。
 ふと辺りを見回せば、自然に足が向いていたのか、いつもの練習場所に鈴はいた。



”探しているの”

「あたしも……探してたんだ」

”――見つかった?”

「見つからなかった。見つけたと思ったけど、やっぱりまた失くした。だから、もういいんだ。――もう、なんにも、いらない」

”――じゃあ……私にちょうだい…”

 するりと首に巻きつく、冷たい手。
 身体を絡め取る金の髪。
 ここは、”出る”と噂の場所で――もし何か聞こえても、彼女の独り言に、応えてはいけないのだ…と。

 だが、最早そんな事はどうでも良かった。欲しいなら、欲しい者が貰っていけばいい。
 最後の会話が幽霊とだなんて滑稽だけれど。
 でも、独り言よりはずっといい。


 ――もしかして、今度こそ……皆に会えるかな…。

 そんな儚い希望を胸に、鈴は、――そっと世界から目を閉じた。




          *



「――くちゃくちゃ感動するだろ」
「いや別に」
「なにぃっ!?あたしはしたぞ!もうくちゃくちゃ泣いた。涙どっぱーん!だ。お茶の間もボーン!」
 いつの間にか爆笑にすり替っている。理樹は、薄っぺらい本を片手に後ろを振り返った。
「で、この本書いたのって西園さん?」
「……百合とボールと本…(ぽっ)」
「いやいやそこで赤くなる意味が分からないんだけどさ」
 百合も中々…などとのたまい始める腐女子の隣で、危険思想の痴女子がハアハアと興奮しだす。
「未成熟で無垢な少女達が、薄暗い部室内で淫靡かつ淫らにくんずほぐれつ絡み合う…ああエロ萌えるっ…!」
「そんな表現どこにもないよっ」
 いったい来ヶ谷の思考回路はどこでどんな風にねじ曲がっているのだろうか。いやどうだろう、これはこれで真っ直ぐ素直な思考回路かもしれないが。などと頭の隅で考えながらも理樹は突っ込みを忘れない。
 そして、邪な方向へ走る者がいるかと思えばその一方。
「わふっ…えぐっ…り、鈴さんが可哀想なのですぅっ…!」
「ほわぁ、な、泣かないでぇ、クーちゃんっ…ぐすっ…」
「そういう小毬さんこそ、な、泣いているのですっ…ずびっ」
「だってっ…りんちゃっ………うわぁぁぁんっ!」
「うわぁぁんっ!」
 どうしてそこまで、という位純真無垢な少女が二人、抱き合ってとうとう泣き始める。それを見た鈴が、「あたしもだ!」とか訳の分からない事を叫んで小毬に抱きつき、やかましい泣き声が三人に増えた。
 更にその近くで、「くっ…不肖宮沢謙吾、男泣きだっ…!」とこっちもよく分からない事を言ってデカイ図体でおいおい泣き始める。
 甲高い少女三輪唱に野太い低音が加わって、ある種の異空間が発生。差し詰め地獄絵図の阿鼻叫喚。近寄っては危険だ。
 引きずり込まれないよう、一歩下がった理樹の背中が、どん、と何かに衝突する。鋼鉄の筋肉。なぜか黙ったままその筋肉が震えている。
 怪訝に思った理樹が見上げると、真人は目から水を流していた。
「真人。目から鼻水出てるよ。はいティッシュ」
「おうサンキュっ…ってなにーっ!?オレの目から鼻水がぁーーっ!?」
「うわっ真人くんエンガチョっ!」
 傍にいた葉留佳が一足飛びに真人から距離を取る。
「理樹くん!真人くんってば、ばっちぃですヨっ!」
「…あー…」
 ――ごめん、真人。
 取り敢えず、自分の些細な一言のせいで不当な責めを負った真人に、心の中で謝っておく。
「そういえば、葉留佳さんは、今の話どうだった?」
「やはぁ…何ともかんとも…さしすせソルト!で笑いに転じるも微妙…ってトコじゃないですかネ?」
 普段最も非常識なくせに、なぜか最もマトモな感想である。
 これであと残っているのは恭介だけだ。見ると恭介はまだ本から顔を上げない。もしかして泣いていたりするのかと、理樹がこっそり覗き込む。
「ぐー」
 寝ていた。
「ちょっと恭介っ?」
「――はっ!?ああ、すまん…。実は俺、漫画以外を見ると意識を失うんだよ…」
「…今までどうやって進級してきたのさ…」
 段々突っ込むのも面倒になってきた所で教室のドアがガラリと開く。
「おーっほっほっほっほ!こんなところで会うなんて偶然ですわねっ棗鈴!今日こそ勝負を決めて差し上げますわっ!」
「お前、ウザい」
「な、何ですってぇっ!?キーっ!」
「フカーっ!」
「まぁ待てお前ら」
 もはやどこから突っ込んでいいのか分からない二人の間に、割って入る恭介。
「勝負なら、……コイツでつけないか?」
 セリフと共に取り出したのは白いボールだ。鈴と佐々美に異論のあろうはずもない。
「よーし!じゃあ外出るぞー!」
 恭介の一声で、ギャラリーを引き連れてグラウンドへ。途中ですれ違ったピンクの髪の風紀委員もなぜか巻き込まれた。
 ギャラリーを含めた人数は大凡野球チーム二つ分に相当。それが判明するや、突如チーム対決へ移行。
 そんな中、外野を割り当てられたある生徒が、グラウンドの隅を見つめて目を丸くした。
「た、田中君!あれは君の仕業か!?」
「どうしたんだい?鈴木君。……あれ、とは?」
「あれだよあれ!ほら、校庭の隅に、西園君そっくりな女子と金髪の女子が仲良く座ってるじゃあないか!」
 まさか西園君のクローンでも作ったのか!と誰もいない空間を指さし騒ぐマッド鈴木に、バイオ田中がちょっとだけ気の毒そうな視線を送る。
 後にこれは、霊験あらたかな話として「校庭の七不思議」に加えられたとか。


 やがてかっとぶ白い球。
 青空の下響き渡るのは「まわせまわせー!」と叫ぶ声。

 取り敢えず、リトルバスターズ+α達は今日も元気にボールを投げている。


[No.513] 2008/08/28(Thu) 21:41:54

この記事への返信は締め切られています。
返信は投稿後 30 日間のみ可能に設定されています。


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS