第17回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/09/11(Thu) 21:30:32 [No.548] |
└ 直枝理樹のある生活 - ひみつ@22336 byte EX微バレ 大遅刻&容量オーバー - 2008/09/13(Sat) 19:55:03 [No.573] |
└ ――MVP的K点―― - 主催 - 2008/09/13(Sat) 00:11:35 [No.569] |
└ 君が居た夏は - ひみつ@11312バイト バレほぼ無し - 2008/09/13(Sat) 00:02:29 [No.568] |
└ 茜色の雲 - ひみつ@9540byte EXネタバレ無し - 2008/09/13(Sat) 00:01:34 [No.567] |
└ 一つの絆 - ひみつ@初投稿 8316byte EX微バレ - 2008/09/12(Fri) 23:54:30 [No.566] |
└ 孤独を染め上げる白 - ひみつ@10452byte - 2008/09/12(Fri) 23:32:21 [No.565] |
└ ブラックリトルバスターズ - ひみつ 16138 byte - 2008/09/12(Fri) 22:22:11 [No.564] |
└ 奇跡の果てで失ったもの - ひみつ@10365 byte EXネタバレありません - 2008/09/12(Fri) 21:59:19 [No.563] |
└ 奇跡の果てで失ったもの・蛇足 - 117 - 2008/09/14(Sun) 23:41:16 [No.584] |
└ トライアングラー - ひみつ@どうかお手柔らかに わかりにくいEXネタバレあり 15730 byte - 2008/09/12(Fri) 21:34:15 [No.562] |
└ はぐれ恭介純情派 - ひみつ・7738 byte - 2008/09/12(Fri) 20:07:25 [No.561] |
└ [削除] - - 2008/09/12(Fri) 19:16:22 [No.560] |
└ [削除] - - 2008/09/15(Mon) 10:03:25 [No.586] |
└ ただひたすらに、ずっと。 7772 byte - ひみつ@BL注意 - 2008/09/12(Fri) 19:02:31 [No.559] |
└ ずっとずっと続いてゆくなかで 19760 byte - ひみつ@EX激ネタバレ、BL注意 - 2008/09/12(Fri) 18:44:41 [No.558] |
└ ありがとう - ひみつ@6304 byte ネタバレ無し - 2008/09/12(Fri) 18:34:27 [No.557] |
└ ありがとう〜Another Side〜 - 117 - 2008/09/21(Sun) 00:49:53 [No.592] |
└ 夏の所為 - ひみつ@10029 byte - 2008/09/12(Fri) 06:10:29 [No.556] |
└ パーフェクトスカイ・パーフェクトラブ - ひみつ@10940byte - 2008/09/12(Fri) 01:53:27 [No.555] |
└ 二人ごっこ - ひみつ@7286 byte - 2008/09/12(Fri) 00:44:54 [No.554] |
└ ココロのキンニク - ひみつ@19786 byte - 2008/09/12(Fri) 00:21:22 [No.553] |
└ 滲む幸せ - ひみつ・12858 byte - 2008/09/12(Fri) 00:00:41 [No.552] |
└ 一つの過ち - ひみつ@初投稿 8316byte EX微バレ - 2008/09/11(Thu) 22:41:40 [No.550] |
秋の夕暮れ。放課後の校舎。傍の木立に身を寄せて、唇を引き結んでじっと前を見詰める女の子。見下ろした横顔が紅く染まっているのは、たぶん夕日のせいだけじゃない。 「…そろそろだな」 確認するように彼女に告げると、びくりと身を竦ませる。見かねて、右の手のひらを小さな頭に乗せる。 「ひぃ、っ…」 「っと、悪ぃ」 よほど緊張していたんだとは思うが、そんなに怯えた声を上げられるとちょっと傷つく。 言いたいことはあるが、それよりもまず、手のひらに収まった小さな頭をわしわしするのが先だ。胸よりも低い位置の頭を、子供や犬をあやすように髪ごと撫でる。 「あーうー」 いつもならもう少し荒っぽくやるところだが、大事な本番前に目を回されても困る。 手の下で硬さがほぐれてきた頃、校舎の角から目的の人物が現れた。 「…来たな」 「は、はひっ」 手のひら越しに、また少し硬くなったのが分かる。だがそれは仕方がない。だから余計なことは言わず、手のひらで頭を軽く叩く。 「すぅーっ、はぁーっ…すぅぅぅっ、はぁぁぁっ」 やりすぎて過呼吸になるんじゃないかとちょっと心配したが、こちらを見上げた顔には決意が見て取れた。 「…よ、よしっ。行きます」 「おう。…2週間、よくついてきた。もう何も教える事はねぇ。後は、信じろ。お前の筋肉を! 今のお前はあの時のお前より強い。行ってこい。行ってバシっと伝えて来い!」 「はい!」 はっきりと返事をして、決戦の地へと駆けて行く。その後姿は、今までで一番頼もしかった。 『ココロのキンニク 〜それは一通の手紙からはじまった〜』 「あ、待って真人。これ、落としたよ?」 親友に呼び止められたオレは、半分落ちかかったまぶたを筋肉で無理矢理持ち上げながら、差し出されたモノに顔を近づけた。 「…なんか足の臭いがするな」 「そりゃそうだよ。真人の下駄箱に入ってたんだから。…気がつかなかったんだ?」 全く気付かなかった。たぶん動きながら寝てたんだろう、靴は履き替えているのに下駄箱を開けた記憶もない。 同じく寝不足のはずの謙吾は、オレたちが立ち止まったことにも気付かず、さっさと先に行ってしまう。 半寝どころか全寝のくせにぶつかりもせず歩いていくヤツに対抗心が沸くが、今は親友が優先だ。 「手紙…だな」 薄桃色で無地のシンプルな封筒。裏返せば花のシールで封印がなされ、右下隅に少し丸まった小さな文字で差出人のクラスと名前が書かれている。 下駄箱に入れられてたって事は、考えられる可能性は一つ。心臓がばくばくと暴れだす。 「うん、これってたぶん」 「果たし状だな!」 「ラブレターでしょっ!」 「ええー」 予想はどうやら間違っていたらしい。熱い展開を期待していただけに余計残念だ。 「何でそんなに残念そうなのさ。ラブレターだよ? 普通しっぽりむふふなピンク色の期待にうへへへって来たりするものじゃないのっ?」 そういうものなんだろうか。最近真友が遠くなっていくようで少し寂しい。それが顔に出たのかもしれない。心友は軽い咳払いとともに興奮を収めて話を続けた。 「差出人は隣のクラスの娘みたいだけど、心当たりある?」 「いんや、全然」 名前どころか、隣のクラスには女子の知り合い自体がいないので首を横に振るしかない。 「うーん、それじゃあ中を見てみるしかないね。きっと何か手がかりが書いてあるはずだよ」 ほら、と手紙を突きつけられる。見れば満面の笑みを浮かべている。 「…なんか楽しそうだな」 こっちは反射的に受け取ってしまったものの、この場で開けて見るわけにも行かずに困っているのに。 だから、とても恐ろしい可能性を思いついちまった。 「そうか、秋も深まってきたのに相変わらずの暑苦しさを振りまいてる筋肉は、そばにいられると季節感がまるっきり感じられないから、この際彼女でも作って残暑と一緒に消えてくれないかな、って事かよっ!!」 「うんまあそれもあるけど」 「うああああぁぁぁぁっ!!」 聞かなければよかったという後悔が口から迸り、ついでに髪と頭皮も悲鳴を上げる。そうか共に悲しんでくれるのか。 「冗談はさておき、真人のいいところをちゃんと見ててくれる人がいるって事でしょ?それが嬉しいんだよ」 そう話す我がルームメイトは、天使のように無垢な微笑を浮かべていた。その微笑に凍りつくような絶望が溶かされていくのが解った。 「そ、そうか…へっ、ようやく世間がオレの筋肉を――」 「筋肉は暑苦しいけどね」 「ぬぅああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!」 ―― 突然のお手紙でごめんなさい。どうしても伝えたいことがあって。 1年のとき、あなたに助けられてから、ずっとあなたのことが好きでした。 きっと私のことなんか覚えていないと思います。あなたにとっては大したことではなかったのでしょうから。でも、私にとっては大事件でした。 あの時、お礼を言いそびれてしまって、ずっと言わなくちゃ、と思っていました。 それ以来あなたをずっと見ていました。見ているだけで十分だと思っていたから。 でも、あなたがお友達と一緒に楽しそうに笑ったり怒ったりしているのを見ていて、私の中で気持ちがどんどん大きくなって、もう抑えられなくなってしまいました。 会って、お話がしたいです。 放課後、裏庭のベンチでお待ちしています。 2年D組 宮崎多恵―― 放課後、クラスの皆が帰っていくのを見送りながら、オレはスクワットで漫然と時間を潰していた。 「さて、俺も今日は部活に顔を出してくる。また後でな、理樹」 「あ、うん。頑張ってきてね」 「おう、また後でな! 今日は勝つ!!」 「フ、片腹痛いわっ!」 再戦の約束をしつつ謙吾を見送る。これで教室に残っているのはオレたちと他数人だけになった。 「897!さて、898!そろそろ、899!帰るか、900!あと、901!ちょっとで、902!キリが、903!いいから、904!よっ、905!」 「だめだよー、真人。手紙の人に返事しなきゃ」 「うっ…911!」 携帯をいじりながらこちらを見もせず釘を刺してきた。スクワットでごまかせば気付かれないと思ったのに。 「で、でもよぅ。何度も言ってるけど、全然心当たりないんだぜ?」 名前もそうだが、1年前にそいつを助けたっていうのも覚えがない。 「けどさ、真人は筋肉関係のことなら息するように人助けしちゃうから、覚えてなくても不思議じゃないって」 「うーん…そうかぁ?」 自覚は全くないし、もし理樹たちが言うとおりだったとしても、筋肉関係のことなら礼を言われるほどのことじゃない。 「顔を見たら思い出すかもしれないじゃない。恭介の話だと、結構可愛い子らしいよ?」 「けど恭介の可愛い、ってのは標準からずれてるからなぁ」 今日も小毬のボランティアに付き合って保育施設に行ったヤツの基準は当てにならない。 「それに、みんなも言ってたでしょ?たとえ断るんだとしても返事はしなくちゃダメ、ってさ」 「う、あぁ…」 さっきも女子メンバーたちに散々言われたな。他のことは結構茶化したりしてたのに、それだけはみんな真面目に言ってたっけ。 「さて、僕も用事があるからそろそろ行くよ。頑張ってね、真人」 ずっといじっていた携帯を仕舞うと、少しだけ済まなそうに言って立ち上がった。 「え、理樹も行っちまうのかよ? ひとりは心細ぇよ、ついてきてくれよっ!」 「ダメだよ真人。これは、真人のミッションなんだから」 ぴんと立てた人差し指をオレの胸に突きつけて、真面目腐った顔を近づけてくる。次期リーダーの自覚が出てきたせいか、妙に押しが強くなってきた。そんなところを真似しなくたっていいだろうに。 その手には乗るまいとそっぽを向いて吐き捨ててやる。 「へっ、なんでもミッションて言やぁ喜ぶと思ったら大間違いだぜ!」 「うわ、ひねくれちゃって。仕方ないなあ。 …わかったよ。僕はついていってあげられないけど、真人の筋肉を連れて行けばいいよ。それならひとりじゃないでしょ?」 「え、いいのか? よしっ、この筋肉が一緒なら何も怖いもんはないぜ、ひゃっほぅ!!」 筋肉が一緒なら話は別だ。筋肉さえあれば、オレはどんな困難にでも打ち勝つ自信がある。 よ、よう。あんたが宮崎…か? そうですけど…井ノ原さん、ですよね。私に何か? ? いや、今朝の手紙のことなんだけどよ。オレは… 「ただいま、理樹! おお、恭介と謙吾っちも来てたのか。待たせちまったな!」 「おう、待ちかねたぞ!」 「びっくりした…おかえり、真人」 「よう、お帰り。ずいぶんご機嫌じゃないか」 上機嫌で帰ってきたオレを、トランプ片手に同じく上機嫌で迎える謙吾と、微妙な表情で迎える理樹といつもどおりの恭介。 「ご機嫌って、もしかして…」 「ああ。おめでとう、真人!」 「何っ、そうなのか!? そうか、おめでとう真人!」 「嘘っ!? ってそれは失礼か。うん、おめでとう」 オレが何も言わないうちからお互いに納得しあって、口々に祝福してくれる。なんだかよく分からないが、照れくさくも嬉しいもんだ。 「へへ、ありがとよ!」 「ぃよぉしっ! それじゃ、真人のこれからの幸せを願って、全力神経衰弱だぜっ!」 「うん!」 「応!」 「へっ、臨むところだ!」 恭介の号令のもと、オレたちは、何だかよく分からない盛り上がりと連帯感のまま、遊びに没頭していった。 「む、見えたっ! そこだああァァァァッ!!!!」 気合一閃、右から2番目、上から3番目のカードが宙に舞い上がる。そして、天井近くで上昇から下降へと転じると、ひらりひらりと頼りなく舞いながら元の場所へと降りてくる。絶妙のコントロールで裏返されたカードはダイヤの3。先に裏返されていたクラブとペアを作り、窮屈な行列から開放される。 「これで2組め。今回こそは俺がこのゲームを制してみせよう」 謙吾が獲ったカードを手にこちらを挑発してくる。だがそれには乗らない。前回まんまと乗せられて惨敗したからだ。 神経衰弱は自分との戦いだ。惑わされずにカードの場所を頭に焼き付けるんだ。 「あ、いけない。みんなにも知らせなきゃ」 真剣にカードを睨んでいるオレと謙吾の横で、理樹が急にそんなことを言い出した。邪魔するつもりか、面白え。その程度じゃオレの集中力を乱すことなんか出来ないってことを教えてやろう。 「ん? ああ、それならさっき俺が全員にメールしておいた。週末にはパーティだ」 恭介までオレを邪魔するつもりか。よほどオレの本気が怖いらしいな。いいぜ、まとめて相手してやろうじゃないか。 「さすが恭介。でも、まだパーティは早いんじゃない? 相手の人はそういうの慣れてないだろうから、ちょっとくらい様子を見た方がいいと思うけど」 「大丈夫だって。真人を選ぶような娘だぜ? きっと物事に動じない、包容力のある女の子さ」 「そうかなぁ…ねぇ真人。宮崎さんってパーティとか大丈夫な人かな? …真人?」 「ぁん?」 急に話を振られても、その前をまるで聞いていなかったから問い返すしかない。 「だから、宮崎さん。お祝いパーティやろうと思うんだけど、みんなでわいわいやったりして大丈夫そう?」 理樹の言っている意味が半分くらいしか分からないものの、さっきまで一緒にいた宮崎を思い返しながら答える。 「あー、あんま得意ってわけじゃなさそうだったけど、大丈夫なんじゃねえの?」 「そう、良かった。せっかく真人に彼女ができたのに、僕らのせいで別れたなんてことになったら悪いもんね」 「はぁ? なんだそりゃ?」 理樹が何にほっとしているのかさっぱり分からなくて、つい聞き返していた。だが、理樹からその答えを聞く前に、オレは突然鳴り出した携帯への対応に追われることになった。 「うおっ、なんだ一体!? みんなから一斉にメールが来たぜ!」 『おめでとう』とか『うらやましい』『美しくない』など、どれもオレを祝福するもので、嬉しいことは嬉しいんだが… 「何でオレに彼女が出来たことになってるんだ?」 オレがこぼした素朴な疑問が、なぜかその場を凍らせた。 手紙? おう…ほら、下駄箱に入れてったろ? これ… え、それ…うそ、あれ? え、ええぇぇーーっ!!?? 「…つまりだ。お前が受け取ったラブレターは、本来違う相手へと宛てられたものだったと?」 オレが一応の説明を終えると、部屋いっぱいにやっちまった感が充満した。理樹も恭介もぐったりしていたし、謙吾なんか真っ白な灰になるほど燃え尽きていた。 「だったら何であんなに上機嫌だったのさ…」 「そりゃ気が重い用事が終わって、理樹たちと遊べるからに決まってるだろ?」 みんな分かってて喜んでくれているもんだと思っていただけに、この反応は予想外だった。 「まったく、人騒がせな…」 「てめえはオレ関係なく一人で騒いでただろうが」 「まあよせ謙吾、真人も残念だったな」 「いや、そうでもねえが…それより相手の方が平謝りでよ。見ててこっちが居たたまれなかったぜ」 「すごい、真人が平謝りとか居たたまれないなんて言葉をちゃんと使ってる。まるで別人に見えるよ」 理樹がオレを尊敬の眼差しで見ている。謙吾と恭介も驚いているな、実に気分がいい。 「よく言うだろ、『ダンス3日続ければカツ多くしてくれるよ』てな!」 「うん、やっぱり真人だね。安心したよ」 どうやら筋肉と頭脳を兼ね備えたオレのかっこよさに、理樹のハートががっちり和紙掴みになったようだ。 「馬鹿だな」 「ああ、馬鹿だ」 謙吾と恭介のひがみも今のオレには心地いい。 本当にすみませんでした… いや、だからもういいって。オレの方こそ、悪かったな、手紙読んじまって。 それは仕方ないです、私が間違えちゃったんだし… ま、まあ今度はちゃんと名前も書いて出しゃきっとうまくいくって! …いえ、もういいんです。 「それにしても、その宮崎さんて娘、どうするのかな?」 謙吾と恭介がカードを巡って熱い攻防を繰り広げているとき、ふと理樹がそんなことを聞いてきた。 何が気になるのか分からずに聞き返すと、理樹は宿題する手を休めて顔を上げた。 「宮崎さんは、渡したい相手には結局ラブレターを渡せなかったわけでしょ? しかも全然関係ない真人に読まれちゃって…」 「そうだな、気が弱い娘ならそこで諦めてしまうかもしれないな」 謙吾からカードをもぎ取った恭介が手札を突きつけながら理樹の言葉を継いだ。謙吾の方を見ると、どうやらババはまだ謙吾の手の内にあるようだ。 「そんなようなことを言ってた、気もするな…」 「ええっ、それじゃ宮崎さんが気の毒――」 オレは曖昧に答えながら攻撃の構えを取る。理樹が何か言っているような気がするが、その声は急速に遠ざかっていく。 左手で手札を盾のように構え、右手の指を鳴らして間合いを確認する。ババがないとはいえ、ペアに出来なければいずれは負ける。狙いは慎重に絞らなければいけない。 筋肉が囁く。右から2番目のカードだ。 「いくぜぇ…恭介ぇっ!!」 「来い! 真人!!」 もういいって… きっと、間違えなかったとしても最初から駄目だったと思います。だからこれは、神様が諦めろって言ってるんです。あはは… …そりゃ違うな。 え? なるほどな、分かったぜ。神様があんたに言おうとしてるのはそんなことじゃねぇ。 どういう、ことですか? 筋肉だ! あんたには自信、つまり筋肉が足りねえ! え、ええー。 オレは思うんだ。自信てのはよ―― 時間にすればわずか数十秒の攻防だった…はずだ。何時間にも感じた激しいやり取りの末、オレの右手には1枚のカードがあった。 「ふ、オレの勝ちだな、恭介」 しかし、カードを奪われた恭介の表情は悔しさに満ちてはいなかった。 「く、くくくくくっ、あーっはっはっはっ!!」 「な、何がおかしいっ!?」 恭介の態度にうろたえながら聞き返すと、ヤツはオレが手にしたカードを指差して言い放った。 「そのカードをよく見ろ、真人!」 「カードがどうしたって…な、何ぃぃぃっ!?」 カードに描かれていたのはこちらをあざ笑うピエロ。慌てて謙吾を見れば、あいつも唇の端を吊り上げていた。 「だましやがったな、謙吾ぉっ!!」 「油断を誘うのも兵法のうちだ、真人」 がっくりと膝を突いたオレを慰めてくれるのは勝負の外にいる理樹だけだ。 「頭を使う分だけ真人に不利なのはしょうがないよ、ね?」 理樹の優しさが身にしみるが、まだそれに甘えるのは早い。 「まだ勝負は終わってねぇ。そして、筋肉がある限り、オレは負けねぇっ!!」 何度でも、立ち上がるんだ。 自信てのはよ、心の筋肉なんじゃねえかってな。 「悪い、待たせたな」 「いえ、大丈夫、です…」 昼休み、裏庭で待ち合わせた宮崎はやはりオドオドしていた。視線は斜め下に向けたまま、小柄な身体をさらに小さく縮こまらせて。 近づいていくとさらに縮こまる。でかい男と2人きりで怯えるのも無理はないんだが、ちょっと悲しい。 「まあ、なんだ…」 こういうときに何て言えばいいのか、筋肉は教えてくれない。考えようとしたときに身体が勝手に動いた。 「ひっ…」 わしわしわしわし… 「あ、あのっ、ぅぁうぁうぁう〜…」 一心不乱に頭を撫でているとようやく気分が落ち着いてきた。オレも結構緊張していたみたいだ、宮崎のことばかり言えないな。 しかし頭の位置が似てるせいか、つい普段クー公にしているのと同じように身体が動いてしまった。ほぼ初対面の女子にすることじゃなかったかもしれない。もしかして怒っていないだろうか。 「ぅあーうー…」 覗きこむと宮崎は目を回してしまっていた。慌ててベンチに寝かせる。忘れていた、女子は壊れやすいんだった。 「悪い、やりすぎた」 「ぁ、いぇ〜。こちらこそすみません、ご迷惑を…」 「何で謝んだよ」 「ひぅ、っ」 しまった、怖がらせたか。くそ、加減が難しいな。確か理樹も始めはこんなだったか。思い出しながら、自然と手が宮崎の頭にのびた。 手を載せると少し身体が強張っていたが、そっと手のひらを動かしていると、ゆっくりほぐれていった。 「さっきのはオレが悪かったんだ。お前は悪くねぇ。だから謝んな」 「…はぃ」 遠くから色んな声や音が聞こえてきて、今が昼休みなんだってことを思い出させる。いつもは大抵理樹たちと遊んでいたから、こんな静かなのは初めてかもしれない。 そう気付くと落ち着かなくなって、それをごまかすためにスクワットを始める。 「ふっ! ふっ! 筋肉! 筋肉っ!」 「ど、どうしたんですか急に」 「気に、すんな! まだ、いつもの、メニューを、こなして、ねえなと、思った、だけだ!」 静かな裏庭に、オレの息遣いだけが響く。とりあえず1セットだけにしておこう。 「…あの、格闘家とか、そういうの目指してるんですか?」 ベンチに横になったまま眺めていた宮崎が不意に口を開いた。 「オレ、か? …いや、考えた、こと、ねぇな!」 「え、でも、それじゃどうして…」 確かに、普通は何か夢とか目標があって、それを叶えるために鍛えるんだろう。 スクワットを中断して向き直る。 「筋肉ってのはよ、鍛えれば鍛えた分だけ強く太くなるんだ。ちょっとずつな。てことはだ、筋トレした今日のオレは、昨日のオレよりも確実に強いってことだ、そうだろ?」 「そう、かも…」 くっ、リアクションが薄くても気にしないぜ。オレは宮崎に伝えたいんだ。 「だからよ、宮崎も一緒に筋トレしようぜ!」 「は、ええっ!?」 「神様がお前に、筋トレしろって言ってんのさ。…確かに昨日のお前は駄目だったかもしれない。だが、ここからは違うぜ。なんたってオレがいるからな!」 オドオドとさ迷っていた視線が今は定まっている。頬に赤みもさしてきた。そして、半開きだった唇を一度結び、言葉を探している。 「…昨日の私より、強くなる、ため?」 「そーゆーこと。任せな」 「よろしくお願いします、井ノ原さん」 「おうっ、今日からはコーチと呼べ!」 「はい、コーチ!」 もう一度手のひらを頭に乗せ、今度は少し加減して撫でる。それでも丁寧とは言いがたかったが、目を細めて笑っていたからきっと大丈夫なんだろう。 も、もうだめです…お腹、もうっ… 弱音を吐くな、まだ2回じゃねえか! あと1回、頑張ってみろ! はい…っ! んぅ…ぁあっ! …はぁ、はぁ…っ。 よし、よくやったな! 3回できるようになったじゃねぇか! あ、ありがと、ござい、ますぅ… へへ、よーしよし。 あーうー、目がー、回りますぅー。 真人、今日の練習、どうする? 悪ぃ、今日もパスするわ。 宮崎、だったか。…良く続くな。 まあな、結構あいつ根性あんだよ。見てて楽しいぜ。 へえ、最初見たときはなんか気弱そうな感じだったのにな。 おう、昨日なんか腹筋3回もできるようになったんだぜ、2回しかできなかったのによ! …おっと、もう行くぜ。また後でな! …あいつ、なんかくちゃくちゃ楽しそうだったな。 そうだね…。 ご…かい! っ、はぁっ、はぁーっ、はぁぁ…。 やったな宮崎! とうとう5回達成だぜ! すげぇすげぇっ! あー、うー。あ…ありが、とう…ござい、ます…。 ははっ…は…そうだな、もう、いいだろ。 はぁ、はぁ…え? もう十分、強くなったってことさ。少なくとも、お前の心は。 コーチ…。 「――そう、宮崎さん上手くいったんだ?」 「ああ、最後まで見たわけじゃねぇけど、たぶん大丈夫だろ」 寮の部屋で心配そうにオレを待っていた理樹は、宮崎の勝負の結果を聞いて、溜息を一つついた。 自分が何かしたわけでもないのに、難儀なヤツだと思ったとたん、自分にも疲れがべっとりこびりついているのを自覚して苦笑いした。 「なーんか今日は疲れたぜー。さすがに遊ぶ気になんね」 「筋トレは?」 「筋トレはベツバラだ」 「それはご飯のときに言う言葉だよ…」 飯か。そういえば食欲もあまりない。昼もそんなに食ってなかったのに。 「…今日はカツくらいしか食えねぇな」 「カツは食べられるってのが凄いよ」 変なところにこだわる理樹を誘って食堂に行くことにした。途中で謙吾を誘い、ついでだから恭介と鈴も誘おうと携帯を取り出すと、いつの間にかメールが届いていた。 「ねぇ謙吾。思うんだけど、もしかしてさ…」 「…さぁ、どうだったんだろうな。たぶん、本人も分かってないだろう」 「おいっ、仲間はずれにすんなよ。寂しいじゃねえかよぅ!」 コソコソ話していた2人の首を抱え込んだまま、食堂に駆けていった。カツを食いに。 ―― 宛先:みやざき 件名:Re:コーチ、ありがとうございました! 削除しますか? はい/いいえ はい 翌朝、軽く走って帰る途中、小柄な女子に声をかけられた。 「いーのはーらさーんっ! ぐっどもーにんぐー、なのですっ」 手を振り振り、白いマントを翻してぱたぱたと駆け寄ってくる。いや、犬に引きずられてくる。 「ようクー公。早いな。散歩か」 「ゥオンッ!」 「ヴァウー」 息も絶え絶えな飼い主の代わりに、犬たちが答えた。2匹はオレのところに辿り着いた途端に大人しく座っている。いじめのようにも見えるが、お互い気を許してるから出来るんだろう。 「遊ばれてんなー」 「はっ、はっ、わ、わふー…」 まあ落ち着けよ、と何気なく頭に手のひらを置く。 「わふっ!?」 「悪ぃ、大丈夫か?」 少し勢いが余って頭をはたくようになってしまった。 「…そっか、こんなちっちゃいんだったな、クー公は」 「がーんっ! ちっちゃくないのですーっ! 井ノ原さんがでっかいだけなのです、あいむ・のっと・すもーれすとですーっ!」 「ははっ、悪ぃ悪ぃ」 手の下で小さな身体が暴れる。頭の上はどこまでも続く青い空。赤とんぼがいっぴき、どこかに飛んでいった。 [No.553] 2008/09/12(Fri) 00:21:22 |
この記事への返信は締め切られています。
返信は投稿後 30 日間のみ可能に設定されています。