第17回リトバス草SS大会(仮) - 主催 - 2008/09/11(Thu) 21:30:32 [No.548] |
└ 直枝理樹のある生活 - ひみつ@22336 byte EX微バレ 大遅刻&容量オーバー - 2008/09/13(Sat) 19:55:03 [No.573] |
└ ――MVP的K点―― - 主催 - 2008/09/13(Sat) 00:11:35 [No.569] |
└ 君が居た夏は - ひみつ@11312バイト バレほぼ無し - 2008/09/13(Sat) 00:02:29 [No.568] |
└ 茜色の雲 - ひみつ@9540byte EXネタバレ無し - 2008/09/13(Sat) 00:01:34 [No.567] |
└ 一つの絆 - ひみつ@初投稿 8316byte EX微バレ - 2008/09/12(Fri) 23:54:30 [No.566] |
└ 孤独を染め上げる白 - ひみつ@10452byte - 2008/09/12(Fri) 23:32:21 [No.565] |
└ ブラックリトルバスターズ - ひみつ 16138 byte - 2008/09/12(Fri) 22:22:11 [No.564] |
└ 奇跡の果てで失ったもの - ひみつ@10365 byte EXネタバレありません - 2008/09/12(Fri) 21:59:19 [No.563] |
└ 奇跡の果てで失ったもの・蛇足 - 117 - 2008/09/14(Sun) 23:41:16 [No.584] |
└ トライアングラー - ひみつ@どうかお手柔らかに わかりにくいEXネタバレあり 15730 byte - 2008/09/12(Fri) 21:34:15 [No.562] |
└ はぐれ恭介純情派 - ひみつ・7738 byte - 2008/09/12(Fri) 20:07:25 [No.561] |
└ [削除] - - 2008/09/12(Fri) 19:16:22 [No.560] |
└ [削除] - - 2008/09/15(Mon) 10:03:25 [No.586] |
└ ただひたすらに、ずっと。 7772 byte - ひみつ@BL注意 - 2008/09/12(Fri) 19:02:31 [No.559] |
└ ずっとずっと続いてゆくなかで 19760 byte - ひみつ@EX激ネタバレ、BL注意 - 2008/09/12(Fri) 18:44:41 [No.558] |
└ ありがとう - ひみつ@6304 byte ネタバレ無し - 2008/09/12(Fri) 18:34:27 [No.557] |
└ ありがとう〜Another Side〜 - 117 - 2008/09/21(Sun) 00:49:53 [No.592] |
└ 夏の所為 - ひみつ@10029 byte - 2008/09/12(Fri) 06:10:29 [No.556] |
└ パーフェクトスカイ・パーフェクトラブ - ひみつ@10940byte - 2008/09/12(Fri) 01:53:27 [No.555] |
└ 二人ごっこ - ひみつ@7286 byte - 2008/09/12(Fri) 00:44:54 [No.554] |
└ ココロのキンニク - ひみつ@19786 byte - 2008/09/12(Fri) 00:21:22 [No.553] |
└ 滲む幸せ - ひみつ・12858 byte - 2008/09/12(Fri) 00:00:41 [No.552] |
└ 一つの過ち - ひみつ@初投稿 8316byte EX微バレ - 2008/09/11(Thu) 22:41:40 [No.550] |
『さようなら二木さん』 さようなら直枝。 『短い間だったけど、僕は、楽しかったよ』 私も、貴方と過ごせて本当に楽しかった。 でも、それもおしまい。 『……』 直枝はもう、何も言ってくれない。 それが最後。 直枝理樹のある生活 最初の出会いは女子寮内の見回りをしている時だった。 「ここも異常なし、と」 一日の最後を締める女子寮内の見回りを終えて私はようやく一息ついた。 学園に満たない広さではあるものの、女子寮内全部を一人で見て回るのはやっぱり時間が掛かる。 早く部屋に戻ってお茶でも飲もう。 そう思って廊下の電気を消そうとして、あるものに気が付いた。 「何かしら?」 廊下の隅っこに置かれた、手の平大サイズの物体。 私は少し警戒しながら恐る恐るそれを拾い上げた。 ふわふわとした柔らかい、綿の感触が手に伝わる。 「ぬいぐるみ、かしら?」 人のような形はしているが黒いだけのそれは何を模ったのか分からない。 何気なくそれを裏返して、そこで私の思考が急停止した。 「――な、直枝!?」 そのぬいぐるみは直枝理樹にそっくりな人形だった。 何で直枝の人形が落ちてるわけ? 誰がこんな物を作ったのかしら? そもそもどうして直枝なの? え?直枝? え?えぇっ!? 「はぁ…」 シャワーを浴びて私はようやく落ち着きを取り戻した。 あの後、パニックを起こす思考を引きずりながらも、私は直枝人形(仮)を部屋に持ち帰ってきた。 女子寮内に落ちていたのだから間違いなく女子寮生の物だろう。 寮生の落し物を預かるのも寮長の仕事のひとつであって、別に欲しかったからとかそういう訳じゃない。 ええ、そうよ。 誰にともなく言い訳した私はもう一度、問題のぬいぐるみを手に取った。 当たり前だが既製品ではなく手作りである。 直枝のぬいぐるみがファンシーショップに並べられているなんて幾らなんでもシュールだと思う。 それでもかなり上手に、それこそ既製品に近い完成度である。 頭から紐で吊り下げられたぬいぐるみの直枝が紐を中心に右に左にとくるくる回る。 半球型のボタンで作られた円らな瞳。 男の子っぽい髪型なのに女の子っぽさを感じる可愛らしさ。 そして何より特徴を捉えた優しい微笑み。 「やっぱり、直枝、よね…」 直枝理樹。 私と同じく寮長を務めていて、今や棗先輩に代わってリトルバスターズの新リーダーとなった彼。 そして、修学旅行の事故から妹の命を、また、私たち姉妹を家のしがらみから助け出してくれた恩人でもある彼。 ぬいぐるみはその直枝の身体的特徴だけでなく、彼の最大の魅力である優しい雰囲気もよく捉えていた。 ただ、少し可愛らしくデフォルメされているせいか普段から男っぽくない直枝がより女の子らしく感じられた。 かろうじて学園の男子制服に身を包んでいることが男子であることを主張しているように思えた。 しかし、一体誰がこんな物を作ったのか。 女子寮内に落ちていたのだから間違いなく女子の物と見ていいだろう。 仮にも男子が直枝のぬいぐるみを作って持っているなんて可能性がゼロでなくとも想像したくない。 そしておそらく、というかこれもほぼ間違いなくリトルバスターズのうちの誰かの物だ。 その中でもぬいぐるみを持っていそうな人となると…。 「神北さんかクドリャフカあたりかしら?」 もしかしたら棗さんも持っているかもしれないが、流石に幼馴染みの人形は持たないだろう。 一瞬だけ頭の中に、はるちん無視するなー!と騒ぎ立てるアホの妹が映ったけど全力でスルーした。 葉留佳が裁縫なんて器用な真似ができるとはとても思えない。ええ、ありえないわ。 神北さんもクドリャフカもそそっかしい部分はあるけれど、二人ともああ見えて器用な手先をしている。 料理の腕も良いので、裁縫だってぬいぐるみの一つや二つ、簡単に作ってしまうかもしれない。 「でも、クドリャフカが、ねぇ…」 クドリャフカがぬいぐるみを作っている姿はルームメイトである私も見たことがない。 それに犬や熊といった動物のぬいぐるみは持っていても、彼女が直枝のぬいぐるみなんて持つだろうか。 一応、直枝はクドリャフカの想い人でもある。 好意を寄せる余りその相手の人形を作ってしまいあまつさえそれを愛でている、というのは恥ずかしがりやの彼女からは想像できない。 いや、寧ろそれ以上に何か危ない雰囲気すら感じてしまうような行為に思えてきた。 そう考えると人形の持ち主がクドリャフカである可能性は低いかもしれない。 「となると、やっぱり神北さんかしら…」 ある意味、クドリャフカ以上に子供っぽい彼女なら直枝の人形を作っても許されるような気がする。 もっともそれを指摘した途端に驚きの声を上げて真っ赤になる様子も想像するに容易い。 「よし」 神北さんの部屋まで届けよう、とそこまで考えて立ち止まる。 まだ起きている生徒も沢山居るだろうけど、消灯時間が過ぎてから出歩くのは好ましくない。 「また明日にでも渡そう…」 ふぁ、と小さいあくびが零れた。 少し考えごとしただけなのに何故だかいつも以上に疲れてしまった。 これも全部直枝のせいだ、などと責任転嫁しながらもベッドに倒れ込む。 ぼふ。 自然と顔が向いた先にあったベッドにルームメイトの姿は無かった。 そういえばクドリャフカ、誰かの部屋に遊びに行ったのかしら… まあ、そのうち戻ってくるでしょう、と沈みかかった頭が結論付けた。 おやすみ、クドリャフカ… ピピピピピピ… 朝。 目覚まし時計から控えめな電子音が聞こえる。 私は朝に弱いから他の人より早い時間にセットしているため、周りに迷惑を掛けない程度の音量しか出ないようになっている。 とは言っても、やっぱり眠たいものは眠たい。 秋も終わりに近付いたこの時期の朝、布団のぬくもりから出るのは辛い。 昔からの慣習になってしまった朝の五分間の抵抗を見せようと身じろぎする。 ふに。 右手に柔らかい感触。 またクドリャフカがベッドに潜り込んだのかしら… 確認しようにも重く閉ざされた瞼はぴくりとも動かない。 ふにふに。 罰としてこれくらいはしないと… 寝惚けた頭に小さな悪戯心が生まれ、しばらくその感触を楽しむことにした。 ふにふに。 あら? ふと違和感を覚えて手を止める。 いつもならこうしてふにふにすると、わふー…、という声を漏らす筈なのに今日はそれがない。 それに寝惚けてたからすぐには気付かなかったが、右手に感じる柔らかさは彼女のそれとはまた違った感触がする。 意識がはっきりしてきたのを感じ取り、ゆっくりと瞼を開く。 目の前に直枝の笑顔があった。 「きゃあああああああぁぁぁっ!!」 「わふーーーーーーーーーーっ!!」 早朝の女子寮内に私の大きな悲鳴が響き渡った。 「大丈夫ですか?佳奈多さん」 「…ごめんなさいクドリャフカ」 「いえいえ。佳奈多さんが大丈夫ならのーぷろぶれむ、なのです」 そう言ってクドリャフカは器用な箸使いで冷奴を半分に切って片方を口に運ぶ。 今朝の騒動のせいで食堂は普段より早くから朝食を取る女子の姿が多く見られた。 彼女らに済まないと思いながらも、今朝の事件を思い出すだけでまた顔が熱くなるのを感じた。 何とか事件はうやむやな状態で幕を閉じて周囲には悲鳴の正体が私だと悟られずに済んだ。 目の前のルームメイトを除いて。 「本当に大丈夫ですか?顔赤いです」 「ほ、本当に何でもないから…」 心配そうに見つめるクドリャフカに無理やり作った笑顔で返した。 まさか、昨日拾った直枝の人形をうっかりベッドに置いたまま寝てしまい朝起きたらそれを抱いた状態で寝ていてその上目を覚ました時に人形を本人と間違えて思わず悲鳴を上げてしまいました、なんて口が裂けても言えない。 アイデンティティ云々以前の問題で、人としてどうかと疑われる間抜けっぷりである。 「あ、リキ。おはようございます」 びくっ! リキ、という言葉に反応して肩が揺れる。 振り返ると、おはようクド、と挨拶を返す直枝がいた。 直枝の後ろにはまだ眠たそうな井ノ原や朝練を終えた宮沢の姿もある。が、今はそんなことどうでもいい。 「二木さんもおはよう」 にっこり笑う直枝の表情が人形と被って見えて嫌でも今朝の騒動を思い出させる。 そうよ。全部直枝のせいだ。 私を変に疲れさせるのも、朝っぱらから恥ずかしい思いをしたのも、今こうして羞恥に耐えなければいけないのも全部直枝のせいだ。 しかし、当の直枝はそんなの知らないと言わんばかりに暢気に笑っている。 なんていうか、すっごいムカつく。 その可愛らしい顔にお似合いな可愛らしい人形を思いきりぶつけてやりたいが、完全に八つ当たりだと理性が押し止める。 やっぱり暴力はいけないので人形の代わりにキッと鋭い視線をぶつけてやった。 「ぁぅ…」 たじろいだ。いい気味だわ。 直枝を庇うように宮沢が間に割って入るが、私は無視して食堂を後にした。 右に、左に、くるくる。 「…どうしよう、これ」 手から吊り下がった直枝人形を眺めながらひとりごちる私は寮の自室に帰ってきていた。 部屋の窓から僅かに差し込む弱々しいオレンジ光線が放課後から時間が経過していることを物語っていた。 結論から言うと、この厄介な人形をまだ返せずにいた。 神北さんの教室まで届けるだけなのだが、当然2−Eには直枝がいる。 今朝の一件もあって直枝に会いたくなかった私は神北さんが休み時間に一人になる機会を伺った。 が、リトルバスターズの結束力の仕業か、休み時間になる度に直枝の傍には神北さんの姿があった。 それだけでなく、私の葉留佳やクドリャフカまで直枝にべったりと引っ付いて離れなかった。 結局、神北さんと接触できず時間だけが過ぎていって放課後になってしまった。 今も直枝らと一緒にグラウンドで野球の練習をしている。 クドリャフカもいないので、私は一人こうして頭を抱えながら直枝人形を持て余していた。 右手の直枝は相変わらずといった様子で笑顔のままくるくると回っている。 「…本当にどうしようかしら」 すると、ずっと左右に回っていた直枝がこっちを向いたままぴたりと止まった。 にっこりと笑顔で私の顔を覗き込んでくる。 『二木さん、二木さん』 なんていう声が聞こえるような気がした。 ぺしっ。 なんとなくムカついたのでデコピンをお見舞いしてやった。 私のデコピンの威力に直枝はじたばたと飛び跳ねる。 やがて落ち着くと再びくるくると回り始めた。 もう一発お見舞いしてやる。 ぺしっ。 じたばた。 もう一発。 ぺしっ。 じたばた。 少し強めに。 びしっ。 じたばた! せーいっ!! びしっ! じたばたじたばた! うりゃーっ!! びしっ! じた、 ぷちっ。 「あ」 飛んだ。 直枝は私の手から離れ、壁にぶつかってころころと床に転がった。 焦った私は思わず駆け寄り、直枝を拾い上げる。 『いてて…ひどいよ二木さん』 表情は笑顔のままだけど、直枝の顔は何処か拗ねているようにも見えた。 幸い、ぬいぐるみの直枝には怪我ひとつ無かった。当たり前のように思えるけど。 しかし、頭にあった紐は根元から千切れてしまい直しようもない。 「ああ、どうしよう!」 たとえ直枝とはいえ、他人の物を壊してしまった。 …くっつかないかしら? 焦るあまり混乱した私は何度も千切れた紐の先を直枝の頭にくっつけようとする。 無駄だと気付いたのはそれから二分後のことだった。 「これで、よし、と」 パタン。 ソーイングセットの蓋を閉じた私は直枝を両手で掲げてみる。 たらん、と頭から垂れ下がった紐を見て私は満足げに頷いた。 ふと、神北さんもこれを作ったとき、こうしていたんだろうかと思った。 『ありがとう二木さん』 「お礼なんていいわ。その、私が悪かったんだから…」 『それでもお礼くらい言わせてよ』 「そ、そう?なら勝手にすれば?」 『うん。ありがとう二木さん』 にっこりと笑顔を浮かべる直枝に気恥ずかしくなって顔を背けた。 ちらっと横目で伺うと、直枝は変わらない表情で私を見つめていて、それが妙にムカついた。 『それよりさ、二木さん』 「…なによ?」 『あ、えと、一緒に遊ばない?』 「…は?」 『だから、また一緒に遊ぼうって…あ、あはは』 気圧されたように愛想笑いをする直枝。 私は直枝の言っている意味が理解できず聞き返した。 「またって、私がいつ貴方と遊んだって言うの?」 『え、昨日の夜とか、さっきもそうだよ。こう、くるくるーって』 アレか。 私が直枝を眺めている間、直枝にしてみれば遊んでるということらしい。 よく分からないが、それが直枝の感性なのだろう。 「…まあ、そんなのでいいなら」 『うん』 またにっこりと笑う。 私は千切れないように紐の先を摘んで持ち上げた。 宙に吊るされた直枝は右に左にとくるくる回る。 くるくる、くるくる。 『楽しいね、二木さん』 「そう?よく分からないわ」 『少なくとも僕は二木さんと遊べて楽しいよ』 ドキン、とした。 直枝の言葉に顔が熱くなるのを感じずにはいられなかった。 ちらり、と直枝の顔を覗き見る。 楽しそうにくるくると回る直枝は私の様子に気付いてないみたいだ。 ほっとする半分、なんとなくムカついたので紐を摘んだ右手を左右に振ってやった。 勿論、紐が千切れないように手加減はしている。 ぶんぶんぶん。 同じように直枝の身体も勢い良く左右に振られる。 ぶんぶんぶん。 『わ、わ、わぁ!ふ、二木さん!?』 「どうしたの直枝?楽しいでしょう?」 『いや速いから!速すぎですから!』 「そんなことないわよ、ねえ?」 『と、止めてよっ!止めてーっ!』 楽しい。 絶叫する直枝を見て私は素直にそう思った。 「…何やってるのよ、私」 食堂で夕食を済ませ、部屋に戻った私は激しく後悔した。 何を、と言うと直枝人形のことである。 デコピンして遊んでいて、紐が千切れたのを直して、その先から夕食の前までの記憶が酷く曖昧だ。 よく覚えてないが、かなり恥ずかしいことをしていた気がする。 それこそ周りから奇異な目で見られてもおかしくないようなことを。 大体、いい年してぬいぐるみで遊ぶなんてどうかしている。 それもこれも全部直枝と、この忌々しい直枝人形のせいだ。 さっさと神北さんに返してしまおう。 そうだ。それがいい。 私は決心して直枝人形を掴んで神北さんの部屋へ向かった。 手の中の直枝が少しだけ寂しそうな表情をした。 そんな気がする筈も無いのに。 神北さんの部屋の前までやってきた。 もう一度、手の中の直枝人形を確認して、控えめにドアをノックする。 コンコン。 ガチャ。 「はーい。あ、かなちゃん。こんばんはー」 「こ、こんばんは、神北さん」 中から出てきた神北さんは、直枝とはまた違う明るい笑顔をしていた。 やっぱりかなちゃんと呼ばれるのは慣れない。 訂正を求めても直らないし、あーちゃん先輩と違ってあまり強くも言えない相手なので流しているけど。 「ささ、あがって。お菓子もいっぱいあるよー」 「いいわ。すぐに済む用事だから」 「ふえ?何かご用事ですか?」 「ええ。ぬいぐるみの落し物なんだけど、これ」 私は直枝の人形を神北さんに見せた。 が、神北さんの反応は予想していたものとは違った。 「うわー!理樹くんにすっごいそっくりだよー」 両目をきらきらと輝かせて直枝の人形を眺めている。 まるで、初めてそれを見るような目だ。 「これは神北さんの物ではないの?」 「ふえ?違うよー。あ、ゆいちゃん。見て見てー」 「だからゆいちゃんはやめろと、…む?」 通りがかった来ヶ谷さんが私の手にある人形を覗き込んで何を悟ったのか、ふむ、と頷いた。 「来ヶ谷さん。何か分かりましたか?」 「ああ、分かったぞ」 そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべて私の肩に手を置いた。 嫌な予感がする。 「ぬいぐるみを愛でるとは君も存外に乙女だということか」 「へ?」 「ゆいちゃん。かなちゃんは女の子だよー」 フォローのつもりなのか知らないが、神北さんの言葉はスルーした。 来ヶ谷さんも同様だ。 「だがそういうのは自室でやるといいぞ。余りの出来栄えに自慢したくなる気持ちも分かるが」 来ヶ谷さんは一人だけ納得したかのように頷いている。 物凄く嫌な勘違いをされてしまった。 なんとか訂正しないと私の人格が破壊されてしまう。 「いや、ですから…」 「まあ、少年には黙っておこう。佳奈多君の楽しみを邪魔するわけにもいかんからな。私はこれで失礼する」 「ですからっ!」 私の言葉に耳を貸さず、はっはっは、と笑い声だけ残して来ヶ谷さんは去っていく。 終わった。 なにかもう、色々な意味で。 その場に残されたのは絶望に打ちひしがれる私と状況を理解していない神北さんだけだった。 「……」 「……」 「えっと、お菓子食べる?」 「いりませんっ!」 「ほわぁ!?」 怒鳴ってしまった。 「本当にどうしよう、これ…」 私がシャワーからあがると、クドリャフカは既に自分のベッドの中で眠っていた。 時折、寝言のように、わふー、という声が漏れている。 私は髪を乾かすのもそこそこにベッドの上に仰向けになった。 右手には直枝の人形。 紐に吊り下げられて左右にくるくると回る直枝は何処か楽しそうに見える。 「…貴方、本当に楽しそうね」 『うん。楽しいよ二木さん』 「殴っていいかしら?」 『勘弁してほしいな…』 変わる筈もない笑顔で愛想笑いを浮かべる。 なんとなくそう感じるのだ。 「ねぇ」 『何?二木さん』 「貴方の持ち主って誰なの?」 神北さんという有力候補が消えた今、他に思いつくのはクドリャフカくらい。 かといって、安易に訊ねてもし違ったら先程のような誤解を再び招くかもしれない。 正直、来ヶ谷さんと神北さんだけでも辛い。 来ヶ谷さんはともかく、神北さんは他の人にも気軽に話しそうで怖い。 だから早く持ち主に返してしまって誤解を解かなければならないのに。 けれど直枝は、うーんと唸るだけで答えない。 「何で黙ってるわけ?」 『意地悪してるわけじゃないんだ。ただ…』 「ただ?」 『知らないというか、知りようがないというか』 「煮え切らないわね」 知らないとはどういうことだろう? 自分の持ち主くらいは知ってるだろう。 『まあ、今の持ち主は二木さん、かな』 「…はぁ」 『う、ごめん』 済まなそうにする直枝。 とりあえず手掛かりはないので持ち主が現れるのを待とう。 「なんだかとても疲れたわ」 『そろそろ寝たらどうかな?』 「誰のせいだと思ってるのよ」 『すいません』 「貴方、謝ってばかりね」 『う、ごめ………はい』 枕元に置いた直枝はしゅんと項垂れた。 ちょっと可愛い。 「おやすみ直枝」 『おやすみ二木さん』 自然と言葉が交わされた。 それから数日。 直枝の持ち主は一向に現れず、私もまた直枝のある生活に慣れつつあった。 朝。 『おはよう二木さん』 「…お、おはよう直枝」 枕元に置いた筈なのに、いつの間にか抱いて寝ていた。 昼休み。 『今日もパンなの?』 「食堂だと人が多いでしょう」 『偶にはいいと思うけどなぁ』 軽くデコピン。 ぺしっ。 『いたぁ…ひどいよ二木さん』 馬鹿。 放課後。 『お疲れさま二木さん』 「……」 『どうかした?』 「貴方って本当に直枝そっくりよね」 『まあ、僕も一応、直枝理樹だから』 まるで直枝は二人います、と言っているような変な会話。 夜。 『今日も一日お疲れさま』 「貴方も寮長なら見回りしなさいよ」 『ちゃ、ちゃんとやってるよ』 「本当に?」 『…たぶん、おそらく、めいびー』 葉留佳の真似かしら? 何故だか分からないけどムカついた。 ぺしっ。 『えぇー』 そしてまた一日が終わる。 「ふぁ、…ん」 『もう遅いし寝た方がいいよ』 「そうね」 『あ、えーと…』 「…なに?」 『引き出しはやっぱり嫌かなー、なんて…』 「…やらしいわね」 『えぇっ!?』 「やっぱり貴方最低ね、最低」 『べべ別にベッドじゃなくて机の上でいいからっ』 「いいわよ」 『え?』 「…ぬいぐるみの貴方が何か出来るわけでもないし」 人形の、と言いそうになった。 他意はなくとも言われていい気分にはならない。 『二木さんは優しいね』 「やっぱり引き出しの奥に仕舞っておこうかしら」 『えぇーっ!?なんでそうなるのさ!?』 「冗談よ」 『悪い冗談だよ…』 直枝を枕元に置いて、私もベッドに潜り込む。 『おやすみ二木さん』 「……」 『二木さん?って、わぁ!?』 ぎゅっ。 『ふ、二木さん?』 「き、今日だけよ。さっきの、お詫び」 『う、うん…』 ドキドキドキ。 どうしてだろう。 ただぬいぐるみを抱いているだけなのに胸の鼓動が速く大きくなる。 腕の中の直枝から鼓動は感じられない。 当たり前だ。この直枝は人形であって人ではないのだから。 でも。 『ドキドキ、するね。二木さん…』 「そ、そう?そうかしら?」 『う、うん』 「そう…」 たとえ人形であっても、心臓がなくても緊張するのだろうか。 あるいは、私がそうしてほしいと願っているのか。 「なお、え…」 『なに?二木さん』 「もし…」 もしこのまま、持ち主が見つからなかったら。 その先を訊きたいのに言葉が続かない。 『…おやすみ二木さん』 おやすみ直枝。 瞼が落ちる。 最後に見た直枝の笑顔は儚げで弱々しかった。 それを訊いてはいけなかったのだろうか。 翌日、私と直枝の奇妙な生活から丁度一週間。 その日の晩、遂に直枝の持ち主が私の前に現れた。 「それで葉留佳ったら――」 『……』 「直枝?」 『え!?な、なに?』 「どうかした?」 『ううん、大丈夫』 今日の直枝は朝からずっとこんな調子だった。 話しかけても何処か上の空で、くるくる回るお気に入りの遊びにも全く興味を示さない。 直枝の笑顔には今まで見たことのない翳りがあった。 私の胸に得体の知れない不安が湧き上がってくる。 もしかすると逆で、私の中の不安が直枝の表情を翳らせているのかもしれない。 只でさえ小さい直枝がますます小さく見えて、そのまま何処かへ消えてしまいそうだった。 『二木さん…』 「なに?直枝」 襲い掛かる不安を払拭するように明るく振舞った。 だが、直枝の表情が晴れることはない。 『もし今、僕の落とし主が現れたら、二木さんどうする?』 昨日の私の問いとは逆の問いかけ。 直枝の言葉に少しだけ驚いたが、冷静を装って問いに答えた。 「勿論返すわ」 『だよね。ゴメン、変なこと訊いて』 そう言ったときの直枝の表情がどうだったか分からない。 ただ、昨日の夜と違ったのは確かだった。 コンコン。 小さくドアを叩く音が聞こえてまた驚いた。 『誰か来たよ』 「…そうね」 直枝の言葉に答えながら、机の一番上の引き出しを開く。 普段は鞄や引き出しに仕舞おうとすると嫌がるが、他の人がいる時だけは大人しくしてくれる。 コンコン。 もう一度、ドアをノックする音が聞こえてきた。 「今開けるわ」 ドア越しの相手に伝えると、手の中にある小さな身体を引き出しの奥にそっと仕舞った。 ドアの向こうにいたのは先月この学園に転入してきた朱鷺戸あやさんだった。 しかし、赤い顔で人差し指を合わせる仕草に普段の彼女とは違った印象を受けた。 彼女はもじもじとしたまま一向に用件を話さない。 じれったいとは思うものの、まだまだ勝手が分からない部分も多いだろうから此処で冷たくあしらうわけにもいかない。 「あ、あのっ!」 「なにかしら?」 「お、落し物を探してるんですけど…」 そこまで言って既に赤い顔をさらに紅潮させると俯いてしまった。 落し物。 その言葉に私は嫌な胸騒ぎが覚えた。 思い当たるのはひとつしかない。 「いつ、何を落としたのか教えてもらえる?」 分かってる癖に、私の口からはそんな言葉が易々と出てきた。 朱鷺戸さんは上目遣いで私を見ると、おずおずと話し始めた。 「一週間くらい前で…お、落としたのは、その…ぬいぐるみ、です」 間違いない。 そういえば彼女もリトルバスターズの一員で、幼馴染みだと直枝本人から聞いたことがある。 彼女の事をよく知らないというのもあって、朱鷺戸さんがぬいぐるみの直枝の持ち主だという可能性を忘れていた。 「それで、その…届いてないですか?」 朱鷺戸さんは恥ずかしそうにしながらも、やはりその表情は不安に満ちていた。 きっと彼女は今日までずっと直枝のことを探していたんだろう。 「ちょっと待ってて」 私の言葉に、彼女は俯いていた顔を上げる。 「は、はい!」 彼女の表情に光が差したように見える。 それとは反対に、私の胸騒ぎは押さえようの無い動悸へと変わった。 ドアの向こうに朱鷺戸さんを待たせると、私は引き出しから直枝を取り出した。 紐の先から吊るされた身体が右に左にくるくると回る。 直枝の表情は一日ぶりに見る明るい笑顔だった。 『また遊んでくれるんだ二木さん』 「なによ。さっきも遊んであげてたじゃない」 『そうだったね』 もっとも、直枝は楽しくなさそうだったけど。 言葉を飲み込んだ私は楽しそうに回る直枝をじっと見つめていた。 こうして眺めていると、私の動悸が緩やかに治まっていくのを感じる。 初めの頃は気付かなかったけど、どうやら直枝にはヒーリング、癒し効果があるようだ。 「ねぇ直枝」 『なに?』 「貴方は知ってたの?」 直枝の問いに答えた直後、直枝の持ち主である朱鷺戸さんが現れた。 どう考えても彼女が現れるのを知っていたとしか思えない。 『なんとなく、かな?そんな気がしてたんだ』 直枝は困ったように笑う。 嘘を言っているようには見えない。 「で、どうするのよ?」 『なにが?』 「なにがって、持ち主が来てるのよ」 帰りたくないの、と訊こうとしてはっと気付く。 私は直枝を帰したくないと思っていることに。 そもそも人形相手にそれを問うとはおかしな話だ。 物が持ち主の手に返るのは当たり前なことで、そこに物の意思がある筈も無い。 『帰るよ』 言葉の意味をすぐには理解できなかった。 『僕は、帰る』 繰り返される言葉を聴いてようやくその意味を理解する。 ずきり、と胸が痛んだ。 「そう」 『うん』 一言交わし、直枝の身体を持ち上げた。 在るべき場所に帰すために。 『ねぇ二木さん』 「なに?」 『もし僕が、一緒に遊ぼうって言ったら』 「いいわよ」 『え?』 「遊んであげるって言ってるの」 『ありがとう二木さん』 このときの直枝の笑顔はとても眩しかった。 『あ』 「なに?どうしたの?」 『二木さんはやっぱり笑顔が似合うよ』 「ぷっ」 思わず笑ってしまった。 『な、なんで笑うのさ』 「貴方に言われてもね」 困ったように拗ねる直枝は、誰よりも笑顔だった。 出来ればもう少しだけ眺めていたかった。 『あや、待ってるよ』 「分かってるわ」 『さようなら二木さん』 ドアノブに手を掛けたとき、直枝は別れの挨拶を告げてきた。 最後だというのに、相変わらずにっこりと笑っている。 「さようなら」 さようなら直枝。 私も別れの挨拶を返す。 『短い間だったけど、僕は、楽しかったよ』 「そう?良かったわね」 私も、貴方と過ごせて本当に楽しかった。 でも、それもおしまい。 『……』 直枝はもう、何も言ってくれない。 それが最後。 私はゆっくりとドアノブを引いた。 [No.573] 2008/09/13(Sat) 19:55:03 |
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