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さて、あっちらこっちらで血生臭い、いや、違うか。泥臭い、これも違うか? じゃあキナ臭いか? まぁそんな感じの濁った会合が行われていた頃、その渦中の人、岡崎朋也は戸惑っていた。 なぜなら…… 「パパ、リンゴむけたよ。ハイ、あ〜ん」 と、ヒマワリのような笑顔で、不器用に切り分けられたリンゴを差し出した少女の存在の所為だったりする。 「あのさ、汐ちゃん……って、あっ」 行った傍から、己の発した言葉をうらんだ。あちゃーと心の中で呟くが、もう遅い。 とりあえず自分の記憶が吹っ飛んでいることを考慮しながら、慎重に言葉を選んだ。否、選んだつもりだった。 しかし、「汐ちゃん」と呼ばれた傍から彼女「汐」は、ほっぺたを膨らませてぶんむくれさせていった。 「もぉ〜っ。パパったら、いい加減にわたしのこと、汐っていつもみたいに呼んでよね!」 「んなこといわれてもなぁ……」 そう、さっきから彼女のことを「ちゃん」付けで呼んでは、今のように怒られるのである。 朋也が記憶しているだけでも既に8回(今回で9回目)注意されている。2桁の大台には乗せたくない気分である。以後注意せねば、と心に誓う。 それにしても……と朋也は思った。彼女――汐――を見れば見るほど、朋也には信じられない。 なにせ彼女は自分の娘だというのである。朋也の記憶には18才までのものしかなかったから、これほど大きい娘が居るという話が信じられないのも当然の話だった。 「記憶が跳んでも、パパはパパなんだかんねっ。あ、それとも……」 「それとも?」 「いっそ愛人にでもなったげよっか?」 ゴンッ!! 激しい音を立ててベッドに備え付けの机に頭を突っ込ませる朋也。 痛い……と思いたいところだったが、どっかの神経が麻痺してるらしく、意外と痛くない。 心配そうに顔を覗かせた汐が言った。 「ああ〜、パパ、大丈夫?」 「意外と」 「今のショックで記憶が戻ったりは――」 「残念ながら」 「もっかいやってみる?」 「遠慮しとく」 「残念」 「残念がるなっ」 「えー」 「えー、じゃありませんっ。大体なんだよ愛人って、恋人ふっ飛ばしていきなり愛人かよっ」 「いやぁ〜、恋人にはママがいるからさ、それならば愛人に落ち着くのが一番の解決策かと思いまして」 そーゆー問題じゃないだろ……と、ぐったりした朋也を見て、はっはっはっと汐が笑う。 「ま、記憶が跳んじゃったのはしょうがないって、そのうち戻るといいよね」 そういった汐の顔が、少しだけ寂しそうに見えて、すまん、と朋也は謝った。 寂しい顔をさせてしまったのは、明らかに自分の所為で、でも早く記憶を戻せと急かしたりしない汐に、申し訳なくなったからだ。 割りと自然に出てきた自分の台詞に驚きつつ、新しい自分を見つけたような気分になりつつ、複雑な気分で、朋也は汐を見た。 「なぁ、汐?」 「ん? なに?」 「汐が覚えてるだけで良いからさ、聞かせてくれないか? 汐と俺の……俺たちの、思い出」 「いっぱいあるよぉ〜」 まるで宝物を友達に自慢するような笑顔――実際そんな気持ちなんだろう――で、ニッ、っと笑って汐は言った。 望むところだ、朋也も笑顔で返す。 「それじゃあまずは、割りと最近のことからでね……」 たまには、記憶をなくしてみるのも良いかもしれないな。 記憶の戻らない、病院の一室で朋也はそんなことを思った。 とてつもなく下らない陰謀が、自分の知らないところで、でも自分を中心として、うごめいているとは露知らず……。 [No.58] 2006/05/27(Sat) 16:14:15 |
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