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all オリジナル作品批評会 - かき@主催っぽい人 - 2005/08/30(Tue) 21:34:43 [No.3]
Re: オリジナル作品批評会 - かき@主催っぽい人 - 2005/09/09(Fri) 00:14:57 [No.7]
煙に巻く - 二人目 - 2005/09/04(Sun) 14:33:58 [No.6]
作品について - 二人目 - 2005/09/13(Tue) 00:46:05 [No.9]
名前はいらない - 一人目 - 2005/09/01(Thu) 06:42:19 [No.4]
名前はいらない・加筆修正版1 - 一人目・改 - 2005/09/13(Tue) 00:11:07 [No.8]
感想〜 - pentium - 2005/09/13(Tue) 14:20:55 [No.11]
かんそーとか - かき - 2005/09/13(Tue) 02:00:13 [No.10]
第一回批評会ログ - かき@主催っぽい人 - 2005/09/04(Sun) 02:26:28 [No.5]
第二回批評会ログ - かき@主催っぽい人 - 2005/09/18(Sun) 00:59:21 [No.12]


煙に巻く (No.3 への返信) - 二人目

『どこに行くの?』
 この言葉が耳から離れないのは何故だっただろうか。理由はわかっていたはずなのだが、彼は考えることが出来ない。当たり前のようにタバコを吸って、当たり前のように道を歩いていた最近の自分。だが、昔のことを当たり前のように考えることが何故だかできないのだ。


 どのくらい前のことだろうか。彼がまだ住処を持って定職に付き、世の中の大半の社会人と同じような生活を繰り返していたころだ。その頃のことを思い返そうとしてみるも彼にはほとんどのことが靄がかかったように現れた瞬間消えてしまう。所詮その程度の生活だったということだなと思うのではあるが、思い出せないのに懐かしいとも感じる気がしているのは彼が言う「その程度の生活」というのにも感慨深いものがあったということだろう。
 線路沿いを歩きながら懐から箱を取り出そうとして、それを掴んだまま手が止まる。そうだ。禁煙を始めたんだったか。禁煙するのなら残っていたその箱を捨てればいい話であるのだが、半分に届かない量の煙草とライターがその箱には残ったままだった。左手をポケットに入れれば携帯灰皿も未だに入っている。
 昔からこの良くわからない考えは変わらないな。空を見ながらそう思った。昔のことなんてほとんど、いや、全くと言っていいほど覚えていないはずなのに。彼は明日は何をするかが大体わかっていたあの頃でもこんな風だったのだろうか? おそらく彼を知るものがここにいたならば少し悩みながらも一応は首を縦に振っていたことだろう。彼は変人だった。それなりの仕事に就いて、それなりに働いて、それなりに人並みの生活を送って明日に不安を感じることのない生活を送っていた、どこにでもいるレベルの変人だった。自らそれを破り捨てた時には彼は何になったのだろうか。しかし今の彼を知るものはいない。

 何が彼をそうさせたのはわからない。ただ、何かが影響したことは確かである。それが何かでさえ思い出せないくらいに遠い昔のように彼には感じるが、実際にはそう時は経っていない。ただあの頃とは時間の密度が違うだけで、今でも平等に昔と同じように時は流れている。
 まず最初に仕事のことを考え、次にストレスの発散のために趣味のことを考える。そういう暮らしから抜けだしたのはどんな日だったのだろうか。そんなことを考えて金網に体を預けた。反射的に手がポケットに行きかけるが、大きな溜息とともに後頭部へまわす。

 全てが順調だった。同僚ともいい関係を築け、上司にも悪くない印象を与えていたはずだ。会社も急成長というほどではないにしろ将来性のある場所だった。ストレスは溜まるが、発散方法もたくさんあったし、どこにも不満なんて無いと思っていたはずの自分。どこがターニングポイントだったのだろう。今まで触れてこなかった。いや、触れようとしても何かが邪魔をしていた、鍵をかけたように大切に仕舞われていた小さな箱にゆっくりと手をかける。
 空を見上げると煙草の煙のような雲がゆっくりと流れていた。


 残業があった。上司に頼まれたわけでもない、まだ締めに入るまでは時間があったその程度の仕事だ。会社の同僚も珍しく残業しておらず偶然に一人で残っていた、そんな日。
 いつも仕事でやっているようにパソコンのデスクに座り、キーボードと格闘し、ときどき首を回しながら、少しずつ片付けていた。
 そしてやはりいつものように小休止をしてコンタクトレンズ用の目薬を点す。片方の目に二滴ずつ。慣れ親しんだその四つの感覚。だが爽快感というのは慣れ親しんでいても良いものであり、少しだけ疲れが取れたような気になってもう一度液晶画面を見る。
 頭が少し揺れた。地震かな、と思い頭上の書類の束を見てみるも変化は無い。もう一度液晶画面に目を映すとやはり揺れていた。
 後少しでノルマをこなせそうなところまで来て不調を訴える自分の身体にいらいらしてみるもすぐに気を取り直して休憩室へ向かった。よくB型と思われているが俺はれっきとしたA型人間だ、と入社二年目の事務の女の子に宣言しようとしている自分が頭の中に現れていたことに気づいて、自分は疲れているんだな、と自覚した。

 会社が試験的に導入したエアカーテンで仕切られた休憩室で煙草を咥える。最近はどこにいても喫煙者に優しくない世の中になった。公共の場なんて論外であるし、どこかの店内にだったとしても嫌煙家の目は酷く気になる。こちらは喫煙席で吸っているんだからそんな目で見るなと言いたいが、自分でも煙草の生み出す悪影響は理解していたので、結局は肩身の狭い場所へと甘んじることになる。
 エアカーテンに消されていく煙をぼんやりと見つめる。なんだかそれが酷く滑稽に思えた。自分がこの場所にいることに、自分の知っていたはずの世の中が全て入れ替わったかのような違和感を覚える。
 煙が消える。目に見えないはずの空気の流れがタバコの煙を通して見ることによってくっきりと浮き上がる。なんだかそれが異常なほどいらだたしくて煙を増やし、そして結局すぐに消されていく。矛盾。いらいらが募る。エアカーテンで仕切られている空間。消えていく煙。それを生み出す自分。立地する会社。所属する自分。
「ふっ」
 今までしたことの無い笑いが漏れていた。いや、過去にあったのだろうか。一度だけ。あれは罠にかかっている虫を見た時だ。甘い匂いに誘われてのこのこやってきて。必死にもがくのに。逃げ出したくてもがくのに。もがけばもがくほどソレは絡みつく。甘い匂いの中で屍になっていく過程。その様子を見て虫の色をそのまま映し出したようなどす黒く光った衝動を感じたのは中学に入ったばかりの頃だっただろうか。映画だったか。はたまた本だったか。どっちでもいいが何かに影響されて哲学的な問いを頭でぐるぐると回しつづけて明日なんてどうでもよくなったころの出来事。両親にそんな自分でもよくわからなかった考えのことを聞くと思春期の頃特有のはしかみたいなものだ、と一蹴されたことを思い出した。その両親は今は墓の中。もう三年も前のことだった。そういえば今日は命日だった。朝付けるとたまたまやっていたテレビのニュースで振り返っていたことを今ごろ思い出して、限界まで短くなったその先で燻っている火を消した。

 もう残りの仕事を片付ける気になるわけが無かった。四本の吸殻と中途半端な量の仕事を残して、彼は会社を後にした。普段はするはずの無い歩きタバコ。人並みの常識は持ち合わせていた彼だったがそれは会社に忘れてきてしまったようだった。いらいらした頭のまま家路を歩む。もしかしたら競歩のような早さだったかもしれない。反転したままの世界は新しい乗り物を手に入れて試乗しているかのように現れては消えていく。変わらないのは咥えたタバコから出ている煙だけ。その煙を追うようにして後ろを振り向くと、待っていたものは不快そうにこちらを睨んでいる老婆の姿で煙はすぐに消えていった。
 世界は反転したままだったが、常識が戻る。いらいらは消えないままだったが、すぐさま携帯灰皿を取り出して半分以上残っているそれを灰皿へと押し付けた。もう一度後ろを見る。今度はじっくりと頭上から地面、足元から遠くまでぐるりと視界を一周するように注視してみると視界ぎりぎりのラインに吸殻が残っていた。そこまで戻り、拾う。そして先を見るとまたしてもぎりぎりの場所に残る足跡。周りを見渡し、気が付けば会社よりも家のほうが近い位置まで来ていた。そしてやはり吸殻を拾いに行って、その先に見つける。
 全てを拾い終える。するとその先は会社の目の前であった。わずかに日の光を残していたはずの世界が人口の光に彩られていた。色が反転していてもそんなことは理由もなくしっかりとわかってしまう自らの脳にやはり苛立ちを感じた。
 再び家への道を辿ることとなった。タバコを吸いたかったが、理性をどうにか総動員して押し留めた。何をするにもいらいらという名の何かが一斉に署名を集めて募っていく。そう言えば衆議院が解散したのだったかな。街灯の明かりはブラックライトとなって彼の目へと流れ込む。常識と非常識の有り得るはずのない融合。あまりにも異常な世界を映し出しているはずなのだが彼は今までの人生のおかげで常識を覚えていて今までに何度も見た正常な世界へと異常を補正しようとしている。視覚と脳で見る映像が別物になっていて、違和感が三百六十度回転して元に戻っているのだが何らかのパーツが規格外であり、何度試しても合うことのないおかしな感覚。
 なんだかやたらと煙草が吸いたくなった。仕事帰りに寄ることの多い行きつけのファミレス。もちろん喫煙席も用意してあるところだ。いつのまにここまで辿りついたのかはやはりわからなかったがいつものように、何がいつものようなのか不自然な世界では良くわからないはずだったのだが、店員に案内されてホットコーヒーとハンバーグセットを頼む。今さら山姥メイクなんて流行らないだろうと思った。やりとりは不快だった。他の客の生み出す喧騒も不愉快だった。ただ煙草が吸いたかった。店員が一礼をして頭を上げる前に我慢が効かなくなってタバコに火を付けた。
 全反転の空間の中で何故かその灰色だけが彼が見ていたいつもの色だった。白みがかった灰色のはずなのに不思議とそれだけが反転されておらず切り取ってきたように同じ色のままだった。いや、全てが違うこの中でこれが違わないとも限らない。全てのことが疑問であり、全てのことが正常なのだ。口の先から煙が登っていくは正常だ。いつものように仕事を終えて会社から帰るのも正常なのだ。そう。自分はヘヴィスモーカーだからいつのまにか吸殻が増えていくのも正常だ。すでに会社で一箱消費したし、たった今もそれはまた増えた。
 懐から目薬を取り出す。いつも必ず、二滴ずつ両目に垂らす。変な癖ね、と言われたのは誰にだっただろうか。点す。点す。点す。点す。あぁ、そうだ。彼女だ。そういえば明日はレディスデーだから新作の映画を見にいくんだったか。俺は男だからあんまり意味はないし浮きそうなんだけど、と言っても笑って取り合ってくれなかったんだ。
 いつもの店員さんが笑って注文を運んでくる。いつものように愛想笑いを浮かべて軽いやりとり。見慣れた店内に見慣れたホットコーヒーとハンバーグセット。スッと入るナイフの感触も付け合せのにんじんのグラッセの色も見慣れたものだ。ホットコーヒーを運んでみると程よい熱さと適度な薄さが落ち着きを取り戻させる。
 明日は休日だ。朝からすでに予定が入っている。久々に彼女と出かける。張り切っている彼女に振り回されることになるのだろうか。こんな風に一人でゆっくりしている暇はなさそうだ。慣れた味を全て味わったころには彼は心地よい満腹感に満たされていた。
 レジの係もいつもの彼女だった。初めて見たときより少しだけアイシャドウが濃くなっているのはたぶん気のせいではない、と思いながら店を出る。
 夜の街並み。この店から自宅はもうすぐそこだった。1LDKの一人で住むには少し広く感じるそれなりの値段がするアパート。彼女にしてみればこれでも狭いらしい。もう少し広くして二人で住んで折半しようよと頻繁に話題に出してくるが、一人の時間がなくなるのが嫌で断っていた。なのでおそらく、彼にとってはまだ今しばらくは過ごすであろう我が家。

 家の中は特に飾らない彼の性格と元々の内装もあって白を基調としたシンプルな印象。見慣れたはずの自分の部屋に帰った彼だったが、色感が薄いいつものソコを見た瞬間にまたしても目眩に襲われた。疲れという揺れの総攻撃に為すすべも無くたまらずにベッドに倒れこんだ。その中で睡眠を欲する体に対抗しているような煙草を求める勢力。ポケットに手を伸ばしてまさぐっていると小さくポケットが震えた。反射的に通話ボタンを押してしまい震えるそれを取り出して耳に当てる。
『ねぇ、明日の約束覚えてるー?』
「…あぁ」
 彼自身は気づいていなかったが、これ以上ないほどに不機嫌な声だった。煙草が見つからない。触れているのに取り出せない。いらいらがうじゃうじゃと傷口に、急所に集まりだした。
『なんだか疲れてるね』
「そうだな」
 見つけた。これだ。暗闇の先にわずかな光を見つけた。くしゃくしゃの箱を取り出した。中身を見ると残りは一本しか無かった。どうせ今から眠りに入るのだと思って火を付ける。かちっ。かちっ。なかなかライターから火は出ない。いらいらしてもう右手に持ったそれを放り投げようとした時にようやく火がついた。
 部屋一面が黒くなった。窓の外は白かった。
『…っと! 聞いてる!?』
 聞いてるよ。聞いてる。タバコの煙は灰色だ。炎は青色だ。もちろん部屋は真っ黒だ。窓の外には飛び出したホワイトが広がって黒点がそこかしこに溢れてる。ああ、あの奇妙な形してる奴は月だよな。
『なーに? 聞こえないんだけど?』
 声が出ていなかった。それに不自然さを感じて、彼は限界まで伸びたバネが戻るようにベッドから跳ね起きた。タバコの先が刻一刻と減っていく。減る。灰が下に落ちる。
「行か…なくちゃ」
 タバコを。もう無いんだ。
『え?』
「ちょっと行って来る」
『どこに行くの?』
 彼は答えなかった。
『…あしたきっちり、時間通りに来てね。楽しみにしてるからね!』
 ブツッ。電話を切ったのはあちらからだったのか自分からだったのか。もう折りたたみ式のそれは無造作に放り投げられた後だったので、彼が電話の内容を気にすることは無かった。後少ししかない唇の先のタバコの残りがどうしようもなく不安だった。

 あの時買ったタバコは1カートンだっただろうか、2カートンだっただろうか。それよりももっと多かっただろうか。
 ポケットからタバコを取り出して火を付けた。禁煙なんかしてると頭がおかしくなりそうだ。どうせ後ろのリュックにはまだわんさかとこいつは入っている。どのくらい禁煙を続けていたのかは彼自身にはわからない。二時間にも満たなかったということはわからない。
 ふかした煙は相変わらず灰色だった。それが空に溶けていくのを見ると今自分が何を考えていたのか、綺麗さっぱりと消えてしまった。ただ酷く不快で、それでいて懐かしいものだったことは不透明ながらもわかっていた。
 タバコをふかす。煙が風に誘われて消えていく。空というのはこんな色だっただろうか。最近空の向こう側という言葉が心に沁みる。今は空の色と煙の色は全く同じで。自分が空を構成する要素を増やしていっているかのような錯覚に陥る。もしかしたら錯覚じゃないのかもしれなかった。あちら側には何が広がっているんだったかな。二本目のタバコに火をつけながら彼は煙の向こうに目を向けた。
『どこへ行くの?』
 さっぱりわからない。何を考えているのか自分でもわからないままに、彼は今日もタバコの煙が向かうほうへ。向こう側へ。気のみ気のまま歩く。わかっていることは、昨日の眠りは浅かったから今の自分は睡眠不足だということだけだった。だからこんなに面倒で。だからこんなに眠りたくて。今日はもうどうでも良くて。金網に身体を預けたまま瞼を閉じた。同時に吸殻を灰皿へ。睡眠を取る時だけ彼はタバコと離れる。
 しかし目が覚めると必ずすぐにタバコを吸う。そうすることが一日の始まり。四つセットだったあの感覚はどこにいったのだろうか。思い出せないまま意識は底へと沈んでいく。

 起きるといつもよく思うことが彼にはあった。今自分はどこにいるのだろうか。昨日自分はどこにいたのだろうか。明日の自分はどこにいるのだろうか。いつものようにタバコをひとふかし。とりあえず余計な考え事はあしたに回して今はタバコを吸っていたい。この煙はどこに行ってるのかな。


[No.6] 2005/09/04(Sun) 14:33:58

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