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No.601へ返信

all 第18回リトバス草SS大会 - 主催 - 2008/09/24(Wed) 22:45:02 [No.594]
えむぶいぴーらいん - 主催 - 2008/09/27(Sat) 00:21:28 [No.610]
クロノオモイ - ひみつ 初投稿@EXネタバレ有 10283 byte - 2008/09/27(Sat) 00:02:44 [No.609]
崩落 - ひみつ@4275 byte - 2008/09/27(Sat) 00:01:22 [No.608]
[削除] - - 2008/09/27(Sat) 00:01:12 [No.607]
ある日の実況中継(妨害電波受信中) - ひみつ 12587byte EXバレなし - 2008/09/26(Fri) 23:59:02 [No.605]
[削除] - - 2008/09/26(Fri) 23:39:49 [No.604]
その傷を、今日は黒で隠し、明日は白で誤魔化す - ひみつ@11761 byte EXネタあり - 2008/09/26(Fri) 23:36:57 [No.603]
傘の下 - ひみつ・初@EXネタなし@11403 byte - 2008/09/26(Fri) 23:30:52 [No.602]
計り知れないヒト - ひみつ@ 16232 byte EXネタバレありますヨ - 2008/09/26(Fri) 23:05:33 [No.601]
向こう側の話 - ひみつ 14619 byte - 2008/09/26(Fri) 22:59:53 [No.599]
ネタバレなし - ひみつ - 2008/09/26(Fri) 23:02:32 [No.600]
[削除] - - 2008/09/26(Fri) 22:32:25 [No.598]
こんぶのかみさま - ひみつ@18230 byte バレありません - 2008/09/26(Fri) 22:13:37 [No.597]
イスカールのおうさま - ひみつ 18892 byte EXバレ有 捏造設定注意 - 2008/09/26(Fri) 00:33:03 [No.596]
出た!!!! - ひみつ@EXネタバレあーりませんの 11216 byte - 2008/09/25(Thu) 01:43:51 [No.595]


計り知れないヒト (No.594 への返信) - ひみつ@ 16232 byte EXネタバレありますヨ

 雪の降る昼、学校の外の広場で僕は手を擦り合わせながら人を待つ。幾度と無く腕時計を目で確認しても動く速度は変わらなくて、もしかしたらむしろ遅くなっていやしないかと少し不満に思うくらい。
「ああ、後5分かぁ」
 呟く言葉は何度目か。もしかしたら少し遅れて来るかも知れないと考えると5分ですまないかも知れず、ますます落ち着きが無くなっていく。
「はぁ…………」
「直枝!」
 雑踏に響く声。その声を聞いただけで待ちくたびれたのなんて忘れてしまった。響いた声がした方を見てみれば、そこには小走りで近づいてくる女の子。
「佳奈多さん!」
 満面の笑みが浮かんでくるのが自分でも分かる。僕からも佳奈多さんに近づこうと、小走りで彼女の側まで行く。息が少し乱れた佳奈多さんはチラチラと僕を見ながら申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんなさい、待たせてしまったでしょう?」
「ううん、そうでもないよ」
 勝手に待っていたのは僕だし、それに本当の事を言ってもそんなに長く待っていた覚えなんてない。そんな僕に佳奈多さんは少し気難しそうな顔をする。
「あなたねぇ…………」
「? 僕がどうかした?」
 心当たりの無い僕は首を傾げるけれども、佳奈多さんはとため息をついただけ。
「いえ、何でも無いわ。直枝は本当にお人好しだなって再確認しただけよ」
「?」
 言っている意味がよく分からない。やっぱり僕は首を傾げるだけ。そんな僕に向かって佳奈多さんはニッコリと笑う。
「それはともかく、私、お腹すいちゃった。何か食べに行きましょう?」
 ドキンと心臓が悲鳴をあげる。もうとっくに慣れていいはずの笑顔にまだ僕は慣れない、慣れたくない。
「直枝?」
「あ、うん。いつものファーストフードでいいかな?」
「うん、もちろん」
 また笑顔。いつまでも見ていたと思わせるようなその笑顔は、世界に舞い散る雪のような儚さで消えてしまう。だけど降り続ける一つとして同じ形の無い雪のように、笑顔はまた浮かぶ。
「じゃあ行きましょう」
「うん、行こう」
 僕は右手を佳奈多さんの左手に絡ませる。
「っ!」
 ピクリと佳奈多さんが震える。前はそうでもなかったけれど、最近は僕が佳奈多さんに触れると彼女はこんな反応を返してくる。なんとなくだけれども、それが悪い感情によるものなんじゃないかと僕は邪推してしまう。
「…………急ごうか」
「ちょ、直枝っ? 痛いって!」
 そんな考えが嫌で、そんな事を考えてしまう自分がもっと嫌で、それらを振り払うように僕は走り出す。大好きな人の言葉も今の僕には届かない。
(…………)
 それくらいに僕は佳奈多さんの事が好きなんだ。

 ファーストフードの店の前でようやく僕は佳奈多さんの手を離す。そしてじっとりとした目で僕を見てくる佳奈多さん。
「…………何か急ぐ理由でもあったの?」
「いや、なんとなく」
 本当の理由なんて情けなくて話せるはずもなく、つい素っ気ない返事になってしまう。そんな返事を聞いた佳奈多さんはぶっきらぼうに僕の手に500円玉を押しつけると階段の方に歩いていってしまう。
「席、取っておくから。いつものセットをお願い」
 不機嫌そうにそれだけを言うと、佳奈多さんは僕の視界から消えてしまう。
「…………」
 その間の僕は何も言えずにただ立っているだけ。悲しい気持ちを押し殺してレジの列に並び、注文をしてしばらく待つ。頭の中でグルグルと巡っているのは佳奈多さんの事だけ。
(謝ろう)
 僕の佳奈多さんに対する対応は酷かった。だから謝ろう。そう決めて二階への階段を上がり、佳奈多さんを探す。そして見つける、いつも座っている窓際の席に座っている女の子を。僕は彼女に近づく、彼女も僕に気がついて振り返る。そして――
「「ごめん」」
「なさ……い…………?」
 同時に声を発したのに佳奈多さんの方が丁寧な言い方だった為、尻切れトンボのような声が残ってしまう。少し抜けた間の中、呆然から先に立ち直ったのは佳奈多さんだった。
「な、何で直枝が謝るのよ…………」
「え。だって僕が酷いことをしたんだから、謝らないと…………」
「違うわよ。私が嫌な女だったから、私が謝るんじゃない」
 僕と佳奈多さんはしばらく見合って、やがてクスクスと笑い合う。
「食べよっか、お腹減ってるでしょ?」
「そうね、食べましょう。お腹減ったわ」
 僕は佳奈多さんにセットとお釣りの乗ったトレイを差し出して、佳奈多さんは笑顔でトレイを受け取る。そうして二人並んで食事を取る。
 いつもと違わない会話だし、いつもと違わない笑顔だけれども、僕の頭には不安がチラついて離れない。
「…………でね、葉留佳ったら本当におっちょこちょいで――――」
「あはははは、それは葉留佳さんらしい話だね。で、最後はやっぱり?」
「ええ。結局いつもの通り」
 会話を続けながら、でもやっぱり僕の頭には不安が占めていた。何で体が触れると震えるのだろうか? 実はもう僕は佳奈多さんに嫌われていて、今日の最後にでも別れ話をされるのではないだろうか? そうなった時、僕はどうしたらいいのだろう?
 口は滑らかに動き、頭の中はもうぐちゃぐちゃだ。そんな崩れたバランスを保ったまま、ふと時計の針が目に入る。予定していた映画を見るのにちょうどいい時間で、ちょっと前からトレイの上に食べ物は無い。
「佳奈多さん、そろそろ時間だから行こうか?」
 話に区切りがついたところでそうきりだす。佳奈多さんはほんの少しだけきょとんとしたけれど、すぐに時計を確認すると席を立つ。
「そうね、そろそろ時間ね」
 そしてトレイとゴミを片づけて、二人で外に出る。しんしんと降る雪はまだ止まず、さっきよりずっと寒い。
「行きましょう、直枝」
 そう言って、今度は佳奈多さんから左手を差し出してきた。僕は少しだけびっくりしたけれども、差し出された手を軽く握り返す。
 そうして映画館までの短い距離を、二つの手を繋いだままで歩く。手が触れ合ったときに佳奈多さんの手が震えたのは気がつかないふりをして。

 映画が始まる。暗い館内、まずは色々な映画の予告編から。そして始まる本番の映画。今日の映画は有名な新人賞をとった、恋愛物を得意とする若手が監督をした映画。恋人が居て、二人は本当に愛し合っていたが女性はある秘密を抱えていた。秘密を話せなかった女性に男性は疑心を抱き、やがて二人は極自然に別れていく。
 ふと、気になって僕は隣に座っている佳奈多さんを見た。食い入るように映画に魅入る佳奈多さんは、普段見るような表情とは全然違う。恋人同士になる前の張り詰めた表情とも全然違う。本当に、僕が全く知らない佳奈多さんの顔。
 僕は、佳奈多さんについて、どれだけの事を知っているのだろうか?
 僕の大好きな佳奈多さんの笑顔、雪みたいにいつも形を変える佳奈多さんの笑顔。白い雪の影を、僕はどれだけ知っているのだろうか? 影の濃さを、僕はどれだけ知っているだろうか?
 けれども心に明かりは無い。どんなに目を凝らしても見えるのは漆黒だけ。それは自分の心も相手の心も。映画の男性だって、あれだけ愛した女性と別れてしまった。男性は、自分の心の暗さを理解していなかった。
 僕は、佳奈多さんは。本当に愛し合っているのだろうか?



 私は小走りに町を通る。本当ならばもう10分は早く着いているはずだったのに、この突然の雪のせいで余計な仕事が増えてしまった。
「ああもう!」
 苛立ちを空にぶつけるという無意味な事をする。約束の時間には間に合いそうではあるけれど、直枝は律儀な人だから、どうせ時間よりずっと前で待っているに決まっている。こんな寒空の下で待たせているのは申し訳ないし、その原因はやはりこの雪だという事がますます苛立ちを募らせる。
 やがて待ち合わせの広場が見えて来る。それなりの人が居るその広場で、私はすぐに直枝の姿を見つけた。時計を見て、はぁ…………とため息をつく少年。
「直枝!」
 それが居たたまれなくて、人が大勢居る場所と分かっているのについつい大きな声で直枝の名前を呼んでしまう。そして直枝はすぐに私を見つけると、笑みを浮かべて小走りで近づいてくる。遅れたのはこっちなのに、そうまでされると申し訳が立たない。息を整えながら直枝の姿を見ると、やはりと言うか体中にうっすらと雪を乗っけていた。
「ごめんなさい、待たせてしまったでしょう?」
 せめてそう言って謝る。が、やはりというかなんというか、直枝はニコニコとした顔を崩さないままで返事をしてくる。
「ううん、そうでもないよ」
 その言葉に少し呆れてしまう。
 雪を体中にくっつけても説得力がないでしょうに。せめて約束の時間まで屋根のある所に行くという選択肢くらいなかったの? 言いたい事は山ほどある。
「あなたねぇ…………」
「? 僕がどうかした?」
 けれども心底不思議そうな顔をする直枝を見るとそんな事はどうでもよくなってしまう。
「ハァ…………。
 いえ、何でも無いわ。直枝は本当にお人好しだなって再確認しただけよ」
 表情は変わらずに首を傾げる直枝。これは確実に私の言いたい事を分かっていない反応だ。
 でも、私は直枝のそんなところが嫌いじゃないから、その事については何も言わない。
「それはともかく、私、お腹すいちゃった。何か食べに行きましょう?」
 私がそう言うと、なぜか直枝は固まってしまう。そんな変な事を言ったつもりはないのだけれど。
「直枝?」
「あ、うん。いつものファーストフードでいいかな?」
「うん、もちろん」
 あそこは直枝との思い出がいっぱい詰まっている場所だから、あそこに行くと心が落ち着く。いったんそう思ってしまえば一刻も早くあそこに行きたくなる。
「じゃあ行きましょう」
「うん、行こう」
 突然、直枝が私の手を掴んだ。それが余りにも唐突で、私は思わず体を震わせてしまう。直枝が好きになればなるほど、その震えは大きくなる。
 だって、私には許嫁が居るから。高校を卒業したら、場合によってはその前に私は結婚しなくてはいけないから。家の為に、葉留佳の為に。……直枝を、捨てて。
「…………急ごうか」
 直枝は急に走り出す。引っ張られる腕が痛い。それはまるで直枝に責められているみたいで。
「ちょ、直枝っ? 痛いって!」
 声をかけても直枝は止まらない。結局、私はファーストフードの店までずっと腕が痛いままだった。

 店先でようやく直枝が腕を離してくれる。離されても軽く痛む腕のせいでついつい視線が厳しくなるのが自分でも分かる。
「…………何か急ぐ理由でもあったの?」
「いや、なんとなく」
 冷たい言葉には冷たい返事が。その言葉を聞いた途端、私は自分の行動が抑えられなかった。財布から500円を取り出すと、直枝にゴミでも押しつけるように手渡してしまう。
「席、取っておくから。いつものセットをお願い」
 私の口は勝手にそう言うと、足まで勝手に動き出してしまった。振り返りもせずに私は二階へ行き、適当な席に座る。
「…………何やってるんだろう、私」
 席に座って少し頭が冷えると、すぐに自己嫌悪が湧いてきた。私の方が遅くなってしまったというのに、急ぐ直枝を責めてしまった。映画の時間は決まっているのだから、多少急いだ直枝を責められるはずも無いのに。あげくにそんな直枝を一方的に責めて、自分勝手に行動してしまった。どこまで嫌な女なんだろう。
「最低ね」
 こんな女なんか放っておいて、さっさと帰ってしまわないだろうか? その思考に至った時、体中が震えた。心から、心の底から怖いという感情が溢れ出してくる。どこにこんなに怖いという感情があったのかというくらい、怖い。
「……本当に、最低」
 謝ろう。許してくれないかも知れないけど、直枝に謝ろう。こんな最低な女だけど、それでも直枝に嫌われたままでいるのは耐えられないから。でも、もう愛想を尽かせて帰ってしまっていたら?
 しばらくそのままじっとしていると、コツコツと足音が近づいてきた。徐々に近づいてくるそれに覚悟と期待を込めて、振り返る。そこには、直枝の姿があってくれた。彼を見た瞬間に私は頭を下げる。
「「ごめん」」
「なさ……い…………?」
 声が重なった、最初の三文字だけ。それが余りにも予想外過ぎたせいで、残りの三文字が変に空気を震わせてしまう。頭を下げたまま、まばたきを数回。全力で頭をあげて、私は訳の分からない言葉を発した直枝に声をかける。
「な、何で直枝が謝るのよ…………」
 私の言葉にものすごくうろたえる直枝。
「え。だって僕が酷いことをしたんだから、謝らないと…………」
「違うわよ。私が嫌な女だったから、私が謝るんじゃない」
 ものすごい勘違い、両方とも自分が悪いと思っていたなんて。私達はお互いに見つめ合い、それもおかしくてクスクスと笑い合う。
「食べよっか、お腹減ってるでしょ?」
「そうね、食べましょう。お腹減ったわ」
 直枝が差し出したトレイを笑ったままで受け取る。トレイの上にはセットと……お金?
「…………」
 一瞬だけ固まった。このお金はなんだろうと。すぐにお釣りだと気がついて、それを財布にしまう。チラリと直枝の様子を見たけど私の間抜けな行動には気がつかなかったらしい。よかった、ケンカが気になってお釣りを忘れてたなんて知られたら、顔から火が出るくらい恥ずかしい思いをするところだった。
 そしていつもの通りに直枝とお喋りをする。いつもと同じ会話で、いつもと同じ空気なのに私の頭の中では不安がよぎる。それは、さっき直枝が私を見限る想像をしてしまったせいか。
「…………でね、葉留佳ったら本当におっちょこちょいで――――」
「あはははは、それは葉留佳さんらしい話だね。で、最後はやっぱり?」
「ええ。結局いつもの通り」
 口は勝手に動きながらも頭は別の事を考えてしまう。せっかく二人きりの時間なのに。
 直枝の周りには魅力的な女の子が多い、多すぎる。こんな、体に醜い傷を負って可愛げの無い女なんかよりもずっといい人に囲まれている。なぜそんな人達よりも私を選んでくれたのか分からない。分からないから、いつまでも不安が消えてくれない。そしてその不安はいつか必ず現実になる。だって、いつか私は直枝と別れなければいけないから、最後には他の女の子に笑いかける直枝を見なくてはならない。そんな想像をしてしまう自分と、勝手に直枝を捨てるのに嫉妬する自分が、たまらなく嫌になった。
 やがて話が途切れて直枝の目が外れた時、私は思わず直枝の顔を凝視してしまう。その目、鼻、口。今だけは私に向いてくれているその大好きな人を目に焼き付ける為に。
「佳奈多さん、そろそろ時間だから行こうか?」
 その声で私は直枝から視線を外して腕時計を見る。これ以上見つめていると、なんかすごく恥ずかしい事になりそうだったから。
「そうね、そろそろ時間ね」
 時計の針なんか頭に入ってこなかった。声だけ冷静なフリをさせている間にいつもの自分を取り戻して、顔をあげる。手早くトレイを片付けると二人で外に出る。雪は弱まるどころか更に強くなり、寒さも強くなっている気がする。この天気では傘が必要かもしれない。
「…………」
 直枝も空を見上げる。その横顔を軽く見ていたら、ふと直枝の右手が目に入ってきた。さっき、触れ合った場所。
「行きましょう、直枝」
 そう言って私は直枝に左手を差し出す。握って、貰えるのだろうか? 寒さではない原因で手が少し震える。でも、私の心配は杞憂だった。少しだけ意外そうな顔をした直枝は、ゆっくりと私の手を包んでくれる。
(……ああ)
 それだけで震えが止まった。私は彼を裏切っている。許嫁が居るのに、直枝に溺れてる。いつもはそれが私を責めるけど、今だけはそれが私を落ち着かせてくれる。
(――本当に、最低の女だ、私は)
 直枝の手を握り返しながら、手で繋がったまま、私達は短い映画館までの道を歩く。ふと空を見上げたら、白い雪を降らせる黒い雲が見えた。

 映画が始まる。暗い館内、色々は映画の予告編を網膜に映しながらも、それらは全く頭に入ってこない。
 考えるのは直枝の事。彼は、もし私に許嫁がいると知ったらどうするだろうか? 諦めるのだろうか、それでも私の隣に居てくれるのだろうか。それとも……私を忘れて、誰かを選ぶのだろうか。前、いつだったかは忘れてしまったけど、彼は葉留佳に変装した私に気がつかなかった。なら、葉留佳が私の格好をしたのなら? 直枝は、直枝は――――
 恐ろしい想像を振り切るように私は映画に集中する。今日の映画は直枝が選んだから詳しい事は何も知らない。知らないから、物語にどんどんとのめりこんでしまった。
 この物語は恋人の破局を描いたものらしい。幸せそうな恋人、幸せそうな日常。しかし、女性の方は男性に何か隠し事をしていたらしい。不審な行動をする女性に男性は何度も何度も秘密を尋ねるが、女性は絶対に口を割ろうとしない。
 やがて質問する事に疲れた男性と質問される事に疲れた女性は、何の恨みもなく、別れてしまう。なんの気負いもなく、なんの痛みも見せずに、二人は一人と一人に戻る。
 ――なんて皮肉だろう。こんな映画を、直枝と二人で見るなんて。これは直枝からの何かのメッセージなのだろうか? これを私に見せつけたいが為に、直枝は私の腕を引っ張ったのだろうか? 直枝の心が、見たい。
 けれども心に明かりは無い。真っ黒に塗りつぶされた表面は、中身まで黒いのでは錯覚してしまう程に。信じたい、信じられない。自分の心でさえ、真っ黒。揺れる天秤がどちらに傾いているか分からない位に。
 私は、直枝は。本当に愛し合えているのだろうか?



 やがて映画はクライマックスへ。別れても同じ町に住んでいた二人だったが、すれ違う事も無しに自分の時間を過ごしていた。だが、やがて偶然が再び2人を結びつける。小さな裏通りでバッタリと出会った2人は、別れた時と同じ自然さで笑いあえていた。何の感情もなく別れたのは、お互いに嫌いあっていた訳ではなくてただ単に疲れていただけだったから。
 男性は女性の秘密を聞かないからやり直そうと言い、女性は首を横に振った。そして女性は、自分が重い病に侵されている事を男性に告げる。手術を受ければ助かるかも知れないが、失敗すればもう打つ手はなく病院で緩やかに死を待つだけと言う話をした。だから、残りの命を精一杯に生きる選択をしたのだと。
 もう一緒には居られないからもう二度と会わない事にしようと、悲しそうに笑って告げる女性。それに男性は首を振る。それでも一緒に居たいと繰り返す男性に、やがて女性は手術を受ける決意をする。
 そのシーンの最後、男性は女性に謝った。一番辛いのは女性だったのに、それを支えられなかった自分を悔いて。
 ラストシーン。男性は手術室の前で手術の成功を祈っている。そして手術中ランプが消えて、医師が出てくる。そして、真面目な顔で男性に向かって口を開いた。

 エンドロールが流れる、女性がどうなったのか語られないままに、医師が口を開いた瞬間に映画は終わってしまった。気の早い客が、ありきたりだの面白かっただの言いながら劇場から去っていく中、理樹と佳奈多は無言で座ったまま。
 映画には彼らに重なる部分もあるし、重ならない部分もある。ただ、2人はそれぞれ、何か重いものを突きつけられた気分だった。この世界はフィクションではないから万事うまくいく訳なんて無いし、そもそも映画の女性だってもしかしたら死んでしまったのかも知れない。
 でも、それでも。

 映画が終わり場内に光が満ちるまで、残りは1分も無いに違いない。それでも1分に満たないその僅かな時間に、2人はどちらともなく手を固く握り合わせていた。
 その握られた手は、相手を計り知るのでなく分かり合う為ものだと言うことに、幼い2人はいつか気がつくだろう。


[No.601] 2008/09/26(Fri) 23:05:33

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