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No.608へ返信

all 第18回リトバス草SS大会 - 主催 - 2008/09/24(Wed) 22:45:02 [No.594]
えむぶいぴーらいん - 主催 - 2008/09/27(Sat) 00:21:28 [No.610]
クロノオモイ - ひみつ 初投稿@EXネタバレ有 10283 byte - 2008/09/27(Sat) 00:02:44 [No.609]
崩落 - ひみつ@4275 byte - 2008/09/27(Sat) 00:01:22 [No.608]
[削除] - - 2008/09/27(Sat) 00:01:12 [No.607]
ある日の実況中継(妨害電波受信中) - ひみつ 12587byte EXバレなし - 2008/09/26(Fri) 23:59:02 [No.605]
[削除] - - 2008/09/26(Fri) 23:39:49 [No.604]
その傷を、今日は黒で隠し、明日は白で誤魔化す - ひみつ@11761 byte EXネタあり - 2008/09/26(Fri) 23:36:57 [No.603]
傘の下 - ひみつ・初@EXネタなし@11403 byte - 2008/09/26(Fri) 23:30:52 [No.602]
計り知れないヒト - ひみつ@ 16232 byte EXネタバレありますヨ - 2008/09/26(Fri) 23:05:33 [No.601]
向こう側の話 - ひみつ 14619 byte - 2008/09/26(Fri) 22:59:53 [No.599]
ネタバレなし - ひみつ - 2008/09/26(Fri) 23:02:32 [No.600]
[削除] - - 2008/09/26(Fri) 22:32:25 [No.598]
こんぶのかみさま - ひみつ@18230 byte バレありません - 2008/09/26(Fri) 22:13:37 [No.597]
イスカールのおうさま - ひみつ 18892 byte EXバレ有 捏造設定注意 - 2008/09/26(Fri) 00:33:03 [No.596]
出た!!!! - ひみつ@EXネタバレあーりませんの 11216 byte - 2008/09/25(Thu) 01:43:51 [No.595]


崩落 (No.594 への返信) - ひみつ@4275 byte


 暗い小部屋の中は、柔らかな塊で満たされていた。
 その塊はぶよぶよとした感触で、表面には奇妙な模様が刻まれている。栄養価が高く、齧れば甘美な味が口腔に広がるだろう。
 今、その塊の随所に黒い塊が点在している。活発に蠢くそれらは蝿だ。蝿は豪勢な餌を前に、小部屋の中を狂喜乱舞している。餌に取りついた蝿は、その表面を吸うように貪り食う。どの蝿もそれに倣う。彼らの食事で塊には無数の穴が開き、蝿はその中に体をねじ込んでいく。巣食っていく。彼らの羽音と食事の音が小部屋の中で反響している。


 ねぇ鈴。頭痛がひどいんだ。頭が割れそうに痛むんだ。助けてよ。ああ、そういえばこのアパートは欠陥住宅じゃないかな。部屋の窓も扉も閉め切って密封してあるのにいつも虫が飛んでいるんだ。起きてるときも寝ているときもずっとだよ。
 ほら今も。羽音がする。頭の上の方だ。ほら聞こえる。一匹や二匹じゃない。それなのに姿が見えないんだ。おかしいよね。どうしてかな。気持ちが悪いよ。鈴にも聞こえるでしょ。ねぇ、ちゃんと返事してよ。ああもう、うるさいな。僕たちが話してるんだから静かにしてよ。鈴さ、もしかして怒ってるのかな。それだったら謝るよ。あんなことしてごめん。いつまでも臍曲げてないでさ、ほら。


 もうやめてくれと言いながら、鈴が泣いている。
 僕は鈴が懇願する意味が分からなかった。どうして泣くことがある。どうして止めることがある。僕は彼女を無視し、引き裂いたガムテープを使って窓を目張りしていく。
 このアパートには無数の卵でも植えつけられているに違いない。なにせ年中、虫が飛んでくるのだから。どんな虫除けも効果がない。あの羽音が耳にこびりついて離れない。だからこれは当然の処置だ。出入り口を塞げば、あの忌々しい蝿たちもこの部屋に入ってくることはできないだろう。こんな簡単な理屈を鈴は未だに理解してくれない。この前もアパートに帰ってきたら、鈴の奴が必死にガムテープを剥がしている最中だった。一度や二度ではない。僕がどれだけ時間をかけて目張りをしても、鈴は愚かにもその努力を全て水泡に帰してしまう。この行為の意図をどれだけ懇々と説明しても無駄だった。いつも口論になり、それで終わる。
 今、僕の足に鈴がすがりついている。涙さえ流している。我慢の限界だった。僕の中で何かがキレた。馬鹿野郎と叫んで鈴の腹を蹴る。彼女は途端に力を失って床に倒れ伏す。僕はそれを無感情に見下ろして、新たなガムテープの切れ端を窓に張りつける。


 卑猥な落書きに埋められた便所の壁が間近に見える。切れかけた電灯の光に虫が群がり蠢いている。無人の手洗い場の蛇口からは水が噴き出ていて、規則的な水音を静かに響かせている。僕はその水流の中に、すっかり短くなってしまった煙草を投げ込む。
 狭い便所内には二つの個室があり、奥の方にある扉が隙間風に軋んで揺れている。背後の闇からは相変わらず水音が聞こえるが、僕がそちらを振り返ることはない。一旦その場で立ち止まり、僕は箱から新たな煙草を抜き出す。口に銜えた一本に火を点けようとするが、風に邪魔されうまくいかない。片手を丸めて風除けを作るも、僕の指先に揺らいだ炎の舌が絡みつく。僕は全てを床に落としてしまう。
 そのとき、中途半端に軋んでいた扉が、一際強い風に煽られて完全に開け放たれる。個室の中にいた鈴は首だけで全身を支え、虚ろな瞳で僕のことを見つめている。それを見つめ返す僕の視線は、普段よりも高いところへと向けられている。


 小部屋の中は温かな液体で満たされている。その中に何かが浮かんでいる。それは人の形をしている。だが、それの手足は構造上ありえない方向にねじ曲がっている。頭部に至っては完全に砕けてしまっている。脳漿と血が流れ出ており、自らを包む液体を鮮血で染めている。
 鈴の泣いている声が聞こえたような気がした。


 僕は毎夜、誰かが焼け死ぬ夢を見る。
 小部屋が開いて、火だるまの人間が飛び出てくる。慌てて駆け寄る僕は、羽織っているコートで燃え続ける誰かの体を叩く。何とか消し止めたものの、もう手遅れなのは誰の目にも明らかだった。頭髪は焼け焦げて灰となり、顔面の大部分にも重度の火傷を負っている。溶けた皮膚が飴細工のように液状となり、粘ついた糸を引いている。
 僕の視線が、その人の頭の頂から足先までを追っていく過程で、出来損ないの玩具のように両の指先が僅かに動いていることに気がつく。自然と体が震え、歯がかちかちと鳴る。神経が火花を上げて焼き切れ、正常な思考を麻痺させるのが分かった。焼死体にも等しい醜悪な肉体を晒しながら、なおもその誰かは生きていた。
 僕が声をかけようと口を開いたとき、その誰かの腹部が真一文字に引き裂かれる。破れた皮膚の内側から小さな指先が覗いたと思った直後、小さな小さな人間がそこから這い出てくる。潰れた頭と曲がった手足。僕は頭を抱えて悲鳴を上げる。


 この狭いアパートの一室には、今なお無数の蝿が飛んでいる。
 羽音と線香の香りが、僕の頭を痺れさせる。
 ねぇ、鈴。
 返事をしてよ。
 鈴の遺影の前に座って、僕はひとり彼女の返事を待ち続ける。


[No.608] 2008/09/27(Sat) 00:01:22

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