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No.639へ返信

all 第19回リトバス草SS大会 - 主催 - 2008/10/15(Wed) 00:20:21 [No.621]
場所を変えてみたら - ひみつ@大遅刻の6575 byteorz ネタバレはありません - 2008/10/19(Sun) 22:53:04 [No.651]
over - ひみつ@4844 byte EXネタバレ パロディ注意 - 2008/10/19(Sun) 13:32:31 [No.650]
犯人はだれだ!? - ひみつ@EXネタはない@9,332 byte /超遅刻すみません - 2008/10/18(Sat) 16:23:16 [No.646]
変心の実 - ち゛こ゛く@≒2331bite EXネタバレ有り - 2008/10/18(Sat) 00:57:20 [No.641]
真説・本能寺 - ひみつ@EXネタ有 時間&容量オーバー 30419 byte - 2008/10/18(Sat) 00:11:35 [No.639]
「また」リコール隠し - ひみつ@6.824kb バレなし - 2008/10/18(Sat) 00:07:21 [No.638]
[削除] - - 2008/10/18(Sat) 00:03:23 [No.637]
仲間外れでも許せる理由 - ひみつ? 9207 byte - 2008/10/17(Fri) 22:45:54 [No.636]
変わるモノ - ひみつ@22437 byte EX微バレ 容量オーバー - 2008/10/17(Fri) 22:28:04 [No.634]
0:10えむぶいぴーらいん - しゅさい - 2008/10/17(Fri) 22:13:00 [No.633]
[削除] - - 2008/10/17(Fri) 20:52:28 [No.632]
焼菓子騒動 - ひみつ@13993 byte EXネタバレ0.1%くらい - 2008/10/17(Fri) 20:47:33 [No.631]
笑顔で - ひみつ@8673 byte EXバレなし - 2008/10/17(Fri) 04:59:11 [No.630]
わたしはあなたのゆめをみる - ひみつ@8940 byte 十七禁 - 2008/10/16(Thu) 21:16:14 [No.629]
繰り返しの中の小さな矛盾。 - ひみつ@6486 byte - 2008/10/16(Thu) 18:44:20 [No.628]
かわらないきみ と かわらないぼく - ひみつ@ネタバレなし 5382 byte - 2008/10/16(Thu) 12:10:36 [No.627]
視線の先には - ひみつ@15451 byte微かにEXネタバレ - 2008/10/15(Wed) 23:47:20 [No.626]
狂った天秤 - ひみつ@9504byte - 2008/10/15(Wed) 18:31:19 [No.625]
We don't forget our journ... - ひみつ 15332byte EXバレなしー - 2008/10/15(Wed) 13:45:10 [No.624]
ずっといっしょに - ひみつ@6817byte EXバレなしー - 2008/10/15(Wed) 03:18:29 [No.623]
感想会後半戦について - 主催 - 2008/10/19(Sun) 01:31:27 [No.647]


真説・本能寺 (No.621 への返信) - ひみつ@EXネタ有 時間&容量オーバー 30419 byte

劇団「リトルバスターズ!」公演『真説・本能寺 〜君を抱きしめられるなら世界を敵に回してもいい〜』





【「みんな、演劇をやろう。劇団名は、リトルバスターズだ!」
 『はあっ!?』】

 幕の下りた舞台。客席を照らしていた照明がゆっくりと落とされ、舞台の始まりを知らせる。

『――戦国乱世の英雄、織田信長。数々の功績、逸話を残した彼の最後の舞台、本能寺。
 しかし、そこで何が起こったのか、なぜ事件は起きたのか。はっきりしたことは分かっていません。
 この物語は今も謎に包まれたままの事件の真相を、様々な資料をもとに大胆に推理、脚色した、フィクションです――』



【「唐突すぎるよ。演劇なんてそんな急にできるものじゃないでしょ、シナリオだって…」
 「シナリオならある」
 「…どうぞ」
 「出来てるんだ、しかもちゃんと台本の形してる…」
 「じゃあ私ナレーションするね〜」】

『――物語は天正十年、運命の六月四日から遡ること三日の、六月一日。事件の舞台となる本能寺で開かれた茶会の場面から始まります――』

 幕が上がり、場所は本能寺の庭。緋毛氈(じゅうたんのようなもの)を敷いた地面にどっかりと腰を下ろし、座の中央でくつろぐ信長。彼は生成りに近い白の小袖を胸もあらわにはだけたセクシーな姿で、観客席を挑発するような不敵な笑みで睥睨している。
 脇に控えるのは筋骨たくましい大柄な男、ヤスケ。この男、南蛮人の筋肉奴隷だった彼を信長が一目で気に入り、熱烈なスカウトの末に助っ人外人武士として織田に移籍したと言う変り種である。学ラン姿だ。
 そして、上手側で静かに茶を点てるのは、美貌の茶人千宋易。後の世に千利休の名で知られる茶聖である。漆黒の道服に身を包んだ彼女は、その黒髪と相まって風景がぽっかりとくり抜かれているようにも見える。
 無造作に茶を飲みヤスケと笑い交わす信長を、宋易は冷たい視線で淡々と眺めている。口許には微笑を浮かべながら。

「さて、蘭丸はどこに行ったんだ? 宋易、なにやら渡していたようだが」  「畏れながら。南蛮より良き物を手に入れましたので、蘭丸殿にはその準備を。…どうやら、準備が出来たようです」

 見れば、舞台下手袖からは少年が恥じらいながら顔だけを覗かせている。

「…なにやってんだあいつ?」
「はっはっは。蘭丸殿、何を出し惜しみしている。信長様がお待ちかねだぞ。君は男だろう、ばーんといけばーんと」

 宋易に促され、蘭丸と呼ばれた少年が南蛮風の衣装に身を包み、おずおずと姿を現す。その姿に信長とヤスケが口々に感嘆の溜息を漏らせば、少年の頬は熟した林檎のように朱に染まる。

「あのー…宋易様。この装束は一体何なんでしょう?」

 黒を基調とした上下一体の装束だが、袴に当たる部分が膝丈ほどしかなく、襟や袖などに白い飾り布で装飾が施された…つまるところがメイド服だ。

「南蛮で使用人が身に着ける作業服だ。動きやすかろう?」

 答える宋易は何故か鼻を押さえているが、蘭丸の疑わしげな視線を真っ向から見返して言い切った。
 信長とヤスケは、蘭丸の可憐さに池の鯉よろしく口をぱくぱくと開閉させるだけだ。

【「ちょ、何でメイド服!?」
 「…お嫌ですか?」
 「当たり前でしょ、僕男だし!」
 「まあそう言うな。お前なら似合うと思うぜ」
 「嬉しくないよっ!」】

 ここで、メイドの原型が固まったのは19世紀ヴィクトリア朝の頃で、とか、それ以前に本物のメイドがそんなひらひらした服は、などといった指摘は無視して物語は突き進む。

「袴よりは確かに足もとが軽いですけど…何かすーすーして落ち着かないですよ」
「ま、まさかとは思うが蘭丸くん、下穿きは穿いているだろうね?」
「え?」

 美女の問いに、少年はますます頬が熟れていく。それを見た宋易もつられたのか顔を上気させ、ひどく落ち着かない様子で視線をさ迷わせる。
 男二人にいたっては、自制心を保つのが精一杯なのか、まるで真空中に放り出されたかのように身悶えている。

「は、穿いてますよ、その…頂いたのを。でもなんか…ちょっと窮屈なんですけど」
「そうか、ならばちゃんと穿けているか私が見てやろう」
「ええっ!?」

 上気した顔のまま、振る舞いだけは平然と、宋易は歩み寄って蘭丸のスカートに手をかけた。

「何しとんじゃコラーーーーっ!」

 上手から走ってきた何者かの、矢のようなドロップキックが見事側頭部に突き刺さる。…信長に盾にされた哀れなヤスケの側頭部に。

「ぐはぁっ」
「む…はずしたか」

 軽い身のこなしで着地したのは、裾が太ももまでしかない変わった形の間着の上に内掛けを羽織った、しなやかな柳を思わせる少女だ。
 一方、すばやく身をかわした宋易と、とっさに盾で防いだ信長は怪我ひとつなく、目の前で振るわれた暴力にまるで動じた様子がない。

「危ないじゃないか。人に当たったら大怪我をしていたところだぞ」
「いや、思いっきりヤスケに当たってますから」
「そうだぞ伏姫。女の子なんだから、もう少しおしとやかにしないと蘭丸は振り向いてくれないぞ?」
「なあっ!?」

 たしなめるように穏やかに信長が投下した爆弾発言により、伏姫と呼ばれた少女だけでなく、蘭丸までがうろたえる。
 二人の動揺をよそに、照明が絞られ、ひとり、信長だけが照らし出される。

「…彼女の名は伏姫。俺の妹だ。名前から察した人もいるだろうが、彼女をモデルにして、後に南総里見八犬伝の伏姫が生まれた」

【「伏姫って…」
 「斬新だろう?」
 「斬新過ぎるよ!お客さん置いてけぼりだよっ!」
 「つーか、盾にされるってオレひどくね?」
 「何を言う。これはお前の、お前の筋肉にしかできないことなんだ」
 「へっ、そこまで言われちゃしょうがねえな」
 「こいつばかだ!」】

 照明が戻され、辺りがもとのように照らされると、額に手を当てた蘭丸と、しきりに頷く伏姫。宋易は、我関せずと茶を啜っていた。

「…お館様は誰に向かって話してるんですか」
「何ぃ、そんな設定があったのか!」
「どうして今ごろ驚いてるのっ!?」
「はっはっは、突っ込みどころが多くて大変だな蘭丸くんは」
「笑ってますけどあなたもですからねっ!」

 唯一、突っ込まなくてもいいのはぴくりとも動かないヤスケだけ。

「そして、伏姫と蘭丸は兄である俺に隠れ、ひそかに想いを寄せ合っている」
「んなぁーっ!?」

【「んなぁーっ!?」
 「おっ、そんな感じだ。上手いじゃないか」】

 激しく動揺する伏姫。あまりの驚きに、髪が逆立っているようにも見える。

「なにその取ってつけた解説!違うからね!?」
「お前こそ誰に訴えているんだ?」
「いやそれは…」

 動揺のあまり客席に訴えてしまうようでは蘭丸に勝ち目はない。端で眺める宋易も、微笑むだけで助け舟は出さない。
 そして場の生温い空気に真っ先に耐えられなくなった伏姫が強硬な手段に訴える。
 ピィィィィッ!
 やや残念な胸元から取り出した笛を音高く吹き鳴らすと、上手袖から獣の咆哮と足音が聞こえてくる。

「わふーーーーーーっ!」

 亜麻色の髪をなびかせ、懸命に走ってくる少女を先頭に、大型犬と小型犬が続いて現れる。
 それぞれ首輪につけた、「やつふさほわいと」「やつふさぐれー」「やつふさぶらっく」とひらがなで書かれたプレートが揺れている。

「やってしまえ!」
「あいあいさー、なのですっ!」

 伏姫の号令の下、「とっかんとっかんー」と果敢に信長へと攻撃を仕掛ける一人と二頭。だが対する信長はヤスケシールドを巧みに操り、八房スリーを翻弄する。
 特に少女は、白い頭巾につけた犬耳と腰につけた尻尾を振りながら必死にじゃれついている。しかし、割と本気でぼろぼろになっていくヤスケの姿に、次第に蘭丸と二人おろおろとうろたえ始める。

【「わふーっ、私が犬になってますー!?」
 「ふわぁ、可愛いねー。すっごく似合うと思うよー」
 「くっ、私を萌え殺そうというのか!?はぁはぁ…」
 「…危ないから少し離れていましょうね」】

 しかし、小競り合いは長く続かない。なぜならば…、

「何事ですか、騒々しいっ!!」

 下手から発せられた鋭い叱責の声に、その場にいるほとんどの者が首をすくめ、舞台はしんと静まり返る。
 声の主は、あざみをあしらった内掛けを羽織り、下手より静々と歩み出てくる。

「げ、帰蝶!やっべぇ、ずらかるぞ!」
「う、くやしいがしかたない…逃げるぞ!」

 よほど苦手なのか、姿が見えた途端にヤスケを抱えて脱兎のごとく逃走する信長と伏姫。
 置いていかれ、慌てて後を追おうとする蘭丸と八房は、帰蝶と呼ばれた女性にむんずと襟首を掴まれ、引き止められる。

「…あら、どこへ行くつもり?」
「こ、こんにちは濃姫さま」
「わ、わふー。こんにちは、なのです」

 凄みを利かせた笑みを浮かべる濃姫に、怯える二人は蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上がる。さらにその足下で犬たちも平伏し、誰がもっとも格上なのかを如実に表している。

【「…私ってそんなに厳ついのかしら…」
 「そ、そんなことないですよ。本当はとってもお優しいのですっ!すごく不器用さんなだけなのですっ!」
 「…」
 「やはは、地味ーにダメージうけてますネ」】

「まあ、そうお怒りなさいますな、濃姫様。いつもの戯れに御座いますれば」
「…宋易殿、あなたも見ていたなら止めてくれればいいでしょう」

 その中にあって、濃姫の気迫を柳に風と受け流す宋易の言葉に彼女は額を押さえて呻く。

「はっはっは、私は煽りこそすれ、止めることなど思いつきもしませなんだ」
「はぁ、そうでしょうね。私が間違っていました」

 これ以上の問答を無駄と判断したか、いまだ竦んだままの二人に向き直る。

「まあ、あなたたちが騒ぎを止められるなんて始めから期待していないけれど。…蘭丸。あなた、その格好はいったい何なの?」

 呆れとも怒りとも形容しがたい複雑な表情で自分の服装を見つめられ、蘭丸は顔を朱に染めて答える。

「こ、これは南蛮の使用人の衣装だと宋易様に…あの、やっぱり変、でしょうか?」

 俯いた蘭丸から上目遣いに問いかけられ、怯んだように目をそらすと、笑みを浮かべながら眺める宋易を八つ当たり気味に睨む。
 しかし、涼しい顔で受け止められ、諦めて蘭丸に視線を戻すと、目を合わせないように焦点をずらしながら答える。

「…そうね。まるで女のようで変、だわ。断れないのは分かっているけれど、…もう、馬鹿ね」

 言い終わる頃には幾分険も取れ、かわりにほんのり頬が赤らんでいた。それを三匹がじっと見上げる。

「な、何見てるのよっ!」
「わふっ!?ご、ごめんなさいですー…」

 思わず叱り飛ばしてしまってから、彼らに非はないと思い直し、白い少女に目の高さを合わせてなだめる。

「ごめんなさい、あなたたちは悪くないのにね。ちょっと苛立っていたものだから、許してちょうだい」
「わふー、だいじょぶなのですー」

 白い少女が頭を撫でられ、尻尾を嬉しそうに振ると、脇に控える二匹も喜びが伝染したように尻尾を振る。

「そうだわ、珍しい菓子を頂いたの。一緒に食べましょう?」
「はいなのですっ」

 濃姫と少女が笑顔で頷きあうと、二匹を連れて下手へと立ち去っていく。

「何をしているの、森。あなたもいらっしゃい」
「は、はいっ!」

 取り残されたように立っていた蘭丸は、濃姫に声を掛けられ、慌てて退場する。
 BGMが大きくなり、舞台が暗くなるが、不意に音が止み、一点に照明が点る。

「…」

 照明の下で、ひとり舞台に残り、新たに茶を点てている宋易。そこに、子猫ほどの大きさのショウリョウバッタが飛び込んでくる。
 バッタは良く見れば本物ではなく、紙を折って作られたもの。しかし、折り紙のバッタはまるで生きているように触角を揺らす。

「笹虫」

 宋易が声をかけると、バッタは一瞬で白煙に包まれ、その姿を一人の少女へと変えた。

【「…さなだむし?」
 「さ・さ・む・し・ですわっ!」
 「なんかバッタから変身してましたネ」
 「ああ、特殊効果はもう手配済みだ」
 「用意良すぎだよっ!」
 「それより、いったい何者なの?」
 「式神だ」
 「いいぞいいぞぅ、それは燃えるなぁ!」
 「いやいやいや…」】

「光秀様は予定通りに出発されましたわ。夜明けとともに進路をこちらに向けます」

 笹色の小袖に身を包んだ少女の報告に、頷きはしたものの満足はしていない様子で、茶せんを止める。

「…もう一枚駒を噛ませておくか。笹虫、光秀殿が動くとサル殿に伝えてこい」
「秀吉様ですか?しかし、あの方はいま遠征中では…」
「あの騒がし娘が真っ直ぐに遠征などするものか。おおかたまだ京あたりで道草を食っているだろう」

 笹虫は宋易の言葉に宙を睨み、すぐに頷いて大きな溜息を吐く。

「確かに、なんだかその光景がありありと目に浮かびますわ。分かりました、さっそく伝えてまいります」
「うむ、頼んだ」

 ようやく満足げに宋易が頷くと、笹虫の身体は再び白煙に包まれ、跡形もなく消えてしまった。
 舞台は再び宋易一人になり、彼女の呟きで今度こそ暗転する。

「さて、楽しくなればいいな」





 ぽん、ぽぽん。闇の中、鼓の音が聞こえ、舞台中央が明るく照らされる。
 背後に白い薄幕だけを垂らした簡素な舞台の上、膝をつき、背を立てた信長が、伏せていた顔を上げる。

「――人間 五十年

      化天のうちを 比ぶれば

           ゆめ まぼろしの 如くなり――」

 すり足で身体をゆっくりと立ち上がらせていく信長は、扇を手に独り、鼓の音を供にして朗々と謡いあげる。
 押し殺した謡いと差し挟まれる鼓の音、そしてゆっくりと進む舞が舞台を支配する。

「――ひとたび 生をうけ

      滅せぬものの あるべきか――」

 客席を鋭い眼差しで睨みつけ、謡いの余韻が消えてゆくなか、静かに動きを止める。一瞬の無音。

『敵は本能寺にあり!!』

 客席の背後から声が上がる。白幕が落ち、現れたのは紅に染まった庭園。信長は唇の両端を吊り上げ、犬歯をむき出しにして謀反人を睨みつける。

「光秀ぇっ!血迷ったな、このデコっぱちが!!」

 信長の言葉に恥辱の色を浮かべるのは無骨な具足を身にまとった、完全武装の乙女武者。
 両手で額を押さえ、信長を睨みつけながら唸り声を上げている。

「デコ…そうよ、デコっぱちよ!これでも昔はそりゃあ可愛かったわよ父上だってお嫁さんにしてくれるって言ってたわ、でもおなごの身で小さい頃から戦、戦で兜かぶってたからどんどんおでこが広くなって今じゃこの有様よ!そのうちもっと広がってどこからおでこかわかんなくなるんだわ、つるっぱげよ!女の子なのにつるっぱげなのよ!?滑稽でしょ、滑稽よね、笑っちゃうでしょ、笑いなさいよ、あーっはっはって笑いなさいよ!あーっはっは!!」

 自らを鼓舞するためか、自虐的にまくし立てて声高らかに狂笑うと、腰から戦刀を抜き放ち、憎き敵に突きつける。

「あれが大将首だ!ものども、かかれぇっ!!」

【「あれ、これは誰の役?」
 「…いえ、私も良くは知らされていないのですが」
 「ああ、もう目星はつけてある。交渉はこれからだけどな」
 「あいかわらずばったり行き倒れてんなぁ」
 「…うん、言いたいことは分かったよ」】

 天地を揺るがすような雄叫びを上げ、桔梗の紋を掲げた兵どもが花道を駆けて舞台へ殺到する。
 だが、押し寄せる兵にも余裕を崩さず、信長はただ一言、その名を呼ぶ。

「ヤスケ!」
「おうよっ!」

 花道を抜けた足軽がその槍を信長に突き出す直前、筋肉色の暴風がその槍を足軽ごと巻上げ、吹き飛ばした。
 その威力に怯んだ隙に、信長に群がった足軽たちは一掃され、立ちはだかる壁の姿が明らかになる。

「オレの名はヤスケ、ノブナガのダチだ。この筋肉を恐れねえヤツは、かかってきやがれっ!!」

 筋肉のみを唯一の武装と身に纏った巨漢が啖呵をきると、遠巻きに見守っていた足軽たちが一斉に襲い掛かる。
 しかし巨漢はそれらをひとまとめにしてなぎ払い、びくともしない。

「ヤスケ、ここは任せたぞ。蘭丸、薙刀を持てぇっ!」

 一度に四人を相手に大立回りを繰り広げるヤスケにその場を任せると、信長は上手袖へと向かう。

「待て、逃げるか信長!」

 光秀の叱声に足を止めると、挑発的な笑みを浮かべて首筋を叩く。

「この首欲しくば、俺のいるところまで辿り着いて見せな!」

 哄笑と共に悠々とその場を後にする信長を、光秀は臍を噛んで見送るしか出来ない。

「ええい、何をしている!相手は一人だ、数で押し切れっ!」
「面白ぇ、来いやオラァっ!!」

 光秀の号令に、体格のいい足軽たちが肩を組み、二・三・四のスクラムがひと塊となってヤスケへと襲い掛かる。
 ぶつかり合う肉と肉。飛び散る汗、発散する熱気。舞台がまさに肉地獄と化す。
 しかし相手は屈強な足軽が九人。さしものヤスケもじりじりと上手へ圧されていく。
 全身に瘤のように筋肉が盛り上がり、血管は浮き、朱に染まった羅刹のごとき形相を浮かべる。
 僅かに傾いたままの天秤から砂がこぼれ落ち、均衡が崩れようとするまさにその瞬間、場違いなほど朗らかな声で加勢が現れた。

「わふーーーーーっ!」

 下手から現れた白と黒と灰色の闖入者は、舞台中央までラインを押し上げていた肉の塊の上へと無造作に飛び乗る。

「わ」「ひぃ」「ぐぉ」「げぺ」

 たちまちの内に崩壊する肉スクラムとついでにヤスケ。光秀は新手の登場に慌ててその場へと駆け寄る。その屍の上に君臨するは――

「犬ゾリ?」

 黒いのをソリに乗った白いのが抱え、そのソリを灰色のが引いている。

「これぞ最終形態、けるべろすふぉーむ、なのですっ!三位一体の攻撃を受けてみよなのですっ、わふーっ!」
「そ、そう…」

 どう見ても負担が灰色一頭に集中しているように見えるが、そんなことはないらしい。白いのは黒いのを右手で抱いたまま空いた片手を振り回し、黒いのも白いのも楽しそうに吠えている。

「ええと…あ!あーあーはいはい。そうね、わかったわ、私の負け。とても勝てそうにないから、許してください。てことで、通るわね」
「はい、どうぞどうぞなのですー。わふー、あいむ、なんばー、わーん!」

 お山の大将的に肉山の頂上で上機嫌な八房スリーを置いて、光秀はひとり信長を追って退場する。だまされた事に気付いたのは既に手遅れになった後。

「だーまーさーれーまーしーたーっ!?」

【「あれ、オレの筋肉の見せ場少なくね?せめてあと二時間くれよっ!」
 「そんな暑苦しい舞台見ていられるか。全部カットでも構わんくらいだ」
 「…そうですね。カットしましょう。美しくありません」
 「ごめんなさいもう言いませんカットしないで下さい」
 「ところで、俺の出番はまだか?もうワクワクしてたまらないんだ。焦らさないでくれっ!」
 「…あ」
 「(…まさか、忘れてたわけじゃないよね?)」
 「(…い、いや。そんなことはない、ないんだが…)」
 「(…そういえば、役すら振っていませんでしたね)」
 「(ええっ?ああもうなんだか落ち着かなくなって踊りだしちゃってるよ、早くしないと…!)」
 「(これを使うといい)」
 「(どうしたの、これ?)」
 「(放送室にあったものを手直しした。間に合わせだがね)」】

 暗闇の中、信長の呟きが聞こえる。

「そういえば、家康はどうしているかな…」
『――そのころ、徳川家康とそのお供の服部忍者達は、国許に帰るお忍びの旅の途中でした――』

 舞台がぼんやりと滲むように明るくなり、のどかな街道の風景が現れる。上手から登場するのは、旅装の男二人と『狸』。舞台上が明るくなるにつれ、その詳細が明らかになる。
 股引、脚絆に草鞋履きの片割れは長身でたくましい白髪の男。小柄なもう一方は、近くで見れば男装の佳人である。そして『狸』。
 俗に八畳敷きと呼ばれる、結婚の際に大事にすべき三つの袋のうち、オチとして間違えられる方のそれを備えた、まあ早い話が信楽焼きの狸の置物である。しかも巨大。一行の中で最も背が高い。
 黄土色の頭巾を載せ、『徳川家康』と墨痕鮮やかに書かれた前掛けを着けたそれは、供の二人を従えて滑るように移動していたが、唐突にその歩みを止める。

「半蔵くん、タンマだタヌ」
「どうされたでござるか、お館様?」
「わし、ちょっと疲れたタヌ。ここいらでちょっと一休みだタヌー」

 狸が少しかすれた中性的な声、加えて言えば太っているかのように作られた声で白髪の男を呼び止める。

「はあ、しかしあまりのんびりしていると日が暮れてしまうでござる」
「融通がきかないタヌ。つまんない男タヌー」
「…お館様、言ってはいけません」
「つ、つまんない…」

 狸の後ろからひょっこりと顔を出した女が、狸の額を叩いてたしなめるが、半蔵は心に深い傷を負って崩れるように膝をつく。しかし、そんな感傷を、切羽詰った声が吹き飛ばす。

「た、助けて!助けてくださいっ!」

 下手から必死な面持ちで駆けてくる若い娘。乱れた小袖の襟元をかき抱き、追われるようにまろび出ると、一行の目の前にすがるようにへたり込む。ほつれた髪で半ば隠れてしまっているが、儚げな美貌に見上げられ、半蔵が胸を疲れたように息を呑む。

「おお、これは美しいお嬢さん。一体何があったのか教えていただけませんか。きっと我々が助けとなりましょう、でござる」
「あ、ありがとうございます、旅のお方」
「…勝手に話を進めないで下さい」

 唐突に膝をついて手を取り、爽やかな微笑を浮かべ始めた白髪の男にやや引き気味の娘、そして置いてけぼりの狸と女。
 しかし、娘の口から事情が語られる前に、柄の悪い声が舞台に割り込んでくる。

「おうおうおうおうっ、逃げ切れると思ったら大間違いだぞ小娘っ!」

 鋭い目つきに無精ひげ、手には野太刀をぶら下げた無頼漢が、手下を引き連れて現れる。

「YO!HO!おれたちゃ山賊、ウッ、女を渡しな、HA!」
「うわ、なにこいつ」
「ウザ、なんでこんなのが仲間なわけ?」
「ちょ、YOU!?冷たくするな、YO!」
「死ね」
「消えろ」
「チッ、ちゃんと働けお前ら。殺すぞ!」
「す、すみません!」
「「はいはーい」」

 まとまりのない手下たちだが、舌打ち交じりの頭領の命令にしぶしぶ従い、抜き身のだんびらを構えて迫る。

「ほらほら、さっさと渡せよ」
「そうそう、お前らもめんどくさいの嫌だろ?」
「そうだ、ZE!」
「憤ッ!」

 ごいん。狸の陰から飛来した茶釜が鈍い音を響かせて手下を直撃。一番気弱そうだった男が受身も取らずに倒れる。

「半蔵くん、懲らしめてやるタヌ!」

 家康のその言葉で、戦いの火蓋は切って落とされた!

【「…あれ、ここで終わり?」
 「アクションなしでいいのかよ?」
 「ふ。そう何度も繰り返しては飽きてしまうからな。断腸の思いでカットだ、でござる」
 「あ、私も出るんですね…」
 「うおっ!?…あ、ああ。ともに頑張ろう(いたのか…)」
 「ねえ、家康の声をやるのって…」
 「…私ですが、何か?」
 「な、何も」
 「そうですか。…狸は後で発注しておきます、化学部に」
 「不安だ…」
 「あー、あのさ、おねえちゃん…」
 「言わないで。考えないようにしてるんだから」
 「はっはっは、今連絡した。二つ返事でOKしてくれたぞ」
 「いやぁーーーーっ!!」】





 舞台は変わり、本能寺廊下。寺を取り囲む兵どもの雄叫びや鎧のぶつかり合う音が聞こえてくる。袖から現れた信長はいまだ丸腰。僅かな手勢に声を掛けながら奥へと急ぐ。

「お前たちは裏手を固めろ!お前は得物をありったけかき集めろ!」

 舞台中央近くで指示を飛ばした信長が再び下手へと足を踏み出したその瞬間。廊下の天井を突き破り落下してきた人影が、気合もろとも手にした釘バットを振り下ろしてきた。

「とりゃーっ!すきあり亀有働きアリ!往生せいやーっ!!」

 ごづっ、と洒落にならない音を立てて床にめり込む釘バット。間一髪でかわした信長がさらにもう二歩距離をとる。

「あっぶねー…おいサル、これは一体何の冗談だ?」
「あれー、もうばれちゃったんデスか?おっかしいなー、せっかく伊賀の子に衣装借りたのに」
「服替えても顔出してるんだからバレバレだろ」
「ああ、そっかぁ。やはは、しっぱいしっぱい」

 サル、と呼ばれた少女はバットを引き抜いたはずみで尻もちをついていたが、尻をはたきながら立ち上がり能天気な笑顔を向ける。

「いやー、この混乱に乗じてお館様の首を取っちゃえばあたしがテンカビトになれるっていうじゃないですか。こりゃ狙わなきゃソンだぜヒャッハー!って感じですヨ」
「お前な…」

 朗らかに言い放つ少女と冷ややかに眺める信長。二者間の温度差で結露しかねないほどの微妙な空気だ。

「ところで、お前出張中だったはずだろ?仕事はどうした」
「え?あー…た、たぶん家来のみんながうまくやってますよ!」
「とりあえずお前クビ」
「ええーっ!?おーぼーだーっ!!」

 すぱぁんっ!!
 しずしずとサル少女の背後からやってきた濃姫が、手にした得物で後頭部を一撃。対象を沈黙させる。
 得物は蛇腹に折り畳んだ紙の一端を束ねて柄をつけた打撃用の扇。大判の一枚紙を贅沢に使用した業物である。

「…この非常時に何をしているのあなたは」
「や、いやー。これは奥方サマ…ちょっとしたゲコクジョー的交流とか?」
「とか、じゃないでしょうが。もう一度主従関係のあり方を叩き込んであげた方がいいみたいね?…しっかりと」
「ひ…!」

 薄く笑って肩を掴んだ濃姫のただならぬ妖気に怯え、背後の信長に視線で助けを求めるが、信長は引きつった顔で首を横に振るばかり。
 そっと手を握られた彼女は、その手を振り解くことも出来ず、流れてきたBGMに乗って下手へと連れ去られていく。

「結局、何しに来たんだあいつは」
「まったくですわ。役に立ちませんこと」

 置いてけぼりの信長が漏らした呟きに、誰もいない場所から答えが返ってくる。
 しかし、信長は動じた様子もなく、姿なき声に呼びかける。

「笹虫か。…なるほど、光秀の謀反もお前の主の差し金か」
「さあ、存じませんわ」
「宋易に伝えておけ、望みどおり楽しませてやる、ってな」
「はい、たしかに承りましたわ」

【「むきーっ、ヤクタタズってゆーなーっ!」
 「おお、ほんとにさるみたいだ」
 「うっきー、うっきゃー、きゃーきゃーっ!」
 「…ほんとにサルになってどうするのよ…」
 「わふー、そんなこと言ってても嬉しそうですね?」
 「あ、呆れてるだけよ」】





「お館様!」
「馬鹿兄貴!」

 薙刀を持った蘭丸と、打掛を脱いで身軽になった伏姫が、反対側から登場した信長とようやくのことで落ち合う。

「無事だったか二人とも。探したぜ」
「ふん、お前も無事でざんねんだ」

 むすりとそっぽを向く伏姫を、蘭丸はくすくすと笑いながら窘めようとはしない。それを見て信長も、唇の端を吊り上げ、蘭丸の差し出す薙刀を受け取る。

「積もる話は後だ、今はこいつらを片付ける!来やがれ雑魚どもっ!!」

 信長が吼え、舞台上を何本もの光条が照らし出す。
 待ち構えていたかのように、花道から刀を振り上げた雑兵どもが群れを成して舞台へと駆けてくる。
 轟く和太鼓の響きと掛け声、雑兵の繰り出す刀を受け止め、胴を蹴り飛ばし、薙刀で斬り伏せる。
 下手から向かってくる者を股下から斬り上げ、その刃を回り込んできた兵の頭に勢いのまま振り下ろし、叩き割る。
 ならばと示し合わせ、三人が同時に刀を振り下ろすと、両手で頭上に掲げた柄でそれらを受け止め、押し返す。
 よろけた三人の胴をまとめて薙ぎ払うと、勢いをそがれた兵どもは信長たちを囲み、睨み合い、機を窺う。
 そこへ満を持して登場するのが乙女武者、明智光秀。抜き身を引っ提げ、自信に満ちた笑みを浮かべ、悠々と花道を進む。
 花道の半ばで立ち止まった彼女は、視線を一手に集めながら轟然と胸をそらし、切っ先を信長に突きつける。

「てこずらせてくれたけど、どうやらここまでね、お館様。いや、織田信長!!」

 対峙する信長は、背に二人をかばい、敵に囲まれてもなお不遜な態度を崩さない。

「ふっ、随分と吼えるじゃないか。それで、俺を倒してどうする。天下を取るか?やめておけ、お前に天下は大きすぎる」
「天下?そんなものに興味はないわ。私が欲しいのはただひとつ!その子、森蘭丸くんよっ!!」

 どどーん!大仰な効果音とともにスポットライトを浴びせられ、左右を見回しながらうろたえる蘭丸。

「ええーっ!?」
「「何いぃーっ!?」」
「「「「「えー…」」」」」

 驚愕する三人とは裏腹に、士気を大暴落させる兵たち。互いに顔を見合わせ、その視線をとある人物に一斉に向ける。

「なっ、なんだお前たち。なんであたしをみるんだ…」
「だって、なあ?」
「うんうん、健康な男子だから」
「うう…」

 頷きあう足軽たちの不穏な空気に、じりじりと後退り、

「おまえらみんなきしょいわーっ!!」
「伏姫さまっ!?」
「逃げるぞ、追えーっ!」
「「「「伏姫さまーっ!」」」」
「ええっ!?」

 裾を翻し脱兎のごとく逃げ去っていく。足軽たちも「らぶ」だの「もえ」だの言いながらそれを追いかけ、残されたのは双方の大将と景品のみ。
 部下たちに捨てられ、一人ぼっちの大将は、花道にがっくりと膝を突き、床にのの字を書き始める。

「み、光秀?」
「何よ、同情でもした?ええそうねかわいそうよね。天下奪ろうとかそんな大それた目的とかなくてたった一人の男の子のために謀反なんか起こしてオオゴトにしたあげく、最後の最後で部下に見捨てられて一人ぼっちになっちゃったんだもの。無計画すぎて馬鹿みたいよね、哀れを通り越しておかしいでしょ?滑稽だわ、滑稽よね?笑っちゃうわよね、笑っちゃいなさいよ。あーっはっはって笑いなさいよ。
 あーっはっはっ!!」

 自棄を通り越していっそすがすがしいほど高らかに笑う光秀を、二人は痛ましげな表情で見つめていた。

「お――」
「でもね!」

 居たたまれなさに声を掛けようとした信長を遮ると、鼻から零れ落ちる滴を拭いもせずに再び切っ先を突きつける。

「蘭丸くんはあたしのものなんだからっ!!」
「いいや、蘭丸は俺のものだっ!!」

 構えた刀を握り締め、乙女武者は花道を駆ける。乱世の魔王も腰の刀を抜き放ち、恋する乙女を迎え撃つ。

「僕の意思は…?」

 賞品には権利などないとばかりに黙殺し、鋼の刃が打ち合わされる。俄かに空は掻き曇り、火花の散るが如くに稲光が飛ぶ。
 土砂降りの雨に打たれながら、二振りの殺意が交錯する。彼我が目まぐるしく入れ替わり、信長の衣が裂け、光秀の鎧が弾ける。
 互角に思われたのは束の間、少しずつ圧され始める光秀に、信長は更に手数を増やしていく。最早光秀の命運は尽きようとしていた。
 だが、しかし。
 舞台中央から手前にかけ、所狭しと立ち回りを演じる二人を他所に、舞台奥の一隅が不意にぼんやりと照らし出される。
 そこに立つのは杉色の小袖に身を包んだ小柄な少女。決意の眼差しを蘭丸に向けると、懐から刃を抜き放つ。
 蘭丸は気付かない。光秀も気付かない。少女は戦いを見守る少年へ駆け寄る。愛を伝えるために。

「受け取って、私の想い…!」

 凶刃と言う名の愛を。

「蘭丸ーっ!!」

 ぞぶり。
 瞬間、全てが紅に染まる。

「そん、な…どうして、お館様…」
「ぐ、うっ…」

 刃は、蘭丸の前に立ちはだかった信長の腹に突き刺さっていた。
 よろける信長を抱き留めるように蘭丸が支える。

「どうして…どうして邪魔するんですかっ…森さんは私と一緒にっ」
「一緒に死んでどうなる…好きなら、生きてぶつかれよ。何度砕けても、ぶつかってみろよっ!」

 荒い呼吸の下、熱く語る姿は大怪我を負っているようには見えない。しかし、いまだ刃は刺さったまま。
 その姿に気圧されたのか、少女は言葉を失い、逃げるように舞台から去っていく。
 その姿を見送りながら、刀を納めた光秀が二人に歩み寄る。

「信長…ううん、信長様…私の負けよ。そこまで蘭丸くんを想っていたなんてね。悔しいけど、私は蘭丸くんを守れなかった」
「よせよ…身体が、勝手に動いた、だけだ…」
「お館様っ、もう喋らないでっ」
「もう長くないんだ、喋らせろよ…大丈夫。どうしてか、あんまり痛くないんだ…」
「そんな馬鹿な、まだ刀が刺さったまま――あれ?」

 傷口を見ようと信長の懐を探った蘭丸は、刺さっていた短刀を取り出した。突き刺さっていた板とともに。

「お館様、これ…」
「ん?…ああ!蘭丸の絵姿じゃないか。ずっと懐に入れてたんだ。…そうか、こいつが守ってくれたんだな…」
「懐にって…」
「お館様…なんで僕はこんな姿なんですかっ!!」

 蘭丸が客席に向かってかざした絵姿は、蘭丸・メイド服バージョン。風か何かでめくれそうになるスカートを必死に抑えている。

「なんでって…可愛いからに決まってるじゃないか」
「…ああ、なんでこんな人が僕の主なんだ…」
「蘭丸、そこは『ご主人様』って言うところだろ?」
「絶対言わないからっ!」

 仲睦まじい二人のやり取りに、光秀は一人、背を向ける。

「あーあ、やってらんないわよ。二人お似合いすぎるんだもの」
「光秀…」
「どこへなりと行っちゃいなさいよ。二人で幸せになっちゃいなさいよ。後片付けはあたしがやっておくから!」

 そして、振り切るように花道を駆けていく。

「信長、討ち取ったりーっ!!ばっかやろーーっ!!」

 最後まで涙を見せなかった乙女を、二人は寄り添って見送っていた。

「あいつ…」
「いや、いい話みたいな顔してるけど、死んだことになっちゃってますからね?」
「う、そうか…」
「全く、どうするんですか。あの様子じゃ、『実は生きてましたー』とかのこのこ出て行くわけにもいかなそうですよ?」

 突然路頭に迷ってしまった現実に直面する二人。しかし、途方に暮れる蘭丸をよそに、信長の口元は楽しそうな笑みを浮かべていた。

「よしっ、なら旅に出よう!」
「ええっ!?何そのいきなりな展開っ」
「日の本だけじゃない、南蛮や唐や誰も知らない土地を見て回るんだ。ワクワクするだろ?」
「いや、まあ…しますけど」
「だろ?くっそー、人生五十年じゃたりないぜ!二百年くらい生きてぇなあ!」
「…なんだか本当に生きそうな気がして嫌なんですけど」

 気分が盛り上がってきたのか、勢いよく立ち上がった信長を、蘭丸は冷めた目で見上げる。

「何ひとごとみたいに言ってるんだ、俺が死ぬまでお前も一緒だぜ?」
「ええーっ!?」
「病めるときも健やかなる時も、だ。さあ、いこう蘭丸!」
「はぁ…わかりましたよ、信長様」

 信長が子供のような笑顔で差し伸べる手を、蘭丸も渋々といった風を装って、しかし口元に笑みを浮かべてしっかりと取る。
 その瞬間、二人の姿は純白のタキシードとウェディングドレスに替わり、エンディングテーマの高まりとともに舞台が降り注ぐ花で埋め尽くされていく。

『――焼け落ちた本能寺から、信長と蘭丸の姿が見つかることはありませんでした。
 その後、彼らがどんな旅を続けたのか、記録に残されてはいません――』

【「ちょ、ウェディングドレス!?」
 「きっと凄く似合うよー」
 「わふーっ、お嫁さんなのですっ」
 「む、私がお婿さんではないのか?」
 「やはは、姉御のお婿さんははまりすぎですヨ」
 「くそぅ、オレじゃ駄目なのかよっ」
 「…当然です。美しくありません」
 「どうか、俺の嫁に…」
 「ああっ、私でよければいつでもお嫁さんになりますのにっ」
 「不機嫌そうね?」
 「…馬鹿兄貴にくれてやるのはもったいない」
 「妬くな妬くな、主役の特権ってやつさ。さて、それじゃみんな。本番は来週だ、張り切っていこうぜ!」
 『ええーーーーーーーーっ!?』】


演目:演劇『真説・本能寺』
団体:学生有志
場所:講堂
日時:初日、2日目 PM2:00〜3:30
   最終日 PM1:30〜3:00

キャスト
織田信長:棗恭介
森蘭丸 :直枝理樹

濃姫  :二木佳奈多
羽柴秀吉:三枝葉留佳
ヤスケ :井ノ原真人
徳川家康の声・服部カンゾウ
    :西園美魚(二役)
服部半蔵:宮沢謙吾

伏姫  :棗鈴
八房ホワイト
    :能美クドリャフカ
八房グレー
    :能美ストレルカ
八房ブラック
    :能美ヴェルカ

千宋易 :来ヶ谷唯湖
笹虫  :笹瀬川佐々美

本来物語に全く関係のない薄幸の美少女
    :古式みゆき(友情出演)

山賊の頭領
    :三枝晶(父兄参加)

 化学部  生物部
 ソフト部 杉並睦美
 運動部長ズ(友情合体)
 高宮勝沢 ねこ
 相川

明智光秀:土岐彩

ナレーション:神北小毬


脚本  :西園美魚
演出  :棗恭介

舞台監督:時風瞬

音響監督:来ヶ谷唯湖
照明監督:西園美魚

衣装監修:宮沢謙吾、古式みゆき
舞台美術:井ノ原真人、直枝理樹

特殊効果:マッド鈴木
動物協力:バイオ田中

協賛  :男女寮会
     駅前商店街


[No.639] 2008/10/18(Sat) 00:11:35

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