第20回リトバス草SS大会 - 主催 - 2008/10/30(Thu) 20:57:32 [No.656] |
└ いしのいし - ひみつ・遅刻@EX分はない@4685 byte - 2008/11/02(Sun) 14:47:27 [No.675] |
└ いしのいし 修正版(クドのセリフの途切れなどを修正) - mas - 2008/11/03(Mon) 01:29:49 [No.680] |
└ MVPここまで - 主催 - 2008/11/01(Sat) 00:29:01 [No.669] |
└ ”初恋”を恋人に説明するとき - ひみつ@6566バイト EX佳奈多シナリオバレ - 2008/11/01(Sat) 00:26:11 [No.668] |
└ [削除] - - 2008/11/01(Sat) 00:13:33 [No.667] |
└ [削除] - - 2008/11/01(Sat) 00:08:59 [No.666] |
└ いしに布団を着せましょう - ひみつ@ 13.095byte EXバレなし - 2008/11/01(Sat) 00:01:38 [No.665] |
└ 路傍の。 - ひみつ@初@6498byte EXネタバレなし - 2008/10/31(Fri) 23:56:34 [No.664] |
└ 約束 - ひみつ@20161 byte EXネタバレなし - 2008/10/31(Fri) 23:26:00 [No.663] |
└ 石に立つ矢 - ひみつ@12553 byte ネタバレなし - 2008/10/31(Fri) 20:28:57 [No.662] |
└ 重い石なのに柔らかい - ひみつ@5791 byte EX微ネタバレ 微エロ - 2008/10/31(Fri) 16:23:12 [No.661] |
└ 『重い石なのに柔らかい』解説 - ウルー - 2008/11/03(Mon) 00:51:50 [No.677] |
└ みんなの願い - ひみつ@4564byte 初めて EXネタバレなし - 2008/10/31(Fri) 01:25:44 [No.660] |
└ 死体切開 - ひみつ@ 6546 byte EXネタバレなし スプラッタ・猟奇注意 - 2008/10/30(Thu) 23:52:21 [No.659] |
└ ともだち記念日 - ひみつ@14988byte - 2008/10/30(Thu) 23:40:37 [No.658] |
└ 10本目の煙草 - ひみつ@ 7033 byte EXネタばれ多分ない - 2008/10/30(Thu) 21:46:20 [No.657] |
└ MVPとか次回とか - 主催 - 2008/11/03(Mon) 00:52:33 [No.678] |
五月十五日はともだち記念日。 そう決めた。 女子寮を抜け出して、昼間のうちに鍵を開けておいた窓から、お菓子を詰めたバッグを片手に夜の校舎に忍びこむ。見慣れた世界は姿を消し、静寂に沈んだ偽りの深海がそこにある。乏しい現実感を取り戻すため、履きかえた上履きで廊下の感触をたしかめる。なぜか止めていた息をふっと吐き出し、私はひとり頷いた。 曇り空に嫌われて、窓から射しこむ月光はない。濃密な闇だけが私のことを出迎える。怖くも寂しくもないのは、この先でともだちが待っていると知っているからだ。足取りはふわふわ軽やかで、心はぽかぽか温かい。調子に乗って体をくるりと一回転。誰にも見られていないのに、柄にもない乙女の真似ごとが、私の頬を熟れたリンゴみたいに紅潮させる。 冷たい両手を頬に押し当て、うつむき加減に早歩き。今日の私はちょっとおかしい。ともだちに笑われないように、バッグの中の甘い匂いを嗅いで、興奮でほてった理性をゆっくり冷ます。 昼間はみんなと過ごす教室で、大切なともだちと待ち合わせ。逢引なんて小洒落たものではないけれど、よろこびに頬がゆるんでくる。 扉の前で立ち止まり、ひとつふたつと深呼吸。古典的な黒板消しトラップも今日はない。クラスを間違っていないかたしかめてから、私は扉に手をかける。覚悟を決めて頷いて、控えめにがらりと開け放つ。 窓際の机に腰かけて、ともだちは夜空を見つめていた。こちらを向いたその刹那、雲間から漏れ出た月光が、彼女の笑顔をななめに明るく照らし出す。その光景は窓枠を額縁になぞらえた一枚の絵画のようだった。 「こまり。来てくれてありがとう」 初めてともだちと出会ったのは、五月十五日の火曜日だ。その日、学校に忘れ物をした私は、今日のように夜遅く校舎にひとりで忍びこんだ。そうして、誰もいないはずの教室で、私は文字通り自分自身と出会ったのだ。 「私を見て、怖いよーってわーわー泣くから大変だったよ」 ともだちが、おおげさにあの日の再現をする。私と寸分の狂いもなくおんなじ顔をしているから、さまになりすぎていて怖い。 「誰だって、自分と同じ顔の人を見たらびっくりするよ。ドッペルゲンガーかと思ったんだから」 中央の席をふたつくっつけて、私たちはふたりだけのお菓子会を楽しんでいる。誰かに見つかると大変なので、部屋の電気はつけられない。薄暗いこの空間で、私の鏡像のようなともだちと向き合うこの構図はどこか神秘的なものに感じられる。 「出会ったら死んじゃう、もうひとりの自分ってやつだっけ。私にはそんな力なんてないよ。それに、もし死ぬとしたら私の方だし」 ドーナツをひとかけら齧り取り、ともだちは不吉なことをさらりと言ってのける。自虐のようなそれを咎めようと口を開いたとき、私はふとあることを思い出す。 「こまり。そういえばさっき、窓際にいたよね。誰かに見られたらどうするの。絶対にもうあんなことしないで」 ともだちのことを何と呼ぶかは散々迷った。ちゃんづけもさんづけもおかしいので、結局こまりと呼び捨てることで落ち着いた。その呼び方にはだいぶ慣れたけれど、ともだちへの叱責はひとり相撲を取っているようで今でも妙な気分になる。 「あー、そうだね、ごめん」 力なくうなだれるともだちの姿に、私の胸は刺されたように痛くなる。 ともだちは生涯、私以外の誰とも出会うことができない。何故なら、彼女は誰かに観測されることによって消滅してしまうからだ。観測とはすなわち、目で見たり、耳で聴いたり、鼻で嗅いだりすることだ。神北小毬という人間は、この世界にひとりしかいない。彼女の存在はそんな当たり前の事実をゆがめている。だから、観測されることでゆがみは強制的にただされる。つまり、たったそれだけのことで私のともだちは消えるのだ。 隠れ双子姉妹として出ていって、みんなを驚かせよう。私が軽い気持ちで口にしたその言葉は、ともだちの背負う運命にあまりにも無理解で無自覚だった。泣きたいほどに悔しくて悲しかったけれど、それでも涙は流さない。本当は泣くべき立場にいる私のともだちが、泣かずに前を見つめていたからだ。 「ね。いつもみたいにお話してよ」 ともだちのおねだりに、私は暗く沈んだ心を引っ張り上げる。彼女は朝夕の区別なく、人のいるところに出ることができない。いつどこで観測されてしまうか分からないからだ。そのためか、彼女は外の世界のことをとても知りたがった。 だから私は残酷なことだと知りながらも、自分がみんなとどんな風に日々を過ごしているのか、ひとつひとつの思い出を丁寧に伝えていく。いつか、日常のありふれたひとかけらが、神北小毬というひとつの存在で結ばれた私と彼女の、共通の思い出となることをただひたすらに信じて。 「たのしそう」 足音ひとつ聞かれただけで存在が揺らいでしまう、陽炎のような生を抱き締める私のともだちが、そう言って屈託のない笑顔を浮かべる。嫉妬ではなく純粋な憧れだけを宿すそのやさしい瞳に、私の心はじんと熱くなる。 吹けば消える蝋燭の火のように、いつ果てるとも分からない命のともしびを燃やし続けるともだちは、凄絶なまでに美しかった。ともすれば自賛のような響きを奏でるその思いを、私はいつか花咲く萌芽のように胸の奥底へと大切にしまいこむ。 「変だよね。こまりと私はこんなにも違うのに、世界から見れば私たちはどっちも神北小毬っていうひとくくりだなんて。こんな些細なゆがみぐらい、許容してくれればいいのに。かみさまのけちー」 私の顔は自然と曇る。私と彼女は神北小毬である以上に、まったく別の人間だ。私たちが言葉を交わすことこそその証左。私は対話によってしか彼女のことをはかれない。それなのに、ともだちだけが世界のゆがみに縛られる。その理不尽が私は悲しくて悔しくてたまらない。 他者の痛みに敏感な、私の自慢のともだちが、慌てたように首を振る。 「違うよ。私はこまりを恨んでなんてない。というよりもね、感謝してるんだよ」 ともだちはそこで沈黙を挟んで、照れの残る表情を引き締める。 「こまりの話してくれる思い出は、どう頑張っても私のものにはならない。それはもうどうしようもないことだから。でもね、こまりと共有する一分一秒は、私をつくるたしかな時間なんだよ」 何ひとつ分け与えられていないと、そう思い込んでいた私の胸に温かなしずくがぽたりと落ちる。ともだちの心にあいた大きすぎる空白に、届けられていた何かがあることを知って、もはや私の瞳はうるまずにはいられない。やがて溢れ出す涙を拭いもせずに、私はともだちを抱き締める。全身に伝わるたしかな鼓動が、彼女の儚い命を燃やすがゆえの力強さであるように思えて私はひとり慟哭する。 涙でうるむ視界にともだちと歩む未来が見えなくて、私は赤子のように彼女のぬくもりを求めた。指先に触れるほのかな熱が、いつか逃げ去るもののように思えてしかたない。抱かれたままのともだちが、私の耳元にそっと口を寄せる。やわらかな吐息が耳朶をくすぐり、彼女の囁きが心にすっと染み入る。 「こまり。心配しなくても私はだいじょうぶ」 そばにいることを許されたようで、心のつかえが溶けていく。こんなにも脆くて強固なつながりを、私は何度でもたしかめる。世界がともだちの存在を拒絶するというのなら、せめて私だけは彼女の存在を認めてあげようと思う。本当におこがましいのは世界か私か、たぶん誰にも答えは出せない。 あの夜から四日が経った。本当は毎晩ともだちと会いたいけれど、学校があるからそううまくいかない。吟味したお菓子をバッグにたくさん詰めこんで、出発の時間までたくさん眠った。明日は日曜日だから、夜更かししてもだいじょうぶ。 張り切って出かけた私は、プロの泥棒よろしく手際よく校舎に侵入する。今日のともだちは、運悪く外から観測されることのない教室の中央でぽつんとひとり座っていた。いつものように笑顔で挨拶。お菓子の山を披露して、私たちは再会をささやかに祝い合う。 観測されれば消えてしまうともだちは、自分の時間を能動的には使えない。その姿も足音も、彼女を殺す致死の毒だ。そうした事情を抱え持っているから、ともだちは私の知らない思い出をひとつも持っていない。彼女の時間は、私と出会っているこのときにしか進まない。 それゆえに、昨日はあの人と出かけた、あのテレビ番組を見た、などという体験をともだちは語れない。誰かと関わり合うことは、そのまま彼女の死を意味するからだ。そのため、ともだちの口から紡ぎ出される言葉はそのほとんどが自らの感情を示すものだ。 たのしい。きれい。すごい。うれしい。 ともだちは言葉によって自分自身を描き出す。彼女の口から漏れる感情の数々が、宝石のようにきらめく美しいものであることを、私は願わずにはいられない。いつかそれらが積み重なって、彼女の存在が世界に認められることを祈らずにはいられない。 唐突に聞こえてくる足音が、私たちのやさしい時間を引き裂いた。迷いなく近づいてくる無慈悲な音が、教室の前でぴたりと止まる。静かに扉が開けられたそのときにも、ともだちは身を隠すことすらできずに呆然と立っていた。 月明かりを背負って、恭介さんがそこにいた。視線がもたらす毒から庇うように、私はともだちの体を引き寄せる。大切な人をうしなう単純な恐怖に、血も心も凍りつきそうだった。自分がしっかりしなくちゃだめなのに、それでも指先の震えを止められない。 「安心しろ。俺の観測ではそいつは消えない」 恭介さんは、何もかも見通すような冷たい瞳を浮かべている。 私の腕の中でともだちが震えていた。そうさせている恭介さんのまなざしを、私は何も言わず静かに見つめ返す。 「週明けまで待つ。月曜の朝には俺がそいつを消す」 一方的な宣告の先に、自らの罪を受け入れあがなうために、言い訳を捨て悪人を演じる恭介さんの決意が透けて見えた。だからこそ私は憤り、馬鹿にすんなと口汚く彼を罵るのだ。そうなじられて当然だとでもいうように、顔をゆがめて反論ひとつしない彼の姿が現実に酔いしれる道化のように思え、ただ悔しくて憎くてしかたがなかった。 それだけ言うと恭介さんは自ら教室を出ていき、残されたのは私とともだちのふたりだけ。食べかけお菓子の甘い匂いが場の空気をわずかに弛緩させたその一瞬に、今なお怯えの残るともだちをそっと椅子に座らせてあげる。聞きたいこと知りたいことは山ほどあるけれど、私はぐっと口をつぐんで彼女を見守る。 時計の長針が半周したころ、前触れなくともだちが小さな口を開く。 「私、自分が本当に生きてるのかどうか分からなかった。誰かに観測されることで消えるなんて、そんなの、この世界にいないのと同じこと。だから別に自分が消えようが残ろうがどっちだってよかった」 ともだちが、自分の中に残されている存在のかけらをひとつひとつ言葉にして吐き出しているようで、私の心は恐怖にわななく。すべてを語り終えたとき、世界から彼女が切り離されてしまうような根拠のない考えを抱いたからだ。 「こまりと出会って、私はようやく自分が生きているって実感できたんだよ。何の意味もなかったこの世界で、生きていたいって思えるようになったんだよ。だから今、自分が消えてしまうことが怖い。こまりと会えなくなることが本当に怖い」 嗚咽混じりに言うともだちの、慈愛とよろこびに満ち溢れた瞳が私の心を痛める。 「でもこの感情も、こまりがくれたもの。たしかな心がここにあるから、私はこまりと出会えたことが嬉しいし、別れることが寂しいと思えるんだよ」 結局わたしたちは教室で身を寄せ合って一夜を過ごした。恭介さんがともだちを消そうとする理由について、あくまでも推測にすぎないけどと前置いて、あのあと彼女は自ら語ってくれた。 私とともだちの出会いは、ともだちを私という存在に少しずつ近づけた。世界のゆがみはそうして広がり、たぶんそれは恭介さんにとって許容できない域まで達したのだろうということだ。 ともだちが観測によって消えるのは、神北小毬という人間が一人しかいない、その事実をゆがめる存在だからだ。けれど、私たちのどちらもが神北小毬である以上、観測によってともだちではなく私の方が消えてしまう可能性もいまや皆無ではないという。 だからこそ、週が明ければこの奇跡は人為によって砕かれる。恭介さんは観測というリスクある選択を避け、もっと確実な方法でともだちを消し去ろうとする。ゆがみをただす代償は、おそらくこの世界の崩壊だとともだちは言った。彼にとって不要でしかないわずかな猶予を私たちに与えたのは、彼が神でなく人であると自覚するがゆえの甘さだろうか。 ここにいるともだちは、私が消えた後の世界において、神北小毬という虚像を配置するために恭介さんが創り出した手駒だ。そんなことは最初から分かっている。私たちは本来、同一世界で出会うはずのなかった存在だ。それでも出会えた奇跡がここにあったから、私はともだちと一緒に生きたいとこんなにも強く願うのだ。 そのとき、私はあることに気づいてしまう。私は泣き笑いのような表情を浮かべて、思わずともだちの両肩をつかんでいた。首を傾げる彼女の無垢な横顔に、まぶしい朝焼けが鮮血のような化粧をほどこしている。 どうして、という無粋にすぎる問いかけが私の口からこぼれ落ちる。それがあまりに悲痛な響きを湛えていたからか、ともだちはしばし言葉をうしなう。 ともだちは、自分に与えられなかった、たくさんのものを望んだはずだ。観測によってうしなわれることのない肉体を、みんなと関わり合いながら過ごす世界を、しあわせを築くための未来を、それらをなにひとつ持たない彼女はたしかに望んだはずなのだ。 残された時間を使って私から思い出を引き出すことで、ともだちは今よりもっと私という存在に近づくことができた。自我を持った駒が本人に成り代わるという、恭介さんさえおそれた事態を、ともだちは私に悟られずに引き起こすことができたのだ。成功するかはたぶん五分以下。しかし何もせずとも彼女は消える。得られる対価を思えば抗しがたい魅力があるはずの選択肢を、ともだちは私にすべてを話すことで自ら放棄した。 落涙する私の頬をやさしく包み、気高い私のともだちが顔を寄せてくる。訪れたのは小さな衝撃。ともだちが私の額に自分の額をこつんとぶつけたのだ。 「こまりは泣くことなんてないんだよ」 はにかんで笑うともだちは、そのときたぶん誰よりも人に近かった。 「ねぇこまり。私のさいごのわがまま、聞いてくれる?」 観測による危険が万にひとつぐらいはあるかもしれないと、ともだちに引き止められたから、私はまだいちども校舎から出ていない。本当はお菓子を取りに寮まで戻りたかったが、ともだちの気づかいをむげにするわけにもいかない。 昼時になるとさすがにお腹がすいてきて、ともだちの反対を押し切って私はひとり校舎内の探索を始める。しばらく歩き回って分かったことだが、人の気配がどこにもない。意を決して訪れた職員室ももぬけの空だ。休日とはいえこれはおかしい。たぶん恭介さんの計らいだろう。 そうと分かれば遠慮することはない。ともだちを教室から引っ張り出し、ふたり並んで学食へ。いつも活気に満ち溢れて手狭に見えるそこは、不思議と孤独を想起させることのない広さを感じさせた。たぶん初めて見る景色に戸惑うともだちのあたたかな手を、私は先輩気取りで引いていく。 業務用の巨大な冷蔵庫の中には、学食にはまるで似合わない、彩り鮮やかな高級食材がこれでもかと詰めこまれていた。デザートの類も豊富で、冷凍庫にはアイスまで用意されている。 必要な分だけ調理場に運びこみ、私は朝ごはん兼昼ごはんを作り始める。高級食材を見送って素朴な食材ばかりを選んだのは、私たちの食事を特別なものにしてやろうという、恭介さんのゆがんだ善意の押しつけを受け入れたくなかったからだ。この時間は特別なものでなくてもいい。私はともだちとただ普通の時間を過ごしたい。 ともだちに手伝ってもらって料理を作っていると、いつかの調理実習を思い出す。不器用に材料の皮をむき、包丁をふるう彼女を見ていると何だかおかしくなって自然と頬がゆるみだす。 それから二人で作ったごはんを食べて、いろいろなことを語り合う。そうするうちに時間はまたたく間に流れ去り、さっき昇ったばかりの日が気がつけば逃げるように沈んでいく。 夕食を済ませてからも、私は空白の時間を恐れて他愛のない話題でともだちと語らい続けた。口を開いていないと不安でしかたがなかったのだ。そうしてすっかり日も落ちたころ、話をしながらつまんでいた皿の上のお菓子がなくなって、私は何か別のお菓子を持ってこようと腰を浮かせる。 「そろそろ行くね」 いつか告げられると分かっていたその言葉に、私は浮かせた腰を沈める。 他人に消されるのを座して待つなんてまっぴらごめんだよ。そう言って自分の生に自分で幕を引くことを選んだともだちは、消える前に外の世界を見ることを望んだ。 永遠の別れにも、気のきいた言葉はひとつも出てこない。ともだちは校舎の玄関に立ち、観測されれば死ぬ残酷な世界へとたったひとり、自らの意思で飛び込もうとしている。 さよなら、と。 明日また会う友人に手を振るような気軽さで、私たちは別れを告げて互いに背を向ける。これから先、もう二度と私とともだちの生が重なり合うことはない。 ひとり教室に引き返すと、そこにはともだちの残滓がどうしようもないほど濃厚に漂っていた。こらえきれなくなって、瞳からぽたぽたと、たぶん炎よりも熱いしずくを流れ落とす。ずいぶんと広くなってしまった教室で、私は顔を覆って泣き崩れ、いなくなってしまったともだちを想ってひとり静かに身を震わせた。 夜が明けても、ともだちは戻ってこなかった。だからあのあと、ともだちがいつどこでどのように消えたのか、その瞳にどのようなものを収めたのか、私はなにひとつ知らないでいる。 食べ残されたお菓子の甘い匂いが、朝の冷たい空気に混じって私の鼻腔をくすぐる。教室の中央、机をくっつけて作られたふたりぶんの空間が、昨日までのことが夢でないのだとやさしく教えてくれていた。 [No.658] 2008/10/30(Thu) 23:40:37 |
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