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all 第21回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2008/11/13(Thu) 00:16:22 [No.684]
秋の味覚、柿 - ひみつ@2748byte 投票対象外 グロ注意 - 2008/11/16(Sun) 19:29:26 [No.712]
夏の終わる日。 - ひみつ@5980byte…小話なのに大遅刻… - 2008/11/15(Sat) 02:18:52 [No.704]
MVPここまでなのよ - 主催 - 2008/11/15(Sat) 00:21:38 [No.703]
秋といえば - ひみつ@20186 byte - 2008/11/15(Sat) 00:02:28 [No.702]
[削除] - - 2008/11/15(Sat) 00:02:25 [No.701]
もみじ - ひみつ@2803byte - 2008/11/14(Fri) 23:50:21 [No.700]
秋の夜空に想いを馳せて - ひみつ@7366byte - 2008/11/14(Fri) 23:48:47 [No.699]
唇寒し - ひみつ@8597byte - 2008/11/14(Fri) 23:42:01 [No.698]
Re: 唇寒し - あまりにひどい誤字だったので修正版を載せておきます。 - 2008/11/15(Sat) 23:13:31 [No.709]
季節の変わり目はこれだから困る - ひみつ@2755 byte - 2008/11/14(Fri) 23:23:09 [No.697]
Merchendiver - ひみつ@13333byte - 2008/11/14(Fri) 22:58:24 [No.696]
白はいつ辿り着く? - ひみつ - 10777 byte - 2008/11/14(Fri) 22:56:24 [No.695]
食欲の秋、運動の秋 - ひみつ@ 8804 byte - 2008/11/14(Fri) 19:51:51 [No.694]
秋の夜長の過ごし方 - ひみつ@12571 byte - 2008/11/14(Fri) 18:58:09 [No.693]
紅い葉っぱ - ひみつ@ 11933 byte - 2008/11/14(Fri) 00:09:52 [No.692]
もみじ ゆうやけこやけ きんぎょ - ひみつ5141 byte 鬱注意 - 2008/11/14(Fri) 00:06:38 [No.691]
たき火 - ひみつ@ 初 4123byte - 2008/11/13(Thu) 23:32:07 [No.690]
まちぼうけ - ひみつ@17584 byte - 2008/11/13(Thu) 22:16:07 [No.689]
秋の理由 - ひみつ 3978 byte - 2008/11/13(Thu) 22:03:33 [No.688]
秋の風物詩 - 秘密(初 10KB - 2008/11/13(Thu) 16:14:24 [No.686]
注意 - おりびい - 2008/11/13(Thu) 17:13:09 [No.687]
後半戦ログと次回と - 主催 - 2008/11/17(Mon) 00:15:49 [No.714]


まちぼうけ (No.684 への返信) - ひみつ@17584 byte


「まちぼうけ〜、まちぼうけ〜」
 はなうたなんか歌っちゃったりしてゴキゲンなんですよ。
 今日の理樹くんとのお出かけ、家から一緒に出るんじゃなくて、わざわざ待ち合わせて。
 これって、ででででぇとってヤツですよネ?ね?
 ゴキゲンなのも無理もないと思うでしょ?
 4日ぶりのいいお天気、ちょっぴし肌寒いのも何のその。この間理樹くんが買ってくれたカーディガンがあるからへいちゃらなのです!
 ベンチで足を投げ出して、ちょっとぱたぱたさせちゃったりして。子供っぽいですかネ?
 ちょっち不安になって周りを見てみると、こっちに注目してる人なんていやしないんですよ。ちょっと自意識カジョーでしたネ。
 結構のどかないいお天気でお散歩している親子連れとかカップルとかちらほら。
 ときどき冷たい風が落ち葉をまきあげたり、スカートをぴらっとめくろうとしたり。む〜、えっちな風ですネ。
 おお、あっちのカップルさんはこんな昼間っからほほ寄せ合ったりなんかしちゃったりして、くぅ〜あっついですネ!
 さすがにあれはまだマネできませんね。いかに理樹くんラヴといえど!アイ苦しいほどにラヴだとしても!
 や〜、ちょっと熱くなりすぎましたね。でもあったかくなったから良しとしましょう。

 時計ちらり。
 う〜ん、おっそいなー。もう30分も待ってますヨ?何しちゃってるんですかねあの無意識ラブコメ星人はっ。
 も、もしかして途中で新しく恋の種まいちゃってるとか!?ありえる、ありえますよあのタネ馬コゾーめっ!
 そして何時間も遅れたあげく、「紹介するよ、僕の妻と子供たち」とかなんとかちくしょーっ!
 ああ、なんかそう考えたらあのへんで遊んでる男の子とか目元が理樹くんによく似てるかも…。そっかー、理樹くんあんなおっきな子供いたんだねー。
 こんなことならさっさと理樹くんとえっちぃことしちゃえばよかったなー。それで理樹くんをメロメロにっ。
 べつに遠慮してたわけじゃないんだけど、って、いや遠慮してたか。
 何度かそーゆー雰囲気になったこともありますヨ?でもなんていうか、一線を越えられなかった感じ?
 だって何部屋もあるようなところには住めないしー、そしたらやっぱりキョードー生活ですから見せたり聞かせたりしちゃったら気まずいでしょ?ちゅーでガマンですよ。ちゅーは好きですしネ、やはは。あ、エロいってゆーな!エロじゃないもん。ちゅーはいいんだもん。あったかくてー、しあわせでー、くたーっ、てなっちゃうんだから。って、キスの話は置いといて。
 ていうかこっちも気を使わせちゃってるよね。使わせるっていうか使ってもらっちゃってるって言うか。
 バイトだって家に居づらいからってのがないとはきっと言わないよね。たぶん、めいびー。
 そんなことないないっていつも言うけど、今日二人きりなのもきっとそのおかげだし。
 今ごろ何してるのかな。今日はお天気だから洗濯…はしてないかな。あ、お布団干したら気持ちよさそうだねー。干したお布団でお昼寝とかさいこーぅ!
 なんか帰りたくなってきちゃったかも。べ、べつに心配だからとかじゃなくてお布団でお昼寝したいだけなんだからねっ!?とかツンデレってみてもホントに帰ったら怒られるよねそうだよねー。
 とかなんとかやってるうちに待ち合わせまであと20分。そういやー来たのは待ち合わせの1時間前でしたネ。やはは。

 ひとりで怪人百面相ーとかやってたせいで、なんかちっちゃい男の子がいつの間にか近くに来てましたよ。じーっと見てますよ、見られてたんだハズカシーっ!
「よーよー、お姉ちゃん美人だねー。おめかししちゃってこれからでーと?」
 声掛けようかなどーしよっかなーって思ってるうちに向こうから声掛けてきましたよ。おませさんですネ、ってかナマイキだぞこんガキゃーっ!
「カレシ来ないけどすっぽかされたんじゃねーの?そんなヤツのことはわすれて、おれとデートしようぜ」
 ななななんとこっちが戸惑ってるすきに連続攻撃してきましたよ。かなーり棒読みでポイントは低いですけどネ。
 まあ、デート前に目クジラ立てて怒るのもナンですし、オトナの態度で返してやりましたよ。ところで目クジラってどんなクジラなんですかネ?
「きれーな女を見かけたらこうやって落とすんだって父ちゃんが言ってた」
 コゾーに理由を聞いたらショーゲキの事実が判明しましたですよ。うちの晶パパ並みのロクデナシさんですねー。
 ちょびっとこの子の将来が心配になってきましたよ。ここはちゃんと教えてあげなきゃダメですよね?きれーな人と見ればみさかいなくフラグ立てまくる理樹くんみたいな人になっちゃダメですよー?
「待たせちゃったのは悪いと思うんだけど、それはちょっとあんまりじゃないかな…」
 うっひゃーーーっ!?どびっくりですヨ。心臓打ち上げ花火ですよ。待ち合わせにはまだ早いのに何でいるんですかっ!?
「いや、待ち合わせの10分前だから普通だと思うけど…ごめん、待たせちゃったみたいだね」
 ありゃ、そんなすまなそうにされると困っちゃうのですヨ、ただのヤツアタリなんだし。だからこっちも今来たところだってごまかそうとしたら、
「ずーっといたじゃん。おれ見てたぜー」
 って人がおあいこにしよーとしてるのにー。ほにゃらら、恐ろしい子!そいえば名前知らないですね。てコラーっ!理樹くんもナニにこやかーに眺めてくれちゃってるんですかっ。恋人が困ってるのに当事者意識ゼロですねもーっ。
 ここはウヤムヤのなーなーにしちゃイケナイところですよねっ。涙目ウルウルで恨めし視線攻撃ーっ!ってな感じで睨んでやりましたですよ。そしたらサスガの理樹くんも平身ていとーですよネ?
「ごめん。なんか可愛いなと思ってつい」
 ま゛っ!?はずっ、きゃっ、あーもーっ!顔が沸騰するーっ!何てことをさらっと言いやがりますかこんちくしょーっ!この女たらしーっ!やりちんーっ!エロがっぱーっ!
 まくし立てて肩で息してるのに、あっちは二人で顔見合わせてなんか連帯感出してるし。微笑みあうなっ!目と目で通じ合うなーっ!
「おじゃまみたいだからばいばいなー。お兄ちゃんがんばれよー」
 いいからさっさと行けーっ!
 時計を見たらちょうど待ち合わせの時間。あーあ、なんだか疲れきっちゃいましたヨ。理樹くん癒して〜ごろごろ〜♪とかできたら可愛いかなーなんて思うんですけど、それはちょっと恥ずかしいからムリっ。
 結局、怒りんぼフェイスでつい文句を言っちゃうんですよ。「遅いわよ、直枝」って。
 素直じゃないですネ?





「…うむ、佳奈多くんが素直でないことには同意するが、それはないな」
「がーんっ、はるちんショックー!?」
 姉御は理樹くんのマグカップをちゃぶ台に置くと、私の語った壮大な『りきかなラブラブ☆ドキドキでぇと〜待ち合わせ変〜』をばっさりと斬り捨てた。
 確かに話しているうちに楽しくなってきて、ちょっと大げさというかオリジナルな部分が多くなってしまったのは認めるけど。
「オリジナル過ぎてむしろ葉留佳くんにしか思えん」
 マグのふちを指先でなでながら、姉御の評価は手厳しい。今日は珍しくパンツ姿(ぱんつにあらず)だからだろうか、髪を後ろでまとめてるからだろうか、よりお姉サマ度が上がってる気がする。
 だからカップの犬の絵がにやけて見えるのはきっとそのせいだ。理樹くんのすけべ。
「やはは、モノマネは得意なんですけどねー。ごほっ、ううん、あーあー。『なおえっ、また他の女とイチャイチャらぶらぶしてっ。最低ね。さいってー』…ホラ、むちゃくちゃ似てないっすか?」
「20点だな」
「点数低っ!?」
 ちぇーと口を尖らせたあと、ひとまずしゃべり過ぎてへたった喉をお茶で潤す。これは姉御のお土産、クド公のお茶。
 苦いのはあんまり得意じゃないけど、これは平気。お姉ちゃんより先に開けちゃって怒られるかもしれないけど、姉御に出したってことで納得してもらおう。
 お茶うけのおせんべもクド公おすすめらしい。手にとって顔に近づけると、しょうゆのちょっと焦げたいいにおい。
「まあ、似てるかどうかはとりあえずこっちに置いといて、そんなわけでお姉ちゃんと理樹くんは今ごろでぇと中なんですよー。残念でしたね、姉御」
 ばりん、とおせんべをひとかじり。おしょうゆのしょっぱさがぴりっと舌を刺す。
 姉御は、両手でなんだか大事そうに包んだマグカップに視線を落としていたけれど、私の言葉には笑って首を横に振った。
「連絡もせずに来たからな。それは仕方ないさ。留守の可能性もあったことを考えれば、葉留佳くんがいてくれて良かったよ」
「わらひも…」
 おっと、おせんべが。ずずーっ。っくん。口の中をお茶で綺麗にしてからもう一度。
「私もお留守番でヒマヒマしてましたから、姉御が来てくれてラッキーでしたよ」
 本当は洗濯とか掃除とか、やろうと思えばそんなに暇にもならないんだけれど。
 でも暇じゃなければ気が紛れるというわけでもないので、姉御の訪問は本当に嬉しい。
 姉御からは学校のことやバスターズのみんなのこと、私からは理樹くんやお姉ちゃんのこと。離れてからまだそんなに経っていないのに、聞きたいこと、話したいことがたくさんある。
 幸い、お茶うけはまだまだたくさんある。今のうちにやかんを火にかけて、長期戦に備えよう。

 台所に立って、やかんにたっぷり水を入れていく。ほんとうはきんぴかのでっかいのが欲しかったけれど、二人がかりで却下されたのでふつうのやかんだ。ちぇー。
 水音の間に声が聞こえた気がして振り返ると、姉御は頬杖をついてテレビを眺めているところで、聞こえたのはいつもより早い時間に登場したお昼の司会者の声だった。
 姉御とテレビの取り合わせが妙に不思議で、首を傾げながらとりあえずやかんを火にかける。
「姉御がテレビ見るなんて珍しいですネ。笑っていいかも好きなんですか?」
「うむ、これほどマンネリ化した企画を何年にも渡っててらいなく垂れ流し続ける、という姿勢はなかなか興味深いものがある。というか失礼だな君は。私だって見ることはあるぞ?」
「やはは、ゴメンなさい」
 それは面白いのだろうか、という疑問が浮かぶものの、姉御が言うと妙に納得できてしまうから不思議だ。帰ってきたらお姉ちゃんにも教えてあげよう。
 すぐに消したところを見ると、実際のところはただ手持ちぶさたなだけだったのかもしれない。
 お茶をすすり、時計を見る。
「今ごろは何をしているんだろうな?」
「そうですねぇ…」
 呟いた姉御につられて窓の外を見る。正面には、道を挟んで背の高いマンションの壁しかないけれど、今の時間は窓から陽が差し込んでくる。
 少しこもった布を叩くような音。お布団を干しているのだろうか。
「まだお昼には早いから、駅前あたりをうろうろしてるかも」
 お姉ちゃんは昨夜こっそり情報誌を見て予習していたようだけれど、この辺にはあんまり当てはまらないから困っていると思う。
「佳奈多くんはそのあたり応用が利かないからな。まあ、そこは理樹くんがきっとフォローするさ」
「んー、どっちかって言うとヘンなところに連れて行って逆鱗にふれるのがオチって気がしますけどネ」
 あー、と私の言葉に納得する。姉御のそんな姿ははじめて見た気がするなあ。いつも逆のコトばっかりだから、ちょっと嬉しい。
 はじめてといえば、今ので他にも何かはじめてのことがあったような。なんだっけ。
「確かに恋愛方面での気の利かなさは度し難いな。私は今、いきなりゲームセンターに連れ込む姿が容易に想像できたぞ」
「あちゃー、それは酷い。酷いですよ理樹くん。初めてのデートなんですからもっとロマンちっくでオトナな雰囲気のデートスポットに!」
「ふむ、具体的には?」
「えーと…か、カラオケ?」
 姉御の視線がとてもナマアタタカイものに変化しているのはなぜだろう?なにか変なことを言ったかな。
 まあ、イメージ先行で具体的に何するかなんて全然知らないんだけど。
「姉御はどこ行ったんですか、初デート」
 やられっぱなしなのもシャクだし、ちゃぶ台に身を乗り出して聞いてみる。
 姉御くらい美人なら、きっと私の想像もつかないようなオトナのデートもしてるんだろう。相手はきっと年上の…おじさまとか?いやいや、さすがにそれはないか。
 そんな妄想とは裏腹に、姉御は不思議な表情を浮かべてひと言だけ答えた。
「喫茶店…だったと思う」
 唯ねぇの浮かべた表情は何だろう。懐かしさ…寂しさ…諦め?静かに笑みを浮かべているのに、何だか胸が苦しいような、そんな落ち着かない気持ちになる。
「けっこうアイマイなんですね?なんか遠い記憶っぽいですヨ」
「遠い記憶か。それは上手い表現だな」
「へ?」
 ピィィィィィィッ!
 どういう意味かを聞こうとしたけれど、やかんの音に遮られ、その疑問は質問ごと霧散してしまった。

 おせんべ、かりんと、おこしにこんぶ。お茶を足しながら話は弾む。
 真人くんに泣きつかれてルームメイトになった謙吾くんは、筋トレグッズを壊して追い出されたらしい。
 やっぱり彼のルームメイトは理樹くんにしか務まらないのかもしれない。
 恭介さんの就職がまだ決まってないのは理樹くんも心配してたけど、ここにきて大学受験も考え始めたと聞いたらどんな顔をするだろうか。
 姉御から聞かされるみんなの姿は思いもよらないものばかり。もしかしたら私のまわりだけ時間の流れが遅いんじゃないだろうか。
 そんなことを考えていたら
「バイトは慣れたかな?」
「やはは、もうバッチリですヨ!マスターウェイトレスと呼んでください」
 胸を張って答えたのに、姉御はヒジョーに疑わしい目で私を見る。信用ないなあ、自分では接客業は天職かもしれないとか思っているのに。
 そりゃまあ、ちょっとオーダー間違えたりちょっと遅刻したりちょっとお皿割ったりするけど。
「そうだな、今度店にも遊びに行くよ。そのときは可愛い娘を紹介してくれ」
「いや、なんかそれお店違うですヨ。ウチはご指名とかないですから」
 あんまりにもさらりと言うので、冗談だと思って軽く受け流したのだけれど、姉御はホラーな人形みたいにぎ・ぎ・ぎとぎこちない動きで首だけを動かしてきた。
 しかも気のせいだと思うけど顔が劇画調になっている、気のせいだと思うけど。
「何だ、まさかメイド服を着たりもしないのか!?」
「姉御がそんなに驚いてるほうが私には驚きですヨ」
 私も、ウェイトレスは可愛い制服を着られるものだと思っていたクチなのであんまり言えた立場じゃー、ないんだけど。
「ま、まーそんなにがっかりしないで下さいヨ!遊びに来てくれたらサービスしちゃいますからっ。オムライス!そう、オムライスおいしいんですよ!」
「葉留佳くんが作ってくるなら考えよう」
 うっ、そう来ましたか。立ち直りが早い、というか早すぎる。これはハメられたかなあ、と思うけど後の祭りだ。
「やははー。あー…わかりましたよー。それまでに練習しときます。うん、まっかせといてください!」
「ああ、楽しみにしておくよ」
 あしたマスターに作り方聞いてみよう。口は悪いけどお人よしだからきっと教えてくれる…といいなあ。
 ああ、そんなこと考えてたらお腹が空いてきた。時計を見たらもうすぐお昼、なに食べようかな?すぐ食べられそうなのがいいなあ。
 まずは冷蔵庫ちぇーっく。
「姉御ー、お昼なに食べますか?」
 冷蔵庫を開けながら聞くと、なんだか意外そうな声が返ってきた。
「むー、お姉ちゃんに習って、簡単なものくらいなら作れますヨ?たまご丼とか、たまごサンドとか、たまごかけごはんとか」
「卵ばかりだな。あと、卵かけご飯は料理なのか?」
 たまごと牛乳発見。バターもまだあるし、フレンチトーストにしようかな。ウインナーはータコさんでー、レタスをつけてー、うん、カンペキですネ♪
「ふっふっふー♪たまごかけご飯の奥深さを知らないんですね?たまご料理はたまごかけご飯に始まりたまごかけご飯に終わるのですヨ!というわけで姉御はたまごかけご飯ですネ」
「よし、フレンチトーストなら私も手伝おう。作り方を教えてくれ」
「スルーされたっ!」
 がーん、と口でショックを表現する私を尻目に、姉御はまな板やなべの用意を始める。
「ぁあ、おなべは使わないっすよ姉御ー」
 小首をかしげた姉御になべをしまってもらって、私は使う道具や材料を並べていく。
 唯ねぇに私が教えるのなんて初めてだ。ワクワクする。

 その30分ぐらいあと。並んだ料理の前で私はちょっと釈然としない思いで座っていた。
「むぅ、姉御は覚えが良すぎですヨ。この完ペキ超人めー」
 メインのフレンチトーストは2種類。きつね色に焼けた端っこがとってもおいしそうなプレーンのほうは、ほわほわ漂ってくるバターの匂いと合わさっておなかの虫を暴れさせる。
 そのとなりでちょっと日焼けした感じのもうひとつは、姉御考案のコーヒー風味。ちょっとアダルトな匂いで私を誘惑してくる。
 飲み物は私の一存でふたりともオレンジジュース。あとは、中央にふたり分まとめて盛り付けたタコさんサラダ。レタスの山にタコさん一家がピクニックな感じ。ぶっちゃけレタスがこんなにかさばるとはふたりとも思っていなかった。
「そうか?葉留佳くんが焼いたほうが美味しそうじゃないか。私のは少し焦がしてしまったからな」
 お行儀よくいただきますした姉御が私の不満に首をかしげる。確かに姉御のは焦げの部分がちょっと広いし色も濃い。フライパンを温めすぎてバターが焦げてしまったから。
「いやー、そこで負けたらショックで寝込んじゃいますヨ」
 そりゃ、前にあったたまごのアレコレは思い込みだったけれど、改めてお姉ちゃんとたくさん練習したのだ。それをあっさりと抜かれてしまったら情けないじゃないか。
「私が言ってるのはですねー、このタコさんですよ。私がやるとヒトデっぽくなっちゃうのに」
 フォークの先でつついていたタコさんを八つ当たり気味に突き刺して、そのまま一口でぱくり。さよならタコのお父さん。
「…まあ、練習したからな」
「もひゃ?タコさんをですひゃ?」
 離散してしまったタコさん一家を再会させるべく、私はお母さんや子供たちを次々とお父さんの元に送り込む。うむ、仲良く暮らしタマエ。
「ああ。…いや、包丁の使い方をだ。ていうか行儀が悪いぞ葉留佳くん。あとタコさんばかり食うな。」
 私のフォークをガードするように姉御のそれが突き出され、タコの末っ子をさらっていく。
「ああっ、うちの子をカエセーっ!」
「誰がうちの子だ。切ったのは私だぞ」
 私が顔を上げると哀れタコ美ちゃんは姉御の口の中に消えていくところだった。

 騒がしく昼食を終え、食後のコーヒー(私はオレンジジュース)を飲みながらまた取りとめもなく話して。こまりんのクッキーを食べながらまたお茶を飲んで。話したり、ただのんびりしたり。
 西日がみかん色に輝く頃、姉御は腰を上げた。と言っても帰るだけなんだけれど。
「もう帰っちゃうんですか?」
 夕日を背に立つ姉御は、黒髪をきらきらさせて頷いた。
「会っていかないんですか?」
「ああ」
 脱いでいたジャケットをはおりながら、今度は声に出して。私はぺたんと座ったまま。見上げる彼女の姿はかっこよかった。
「すまないな」
「どして、謝るんですか?」
「随分と長く居座ってしまったからな」
 眩しくてまっすぐ顔が見られないから、とりあえず明るく笑い飛ばすことにした。
「やはは、ナニ言ってるんですかー。できればお泊まりしってって欲しいくらいですヨ。お掃除もお洗濯もサボれましたしネ」
「お泊りしていいのか?理樹くんの寝込みを襲ってしまうぞ?」
「あ、そのときはご一緒しますネ」
 影が動く。今見れば唯ねぇが笑っているような気がした。
「まぶしっ」
 やっぱり見れなかった。
「何をやっているんだ、君は」
 畳の上をばたばたとのた打ち回る私に手を差し伸べてくれた姉御の顔は、呆れながら笑っていた。

 玄関まで、10歩くらいの短い短いお見送り。姉御は靴をはき、私はここまで。
「それじゃー、ばいばいです姉御」
「ああ、またな」
 私の肩越しにみかん色の部屋をほんの少し、眺めて姉御は背中を向ける。
 扉が閉まっても、なごりおしくて私はしばらく玄関を離れなかった。
 窓から声をかければよかったな、と後になって思った。




「まちぼうけ〜、まちぼうけ〜」
 ちゃぶ台にはマグカップがひとつ。姉御がさっき使ってた、理樹くんのマグカップ。
 三人で買いに行って、ちょっと間抜けな顔が理樹くんそっくり、と本人の意向は無視して二人で決めた。
 はなうたを歌いながら、そっと指先でふちをなぞる。
 唯ねぇがしていたみたいに両手で包む。
 両手で持ったマグを、そっと近づける。
 目を閉じて、少しためらう。小さなものおとにもびくびくする。最後の距離がとても遠い。
 息を止めて、顔を少し、傾ける。
 はじめてのキスは、つめたくて硬かった。

 まちのおとが聞こえる。夕ごはんのにおいがする。
 夕日はまだまぶしい。
 テレビはつまんない。
 たたみの上で丸くなったり、だらんとしたり。たたみにこすれるのがちょっと心地いい。
 帰ってきてこんなところを見たらお姉ちゃんは怒るかな。理樹くんは照れるかな。
 時計の針がちっとも進まない。
「ふたりとも、おそいなぁ」
 なにをして待とうかな。
 ちゃぶ台の上で、マグカップが居心地悪そうにそっぽを向いていた。


[No.689] 2008/11/13(Thu) 22:16:07

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