第22回リトバス草SS大会(ネタバレ申告必要無) - 主催 - 2008/11/26(Wed) 22:09:30 [No.720] |
└ 消臭剤の朝 - ひみつ@6.972byte@遅刻@再投稿 - 2008/11/30(Sun) 08:00:55 [No.755] |
└ 筋肉も荷物 - ちこく、ひみつ 6192byte - 2008/11/29(Sat) 12:55:17 [No.750] |
└ [削除] - - 2008/11/29(Sat) 12:45:20 [No.748] |
└ えむぶいぴーしめきり - しゅさい - 2008/11/29(Sat) 00:15:17 [No.744] |
└ ひとりきり - ひみつ@20472 byte - 2008/11/29(Sat) 00:08:03 [No.743] |
└ [削除] - - 2008/11/29(Sat) 00:07:24 [No.742] |
└ さいぐさはるかのあるいちにち - ひみつ@3436byte - 2008/11/29(Sat) 00:01:52 [No.741] |
└ [削除] - - 2008/11/29(Sat) 00:01:19 [No.740] |
└ 初雪 - ひみつ 15326 byte - 2008/11/28(Fri) 23:54:39 [No.739] |
└ 初雪(改訂版) - ゆのつ@16475 byte - 2008/12/17(Wed) 23:37:28 [No.809] |
└ 匂いは生活をあらわす - ひみつです 14055byte - 2008/11/28(Fri) 23:26:14 [No.738] |
└ 優しさの匂い - ひみつ 初@1516byte - 2008/11/28(Fri) 22:01:45 [No.737] |
└ よるのにおいにつつまれたなら - ひみつ@8553 byte(バイト数修正) - 2008/11/28(Fri) 21:21:36 [No.736] |
└ しあわせのにおいってどんなにおい? - ひみつ@11339 byte - 2008/11/28(Fri) 19:49:18 [No.735] |
└ 鼻づまり - ひみつ@3067byte - 2008/11/28(Fri) 18:01:23 [No.734] |
└ こっちから負け組臭がプンプンするぜ! - ひみつ@10046 byte - 2008/11/28(Fri) 18:00:02 [No.733] |
└ 女の香り - ひみつ4050KB - 2008/11/28(Fri) 12:05:16 [No.732] |
└ 仄霞 - ひみつ@8109byte@若干エロティック - 2008/11/28(Fri) 03:09:32 [No.731] |
└ フラグメント或いは舞い落ちる無限の言葉 - ひみつ 18428 byte - 2008/11/28(Fri) 01:14:07 [No.730] |
└ 夏の日だった。 - ひみつ 972byte - 2008/11/28(Fri) 00:22:23 [No.729] |
└ 類は恋を呼ぶ - ひみつ@13896 byte - 2008/11/28(Fri) 00:17:08 [No.728] |
└ におい≒記憶 - ひみつ@10657 byte - 2008/11/27(Thu) 23:06:12 [No.727] |
└ ぬくもり - ひみつ@19998 byte - 2008/11/27(Thu) 22:08:55 [No.726] |
└ 腐敗の檻 - ひみつ@7899byte - 2008/11/27(Thu) 19:39:06 [No.725] |
└ 永遠の一瞬に子犬は幸せを嗅当てる - ひみつ 10347 byte - 2008/11/27(Thu) 17:57:43 [No.724] |
└ 世界で一番君を愛してる - ひみつ 18,521byte - 2008/11/27(Thu) 02:29:00 [No.723] |
└ こないの?リトルバスターズ - ひみつ 4807byte - 2008/11/26(Wed) 23:29:10 [No.722] |
└ MVPとか次回とか - 主催 - 2008/11/30(Sun) 01:29:39 [No.753] |
――――寒い もうすぐ冬本番となる寒空の中、私は自販機の近くを歩いていた。 「どこに行ったのかしら、あの子」 結構探していると言うのにクドリャフカの姿が見つからない。 本人は気にしているけれど、あの子の容姿は学園の中ではとても目立つからすぐ見つかると思ったのだけど。 「神北さんも西園さんも見かけてないと言うし、どこに行ったのかしら」 寮内を歩いていると神北さんを見かけたので声を掛けたが、あの子の行方については知らないと答えが返ってきた。 その後、図書室に寄った時に西園さんを見かけたのでこっちでも聞いたが、答えは同じく彼女も会ってないらしい。 ならばと校舎内をしばらく歩いたが発見は出来なかった。 そのため現在、私は外に出て捜しているところだった。 「むっ、そこを行くは二木女史かね」 「え?来ヶ谷さん」 声を掛けられて振り向くと、来ヶ谷さんが僅かに朽ちた椅子に優雅に座り紅茶を飲んでいた。 なんと言うか絵になる人だ。 朽ちかけた椅子とテーブルに囲まれて尚……いやだからこそ彼女の美しさを引き立てていた。 「何か探しているのかね。少々挙動不審だぞ、君らしくもない」 「そう……でしょうか。西園さんにもそう言われてしまいました」 これで二度目。 神北さんはああいう性格だからいいとして、あの西園さんや来ヶ谷さんまで声を掛けてくるなんて、自分はそれほどまでに動揺しているのだろうか。 情けない。 「うむ。僅かだが焦りが表情に見える。何かあったのかね」 思いの他真剣な声。それが心配な気持ちから来ることが分かる。 なんと言う未熟。こんなことくらいで動揺して心配を掛けてしまうとは。 私は動揺した心を落ち着けるために一度咳払いした。 「大したことではないんです。ただちょっとクドリャフカを探しているところで。見かけませんでしたか?」 「能美女史か。すまんな、見ていない」 「そうですか」 僅かな落胆と共に溜息が出てしまう。 ホント、どこ行ったのかしらあの子。 「なんだ、佳奈多君は彼女に緊急の用事か」 「いえ、緊急と言うほどではないですが、まあ」 「ふむ。携帯に電話はしたのかね」 「ええ、それはもう。自室で電話してすぐ近くからあの子の着信音がした時はどうしてやろうかと思いましたよ」 携帯はちゃんと持ち歩きなさいと言っているのに、あの子は時折ポカをする。 はぁ〜、何もこんな時でなくても。 あの子の机の上から携帯の着信音が鳴り響いた時にはさすがに怒りを覚えてしまった。 「ハハハ、忘れて行ったか。ある意味彼女らしいな」 「笑い事じゃありません。本当に連絡できないんですから」 あの子がいつも通り携帯を持ち歩いていればこんな苦労はしなくて済んだというのに。 「まあ落ち着きたまえ」 来ヶ谷さんは静かな口調で私を諌める。 そして少しの間何事か考える素振りを見せると口を開いた。 「………そうだな。とりあえず私の方で見かけたら連絡してやろう」 「それは……その、すみません。お願いします」 一瞬断ろうかと思ったが、すぐにそのほうが効率がいいだろうと思い直し頭を下げる。 「ふっ、気にするな」 「はい。では私は別の場所を探しますので」 「ああ、気をつけてな」 来ヶ谷さんに見送られ、私は再び歩き出した。 次に訪れたのはグラウンド。 直枝から今日の練習はないと連絡は受けていたものの、僅かな可能性に掛けて見に来たのだが、当然のように彼女はおろか他のメンバーも誰もいなかった。 いや、ソフトボール部が練習をしているのだから誰もと言うのは語弊があるか。 最近葉留佳たちの仲間になったらしい笹瀬川さんが相手ピッチャーの鋭い投球を完璧に打ち返し、ダイヤモンドを一周している姿が見えた。 「上手いわね、彼女」 無意識に言葉に出してしまった。 それくらい彼女の動く姿は力強く洗練されていた。 「ふぅー、別の場所を探しましょうか」 笹瀬川さんに尋ねると言うのも一つの手だが練習の邪魔をしては悪い。 誰ともなく呟いて私はその場を後にした。 そしてしばらく学園内を歩いていると今度は人だかりが出来ているのが見えた。 「なに、かしら」 もうとっくに風紀委員は辞めたとはいえ、染み付いた習慣はそう簡単に消えないのだろう。 私は即座にその場に赴いていた。 ・ ・ ・ 「で、何をやっているんですか?」 言った後で自分でも声が硬くなっているなと反省するが、言ってしまったものは仕方ない。 相手は僅かに身を震えさせた後、罰の悪そうな顔でこちらを振り向いた。 「ん?なんだ、二木か。……あー、何をやってるって言うかな」 私の顔を確認して一瞬ホッとした表情を見せるが、すぐ答えを言いあぐねたような顔に変わってしまった。 なんと言うか私のイメージは変わらないままなのね。いや、今回は聞き方が悪かったか。 「別に止めさせようとかそういうつもりはないですよ、棗先輩。もう風紀委員はとっくに辞めましたし」 彼らが何をやろうとしていたかは察しが付いている。 それに咎めようと言うつもりではなく少々呆れただけなのだ。 「ん、そうか?……じゃあ、みんな。武器を投げ入れてくれ」 野次馬連中を見渡した後そう宣言すると、最初は私の姿に躊躇していたようだが徐々に武器が投げ入れられ最後にはいつも通りの光景となった。 「で、なんの用だ」 通常通りにバトルの準備が始まろうとしているのを確認して、棗先輩は声を掛けてきた。 「いえ、こんな時期に余裕があるなと思いまして」 「なんだ、時期って。学期末テストまでまだ余裕はあるはずだが」 見当違いの事を彼は言い出した。 と言うか聞いた話によれば彼自身は全ての学科でいい成績を修めているらしいので、テストの日程が迫ったとしてもジタバタすることはないだろう。羨ましい。 それよりも彼にとって重要なことがあるはずだ。 「就職活動、まだ終わっていないと聞いたのですが」 「ぐっ……」 私の言葉に彼は冷や汗を大量に噴き出すことで答えた。 ……本当に大丈夫なんだろうかこの人は。 特別親しい間柄ではないのに心配になってしまう。 「いいんだよ、偶の息抜きだ。……で、用はもうないのか?ならバトルを開始したいんだが」 見ればすでに武器を二人とも選び終えているようだ。 「ってうなぎパイでどうすればいいってのよ、うんがーっ」 「斉藤さんの判子ですか。どうやって戦えば……」 と言うか二人とも碌な武器じゃなかった。 「ふっ、いいわ。優秀な兵士は武器を選ばないものよ。このくらいのハンデどうとでもなるわ」 「ほう、大きく出ましたね。私がまともな武器でなかったこと、天に感謝してください」 「なにそれ。まるでまともな武器なら絶対勝てるような言い草ね」 「まるで、ではないです。例え貴女の得物が銃だったとしてもこのような代物でないなら勝てるかと。まあ、弓ならば一瞬で片が付くでしょうけど」 「へー、吼えるわね。片目しか見えない分際で」 「ふふ、貴女如き片目で充分です」 何か知らないけど盛り上がってるわね。 と言うか錯覚だと思うけど二人の背後から禍々しいオーラが出ているような気がするのだけど。 ふと視線を戻せば棗先輩が先ほどとは別の意味で冷や汗を流していた。 「あー、で、用はいいのか?なにか困っているように思ったんだが、俺の思い違いか?」 極力あちらを注視しないようにしながらもそんなことを尋ねてくる。 なんと言うか本当にこの男は鋭い。おそらく私の僅かな表情の変化から読み取ったのだろう。 「その……あります。クドリャフカを見ませんでしたか?」 「能美?いや、見てないが。何か用事か?」 「ええ。さっきから探しているのですが」 「そうか」 私の言葉に棗先輩は何かを思い出すように顎に手を当てた。 「……そう言えば理樹と鈴が能美のところに行くと言ってたな」 「え!直枝たちがですか?どこに行くとは?」 それは大きなヒントだ。 出来れば行き先も伝えていてくれるとありがたいのだけれど。 「いや、そこまでは。……ただ能美のところと言う言い方からしてどこかに出かけるわけではないだろう。普通そんな言い方はしまい。能美の部屋……はもう確認してるだろうから、それ以外であいつが居そうな場所は知らないのか?」 「クドリャフカが居そうな場所ですか?」 あの子のところという言い方からすれば、あの子がいて当然の場所だろう。 そんな場所、私たちの部屋以外にどこに……あっ。 「お、なんか気づいたか」 「ええ、ありがとうございます。お蔭で見当が付きました」 「そりゃ良かった。んじゃ早く行きな」 棗先輩は爽やかな笑顔で私を送り出す。 「ええ、棗先輩も早くバトルを開始した方がいいですよ。あの二人、凄い殺気の篭った目でこっちを見てますし」 「なに?……うおっ!?わ、悪い、バトルスタートっ」 合図の直後、凄まじい戦闘音が後方から聞こえ始めたが、私はそれを無視して目的の場所に向かった。 ちなみに後で聞いたところ、戦っていた二人はバトル終了後お互い地面に額を擦り付ける勢いで自分たちが発した暴言の数々について謝りあったとか。 まあ、どうでもいいけれど。 ――――なんて愚か。 自嘲してしまう。他にあの子が居そうな場所なんてここしかないのに。 家庭科部の部室。あの子が所属する部の部室を考慮していなかったなんてどうかしている。 「……居るわね」 部屋の前に立ち中を確認する。人の気配、それも複数。 おそらく直枝と棗さんが居るのだろう。 ホント、なんで思いつかなかったのかしら。 私は自分の愚昧さ呪いながら扉をノックした。 「クドリャフカ、いる?」 「あ、佳奈多さんですかー。すぐ開けまーす」 声を掛けるとすぐにあの子の声が聞こえた。 良かった、いた。とりあえずあの子の顔を確認したら文句の一つでも言っておこう。 「どうかしたんですか、佳奈多さん」 能天気な声。 思わず怒鳴ってやろうかと息を吸い込んだ瞬間、思わずたたらを踏んだ。 「うっ……」 顔を歪めそうになるのを必死に耐える。 この匂い。これは……柑橘類の香り? 「クドリャフカ。あなた、家庭科部で何をやってるの?」 声は震えなかっただろうか。 私は内心心配になりながらも彼女に尋ねた。 すると彼女は両手をポンと合わせ、目を輝かせながら教えてくれた。 「わふー、そういえば言ってませんでした。どうぞどうぞ、ご招待します」 「ちょ、何を……」 「中に入れば分かりますよ。外は寒いですからね。ゆっくりくつろいでください」 手を引かれ、中に連れ込まれてしまう。 匂いは……扉を開けた所為だろう。幾分薄れている。 これなら何とか耐えられるが表情に出ないか心配だ。 「わふ、どうかしましたか?」 「いえ、なんでもないわ。……で、いったい何を……」 それ以上言葉が続かなかった。 「あれ、二木さん?」 「ん?なんでかなたがいるんだ?」 直枝と棗さんがいるのはいい。予想の範囲内だ。 「はれ?どうしたのおねえちゃん、こんなとこに」 けれどまさか葉留佳までいるとは思わなかった。 なにか思いっきりくつろいでるし。 「クドリャフカに用事があったのよ」 「わふっ、そうなのですか?」 私の言葉にクドリャフカは吃驚したように声を上げる。 ……そう言えばここを訪れた用件を言ってなかったわね。 いえ、それよりも。 「これはなんなのかしら」 葉留佳たちがくつろぐその物体を指差し尋ねる。 「これ、ですか?」 クドリャフカはポンとそれを叩く。 「そう、それ。初めて見る物なのだけれど」 「おこただよー」 すると彼女の代わりに葉留佳が答えた。 「おこた?」 初めて聞く言葉だ。いったいなんなのだろう。 私が怪訝な顔をしたのが分かったのだろう。直枝がフォローするように答える。 「えっとね、正式には炬燵って言うんだ。結構メジャーな暖房器具なんだけど、二木さんも知らない?」 「二木さん『も』?」 直枝の言葉に引っ掛かりを覚える。 いや、それよりもこれってそんなに有名な代物なの? 「なんだ、かなたも知らないのか」 「やはは、まあ家ってそういうの使うところじゃなかったしね」 棗さんの言葉に葉留佳が答える。 ああ、そうか。葉留佳のことだったのね。 「わふー、それは勿体ないのです。炬燵は日本の心。家族団欒の象徴なのです」 「大げさね」 でもそっか、家族団欒の象徴ね。なら家にそんなものがあるはずないわね。 「別に大げさじゃないです。炬燵のよさを知らないなんて人生の8割6分を損しています」 「また微妙な数字を……」 額に手を当て溜息をつく。 ホント、日本人よりも日本の物に愛着持っているんだから。 けれどそう思っていると棗さんからも同意の言葉が上がった。 「うん、クドの言うとおりだな。お前もこたつの魅力を味わっていくがいい」 偉そうな口調で言い終えると、口に何かを放り込んだ。 あれは……蜜柑か。 そうか。さっきから匂っているこの香りの正体はそれだったのね。 見れば直枝も葉留佳も、クドリャフカが座っていたであろう場所にも大量の蜜柑の皮が散乱していた。 「ぺろ……うん、やっぱりこたつでみかんを食べるのは格別だな」 指に付いた汁を一舐めし、棗さんは満足そうに呟く。 「だねー。炬燵なんて入ったことなかったけどこの組み合わせは癖になりそうデスネ」 元々好物である蜜柑を葉留佳は幸せそうに口に放り込んでいる。 「ですねー。炬燵といえば蜜柑。蜜柑といえば炬燵です」 「いやいや、さすがにそれは言いすぎでしょ」 直枝がクドリャフカの言葉につっこむが、目の前に散乱している物体を見るに説得力がない。 たぶん大げさにしろその組み合わせは間違っていないのだろう。 私は僅かに顔をしかめる。 家族団欒の象徴に最適の組み合わせは蜜柑……か。 なにか家族の団欒そのものに拒絶されているような気分だ。 ……そんなことないはずなのに。 「とりあえずどこかに座っちゃってください。今お茶を入れますから」 「お構いなく」 社交辞令ではなく、本気で告げる。 でも当然あの子はそれをスルーし、ポットからお湯を急須に入れ始めた。 「おねえちゃん、こっちこっち」 座布団を自分の隣に置き、葉留佳が手招いているので私は渋々そっちに向かった。 炬燵……ね。いったいどんな代物なのかしら。 「ささ、どうぞおねえちゃん」 「自分の物みたいに言わないの」 葉留佳の言動に呆れつつ、私は恐る恐る布団の中に足を入れた。 「あ……」 ぬくい。芯から温まる気分だ。 「やはは、おねえちゃん幸せそう。あったかいよねー」 「はいです。ぬくぬくです」 葉留佳の言葉に湯飲みを差し出しながらクドリャフカが同意する。 「そう、ね。確かに温かいわ」 意地を張る理由もないので素直に答える。 その言葉に葉留佳たちは笑顔を見せる。 「理樹ー、次の蜜柑剥いてくれ」 ふと見ると棗さんが直枝に蜜柑を要求していた。 「たく、偶には自分で剥きなよ」 直枝は溜息をつくと蜜柑を彼女に放り投げた。 というかいつも彼女は直枝に皮を剥かせているのだろうか。 「う〜、苦手なんだ皮剥くの」 「そう言わないで。ほら頑張って」 「うう……うわっ」 どうすればそうなるのか分からないが、蜜柑に勢いよく指を突き刺した反動で中の汁が飛び散った。 「ぐっ」 私は思わず葉留佳の袖を掴んでいた。 「おねえちゃん?」 怪訝そうに問いかける彼女に答える余裕はない。 口元に残った手を当て、吐き気を抑える。 大丈夫、大丈夫。口に直接入ったわけではないんだし、これくらいなら耐えられる。 「うわ、えらいことになってしまった」 蜜柑の汁は机どころか彼女の手や顔を汚していた。 「はぁー、もう。ほら、これで拭いて」 「ん、いい。これくらい舐めとく」 直枝が渡そうとし布巾を手で制し、棗さんは蜜柑の汁で濡れた指先を口に含んだ。 「ぴちゃぴちゃ……ちゅ……ん、これはこれで美味しいな」 舌を指先から手首辺りまで這わせ、垂れていた汁を舐め取る。 「鈴、行儀悪いよ」 「気にするな。ちゅぱ……くちゅ……はぁ〜。うー、まだべたついてる気がする」 顔に付いた汁を指で掬い、口に含みながら呟く。 確かにまだ僅かに汁がこびり付いている。 「はぁー、仕方ないな」 机を拭き終わった直枝はティッシュを取り出すと彼女の顔をそれで拭った。 「少し動かないで」 「ん、分かった」 頷き直枝にされるがままにされる棗さん。 一連の彼女の動作。それは私が全く出来ないものだった。 ぎゅっと、知らず知らずの内に両手の拳を握り締めていた。 息が……少し苦しい。 バンッ!! 突然の大きな音に驚き、振り返った。 「は、葉留佳?」 そこにはいつの間にか立っていた葉留佳が部屋の窓を全開にしていた。 室温の差があるからなのか、外にいるとき以上に寒く感じる。 「やはは、なんかさー部屋暖かくなっちゃったから冷ましてみようかと」 あっけらかんとした口調でそんなことを言い放つ愚妹。 脈略がないにもほどがある。 「う〜、何てことすんじゃぼけーっ」 「わふー、寒いですー」 冷たい外の空気が流れ込んできて、棗さんとクドリャフカは慌てて布団の中に身を隠す。 なんと言うか……。 「やはは、なんかと子猫とわんこみたいですネ」 「葉留佳さんが言わないで……」 直枝が呆れた口調で諌める。 ……という事は直枝もそう思ったということか。 「葉留佳、とりあえず窓閉めなさい」 「えー」 不満そうに唇を尖らせる。 「閉めなさい」 もう一度、今度は強い口調で言う。 「う〜、はいはい、分かりましたよ。閉めりゃいいんでしょ」 文句を言いながら窓を閉めると、私の隣の席に潜り込んできた。 「あ、クド公。別の食べ物ない?なんか飽きちゃった」 「あ、ありますけど、ちょっと待ってください。寒いです〜」 「はい、ラジャ。早くね〜」 な、なんと言うやり取り。 「ぼ、傍若無人だね……」 さっきよりも呆れた口調で直枝は呟く。 返す言葉もない。あんなおバカな子が身内なんて恥ずかしい。 「うう、寒い。理樹、暖めてくれ」 「え?ちょ、鈴っ!?」 何事かと思って見ると、棗さんが炬燵の中を潜り直枝のところに顔を出し、あろうことか彼に抱きつくような格好をとった。 「うわっ、鈴ちゃん大胆」 「鈴さん、凄いです」 葉留佳たちの言葉もどこ吹く風。 棗さんは更に直枝の胸に顔を埋めぐりぐりと押し付けた。 「ちょ、や、やめてって」 口では嫌がっているもののその口元が僅かに緩んでいることを私は見逃さなかった。 「直枝。よくもまあ私の目の前で不純異性交遊をやる勇気があるわね」 「へ?僕?僕が悪いのっ?」 「当然」 直枝はアタフタとして顔を引き攣らせるが特にリアクションを取るわけでない。 一方棗さんも直枝の身体からまったく離れようとしない。 「はぁー、理樹の身体は温かいな」 あまつさえそんな言葉を口にする。 「まあまあ。バカップルになに言っても無駄ですって」 「そうです。お二人はとっても仲良しさんなのです」 葉留佳の言葉に、いつの間にか炬燵から抜け出しお煎餅を取ってきたクドリャフカが答える。 「お二人とも、どうぞ」 「ありがとね、クド公」 「ええ、ありがとう」 受け取りながら直枝のほうを振り返る。 「別にバカップルじゃないと思うんだけど……」 どうやらこの子達の感想に不満なようだ。 でも言いながら棗さんの頭を撫でる仕草を止めないところが色々と末期だ。 きっと無意識なんだろう。 「そうね。なに言っても無駄でしょうね」 私は溜息をつきながらクドリャフカたちの方へと視線を戻す。 風紀委員は辞めたんだしこれぐらいいいしょう。 それに無駄な努力はしたくない。 「そう言えば佳奈多さんは何のご用事でここに来られたんでしたっけ」 「え?……あ、忘れてたわ」 葉留佳のポカがうつったのかしら。 私は心の中で溜息をつきつつ彼女に用件を伝えた。 ・ ・ ・ 「わふ〜、わざわざすみません」 「いいのよ、別に。ただ出かける時は携帯電話を持ち歩くこと。せっかく新しいの買ったんだから気をつけなさい」 用件を伝えること自体は手間じゃないけど、そこだけは注意しておかないと。 まあまたやらかしそうな気がするのだけれども。 それから色々と雑談。 季節柄食べ物や服のこと、果ては勉強のことなど普段喋らないことまで喋ってしまった。 この炬燵とやら、ぬくぬくしすぎて気持ちが緩みきってしまう。 ふと視線を移せば棗さんが直枝の足の間に身体を移動させバリバリとお煎餅を頬張っている。 なんかこう、彼氏がいない立場としてはかなり殺意が沸く光景だ。 ちらりと見れば葉留佳もクドリャフカもなんだか不機嫌そう。 まあこの子達は仕方ないか。敗者に言葉を掛ける気はないので、特にコメントするつもりはないけれど。 でもそれでも変わらず仲良くやれるところがこの子達の凄いところだなと心から感心してしまう。 そんな益体無いことを考えながら私はお煎餅を取るため手を伸ばした。 スカッ 「あれ?」 見れば袋の中にはお煎餅は一枚も残っていなかった。 変ね。まだ残っていたと思ったのだけれど。 ……ふと思いついて隣を見る。 見ると相変わらず緩い表情でお煎餅を頬張る我が愛しい妹が一人。 「ねえ、葉留佳」 「なーに、おねえちゃん」 「人の分を食べるのって美味しい?」 「そりゃもちろん。やっぱ人が残していたものを掠め取るって最高ですネ」 やははと笑う表情が途中で固まる。 「お、おねえちゃん?」 「ふふ……」 引き攣った表情を見せる葉留佳に笑顔を見せる。 なのにどうしてか更に彼女は顔を引き攣らせる。 「あんたねぇ、自分の分を……」 声を荒げようと彼女の回りを見た瞬間気づいてしまった。 蜜柑が、一つもない。 「そっか」 そう言えば私が隣に座って以降一度もこの子は蜜柑を口にしていない。 いや、今私たちがお煎餅を食べているのは元はといえば誰が言い出したからか。 気づいてしまえばそれ以上何も言えなくなる。 葉留佳はと言うと当然怒ると思った私が何も言わなくなったので不思議そうな顔を見せる。 ……駄目なお姉ちゃんだな、私。 私は無言で席を立った。 「はれ?どうしました、佳奈多さん」 怪訝そうな表情をクドリャフカは見せる。 「えっとね、仕事があるのを忘れていたのよ。そろそろ戻らなくちゃ」 嘘ではない。急ぎの用事ではないけれど。 「寮会の仕事?」 「ええ」 直枝の言葉に頷く。 「誰かさんが男子寮長の仕事を断ったから大変なのよ」 「い、いやー」 彼は困ったような表情を見せる。 直枝の代わりに就任した新寮長は明らかに直枝より使えなかった。 まあ全く戦力にならないわけじゃないけれど。 「偶には手伝いに来て」 「うん。分かったよ」 「そっ。じゃあ行くわね」 4人に軽く挨拶をして早々に部屋を出て行く。 ――――寒い 暖かいところから出たからか、余計に外の寒さが身に染みる。 「おねえちゃん」 「ん?どうかしたの、葉留佳。こんなところにいたら風邪引くわよ」 何故か追いかけてきた葉留佳に苦笑でそう返す。 すると幾分真剣な表情で彼女は私を見返す。 「あのさ、おねえちゃん。お願いがあるんだ」 「なに」 「う、家でも炬燵買わない?」 「え?」 「クド公に聞いたんだ。炬燵って蜜柑以外にもお汁粉とかいっぱい合うものがあるんだって。だ、だから両親ズに頼んでさ……」 徐々に消え入りそうな声になる。 「だ、駄目かな」 不安そうな視線。 相変わらず脈略のない事を……とは思わない。 きっとこの子なりに気遣っているんだろう。 「そうね。私のほうからお父さん達に頼んでおくわ」 だから私は安心させるように極力優しい声でそう告げた。 「そ、そっか。うん、それだけ。じゃあまた訪ねに来てね」 葉留佳は予想通り嬉しそうな表情を覗かせる。 「ええ。また行かせてもらうわ。だから戻りなさい」 「うん」 そして元気よく葉留佳は部屋へと戻っていった。 「……訪ねる……か。私はお客さんなのよね、やっぱり」 あの幸せな暖かい空間は私にとって少し居心地が悪い。 偶に顔を覗かせる程度で充分だろう。 その方がきっとあの子ためにもなるはずだ。 「よぅし、頑張ろう」 諸々の不安の打ち消すようにそう呟く。 ……意外と効くわね、神北さんのこの台詞。 僅かに残る胸の疼きを無視し、私は寮長室へと足を進めた。 [No.726] 2008/11/27(Thu) 22:08:55 |
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